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2021/05/04

バイデンが認定した「アルメニア人虐殺」:軽率なヤブ蛇か深謀遠慮の英断か

アルメニア虐殺認定
2018年のアルメニア人虐殺103周年の記念慰霊祭の様子(Armenian officials lay flowers at a monument to the victims of mass killings by Ottoman Turks, to commemorate the 103rd anniversary of what they consider genocide against Armenians, in Yerevan, April 24, 2018. 〈2021年4月24日付VOA記事「Biden Recognizes Armenian Genocide a Century Ago」より〉)

バイデンが認定した「アルメニア人虐殺」:軽率なヤブ蛇か深謀遠慮の英断か
 今回も日本のマスコミはほとんど関心を示していないネタですが、非常に興味深い話です。
 2021年4月24日、バイデン米大統領は106年前のオスマントルコによるアルメニア人に対する「genocide(虐殺)」があったということを米国として正式に認めました。というのも、100年前から何度も議会で承認をする動きがあったにも拘わらず、米国として虐殺とは認めようとしないトルコとの関係をこじらせたくないため、歴代大統領が認めてこなかった事実があったので、アルメニアはヤンヤの歓声、トルコは猛烈抗議となっています。(参照:2021年4月24日付VOA記事「Biden Recognizes Armenian Genocide a Century Ago」)
 バイデンさんは大統領選挙の際の公約で、トランプ前大統領が軽視して生きた「人権」を重視した外交をアピールしていたため、アルメニア人虐殺問題のみならず、中国の新疆ウイグル問題やチベット問題、カショギ氏暗殺事件の黒幕のサウジアラビアのムハンマド皇太子、などなど、トランプが見てみぬふりをした臭いもののフタを開けてきました。これらは公約の履行でやっているだけで、後先を考えていないのだとしたら大統領としては軽率も甚だしい。公約を果たして選挙民に歓声を受ける一方で、藪から棒に人権問題の指摘を受けた相手国の激怒を買い手痛い外交上のしっぺ返しをもらうことになるでしょう。だとしたら今回の虐殺認定は「軽率なヤブ蛇」。 他方、臭いと分かっていてフタを開けるからには、責任をもって正義を質し、じ後の外交上の目算の経つ戦略があるのかも知れません。そうした計算づくの「深謀遠慮の英断」なのかも知れません。
 さぁ、今回の100年も前のトルコ(当時オスマントルコ)のアルメニア人虐殺問題の虐殺認定は、「軽率にヤブを突いて蛇が出てくる」話?それとも「深謀遠慮の上で正論をかまして勝算のある外交戦略を打って出た」話なのでしょうか?

