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2020/11/14

ナゴルノカラバフ決着!ロシアが仲介、アゼルが奪回、アルメ撤退

ついにナゴルノカラバフ紛争に一段落
 2020年9月下旬からアゼルバイジャンとアルメニアの間で紛争が再燃していたナゴルノカラバフ地区に、ロシアのプーチン大統領の直接の仲介により、2020年11月9日遂に停戦合意し、10日に停戦が発効しました。これまでも停戦しては破られてきた停戦合意ですが、さすがにロシアのプーチン大統領がアゼルバイジャンのアリエフ大統領、アルメニアのパシニャン首相との間で直接結んだ停戦合意なので、しかもロシアの平和維持部隊が係争地に展開し駐留する形をとっているため、アゼル・アルメの両陣営とも停戦が守られています。

一見めでたしめでたし、但しよく見ると危険をはらんだ停戦合意 
 しかしながら、一見めでたしめでたし、但しよく見ると危険をはらんだ停戦合意になっています。
 まずは、外見上はアゼルバイジャンの一人勝ちです。ナゴルノカラバフ及びアルメニア軍がこれまでから実効支配していたナゴルノカラバフの周辺地域からも、12月1日までに全てアルメニア軍は撤収します。係争地であったナゴルノカラバフや周辺地域の主権はアゼルバイジャンに復帰します。・・・あれ?これってどう見てもアゼルバイジャンの一人勝ち。しかし、ナゴルノカラバフに元々いた難民は元の居場所に戻ることを許すので、多数派アルメニア人も少数派アゼルバイジャン人も戻ってくるわけです。また、多数派アルメニア人がこの後でアゼルバイジャン政府や少数派アゼルバイジャン人に虐殺されるようなことにならないよう、ナゴルノカラバフ地区にはロシアの平和維持部隊1960名が駐留し、揉めないように停戦監視をします。加えて、アルメニアへの配慮で、アルメニアから陸続きでナゴルノカラバフのラチンに抜ける幅5キロほどの輸送路が設定され、この「ラチン回廊」にもロシアの平和維持部隊が監視します。
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停戦状況図 (2020年11月11日BBC記事「Nagorno-Karabakh: Russia deploys peacekeeping troops to region」より)

 上図のオレンジ色部分がアゼルバイジャン国、くすんだ青色部分がアルメニア国(他の周辺国もこの色ですが)、エンジ色部分がロシアの平和維持部隊が展開する地域です。この形がほぼナゴルノカラバフの元々のかたちです。このうちアルメニアに接している部分(元々のナゴルノカラバフ地区から出っ張って尖がった部分)が、前項で触れたナゴルノカラバフ地区とアルメニアとの「ラチン回廊」です。これが今回の停戦に当たりアルメニア側への配慮で設定されているわけです。またエンジ色(ロシア平和維持部隊の展開地域=ナゴルノカラバフ地区)の周辺にくすんだオレンジ色(茶色に近いかも)の地域がありますが、ここがアルメニアが実効支配していたナゴルノカラバフ周辺地域ですが、今回の停戦で全て撤収します。エンジ色の周囲にくすんだオレンジ色でもオレンジ色でもないピンク色に近い色の部分がありますが、ここは実はアゼルバイジャン軍が軍事的に奪回した地区です。何か判然としない方がいらっしゃると思うので、誤解を恐れず分かり易く説明いたしますと、今回の紛争再燃で、アゼル軍がナゴルノカラバフ地区の大半を奪回したものの、ナゴルノカラバフの主要都市や周辺地区で未だアルメ軍との間で泥沼の戦闘が続いていました。そこで停戦により、形勢有利であったアゼル側に有利な前述のような停戦合意となったわけです。くすんだオレンジの地域にはアルメ軍がまだ残って戦っていたのですが、停戦合意により完全撤収します。

