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2021/09/12

北朝鮮 異例づくめのパレード敢行: その虚像と実像

金正恩総書記
スリムになって血色の良い金正恩総書記(2021年9月9日付VOA記事「North Korea Shows Off Horses, Dogs but No Missiles at Anniversary Parade」より)

2021年9月9日未明、北朝鮮は国家をあげて朝鮮人民民主共和国の創立73周年を祝う軍事パレード「民間・安全武力閲兵式」を金日成広場で開催しました。

異例づくめのいつもと違うパレード
 このパレードがいろいろ異例だったことが話題になっています。この1年だけでもこうした大パレードを3回も深夜(未明)に実施していますが、これまでのパレードではこれ見よがしに北朝鮮正規軍の特殊部隊の徒歩行進、戦車、装甲車、火砲、核ミサイル発射車両、等々を走らせ、国民と国際社会に北朝鮮の軍事的脅威を見せつける威圧的なものでした。今回のパレードは、従来と打って変って、馬に乗った部隊、犬の部隊、サイドカーをつけたオートバイ隊、ガスマスクをつけたオレンジ色の防護服部隊、消防車、トラクターが牽引する多連装ロケット、等々といったパレードでした。要するに、正規の軍隊ではなく、「労農赤衛隊」といういわば予備役や消防等を使った民間防衛組織オンリーのパレードだったのです。バイデン大統領になってからの米朝交渉の再開が期待される中、焦点となる核ミサイル系の参加はありませんでした。(参照:2021年9月9日付VOA記事「North Korea Shows Off Horses, Dogs but No Missiles at Anniversary Parade」)
騎馬隊
バイク隊
騎馬隊、バイク隊の景況(前掲VOA記事より)

目を引く金正恩総書記の元気な姿
 目を引いたことの2つ目は、金正恩総書記の久々の人前への登場です。しかも、ダイエットしたらしい健康そうな姿で。白っぽいスーツに日焼けした笑顔、確かに以前よりスリムで健康を回復した感じに見えます。以前は、濃紺のパンパンの人民服姿で見た目にもメタボ、内臓疾患っぽいくすんだ笑顔、しかも片足を引きずっていました。また、国家にとって大イベントのはずの金日成誕生祝賀会に姿を見せず、内外から安否が懸念されていたところでした。北朝鮮の官制メディアの朝鮮中央通信は金総書記の久々の元気な姿と減量ぶりに平壌の市民の喜びの評判などまで伝える異例の報道ぶりも海外マスコミの注目を集めました。ちなみに、同メディアは、100枚以上の今回のパレードの写真を掲載して国内世論を鼓舞した模様です。

総参謀長の異例の大抜擢
 更に、1月のパレ―ドで総参謀長朴正天大将の大将昇任のお披露目と晴れ姿をパレードデビューさせましたが、今回のパレードの直前に正規に朝鮮労働党の政治局の常務委員・書記に昇格させるという異例の大抜擢の発表もありました。今回のパレードでは金総書記の右腕としてひな壇入りです。朴大将は現在の金総書記のお気に入りのようで、まるで金総書記同様に、聖なる白頭山で部下将兵を従えて馬に跨った英雄風の姿の写真まで出回っているそうです。朴大将は、2018年に米朝交渉の進展に伴い、それまでの長距離核ミサイル開発から短距離核ミサイル開発に舵を切ったあたりで、それまでの核開発で大活躍した李炳鉄大将に代わって頭角を現したと言われています。
(参照:2021年9月6日付VOA記事「North Korea Promotes General to Ruling Party's Presidium, State Media Says」
スライド1
総参謀長 朴正天大将(前掲VOA記事より)

