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2023/09/06

反転攻勢の正念場で国防大臣を交代?:ゼレンスキーの深謀遠慮

国防相交代
左が更迭されたレズニコフ前国防相、右がウメロフ新国防相 (左:2023年9月5日付BBC記事「「Ukraine's defence minister Oleksii Reznikov dismissed」、右:同日付BBC記事「Rustem Umerov: Who is Ukraine's next defence minister?」より)

反転攻勢の大事な時期に国防大臣を交代
 2023年9月6日現在、ウクライナ戦争における戦況はウクライナの反転攻勢が一定の戦果を得て次につなげられるかどうかの正念場を迎えています。主たる正面は、南部戦線ザポリージャ州西ロボタインの正面で、堅固な第一線陣地を破ったウクライナ軍が第二線陣地を突破できるかどうかの瀬戸際にあります。相当に堅固なロシアの要塞への攻撃は、多くの戦死傷者を出しながらも着実に日々前進しています。第二線陣地が崩れれば、南部戦線のロシア軍は崩壊を引き起こすかも知れない状況ですが、損害も相当出しながら戦況進展が期待通りでないことについて、支援元の西側諸国からは厳しい声も聞こえてきます。そんな折も折、東部戦線北東部ではロシア軍が猛攻撃をかけてきており、こちらの正面ではウクライナ軍が防御に回っている状況です。

 そんな緊迫した第一線の戦況が進む中、9月4日、ウクライナのレズニコフ国防相は辞任することを明らかにしました。事実上、ゼレンスキー大統領はレズニコフ国防相を更迭し、後任には国家財産基金を任していたルステム・ウメロフ氏を指名しました。レズニコフ国防相が更迭されるに至った要因は、昨年来国防省内を揺るがした軍事調達をめぐる汚職スキャンダルと兵役忌避をめぐる国防省の各地域の出先機関「入隊センター」での贈収賄問題の引責です。既に今年の1月に国防相代理だったヴャチェスラフ・シャポバロフ氏の辞任があり、省内の綱紀粛正のためレズニコフ国防相の辞任も噂されていました。
 しかし、これまで2021年11月に着任以来、レズニコフ国防相が果たしてきた役割は非常に大きく、ウクライナ侵攻開始以来も終始一貫してロシアへの不屈の姿勢を崩さず、西側諸国の外相・国防相らと侵攻当初から太いパイプを築き、西側からの最新兵器に至るまでの手厚い支援を受ける体制を築けた原動力、という非常に頼りになる大臣でした。ゼレンスキー大統領を支えて軍指導部を監督指導し、これまでのロシアの侵攻への対処を主導してきたわけですから、今この状況下で交代するとなると、その影響が懸念されるところです。
(参照: 2023年9月5日付BBC記事「「Ukraine's defence minister Oleksii Reznikov dismissed」ほか)

反転攻勢の戦況に影響なし
 見出しで言い切ってしまいましたが、結論的には反転攻勢の戦況に直接的には影響はありません。
 まず第一に、政治と軍事の関係の観点から。国防相は大統領の政治的な指名者で議会承認を得て就いていますが、その役割はゼレンスキー大統領以下の政府の中での国防全般の行政府の長としての権限です。反転攻勢作戦の軍事作戦の監督指導は「管理的」に実施していますが、作戦そのものへのマイクロマネージメントは一切していませんでした。従って、軍事作戦としての反転攻勢にはレズニコフ氏からウメロフ氏に移行しても、影響はない模様です。この辺は、旧社会主義時代の一党独裁的な宮廷政治ではなく、民主国家としての政軍関係をキチっと順守していて素晴らしいです。

 むしろ、軍指導部のザルジニー参謀総長や部下参謀たちの関心は、「西側からの支援の継続・確保」です。国防相に望むことは、西側諸国のトップや外相・国防相らカウンターパートとの太いパイプの維持と、何より、反転攻勢の戦果が大きかろうが小さかろうが、下手したら支敗に終わって秋・冬に膠着してしまったとしても、引き続き西側諸国からの武器・弾薬をはじめ、ロシアの侵攻に対処し国土を奪回する戦いが継続できるよう、手厚い支援をつづけてもらうこと、これに尽きます。
 それがウメロフ新国防相でも期待できるのか?影響が懸念されるとすれば、この1点ですね。
(参照: 2023年9月4日付Newsweek記事「What Zelensky's Firing of Defense Chief Means for Ukraine Counteroffensive」ほか)

ゼレンスキーの深謀遠慮: 西側支援の継続・確保、クリミア奪還の意思表示
 私見ながら、今回の国防相交代は、ゼレンスキー大統領の深謀遠慮であったと推察いたします。

レズニコフ国防相の更迭は汚職事案の引責: 西側諸国に綱紀粛正の姿勢を見せる 
 ウクライナ国防省内の一連の汚職事案は、実はウクライナ社会としては結構当たり前の話で、役人が賄賂を受けて何か便宜を図ったりすること自体、半ばよくある事象で特段国内的に引責させないと収まらないようなものでもない模様です。他方、ウクライナを含め、旧ソ連圏の旧ロシアの共和国や東欧諸国は、民主化当初に初めに突き当たる民主国家への階段で障壁となるのが、まさにこうした役人の賄賂問題であり、民主国家となって欧米民主先進国とお付き合いするに当たり、特にEUやNATOなどの多国籍の枠組みに入ろうという際の大きなハードルの一つになっています。(他にも障壁はあって、NATO加盟の場合は国内及び他国との間で紛争・係争がないこと、などがあります。)現在、ウクライナは政治経済的及び軍事的な友邦国として、ロシアから欧米(EU・NATO側)にシフトしている最中です。ウクライナはEU・NATOに加盟したくて仕方がなく、EUやNATOから各種条件の審査を受けているところです。そうした加盟問題もありますが、むしろゼレンスキー大統領にとって、直接的には現在ロシアとの戦争に当たり西側諸国から相当な支援を受けている国防省の武器・弾薬、その他装備品、等補給品の調達に関わる不正行為だったので、国内的というより対西側諸国に対して、「自国国防省の綱紀粛正」というウクライナとしての姿勢を示す必要があった、と推察します。レズニコフ前国防相自体に疑惑はありませんが、監督責任としてキッチリけじめをつけた姿勢を見せたかったのではないでしょうか。

