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2018/08/31

マクナマラの教訓: ⑥フォード社を立て直したウィズキッズ


<映画「フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白」に学ぶ ⑥フォード社を立て直したWhiz Kids(ウィズキッズ)>

 映画では、第2次大戦中の日本本土空襲の話の後、インタビューアーでもあるモリス監督は、いよいよマクナマラ氏に尋ねたかった本丸のベトナム戦争について切り込みます。しかし、マクナマラ氏は「その話をするのは、冷戦の文脈の中でアプローチする必要がある。まず終戦のところから話させてくれ。そこからベトナム戦争の件に入ろう。」と言い、戦後に入社したフォード社でのエピソードに入ります。同社の立て直しに尽力した頃のマクナマラ氏とその仲間達の話を軸に、6番目の教訓「数値的データに基づいて考えよ。Get the data. 」について反芻してみたいと思います。

 大戦間、ハーバード大学院の助教授だったマクナマラ氏をはじめとする英才達は統計管理局に属し、統計学的分析手法で様々な問題解決に寄与する仕事をしており、陸軍航空隊(のちの空軍)の戦略爆撃に寄与してきました。チームワークの良かったこの仲間たち10名は、戦後まとまってフォード社に自分たちを売り込み、結果的に幹部要員として採用されます。当時フォード社は戦時中の軍需(特需)が無くなり経営が傾き、また、創業家の同族経営で社内の組織、経営方針、人事等も閉塞感があり、危機的状況になりつつありました。大企業フォード社の1000名もの重役達のうち大学卒業しているのは10名ほどしかおらず、自分たちの仕事のやり方を必要としているに違いない、と考えた彼らは自ら売り込んだといいます。後にWhiz Kids(ウィズキッズ)と呼ばれたこの英才10名は、統計管理局時代のIBMコンピューターを駆使した卓越した作業効率と統計学的分析手法で軍からも高く評価されていたため、傾きかけたフォード社の社運を賭けた新人幹部要員となりました。写真はフォード社に入社したウィズキッズ達(最前列10名。最右翼がマクナマラ氏です。)です。
Whizkids_Ford.jpg

 ウィズキッズ達が取り組んだフォード社の立て直しは、まず会社自身の健康診断から入り、効率性向上のための組織改革や大幅な不採算部門のカットなど様々な取り組みがありますが、マクナマラ氏がエピソードとして話題に選んだのは、会社としての利益を生むのは自動車の販売なので、車種とその際の着意事項についてでした。すなわち、当初高級車志向だった主力車種をもっと一般大衆向けの大衆車志向へ転換するとともに、当時まだ注目されていなかったシートベルトの着用などの安全性の向上でした。

 マクナマラ氏は、フォード車が売れるヒントを得るために当時まだフォード車にはなかった市場調査チームを作り、一見冴えない車に見えるものの根強い売れ筋車であるフォルクスワーゲンに目をつけ、なぜ売れるのかを調べます。その調査の中で、オーナーがなんと弁護士や医者などの比較的裕福にして社会的地位のある人達であることに気づきます。購買者層が比較的裕福でありながらワーゲンに乗っている・・・。同氏は、当時の米の自動車産業自体がキャデラックなどの高級車志向でしたが、市場を読み違えていると判断し、思い切って一般大衆向けのお手頃価格でしかも安全な大衆車を開発します。

 この安全性向上のための取り組みが同氏らしいエピソードであり、今回の教訓6「数値的データに基づいて考えよ。」に至ります。
 マクナマラ氏は、戦後経済が伸び盛りで動き出した米国において交通事故が問題になってきたことに着目、なぜ事故が起きるのか?を調べます。すると、年間4万人もの死亡事故、100万人もの負傷の原因は人為的ミスと機械的な、すなわち自動車自体の問題、と分かります。自動車自体の機械的な問題があるのならそれは改善すべきである、と同氏は動き出します。しかし、更なるデータを求めますと、そもそもデータがないという問題に突き当たります。データがないなら自分たちでデータを取ればいい、とばかり調査と実証実験に取り掛かります。このバイタリティーがいかにもマクナマラ氏ですね。ある研究所の意見として、運転者はハンドルに、同乗者はフロントガラスやダッシュボードにぶつかって死傷している、ということは自動車の乗員の死傷の原因は乗員を包む自動車自体のパッケージではないか、との仮説の下、階段の上から様々にパッケージした頭蓋骨を落とすなど、実証実験でデータを積み上げます。そうした数値的データを積み上げて分析した結果、これまでの米国の(世界かも)自動車産業にはなかった安全性の向上策として、ハンドルやダッシュボードの改善、更にシートベルトの推奨を導入しました。束縛を嫌うアメリカ人のことですし、一般にシートベルトは抵抗感があったと思いますが、同氏はシートベルトを着用すれば死傷者は絶対減る、との信念で車社会のアメリカにこれらの安全性向上策を定着させるキッカケを作ったわけです。
 

