中国全人代が始まる:課題山積「今そこにある危機」に注目
<要旨> 2020年5月22日から、中国の国会に当たる全国人民代表大会が始まります。
本来なら、全人代で右肩上がりの経済成長目標と国防予算を鼻高々で世界に発表する場であったものの、今回はコロナ禍の直撃を受け、かつてない課題山積の大会となります。
しかし、課題があろうがなかろうが、一党独裁・唯我独尊の中国のことですから、結論は初めから決まっています。習主席は、これらの課題に「適切に」対応方針を示したうえで、コロナ克服・勝利宣言と今後のコロナ対応と経済のV字回復における世界の主導的役割を高らかにPRし、大会は習主席への満場の拍手の中、大団円の成功裏に閉幕するのだろうと思われます。
お手盛りはともかくとして、我々が冷静に注目すべきは、直面する厳しい課題に対し、中国はどのように「適切に」対応するつもりなのか?その舵取り、対応方針に注目したいところです。今回は、中国が全人代で対応しなければならない課題、「今そこにある危機」について考察してみました。

2020年1月28日、WHOテドロス事務局長と会談する習近平主席 (FILE - Chinese President Xi Jinping speaks during a meeting with Tedros Adhanom, director general of the World Health Organization, at the Great Hall of the People in Beijing, Jan. 28, 2020.) (VOA記事 2020年5月18日付「China Backs Calls for Probe of COVID Origins - But Not Now」より)
<中国の全人代とは> 中国の「全人民代表大会」=全人代とは、ザックリ言えば日本の国会のような国家の議会制の立法府なわけだが、決定的な相違がある。全人代は、中国の国家の立法機関でありながら、行政上の権力機関でもあり司法にも優越する、国家の最高権力機関である。3権分立を超越しているところが中国らしい。毎年3月に2週間ほどの会期で天安門広場の西端の人民大会堂で実施され、ここで年間の国家運営の方向性が示される。全国から人民の代表や人民解放軍の代表約3000名が招集され、予め全人代の常務委員会ほかの共産党主導で提出された議案や予算が2週間に亘って審議されるが、過去否決されたことはない、という筋書きが決まったお手盛り国会である。
<今回の全人代は対コロナ厳戒態勢下で運営> ところが、今回はかなり様相が違う。
前述のように、新型コロナウイルスへの対応の必要性から、全人代を前代未聞の「延期」を余儀なくされた。昨年12月からと言われるが、実はもっと以前から武漢市にて原因不明の肺炎患者が集団発生。中国は、これをウイルス性=ヒトヒト感染の可能性があることについて、全人代の成功という国家の目標への影響を忖度した武漢市の行政及び中央政府が隠蔽した。しかし、感染が一地域のみならず中国全土への感染拡大の兆候が出てきたことに伴い、もはや隠蔽しきれずWHOに報告。全人代も延期となった。
開催時期の延期にとどまらず、今回は対コロナ厳戒態勢下での開会となり、感染防止対策を随所に発揮し、3000名の全代表を一所に集めず、オンライン会議も含めた異例の態勢で行われる。また、内外の報道機関の取材も制約し、今回は人民日報や国営新華社通信など政府系メディアに絞られる見込み。取材が許される記者数は例年約3000名から数百人のオーダーになり、記者会見の回数も削減し、会見もテレビ会議方式の模様。よって、海外メディアの特派員は会場にも入れず、中国政府系メディアを取材したり、その報道内容を参照する形となるかも。
<中国が全人代で対応を議論すべき課題: 「今そこにある危機」> 今回の全人代では議論すべき懸案がかつてないほどの課題山積となった。
本来、中国政府が目論んでいたのは、対コロナにおける「勝利宣言」と対経済における「V字回復」を世界にPRし、対コロナ・対経済両正面での世界のリーダーたる役割の誇示であったに違いない。そのための処方箋となる内政のプログラムや対外政策が盛りだくさんのはずだった。