北朝鮮の思惑
 今回のパレードについて、西側メディアや専門家も北朝鮮の思惑を書きたてています。
まず今回のパレードの民間防衛的な国民大動員という手法から。北朝鮮政府としては、北朝鮮は公には新型コロナ感染者ゼロということになっていますが、世界でも類を見ない徹底的なロックアウトで、事実上の鎖国状況で新型コロナウイルスの水際阻止を2年近く続けている中、「コロナ禍の中でもいざとなればこれだけの軍・民ともの大動員ができるのだぞ!」という国家の姿勢を内外に見せる意図があったと推察されます。国内的にも、国民大動員を契機に、市民の目標をこの大パレードの成功という喫緊の課題に向かせ、国家のあちこちに転がる閉塞感を打破する姿勢を示したかったのではないか、と推察されています。
 また、前回までのパレードで目を引く焦点だった「核ミサイル開発」の新型装備等という色を全く出さなかったことについては、核ミサイル開発が焦点となる米国との交渉の進展に向けた意図的なトーンダウンであろう、という見方をされています。敢えて、米朝交渉を再開する前に「値を吊り上げる」意味で、核ミサイル開発系の新装備をバンバン走らせるという手もあったと思いますが。そうしなかったのは、バイデン新大統領にはまず交渉のテーブルについてもらう作法として、軍事的挑発を避けたのかも知れません。
(参照:2021年9月9日付産経新聞、読売新聞、NHK報道、等)

裏読み的に、実像を探ると・・・
 私見ながら、そうした今回の大パレードから垣間見られる北朝鮮の「今」の実像を考察してみます。
 従来のパレードなら、正規の軍隊による数カ月前からの予行練習に次ぐ予行練習で、一糸乱れぬ軍の精強なパレードを演出していました。軍隊の場合は、数カ月前からパレード本番まで、軍隊にとってはそれが達成すべき任務ですから、徹底的に練成する形になります。他方、今回は国民を動員しているため、昼はそれぞれの仕事や学校でのパレード以外の仕事や勉強に精励しているため、自ずと予行練習の期間も濃密度も反復演練の回数も違ったでしょう。また、パレード参加は17歳~60歳までの開きのある労農赤衛隊という予備役が主体ですから、男女も年齢もいろいろありの混成でした。異例づくめのパレードでしたが、パレードとしての兵士一人ひとりまで身長・体格・歩調、部隊の線、敬礼の腕の角度や目線、等々、部隊の精強さを示す「一糸乱れぬ」バリバリの練度ではなく、玄人目に見れば不揃いが目につき、「市民の部隊行進にしては予行をよくやったんだぁ」という感じ。従来のパレードとは格段の差がありました。 

 なぜ、軍隊でなく民間防衛組織のパレードにしたか?
 前述の西側メディアの推察のように、軍事的挑発を避けて国内の団結・結束を示す形としたのは内外へのPRだ、というのが大方の見方ですが、裏読みすると、そうせざるを得ない状況ではないか?とも考えられます。国内の団結・結束を目標として示し、国民に団結や結束の維持を訴えないとならないくらい、国内的に厳しい状況に追い込まれている状況なのではないか、と。よく指摘される状況として、北朝鮮は昨年に度々風水害に見舞われ、農業は大打撃を受け大飢饉に陥っている、と言われています。9月2日には、金正恩総書記が、党政治局の拡大会議の中で、自然災害、異常気象への対応強化と感染症対策の強化について国家全体として取り組むよう、異例の指示をしています。(参照:2021年9月3日付ロイター「北朝鮮の金総書記、自然災害・コロナ対策の強化指示」)要するに、昨年の自然災害の被害のダメージから立ち直れておらず、今年も風水害のシーズンを迎えて、防災努力を国家全力でやれという状況なわけです。感染症対策についても、公称「感染者ゼロ」ですが、かなり感染症の蔓延が進み、防疫に国家挙げて努力をしなければならない状況ということが考えられます。
 また、北朝鮮の核開発については、IAEAが恒常的に衛星画像等でウォッチしていますが、2018年以来しばらく止まっていた寧辺の核開発施設(原子炉)の稼働が、最近再開されたとの報道がありましたが(参照:2021年8月30日付ロイター「北朝鮮、寧辺の原子炉再稼働のもよう=IAEA報告書」)、これまた裏読みすると、北朝鮮をウォッチしている米国の機関「38North」によれば2018年の風水害でその核開発施設が被害を受け、原子炉を冷却する装置が使用不能になったとのこと。ということは、以来未復旧の状況で、最近やっと復旧し、原子炉を再稼働でき、もって冷却水を排出している状況がIAEAにウォッチされた、という状況が考えられます。それが真相だったのではないでしょうか。
 要するに、北朝鮮は虚像的には強いままですが、その実態はかなり経済が疲弊し、自然災害がそれに拍車をかけて国民生活を打撃しており、当面の国家の目標は自然災害に打ち勝ち、感染症の更なる蔓延を局限して、何とか国民が一致団結・結束して難局に当たろう、という苦しい局面に置かれている、というのが実情ではないでしょうか。
 その意味で、国家国民にとって朗報は、金正恩総書記のダイエット成功・健康の回復ってところではないか、と私見ながら裏読みしています。