 今回の教訓「数値的データに基づいて考えよ。Get the data. 」は、ウィズキッズ達がフォード社の会社立て直しに尽力した頃のエピソードで語られました。(ちなみに、ウィズキッズらの尽力でフォード社は大企業として息を吹き返し、中でもマクナマラ氏はその指導力を買われて、同族経営のフォード社で初めてのフォード家外出身の社長に指名されます。)同氏自身が元々統計学的手法で効率性を追求する専門家であったこともあり、売上向上のため市場調査した結果、高級車志向から大衆車志向に切り替えて成功したこと、また、自動車事故の人的被害局限を検討した際、実験データに基づく論理的帰結として「安全ベルト着用」を推奨するという先見の明のある施策をとったこと、という教訓でした。しかし、私見ながら、同氏が統計学的手法で効率性を追求する専門家であったことから、勤務先がどこであれ、第2次大戦中も、大学在勤中も、フォード社在勤中も、そして国防長官としても(更に国防長官辞任後の世界銀行総裁在任中も)、自分の職務遂行上のスタンスとして、常にデータに基づく効率化を追求をしていた、と言えましょう。国防長官の時もお抱えの「ウィズキッズ」チームを編成し、自分の状況判断に資するデータを収集・分析・評価させていましたから。
(了)

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2018/08/29

マクナマラの教訓: ⑤日本本土空襲 proportionality(釣り合っているか)をめぐって

<映画「フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白」に学ぶ ⑤日本本土空襲: proportionality(釣り合っているか)をめぐって>

 前回に引き続き第2次世界大戦中の日本本土空襲について、マクナマラの5番目の教訓 「『釣り合っているか』は戦争指導上の一つのガイドラインとすべきである。 Proportionality should be a guideline in war. 」を反芻していきたいと思います。
焼け野原となった東京

 その前に、「戦略爆撃」という概念について補足させてください。
 日本本土空襲は戦略爆撃です。他方、戦場で敵の第一線で攻撃や防御をしている戦闘部隊、或いは後方の兵站部隊(後方支援部隊)を爆撃(航空攻撃)するのは戦術的な爆撃(航空攻撃)です。元々は後者が一般的でしたが、第一次大戦の頃、イタリアのジュリオ・ドゥーエが提唱したのが「戦略爆撃」(著書「制空」)で、戦場ではなく敵国本土の戦争遂行の策源(軍需工場、燃料根拠地、穀倉地帯など)や、更に敵国本土の首都や主要都市の一般市民そのものを爆撃することであり、「無差別爆撃」という表現で使われることもあります。特に、後者は非人道的この上ないものですが、第1次大戦の頃の国家間の戦争においては、国家と国民が結束し、国家の諸力を総動員する所謂「総力戦」の時代だったので、第1次大戦のように長大な前線で何十万もの兵を消耗戦で戦わせるより、むしろ敵国の主要都市の人口そのものを叩いて戦争遂行の気力を失わせるほうが得策と考えたわけです。この考え方の延長に、第2次大戦中の戦略爆撃があり、戦時中の日本も重慶に対し、ドイツはロンドンを、更に報復として英国をはじめとする連合軍がドイツに対して実施しました。

 前回の教訓4の日本本土空襲、特に東京大空襲の部分の話をしたマクナマラ氏に対し、インタビューアーのモリス監督が incendiary bombs(焼夷弾)を使用したのは非人道的ではないかという観点の質問をしたことに対し、同氏は「問題の本質は焼夷弾の使用ではなく、戦勝の追求のためとはいえ一晩に10万もの一般市民を殺してもいいのか?ということだ。」と答えます。同氏は、ラメイ大佐の回答は『Yes』であり、戦略爆撃の代わりに日本本土戦において何万もの米兵が損害を被ることを考えれば許容範囲なのだというのがラメイ大佐の論理だ、と話します。しかし、ここで同氏は疑問を呈します。

  “Why was it necessary to drop the nuclear bomb
  if LeMay was burning up Japan?
  He went on from Tokyo to firebomb other cities.”
.  「この後、ラメイ大佐は日本の各都市を空襲で焼き尽くし続けたのだが、
  では、そうした上でなぜ原子爆弾を落とす必要があったというのか?」

