米朝首脳会談後の北朝鮮をどう見るか?
「防衛白書」をザックリ解説: ③北朝鮮情勢(後編)
- 米朝首脳会談後の北朝鮮をどう見るか? -
○ 本年度防衛白書から、第1部「我が国を取り巻く安全保障環境」の主要ポイントである「北朝鮮」に対する情勢認識についてザックリとした概説を試みます。(後編)
<「北朝鮮」情勢認識のポイント>
白書の情勢認識のポイントは以下の3点です。
① 北朝鮮の核・弾道ミサイル開発の進展は、
「これまでにない重大かつ差し迫った脅威」である。
② しかし、米朝交渉の進展、特に北朝鮮が共同声明にて
「完全な非核化に向けて取り組む」と表明した意義は大きい。
③ とはいえ、北朝鮮が核・ミサイルの廃棄について
誠実かつ具体的に取り組むか、今後十分な見極めが必要だ
○ 前編では①の北朝鮮の「これまでにない重大かつ差し迫った脅威」
についてお話させていただきました。
後編では、②と③の
「米朝交渉の進展に一定の評価」をするものの、
「今後な見極めが必要」とする部分について、
米朝首脳会談後の北朝鮮の脅威(特に核・弾道ミサイル開発)を
白書ではどう見ているか、概説を試みます。
では、まず白書の情勢認識について、②、③の順でザックリ概説します。
(※白書の情勢認識の本文では、詳述しているものの明確な評価が分かりづらいところがありますが、白書の巻頭のダイジェストでは明解に書かれています。)
<②米朝交渉の進展に一定の評価>
水面下の交渉を経て、今年(平成30年)6月に、
米朝首脳会談がシンガポールで行われた。
金委員長自身が共同声明等において、
「完全な非核化に向けて取り組む」との意思表明をした意義は大きい。
今後、引き続き米国との交渉が持たれるが、これをテコに、
「完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な方法での廃棄に向けた具体的な行動」が、しっかりと取られていくことが望まれる。
<③今後十分な見極めが必要>
北朝鮮が、全ての大量破壊兵器及び弾道ミサイル等を
「完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な方法での廃棄に向けた具体的な行動」
を引き出していくよう、
我が国としても、米国・韓国等と緊密に協力し、
中国・ロシア等とも協調して、国際社会との連携により、
今後の北朝鮮の対応について見極める必要がある。
というのも、首脳会談後の北朝鮮の対応は、
一定の廃棄の動きは見られるものの、
実質的な廃棄の効果は不明であり、
今のところ、北朝鮮の脅威認識に変化なし。
北朝鮮自らの廃棄に向けての誠実なコミットメントは不透明。
<白書の情勢認識に対するマスコミ等の論調>
さて、上記のような白書の認識に対して、マスコミは以下のようなコメントをしています。まず手厳しい方の代表から。
○ 朝日新聞社説 (2018/8/29) 「防衛白書 国民の理解求めるなら」
②と③の分析について、特に③の部分について手厳しいコメントです。
「・・・ 白書は、6月の米朝首脳会談で、北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長が朝鮮半島の『完全な非核化』を文書で約束した意義は大きいと認めた。一方で、核・ミサイルの脅威について『基本的な認識に変化はない』とし、緊張緩和の流れや影響について、ほとんど分析していない。」
じゃあ朝日新聞の情勢認識はどうか、というと、
「・・・ 北朝鮮がこれまで繰り返してきた核実験とミサイル発射を凍結したことは大きな変化に違いない。関連技術蓄積への一定の歯止めにもなろう。 いま肝要なのは、北朝鮮の意図を慎重に見極めながら、対話が後戻りしないよう働きかけることで、脅威を過度に強調することではない。」、とのこと。
まぁ、今回の白書は、①の部分で「これまでにない重大かつ差し迫った脅威」と断じてますから、それについて朝日は、「いま肝要なのは、 ・・・ 対話が後戻りしないよう働きかけることで、脅威を過度に強調することではない」、とのご指摘です。しかし、「北朝鮮が核実験とミサイル発射を凍結した」というのは、あくまで今のところの話であって、米朝交渉の帰趨によっていつでも復活しますからね。そこへのご認識は甘いようです。
