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2019/04/27

初の金−プーチン会談 プーチン技あり!

初の金−プーチン会談が2019年4月25日(木)につつがなく終了しました。 2019年4月26日付VOA記事「Kim Jong Un leaves Russia after summit with Putin」がその概要を伝えていますので、ポイントを整理しました。やはりプーチンは、一応のリップサービスはするものの、本件で北朝鮮問題で大きく勝負に出るようなことはなかったですね。
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Russian President Vladimir Putin, right, toasts with North Korea's leader Kim Jong Un after their talks in Vladivostok, Russia, April 25, 2019. (VOA, April 26, 2019, "Kim Jong Un Leaves Russia After Summit with Putin" より)

<ポイント>
① 2019年4月25日(木)、北朝鮮の金委員長-ロシアのプーチン大統領間の首脳会談がウラジオストクで持たれ、短時間ながら概ね成功裡に無事終了し
た。

② 会談後、プーチン大統領は、北朝鮮の非核化をめぐって手詰まり状態の米朝交渉の打開と北朝鮮が望む経済制裁の解除の問題について、じ後は大きな役割を果たす所存、とコメント。また、金委員長との会談について米国とも情報共有したいと語り、金委員長は核開発を断念することについて前向きであるが、それは多国間の合意の下で北朝鮮の安全保障の明確な保証が得られることが前提条件である、と金委員長の考えを代弁した。

③ 金委員長は会談の中で、米朝会談で米側が示した一方的な交渉態度が交渉を閉塞状態にし、朝鮮半島を切迫した状況に追い込んでおり、今後の米国の交渉態度に全てがかかっている、と米側を批判した。

④ 今回のロ鮮首脳会談の結果として具体的な措置などはない。プーチン大統領は金委員長の立場に理解と支持を示し、都合のいい時期に今度はプーチン大統領が北朝鮮を訪問することを快諾した。

<寸評>
− 4月19日にアップした「金−プーチン会談の動きと両者の思惑」でそれぞれの思惑についての分析記事の要約を書きましたが、記事の読み通りでしたね。
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金委員長はプーチン大統領を米朝交渉の行き詰り及び経済制裁による経済の逼迫の打開の糸口をロシアに求め、対米交渉の自由度を確保を期待。
他方、プーチン大統領は、北朝鮮に対する影響力の増大及び核開発問題の重要なステークホルダーとしてのロシアの地位の強調に期待
周辺関係国にとり、会談によりロシアが北朝鮮問題の掻き回し役になるのことは懸念材料
しかし、プーチン大統領は金委員長の思惑に反し、「朝鮮半島の現状維持と非核化」がロシアの国益であり、米国の立場と認識を共有。その理由としては、北朝鮮は引き続きロシアにとって在韓米軍、在日米軍のバッファゾーンとして現状維持が望ましいこと、また、韓国はロシアの重要な貿易相手であり、今や北朝鮮に肩入れしつつある韓国を動揺させることは国益に反すること、などが挙げられる。
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− 会談の成果について、金委員長は自らの思惑を概ね達成できたという印象を持ったことでしょう。しかし、プーチン大統領は何ら具体的な成果物を与えていません。金委員長を満足せしむる理解や支持を表明したものの、他方でプーチン大統領は米側と情報共有すると言っているので、トランプ米大統領にとっても「掻き回し役」とは映らず、むしろ北朝鮮の危うい核開発への懸念を共有する有志国という見え方ではないでしょうか。むしろ、今後はロシアの意見も一応聞いてやる必要が出てくるかも。

やはりプーチンは抜かりのない奴、只者ではないですね。技あり!と言えましょう。
(了)


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2019/04/22

中国の国策的AI推進

中国の国策的AI推進

中国のAI(人工知能)分野における躍進は目覚ましく、今や首位米国を脅かす存在です。VOA4月20日付「China’s political system help advance its Artificial Intelligence」という記事に、その背景に中国の政治制度や政府の方針があること等について、興味深い内容が載っていましたのでご紹介します。
china-facialrecognition.jpg
Visitors experience facial recognition technology at a Face++ booth during the China Public Security Expo in Shenzhen last fall. In China, facial recognition is being used by the government to help monitor the movements of the country's 1.4 billion people. (Bobby Yip/Reuters) (CBC News: Sep 18, 2018 4:00 AM ET 「Facial recognition is everywhere — here's why that's concerning
Social Sharing」(Ramona Pringle)より 


<ポイント>
① 中国のAI、5Gワイヤレス技術、自動運転車、ドローン等の分野における躍進は、欧米の先進技術のスパイ行為の批判を超越し、もはや自前で更なる発展をしている段階