 この後、恐らくは当時同氏自身が見積・分析をして計画に寄与したであろう日本の各主要都市への爆撃で破壊した数値的データを挙げていき、画面も次々と焦土と化した日本の都市が破壊されたパーセンテージとともに映し出されます。
・・・クリーブランドと同等の都市 横浜の58%を、ニューヨークと同等のサイズの東京の51%を、チャタヌーガと同等の富山の99%を、ロスアンゼルスと同等の名古屋の40%を、・・・
その列挙の後に、同氏はこう言います。

  “This was all done before the dropping nuclear bomb.”
  「これは全て原爆投下以前に実施した空襲なのだ。」

 この言葉の後に5番目の教訓を結びます。

  “Proportionality should be a guideline in war.”
  「『釣り合っているか』は戦争指導上の一つのガイドラインとすべきである。」

 私は、ここの部分の解釈を見誤っていました。
 当初、マクナマラ氏一流の統計学的手法で見積り計画した日本本土空襲は、非人道的ではあるものの目的に対する手段としては「釣り合っているか」という尺度は有効なのだ、という教訓だと理解していました。
 しかし、どうやら違いますね。マクナマラ氏は暗に「これでは proportional ではない、行き過ぎではなかったか?」と主張しているようです。ブログに書くとなるとDVDの見方も時間をかけて精密になりますので、反復して視聴していて違いに気づきました。いやぁー、浅学非才ですみません。後でこのブログの初回の①教訓の概略の説明のところを修正しておきます。
 マクナマラ氏は、計67都市に及ぶ日本の都市の50~90%もの一般市民を空襲で殺傷し、その上で広島・長崎に原爆を投下したことを、戦勝追求のためとはいえ「proportional=釣り合う」という線を越えているのではないか、これではいけないのだ、proportional(釣り合っているか)というのをガイドラインにすべきではないのか、と主張していると私は理解しました。というのも、同氏はラメイ大佐の指揮下で、まさに彼の作戦に寄与するために「日本本土のどこを目標とし、どの程度の爆撃成果を得るべきである・・・」と見積・分析・計画で寄与していたわけですから、同氏には同氏なりのproportionalityを尺度とし綿密周到に計算していたのではないでしょうか。にも拘らず、原爆投下というダメ押しが政治判断で下りてきたわけです。ラメイ大佐は何の迷いもなく命令を実行に移したのでしょうが、恐らくマクナマラ氏には精神的呵責と無力感に苛まれたのではないでしょうか。
 同氏は、原爆投下を命じた当時のトルーマン大統領を責めているわけではなく、当時も今も戦争には一定のルールがないのだ、と自身でラメイ大佐やトルーマン大統領の弁明をします。しかし、ルールがないからこそ、「proportionalityを尺度とすべきではないか」と同氏は主張しているのではないでしょうか。というのも、統計学的分析手法で課題に対する解決法を数値的データに基づいて客観論理的に導き出すのがマクナマラ氏の真骨頂であり、ベトナム戦争中でさえそうしてましたから。

 この章の結びの部分の同氏のコメントのシーンが非常に印象的です。
 モリス監督は、このコメントの際にマクナマラ氏がコメントしている場面ではなく、敢えて同氏の苦渋に満ちた無言の表情をアップにしてコメントだけ流します。

  “LeMay said,
  ‘If we lost the war, we’d all have been prosecuted as war criminals.’
  And I think he’s right.
  He, and I’d say I, we were behaving as war criminals.
  LeMay recognized that what he has doing
  would be thought immoral if his side had lost.
  But what makes it immoral if you lose
  and not immoral if you win?”
  「ラメイ大佐はこう言った。
  『もし戦争に負けたら、我々は戦争犯罪に問われるだろうな。』
  その通りだ。ラメイ大佐は、そして『私も』と言おう、我々は戦争犯罪を犯していたのだ。
  ラメイ大佐は、自分がしていることは、もし我が方が負けたら不道徳・非倫理的であろうことを認識していた。
  しかし、負ければ不道徳・非倫理的であるが勝てばそうでないと言えるのだろうか?」


 映画評やマクナマラ氏評では、マクナマラは自分で関わったくせに自己の責任を認めずに言い訳をしている、と解釈される方もいらっしゃることは承知しております。しかし、当時、指揮官に仕える一幕僚、一スタッフ、分析官に過ぎなかったとはいえ、日本本土空襲や原爆投下に携わった部隊の一員であったマクナマラ氏の正直な自責の念のように感じるのは私だけでしょうか。
  (了)

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2018/08/28

マクナマラの教訓: ④日本本土空襲 カーティス・ラメイ大佐のリーダーシップ

<映画「フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白」に学ぶ ④日本本土空襲: カーティス・ラメイ大佐のリーダーシップ>