更に、「・・・ 驚いたのは、昨年7月に国連で採択された核兵器禁止条約に白書が一言も触れていないことだ。『軍備管理・軍縮・不拡散への取組』という項目を立てながらである。政権がこの条約に背を向けているとはいえ、核をめぐるこの重要な動きを、無視するなど論外だ。」、と論評しています。 東京新聞も同様に手厳しいコメントでした。
次いで、意外にも割と普通に受け止めていた日経新聞です。
○ 日本経済新聞社説(2018/8/29) 「変化に即応した安保戦略を 」
まず①について、コメントを加えずに客観的に以下のように記述しています。
「… 防衛白書は巻頭で、16年以降の北朝鮮による3回の核実験や40発もの弾道ミサイル発射を取り上げた。同国への認識は昨年より表現が厳しくなり、緊張緩和への具体的行動が伴わない段階での油断を戒めている。今年6月の米朝首脳会談について『朝鮮半島の完全な非核化に向けた意思を、改めて文書の形で、明確に約束した意義は大きい』と指摘。一方で核・ミサイルの運用能力の向上を理由に「現在においても、脅威についての基本的な認識に変化はない」とした。」
また、②と③について、これまた客観的に、
「北朝鮮は米朝会談の後も非核化への道筋を示さず、トランプ政権の次の一手も不明確なままだ。事態は楽観できず、日米両国はミサイル防衛システムの一層の強化などを続けるべきだろう。」
とのコメント。
次いで、独特の論評で知られる田原総一郎氏のブログから。
○ 田原総一朗公式ブログ (2018/9/7) 「防衛費はなぜ増えた? 今年の「防衛白書」を僕はこう読む!」
まず、①については、
「・・・ 北朝鮮をめぐる現状を、「これまでにない重大かつ差し迫った脅威」だと強調している。新聞各紙は、前年の「防衛白書」より表現を強めていることを一斉に報じたのだが、僕は、この報道に対して、強い違和感を持った。」
のだそうです。 その理由として、昨年(平成29年)の北朝鮮情勢について、米国トランプ大統領は武力行使すら辞さない姿勢を見せたことに触れた上で、そのような状況から米朝首脳会談が首尾よく行われ、金委員長が核廃棄についてトランプ大統領に同意したことを重く受け止め、次のようにコメントしています。
「・・・ 北朝鮮を巡る事態は、大きく変わったのだ。日本政府も、弾道ミサイル飛来の危機は去ったとして、住民の避難訓練を中止した。・・・ 問題は続いているが、トランプ大統領は金正恩書記長をまったく批判せず、2度目の会談の可能性まで示唆している。 ・・・ 今後、北朝鮮に対して、アメリカが武力行使に出る可能性は低いだろう。そもそも中間選挙を前にしたトランプ大統領に、そんな余力はないはずだ。」
とのこと。
<北朝鮮情勢をどうみるか?>
上記の白書の情勢認識及びそれに対するマスコミ等のコメントを踏まえた上で、北朝鮮情勢について私見を述べさせていただきます。
結論から申しますと、白書の認識に全く同意です。もう卒業していますから、今更防衛省自衛隊におべんちゃらを言って持ち上げているわけではありません。
まず①の核・弾道ミサイル開発の状況を前提とした脅威認識については、前編で既述した通りです。もし、北朝鮮が「成功した」と言っているように、既に
・ 推定出力が広島型原爆の約10倍に及ぶ規模の核爆弾
・ ICBM級と言える新型弾道ミサイル
(※火星15号及びテポドン2派生型については、日本、グァム、ハワイどころか米国本土に届く射程10,000km以上の可能性も)
・ 弾道ミサイルの発射手段として車両積載型(発射台付き車両)の運用
これに加えて、
・ 終末誘導機動弾頭(MaRV)を実用化
・ ロフテッド軌道のミサイルを発射
・ 潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の能力も保持
などの能力が開発できていたとしたら、立派な核戦力、核抑止力になっていますので、これはもうただ事じゃありません。もはや「これまでにない重大かつ差し迫った脅威」と言って過言ではありません。
勿論、「まだそこまで開発できておらず、北朝鮮の自称「成功」に過ぎない。」という議論があることも承知しています。上記の6点のハードルはかなり高いものであり、数年前までは高をくくっておりました。しかし、ここ最近の核実験やミサイル発射の状況をデータで見る限り、もはや本当に成功していてもおかしくないところまで来ています。MaRV化にしてもSLBMにしても、まだ怪しいところはあります。例えば、以前の北朝鮮の潜水艦から発射したと称する映像で、海面から斜めに発射されていましたが、通常のSLBMの発射の景況は海面から垂直に発射されたのち点火するものなので、これは違うなぁと眉唾で見ていました。しかし、後に改良したらしく地上発射の映像でしたが(昨年2月?)、発射されたのちに点火される形のものを見た際、これは改良したSLBMの実験なのだろうと感じました。いやぁ、もう高をくくっていられません。進化しているんですよ。およそ安全保障上の脅威を見積もる際の心得として、過小評価や希望的観測を排して、悲観的に見積もった方が適切な分析ができると思います。

