ナゴルノカラバフ決着!ロシアが仲介、アゼルが奪回、アルメ撤退
ついにナゴルノカラバフ紛争に一段落
2020年9月下旬からアゼルバイジャンとアルメニアの間で紛争が再燃していたナゴルノカラバフ地区に、ロシアのプーチン大統領の直接の仲介により、2020年11月9日遂に停戦合意し、10日に停戦が発効しました。これまでも停戦しては破られてきた停戦合意ですが、さすがにロシアのプーチン大統領がアゼルバイジャンのアリエフ大統領、アルメニアのパシニャン首相との間で直接結んだ停戦合意なので、しかもロシアの平和維持部隊が係争地に展開し駐留する形をとっているため、アゼル・アルメの両陣営とも停戦が守られています。
一見めでたしめでたし、但しよく見ると危険をはらんだ停戦合意
しかしながら、一見めでたしめでたし、但しよく見ると危険をはらんだ停戦合意になっています。
まずは、外見上はアゼルバイジャンの一人勝ちです。ナゴルノカラバフ及びアルメニア軍がこれまでから実効支配していたナゴルノカラバフの周辺地域からも、12月1日までに全てアルメニア軍は撤収します。係争地であったナゴルノカラバフや周辺地域の主権はアゼルバイジャンに復帰します。・・・あれ?これってどう見てもアゼルバイジャンの一人勝ち。しかし、ナゴルノカラバフに元々いた難民は元の居場所に戻ることを許すので、多数派アルメニア人も少数派アゼルバイジャン人も戻ってくるわけです。また、多数派アルメニア人がこの後でアゼルバイジャン政府や少数派アゼルバイジャン人に虐殺されるようなことにならないよう、ナゴルノカラバフ地区にはロシアの平和維持部隊1960名が駐留し、揉めないように停戦監視をします。加えて、アルメニアへの配慮で、アルメニアから陸続きでナゴルノカラバフのラチンに抜ける幅5キロほどの輸送路が設定され、この「ラチン回廊」にもロシアの平和維持部隊が監視します。

停戦状況図 (2020年11月11日BBC記事「Nagorno-Karabakh: Russia deploys peacekeeping troops to region」より)
上図のオレンジ色部分がアゼルバイジャン国、くすんだ青色部分がアルメニア国(他の周辺国もこの色ですが)、エンジ色部分がロシアの平和維持部隊が展開する地域です。この形がほぼナゴルノカラバフの元々のかたちです。このうちアルメニアに接している部分(元々のナゴルノカラバフ地区から出っ張って尖がった部分)が、前項で触れたナゴルノカラバフ地区とアルメニアとの「ラチン回廊」です。これが今回の停戦に当たりアルメニア側への配慮で設定されているわけです。またエンジ色(ロシア平和維持部隊の展開地域=ナゴルノカラバフ地区)の周辺にくすんだオレンジ色(茶色に近いかも)の地域がありますが、ここがアルメニアが実効支配していたナゴルノカラバフ周辺地域ですが、今回の停戦で全て撤収します。エンジ色の周囲にくすんだオレンジ色でもオレンジ色でもないピンク色に近い色の部分がありますが、ここは実はアゼルバイジャン軍が軍事的に奪回した地区です。何か判然としない方がいらっしゃると思うので、誤解を恐れず分かり易く説明いたしますと、今回の紛争再燃で、アゼル軍がナゴルノカラバフ地区の大半を奪回したものの、ナゴルノカラバフの主要都市や周辺地区で未だアルメ軍との間で泥沼の戦闘が続いていました。そこで停戦により、形勢有利であったアゼル側に有利な前述のような停戦合意となったわけです。くすんだオレンジの地域にはアルメ軍がまだ残って戦っていたのですが、停戦合意により完全撤収します。
一体何が「よく見ると危険をはらんだ停戦合意」なのかというと、まず第一に、アルメニア側はこれはもう憤懣やるかたなしです。悔しいったらありゃしない状況ですから、アルメ国内でではこんな屈辱的停戦合意をした大統領の辞任を求めて大荒れです。次に、アゼルバイジャン側ですが、こっちは当然「勝った!勝った!」とヤンヤの歓声ですが、不安要因はナゴルノカラバフと周辺地域。なぜなら、この地域には憤懣やるかたないアルメニア人が臥薪嘗胆の状況で鬱屈しています。これまでアルメニア軍・アルメニア勢力が実効支配していた地域では、ロシア軍の監視があろうと、これまでこの地を実効支配していたアルメニア側に追い出されていたアゼルバイジャン人が戻ってきますから、この地のアルメニア人に対して、軍事行動に至らずとも報復のリンチ事件が起きる等の混乱が起きることは不可避ではないかと思います。そして、この報復がアルメニア側からの報復を呼ぶことも不可避。結局は、報復に次ぐ報復という紛争の種が残る図式が解決されません。