 マクナマラの教訓について、前回までキューバ・ミサイル危機に焦点を置いて反芻してきました。今回と次回は、第2次世界大戦中の日本本土空襲をテーマにしながらマクナマラの教訓3~5までをカバーしたいと思います。

 まず、3番目の教訓「自分自身を越えた何ものかがある。There's something beyond one’s self. (<原文ママ>)」ですが、ここは他の教訓と違って、「なるほど」というものがなく、イマイチ意味が不明確で、場面の前後の発言から察するしかありません。
 キューバ危機のような出来事ではなく、マクナマラ氏の大学時代の回顧の話です。1930年代の米国社会は大恐慌のどん底の経済状態であり、同氏は本当はスタンフォード大学を志望していたものの経済的に無理なためバークレー校に進学、大学の成績もよく奨学金も得て、ハーバード大学院のMBAに進学する機会を得ます。そこで教養科目として取らねばならなかった哲学の授業で、彼が専攻しているビジネスアドミニストレーション的な事業や政策等の成功のための知識や手法や効率性の追求とは全く異質の「哲学」に出会い、非常に興味を持って学んだようです。自分を超越する何か価値あるもの、神の意志、社会や国家への貢献などといった、これまで同氏が学んだことのない領域に授業の強調が置かれ、興味を持って学んだ。という、ただそれだけの話です。この話の直後の話題が、奥様との馴れ初めや新婚時代、子供の誕生等について語っているので、同氏が基本的に統計学的手法で最良と思われる施策を徹底的に進める人生を歩んだ中で、唯一効率効果性の追求ではない「自分自身を越えた何か大事なもの」の存在を学んだのだ、ということをエロール・モリス監督が編集の際に教訓として位置付けたのではないかと思います。

 4番目の教訓「効率性を最大限に高めよ。Maximize efficiency. 」は、前項のような社会や経済は恐慌だったものの個人的・家庭的には幸福だった時代から戦時中へと話題が変わります。教訓の主体は、彼が第2次大戦中に仕えた上司、カーティス・ラメイ大佐であり、内容的にはその冷徹な効率最大限化による戦勝の追求というリーダーシップ発揮の話です。
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 マクナマラ氏は、ハーバード大に助教授として年棒4000ドルで職を得たものの、戦争で大学に学生もいないことから、ハーバード大は政府と契約し協力体制をとり、同氏は陸軍航空隊に対し統計管理の分野で協力するメンバーとなりました。当初は統計管理教育に携わり、じ後は対日戦正面の戦略爆撃の効率効果の低さに着目し、調査しデータを収集整理して統計学的手法から問題点を是正する作業に携わりました。爆撃に出撃した航空機が途中で引き返してくるabortion rate(出撃中断率)が20%にも及ぶ理由を追求したところ、実際の撃墜率は4%程度だったが撃墜される恐怖によるものと分析。これを聞いたB-24爆撃隊の隊長であったラメイ大佐は激怒し、自分が出撃隊の陣頭に立ち、「途中で引き返した奴は軍法会議にかける」と宣言し、出撃中断はパッタリと激減したといいます。じ後、マクナマラ氏は新たに開発されたB-29爆撃機を擁する58航空団に配属となり、米カンザス~インド~中国~日本本土という経路でのB-29爆撃隊を担当したものの、中国成都の劣悪な飛行場の立地と中国人労働者の非効率性から成果が出ず。これを一変し、爆撃拠点を大きく変えて太平洋のマリアナに変更したのがこれまたラメイ大佐でした。
 他の航空隊指揮官が爆撃回数や投下爆弾数を競った中で、ラメイ大佐だけはtarget destruction=目標の破壊を徹底的に追求しました。ラメイ大佐の目標破壊の徹底に、マクナマラ氏もさぞや統計学的分析手法で効率効果の最大限化に幕僚として貢献したことと思いますが、ラメイ大佐の凄いのは、その部下への企図の徹底ぶりです。当時のマクナマラ氏の分析で、B-29は高射砲や日本の迎撃機から逃れるために高度7000mから爆撃できるように作られ損失率は低いものの、肝心の爆撃精度そのものが低い旨報告したところ、ラメイ大佐は目標破壊の徹底的追求の観点から、爆撃高度を1500mまで下げさせ、爆弾は木造家屋ばかりの日本の市街地を前提に焼夷弾に変えさせ、徹底的に日本の各都市を破壊することを部下に追求させました。日本人としては忘れられない3月10日の東京大空襲で、ラメイ大佐の部隊が一夜にして東京を焼け野原にしたわけですが、その日の出撃後の聞き取り調査において、部下の不満が爆発、「B-29は高高度から爆撃できる最新鋭機なのに、一体どこの馬鹿野郎が1500mまで高度を下げさせたんだ!僚機が撃墜されたじゃないか!」とある大尉が発言。すると、ラメイ大佐が立ち上がり、以下のように言いました。