ウメロフ氏を新国防相に指名: 西側諸国の支援の継続・確保、ロシアにクリミア奪還の意志表明
 次いで、ウメロフ氏の新国防相の指名ですが、実は同時並行的にレズニコフ氏をウクライナの駐英国大使として派遣することとの合わせ技です。元々、米英の外相・国防省とは太いパイプを築いていたレズニコフ氏を駐英国ウクライナ大使に指名して英国ロンドンに常駐させ、ロシアの侵攻に対する戦争の遂行のため、リエゾンとして密接に活用する策と推察します。 
 他方、ウメロフ氏の西側等との交渉能力の高さも折り紙つきです。クリミア出身のウメロフ氏は、元はウクライナ議会の議員で、ゼレンスキー大統領に請われて政府高官になって以降、これまでクリミア問題でロシアとの交渉にも有力メンバーとしてずっと関わり、手強いネゴシエーターとしてロシアも一目置いているところです。昨年6月に米国政府との交渉で米国にも行っています。(下の写真参照) このウメロフ国防相とレズニコフ駐英大使、加えてクレバ外相でガッチリとゼレンスキー大統領の脇を固め、今後も引き続いての西側諸国からの支援、特に焦眉の急はF-16戦闘機やATACMS陸軍戦術ミサイルシステムなどの導入・戦場デビューを勝ち取りたいところです。F-16が戦場に投入されると、これに敵うロシア軍機はないので、局地的な制空を獲得できます。ATACMSは、対戦車能力の高いブロック2型の場合、一見普通のミサイルの形状ながら、13発の子爆弾を持ち、切り離されると子爆弾は滑空しながら敵戦車を捜索し、敵戦車を見つけると、双子になっている弾頭の1段目の成形炸薬が爆発して戦車の装甲に穴を開け、次いで時間差で2段目の成形炸薬が穴を通して高圧噴流を戦車に吹き込んで乗員を確実に殺傷する恐ろしい兵器です。これが戦場で使用されるとロシアの戦車はもはや棺桶状態。ATACMSが使用され始め、その効果をロシア兵が見たら、ロシアの戦車兵は戦車を捨てて逃げるシーンが見られるでしょう。おっと、脱線しました。
 こうした西側からの手厚い支援を続けてもらうため、ゼレンスキー大統領にとって今回の国防相交代は盤石の態勢をとる一手であった、と推察します。
ウメロフ氏の訪米
2022年6月15日、ワシントンDCの米国議会議事堂にてリンゼイ・グラハム米上院議員(左)とウクライナ議員団の(右3人左から)デビッド・アラカミア、アレクサンドラ・ウスティノワ、ラステム・ウメロフ(2023年9月4日付Newsweek記事「What Zelensky's Firing of Defense Chief Means for Ukraine Counteroffensive」より)

 そして忘れてならないもう1点が、ウメロフ新国防相の出自です。ウメロフ氏はクリミア・タタール人というクリミア半島の先住民です。クリミアはトルコ系のクリミア・タタール人が元から生活をしていましたが、18世紀後半に露土戦争の結果としてロシア帝国に編入され、その支配を受けました。第2次世界大戦時、クリミア半島はナチスドイツとソ連の戦場になりましたが、この時ソ連の最高指導者スターリンは、クリミア・タタール人を赤軍として召集し戦わせましたが、その一方で民族としてナチスドイツに協力をしている、との嫌疑をかけ、1944年5月に20万人の民族もろとも中央アジアへ強制移住させました。それは全くの誤解で強制移住は不当だったのですが、1980年代後半になるまでクリミアに帰還することが許されませんでした。ウメロフ氏はウズベキスタンで生まれ、1980年代後半にクリミアに帰還を果たします。ソ連時代の過ちながら、ロシア人の意識として、クリミアタタール人の話になるとどうも負い目がある、そんな歴史的背景があります。ですから、2014年のクリミア侵攻後に、クリミアについてのロシア・ウクライナの間の協議においてウメロフ氏はウクライナ側の代表の一員として何度も参加していますが、ロシア側にしてみれば「あぁこいつを出して来たか」というロシア側の対応だったようです。そのウメロフ氏が国防相に指名されましたので、「うわぁ、これはクリミアをどうしても取り返す、というウクライナの意思表示だな」とロシア側に受け取られることは必定です。これがゼレンスキー大統領の明確な意思表示です。恐らく、西側諸国にしてみれば、クリミアは確かにロシアに侵攻され、不当にロシアに実効支配されている係争地ですが、今回の2022年2月のロシアのウクライナ侵攻以前に既にロシアに実効支配されていた場所です。今回の戦争の終わり方として、停戦交渉にいずれなるでしょうが、その際には停戦ラインを度の線にするかが焦点となります。クリミア奪還を前面に出すとロシアは一歩も退けなくなります。寒い国ロシアにとって、黒海に突き出たクリミア半島はリゾート地的にロシア人にとっても大事な土地になっています。ロシアにとってクリミアは、ヘルソンやザポリージャとは意義の違う場所であり、また、戦略的・地政学な位置としても、クリミアを制する者が黒海ン自由航行を制するほどの価値を有します。だから、クリミア半島にある天然の良港セバストポリにロシア海軍の黒海艦隊を擁しているのです。そのクリミアをウクライナが断固奪回の姿勢を見せるというのは、西側にとっては本音は渋い顔にならざるを得ない意志表示でしょう。しかし、ゼレンスキー大統領は敢えてそうする策を取りました。この不退転の決意はウクライナ国民の思いを背負い、かつロシアへの徹底抗戦の意思表示になります。ちなみに、クリミア・タタール人はトルコ系ですから、宗教的にもムスリムで、このことはウメロフ新国防相がトルコをはじめとする中東や中央アジアのトルコ系やイスラム教国との交渉において好意的に受け止められます。ロシアにはチェチェンやアゼルバイジャンをはじめ、ロシアに搾取され続け虐げられた少数民族の国家や地域が多くありますから、このことはこれらの国との関係において、これまでと違った風向きが出てきます。ウメロフ新国防相の使命は、クリミア奪還の明確な意思表示であるとともに、前述の西側はじめ国際的な支援の継続・確保には非常に効き目のある人選だったと言えましょう。
(参照: 2023年9月5日付BBC記事「Rustem Umerov: Who is Ukraine's next defence minister?」ほか)


 頑張れ!ウクライナ
 新体制でゼレンスキー大統領の脇を固め、西側支援を継続的に確保してロシアに勝て!
 夜明けはそこまで来ている!