オスマントルコの「アルメニア人虐殺問題」とは?
 この問題は、106年も前の1915年頃の話。もはや崩壊しつつあった落ち目の帝国、オスマントルコが、支配していた海外領土が逐次に奪い返されて行く中で、当時のトルコ領内にいたアルメニア人は外国勢力と内通したという嫌疑をかけられて排斥されました。というのも、一時代前のオスマン帝国が広大な支配地域を有しており、アルメニア人は現在のアルメニア国のみならず、アゼルバイジャン国のナゴルノカラバフ地区(紛争の背景がこの虐殺問題でもあります)もそうですが、この地域のあちこちにかなり広範囲に住んでいたわけです。このうち、現在のトルコ領内の東部バン湖のあたりにもアルメニア人がかなり住んでおり、当時のトルコの政治経済の中でも活躍していたようです。しかし、オスマン帝国の崩壊の過程で、ロシアに敗れて現在のトルコ領くらいまでロシアに領土を奪われますが、この際にトルコ内に自民族の民族主義的な運動がおこり、東部に住んでいたトルコ領内のアルメニア人たちが、ロシアとの戦争の際にロシアと裏で組んでいたのではという疑念や逆恨みから、アルメニア人有力者の逮捕・処刑に始まり、果てはトルコ領内のアルメニア人全体に対し追い出しや収監や強制労働という弾圧をかけ、最終的に当時200万いたアルメニア人が40万人にまで減るという結果になった歴史的事実があります。この際の、トルコ政府による組織的なアルメニア人絶滅政策とまで言われる弾圧が行われ、トルコから追い出され、略奪・強姦・阿鼻叫喚の目に遭いながら辛うじて他国に身を寄せたアルメニア人が相当数いて、欧州諸国や米国にまで逃げ延びています。これがアルメニア人の「diaspora(民族離散)」と呼ばれるものです。多くの研究者はこれを「虐殺」と糾弾する一方、トルコでは「不幸な弾圧的な行為が市民間であった」ことは辛うじて非公式に認めつつも、人数は数万規模だったし、決して国家の関与はない、と「虐殺」に関して完全否定している問題です。トルコ国内ではタブーであり、本件を言及するだけで国家に対する侮辱罪で逮捕されるそうです。
余談ながら、「genocide」という用語を造語したのはポーランド系ユダヤ人弁護士ラファエル・レムキンで、当時のアルメニア人の惨状を見聞して調査していましたが発表する機会がなく、この用語を造語したものの使わずじまい。のちの第2次世界大戦のドイツのユダヤ人虐殺を糾弾して「genocide」という用語を初めて論壇にデビューさせ、この概念が世界的に認知されたそうです。
 ちなみにアルメニア人虐殺当時の米国でも、The New York Times紙が1915年の1年だけでも145本の記事を書いて糾弾しています。「虐殺」には国家の組織的関与の有無が問題の焦点となりますが、当時のトルコ政府は、追い出されたアルメニア人の住居や置いていった財産の没収を法的に認めたり、アルメニア人の持つ武器等は没収され、アルメニア系の警官や軍人は労働部隊に転属させられ強制労働をさせられたり、何の罪もない市民だったアルメニア人がトルコ領シリアの砂漠の中の刑務所への死の行軍をさせられたり、ということなので政府の組織的な指示がこの弾圧のベースであったことは間違いありません。1915年当時のThe New York Times紙も、トルコ政府の関与を“systematic,” “authorized, and “organized by the government.”という言葉で明確に糾弾している程でした。
(参照:The New York Times, Times Topics「Armenian Genocide of 1915: An Overview - New York Times」(https://www.nytimes.com))

バイデン米大統領の「虐殺」認定は軽率だったのか深謀遠慮だったのか?
Financial Times Ron Klain image
ロン・クライン米大統領首席補佐官 (2021年5月1日付Financial Times記事「Ron Klain, the man executing Biden’s mission」より)