② 特に、中国のAI分野においては、習書記長の「AI分野を中国の手中に」との明確な指示の下、国策として研究開発を推進

③ 中国のAI分野の進展には、勿論研究開発による世界をリードする先進AI技術が大きい。もう一つの要因は、警戒監視システムの顔認証機能の活用やデータ管理の技術において世界をリードしているが、欧米の先進民主主義国では個人情報保護や人権上の問題も絡むため許されない大胆なことができる中国ならでは土壌も大きい。

④ しかしながら、中国のAIには弱点も存在。スーパーコンピュータの学習機能のアプリケーション等に必要な先進半導体など、AIの主要な分野の技術やイノベーションにおいては首位米国に遠く及ばない。

⑤ 記事の結論として以下の専門家のコメントで締め括る。「米中は、政治的には競争するが、経済的ないし科学的にはむしろ協同の関係である。」

<寸評>
  ①〜④までは「なるほど」だったが、結論でズッコケた。専門家の見解は、所謂「専門バカ」ではなかろうか。トランプ大統領という重要な要因を逸している。政治的?否、経済的に米国が中国に負けるわけにいかないでしょう。それが故に、2月に大統領令でAI分野で米国の優位を中国に取られるべからず、という檄を飛ばしている。
  もう一つ私見を。AI分野において中国は米国に拮抗する程進んでいる。日本は気がついたら遅れていた、とは悔しい限り。中国はもはや日欧米のコピーではなく、自力で実力をつけていた。悔しいが現実を直視しなければなるまい。これは、安全保障・軍事的にも、特に第5の戦場「サイバー・電磁スペクトラム」の正面の実力差として認識しなければ・・・。是非とも挽回せねば!!

(了)

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2019/04/19

トルコ−米国、ロシア製兵器導入問題で緊迫

トルコ−米国、ロシア製兵器導入問題で緊迫

VOA4月18日付の記事「As Turkish-US relation escalates, Ankara looks to NATO」によれば、NATO 加盟国トルコのロシア製対空ミサイル導入をめぐり、米国とトルコの関係が悪化している模様です。概要は以下の通りです。

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S-400ミサイル

① トルコが今年6月にもロシアからS-400対空ミサイルを導入する予定であることを、今月(4月)ペンス米国副大統領は非難し、「NATOにおけるトルコの立場が危い」と懸念を表明

② これに対し、トルコの大統領スポークスマンは「トルコはNATO加盟国として確固たる立場にある」と一歩も引かず

③ 米国は、米戦闘機F-35のステルス機能に対抗しうるS-400をNATO加盟国トルコが配備することで、ロシアの防空システムに連携されることを懸念

④ 米国-トルコ関係の雲行きが怪しい一方、NATO-トルコ関係は良好であり、NATOのストルテンバーグ事務総長は「加盟国は防衛装備の導入の自由がある」としトルコの件について異議を唱えていない

⑤ NATOにとっても、トルコはその地政学的な位置からして戦略的重要性を有する加盟国。トルコは、NATO演習においても対ロシアの重要な僚友である一方、ロシアとも一定の緊密さを有す。結局の所、トルコは軸足をNATOに置きつつ、もう一つの選択肢としてロシアを維持したい模様

(了)


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2019/04/19

金−プーチン会談の動きと両者の思惑

金−プーチン会談の動きと両者の思惑

VOAの2019年4月16日付の「Kim set to meet Putin, with Trump on both man’s mind」によると、近く北朝鮮の金正恩委員長とロシアのウラジミール・プーチン大統領との間で首脳会談が行われる予定、という情報があるようです。同記事には、双方の思惑について朝鮮情勢やロシア情勢の専門家の見解がまとめられていたのでポイントをご紹介します。

<ポイント>
① 金委員長は、米朝交渉の行き詰り及び経済制裁による経済の逼迫の打開の糸口をロシアに求め、対米交渉の自由度を確保を期待
② プーチン大統領は、北朝鮮に対する影響力の増大及び核開発問題の重要なステークホルダーとしてのロシアの地位の強調に期待
③ 関係国にとり、会談によりロシアが北朝鮮問題の掻き回し役になるのことは懸念材料
④ しかし、プーチン大統領は金委員長の思惑に反し、「朝鮮半島の現状維持と非核化」がロシアの国益であり、米国の立場と認識を共有。その理由としては、北朝鮮は引き続きロシアにとって在韓米軍、在日米軍のバッファゾーンとして現状維持が望ましいこと、また、韓国はロシアの重要な貿易相手であり、今や北朝鮮に肩入れしつつある韓国を動揺させることは国益に反すること、などが挙げられる。



