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2021/06/26

イスラエルがイランの核開発施設を攻撃:イラン新政権への手荒い祝福

イスラエルがイランの核開発施設を攻撃:イラン新政権への手荒い祝福
 イランの国営メディアの報道によれば、2021年6月23日イランの首都テヘラン北西のカラジにある「原子力施設」にイスラエルによるものと見られる無人機を使った攻撃があり、イラン軍が阻止した、とのこと。「阻止した」とのことながら、ウラン濃縮に枢要な被害があった模様です。(2021年6月25日付 日本経済新聞)

 ホラ、始まった。前回のブログにも書きました様に、イスラエルという国は自国に弓引く動きがあれば、それが他国の領内であろうがお構いなく、隠密裏に先制攻撃をする国です。今回の攻撃は、その不徹底ぶりから推察するに、イランの新政権誕生への手荒い祝福メッセージでしょうね。「ライシ師よ、大統領選出おめでとう。これはささやかなプレゼントだ。お前に一言言っておく。核合意への復帰の値を釣り上げるために核開発なんて火遊びをするんじゃないぞ!次は本気の攻撃をするからな!」と。

World Can Expect from Ebrahim Raisi
ライシ師(2021年6月22日付VOA記事「Iran's New President: What the World Can Expect from Ebrahim Raisi」より)

ライシ師の背に負わされた内憂外患の重荷
 ライシ師の大統領就任まで、ロウハニ現政権がイラン核合意復帰の交渉中ですが、ライシ師が次期大統領に決まって、イラン交渉団も西側交渉団もドッチラケ状態です。なぜなら、ライシ師は永年司法行政に身を置いていましたが、1980年代後半の反政府運動に関わったとの罪状で逮捕された何千名もの市民に死刑にしたと言われる「イスラム法の支配」の権化として、アムネスティ・インターナショナルのような国際的な人権団体から糾弾され、米国政府からも制裁を受けています。最高指導者ハメネイ師は、そんな自分のクローンのようなライシ師をイチオシ。自分の衣鉢を継がせるつもりで大統領に仕立てられたライシ師の背には内外ともに重い荷が食い込んでいます。しかし、ライシ師は頭はハメネイ師並みに硬いながら、ハメネイ師と違って行政機関の長として法的枠組みと共和制政治の中でここまでのし上がってきた一応のバランス感覚があるでしょうから、若さと柔軟性に期待するしかありませんね。

 大統領選挙の投票率が50%を切ったのは初です。ハメネイ師がライシ師を大統領にするために、他の有力候補者を切りまくり、国民のドッチラケを呼んでしまいました。イスラム法が統治する共和制を敷くイランでは、政権が独裁的に政策を展開できる反面、国民の支持なくば立っていられなくなります。もはや斜陽の石油、経済制裁による経済疲弊により、国民生活の立て直しをいかに図るか。そして、立ちはだかる強硬なイスラエルへの対応。
 ライシ師は、大統領選出の喜び冷めやらぬ翌朝に、背負わされた重荷という現実に気づいたことでしょう。

(了)

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2021/03/01

米国がサウジ皇太子を断罪:米の中東政策の転換点になったら大変

米国がサウジ皇太子を断罪:米の中東政策の転換点になったら大変
 2018年に起きたサウジ国籍の記者カショギ氏殺害事件について、前トランプ政権はサウジとの関係緊密化の中、皇太子の関与については敢えて追及を避けていましたが、バイデン新政権は国家情報長官室の発表という形で「カショギ氏の拘束もしくは殺害についてムハンマド皇太子が承認した可能性が高い」旨の報告書を出しました。
バイデン新政権がスタートして以来、トランプ前政権の執っていた政策を覆す処置を次々と展開しています。ある種、新政権の姿勢てして「トランプ前政権の悪弊を廃し善政に転換してます」アピールをするのは従来の政権交代でもよく見られたことです。バイデンさんとしては、トランプ前政権が壊したアメリカ外交の大義や正義、国際協調を取り戻す政策で、大統領選挙で自分を支持してくれた支持者へのリップサービスや国際社会へのアピールなのでしょう。しかし、サウジの金的を蹴り上げることなる発表ですから、今後のサウジとの関係が気になるところです。私見ながら、サウジの皇太子を断罪した今回の処置は米国の中東政策の転換点になる危険もはらんでいると思われます。
Khashoggi.jpg
昨年10月、殺害されてから1年となるカショギ氏の肖像画の前で(FILE - A Turkish police officer walks past a picture of slain Saudi journalist Jamal Khashoggi prior to a ceremony, near the Saudi Consulate in Istanbul, marking the one-year anniversary of his death, Oct. 2, 2019.: 2021年2月27日付VOA記事「Biden Promises Announcement Soon on Saudi Arabia」より)