こんなことを言うと、唯一の解決策は一方的な軍事的勝利で、片方が他方を完全に一掃して、その地域から他方の民族を一掃し、完全に領土を自己民族のみの完全勝利状況にすることかも知れません。それを奨励するつもりはありません。矛盾したことを言うようですが、結局、「停戦する」ということは「相互に妥協する」ということなんでしょうね。
ご参考まで、今回の紛争再燃以前のナゴルノカラバフの状況について
ナゴルノカラバフは元々、アゼルバイジャン国内の一地区(自治区)ですが、ここにアルメニア人も多く住んでいるため、アゼルバイジャン国内のアルメニア人が多く住む地域として「自治区」になっていました。しかし、この地に住むアルメニア人がアルメニアへの帰属を求めて紛争が度々あり、近年ではアゼルバイジャンの国境内にありながら、事実上はアルメニアの飛び地のような状況で、隣国アルメニアから軍も駐留する状況でした。しかも、ナゴルノカラバフの周辺地域、特にアルメニアとの挟まれた地域も、アルメニアが実効支配するような状況でした。要するにナゴルノカラバフが本国アルメニアからの孤立化地域にならないように、アクセスできるように回廊を設定したかったのだと思いますが、よその国ですからね。
停戦の本当の勝者は?私見ながらロシアとトルコ
今回の紛争再燃でこの停戦を迎え、勝者は当然アゼルに見えますが、私見ながら本当の勝者はロシアとトルコでしょう。
ロシアは、今回の停戦仲介によって世界から「平和」の使徒として称賛される地位を獲得し、ナゴルノカラバフ問題の完全解決ではなく、アゼルのアルメの紛争の種が残ったまま、否、また必ず紛争が再燃する火種を残した形で停戦をプロモートできました。これでまた、いずれかの国が一方的な地域の強国にならず、コーカサス回廊の決定的な覇者の地位は誰にも譲らず、両者に兵器が売れる。今回のことで、トルコには恩を売った。これでトルコとの関係は良好に保てる。もってトルコをNATO国でありながらNATOを脅かすロシア寄りの国に維持できる・・・。というわけです。
また、トルコは、今回の紛争再燃の仕掛け人であり、アゼル軍の優勢な戦闘は、実はトルコ軍が実質的にリードしたものです。紛争の当初の段階で、アゼル・トルコ連合軍はナゴルノカラバフ及び周辺のアルメニア軍の対空レーダーと対空ミサイルをトルコ製及びイスラエル製のUAVで航空攻撃して潰し、事実上の制空権を取って空地一体の攻撃を仕掛けました。その後、地上戦になってからはアルメ軍も西側装備で敢闘し、泥沼の様相になりました。仕掛けて負けるわけにいかない戦いだったので、完全勝利ではないものの、戦争継続の経済的影響の観点から、継戦能力のあるうちにロシアの救いの手の停戦を飲んだわけです。これで、トルコのアゼルへの影響力は決定的になりました。コーカサス回廊にトルコの影響力を発揮できるようになったことは間違いありません。また、宿敵イラン(アルメを推していました)には、しっかりと楔を打ち、コーカサス回廊への影響力を最小限にしました。まさしく策士エルドアンは小躍りしていることでしょう。・・・しかし、ロシアには頭が上がらなくなったかも。
それにしても、火種は残りましたが、これでよかったのかもしれません。
何はともあれ、束の間かも知れませんが、これで地域の人々は生活の復興ができる基盤はできました。
昔、防衛大学の国際関係論の授業で、「平和とは、戦争と戦争の合い間の、戦争の起きていない束の間の時期なのだ」と言う説明の仕方をされたことがあります。穿ったことを言うなぁ、と思いましたが、国際情勢のリアリズムを突いた至言なのかも知れません。
(了)