(了)

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2021/08/12

北朝鮮、米韓訓練に激怒し対立に回帰:いつものパターン

VOA20210811.jpg
TVニュースで南北関係改善の方向性の報を聞く韓国市民(7月27日の段階)(A TV shows a file image of North Korean leader Kim Jong Un, third from left, and South Korean President Moon Jae-in, second from left, during a news program at the Seoul Railway Station in Seoul, South Korea, July 27, 2021.)(2021年8月11日付VOA記事「N. Korea Returns to 'Old Playbook' of Confrontation, Dialogue」より)

北朝鮮、米韓訓練に激怒し対立に回帰
 2021年8月10日から一連の米韓合同訓練が開始されました。当初10日~13日まで特殊部隊間の対テロ対処訓練、16日~26日まで韓国陸海空軍、在韓米軍+本国含む米太平洋軍からの増援軍が対応する前提の半島有事対処の指揮所訓練を実施予定です。

 この動きを受け、北朝鮮が激怒。金正恩北朝鮮労働党総書記の妹で党副部長の金与正(キム・ヨジョン)が同月10日に、韓国を「perfidious(不誠実)」と呼び、この訓練の実施により北朝鮮に強力な先制攻撃能力を推進せざるを得なくなった旨、官制メディアを通じ声明しています。この翌日11日、金英哲(キム・ヨンチョル)北朝鮮労働党統一戦線部長は米韓は「間違った選択」のために「深刻な安全保障危機」に直面するだろうと警告しました。ついでながら、南北朝鮮のホットラインは現在北朝鮮側の応答が全くない状態、とのこと。まぁ、激怒モードに入っているので、ヘタしたらまた1年前のように回線は破壊され、関連施設が爆破される可能性もありますね。今懸念されていることとして、今回の軍事挑発にも言及していることから、韓国側としては「何をしてくるのか?」という疑心案疑に捉われています。
(参照: 2021年8月11日付VOA記事「N. Korea Returns to 'Old Playbook' of Confrontation, Dialogue」及び「N. Korea Warns of 'Security Crisis' Over US-South Korea Exercises」、同日付BBC記事「North Korea leaves hotline with South unanswered during military drills」)

 激怒したのには前振りがあって、韓国の文在寅大統領が残り1年の大統領任期を意識して、最優先課題として南北関係改善に努めており、やっとこさ南北ホットラインの復旧までこぎつけたのですが、この際、金与正から米韓合同訓練を中止しろと注文がついていたのです。米韓合同訓練を強行するなら南北関係の改善どころか、対立いやいや軍事オプションもあり得るぞ、と警告していたのです。韓国は、これを軽視する形で米韓合同訓練は毎年細々とやっているから例年並みの話だし、まぁまぁそんなに決裂までいかないだろう、とタカをくくったのでしょうか。結果的に北朝鮮は激怒してしまい、韓国文政権にしてみれば、南北関係改善の可能性すら国内に喧伝していたのに、結局決裂方向に北朝鮮は回帰してしまいました。