直接的には、米国はサウジとの関係を再調整
 2021年2月26日付VOA記事「US Intelligence Report Singles Out Saudi Crown Prince in Khashoggi Killing」によれば、同日米国のブリンケン国務長官は次のようなコメントをしています。
“While the United States remains invested in its relationship with Saudi Arabia, President (Joe) Biden has made clear that partnership must reflect U.S. values,” Secretary of State Antony Blinken said in a statement.
「米国は、引き続きサウジアラビアとの関係に投資を続けているが、バイデン大統領は両国のパートナーシップには米国の価値観が反映されなければならないことを明確にした。」
“To that end, we have made absolutely clear that extraterritorial threats and assaults by Saudi Arabia against activists, dissidents, and journalists must end. They will not be tolerated by the United States,” Blinken added. 
「そのため、我々バイデン政権は、活動家や反対派やジャーナリストに対するサウジ政府による領域外の脅迫と暴力は終わりにしなければならないことを極めて明確にしたのだ。米国はそのような行為は看過しないであろう。」

 この報告書の発表に関連して、米国はサウジ国籍の事件関係者76名に対するビザ制限を行い、また財務省の制裁として、サウジの元総情報局長と拘束・殺害の実行部隊と思しきサウジの迅速介入部隊(Rapid Intervention Force)に対する資産凍結や取引禁止などの制裁措置を発表しました。

 更に、同年2月27日付のVOA記事「Biden Promises Announcement Soon on Saudi Arabia」によれば、バイデン大統領が3月1日(月)には、今回の件に対するサウジアラビアとの関係について新たな発表をする模様です。何を言うとは明らかにされていませんが、予測できるところでは、既に発表されている制裁以上の更なる制裁措置を発表するのか、トランプ前政権下で進められた武器輸出のキャンセル(とはいえ全面ではないでしょうが)などですかね。何を発表するのか、お楽しみ(恐怖)というところです。

米国の「サウジとの関係の再調整」は中東政策そのものの基盤を揺るがす
 何といっても、これまでの米国の中東政策は、政治の話も経済の話も、サウジとの強固な友好関係が基盤だったわけですから、この根幹に亀裂が入る大変動になるかもしれないのです。
 米国とサウジの政治及び安全保障上の強固な結束という基盤、そして経済上の安定的石油供給とその決済手段としての米ドルという基盤、この卵が先か鶏が先かの関係に似た持ちつ持たれつ態勢=崩れるように見えなかった関係を、「再調整」するのか?っていう話ですよ。決して簡単な話ではない。

 経済の話で言えば、ペトロダラー体制の基盤がまさにそうでしょ。米国とサウジの強固な密約関係があって国際石油取引の決済手段は米ドルが国際決算通貨の役割を担ってきたわけです。勿論最近の趨勢では、石油自体の地盤沈下もありますし、仮想通貨やらデジタル人民元やら、様々な変化要因はありますけどね。これを崩すつもりなのか?っていう話ですよ。
 政治・安全保障の話で言えば、米国はこれまでアラブ諸国との関係では、湾岸危機・湾岸戦争の時も、その後のイラク戦争の時も、常にサウジアラビアとの良好かつ強固な関係が基盤となって中東戦略・中東政策を推進してきたわけです。現在の中東の地政学的な展開で言えば、不安定なイラク・シリア、そこに浸透しつつあるイラン、しかもイランは核開発再開を外交カードに使って経済制裁を解かせようとしている状況で、ペルシャ湾での対米敵対状況は一触即発なテンションです。これまで米国はサウジとの良好な関係を基軸に、他のペルシャ湾岸諸国やヨルダンとも協調してきました。トランプ前政権で、米国はサウジほか湾岸諸国にイスラエルとの緊張緩和や協調関係の開始をプロモートしていました。他方で、イランの息のかかったシーア派系の過激派組織の連携でイエメンやパレスチナとはもう修復の余地のない対決態勢になっています。この状態でサウジと仲たがいできるのかっていう話ですよ。それはできない。だって、米国がイランとの協調態勢っていうのは、水と油の融合のようにあり得ないですから。現在のイランが、イラン革命で米国とベッタリだったパーレビ国王を草の根のイスラム革命で倒して建国した歴史的経緯は変えられません。「反米」というのはイランの国是ですから。