しかし、両正面とも中国自身の先行きが不透明であり、そのシナリオは既に瓦解している。
「世界に先駆けて新型コロナを克服した」とPRするはずだった対コロナにおいては、中国国内における第2波の感染拡大の懸念及び世界各地で感染は抑え込めない状況が継続、更にコロナウイルスのそもそもの起源問題や初期対応について世界から批判を受け、公正な調査を求められている。リーマンショック時に世界経済の牽引役だった際程ではないにせよ、国内経済を「V字回復」を図るはずだった対経済においては、中国国内及び世界経済のダメージがかなり甚大で、これを立て直すには相当の時間が必要、更に、コロナ責任問題に端を発した米国との貿易戦争の再燃、最大貿易相手国であった豪州との貿易問題も懸念される。これらは中国政府及び習主席にとって大きな政治的リスクであり、「今そこにある危機」となっている。
○ 対コロナ: コロナウイルス対応の継続と責任問題への対応
① コロナ第2波の懸念: 国内及び世界
国内: 吉林市新規感染者(症状あり)34名をはじめ、舒蘭市、武漢市等、各地での第2波と思われる新クラスターの発生や地域的感染拡大が見られ、都市封鎖、検査の徹底、交通機関の停止などの対応が再開。他の地域でも見られるが、そもそもウイルス陽性であっても症状がなければ「感染症数に数えない」という俄かに信じがたい体制をとっており、「コロナ克服」は表面的であって潜在的には全く克服していない。
世界: 全世界的にはまだ減少傾向とは言えない状況。5月20日付で世界で感染者497万名、回復者189万名、志望者32.7万名、このうち新規感染者は19日付で11.6万名もいる。米国で感染者は150万名、死亡者9万名を越え、南米・中東で感染者が急増中。とても第2波対応を語る以前の、第1波対応で精一杯の状況。しかも、アフリカ等への感染者本格的拡大はこれからかもしれない。韓国では、既に非常態勢を解いて経済が再開したものの、ナイトクラブでの100名超の新クラスターが発生、第2波への対応が懸念される。他方、英国では、ジョンソン首相が英国全土での行動規制緩和を企図しているが、5月20日付で新規感染者2429名という状況であり、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドは時期尚早として分裂すら懸念されるほど反発。米国でも、早期の規制解除を諫める専門家と経済重視で解除を目指すトランプ大統領や各州の知事とで議論が分かれるところ。
② コロナ禍の責任問題への対応:
起源をめぐる問題: 武漢研究所からのコロナウイルス流出説が米国から指摘され、状況証拠的には相当のもっともらしさが存在。但し、その決定的証拠となる物的ないし関係者の証言などを欠いており、米国の専門家を交えた現地調査を求める米国をはじめとする求めに対する、今後の中国の対応が注目される。
初期対応をめぐる責任問題: 10月~11月頃から感染者と見られる患者がいたものの、武漢地方政府及び中国中央政府は患者や医師や専門家の論文等を監視し、緘口令を敷いた。また、感染の事実を隠蔽しWHOへの報告を意図的に遅延し、この間に自国のコロナ対応用に必要な医療資機材を世界の市場で調達し、世界的パンデミックとなった際の医療資機材不足を引き起こし、その上でコロナ外交的に医療資機材の援助として供与するなど、様々な初動対応の問題が指摘されている。起源の問題と相まって、中国というよりはWHOに対して、世界各国からの本格的調査が求められている。その調査を本格的に実施する際には、主たる調査の場は中国とならざるを得ない。これに対し、習主席は全人代前のつい先日、「調査は今ではない」と回避する発言をしている。
世界各国からの「中国からの医療資機材提供への質的批判」問題: 初動対応のところで既述の通り、コロナが世界にパンデミックとなる前に、中国はマスクやアルコールなどの小物からICUでの治療が必要な重篤患者用のエクモ等の人工呼吸器など、新型コロナ対応に必要な医療資機材を世界の市場で買い占めた。勿論、情状酌量的には、自国のコロナ対応の喫緊の課題としての止むを得ざる判断であったのだろうとも思われる。しかし、自国のコロナ対応が一段落した後、これら医療資機材を外交攻勢の道具に使い、コロナ禍に喘ぐ国々が多々ある中、あえて英国、フランスなど欧州などに、選択的に外交戦略的に援助を提供した。供与された国々では、当初有り難がってこれらを受領、直ぐに使用した。マスクやアルコールなら多少の質の問題は看過されるが、医療崩壊しそうな喫緊の病院のICU等に使用された中国からの人工呼吸器が質が著しく劣悪。これには欧州の国々も激怒。フランスでは全て返品したほど。命のかかる現場では、当初有り難がった分、怒りや恨みになって返ってくる。