なぜ韓国は北朝鮮が警告したのに米韓合同訓練を強行したか?
 なぜ文大統領は、北朝鮮が警告したのに米韓合同訓練をGoサインを出したのでしょうか?それは、米側から、有事に米韓の軍事作戦を遂行する際の指揮権が、現行の態勢では韓国軍の作戦も含めた「米韓連合作戦」を遂行する際の作戦の統一指揮権は米軍司令官にあることになっており、韓国の長年の悲願として、この作戦の指揮権を取り戻したいのです。といっても、本来韓国は米韓の連合作戦の指揮を韓国軍司令官に統一指揮させたいかもしれませんが、米軍の作戦の指揮を執らせるようなことは米国が許しません。結局は韓国軍の指揮権を取り戻すのが関の山ってことです。一見当たり前のようで、あたりまえでない形になっているのです。これは、朝鮮戦争の際に、北朝鮮に奇襲を受けてあれよあれよの間に北朝鮮軍に攻め込まれ、韓国軍は敗走に次ぐ敗走のあげく釜山周辺のみに韓国そのものが追い落とされそうになって、それを米軍が仁川逆上陸作戦で大逆襲をしたことで、形勢を挽回した経緯があります。朝鮮戦争では、韓国軍の作戦を含め、作戦指揮を国連軍として米軍が全軍の指揮を執った流れから、現在の有事の韓国軍の連合作戦の指揮さえ、現行では米軍司令官が執ることになっているのです。(ちなみに、日本の場合は「日米共同訓練」という名称が示すように、「共同」ですから自衛隊の指揮権は日本が、米軍の指揮権は米軍が、というパラになっており、両軍の作戦の統一運用のため、「共同調整(Bilateral Coordination)」を両軍の指揮官・幕僚が密接にやります。ヘタしたら韓国のように米軍の指揮下で動く自衛隊ということもあり得たのですから、自衛隊創設当時の先人の知恵で、よくぞ共同作戦にしてくれました。有り難いことです。よく、「結局、米軍に仕切られてんじゃないの?」と言われますが、毎年実施している日米共同訓練ヤマサクラ演習にて、おそらくは世界一と言っていいほどの「共同調整」を毎年ミリミリと実施しており、米軍からも高い評価を受けています。・・・おっと余談でした。)韓国は、その指揮権を取り戻したいのですが、米軍から「そうしたいなら、米韓合同訓練で実績と信頼を積み上げないとね」と言われています。だから、文在寅大統領にしてみれば、米韓合同訓練は南北関係改善にとって邪魔な存在なので、本当はやりたくないのですが、他方で作戦指揮権問題を取り戻すために、「あと数年は毎年実施しなければ」と考えたのだと推察します。

あれ?既視感があると思ったら、いつものパターン
 私見ながら、「わぁ、大変なことになった・・・」、ではなく、いつかと同じ話ですよね。「いつか」というより、毎回こうでしょ。「南北融和か」なんてちょっとした関係改善の兆候が見えた後には必ず「結局決裂・対立へ回帰」にこれまでもなっていましたよね。いつものパターンですよ。前回のブログでも言及したように、であるがゆえに、米国は初めから冷めているのです。一喜一憂はしていません。想定内の話ですから。

 米国が冷めた目で見ているのには、もう一つ読みがあって、北朝鮮の今回の「対立路線回帰」は北朝鮮の国内向けの要素が見え隠れしている点です。北朝鮮は、現在本当に厳しい経済状況にあります。今懸念されている北朝鮮の次の一手ですが、そうたいしたことはできないのではないか、と推察されます。せいぜい1年くらい前にやった潜水艦発射弾道ミサイルの実験くらいじゃないですか。確かに戦略核兵器ですから、日本も含め色めき立つ話です。しかし、北朝鮮がそれ以上の手、例えば韓国に対する実力行使をするような余裕は、もはやないのではないか、と推察されます。

(了)

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2021/08/07

核開発を続ける北鮮、関係改善に一途な韓国、様子見の米国

NKs new guided missile、Mar26 2021
韓国ソウルの水西駅で北朝鮮の新型ミサイル発射のニュースを見る人々2021年3月26日)(FILE - People watch a TV showing an image of North Korea's new guided missile during a news program at the Suseo Railway Station in Seoul, South Korea, March 26, 2021.)(2021年8月6日付VOA記事「North Korea Developing Nuclear, Missile Programs in 2021, UN Says」より)

 最新の北朝鮮情報によれば、経済が過去最悪の経済困窮に喘ぐ中、それでも北朝鮮は核ミサイル開発プログラムを追求中の模様です。そんな中、これまで何度も北朝鮮に煮え湯を飲まされてきたはずの韓国は、一途なまでに北朝鮮との関係改善を進めたいと企図し、つい1年前に北朝鮮が自ら破壊した南北ホットラインの通信回線を復旧し、南北対話を復活を目指しています。これに対し、米国のバイデン新体制での対北朝鮮政策は、何を考えているのか分からない北朝鮮と関係改善に一途な韓国を冷ややかに見ながら、様子見を続けています。