(PHOTO: AHN YOUNG-JOON / AP)
勿論、本当のところは分かりませんよ。やはり、クラウゼビッツが「戦場の霧(戦争の霧)=fog of war」と表現し、マクナマラもつくづく痛感したように、戦争というものはスッキリとは見通せない、人間なんぞには容易に晴らせない霧に包まれているんですよ。
次に、②の米朝交渉の進展に対する評価及び③の②を踏まえた総合的な脅威認識ですが、前述の朝日の社説や田原氏のブログに対する反論をする形でお話ししたいと思います。
朝日新聞の社説では、②について白書が一定の評価をしたことについて文句はないようですが、③の部分について、「いま肝要なのは、 ・・・ 対話が後戻りしないよう働きかけることで、脅威を過度に強調することではない」、とのご指摘です。しかし、防衛白書の情勢認識の章の記述なので、脅威なのかもはや脅威ではないのか、脅威であるとすれば脅威の程度について評価することが、ここに書かれるべきなのです。その書き方についてコメントするならともかく、「働きかけ」を防衛白書求めるのは筋違いというものでしょう。働きかけってのはむしろ「外交青書」かな。次に、「脅威を過度に強調するな」というご指摘。確かに「過度に強調」するのはよろしくないと思いますが、今回の防衛白書の書きっぷりは、「過度に強調」しておらず、状況好転について評価するものの総合して「まだ十分見極めが必要だ」といっているのであって、まだ油断ならないぞというのが趣旨ではないでしょうか。
次に、田原氏の「強い違和感を持った」という点について。田原氏の「北朝鮮を巡る事態は、大きく変わったのだ。」という認識に、私はこっちこそ「強い違和感」を感じます。「日本政府も、弾道ミサイル飛来の危機は去ったとして、住民の避難訓練を中止した。」について、政府の中止方針はその通りですが、これは「北朝鮮の核・弾道ミサイルの脅威がなくなった」とか「国民保護のための弾道弾対処の避難訓練の必要性がなくなった」、と政府が判断したわけではないでしょ。せっかく交渉が進捗したわけですから、その共同声明の方向性に掉をささないように大人の対応をしただけでしょ。政府の中止の方針決定後に訓練を実施しなかった地域も多くありましたが、国民保護の住民避難訓練を既に実施していた地域もありましたよ。状況を誤認してませんか?また、「問題は続いているが、トランプ大統領は金正恩書記長をまったく批判せず、2度目の会談の可能性まで示唆している。」って、それはそうでしょうよ。歯に衣着せないトランプ大統領といえども、決裂しないように一応の慎重を期しているんでしょうね。異論はありません。しかし、「今後、北朝鮮に対して、アメリカが武力行使に出る可能性は低いだろう。そもそも中間選挙を前にしたトランプ大統領に、そんな余力はないはずだ。」、とは困ったものですね。米国といえども、軽々に武力行使はしませんが、およそ交渉事というものは、約束事を守らなかったら/背信行為があったなら、「許さんぞ」と武力行使を辞さない姿勢をとるのが常道でしょう。(日本はそうはできませんけど。) 田原氏ともあろうものが、なぜそこまで米朝首脳会談の共同声明に楽観的なのか理解できません。今後の北朝鮮の「完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な方法での廃棄に向けた具体的な行動」の履行なんて、どう考えても「不透明」どころか「かなり望み薄」なのではないでしょうか。そもそも「完全」とか「検証可能」とか「不可逆的」というのが難しいですよね。これまで、何度となく米朝間で約束事はあったのですが、してやられてきたわけですから。
①のところで言及したように、およそ戦争と言わずとも安全保障の正面に関しては、fog of warなのですよ。所詮、人間なんぞに戦争の霧は晴らすことはできませんよ。
(了)