(了)

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2023/08/26

「プリゴージン暗殺」報道に隠れたウクライナの快挙: 独立記念日にクリミア上陸作戦成功

プリゴージン搭乗機墜落・死亡・暗殺?の報、駆け巡る: ただし「やっぱり」感
 8月23日夜、モスクワの北西約300キロのトヴェリ州にてプリゴージンが搭乗したプライベートジェット機が墜落し、乗客乗員10人の遺体を収容した、との報がロシアから発され、「ワグネル代表プリゴジン氏、飛行機墜落で死亡か 搭乗者名簿に名前とロシア当局」(2023年8月24日付BBC記事)など、各国メディアの「プリゴージン死亡、暗殺か?」という報道が世界を駆け巡りました。

 ワグネルの総帥プリゴージンのほか、乗客乗員にはワグネルを実質的に統括してたNo.2、ドミトリー・アトキンス、武器の調達等で右腕として支えたNo.3のヴァレリー・チェカロフも同乗し、この墜落で3名とも死亡。これが単なる航空機事故ではなく、プーチンの命による暗殺であろうこと各国メディアが指摘しており、緻密な確認行為と不偏不党な戦況分析で定評のある米国のシンクタンク、ISW(戦争研究所)の分析でも「これは明確にプーチン大統領による暗殺で、これに続いてワグネル組織の解体となろう」(The Wagner Group will likely no longer exist as a quasi-independent parallel military structure following Russian President Vladimir Putin’s almost certain assassination of Wagner financier Yevgeny Prigozhin, Wagner founder Dmitry Utkin, and reported Wagner logistics and security head Valery Chekalov on August 23.)とまで明確に「プーチンによる暗殺」と断じています。ISWには珍しいことです。確かに、時を同じくして、プーチン大統領からウクライナ侵攻の総司令官を命じられ、一時期ウクライナ侵攻作戦の全権を握っていたスロビキン空軍大将が、プーチン大統領から現役職の航空宇宙軍司令官の任を解かれ、クビになりました。このスロビキン空軍大将は、プリゴージンの信が厚く、ワグネルの反乱時にも事前に承知していたらしいことは衆目の事実です。プリゴージンの反乱の際はプリゴージンを裏切って、終始沈黙を守りましたが、反乱後に拘禁されたらしく、一時動静不明になり、その後姿を現しましたが、明らかに閑職に追いやられ、クビを切られるのを待っている状態、と西側から見られていました。また、これも時を同じくして、ロシアからベラルーシに拠点を移したワグネル部隊も今や大幅に縮小している模様です。全盛期はロシア正規軍以上に最新鋭の武器・弾薬を誇っていたワグネル部隊は、小型携行武器以外の主要装備をロシア政府に返納させられ、いまや小銃・機関銃程度の小火器の武装しかありません。ロシア政府からの一切の支援は断たれ、貧しいベラルーシ政府からの支援はチョボチョボ。他方でロシア政府はワグネルに代わるロシア政府子飼いの新民間軍事組織を絶賛募集中で、当然ワグエル部隊の兵士大歓迎のため、そっちに流れており、今やワグネル部隊は事実上の骨抜き・解体状態です。こんなことがここ1週間の間に集中して起きています。これをただの偶然と読む人はおりますまい。ISWの分析の通り、トップ3名の暗殺に引き続き、ワグネル組織・部隊の解体のスイッチが押された、と見て間違いないでしょう。
(参照: 2023年8月4日付ISW記事「Russian Offensive Campaign Assessment, August 24, 2023」、ほか各紙)

 しかし、この世界を駆け巡った報道の受け止められ方は、「衝撃の大ニュース」ではなく「やっぱり」感に満ちていました。この報道に、米国のバイデン大統領のコメントもそうでしたし、日本でもNHKから朝日から読売・産経に至るまで、ほとんどの報道が言外に「やはり」感をにじませました。プーチンは飼い主の手を噛んだバカな犬=プリゴージンをぬくぬくと生かしておくわけがなく、やがて暗殺するだろうな、とは誰もが予想していたことでしょう。それが反乱後2ケ月経って、今、現実化した、というだけのこと。「やっぱりね・・・。」と。当初のニュースを報じた後は、フォロー報道もあまり衆目を集めないほどです。

 ちなみに、私も本ブログ上で予言していました。2023年6月29日付「プリゴージンの乱を治めたルカシェンコの腹」及び7月4日付「群衆に囲まれファンサするプーチン?! 反乱のダメージコントロールに躍起のプーチン」で、ほとぼりが冷めた頃にプーチンはプリゴージンをむごたらしく殺すだろう、と。まぁ、こんなの誰もが読んでいたことでしょうけど。そのくらいの、「やっぱり」感ですよね。

プリゴージン暗殺報道に隠れた快挙: ウクライナ軍が独立記念日にクリミア上陸成功の花火を挙げる!
 いやー、痛快なことが起きていました。前述のプリゴージン暗殺のニュースが飛び交っている同時期に、ウクライナがロシアから独立した記念8月24日のウクライナのロシアからの独立記念日の直前に、これに花を添える作戦が計画・実施されていました。独立記念日に花を添える一連の作戦は数個の隠密の特殊作戦からなり、詳細はウクライナも伏せていますが、公表した作戦は2つでした。8月23日に公表したクリミア半島オレニフカ付近ターカンクート岬におけるロシアの最新鋭地対空ミサイルシステム「S⁻400」やバスティオン対艦ミサイルシステムの破壊、及び翌24日に発表したオレニフカ付近への特殊部隊の2か所(オフレニカと近傍のマヤクという集落)への上陸作戦の成功です。(※実際の作戦は公表日の前に既に終了していますので、公表より半日以前の話であることにご留意ください。)