最新北鮮情報:北鮮は経済に喘ぐ状況下でも本年度も核開発を継続の模様
 2021年8月6日付VOA記事「North Korea Developing Nuclear, Missile Programs in 2021, UN Says」によれば、国連安全保障理事会の北朝鮮制裁委員会への独立した制裁モニターのパネルによる報告が明らかにしたところでは、「2021年の上半期の間、北朝鮮は、国際社会からの核開発に対する制裁と悪化する経済的苦境にもかかわらず、核弾道ミサイルプログラムの維持と開発を継続中」であり、「海外でこれらのプログラムのための材料と技術を探し続けた」とのことでした。
 同制裁モニターによれば、北朝鮮が核開発プログラムへ資金をつぎ込むことを遮断するよう、国際社会が様々な制裁対象で経済制裁を強めたため、北朝鮮に与えた圧力は甚大だったことを確認しています。しかしながら、その一方で、それでも北朝鮮は開発を諦めず、北朝鮮の学者や大学と海外の科学機関との協力による大量破壊兵器技術の入手を継続するとともに、海外への北朝鮮市民の出稼ぎ部隊やグローバルなサイバー活動による資金の盗用や獲得により、核ミサイル開発プログラムを継続している、と結論付けています。

 北朝鮮の経済が危機的状況であることは、これまでも様々なメディアが指摘してきたことです。特に、核開発に対する国際社会からの経済制裁とCOVID-19の影響による海外との人やモノの流通の遮断の継続により、過去最低の経済状況の中、昨年来の飢饉で食料が底をつきつつある状況であることが伝えられてきました。(参照:2021年7月5日付VOA記事「North Korea Faces Worsening Economic Woes amid COVID Lockdown」)
 こうした経済的困窮の中で、北朝鮮の最高指導者金正恩自身が、経済苦境とCOVID-19 対策(北朝鮮にはコロナ患者がゼロということになっているので)の行き詰まりに激怒し、7月に北朝鮮指導部の大きな人事刷新があり、これまで側近的ポストに置いていた軍指導者を文民に挿げ替えており、最優先事項は軍事政策から経済対策に舵取りをシフトしたのではないか、との西側アナリストの分析がありました。(参照:2021年7月8日付VOA記事「North Korea Reshuffle Signals Military Policy Not Top Priority Now, Analysts Say」)

 私見ながら、上記を総合すると、経済的苦境の中で当然ながら経済政策にも力を注いでいるのでしょうが、それでも北朝鮮が北朝鮮としての主体性を維持して国家運営を続ける基盤として、やはり「核」というカードは捨てられず、引き続きこの苦境の打開のための交渉の切り札として、継続的に開発に努力を続けているということなのでしょう。

韓国は何度も北朝鮮に冷遇されようとも一途に関係改善に努力
 韓国文在寅政権は、これまで何度も北朝鮮には抜け駆けの核ミサイル発射実験やら外交交渉における罵倒やら、何度も何度も煮え湯を飲まされ続けているにも拘らず、一途なまでに南北朝鮮の関係改善に努めてきましたし、今回も改善を進めています。
 毎年夏に行われる米韓軍事演習に先立ち、2021年8月1日に北朝鮮側から「米韓軍事演習を強行するなら、南北の相互信頼を回復する努力を深刻に損なうだろう」という警告がありました。これに対し、韓国は軍事演習を中止するつもりはなく、その一方で、昨年北朝鮮に破壊された南北ホットラインを復旧して、南北関係改善の出発点とし、南北関係改善交渉を再開する、との方針を明らかにしました。
 南北朝鮮は、7月末に南北ホットライン(電話とファックスの回線)を13ケ月ぶりに復旧しました。南北ホットラインは、これまでも再開しては決裂または理由もなく突然に、北朝鮮側に破壊されてきました。そして今回再開されたわけです。南北朝鮮情勢に詳しい一部のアナリストによれば、北朝鮮は、停滞した米朝首脳外交が再開することを企図して、米国から譲歩を得るために韓国をうまく使うことを単に目的としている、このホットラインの件も今回の南北関係改善交渉の再開も同様、と指摘されています。(参照:2021年8月2日付VOA記事「South Korea Seeks to Improve Ties Despite North’s Threat」)