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○ 本年度防衛白書から、第1部「我が国を取り巻く安全保障環境」の主要ポイントである「北朝鮮」に対する情勢認識についてザックリとした概説を試みます。(後編)
<「北朝鮮」情勢認識のポイント>
白書の情勢認識のポイントは以下の3点です。
① 北朝鮮の核・弾道ミサイル開発の進展は、
「これまでにない重大かつ差し迫った脅威」である。
② しかし、米朝交渉の進展、特に北朝鮮が共同声明にて
「完全な非核化に向けて取り組む」と表明した意義は大きい。
③ とはいえ、北朝鮮が核・ミサイルの廃棄について
誠実かつ具体的に取り組むか、今後十分な見極めが必要だ
○ 前編では①の北朝鮮の「これまでにない重大かつ差し迫った脅威」
についてお話させていただきました。
後編では、②と③の
「米朝交渉の進展に一定の評価」をするものの、
「今後な見極めが必要」とする部分について、
米朝首脳会談後の北朝鮮の脅威(特に核・弾道ミサイル開発)を
白書ではどう見ているか、概説を試みます。
では、まず白書の情勢認識について、②、③の順でザックリ概説します。
(※白書の情勢認識の本文では、詳述しているものの明確な評価が分かりづらいところがありますが、白書の巻頭のダイジェストでは明解に書かれています。)
<②米朝交渉の進展に一定の評価>
水面下の交渉を経て、今年(平成30年)6月に、
米朝首脳会談がシンガポールで行われた。
金委員長自身が共同声明等において、
「完全な非核化に向けて取り組む」との意思表明をした意義は大きい。
今後、引き続き米国との交渉が持たれるが、これをテコに、
「完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な方法での廃棄に向けた具体的な行動」が、しっかりと取られていくことが望まれる。
<③今後十分な見極めが必要>
北朝鮮が、全ての大量破壊兵器及び弾道ミサイル等を
「完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な方法での廃棄に向けた具体的な行動」
を引き出していくよう、
我が国としても、米国・韓国等と緊密に協力し、
中国・ロシア等とも協調して、国際社会との連携により、
今後の北朝鮮の対応について見極める必要がある。
というのも、首脳会談後の北朝鮮の対応は、
一定の廃棄の動きは見られるものの、
実質的な廃棄の効果は不明であり、
今のところ、北朝鮮の脅威認識に変化なし。
北朝鮮自らの廃棄に向けての誠実なコミットメントは不透明。
<白書の情勢認識に対するマスコミ等の論調>
さて、上記のような白書の認識に対して、マスコミは以下のようなコメントをしています。まず手厳しい方の代表から。
○ 朝日新聞社説 (2018/8/29) 「防衛白書 国民の理解求めるなら」
②と③の分析について、特に③の部分について手厳しいコメントです。
「・・・ 白書は、6月の米朝首脳会談で、北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長が朝鮮半島の『完全な非核化』を文書で約束した意義は大きいと認めた。一方で、核・ミサイルの脅威について『基本的な認識に変化はない』とし、緊張緩和の流れや影響について、ほとんど分析していない。」
じゃあ朝日新聞の情勢認識はどうか、というと、
「・・・ 北朝鮮がこれまで繰り返してきた核実験とミサイル発射を凍結したことは大きな変化に違いない。関連技術蓄積への一定の歯止めにもなろう。 いま肝要なのは、北朝鮮の意図を慎重に見極めながら、対話が後戻りしないよう働きかけることで、脅威を過度に強調することではない。」、とのこと。
まぁ、今回の白書は、①の部分で「これまでにない重大かつ差し迫った脅威」と断じてますから、それについて朝日は、「いま肝要なのは、 ・・・ 対話が後戻りしないよう働きかけることで、脅威を過度に強調することではない」、とのご指摘です。しかし、「北朝鮮が核実験とミサイル発射を凍結した」というのは、あくまで今のところの話であって、米朝交渉の帰趨によっていつでも復活しますからね。そこへのご認識は甘いようです。
更に、「・・・ 驚いたのは、昨年7月に国連で採択された核兵器禁止条約に白書が一言も触れていないことだ。『軍備管理・軍縮・不拡散への取組』という項目を立てながらである。政権がこの条約に背を向けているとはいえ、核をめぐるこの重要な動きを、無視するなど論外だ。」、と論評しています。 東京新聞も同様に手厳しいコメントでした。