サウジとの「再調整」の決め手は対イラン政策との適切なバランス
バイデン政権は、オバマ政権時代のような対イランでの核合意体制への復帰など対イラン政策では「交渉の余地があるよ」アピールをしています。しかし、それはサウジとの友好関係を切ってイランに乗り換えるというような単純な話ではあり得ません。バイデン政権の考えは、米国がイランとの完全な対決・敵対状態を望むものではなく、「米国とイランは対立する状態が基軸であっても、決定的対決を避け、お互いに分を守って是々非々で行こうよ」という志向です。

勿論、この思考は危険をはらんでいます。クリントン政権やオバマ政権もそうでいたが、このリベラル的楽観主義・お気楽思考が災いして、過去にイラン・イラク・北朝鮮などにまんまと裏をかかれて秘密裏の核開発などを許してしまうこともあったわけです。そして、このお気楽思考に対する反発が、トランプ政権のタカ派思考へと米国を導いたことも事実です。

大事なことは、トランプ前政権の政策に対する単なるちゃぶ台返し政策ではなく、国際政治のリアリティを踏まえた現実主義感覚を忘れずにいることです。
サウジとの関係では、米国として、サウジとの強固な政治経済上の結びつきは維持するべきです。今回、サウジが絶対に触れてもらいたくなかった問題の核心を突くわけですから、突く以上はしっかりとフォローが必要です。米国は、今後ともサウジとは良好な関係を維持するつもりだ、しかし国際的な常識的規範=normとして、民主的な国家体制の有するべき法治国家としての正義に照らして、国家としてやっていいこととやってはならないことがあるのだ(どうせやるんならもっとうまくやれよ、今回のは証拠を遺し過ぎてるぞ)、と念押しすべきです。
実際、一部報道によれば、既にバイデン大統領は今回の発表前にサルマン国王に直接電話をしている模様です。この辺の話はしたのではないかと思います。

 イランとの関係では、領域やルールを守っている限り直接的衝突はすまい、だからそこは守れよ(具体的には核開発につながるコレとコレはだめだぞ、他の中東国にイスラム革命やテロの輸出もダメだぞ)、という禁止事項を明確にする形とし、これに加えて裏をかかれないよう担保として、しっかりウォッチするとともに約束不履行の場合の手痛いペナルティーを必ず課すこと。

 このサウジとイランとの関係のバランスをしっかりとることが大事で、ここを誤ると中東情勢のバランスが崩れて不安定化してしまうと推察します。

(了)

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2020/11/01

トルコの野望と米国/NATOの憂鬱

最近、トルコが挑戦的ないし冒険的になっている模様です。
東のコーカサス回廊でナゴルノカラバフ問題の再燃をけしかけ、西の東地中海でギリシャの島々に海軍艦艇が挑発、南のシリア国境ではクルド勢力を追い出し、更に空域でもNATO加盟国でありながらロシアの防空システムを導入しNATO軍の戦闘機を脅かす、......。
米国はトルコを宥めてNATOに繋ぎ止めるようする一方、NATO諸国にトルコに寛容であるよう求めています。これに対し、NATO諸国はもはやトルコの冒険にウンザリ。
そんな状況のようです。
Recep Tayyip Erdogan
10月29日、トルコ国会で怪気炎を上げるエルドアン大統領(Turkey's President Recep Tayyip Erdogan addresses his ruling party lawmakers at the parliament, in Ankara, Oct. 28, 2020. :2020年10月29日付VOA記事「NATO Allies Growing Weary of Turkish Aggression」より)