米国は様子見
 2021年8月3日、米国務長官のアンソニー・ブリンケンと韓国の鄭義溶外相は、対北朝鮮政策の取り組みについて協議しましたが、この米韓外交トップの会談後の米韓双方の声明の違いが見られます。
 韓国外務省は、「長官と大臣は、朝鮮半島の完全な非核化と永続的な平和の確立という目標に向けて実質的な進展を遂げるために、協調的な外交努力を継続することに合意した。」と声明しました。字ずら通り受け止めれば、米韓とも歩調を合わせて南北関係改善や対北朝鮮交渉を展開していくように理解できます。他方、米国務省は「ブリンケン米国務長官は、北朝鮮と韓国の間の対話と関与に対する米国の支持を確認した。」と声明しました。米側は、単に「南北間の対話と関与に対し、米国は支持する」と言っているだけです。要するに、米国からすれば「南北関係改善の交渉が再開することについて、支持する」と第三者的にコメントしただけなのです。要するに、南北交渉再開についての「静観/様子見」を表明しただけでした。

 私見ながら、韓国の南北関係改善に対する一途なまでの執着を見ていると、南北に別れようが「朝鮮民族」の血の濃さゆえの、血を分けた兄弟・同胞の一体化への思いの強さを感じます。何度煮え湯を飲まされ、裏切られ、罵詈雑言を浴びせられようとも、それでも血を分けた兄弟への一途なまでの愛情があり、何とか関係改善することにこだわり続ける、そんな感じがします。文在寅大統領が特にその傾向が強いようですが、これは文大統領の個人的な考えにとどまらず、広く韓国人一般に共通の心情ではないでしょうか。

(了)

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2021/07/07

コロナ無しだがロックダウン不況:北朝鮮の強気の泣き言

Kim Jong Un, June 29 2021
党中央委員会の拡大会議(2021年6月29日)で厳しい表情で北朝鮮の現状を語る金正恩総書記(2021年7月5日付VOA記事「7月3日付けVOA記事「North Korea Faces Worsening Economic Woes amid COVID Lockdown」」より)

北朝鮮の現在の状況が見えてきた
 2021年6月15日から金正恩総書記出席のもと、朝鮮労働党第8回中央委員会第3回全体会議が行われ、29日には党政治局の拡大会議が行われ、金総書記が発言し、その内容が30日付の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」に掲載されました。
 その内容から、北朝鮮の現在の状況が読み取れ、それを各国各紙が記事にしています。(2021年6月30日付けNHKの報道「“コロナ対策で危機をもたらす重大事件” 北朝鮮 国営メデイア」、7月3日付けVOA記事「North Korea Faces Worsening Economic Woes amid COVID Lockdown」など)
 それらの報道によると、ザックリ言うと次の4点です。
 ① 北朝鮮は鎖国的なロックダウンを継続しており、これが功を奏して未だコロナ感染なしを維持している。
 ② 国連がコロナワクチンを供与する枠組みを提示しているのに北朝鮮は拒否した。
 ③ このロックダウンの維持により、昨年の台風の影響等による壊滅的な飢饉の状況とのダブルパンチで、経済危機に陥りもはや人道危機の状況である。(金正日時代の1990年代に数百万人が飢饉で犠牲になった頃を引き合いに出す)
 ④ コロナ対策について政府高官の重大な過失があり、「国家と人民の安全に大きな危機をもたらす重大な事件が発生」し「幹部たちの無能と無責任」を指摘した。
 
 上記4点をどう理解するか、がミソですね。
 まず①の「コロナ対策が功を奏してコロナ未だ感染者なし」を高らかに誇示し、②ではコロナワクチンの国際的供与を拒否」するという相変わらずの強気な姿勢の表れ。
 しかし、③で「ロックダウンの影響と飢饉でもはや経済危機・人道危機」という冷静な分析のような泣き言を言い、④では「政府高官がコロナ対策で重大な過失」とのショッキングだが内容を全く明かさずに誰かに責任を負わし、政府の過失を認めざるを得なかった弱気を示しています。
 
 私見ながら、4つともいつもの北朝鮮らしい表面上は強気一辺倒ですが、その実、弱気が如実に交錯しており、北朝鮮にしては相当弱っている感がします。しかし、本当に弱っているのか?というと、北朝鮮ウォッチャーによれば、「それほどの危機的状態とは思えない」(デイリーNKロバート・ローラー氏)という指摘もあります。北朝鮮はワクチンを使いたければ、国連の枠組みにすがらずとも、中国やロシアのワクチン供与を受ける手もあるのに、「それをしないということは本当にワクチンを拒んでいるかも」、という指摘もあります(米スチムソンセンターのレイチェル・ミヨン・リー女史)。
 