 結論は長い目で見ないと分かりませんが、私見ながら「深謀遠慮」と推察します。
 前述のとおり、トルコではこの問題はタブーであり、歴代の米大統領も度々議会からの「虐殺認定」の動議が出され政治案件に上がっては、トルコは欧州とロシアの、加えて欧米キリスト教文化と中東イスラム教文化の、狭間にいる極めて戦略的重要性の高いNATO加盟国として、大統領自身が認定を拒否してきました。ニクソンも、親父ブッシュも息子ブッシュも、そしてオバマですら。それを今回バイデンが認定しました。いやー、トルコは激怒ですよ。トルコはエルドアン大統領になってから、かなりこれまでと違った独自路線を取り始めました。だから怖い。策士エルドアンなりの大義や理屈を有し、徹底的にその達成を追求する男ですから、昨年のナゴルノカラバフ紛争でもそうですが、必要があらば歴史的宿敵ロシアとでも手を握る男です。最近、NATO諸国との間で同盟を揺るがす問題となっているロシア製の防空システム導入の件でもぎくしゃくしている最中です。これは、防空ウェポンシステムとして、敵と味方を識別するために味方の戦闘機の枢要なデータを入力する必要がありますが、味方であるNATO軍の戦闘機のデータを入力することになるため、製造元のロシアに筒抜けになることが懸念されています。最近では、中国のウイグル問題でも、本来トルコ人とウイグル民族は極めて民族的に近く宗教的にもシンパシーがあるため、親ウイグルだったはずが、ごく最近の中国との外交で協調し始め、ウイグル問題でトルコは全く発言しなくなりました。こうした東西の狭間のバランサーとしてのギリギリのシノギ利益を得ているトルコに、今回の米国の虐殺認定はどう映るでしょうか。ヘタをしたらロシア・中国枢軸側に軸足を移すキッカケになるかも。
 しかし、私見ながら、バイデン大統領の側近中の側近、ロン・クライン大統領首席補佐官の存在が、就任100日を過ぎたバイデン大統領の政策に「深謀遠慮」というフィルターをかける機能を果たしていると見ています。この人はここ数十年でピカイチ優秀な大統領補佐官の可能性を秘めています。まず、私が着目しているのは「表には出ない」ということ。主要な会議には常に大統領の傍らで全般を総括し、時に大統領執務室で長時間大統領と二人きりで密談、しかし主要なメディアへの登場は徹底的に差し控え、政策は報道官や閣僚や大統領自身に直接語ってもらい、自分は表には極力出ない。まさに「参謀」です。自身がユダヤ人ということもあり、国家が関わる虐殺には容赦がない。本件でもクライン補佐官の意図が必ずや入っていると推察します。それでいて、日本のアホな左巻きの知識人たちと違い、主義主張だけではなくて、勝てる喧嘩をするため、事前に十分な戦略を立て、水面下にて米国という国家が有する合法非合法の各種手段を駆使して伏線を引きます。奴なら我々の知らない計画が既に進んでいると思います。(参照:2021年5月1日付Financial Times記事「Ron Klain, the man executing Biden’s mission」)
 勝手な推測であり全くの私見ですが、クライン首席補佐官はエルドアンの失脚を狙っているのではないか?と推察しています。実はトルコのエルドアン大統領は、国内で結構な瀬戸際に立たされています。まずは、①イスラム教戒律への傾斜問題。トルコは元々はイスラム教が背景にありながらも、国家運営は政教分離の世俗主義のはずでした。エルドアン大統領はこれを宗教的な価値判断基準を国家運営に厳しく反映しています。たとえて言えば、江戸時代の田沼意次の世俗・腐敗政治の後の松平定信の清廉潔白・質素倹約政治の江戸庶民の「生きづらさ」ですね。田沼政治と松平定信政治を皮肉った川柳にあるように、「白河の(松平定信のこと) 水の清きに耐えかねて 元の濁りの 田沼ぞ恋しき」、という感覚が今のトルコにあるようです。また、①と相まって②コロナ対策の失策で国民の不満が、これまでにない大きなうねりになっています。一例として、うまくいっていないコロナ対策の一環としてトルコ政府がお酒アルコールの販売禁止措置を取り、国民の反発を買っています。(参照:2021年4月30日付VOA記事「Turkish Government Under Fire Over COVID-19 Alcohol Ban」)
 ここ最近の米国‐トルコの関係悪化は顕著です。クライン補佐官は、関係悪化の原点ともいえる米国にとって危なっかしいエルドアン大統領(最近では「我々はオスマン帝国の子孫だ」と主張)の首を米国にとって御しやすい者に挿げ替えようと考えて、深謀遠慮で今回の虐殺認定をかまして来たのではないか?と私見ながら「邪推」しています。核心的証拠は全くなく、専ら断片的状況証拠ですが、今回バイデン大統領がわざわざ虐殺認定の発表を4月24日というアルメニア人の虐殺慰霊の記念日に行ったという、トルコへの逆なでを意図的にやっていることから、裏読みしてみました。引き続き状況を観察して参ります。

(了)

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