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2020年9月下旬からアゼルバイジャンとアルメニアの間で紛争が再燃していたナゴルノカラバフ地区に、ロシアのプーチン大統領の直接の仲介により、2020年11月9日遂に停戦合意し、10日に停戦が発効しました。これまでも停戦しては破られてきた停戦合意ですが、さすがにロシアのプーチン大統領がアゼルバイジャンのアリエフ大統領、アルメニアのパシニャン首相との間で直接結んだ停戦合意なので、しかもロシアの平和維持部隊が係争地に展開し駐留する形をとっているため、アゼル・アルメの両陣営とも停戦が守られています。
一見めでたしめでたし、但しよく見ると危険をはらんだ停戦合意
しかしながら、一見めでたしめでたし、但しよく見ると危険をはらんだ停戦合意になっています。
まずは、外見上はアゼルバイジャンの一人勝ちです。ナゴルノカラバフ及びアルメニア軍がこれまでから実効支配していたナゴルノカラバフの周辺地域からも、12月1日までに全てアルメニア軍は撤収します。係争地であったナゴルノカラバフや周辺地域の主権はアゼルバイジャンに復帰します。・・・あれ?これってどう見てもアゼルバイジャンの一人勝ち。しかし、ナゴルノカラバフに元々いた難民は元の居場所に戻ることを許すので、多数派アルメニア人も少数派アゼルバイジャン人も戻ってくるわけです。また、多数派アルメニア人がこの後でアゼルバイジャン政府や少数派アゼルバイジャン人に虐殺されるようなことにならないよう、ナゴルノカラバフ地区にはロシアの平和維持部隊1960名が駐留し、揉めないように停戦監視をします。加えて、アルメニアへの配慮で、アルメニアから陸続きでナゴルノカラバフのラチンに抜ける幅5キロほどの輸送路が設定され、この「ラチン回廊」にもロシアの平和維持部隊が監視します。

停戦状況図 (2020年11月11日BBC記事「Nagorno-Karabakh: Russia deploys peacekeeping troops to region」より)
上図のオレンジ色部分がアゼルバイジャン国、くすんだ青色部分がアルメニア国(他の周辺国もこの色ですが)、エンジ色部分がロシアの平和維持部隊が展開する地域です。この形がほぼナゴルノカラバフの元々のかたちです。このうちアルメニアに接している部分(元々のナゴルノカラバフ地区から出っ張って尖がった部分)が、前項で触れたナゴルノカラバフ地区とアルメニアとの「ラチン回廊」です。これが今回の停戦に当たりアルメニア側への配慮で設定されているわけです。またエンジ色(ロシア平和維持部隊の展開地域=ナゴルノカラバフ地区)の周辺にくすんだオレンジ色(茶色に近いかも)の地域がありますが、ここがアルメニアが実効支配していたナゴルノカラバフ周辺地域ですが、今回の停戦で全て撤収します。エンジ色の周囲にくすんだオレンジ色でもオレンジ色でもないピンク色に近い色の部分がありますが、ここは実はアゼルバイジャン軍が軍事的に奪回した地区です。何か判然としない方がいらっしゃると思うので、誤解を恐れず分かり易く説明いたしますと、今回の紛争再燃で、アゼル軍がナゴルノカラバフ地区の大半を奪回したものの、ナゴルノカラバフの主要都市や周辺地区で未だアルメ軍との間で泥沼の戦闘が続いていました。そこで停戦により、形勢有利であったアゼル側に有利な前述のような停戦合意となったわけです。くすんだオレンジの地域にはアルメ軍がまだ残って戦っていたのですが、停戦合意により完全撤収します。
一体何が「よく見ると危険をはらんだ停戦合意」なのかというと、まず第一に、アルメニア側はこれはもう憤懣やるかたなしです。悔しいったらありゃしない状況ですから、アルメ国内でではこんな屈辱的停戦合意をした大統領の辞任を求めて大荒れです。次に、アゼルバイジャン側ですが、こっちは当然「勝った!勝った!」とヤンヤの歓声ですが、不安要因はナゴルノカラバフと周辺地域。なぜなら、この地域には憤懣やるかたないアルメニア人が臥薪嘗胆の状況で鬱屈しています。これまでアルメニア軍・アルメニア勢力が実効支配していた地域では、ロシア軍の監視があろうと、これまでこの地を実効支配していたアルメニア側に追い出されていたアゼルバイジャン人が戻ってきますから、この地のアルメニア人に対して、軍事行動に至らずとも報復のリンチ事件が起きる等の混乱が起きることは不可避ではないかと思います。そして、この報復がアルメニア側からの報復を呼ぶことも不可避。結局は、報復に次ぐ報復という紛争の種が残る図式が解決されません。