強気と弱気の交錯した北朝鮮の本音は?
 上記の①~④と北朝鮮ウォッチャーの専門家の意見を踏まえた私見を述べさせていただければ、
 まず、①の「北朝鮮はコロナ感染なし」というのは虚偽で、事実上感染者はかなり出ているが、鎖国的ロックダウンにより限定的ではある。これまで「感染者なし」と報告してきたことに綻びを生じ、もはや金正恩の知るところとなり、関連高官は責任を取らされて粛清された。これが④の部分であろう。金正恩もコロナの感染状況などを具体的に掌握しているが、これまでの内外への、特に国民への「コロナ感染なし」との説明との整合性から、(今更「実は感染してました」とは口が裂けても言えない。)引き続き、この姿勢を崩さず強気に行く。いわんやコロナワクチンを海外から供与されて、「全国民にワクチンを射つ」なんて極力避けたい。コロナ感染拡大を抑える最有力手段は、北朝鮮の場合は、引き続き鎖国的ロックダウンしかない。従って、海外からの人や物の流入を止め続けたい。だから②の「ワクチンすら外国から入れさせない」。しかし、これが中国をはじめ支援を提供する国々からの支援をも止めることになるというジレンマに陥っている。③の「経済は疲弊し、飢饉が祟って国民は飢えに苦しむ」。・・・と一応、決して他国に困窮を訴えて支援を哀願するような表現は一切せず、極めて冷静な分析を装って弱音を吐く。その弱音の理由は、「本当は経済支援、食糧支援を得たいから」、ということではないのかも。まだ余力はあるのかも。ではなぜ③のように「人道危機」とまで言うのか?私見ながら、バイデン新政権になった米国との交渉の切り口として、米側の譲歩を引き出すための対米国用の「交渉の切り口提示」の発言であり、巧妙な交渉術ではないか、と見ています。
 
 (了)

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2020/05/03

金正恩は健在でした!謎は残るが認めねば

<状況:健在でした!>
  なんと、北朝鮮金正恩委員長は全くの健在のようです。
米国のトランプ大統領が、米国時間の5月1日(金)に第一報を受けた際には「今はまだ何もコメントできない。」としていましたが、翌2日(土)に自らのツイッターの中で金委員長の健在について「I, for one, am glad to see he is back, and well!(彼が戻ってきて健在であるのを見て嬉しい。)」とのコメントを出しました。ということは、2日のツイッターまでの間に、米国の情報筋が北朝鮮メディアの伝えた金委員長の映像の分析をはじめ、本当にあれが本人なのか、健在は本当なのか、様々な筋から裏を取ったあげく、「健在は真実」と結論を出したのでしょう。北朝鮮側もあの映像を出したくらいなので、「Go」サインが出され、我々の窺い知れないレベルで様々な情報をリリースして「健在」情報の情報洪水を起こしているかもしれません。
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2020年5月1日、農業肥料工場の完工式に出席した金正恩委員長(North Korean leader Kim Jong Un attends the completion of a fertilizer plant, together with his younger sister Kim Yo Jong, in a region north of the capital, Pyongyang, in this image released by North Korea's Korean Central News Agency on May 2, 2020.)(VOA 2020年5月2日付記事「He’s Back: Kim Jong Un Reappears — at Fertilizer Plant 」より)

<私の読みは間違っていました。まだまだ修行不足であることを肝に銘じます>
  ともあれ、金正恩は健在でした。見たところ、一部でまことしやかに囁かれていた心疾患の大手術の後とは全く思えない顔色の良さ、笑う、歩く、指導する、タバコ吸う金正恩が映像の中で跋扈しています。ということは、大手術というのも誤報だったということでしょう。ということは、私も情勢を見誤りました。これは認めねばなりません。自分の読みなど、まだまだケツが青い浅学菲才であることを肝に銘じます。あらためて、国際情勢を読むことの難しさと、それでも暗中模索・試行錯誤をしながらも、何とか国際情勢を読む努力や勉強を続けなければいけないな、と痛感した次第です。