 この一連の作戦成功について、ロシア政府は一切コメントしていません。一方、西側報道はプリゴージン暗殺報道の余話的に、「ウクライナ “クリミア半島に一時上陸” 独立記念日に特別作戦」(2023年8月4日21時59分付NHKニュース)などのように手短かな単発報道でカバーしたのみです。

クリミア上陸部隊
ウクライナ独立記念日に戦果として紹介されたクリミア上陸を果たした特殊部隊(2023年8月24日付BBC記事「Ukraine claims Crimea landing for 'special operation' on Independence Day」より)

 私見ながら、それは見方が甘い。この「クリミアに上陸できた」ということの意義・重要性が理解されていませんね。これは、玄人的には非常にビックリな朗報です。「やっぱり」感のあるプリゴージン暗殺なんかより、余程インパクトの強いニュースです。
 ウクライナが公表した23日と24日に公表された2つの作戦は、ほかにもウクライナはいろいろやっていますが敢えて語っていません。語られた2つの作戦は、いずれもクリミア半島の西端の岬部分オフレニカです。ここには、ウクライナの黒海への海軍作戦や航空作戦全体の防空の中枢があります。ロシア軍の最先端の防空装備S-400 「トリウームフ」が統合防空システム及びバスティオン対艦ミサイルシステムが睨みを利かしていたわけです。このS-400 とは、ロシアの接近阻止・領域拒否(A2/AD)能力の核心的存在であり、米国を含むNATOもなかなか侵せない比類なき防空能力を持っています。こいつの存在があるがために、黒海での海上作戦や、いわんやクリミア半島への着上陸作戦は困難と言われてきました。おそらく、軍事経験のないエセの軍事アナリストはともかく、現役自衛隊幹部、元自のウォッチャー含め、玄人は気づいているはずです。このS-400を、特殊部隊が隠密裏にクリミア半島に着上陸し、破壊してきたのですよ。考えても見てください。「いやぁー、ちょっくら、北朝鮮の弾道弾発射基地のあるピョンチャンリに潜入しまして、弾道弾サイトの発射台を破壊してきました…」と言っているような話です。今回の「破壊」のダメージがどれほどか、すぐに復旧できる程度の小破なのかもはや修復困難な大破なのか、全く不明なので何とも言えませんが、クリミアのロシア軍にとっては致命的な大失態のはずです。更に驚くべきは、23日に公表したS⁻400破壊作戦の翌日の24日に公表したのが、その破壊作戦の後に行われた近傍の街オフレニカへの特殊部隊の特殊艇による上陸成功です。この際のシーンと思われる、非常に見えずらい画像ながら、夜中にオフレニカの街に上陸した特殊部隊員たちがウクライナ国旗を掲示している場面がSNSに出回っています。

 一部報道によれば、これらの特殊部隊の上陸は、高速特殊艇にて海岸に上陸し、次なる破壊目標(このオフレニカにはS-400やS-300などの防空システムのほか、様々なレーダーサイト、長距離~中距離ミサイル、対艦ミサイルなどのシステム装備が散在)の破壊を目指した作戦行動だった模様ですが、潜入に気付いたロシア軍との交戦に至り、ロシア兵数十名を殺傷したうえ、ウクライナ兵は死傷者なしで離脱しています。隠密を旨とする特殊作戦行動としては見本のような大成功ですね。
(参照: 2023年8月24日付BBC記事「Ukraine claims Crimea landing for 'special operation' on Independence Day」、同日Newsweek記事「Ukraine General Reveals Plans for Crimea」、同Newsweek記事「Ukraine's Amphibious Assault on Crimea Sours Putin's Big Moment」、同Newsweek記事「How Ukraine Pulled off Audacious Amphibious Crimea Landing」、ほか)
 
クリミア半島への上陸作戦の意義・重要性
 今回のクリミア半島上陸という特殊作戦の成果は、直接的には「ロシア軍のS-400 や対艦ミサイルの破壊」という、既に事実上の戦争状態のウクライナーロシア間においては日常茶飯事的な戦果ですが、この意義は重大です。クリミア半島は、黒海に突き出た半島というよりほぼ島ですが、ロシアが国際的な規範を無視したクリミア侵攻により、ウクライナから2014年に奪取し実効支配したほど、ロシアにとって戦略的な重要性を有する死活的国益の地域です。寒い国ロシアにとって、冬になっても凍らない黒海に浮かぶクリミア半島は、天然の良港・軍港であるセバストポリも擁し、まさに黒海上の不沈空母であり、ここを保持する者が黒海の自由航行を制する死活的な領土です。現在、ロシアは大穀倉国ウクライナの穀物輸出の主要ルートである黒海経由の航路の首根っこを押さえ、生殺与奪の権を握っています。その首根っこを押さえている根幹がオフレニカのS-400 だったわけです。そんな戦略的重要性のあるオフレニカのS-400の基地が潜入したネズミ部隊に破壊されてしまったわけですよ。しかも、翌日にもそのネズミに再び潜入されたわけですから。S⁻400による完膚なきまでの黒海の制空を前提に、ロシア軍の海上部隊も航空部隊も完全なる制海、制空を持っているもの、と思われていました。その厳重警戒しているはずのオフレニカが、なんとネズミに入られてしまったんですよ。連日にわたって。 しかも、ウクライナ軍事情報局長ブダノフ少将は、「今後もクリミア半島への水陸両用作戦による襲撃は計画している」と豪語しました。これは間違いなくロシア軍首脳部は上を下への大騒ぎ、プーチン大統領には大目玉を喰らっているはずです。