  ”Why we are here?
  You lost your wingman. It hurts me as much as it does you.
  I sent him there. And I’ve been there, I know what it is.
  But you lost one wingman and we destroyed Tokyo.
  150 square miles of Tokyo were burned.
  Tokyo was a wooden city, and when we dropped these firebombs, it just burned it.”
  「俺たちはなぜここにいるんだ?
  確かに貴官は僚機を失った。貴官と同様、俺も心を痛めている。
  命令したのは俺だ。俺が貴官らを東京上空に行かせた。
  俺もどういう場所か分かっているし、(高度を下げたことで)危険も承知の上だ。
  しかし、一機の損失があった一方、我々は東京を壊滅させた。
  50平方マイル(130平方キロ)を焼け野原にした。
  東京は木造の街なので、焼夷弾を投下することで瞬く間に東京を焼け野原にしてしまったのだ。」

 ラメイ大佐は、爆撃の効率・効果の最大限化のために爆撃機の飛行高度を下げ、対空砲火や迎撃機で撃墜される可能性が高まろうとも、爆撃精度の向上=目標都市の破壊を追求させ、批判を承知で効率性を最大限化したのです。
 恐らく、若きマクナマラ氏の目にこの強烈な指揮官の姿が功罪合わせて焼き付いたことでしょう。同氏は幕僚として、得意の統計学的分析手法で様々な分析や報告で貢献したかもしれませんが、その分析や報告に基づき、企図を確立し、それを徹底的に部下に実行させたのは、このラメイ大佐というリーダーの冷徹にして強烈なまでのリーダーシップだったわけです。同氏にとって、この教訓が血肉となり、やがて自分自身が米国防長官となった時、自分自身が効率性の徹底的な追求の権化となるのですから、何とも人生とは皮肉なものですね。
 (了)


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2018/08/27

マクナマラの教訓 ③キューバ危機: 核時代におけるもう一つの教訓 


<映画「フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白」に学ぶ ③キューバ危機:核時代におけるもう一つの教訓>

 今回は、前回の「キューバ・ミサイル危機」における危機管理上の教訓に加えて、マクナマラが反省教訓事項と捉えたもう一つの点に着目し、2点目の教訓 「合理的判断が必ずしも我々を救うとは限らない。Rationality will not save us. 」について反芻してみます。
 前回見てきたように、キューバ危機に対して米側ケネディ陣営は、ケネディ陣営と同様にソ連のフルシチョフ陣営も危機管理の出口を探して悩んでいるに違いないと考え、相手側にもお互いに折り合いがつけられる条件を交渉し、お互い自国内や関係国に説明ができるよう名目が立つようにすることで、米ソ双方が緊張を解いて引き下がるという危機管理のお手本のような解決策を得られました。

 一見、これで全て良かったかのように思えますが、マクナマラは言います。
  “I want to say, and this is very important. At the end, we lucked out.
  It was luck that prevented nuclear war.
  We came that close to nuclear war at the end.”
  「これは非常に重要だから言っておきたい。最終的には、我々はただ幸運だっただけなのだ。
  核戦争になるのを妨げることができたのは「幸運」だったのだ。
  実は核戦争に至るギリギリの淵まで我々は近くまで行っていたのだ。」

 と言うのも、1992年にマクナマラはキューバのカストロ国家評議会議長と懇談する機会を持ちますが、その際にカストロから、実はあのキューバ危機の時期に既にキューバ国内に核弾頭は持ち込まれており発射できる状態にあったのだと聞いて愕然とします。「そんなことは全くの初耳であり、真偽すら疑わしい。」、として会議の中止を提案します。代わりにカストロに3つの質問します。「貴方はキューバ国内に核弾頭が既にあったことを知っていたのか? もし知っていたとしたら、フルシチョフに米から攻撃を受けた場合は核を使うべきだと進言していたか?(※if節の後にwould have 過去分詞を使っているので、マクナマラはカストロが核弾頭の存在を知らなかっただろうという前提で聞いています。) そして、もしフルシチョフがその進言を受け入れ核兵器を使用していたとしたら、キューバがどんなことになったか分かるか?」と。これに対するカストロの回答は、「当時既に核弾頭があったのは知っていた。フルシチョフにはまさに使うべきだと進言した。もしキューバの核を使ったらキューバがどうなったかって、それは完全に壊滅させられていただろうと分かっていたよ。」でした。その懇談から更に10年以上経ったこの映画のインタビューを受けているこの時でさえ、マクナマラは暫し言葉を失っていました。そしてこう言います。
  “That's how close we were.”「そのくらい我々は核戦争の淵に近づいていたのだ。」 