トルコの野望1: 東方攻勢
前回のブログでナゴルノカラバフ紛争について取り上げましたが、トルコはそこでも台風の目。
ナゴルノカラバフはアゼルバイジャンの国内ながら、アルメニア人が多く住む自治区でしたが、アルメニアと自治区内のアルメニア人勢力に押されて、自治区内にアルメニア軍がいる事実上のアルメニアの飛び地状態。
トルコはこれを憂い、民族的に近いアゼルバイジャンを軍事援助し、ナゴルノカラバフ問題における劣勢な現状の打破をけしかけています。トルコのエルドアン大統領は、アゼルバイジャンを兄弟国と呼び「1つの民族、2つの国」とのスローガンで、言葉巧みに双方の国民のナショナリズムを焚き付けます。これが今回のナゴルノカラバフ紛争再燃の火種でした。こう言うと、トルコが民族的に近いアゼルバイジャンの支援をしている血の濃いナショナリズムに見えますが、エルドアンの腹はもっと黒く、深いのです。この機に乗じてコーカサス回廊をトルコの影響力地域にし、ロシアとイランをけん制することです。

トルコの野望2: 西方攻勢
西方では、歴史的ライバルのギリシャに対し、地中海の権益や資源をめぐり挑発的な行動を仕掛けています。ギリシャの近海で資源探査船で資源調査をする、という挑発行為を繰り返し、ギリシャも海軍艦艇で対応する状況です。(参照:2020年10月21日付VOA記事「Greece Puts Navy on Alert as Turkey Tensions Flare Again」) どこかで聞いたような話だと思ったら、中国が日本の経済水域内で勝手にやっているようなアレですね。ギリシャとトルコは歴史的に紛争が多く、今もキプロス島を二つに割ってそこにPKOまで割って入っている状況ですから、お互いに領海・領土も言い分があるのでしょうが、今や双方ともNATO国として同盟国同士のはずですけど…..。

更に、西側諸国の諫言に耳を貸さず、ロシアの防空システムS-400を導入。現在本格運用開始を準備中の模様。NATO加盟国でありながら、NATO最新鋭戦闘機でさえ撃ち落とせる態勢を取ろうとしています。この問題の深刻さはあまり日本で取り上げられないのが残念なのですが、結構深い話なのです。この防空システムはロシアのウェポンシステムです。導入したって、自分ではまだうまく動かせないし、メンテナンスはロシアにおんぶにダッコの、完全にロシアにウェポンシステムを依存することになるわけです。ということは、トルコの防空に関わる情報、ということはトルコが知り得るNATO軍の空軍の情報も含めて、あらゆる防空上の情報も防空システム上にプロットされます。特に、防空に切っても切れない情報として彼我(敵味方)識別、そして航空機の様々なデータが、・・・筒抜けになるわけです。だから、米国含めNATO各国は「やめろ」と言っています。にも拘らず、トルコは効く耳持ちません。もしかしたらNATO=西側諸国の譲歩を引き出すための交渉材料に使う気かも知れません。

西側にとり獅子身中の虫=トルコ
米国は珍しく我慢しています。我慢強く、トルコを懐柔しようと二国間交渉をしています。加えて、西側諸国にトルコと疎遠にならないように、様々なコミットメントを維持させようと要求しています。しかし、フランスなんかは、表現の自由を旗頭としたイスラム教の預言者モハメッドの風刺画の問題で、トルコがイスラム教国を代表してバチバチの論争をしている最中。(参照:2020年10月29日付VOA記事「France-Turkey Dispute Grows Over Cartoons and Influence in Africa」)また、トルコの前述の東方攻勢と西方攻勢を非常に警戒しているNATO西側諸国は、トルコのここ最近の挑発的・冒険的な姿勢にウンザリ状態です。(参照:2020年10月29日付VOA記事「NATO Allies Growing Weary of Turkish Aggression」、下の写真も同記事より)
Greek Minister of National Defense Nikos Panagiotopoulos
トルコの挑発にウンザリするNATO国の高官(Greek Minister of National Defense Nikos Panagiotopoulos speaks to journalists in Kastanies on March 1, 2020.)