クリミア上陸成功のインパクト
クリミア半島上陸作戦のインパクト(ブログ主が作成)

 もう一つ、今回のクリミア半島への水陸両用作戦成功の間接的な成果として、これにより今後ロシア軍は相当な戦力配分をクリミア半島の対水陸両用作戦への厳重警戒態勢につぎ込まざるを得ない、というロシアに対するノルマを課したことでしょうね。私見ながら、それこそが、今ウクライナにとって何よりも最優先の課題である「2023年夏の反転攻勢の目標の達成」=「トクマクの奪取」に対する大きな助力になります。ロシア軍は、今ウクライナ軍の攻勢の主攻撃正面ザポリージャ州西部のロボタイン正面で突破されていることへの対応に大わらわです。南部戦線へルソン正面や東部戦線の各正面をはじめ、アチコチの正面からなけなしの部隊を抽出して、このロボタインの突破正面に後詰で当てがおうとしています。そんな折も折に、今回のクリミア半島への上陸をやられました。ロシア軍首脳部はプーチン大統領に「クリミアで2度と上陸されるんじゃないぞ!」「ハイ、了解しました。クリミア半島は厳重に警戒態勢を取ります!」とプーチンにどやされて大部隊を振り向けてクリミア警戒態勢を再編するでしょう。・・・ということは、ロボタイン突破正面に対する後詰部隊は薄くならざるを得ません。

 ね、言ったでしょ?主攻撃目標を取らせることが最大の目標であり、他の正面で助攻撃をすることによって敵部隊を他正面に拘束し、主攻撃正面に対する最大限の寄与をするものなのです。要するに、今回のクリミア半島への上陸作戦は、単に独立記念日に花を添える大花火だったのではなく、これによりロシア軍の相当な兵力をクリミアに釘付けにする、もって、主攻撃の突破正面での突破の「戦果の拡張」に資しているのです。

 あっぱれ!見事だ!ウクライナ
 クリミアというロシアの鼻の穴に指を突っ込んで、ロシアの鼻面を引きずり回せ!
 もって主攻撃正面ロボタインの突破の戦果を拡張し、9月中にトクマクを奪取せよ!


(了)

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2023/02/17

ロシアの大攻勢とは東部バハムート正面の進撃、モルドバ政府転覆、及び砲爆撃ではないか

Bahmut.jpg
激戦が続くバハムート( 2023年2月14日付JSW記事「the latest news from Bahmut: Battle Map」より)

ロシアの攻勢はやはり始まっていた
 ロシアの攻勢はやはり始まっていたようですね。
 NATOのストルテンベルグ事務総長が2023年2月13日に「ロシアの新たな大規模な攻撃は既に始まっているようだ」と発言し、マスコミもそのように報道し認識を改めていました。ほ~ら、言ったでしょ。「2月のロシア大攻勢」というのは、前回(2月10日付)、前々回(2月4日付)のブログでも述べたように、現在東部戦線で激戦が続くバハムート攻防戦において、ロシアが地味に押しており、数ヶ月同地を固く保持していたウクライナ軍が徐々に後退しつつあり、「既にロシアの攻勢は始まっている」と見るべきでしょう。
 他方、ウクライナのゼレンスキー大統領が先週ブリュッセルで行われた欧州理事会サミットにおいて「ロシアがモルドバにおいてクーデターによる政府転覆を計画している」と情報提供をした件、これに呼応してモルドバのサンドゥ大統領が13日に「実際にそうした動き」がある、とロシアを糾弾しました。無論、ロシアは事実無根だとしてこれを否定しています。モルドバは、ウクライナの西部で国境を接し、ウクライナと同様、国内の親ロシア勢力が国内の東部地域を実効支配し、そこにロシア軍が駐留している状況です。ロシアの狙いは、モルドバの西側寄りの現サンドゥ政権を親ロシア傀儡政権に挿げ替え、ウクライナの西側とのモルドバ経由の補給路を断ち、ウクライナの海の出口オデッサをロシアと挟み撃ちで海路を脅かす戦略的優位を得ようとしていると推察されます。これはウクライナと西側諸国にとって痛烈な打撃となります。
(参照:2023年2月13日付VOA記事「Russia Wages New Offensive Against Ukraine」、同年2月14日付Newsweek記事「Moldova Closes Airspace as Russia Coup Fears Grow」ほか)

「ロシアの大攻勢」とは東部攻勢とモルドバ転覆と砲爆撃の合わせて1本ではないか?
 私見ながら、こうしてみると懸念されていたロシアの大攻勢とは、併合した東部2州の失地回復と確保を目標とした東部の攻勢(地上作戦)、ウクライナの西の隣国モルドバを親ロシア国に転覆させるクーデター(外交/諜報/間接侵略作戦)、それに加え侵攻開始1年になる2月下旬にミサイル・ドローンや海軍艦艇からの巡航ミサイル等による主要都市への猛烈な砲爆撃による市民生活への大打撃(陸海空の砲爆撃作戦)などの合わせて一本ではないか、と推察します。これにより、4月以降逐次に西側供与の主力戦車等の新装備がウクライナの戦力として加勢する前に、地上作戦の攻勢で東部の失地を回復しつつ南部の既得地域を離さず、ロシアに有利な態勢で春を迎えようというのがロシアのプーチン大統領の腹でしょう。以降の軍事作戦は既得地域を確保する防御に切り替え、政治外交作戦において停戦・講話協議を国際社会に求め、中国などにこれを仲介・援護射撃させ、一方で親ロ化したモルドバというジョーカーのような外交カードを使って、ウクライナを西側から脅かして揺さぶりをかける。更に他方で、ウクライナの主要都市と電力インフラ等を狙い撃ちに、2月下旬から3月にかけて再びボコボコに砲爆撃することで、ウクライナの国民生活に壊滅的打撃を与えて、国民の抗戦意志を萎えさせ、「もはや東部や南部のロシアに取られた国土の犠牲はやむを得ない、それより平和な日々に戻りたい」という気にさせる。プーチンの腹はそんな思惑ではないか、と推察いたします。

ウクライナよ、ロシアの冬季攻勢に耐えてくれ!
 今が一番きついだろう。しかし、春以降は西側新装備と武器弾薬などの全面支援をNATO・西側諸国等ガッチリとサポートしてくれる。もうそこに光は見えている!