次いで、意外にも割と普通に受け止めていた日経新聞です。
○ 日本経済新聞社説(2018/8/29) 「変化に即応した安保戦略を 」
まず①について、コメントを加えずに客観的に以下のように記述しています。
「… 防衛白書は巻頭で、16年以降の北朝鮮による3回の核実験や40発もの弾道ミサイル発射を取り上げた。同国への認識は昨年より表現が厳しくなり、緊張緩和への具体的行動が伴わない段階での油断を戒めている。今年6月の米朝首脳会談について『朝鮮半島の完全な非核化に向けた意思を、改めて文書の形で、明確に約束した意義は大きい』と指摘。一方で核・ミサイルの運用能力の向上を理由に「現在においても、脅威についての基本的な認識に変化はない」とした。」
また、②と③について、これまた客観的に、
「北朝鮮は米朝会談の後も非核化への道筋を示さず、トランプ政権の次の一手も不明確なままだ。事態は楽観できず、日米両国はミサイル防衛システムの一層の強化などを続けるべきだろう。」
とのコメント。
次いで、独特の論評で知られる田原総一郎氏のブログから。
○ 田原総一朗公式ブログ (2018/9/7) 「防衛費はなぜ増えた? 今年の「防衛白書」を僕はこう読む!」
まず、①については、
「・・・ 北朝鮮をめぐる現状を、「これまでにない重大かつ差し迫った脅威」だと強調している。新聞各紙は、前年の「防衛白書」より表現を強めていることを一斉に報じたのだが、僕は、この報道に対して、強い違和感を持った。」
のだそうです。 その理由として、昨年(平成29年)の北朝鮮情勢について、米国トランプ大統領は武力行使すら辞さない姿勢を見せたことに触れた上で、そのような状況から米朝首脳会談が首尾よく行われ、金委員長が核廃棄についてトランプ大統領に同意したことを重く受け止め、次のようにコメントしています。
「・・・ 北朝鮮を巡る事態は、大きく変わったのだ。日本政府も、弾道ミサイル飛来の危機は去ったとして、住民の避難訓練を中止した。・・・ 問題は続いているが、トランプ大統領は金正恩書記長をまったく批判せず、2度目の会談の可能性まで示唆している。 ・・・ 今後、北朝鮮に対して、アメリカが武力行使に出る可能性は低いだろう。そもそも中間選挙を前にしたトランプ大統領に、そんな余力はないはずだ。」
とのこと。
<北朝鮮情勢をどうみるか?>
上記の白書の情勢認識及びそれに対するマスコミ等のコメントを踏まえた上で、北朝鮮情勢について私見を述べさせていただきます。
結論から申しますと、白書の認識に全く同意です。もう卒業していますから、今更防衛省自衛隊におべんちゃらを言って持ち上げているわけではありません。
まず①の核・弾道ミサイル開発の状況を前提とした脅威認識については、前編で既述した通りです。もし、北朝鮮が「成功した」と言っているように、既に
・ 推定出力が広島型原爆の約10倍に及ぶ規模の核爆弾
・ ICBM級と言える新型弾道ミサイル
(※火星15号及びテポドン2派生型については、日本、グァム、ハワイどころか米国本土に届く射程10,000km以上の可能性も)
・ 弾道ミサイルの発射手段として車両積載型(発射台付き車両)の運用
これに加えて、
・ 終末誘導機動弾頭(MaRV)を実用化
・ ロフテッド軌道のミサイルを発射
・ 潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の能力も保持
などの能力が開発できていたとしたら、立派な核戦力、核抑止力になっていますので、これはもうただ事じゃありません。もはや「これまでにない重大かつ差し迫った脅威」と言って過言ではありません。
勿論、「まだそこまで開発できておらず、北朝鮮の自称「成功」に過ぎない。」という議論があることも承知しています。上記の6点のハードルはかなり高いものであり、数年前までは高をくくっておりました。しかし、ここ最近の核実験やミサイル発射の状況をデータで見る限り、もはや本当に成功していてもおかしくないところまで来ています。MaRV化にしてもSLBMにしても、まだ怪しいところはあります。例えば、以前の北朝鮮の潜水艦から発射したと称する映像で、海面から斜めに発射されていましたが、通常のSLBMの発射の景況は海面から垂直に発射されたのち点火するものなので、これは違うなぁと眉唾で見ていました。しかし、後に改良したらしく地上発射の映像でしたが(昨年2月?)、発射されたのちに点火される形のものを見た際、これは改良したSLBMの実験なのだろうと感じました。いやぁ、もう高をくくっていられません。進化しているんですよ。およそ安全保障上の脅威を見積もる際の心得として、過小評価や希望的観測を排して、悲観的に見積もった方が適切な分析ができると思います。