私見ながら
トルコって世界有数の親日国なんですよ。日露戦争で日本がロシアに勝ったことを我がことのように喜んだ国、特に世界最強と言われたバルチック艦隊を破った東郷元帥に敬意を表して「トーゴービール」という東郷さんの似顔絵マンガ付のビール(今もあります)を売り出すほど。そのトルコが、どうしたんだよ、と心配になるような状況です。

私見ながら、この状況は2つの視点で見るべきと思います。
まず一つ目は、策士エルドアン大統領の腹の中。もう一つは、ロシアのプーチン大統領の深謀遠慮です。エルドアンは、策士でやり手です。S-400防空システムの問題も、ロシアと西側諸国をこの兵器を道具に手玉に取っているかもしれません。しかし、忘れてならないのはロシアのプーチンの一枚上手を行く腹の黒さ。なぜトルコが東方攻勢や西方攻勢をするのか?なぜトルコがロシア製の防空システムを買おうとしているのか?陰に日向にロシアの影があります。操られているのはエルドアンかも知れません。よく考えてみると、今の米国やNATOの憂鬱は、「トルコは基本NATOの傘下に留めておきたいのに、ロシアに取られそう・・・困ったな。言うことを聞いてくれないな。」なんですよ。今の状態を、ほくそ笑んでいるのはロシアのプーチンその人なのです。

(了) 


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2020/08/16

イスラエルとUAEの和平合意: トランプの賭けはテロを招く

「イスラエルとUAEの和平合意:  トランプの賭けはテロを招く」

<要旨>
  私見ながら、トランプの賭けは裏目に出る、と読んでいます。
  今回のイスラエルとUAEの国交正常化へ動きは、米国内での票稼ぎにはなると思いますが、せっかく最近大人しくしていたイスラム過激派にテロの大義名分を与えてしまい、世界のあちらこちらでテロが起き、結果的にトランプの責任論が選挙戦の焦点になるのではないかと思います。
voa 20200813
大統領のオーバルオフィスにてクシュナー補佐官(女婿)とフリードマン在イスラエル米国大使を伴って得意満面で発表するトランプ大統領U.S. Ambassador to Israel David Melech Friedman and White House senior adviser Jared Kushner applaud after U.S. President Donald Trump announced a peace deal between Israel and the United Arab Emirates from the Oval Office of the White House.
(2020年8月13日付VOA記事「Trump Announces UAE to Open Diplomatic Ties with Israelより)

<状況>
① 2020年8月13日トランプ米大統領は、自ら仲介したイスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)が国交正常化に「歴史的」を合意した旨、発表した。

② 合意のため、イスラエルはヨルダン川西岸の一部の併合計画を延期。但し、UAEは「併合断念」と理解、イスラエルはあくまで「延期」、という不協和音。

③ 国連事務総長は「和平進展に期待」と評価、一方パレスチナは「裏切り行為」と非難

<私見ながら>
○ トランプの賭けは裏目に出る
  結論から言うと、米国内での票稼ぎにはなると思いますが、せっかく治っていたイスラム過激派にテロの大義名分を与えてしまい、世界のあちらこちらでテロが起き、結果的にトランプの責任論が選挙戦の焦点になるのではないかと懸念します。

  多くの方がご指摘のように、トランプの狙いは大統領選挙の得点稼ぎです。大統領選の主たる正面は内政ですが、コロナ禍にあってもビジネスを継続するという手法を取りました。トランプ大統領自身がもともとコロナをなめてかかっていたこともありますが、コロナ対策をミニマイズする政策はリスキーながら経済を止めることはもっとリスキーなのだ、という考えです。賛否ありますし、実際相変わらず感染者が蔓延していることも事実。しかしトランプ大統領にとって、内政ではここは引き返せないでしょうね。他方、外交では、あちこちと反目する彼の外交手法において、目に見える得点が欲しい。それが親イスラエルの彼にとって、UAEという湾岸地域で経済も上々で割と穏健な国が、イスラエルと国交正常化できるなんて、願ってもない「中東和平への貢献」しているのだとPRできるポイントです。米国内のユダヤ票やトランプさんの支持母体であるキリスト教福音派のみならず、一般国民にもPRできる話ではあります。

  しかしながら、問題はトランプ大統領の中東和平の根幹は「親イスラエル」であって、問題の本質である「イスラエルとパレスチナの和解」は諦めていることです。むしろパレスチナとは交渉せず、力のあるアラブ諸国がイスラエルとなし崩し的に和解してしまえば、パレスチナも切り捨てられた現実を受け入れざるを得ないだろう、というのがトランプ大統領の考えです。なんたって、8月13日の得意満面の記者会見にて、「力があるほかの豊かな国が加われば、パレスチナも自然と追随するようになるだろう。」という発言に、その真意が如実に出ています。