頑張れウクライナ!

(了)

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2023/02/04

ウクライナ支援のための武器確保をめぐる西側諸国の奔走:死の商人が暗躍

戦況:ロシアは東部2州の線まで押し戻す攻勢をかけている模様
 2023年2月4日現在、目にはさやかに見えねども、ロシアは3月中にロシアが併合したと主張する東部ドンバス戦線のドネツク州、ルハンシク州の東部2州のウクライナに奪回された部分を取り戻すことを目標に現在攻勢をかけている模様です。前回のブログで述べたように、ウクライナは春には西側諸国から提供された戦車、装甲歩兵戦闘車等が戦場に戦力として展開できるようになるため、ロシアとしてはそれ以前の3月中を目途に東部2州の線まで取り戻す攻勢をかけている、と見られます。
 ISWの戦況分析では、東部2州の線まで奪回できるに足る戦力をロシアは準備できていません。プーチン大統領は、ロシアの現有戦力を過大評価し、「できる」と踏んで軍に命じている模様です。ロシアにしてみれば大攻勢をかけているのでしょうけど、大攻勢というほどの爆発的な攻撃衝力がないので、見かけ上はこれまで同様の攻撃にしかみえませんが、確かに、ここへ来てロシアの攻撃は激しさを増しています。対するウクライナも一歩も退かず、ドンバス平原の要衝バハムートを巡る激しい戦闘が繰り広げられております。
(参照: 2023年2月2日付Newsweek記事「Putin Has 'Overestimated' Russia's Ability to Capture Donetsk by March: ISW」)

西側諸国はロシアを押し戻すべくウクライナへの武器供与に奔走
 かれこれ1年になるロシアのウクライナ侵攻に対するウクライナの支援を通じ、西側諸国の軍事支援をめぐる態勢は大きく変わり、今や「ヨーロッパ」や「NATO」の垣根を越えて、広く西側の諸国は、有形無形でウクライナへの戦争継続や国家・国民の存続のための物心の支援を与えるために奔走しています。特に、武器・弾薬の確保と供与のため、武器・弾薬の供給源をめぐって洋の東西を問わず探求が続いています。
 ほとんどの西側諸国、特にウクライナ以西のヨーロッパ諸国は、これまで紛争当事国に武器を供与することはできないというのが長年の政策でしたが、ロシアのウクライナ侵攻がこの前提を大きく変え、今では、ウクライナ以西の欧州諸国がそれぞれの形でウクライナ支援に血道を当てています。特にドイツ、スウェーデン、ノルウェーは、厳しい国内法上の制約を方針変更し、欧州全体の将来のために武器・弾薬の供与の道を開きました。
 米国、英国、ドイツ、フランスは言うに及ばず、各国が火砲をはじめ武器・弾薬等を提供し、近々ではウクライナの求めに応じて主力戦車まで提供することになりました。この辺は、ロシア本土を脅かす兵器は差をロシアを過剰に刺激し、紛争が拡大したり、ひいてはロシアにあく兵器使用の口実を与えることになるため、慎重にステップを進めています。
 そのような中、ウクライナの主要な武器供給国であるポーランドは、様々な武器・弾薬の供与に加え、自国防衛用の補填として、韓国と58億ドルにも及ぶ契約で戦車、榴弾砲、弾薬などを購入する方向です。ウクライナへの支援を、という同調圧力が西側諸国の共通の課題となり、ウクライナから遠く離れながらも西側の一員として、日本や韓国も例外ではありません。厳しい国内的制約で、国外への軍事支援などもってのほかの日本は、ウクライナに防弾チョッキやヘルメットなどの非殺傷の軍事装備を供与しています。記憶に新しいところでは、今週ストルテンべルグNATO事務総長が韓国・日本を歴訪し、更なる手厚いウクライナ支援、特に軍事支援について両国に念を押して帰りました。
(参照:2023年2月1日付VOA記事「In Search of Ukraine Weapons, NATO Looks East」)

Leopard Tank
数十両のレオパルドⅠ型戦車の上でドヤ顔の死の商人(Freddy Versluys, the CEO of Belgian defense company OIP Land Systems, stands among dozens of German-made Leopard 1 tanks, in a hangar in Tournais, Belgium, Jan. 31, 2023.)(2023年2月2日付VOA記事「Belgian Arms Trader, Defense Minister Tangle Over Tanks for Ukraine」より)

死の商人が暗躍
 こうしてウクライナへの支援のための武器・弾薬の供与でいかに自国は貢献するか、という命題を持った各国は、これまで日陰者だった「死の商人」達に活躍の場を与えています。
 上記の写真をご覧あれ。ベルギーの片田舎にある巨大な倉庫に、ドイツのレオパルドⅠ型戦車が数十両並んでおり、その戦車の上で武器商人がドヤ顔をしています。
 この戦車上の人物は、ベルギーの武器商社OIPランドシステムズのCEOでフレディ・ヴェルスルイス氏。これらの戦車は、元々ベルギー軍の装備でしたが、新旧装備の交代に伴い、ベルギー国防省がこの業者に売却したものです。この武器商人はこれをストックし、戦車を要する中東やアフリカ、アジアなどの国々に車体ごと売ったりパーツを売ったりしていました。ここへ来て、ベルギーがウクライナ支援のために丸ごと買い戻そうと交渉をしたところ、法外な価格を提示されて揉めているそうです。具体的には、この業者は、これら戦車を元々200万ユーロ(1ユーロ142円として2億8400万円)で買い、今やその戦車を1両につき10万〜100万ユーロ(1420万〜1億4200万円)と吹っかけている模様です。ちなみに、レオナルドⅠ型は旧式戦車ですが、ロシアがウクライナの戦場で使っている旧式戦車が相手なら十分に戦えますし、ウクライナ歩兵の前進/後退に際し、戦車と共に戦闘行動を行うと非常に頑強な戦闘力となります。実際、現在ウクライナ軍が使用している戦車は、ポーランド等の旧東側諸国がウクライナに供与したロシア製の旧式戦車ですから。
(参照:2023年2月2日付VOA記事「Belgian Arms Trader, Defense Minister Tangle Over Tanks for Ukraine 」)