 一体何が「よく見ると危険をはらんだ停戦合意」なのかというと、まず第一に、アルメニア側はこれはもう憤懣やるかたなしです。悔しいったらありゃしない状況ですから、アルメ国内でではこんな屈辱的停戦合意をした大統領の辞任を求めて大荒れです。次に、アゼルバイジャン側ですが、こっちは当然「勝った!勝った!」とヤンヤの歓声ですが、不安要因はナゴルノカラバフと周辺地域。なぜなら、この地域には憤懣やるかたないアルメニア人が臥薪嘗胆の状況で鬱屈しています。これまでアルメニア軍・アルメニア勢力が実効支配していた地域では、ロシア軍の監視があろうと、これまでこの地を実効支配していたアルメニア側に追い出されていたアゼルバイジャン人が戻ってきますから、この地のアルメニア人に対して、軍事行動に至らずとも報復のリンチ事件が起きる等の混乱が起きることは不可避ではないかと思います。そして、この報復がアルメニア側からの報復を呼ぶことも不可避。結局は、報復に次ぐ報復という紛争の種が残る図式が解決されません。
 こんなことを言うと、唯一の解決策は一方的な軍事的勝利で、片方が他方を完全に一掃して、その地域から他方の民族を一掃し、完全に領土を自己民族のみの完全勝利状況にすることかも知れません。それを奨励するつもりはありません。矛盾したことを言うようですが、結局、「停戦する」ということは「相互に妥協する」ということなんでしょうね。

ご参考まで、今回の紛争再燃以前のナゴルノカラバフの状況について
 ナゴルノカラバフは元々、アゼルバイジャン国内の一地区(自治区)ですが、ここにアルメニア人も多く住んでいるため、アゼルバイジャン国内のアルメニア人が多く住む地域として「自治区」になっていました。しかし、この地に住むアルメニア人がアルメニアへの帰属を求めて紛争が度々あり、近年ではアゼルバイジャンの国境内にありながら、事実上はアルメニアの飛び地のような状況で、隣国アルメニアから軍も駐留する状況でした。しかも、ナゴルノカラバフの周辺地域、特にアルメニアとの挟まれた地域も、アルメニアが実効支配するような状況でした。要するにナゴルノカラバフが本国アルメニアからの孤立化地域にならないように、アクセスできるように回廊を設定したかったのだと思いますが、よその国ですからね。

停戦の本当の勝者は?私見ながらロシアとトルコ
 今回の紛争再燃でこの停戦を迎え、勝者は当然アゼルに見えますが、私見ながら本当の勝者はロシアとトルコでしょう。
 ロシアは、今回の停戦仲介によって世界から「平和」の使徒として称賛される地位を獲得し、ナゴルノカラバフ問題の完全解決ではなく、アゼルのアルメの紛争の種が残ったまま、否、また必ず紛争が再燃する火種を残した形で停戦をプロモートできました。これでまた、いずれかの国が一方的な地域の強国にならず、コーカサス回廊の決定的な覇者の地位は誰にも譲らず、両者に兵器が売れる。今回のことで、トルコには恩を売った。これでトルコとの関係は良好に保てる。もってトルコをNATO国でありながらNATOを脅かすロシア寄りの国に維持できる・・・。というわけです。
 また、トルコは、今回の紛争再燃の仕掛け人であり、アゼル軍の優勢な戦闘は、実はトルコ軍が実質的にリードしたものです。紛争の当初の段階で、アゼル・トルコ連合軍はナゴルノカラバフ及び周辺のアルメニア軍の対空レーダーと対空ミサイルをトルコ製及びイスラエル製のUAVで航空攻撃して潰し、事実上の制空権を取って空地一体の攻撃を仕掛けました。その後、地上戦になってからはアルメ軍も西側装備で敢闘し、泥沼の様相になりました。仕掛けて負けるわけにいかない戦いだったので、完全勝利ではないものの、戦争継続の経済的影響の観点から、継戦能力のあるうちにロシアの救いの手の停戦を飲んだわけです。これで、トルコのアゼルへの影響力は決定的になりました。コーカサス回廊にトルコの影響力を発揮できるようになったことは間違いありません。また、宿敵イラン(アルメを推していました)には、しっかりと楔を打ち、コーカサス回廊への影響力を最小限にしました。まさしく策士エルドアンは小躍りしていることでしょう。・・・しかし、ロシアには頭が上がらなくなったかも。

 それにしても、火種は残りましたが、これでよかったのかもしれません。
 何はともあれ、束の間かも知れませんが、これで地域の人々は生活の復興ができる基盤はできました。
 昔、防衛大学の国際関係論の授業で、「平和とは、戦争と戦争の合い間の、戦争の起きていない束の間の時期なのだ」と言う説明の仕方をされたことがあります。穿ったことを言うなぁ、と思いましたが、国際情勢のリアリズムを突いた至言なのかも知れません。

 (了)