  しかし、ここが問題なのです。こうした金持ちが札束で貧乏人の頬を叩くようなやり方は、イスラム原理主義者のテロリストみならず、幅広く一般庶民的なイスラム教徒の反発心をくすぐるものになり、新たな根強い怨嗟=反米テロの火種になるでしょう。恐らく米国は、UAE同様に、サウジやバーレーンなど、選挙に向けて、次々と湾岸のアラブ諸国を切り崩す外交攻勢をかけ、中東和平への貢献をPRするでしょう。しかし、湾岸アラブ諸国の国内で、あるいは米国や欧州で、必ずや反発があるでしょう。これに刺激された世界のあちこちのイスラム原理主義者や過激派は、組織的計画的なテロから思いつき的な自爆テロまで、せっかく治っていたテロ熱を再燃させてしまうことになりかねません。彼らも時期を心得ていて、やるなら11月の大統領選挙に向け、ここ2ケ月くらいの短期間にて短期決戦を仕掛けてくるでしょう。「トランプが仲介したイスラエルとアラブ諸国の国交正常化」に「反対」の意思表示を派手にやるのだろうと推察します。テロは国際的な動揺を与えて、大統領選にインパクトを与えるでしょう。特に、パレスチナを切り捨てる形のアラブ諸国切り崩しは良くないのだ、これがテロの再燃を招いているのだ、という反トランプやリベラルが喜びそうな話題を提供し、選挙戦の一つの焦点になるのではないかと推察しています。

○ サウジはUAEに続くか?
  UAEもサウジも、政府指導者=王様達の思惑として、今更パレスチナのアラブの大義を杓子定規に持ち出す堅物はおらず、そんなことより、目の前の経済や対イラン協調、換言すれば対イラン包囲網の方が大事なのです。そのため、米国の手厚い後ろ盾が欲しい。特に、米国の主要装備やサイバー戦能力、加えて、イスラエルの進んだ顔認識AI装備など国内の国民の監視用装備が欲しいのです。だから、米国の仲介で、イスラエルの対パレスチナ譲歩という条件を得られれば、パレスチナの大義に対する格好の言い訳的大義名分が国内説明用に得られるわけです。だから、UAEに続いて、サウジやバーレーンなどがなびいていっても全くおかしくありません。

  それでも、私見ながら、やはりボトルネックとなるのは、アラブ諸国の一般国民。政府とは違う庶民目線の市井のイスラム教徒の彼らは、政府の説明するイスラエルのパレスチナへの譲歩を、国交正常化の大義名分として素直に理解するでしょうか。だってイスラエルは併合を断念してませんから。「一時延期」しているだけですから。これじゃ全くパレスチナへの譲歩になっていない。パレスチナは浮かばれませんよ。だから、前項の話に行き着くと思うんですよ。普通のアラブ人にとって、同じアラブのパレスチナが置かれているイスラエルとの差別的待遇について、悔しくて悔しくて断腸の思いを共有していますから。これは、普通の市井のアラブ人でもそうなので、いわんやイスラム原理主義者をや。パレスチナのハマスを含め、彼らは逆上ものでしょう。テロの再燃は必須、と思います。

  まぁ、あくまで私見に過ぎません。その昔アラブに勤務し、アラブ人を友人に持ち、アラブ人の心情を垣間見た者としての「私見」に過ぎませんが、アホなトランプの今回の外交攻勢には一抹の不安を隠せません。

  (了)

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2020/02/09

シリアとトルコが全面戦争一歩手前

  日本のマスコミはコロナウイルスのニュースばかり喧伝していますが、中東に新たな火種が灯っています。内戦下のシリアに駐留するトルコが、ズルズルと泥沼に足を取られ、シリアとトルコの両政府軍間の正面衝突に瀕しています。
(VOA記事2020年2月7日付「Syrian Forces Advance on Rebels Despite Warnings from Turkey」(下の写真も同記事から)及び同2月6日付「Turkey Expects Russia to Immediately Stop Syrian Regime Attacks in Idlib」参照)
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In this photo released by the Syrian official news agency SANA, shows government forces entering the village of Tel-Toukan, in Idlib province, northwest Syria, Feb. 5, 2020.