 こういう輩を暗躍させるのははなはだ不本意なことです。しかしながら、ロシアが侵攻作戦を続ける以上、通常戦力どうしのぶつかり合いでウクライナに勝ってもらうよう軍事支援する以外、他に手がないことも事実であり悲しい現実です。
 できるだけ早期に、こういう輩が「商売上がったり」の平和が当たり前の状況に引き戻さねばなりません。悲しいかな、それまでは仕方ない、としか言えません。

ウクライナ支援の武器確保の奔走はプーチンを「封じ込め」るためには仕方がない
 ふと思い出したのは、冷戦の終盤となった1980年代の軍拡競争です。米国はレーガン大統領の治世で「強いアメリカを取り戻す!」という子供じみたスローガンで、米ソ軍拡競争が激しさを増す頃、核戦争の脅威が増す中で、レーガン大統領は「戦略防衛構想(SDI):スターウォーズ計画」なる壮大な子供じみたイニシアチブを打ち出しました。当時、防衛大学学生~初級幹部でしたが、「バカなのか?」という冷めた目でニュースを追っていました。この頃、当のソ連も米国・西側に負けじと、ワルシャワ条約機構の東側諸国の陣頭に立って、東側の軍拡を推し進め、極東アジア情勢にも大きく戦力バランスに影響を与える中距離弾道弾SS-20の極東配備などを推し進めていました。自衛隊に身を置いていたので、日々緊張が増す国際情勢に固唾を飲んだものです。この時期、ソ連の社会主義経済はもはや自転車操業状態で、社会主義国家のシステムそのものにあちらこちらで赤信号がともり、東側諸国の離反も始まっていました。この軍拡競争は、間違いなくソ連の崩壊を招きました。正確に言うと、西側諸国は米国主導で冷戦の始まりからずっとソ連/東側に対して「封じ込め政策」をしてきたわけですが、冷戦末期にその総仕上げとして「軍拡競争」という形で違った形の封じ込めを実施し、当時既にガタが来ていたソ連の政治経済を軍拡競争に奔走させ、その自壊を早めさせた、ということでしょう。
 時は変わって、現在のウクライナ戦争。再び同じような状況ですね。要するに、ウクライナ侵攻への対応を契機に、ソ連の再興を目標とするプーチンのロシアを、ウクライナを土俵とした軍拡競争に奔走させることで、その自壊を早めようとしているのではないかと推察します。基本的には「軍拡」はくだらないのですが、「武力侵攻で勝ち取ったら自国領土にできる」という時代錯誤の認識を持つ「プーチンのロシア」という元凶を潰すために、当面は「仕方なく」西側は一致団結して奔走するしかないと思います。そのうち、もはや侵攻を継続する前に自国の経済が破綻する状況に直面し、ロシアは自らプーチンを葬るでしょう。そして、即時停戦へ。その目標の達成まで、戦いの土俵となっているウクライナを支えるのが、国際社会の一員としての責務だと思います。

 それでも頑張れ、ウクライナ!
 ロシアの攻勢に耐え切れ!勝利の日は近い!

(了)

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2022/11/17

ウクライナ軍のドニプロ川渡河作戦始まる:東岸に橋頭堡を確立せよ! 

Nov 16 2022
現地時間11月16日の南部戦線の戦況(2022年11月17日付ISW記事「Ukraine Conflict Updates:RUSSIAN OFFENSIVE CAMPAIGN ASSESSMENT, November 16」より)

ドニプロ川渡河作戦は始まっている 
 狡猾なウクライナ軍は音なしの構えのためメディア報道がされていませんが、ウクライナ軍のドニプロ川東岸への渡河作戦は既に開始されています。 
 ISW(米国の戦争研究所)の分析にて、数日前からウクライナ軍が数か所でドニプロ川の渡河を試み、ロシア軍の陣地からの渡河を阻止する戦闘が報告されていました。最新の2022年11月15日付(日本時間16日午後発信)の分析では、ロシア側の一部の報告として「既にヘルソン市の東方40㎞のノヴァ・カホウカ、同市の南東10㎞オレシキー、及び同市の西方40㎞以上に黒海に伸びる突き出る半島キンバーン・スピットに到達した」との情報があります。オレシキーのウクライナ市長が「ウクライナ軍がオレシキーを解放した」とのソーシャルメディアへの投稿がありましたが、後に削除した模様です。一方で、ロシア側のソーシャルメディアへの投稿でオレシキーから後退するロシア軍の姿が報告されています。要するに、ウクライナ軍は既に渡河作戦を実施中で、一部は東岸に達しているものの、渡河作戦は「半渡(はんと)」と言って渡河の途中が一番脆弱なため、敢えてその行動を秘匿し、ロシア軍からの集中砲火を避けているものと思われます。 
 