(PHOTO: AHN YOUNG-JOON / AP)
勿論、本当のところは分かりませんよ。やはり、クラウゼビッツが「戦場の霧(戦争の霧)=fog of war」と表現し、マクナマラもつくづく痛感したように、戦争というものはスッキリとは見通せない、人間なんぞには容易に晴らせない霧に包まれているんですよ。
次に、②の米朝交渉の進展に対する評価及び③の②を踏まえた総合的な脅威認識ですが、前述の朝日の社説や田原氏のブログに対する反論をする形でお話ししたいと思います。
朝日新聞の社説では、②について白書が一定の評価をしたことについて文句はないようですが、③の部分について、「いま肝要なのは、 ・・・ 対話が後戻りしないよう働きかけることで、脅威を過度に強調することではない」、とのご指摘です。しかし、防衛白書の情勢認識の章の記述なので、脅威なのかもはや脅威ではないのか、脅威であるとすれば脅威の程度について評価することが、ここに書かれるべきなのです。その書き方についてコメントするならともかく、「働きかけ」を防衛白書求めるのは筋違いというものでしょう。働きかけってのはむしろ「外交青書」かな。次に、「脅威を過度に強調するな」というご指摘。確かに「過度に強調」するのはよろしくないと思いますが、今回の防衛白書の書きっぷりは、「過度に強調」しておらず、状況好転について評価するものの総合して「まだ十分見極めが必要だ」といっているのであって、まだ油断ならないぞというのが趣旨ではないでしょうか。
次に、田原氏の「強い違和感を持った」という点について。田原氏の「北朝鮮を巡る事態は、大きく変わったのだ。」という認識に、私はこっちこそ「強い違和感」を感じます。「日本政府も、弾道ミサイル飛来の危機は去ったとして、住民の避難訓練を中止した。」について、政府の中止方針はその通りですが、これは「北朝鮮の核・弾道ミサイルの脅威がなくなった」とか「国民保護のための弾道弾対処の避難訓練の必要性がなくなった」、と政府が判断したわけではないでしょ。せっかく交渉が進捗したわけですから、その共同声明の方向性に掉をささないように大人の対応をしただけでしょ。政府の中止の方針決定後に訓練を実施しなかった地域も多くありましたが、国民保護の住民避難訓練を既に実施していた地域もありましたよ。状況を誤認してませんか?また、「問題は続いているが、トランプ大統領は金正恩書記長をまったく批判せず、2度目の会談の可能性まで示唆している。」って、それはそうでしょうよ。歯に衣着せないトランプ大統領といえども、決裂しないように一応の慎重を期しているんでしょうね。異論はありません。しかし、「今後、北朝鮮に対して、アメリカが武力行使に出る可能性は低いだろう。そもそも中間選挙を前にしたトランプ大統領に、そんな余力はないはずだ。」、とは困ったものですね。米国といえども、軽々に武力行使はしませんが、およそ交渉事というものは、約束事を守らなかったら/背信行為があったなら、「許さんぞ」と武力行使を辞さない姿勢をとるのが常道でしょう。(日本はそうはできませんけど。) 田原氏ともあろうものが、なぜそこまで米朝首脳会談の共同声明に楽観的なのか理解できません。今後の北朝鮮の「完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な方法での廃棄に向けた具体的な行動」の履行なんて、どう考えても「不透明」どころか「かなり望み薄」なのではないでしょうか。そもそも「完全」とか「検証可能」とか「不可逆的」というのが難しいですよね。これまで、何度となく米朝間で約束事はあったのですが、してやられてきたわけですから。
①のところで言及したように、およそ戦争と言わずとも安全保障の正面に関しては、fog of warなのですよ。所詮、人間なんぞに戦争の霧は晴らすことはできませんよ。
(了)


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