 マクナマラはケネディ陣営の意思決定の輪の中にいた当時の経験と、当該危機から数十年経った後のキューバ訪問でのカストロ国家評議会議長との懇談などを通じて、以下のような教訓を得ています。
  “Kennedy was rational, Khrushchev was rational, Castro was rational.
  Rational individuals came that close to total destruction of their societies.
  And that danger exists today.”
  「ケネディもフルシチョフもカストロも合理的判断のできる指導者だった。
  しかし、そんな合理的判断のできる指導者達が彼らの社会の全面的破壊となる核戦争の淵のギリギリまで近寄ったのだ。
  そしてその危険は現在でも存在するのだ。」

 そして、こう教訓を結びます。
  “The major lesson of the Cuban Missile Crisis is this:
   The indefinite combination of human fallibility and nuclear weapons will destroy nations.
  Is it right and proper that
  today there are 7500 strategic offensive nuclear warheads,
  of which 2500 are on 15-minutes alert
  to be launched by the decision of one human being?”
  「キューバ・ミサイル危機の主要な教訓は、
  誤りを免れることができない人間の性質と核兵器の不確定な組み合わせは国々を破滅させかねないのだ、
  ということである。
  7500コもの戦略攻撃型核弾頭があり、そのうち2500コは15分待機の状態で、
  これらが一人の人間の決定で発射される態勢になっている。
  この状態が本当に「適正かつ適切」なのだろうか?ということなのだ。」
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 いやー、誠に含蓄のある教訓です。
 今日の状況で考えますと、トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩党委員長がそれぞれ核のボタンを握っているわけですから、背筋がゾクゾクどころか、身の毛もよだつ思いです。衝動的ないし偶発的な契機でそのボタンが押されることがないように祈るだけですね。  (了)

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2018/08/26

マクナマラの教訓: ②キューバ危機

<映画「フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白」に学ぶ ②キューバ危機>
 ①ではマクナマラ氏の11点の教訓を概観しました。
 今回の②では、1点目の教訓 「敵に感情移入して考えよ。Empathize with your enemy.」=キューバ危機について反芻してみます。
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 1962年、米国の偵察機がキューバ国内に米国を射程に収めるソ連のミサイルが持ち込まれようとしている兆候を確認し、事態は一期に核戦争をも辞さない米ソ対決の様相を呈しました。そして、そこにはミサイル基地建設のための更なるソ連からの輸送艦船がまさに前進中という緊迫の中、米側は米海空軍によるキューバの海上封鎖と出入りするソ連船を臨検するという構えを取り、ソ連・キューバの出方次第によってはまさに一触即発のチキンゲームの状況に。結果的には、米ソ首脳間の秘密裏の交渉により相互に矛を収めるという穏便な形に危機管理が成功しました。そんな危機の期間の米側首脳部内のやりとりを同氏は語っています。
 米側は、10月14日にキューバのミサイル基地建設中の兆候を示す情報を得て、まだ核弾頭は持ち込まれていないと考えられるものの、今まさにキューバに向かっているポルタバというソ連船には20もの核弾頭が持ち込まれるとCIAは分析。米国はまず18万もの軍を動員し、第一日目にしてキューバに1080出撃もの空爆を準備する一方、対決姿勢は見せるがまだ相互に考える余地を残す形として、ケネディ大統領は海上封鎖と臨検を22日に宣言。ケネディ陣営にもラメイ空軍参謀長等の強硬派がおり、事実ラメイはこの際キューバを一掃すべし(核戦争をも辞さず)と主張。画面には核砲弾の実写シーンが映り、その弾着のきのこ雲の画像が現代の我々にも当時の一触即発の緊張を伝えます。こんな時期があったんですねぇ。
 その緊要な局面で、26日の夜と27日にソ連のフルシチョフ書記長から相矛盾する硬軟2つのメッセージが届き当惑するケネディ陣営。一方は、「米がキューバを攻撃しないと約束すればミサイルを撤去する。」、もう一方は、「もし攻撃するのであればソ連は全軍事力で対抗する。」とのこと。ここで悩む大統領に、懐刀ともいうべき前ソ連大使だったトンプソン氏が「前者(柔軟なメッセージ)に対して対応すべし」、則ち、まだ交渉の余地があるのだと進言します。曰く、「(交渉で折り合うことにより)フルシチョフは自分がキューバを救ったのだ、自分が米の侵攻を抑止したのだ、と(キューバやソ連内や東側世界に対して)言えるようになるのです。」と。フルシチョフもこの危機の出口を探して苦悩の中にあるに違いなく、双方が条件に折り合えれば、自国内や関係国に説明できる名目が建てるのであれば交渉で危機は回避できる、フルシチョフは応じるはずだ、と。ケネディ大統領は状況判断し、この線で事が運ばれ、無事にキューバからミサイルは撤去されることになり、危機は回避されました。
 これがマクナマラの言う”Emphasize with your enemy.” 「相手に感情移入して考えよ。」という教訓です。マクナマラは言います。
  “We must try to put ourselves inside their skin and look at us through their eyes
   just to understand the thoughts that lie behind their decisions and their actions.”
  「我々は、相手側の肌の中に入り込んで彼らの目を通して我々自身を見ようとしなければいけない。
  表面上の彼らの決心や行動の背後にある彼らの考えを理解しなければならないのだ。」