  私のこのブログは、クラウゼビッツの名著「戦争論」の中の一節にちなんだ「fog of war」と題しています。これは、「戦争や国際情勢ってのは霧がかかったように先が読めないもの、その全容や背景は中々把握できず、人間は読み違えや実行段階でのミスなどの錯誤が起きる、そういった掴みようのないものなのだ。人間がいかにこれを掴み切ろうとしても、完全には把握できず、往々にして錯誤を犯すものなのだ。これは科学技術・情報収集能力・情報システムやネットワーク等が非常に発達した現代でもこの霧は晴らすことはできないのだ。」という意味ですが、これが私の戦争観、国際情勢観であり、それでも錯誤を承知で先を読む努力をしよう、という考えからブログのタイトルに命名しました。まさに、fog of war。いやぁー、奥深さを痛感します。まだ勉強が足りないぞ、というのを教訓とし、錯誤は素直に認め、また懲りずに努力を続けさせていただきます。

<されど謎は残る>
  勿論、謎は残ります。
① 結局、金委員長が太陽節に欠席したのはなぜだったのか?祖父であり建国の父である金日成の生誕祭ですから、余程の事情があったのだろうと思います。VOA報道では、金委員長は先代の金正日の政権運営・国家運営スタイルとは距離を置き、違いを見せて(金正日総書記は金日成主席を崇敬している姿勢を貫いた)金正恩スタイルを見せているのではないかという見方、或いはもっと単純に意図的に世界を欺いてみただけではないか、という見方を報じています。私見ながら、いずれも当たらないと思います。金正恩が金日成を否定したら、自らの地位の正当性である白頭山の血統という正統性を軽んじることになります。また意図的に、ブラックジョークをかましますか?
  私見ながら、あるとすれば、政権内・国内の米国・中国・韓国への内通者をあぶりだすために、今回の雲隠れを各国がどう読むか、情報の流れを確認し、あぶり出した裏切り者を粛正するための一連の作戦だった、という可能性があると思います。

② 健康問題は?では全くの健康だったのか?
  外見上の肥満、過去の心疾患の既往症、ヘビースモーカーであること等から、相当の心疾患や高血圧・高脂血症、生活習慣病等が推測されていましたが、ある程度の健康問題はあるにせよ、今回は全く重篤な状態などではなく、いわんや伝えられたような手術など受けていなかったのでしょうか?
  健康問題があって、例えば手術やら心筋梗塞やらがあって、前項に関連しますが、太陽節に欠席したのなら納得できる話なのです。一番理解しやすく、納得のできる事情としては、こんなところでしょうか。 ・・・ 前述のように太陽節の直前に心筋梗塞の発作等で倒れるなどの問題が起こり、仕方なく太陽節を欠席し、しばらく静養し、ようやく回復して全快となったので満を持して公式イベントなどの政務に復帰した ・・・。
  恐らく、この辺の確たる情報は出てこないでしょうけど。

③ 健康問題を踏まえ、後継者問題は?
  いずれにせよ、今回のしばらくの本人不在・安否不明となった件で、後継者問題が世界の関心の的となりました。金委員長はまだ36歳と若いものの、やはり健康問題に疑問符が付けられ、生活習慣病や家系的に心疾患の懸念もあることから、「急逝もあり得る」と認識され、その際の後継者がまだ確立していないことが認識されました。間違いなく、金委員長本人も認識していると思います。金委員長の実子もいるのでしょうが、金委員長の幼少・子供時代も全くの秘密のベールに包まれていたように、今のところ北朝鮮メディアにも全く登場していません。いずれにせよ後継者にはなり得ません。当面は第1候補は実妹の金与正女氏でしょうが、女性が国家の頂点に立つのは北朝鮮社会においては非常に難しい。よって集団指導体制になるのでしょう。金委員長は、当然自分が長生きするつもりでしょうが、自分が急逝することも想定して、逐次に金与正を政治の前面に出し、地位も与え実績を積ませ、他方で忠実な金与正の補佐者を育て、絶対の忠誠を誓わせていくのでしょうね。やはり、白頭山の血統、北朝鮮にとって絶対の正当性たる金日成の血筋は第一の条件でしょうから、伯父さんに当たる金平一氏を海外から呼び戻したのも、金与正女氏を補佐させるつもりではないかと思います。

 これらの疑問を、今後もアンテナを立てて勉強させていただきます。

(了)

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