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2020/10/24

ナゴルノカラバフ銃声止まず: トルコ/イラン/ロシアの思惑

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(2020年10月23日付Newsweek日本版「ナゴルノカラバフで再び激しい戦闘 紛争の和平合意期待が後退」より)

停戦後もくすぶる火の粉
 アゼルバイジャンのナゴルノカラバフ自治州をめぐって、本年(2020年)9月下旬から民族紛争が再燃。アゼルバイジャン軍とアルメニア軍の間の軍事衝突により新たな難民が生じ、国際的な注目を集め、ロシアが仲介役を演じ10月10日に一応の停戦が成立。しかし、火の粉は水面下でくすぶり、住民を巻き込んでの小競り合いが続き、双方が停戦違反だと糾弾しています。 (参照: 2020年10月19日付bbc.com「Nagorno-Karabakh: Armenia-Azerbaijan truce broken minutes after deal」、2020年10月23日付Newsweek日本版「ナゴルノカラバフで再び激しい戦闘 紛争の和平合意期待が後退」等)

 この紛争は一旦鎮まろうとも、数年おきに再燃しては容易に収まらず、その度に地域の住民が難民になったり民族浄化のような悲劇が起きています。それはなぜか、背景にいかなる理由があるかについて、前回は根底にあるアゼルバイジャン、アルメニア両民族の対立について考えてみました。今回は、もう一つの紛争の火が容易に消えない理由=背景として、ロシア、トルコ、イラン、そして少し地理的に遠いがイスラエル等の周辺国の思惑について考察します。
ナゴルノカラバフ地図

今回の再燃の台風の目はトルコ
 見出しにした通り、今回のナゴルノカラバフの紛争再燃の台風の目はトルコです。今回、トルコは強力にアゼルバイジャンを後押ししています。もともとアゼルバイジャン人がイスラム教でトルコ語族の系統であることから、トルコにとってシンパシーを持っていることを背景にしています。しかし、これまではかくもあからさまに、トルコ軍を投入するような直接的な軍事介入をしていませんでした。今回は、エルドアン大統領自身が「アルメニアはアゼルバイジャンの地から撤退せよ」と、旗幟鮮明にアゼルバイジャンを支持・共同戦線を張っています。

 トルコが今回のアゼルバイジャンの強力な後ろ盾となっているのは、策士エルドアン大統領の深謀遠慮です。民族的にもトルコ人はアゼルバイジャン人と近く、古くからの馴染みがあり、ともするとアルメニアに押されがちなナゴルノカラバフ問題で国民の押せ押せナショナリズムを煽り、この機に乗じて、アゼルバイジャン・アルメニアというカスピ海と黒海に挟まれたヨーロッパとアジアを結ぶ戦略的価値の極めて高いコーカサス回廊地域に、トルコの影響力を浸透させることがエルドアン大統領の腹です。
 結果的に、アゼルバイジャンはトルコの物心両面のバックアップ、特にドローンや防空レーダーを含む様々な装備を得て、これまでの押され気味をひっくり返して「押せ押せ」状態。

これに待ったをかけるのがイラン
 イランもイスラム教、しかもシーア派であり、アゼルバイジャンもシーア派が多く、当然シンパシーはあります。しかし、イランにとっては、トルコがこの地域に影響力を持つことは絶対に避けたいのが腹です。なので、アルメニアを支援しています。どういう支援をしているかがイランらしい。イランという国は、自国の周囲は常に敵ばかりだと認識しており、発意は専ら自国の防衛目的ながら、その手法においては最大の防御のつもりでかなり攻撃的です。核兵器も作れば、革命防衛隊というCIAを軍隊にしたような部隊を他国に浸透させて、非通常戦、すなわち謀略・諜報戦や心理戦やテロやサイバー攻撃まで、目的達成のためなら悪魔に魂を売るエグいことをする国です。今回注目されているのが、Bulgarian Military.comが2020年10月5日付でGoogle Newsに投稿した「Iran is sending at least 200 tanks to its border with Armenia and Azerbaijan」という記事によれば、イランがアゼルバイジャン、アルメニアとのイラン国境に戦車200両を含む重装備の部隊を展開し、かつ、アゼルバイジャンの戦闘機を「イラン領空の侵犯」を理由に撃墜している模様です。これはイランの複数のメディアが伝えたものの、イラン政府は否定しています。しかし、この部隊が「イランは必要とあらばアルメニアの応援に行くぞ」という態勢を取ることによって、アゼルバイジャンに脅威を与えていることは間違いありません。