 キューバ危機に関しては、グレアム・アリソンの名著「決定の本質-キューバ・ミサイル危機の分析」や大統領実弟にして当時司法長官だったロバート・ケネディ著「13日間-キューバ・ミサイル危機回顧録」、更に映画では「13デイズ」など、勉強対象として参考文献にはことかかないところですが、齢85歳にして饒舌に当時の緊迫を語るマクナマラの映像をぜひ皆様もご一見を。 (了)


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2018/08/25

映画「フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白」に学ぶ: ①11点の教訓

 こんなブログ、始めました。

<タイトル: fog of warについて>
 本ブログのタイトルは「fog of war」としました。クラウゼビッツが、戦争指導(状況判断)をする上で不可避な状況不明さ・不確定要素を「戦場の霧」と表現(「戦略論」)したことにちなみました。およそ国際情勢、安全保障、危機管理を考える上で、常にfog of warは付きまとい、いかに科学技術が高度に発達した情報化時代であろうがこの霧は晴れず、この霧の中で状況判断をすることを念頭に置いて現実的な対応を暗中模索しなければいけない、というのを我が視点としています。

<映画「フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白」に学ぶ: ①11点の教訓>
 本ブログの開設に当たり、最初の当面のテーマは、ブログタイトルと同名の標記の2003年のアカデミー長編ドキュメント映画賞に輝いた映画について、その非常に示唆に富む内容を反芻したいと思います。
 この映画は、ケネディ及びジョンソン米大統領に国防長官として冷戦期の激動の時期に7年に亘り仕えたマクナマラ氏のインタビューと当時の資料映像等で構成されたドキュメンタリーです。映画という媒体よりも内容が凄い。この方に対する一般的評価はベトナム戦争のA級戦犯的な位置づけで功罪のうちの「罪」ばかりがクローズアップされていますが、当時85歳の同氏が、40年近くも過去の話を非常に詳細に語り、特に、キューバ危機やベトナム戦争等の経緯を、時に決然と雄弁に、時として目に涙を滲ませ、或いは苦渋に満ちた表情で回顧しています。彼は、自らの功罪入り混じった経験を通じ、今現在の自分の結論的考えとして反省教訓事項を11点に整理しており、国際情勢・安全保障・危機管理を学ぶ者にとっては非常に参考になります。
 第一回目の今回は、このマクナマラの11点の教訓を概観してみましょう。

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「11点の教訓」
① 敵に感情移入して考えよ。Empathize with your enemy.
キューバ・ミサイル危機の際、米政府内の強硬派の声を抑え、敵であるソ連のフルシチョフがどう考えているかを感情移入して考えることで危機を回避できた、という教訓から。

② 合理的判断が必ずしも我々を救うとは限らない。Rationality will not save us.
  キューバ危機の際に危機を回避できたのは「ただ幸運だっただけ」であり、米ソ両首脳はいずれも合理的判断のできるリーダーであったが、その合理的判断をもってしても、ともすると核戦争に至る等の誤った判断をする可能性は避けられない、という教訓から。

③ 自分自身を越えた何ものかがある。There's something beyond one’s self. (<原文ママ>)
  (ここは、イマイチ意味が不明確なのですが、場面の前後の発言から察するに、)同氏は、米国社会がどん底の経済状態であった大恐慌時代に大学時代(バークレー)を迎えたものの、自分自身は大学の成績もよく、失業者が溢れる中でハーバード大学院に進学できたことを、自分を超越した運命的なものとして語ったのか、或いは、1年生時代に退屈だった哲学の授業の中で、自分を超越する何か価値あるもの、社会への貢献などに強調が置かれたことか、その辺りの教訓の模様。ある映画評では、奥様との馴れ初めや新婚時代、子供の誕生等について語っているのだ、と取っている方がいらっしゃいます。