コロナ禍の責任・賠償問題に端を発した貿易問題: ここ数日紙面を騒がせている米国トランプ大統領のWHOや中国の責任追及問題で、米国と中国は不可避的に貿易問題が戦いの土俵となっている。更に、中国最大の貿易相手国である豪州では、コロナ対応で国家の経済が危機に瀕している。豪州は、これだけの損害を被ったからには、賠償問題として責任を問う姿勢を堅持。中国はこれを「豪州の主張はジョーク」とまで批判。問題は批判の応酬のみにとどまらず、貿易問題に発展している。豪州の主力商品である牛肉や大麦に事実上の禁輸に近い、相当の関税をかけることで威圧。豪州は中国をWTOへの提訴をする見込み。しかし、米英独仏も豪州同様に、中国への賠償請求の動きがある。これらに対しても中国は貿易問題で対抗するつもりだろうか。
○ 対経済
(対海外)
③ 米国との関係悪化(貿易戦争の状態)への対応
中国の経済にとって、トランプ米政権との対立は何よりの懸念材料。これに関して、中国が仕掛けた話ではなく、一方的にトランプ米大統領が仕掛けてきている。今となっては、米中貿易協議の第1段階合意の実行も危ぶまれる。5月15日に、米商務省が中国の華為技術(ファーウェイ)に対する輸出禁止措置強化を発表。こうしたトランプ米大統領の中国の輸出企業への狙い撃ちの措置により、中国経済全体へのダメージは大きい。前述のようなコロナ責任問題等による緊張の高まりが火に油を注いでいる状況。米中の対立激化は、イコール中国経済への逆風となる。
④ 世界経済の長期低迷への対応
良く言及されるように、現在の世界経済の状況は大恐慌以来の「今そこにある危機」の淵に臨んでいる。米国を例にとれば、米国のコロナ死亡者が5月20日付で91921名。これはベトナム戦争の米国の戦死者58220名を凌ぐ。米国の市民生活レベルで深い影を落としたベトナム戦争以上の影を落としている。この暗い影は経済にも及ぶ。4月の雇用統計によれば、米国の雇用者数(非農業部門)の減少は2050万名にも及ぶ。コロナ禍のダメージは甚大であり、世界的に雇用環境は厳しく、失業者が激増している状況と言える。世界経済の一つの尺度として、経済を回す燃料たる原油を例にとれば、世界的に生産活動と需要が大幅に落ち込み、過去経験したことがないレベルまで原油の需要は落ち込んでいる。4月20日に原油価格が一時マイナス40ドル台まで下落するなど、原油価格が急落し、原油の貯蔵能力は上限に迫っている状況。「風が吹けば桶屋が儲かる」という言葉のように、回り回って、原油の需要低迷が続けば、シェール革命によって世界最大の産油国となった米国への影響は甚大であろう。米国の大企業であるシェール業界が経営破綻すれば、ローンを証券化して組成されたCLOの価値を落とし、各国大手金融機関も資金繰りが悪化する。
ことほどかように、世界経済はかつてないほどダメージを受けているこの時期に、「中国が世界経済をリードする牽引役になる」というのは無理。高らかに宣言したいだろうが、今回は空虚な響きでしか聞こえないものとなる。恐らく、全人代でもそうは言わないのだろう。
(対国内)
⑤ 経済成長目標を数値で示さない/見送るか
例年なら、李克強首相が初日22日に施政方針に当たる政府活動報告にて経済成長目標や財政政策について方針を述べる手筈。国内景気の下支えのため、財政赤字の対国内総生産(GDP)の引き上げや地方政府の特別債発行拡大、特別国債の発行などを打ち出すものと見られるが、今回は、コロナ対応に伴う経済の不透明さを理由に、目玉となる数値目標を採用しない方向、との見方が大勢を占めている。2020年1~3月期のGDPは前年同期比6.8%減で四半期ベースで初のマイナス成長。各国経済も低迷しているため、止むを得ないものと思われる。