こんなことを言うと、唯一の解決策は一方的な軍事的勝利で、片方が他方を完全に一掃して、その地域から他方の民族を一掃し、完全に領土を自己民族のみの完全勝利状況にすることかも知れません。それを奨励するつもりはありません。矛盾したことを言うようですが、結局、「停戦する」ということは「相互に妥協する」ということなんでしょうね。
ご参考まで、今回の紛争再燃以前のナゴルノカラバフの状況について
ナゴルノカラバフは元々、アゼルバイジャン国内の一地区(自治区)ですが、ここにアルメニア人も多く住んでいるため、アゼルバイジャン国内のアルメニア人が多く住む地域として「自治区」になっていました。しかし、この地に住むアルメニア人がアルメニアへの帰属を求めて紛争が度々あり、近年ではアゼルバイジャンの国境内にありながら、事実上はアルメニアの飛び地のような状況で、隣国アルメニアから軍も駐留する状況でした。しかも、ナゴルノカラバフの周辺地域、特にアルメニアとの挟まれた地域も、アルメニアが実効支配するような状況でした。要するにナゴルノカラバフが本国アルメニアからの孤立化地域にならないように、アクセスできるように回廊を設定したかったのだと思いますが、よその国ですからね。
停戦の本当の勝者は?私見ながらロシアとトルコ
今回の紛争再燃でこの停戦を迎え、勝者は当然アゼルに見えますが、私見ながら本当の勝者はロシアとトルコでしょう。
ロシアは、今回の停戦仲介によって世界から「平和」の使徒として称賛される地位を獲得し、ナゴルノカラバフ問題の完全解決ではなく、アゼルのアルメの紛争の種が残ったまま、否、また必ず紛争が再燃する火種を残した形で停戦をプロモートできました。これでまた、いずれかの国が一方的な地域の強国にならず、コーカサス回廊の決定的な覇者の地位は誰にも譲らず、両者に兵器が売れる。今回のことで、トルコには恩を売った。これでトルコとの関係は良好に保てる。もってトルコをNATO国でありながらNATOを脅かすロシア寄りの国に維持できる・・・。というわけです。
また、トルコは、今回の紛争再燃の仕掛け人であり、アゼル軍の優勢な戦闘は、実はトルコ軍が実質的にリードしたものです。紛争の当初の段階で、アゼル・トルコ連合軍はナゴルノカラバフ及び周辺のアルメニア軍の対空レーダーと対空ミサイルをトルコ製及びイスラエル製のUAVで航空攻撃して潰し、事実上の制空権を取って空地一体の攻撃を仕掛けました。その後、地上戦になってからはアルメ軍も西側装備で敢闘し、泥沼の様相になりました。仕掛けて負けるわけにいかない戦いだったので、完全勝利ではないものの、戦争継続の経済的影響の観点から、継戦能力のあるうちにロシアの救いの手の停戦を飲んだわけです。これで、トルコのアゼルへの影響力は決定的になりました。コーカサス回廊にトルコの影響力を発揮できるようになったことは間違いありません。また、宿敵イラン(アルメを推していました)には、しっかりと楔を打ち、コーカサス回廊への影響力を最小限にしました。まさしく策士エルドアンは小躍りしていることでしょう。・・・しかし、ロシアには頭が上がらなくなったかも。
それにしても、火種は残りましたが、これでよかったのかもしれません。
何はともあれ、束の間かも知れませんが、これで地域の人々は生活の復興ができる基盤はできました。
昔、防衛大学の国際関係論の授業で、「平和とは、戦争と戦争の合い間の、戦争の起きていない束の間の時期なのだ」と言う説明の仕方をされたことがあります。穿ったことを言うなぁ、と思いましたが、国際情勢のリアリズムを突いた至言なのかも知れません。
(了)


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