ロシアは自分の縄張りを侵され「待った」をかける
 面白くないのはロシアです。コーカサス回廊は、もともと我が縄張り内。今は独立国となったアルメニア・アゼルバイジャン両国ですが、ロシアから見ればその「内輪揉め」に乗じてトルコとイランがロシアの縄張りに侵入し、軍事力を行使するなんて許せません。絶大な力を有したソビエト連邦の頃ならありえないことです。1970年代ならソ連軍がコーカサス回廊を電撃戦で蹂躙するようなことがあり得ました。とは言え、今の民主国家?ロシアにそのようなことはできません。トルコやイランがこの地域に影響力を行使する隙があること自体、ロシアの影響力が低下している証左と言えます。

 ロシアから見れば、コーカサス回廊に影響力が低下してきたとは言え、こんな状態を見過ごすわけにはいきません。そこで大人の対応を装い、中立的立場で紛争の鎮静化を図っています。今回の10月10日の停戦発効は、ロシアのラブロフ外相の活躍が功を奏しました。アルメニアとアゼルバイジャンの両外相をモスクワに招いて、当然トルコやイラン抜きで議論した成果です。勿論、恒久的な問題解決ではなく、停戦合意だけですが。

 ちなみに、ロシアはアルメニアとは相互防衛協定があり、アルメニア内に約5000名のロシア軍を駐留させています。アゼルバイジャンとは「敵対」関係にはないものの、アルメニアとは明確に友好関係にあり軍事支援をしています。防衛協定に基づけば、ロシアはアルメニア防衛のため、アゼルバイジャン・トルコ連合軍と戦うことにもなりかねません。あれ?これで中立を保つべき停戦の仲介ってできるの?っていう話です。トルコからすれば「偽善」以外の何物でもないわけです。

 ロシアにとってラッキーなのは、米国が大統領選挙で忙しくて鼻を突っ込んでこないこと。実はアゼルバイジャンと米国は関係を深めつつありました。ここになぜかイスラエルもしゃしゃり出て関係を深めつつあります。米国やイスラエルの腹は「宿敵イランの封じ込め」です。イスラエルもイランと同様、周辺国は敵ばかり。イスラエルにとって、地理的には遠いものの、イランは目の上のコブ。特に、核開発等の超冒険的な危険をはらむ要注意国です。米国とタイアップしてこのイランを封じこめたいところ。地理的に離れたコーカサスの話でも、あの手この手で我に仇なす国の影響力を下げたいのです。・・・しかし、ロシアにしてみれば、大きなお世話ですよね。

 ではなぜ、ロシアは周辺国等の介入を黙って見ているのか?私見ながら、ここにロシアの本音が隠されていると思います。
 実は、ロシアはアルメニア、アゼルバイジャンの両国に武器輸出をして稼いでいます。そういう意味では、ナゴルノカラバフをめぐる紛争がいずれかの勝利に終わらずに、停戦を挟んでたまに衝突してもらい、細く長く戦い続けてくれた方が稼げるといった構図があります。アルメニアのバックアップはロシア自身、イランと世界各国に居住する国際的なアルメニア人ネットワークが、アゼルバイジャンのバックアップはトルコ、米国、イスラエル等が、それぞれ支援を惜しまず。それぞれお金の出元があるわけですから。

私見ながら
 このような周辺国の複雑な思惑がからむナゴルノカラバフ問題。これらの要因が、この紛争が長引き、かつ終わることのない由縁です。これが国際問題の現実です。
 ナゴルノカラバフ問題の解決には、アルメニア・アゼルバイジャンの両国が、今後の平和のために既得の権益を諦められるか?という選択にならざるを得ません。例えば、恒久平和の代わりに、アルメニアがナゴルノカラバフという土地を諦める。または、アゼルバイジャンが同地をアルメニアに割譲する。・・・無理でしょうね。「いやいや、その中間策はないの?ウィン・ウィンで行きましょうよ。」と、賢明な第3者は言うかもしれませんが、そんな甘い解決法は双方の国の頭の片隅にもないのです。そこにつけこんで、周辺国が様々な思惑で「支援」という名の悪魔の囁きで紛争の構図を複雑にしています。
 悲しいかな、これが現実。誠に悲しいことです。

(了)