⑥ 国内経済の立て直しの処方箋を示せるか
工業生産の回復については、コロナ対応に見切りをつけた後、政府主導で指導してきたため回復基調にある模様ながら、消費動向を示す小売売上高の勢いは鈍い。足元では世界的な需要減で輸出受注のキャンセルが増加中。結果的に、回復した工業生産も頭打ちとなる懸念がある。国内の3月の実質失業率は12%だった。失業者数は5000万人を超えている可能性がある。習主席以下、指導部も危機感を強めており、国内経済のてこ入れとして、財政赤字の拡大容認など景気対策・刺激策が打ち出すものと見みられる。1990年当時、国有企業による解雇が抗議行動と凶悪犯罪の急増につながった時期があったが、当時はグローバル化の波に乗れる時代であり、中国は好景気の米国に中国製品を売って急速に経済を回復できた。今回も指導部は様々な施策を打ち出すものと思われるが、トランプ米大統領が中国の輸出企業を狙い撃ちで仕掛けた貿易戦争のダメージにより、中国経済の成長は陰りを免れない。
⑦ 習主席が中期的に取り組んできた貧困撲滅策を諦めるか
貧困撲滅策は、同主席が2015年に発表し2020年までの国家目標として掲げたものであり、昨年末には「2020年は中国が『小康社会(適度にゆとりある社会)』の構築を仕上げる『節目』の年になるだろう」と演説した。「本年中に国民1人当たり所得とGDPを10年前の水準から倍増させ、貧困を撲滅させる、これが共産党が人民と歴史に誓った固い約束」とまで豪語した。しかし、もはや2020年内の貧困脱却や小康社会の実現は非常に困難な模様。いずれも習主席の肝いりで取り組んできた重要テーマながら、目標期限の延期は止むを得まい。
⑧ 民法典の草案をどうするか
これも習主席が重視して取り組んできたもの。財産、契約、結婚、家族、相続、不法行為等、一連の民事関連の法律を、基本的な規定をまとめた民法典の草案を提出する手筈であった。中国のGDPの目標設定などとは次元が違うものなので、コロナ対応による全体的に困難基調の経済の中にあっても、非常に地味な取り組みなので、国家として取り組む広範な取り組みの一つとして入れ込むことも考えられるが、後回しにされる可能性もある。しかし、むしろ全体が困難基調であるがゆえに、国民生活の基盤整備の一歩前進・今後の躍進の基礎をPRする意味で敢えて大々的に打ち出すかも。
⑨ 国防予算は今年も増大させるか
昨年は「台湾独立・分裂の画策を断固として阻む」との姿勢を公言し、7.5%増の1兆1898億7600万元(日本円で19兆8000億円)の国防予算とした。さて今年は?コロナ対応の経済への影響を抜きに、純軍事的に考えれば、中国はコロナ対応で米海空軍が南シナ海正面で手薄になっている分、火事場泥棒的に南シナ海に軍事プレゼンスを常駐するだろう。つい最近、言った者勝ち的に、南シナ海に中国の領有を示す行政管区を設けたことが記憶に新しい。それを防衛する軍事的な担保として、必ずや南シナ海の岩礁を更に埋め立てて軍事基地化を進めるだろう。それを成り立たせるのは国防予算。強力な空母打撃群を擁する外洋海軍へ、強力なステルス偵察機、戦略爆撃機、主力戦闘機、支援戦闘機をバランスよく擁する空軍、そして強大な陸軍、宇宙やサイバー攻撃能力を含むマルチドメイン戦力、…等々、切りのない総合的な軍事戦力を有する中国軍は、維持運営するだけで巨大な国防予算を必要とする。
しかし、今年も例年並みに右肩上がりの国防予算を計上できるだろうか?中国経済が右肩上がりで伸びていた高度成長の頃は成り立ったが、コロナ対応下の今年、これをどうするつもりなのか?一昨年が8.1%増、昨年が7.5%増だった。この流れで行くと今年は6%代の増か?それとも昨年並みとするか?ということは何かをカットすることになる。正面装備は落とせないとして、武器修理等のメンテナンスを落とすか?しかしこれは、表面上装備数はあっても、実は稼動(可動)する装備は減少することを意味する。非常に頭の痛いところだろう。さて、お手並み拝見。
これらの課題にいかにかじ取りをするのか、1週間に及ぶ全人代に注目したいと思います。
(了)

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