◯ 状況
① 中東にアラブの春(春どころか春の嵐でしたが)が訪れた後、アサド政権下で独裁ながら平穏だった国内はISの嵐吹き荒れ、シリアは内戦状態になった。内戦はIS等の掃討が焦点となり、ロシア軍の支援を受けたアサド政権軍、米軍の支援を受けたクルド人武装組織、イランの支援を受けたシーア派武装組織が入り乱れ、共通の敵はIS等ながら相互に協力をせずにIS等はほぼ弱体化。IS等複数の反体制派武装組織は今やイドリブ県に追いやられた状態。そのイドリブ掃討が問題の焦点になっている。

② シリアにおける対IS戦で大活躍したクルド人武装勢力は、大きな犠牲が報われない結果となった。トランプ米大統領は大統領選(1916年の方)の公約通り、盟友だったクルド人武装勢力を見捨て、シリアからはほぼ撤退。クルド人武装勢力は後ろ盾をなくし今やクルド建国は諦めて流浪の民状態。イランが支援するシーア派勢力はイラクほどメジャーな存在ではなく、今やロシアの支援を受けたアサド政権の政府軍が主要な勢力。ここに立ちはだかったのがトルコ。トルコがシリア駐留を続けているのは、シリアへの領土的野望という侵略的意図ではない。トルコにとっての脅威は、アサド政府軍に追いやられる反アサド勢力や流浪の民と化したクルド人やシリア人の難民がトルコに流入してくること。既にシリアからトルコに360万人もの難民が流入し、トルコ国内で大きな社会問題となっている。その意図は防衛的であるが、やっていることは結構エグい。トルコはイドリブに逃げ込んだ反政府勢力の一部を支援してアサド政府軍と戦わせている。加えて、イドリブ県内にも停戦監視という大義名分の下で十数箇所に駐留し、陰に日向にその反政府勢力を支援し、半ば公然と援軍として戦っている。

③ かくして、トルコ軍とアサド政府軍は一触即発状態。既に1月下旬から2月初旬に小衝突は度々起きており、両軍は報復の繰り返しを双方辞めず一歩も引かない構え。トルコのエルドアン大統領は、「シリア政府軍に対し今月末までにトルコが停戦監視中のイドリブ攻撃を止めて撤退せよ!」とシリアに対して最後通告の構え。元々、エルドアン大統領はシリアにアサド大統領の打倒を標榜しているため、シリアのアサド大統領にとってトルコのエルドアンは不倶戴天の敵、2月中の撤退などあり得ず、一歩も引かない構え。
  トルコとシリアの軍事衝突はもはや避けられないかもしれない。

<私見ながら>
◯ トルコは戦争回避のため努力中
  トルコはその一方で、今年1月中に高官をロシアに派遣してトルコの高官と停戦を模索しています。また、シリアへの影響力の大きいロシアに直訴。トルコが支援する反政府武装組織の武装解除等を条件にロシアのシリア支援を辞めさせる合意を得たらしいです。ロシアにとっても、トルコとシリアの直接の本格戦争や決裂を望まない、ということのようです。しかし、現実には、ロシアは相変わらずシリアをバックアップし、シリア政府軍は優秀なロシア装備と潤沢な後方支援を得てパワーアップして攻撃をやめていません。

◯ またも曲者プーチンの深謀遠慮か
  合意したにも拘らず、ロシアはカエルの面に小便のこの態度。この辺がロシアのプーチン大統領の煮ても焼いても食えないところですね。恐らくはトルコを適度に弱らせ、御しやすいようにコントロールしているつもりではないか、と推察します。ある程度の軍事衝突をさせておいて、そこで「まぁまぁ」と間に割って入ってピースメーカーを演じ、トルコもシリアもロシアの影響力下に置きたい、という深謀遠慮ではないか、と読んでいますが、いかがでしょうか。

◯ 米国トランプとロシアのプーチンが線引きしたのかも
  深謀遠慮はいいけど、中東の戦略的な絵柄が益々複雑化しつつあり、新たな不安定要因として気が抜けませんね。イランの北や西の陸正面の中東はロシアが益々影響力を強めています。一方、米国トランプはこの地域からは明らかに手を引き始めています。他方、ペルシャ湾・ホルムズ海峡正面には死活的国益ありと見てイランへの締め付けを強めています。ロシアも米国も共通の敵はイランとして陸と海で自己の影響地域を分けているのかも。そんな邪推?を禁じ得ません。
(了)


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