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2020/10/14

ナゴルノカラバフ 繰り返す紛争の理由

ナゴルノカラバフ地図
ナゴルノカラバフの位置(2020年9月28日付毎日新聞より)

再燃、ナゴルノカラバフ紛争
 アゼルバイジャンのナゴルノカラバフ自治区をめぐる民族紛争が再燃、本年(2020年)9月下旬からアゼルバイジャン軍と同自治区に展開するアルメニア軍が軍事衝突しました。ロシアが仲介役を演じ、10月10 日に停戦したものの、水面下で住民を巻き込んで小競り合いが続いています。

 この紛争は一旦鎮まろうとも、数年おきに再燃しては容易に収まらず、その度に地域の住民が難民になったり民族浄化のような悲劇が起きています。それはなぜか?ロシアやトルコやイランの思惑など、いろいろ複雑な問題ですが、違った角度から紛争の根本を、背景にいかなる理由があるかを、考えてみました。

そもそもナゴルノカラバフ紛争とは
 古くから、中央アジアのナゴルノカラバフ地域に、アルメニア人やアゼルバイジャン人が混在して暮らしていました。やがてソビエト連邦が成立した際に、アゼルバイジャン人の多い地域をアゼルバイジャン共和国、アルメニア人が多い共和国をアルメニア共和国としました。この際、その国境線的にはアゼルバイジャン内にあったナゴルノカラバフには、アルメニア人の方が優勢(約7割)だったのでアルメニアへの帰属も検討したものの、結局はアゼルバイジャン共和国の一部とする国境線をソビエト連邦が引きました。すぐに揉め始めたため、この地域は自治州とする形で軟着陸を図りましたが、アルメニア共和国及びアルメニア人が優勢な同地域はアルメニアへの帰属を求めて係争が続き、爾来、このナゴルノカラバフをめぐってアゼルバイジャンとアルメニア両国の紛争のタネとなってきました。何度目かの係争の末に、同地の優勢なアルメニア人が劣勢なアゼルバイジャン人を同地から追い出し、民族浄化のような形で同地のアルメニア化がなされ、同地内には僅かのアゼルバイジャン人しか残っていない状況になりました。特に、1980年代末から1990年代初期のソビエト連邦の崩壊と各共和国の独立を経て度々紛争があり、近年では、ナゴルノカラバフはアゼルバイジャン国内にある自治州どころか、アルメニアの飛び地ないし独立国の様相になり、アルメニア軍が駐留する状況です。アゼルバイジャンにとり、国家としてこの状況を看過できません。当然のように強硬な報復措置をとりますから、今回の紛争再燃のように、同地の帰属をめぐる双方の軍の衝突が起きるゆえんです。

紛争の根源は相容れない民族の違い
 ではなぜ、ナゴルノカラバフは紛争が鎮まらないのか?
 答えは、異民族=宗教も生活様式も異なる異文化の人々との同一地域社会での共存ができない、という相互の相容れない不寛容さです。勿論、永年の紛争で相互に民族間の憎悪が蓄積されていることもありますが、根本はというと、相容れない民族の違いです。図式的に言うと、アルメニア人(キリスト教系アルメニア派)vsアゼルバイジャン人(イスラム教)の民族・文化の衝突と言えます。

 世界を見れば、同様な相容れない民族間の係争地があります。ナゴルノカラバフはパレスチナ(ユダヤ人vsパレスチナ人)を例にとると分かりやすいかもしれません。ナゴルノカラバフ問題もパレスチナ問題と同様に、異文化・異宗教の人々は犬猿の仲です。
 ここで、ユダヤ人とアルメニア人の相似点について気付きの点をお話しします。イスラエルのユダヤ人とはユダヤ民族なる均一の民族ではなく、長い歴史を経て、人種的な区分で言えば種々雑多な民族からなります。何をもってユダヤ人かと言うと、「親がユダヤ教徒で子供をユダヤ教徒として育てたユダヤ教の人々」なのです。つまり、ユダヤ人たる原点はユダヤ教の信仰です。同様に、アルメニア人とは、民族的にはむしろ雑多であって、アルメニア人たる原点はキリスト教の一派(異端とされているらしい)アルメニア使徒教会派の信仰なのです。ユダヤ人同様、世界各国(トルコ、イラン、アゼルバイジャン、イラク、シリア、レバノン、パレスチナのほか、ヨーロッパやアメリカ合衆国等)に散らばったアルメニア人(アルメニア使途教会派を信仰する人々)がおり、ナゴルノカラバフ問題を我が事のように捉え、ナゴルノカラバフのアルメニア人に資金援助を惜しみません。