④ 効率性を最大限に高めよ。Maximize efficiency.
  第2次大戦中、対日戦における日本本土各都市への戦略爆撃(空襲)の立案チーム員として勤務した際、指揮官は爆撃の効率・効果の最大限化のために爆撃機の飛行高度を下げ、対空砲火で撃墜される可能性が高まろうとも爆撃精度の向上=目標都市の破壊を追求させ、批判を承知で効率性を最大限化した、という教訓から。

⑤ 「釣り合っているか」は戦争指導上の一つのガイドラインとすべきである。Proportionality should be a guideline in war.
  教訓④と同じ状況で、同氏は統計学的手法で日本にとって戦争遂行が困難になるよう、米国にとって耐えられないような米国本土各都市における想定損害を尺度に、これに匹敵する=「釣り合う」日本本土各都市への焼夷弾による戦略爆撃による都市人口の破壊を計画的に積み上げ、成果を上げていました。しかし、これだけの戦略爆撃に加えて、ダメ押しの「原爆投下」が政治判断で実施されました。ルールがないからこそ戦争には一定のガイドライン=尺度も必要ではないか、という教訓。(8/29に修正しました)

⑥ 数値的データに基づいて考えよ。Get the data.
  フォード社時代の会社立て直しに尽力した頃、同氏自身が元々統計学的手法で効率性を追求する専門家であったこともあり、売上向上のため市場調査した結果、高級車志向から大衆車志向に切り替えて成功したこと、また、自動車事故の人的被害局限を検討した際、実験データに基づく論理的帰結として「安全ベルト着用」を推奨するという先見の明のある施策をとったこと、という教訓から。
  教訓④⑤⑥は、同氏が統計学的手法で効率性を追求する専門家であったことから、勤務先がどこであれ、第2次大戦中も、大学在勤中も、フォード社在勤中も、そして国防長官としても(更に国防長官辞任後の世界銀行総裁在任中も)、自分の職務遂行上のスタンスとして、常にデータに基づく効率化を追求をしていた、と言えましょう。

⑦ 信念や視認した真実がともにしばしば判断を誤る。Belief and seeing are both often wrong.
  ベトナム戦争への米軍の北爆の開始=本格介入の契機となったトンキン湾事件について、当時は間違いないとの報告を受けた北ベトナムからの攻撃等は、思い込みや事実誤認などであった、という教訓から。

⑧ 自分のそもそもの論拠も再検証するつもりでいよ。Be prepared to reexamine your reasoning.
  1995年に同氏がベトナムを訪問した際、ベトナム戦当時の元外相と懇談し、米側は冷戦の一環として戦っていたが、越側は「あくまで自国の主権と独立のための内戦であり、これは越の歴史上1000年間以上も越国は中国と戦ってきたことを見れば明らかだ」と指摘されて愕然とした話を語る。もし同盟国に説明しても理解が得られないような介入があらば、米国単独で見切り発車して行動せずに、自分の論拠をもう一度そもそも正しかったのか検証するべきだ、という教訓。  

⑨ 善を為すために悪を為すことにならざるを得ないことがある。In order to do good, you may have to engage in evil.
  同氏の国防長官辞任にも影響を与えたある米国市民のベトナム戦への抗議の焼身自殺に際し、その遺族の夫人が「人間は他人が人を殺すのを止めなければならない」とコメントしたことに触れ、アメリカの南北戦争時に南軍の街アトランタの市長が北軍のシャーマン将軍にやめてくれと懇願したにもかかわらず同市を焦土にした際の将軍の言葉「戦争とは冷酷・残酷なものなのだ」を引用し、国のためにと思って善意で為す行動により敵側に対し不要な死傷者を出す行動=悪を為してしまう、という教訓。

⑩ 「決してない」と決して言うべからず。Never say never.
  ベトナム戦当時、記者から聞かれたくない質問をされることが多かったが、neverとは決して言わないこと、記者に聞かれたことには答えず答えたいことに答えること、を方針とし順守した、という教訓。

⑪ 人間の本質を変えることはできない。You can't change human nature.
  第一次大戦に勝利した際にウィルソン大統領が「これでもう戦争は起きない世の中になる」と考えたにもかかわらず今日でも戦争は起きているように、いかに理性ある合理的判断能力のある指導者であろうとも、戦争には人知を超えるfog of warがかかっており、判断を誤り、不要に死傷者を出したりする。人間の本質は容易に変えられない、また振出しに戻ってしまう、という教訓。

 いやー、いずれも非常に含蓄のある教訓ですよね。
 次回以降、逐次これらの教訓を深堀りする等のフォローをして行きたいと存じます。
 お付き合いいただきありがとうございました。 (了)


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