東岸に橋頭堡を確立せよ 
 ドニプロ川渡河作戦の最初の関門はドニプロ川を渡って、橋頭堡を設置することです。橋頭堡とは、「敵地などの不利な地理的条件での戦闘を有利に運ぶための前進拠点であり、本来の意味では橋の対岸を守るための砦のこと」(Wikipediaより)であり、ロシア軍の構えるドニプロ川の東岸にウクライナ軍の攻撃拠点を設置することです。この拠点が設置されれば、この拠点が盾となって後続部隊の渡河を援護し、かつ後続部隊がこの拠点からロシア陣地に対して攻撃をする際にはこの拠点が攻撃の援護射撃をする拠点になります。 
 しかし、渡河作戦というのは実に難しい。まず橋をロシア軍に落とされたドニプロ川を渡らねばなりません。ドニプロ川は大河なので渡渉点によっては100mを越えます。恐らく橋頭堡が設置されるまでは浮橋(ふきょう)を使った艀(はしけ)で部隊を対岸で隠密裏に運んで、橋頭堡が設置された後に浮橋を連結して応急の架橋を設置するのではないかと思われます。 
 努めて隠密裏に渡河し、敵のいる東岸に拠点を築く、というのが一苦労です。このため、敵に気付かれずに比較的容易に川が渡れて、なおかつ、対岸に拠点となりそうな堅固な盾となってくれる地形があって盾の後に後続部隊を収容できる一定程度の地積がある、そんな場所を選ばねばなりません。恐らく、夜間のうちに一部の部隊が隠密に渡河し、夜陰に乗じて拠点となる地域を偵察し、同地を占領・確保を目指しますが。恐らくは、ロシア軍も警戒していますから、半渡の状態でウクライナ軍の渡河の動きを察知し、そこに集中砲火をかけてきます。こちらも西岸の後方から敵陣地に猛烈に砲撃して頭を上げさせないように応戦します。その激戦の中、拠点を設定する部隊を渡河させ、東岸に引き入れて応急の陣地を構成し、何とか橋頭堡を設置する、という流れです。当然、激戦になります。この激戦の中で、橋頭堡を設定し、なおかつ逐次部隊と装備を投入して強化して、拠点化する流れです。 
 恐らく、ウクライナ軍は今まさに橋頭堡を設定している最中でしょう。激戦は必至ですが、頑張ってくれ! 
自衛隊 艀(浮橋)
 (架橋)浮橋
プレゼンテーション3
上が浮橋を使った艀(はしけ)、中が浮橋を使った応急の架橋(MotorFan.jp「陸上自衛隊:90式戦車も渡れる! 浮体橋とボートで構成、柔軟に運用できる『92式浮橋』自衛隊新戦力図鑑」より(※写真は自衛隊提供) ) 、下の写真は朝鮮戦争時の釜山橋頭堡
 
冬を見越して早期に渡河作戦を成功させ努めて早く東岸のロシア陣地線を突破せよ 
 よく指摘される「冬将軍」の条件下での作戦について、どんな様相になりそうかを展望します。 
 まず、この地域の冬は北海道以上の寒さであること念頭に置く必要があります。大陸の冬ですから、日本人の経験したことのない様相です。強いて言えば、日露戦争時の冬の黒溝台の戦闘で我々の大先輩たちが経験した状況に近いのかも知れません。今回のウクライナ戦争の地域では、過去、ナポレオンやナチスドイツが冬将軍に敗れ、厳寒の中で半死半生の退却となりました。 
 さて、元々の地元同士の戦いとなったウクライナ軍対ロシア軍はどうか?結論から言うと、厳寒の気候は戦闘の進展を大いに減速するものの、両国軍とも冬装備を保有し、冬でも戦闘訓練を積んでいますから、基本的に戦闘行動は継続できます。事実、ナチスドイツにモスクワ攻防戦まで迫られた当時のソ連軍は、厳冬期に頑強な戦闘を継続し、ナチスドイツに粘り勝ちしました。当時は現ウクライナ人もロシア人もソ連軍として戦っています。従って、戦況進展のスピードは鈍くなりますが、これまで通り日々戦闘は継続するでしょう。とは言え、12月半ばから一機に厳寒の気候に入り、ドニプロ川は凍結し、大地は凍土となります。このことが戦闘に大きく影響することは間違いありません。 
 攻者ウクライナ軍と防者ロシア軍の差についてですが、一般的に、防御側は自ら準備した防御陣地に戦闘に必要な武器・弾薬・食料・各種補給品を備蓄してあり、防寒を含め備えかつ構えているので、有利であることは明白。他方、攻撃側は、事前の準備もなく何の防護物もない敵地に自らの姿を晒して乗り込んでいくので、更に武器・弾薬・食料は携行したもので当面の戦いをしなければならないので、非常に不利です。厳寒の中、敵弾に晒されて凍る大地に身を伏せるので、敵弾下でそのまま動けなければ凍死する状況です。 
 厳寒期の気候が戦闘に与える影響ですが、これは攻防両軍に言えることですが、武器や戦車等の装備は厳寒下で故障や結露が起き得ます。金属の潤滑グリスが固まってしまったり、人が接する照準具や照準眼鏡の結露も起きます。故障排除するにも、修理のための後送するにも、厳寒期ゆえの困難が伴います。この点では、西側諸国の支援の下、後方補給態勢が比較的整っているウクライナ軍は有利であり、一方、ロシア軍ヘルソン東岸守備隊はウクライナ軍の長射程砲HIMARSによる後方補給拠点やチョークポイントへの砲撃により、後方補給態勢が非常に脆弱になっており、この点ではウクライナ軍が非常に有利と言えます。 
 また、日照時間が短くなるので、いわゆる日中の戦闘時間が短く、夜間戦闘の時間が長くなります。現地では夏季に日に15時間程度ある日照時間が、冬季には9時間程度になります。夜間でも戦闘するには照明弾による照明や暗視眼鏡の使用が必要です。この点でも、西側諸国の支援を受けたウクライナが有利、後方補給が脆弱なロシアは不利と言えましょう。 
  
 総じて言うと、12月半ば以降の厳冬期は両軍の戦闘行動に大きく影響を与えますが、戦闘行動は継続します。しかし、既述の通り厳冬期となると基本的に防者に有利、攻者に不利なため、厳寒期を迎える前に渡河作戦を成功させられるか否かがカギとなります。厳寒期の渡河作戦は非常に厳しい。ヘタをするとドニプロ川の線で戦線が膠着してしまいます。それではロシア軍の思う壺。よって、ウクライナ軍の観点から言えば、現在の戦勢を活かして努めて早期=努めて11月中にヘルソン東岸に橋頭堡を確立して、12月前半にロシア陣地線に突破口を開けて陣内戦に持ち込みたいところです。

 頑張れ、ウクライナ!

(了)

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