 なぜアルメニア人はユダヤ人のように世界各地に散らばったかと言うと、古代アルメニア王国は地中海に面した地域にいて世界初のキリスト教を国教とした国でありながら、その時代毎の覇権国、特にローマ帝国やペルシャ、トルコの支配下で土地を移動させられたり戦乱を避けたり、という時代の波に揉まれたってやつです。特に、オスマン帝国(トルコ)には異教徒であるが故に大量虐殺の憂き目に遭い、やっとこさ今のアルメニアのある山岳地域でソビエト連邦の傘下での独立国的地位が得られた人々です。そういった歴史的経緯もイスラムとは共に天を戴かずという相容れない感情を持っているのかも知れません。
 
 まだソビエト連邦の成立以前の近世の頃は、ナゴルノカラバフに移り住んだアルメニア人もアゼルバイジャン人も、その豊かな山河にそれぞれの民がまとまって集落を形成し、それぞれの生活を営んでいるだけで、衝突するようなこともなかったでしょう。これが近代の国家、行政の括りが人為的に取られ始めて、それぞれの集落を越えてアゼルバイジャン国家の一地域として相互に接する機会や共同作業が増え始め、異文化間の軋轢が始まったわけです。

これまでの紛争の歴史が長くそして陰惨
 先ほどソビエト連邦成立のところから話し始めましたが、正確には第1次世界大戦後いやロシア帝国の崩壊ですかね、一時的に独立国として存在したものの、すぐに赤軍が席巻しソビエト連邦の支配下になり、双方が共和国となりました。既述の通り、ナゴルノカラバフは共和国の国境線が引かれた時から揉め始めました。優勢なアルメニア人たちがアルメニアへの帰属を求めたのです。嫌なものは嫌だったんでしょうね。それでも、ソビエト時代にはソビエト連邦政府の冷血かつ強烈な統制により、軍事衝突にまでには至りませんでした。しかし、やがて1980年代後半でソビエトが失速し始めた頃、冷血で強圧的だった統制のタガが外れてきた頃、ナゴルノカラバフのアルメニアへの帰属を求める内圧が高まり、当時のソ連邦のゴルバチョフ書記長も乗り出したもののその要求を拒んだため、ついに血の抗争が始まりました。ナゴルノカラバフ内でアルメニア人がアゼルバイジャン人を略奪、暴行、強姦という弾圧を加えて、同地から追い出しにかかり、多くのアゼルバイジャン人が難民化しました。これを契機に、ナゴルノカラバフの外側のアゼルバイジャン人たちは、アゼルバイジャン国内のアルメニア人に対して迫害し始め、結果的に、ナゴルノカラバフという一地域の紛争から、アルメニア対アゼルバイジャンという国家間の紛争の様相を呈し始めました。両者間の衝突は枚挙に暇のないほど。どっちもどっちで、双方の民族に対する略奪、暴行、強姦の応酬、民族浄化や住民を巻き込む軍事衝突を繰り返しています。
voa September 28 2020
アゼルバイジャン軍の砲撃(A still image from a video released by the Azerbaijan's Defense Ministry shows members of Azeri armed forces firing artillery during clashes between Armenia and Azerbaijan over the territory of Nagorno-Karabakh in an unidentified location.) (2020年9月28日付VOA記事「Armenia, Azerbaijan Forces Clash for 2nd Day, Ignoring Calls to End Hostilities」より)

現在、やっと「停戦」の模様・・・、しかしやがて再燃するでしょう
 悲しいかな、現在の停戦も「一時停止」に過ぎず、やがてまた再燃することでしょう。決して皮肉を言っているわけではなく、冷笑しているわけでもありません。悲しいかな、これが現実の民族紛争なのです。国連のPKOなどで、多国籍の平和維持部隊の係争地域への駐留と監視によって、物理的に紛争を抑制する手はなくはないのですが、中々そうはいきません。それは、この地にロシア、トルコ、イランなど各国の思惑が交錯していて、国際的な和平へのアプローチに入れないのです。だって、クリミア問題もそうでしょ、チェチェン問題もそうでしょ。悲しいですが、これが国際関係、国際問題の現実なのです。

(了)

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