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2019/04/10

北朝鮮のEMP(電磁パルス)攻撃の脅威と対応

北朝鮮のEMP(電磁パルス)攻撃の脅威と対応

 前回までのサイバー戦及び電磁スペクトラム戦の続編として、今回は2017年9月頃に北朝鮮が「米国本土に対する電磁パルス(EMP)攻撃能力を持つに至った」と宣言し、日本でも俄に話題が急上昇した「電磁パルス(EMP)攻撃」を取り上げてみたいと思います。ちなみに、電磁パルス(EMP)は電磁スペクトラム戦の持つ幅広い作戦形態のうちの一手段です。電磁パルス(EMP)攻撃により、「社会インフラは壊滅」とか「国民の9割は餓死する」などとも言われていますが、その脅威と対応について考えてみたいと思います。
 ちなみに、2019年(平成31年)4月現在で、北朝鮮の弾道弾ミサイルの脅威論はEMP脅威論も含めかなり下火であり、話題としては旬な時期ではありません。それは承知の上で、電磁スペクトラム戦の一手段としてのEMP攻撃について、考察したいと思います。ともすると誤解が多い話題なので、この際ご理解の一助にお役立てできれば幸いです。
 
<ポイント>
① 電磁パルス(EMP)攻撃の脅威: 理論上は壊滅的影響あり。他方、実際の効果は未知数。
② 対応のあり方: 脅威として真摯に認識し、国家の重要インフラや基幹システムについては適切な防護策をとるとともに、高高度核爆発によるEMP攻撃については、国際社会として許容しない断固たる意志を示すなど、実効性のある堅実な対応策を!それが日本の国家としてのレジリエンスを強靭にすることになろう。 

 まず、高高度の核爆発による電磁パルス攻撃とはどんなものか、考えてみたいと思います。

1 電磁パルス(EMP)攻撃の脅威とは
  結論から言うと、EMP攻撃は理論上壊滅的影響を及ぼす最高度の脅威であるものの、他方でその実際の効果は未知数であり、爆発高度、成層圏の大気の状況、気象条件や地上の車両や器材のカバーの状況など、様々な諸要素の変数により理論通りではなく、どれ程の効果があるかについては実は何とも言えないのが実情、と言える。

(1)EMPの仕組み
   「電磁パルス」とはElectro-Magnetic Pulse (EMP) 、「コトバンク」(出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)    ( https://kotobank.jp/word/%E9%9B%BB%E7%A3%81%E3%83%91%E3%83%AB%E3%82%B9-161564 )によれば、「核爆発による電磁放射。核装置の材質または周囲の媒体中に散乱している光子から出るコンプトン反射の電子と光電子によって引き起こされる。その結果から生じる強力な電場と磁場は、電気的・電子的システムに有害な大電流と大電圧の渦巻きを引き起こし,システム内部の回路網を破壊する。」との説明がある。ザックリと言えば、核爆発による電磁「嵐」ないし「雷」が瞬間的に広域にわたって落ちる、と言える。

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「Nuclear electromagnetic pulse」 (https://en.wikipedia.org/wiki/Nuclear_electromagnetic_pulse)より

   上の図を参照しながら、もう少し精度の高い説明をする。図は、アメリカに対する電磁パルス攻撃を想定したイメージ図である。上段のポンチ絵と下段のアメリカの地図がバックのものがあるが、まず上のポンチ絵にご注目を。このポンチ絵が電磁パルスが生じるしくみ。右上が爆心点として、赤い線は高高度核爆発によるガンマー線の放射を示す。このガンマー線が大気圏内20~40km上空の大気(点線)が濃くなってきた層に激突する。この大気にガンマー線の束がぶち当たると、弾き出された猛烈なエネルギーの電子たちが大放射される(コンプトン効果)。この際、遊離し弾き出された電子たちが地球の磁力線の周りをらせんを描きながら光の90%の速さで拡散しながら減耗する。(ちなみに、昔、小学生の頃にやった、I型の磁石の上に紙を置いて砂鉄をぶちまけると、磁石の磁力線に沿って砂鉄がN極とS極の間を放物線的につないでいたのを想起していただきたい。地球の磁力線は北極と南極のような高緯度な地域では直下向きになるが、アメリカあたりの中緯度では青線のように大地と並行するような横たわり方をしつつやや地面(下)向きに湾曲しながら走っている。)この電子たちが磁力線の周りをらせん回転しながら拡散する際に、強烈な幅広い周波数の電磁パルスが発出されるのである。

   次に上の図の下段、北米大陸の地図の絵を参照されたい。北米上空400kmで高高度核爆発を起こし、アメリカ全体を電磁パルスの影響を及ぼす攻撃を受けた場合の概念図だ。円のまん中あたりの緑の△のすぐ下(南)の黒丸が爆心直下。円や楕円の色は電磁パルスの強さを表わしている。北半球のため、爆心より北側が小さく、南側が大きくなる傾向がある。爆心の下(南)に笑っているような赤い楕円が最大エリア、その周囲の笑っているような大きい青い楕円が2番目に強力なエリア。円の一番大きな青と緑の中間色の明るい色が3番目の電磁パルスの強さ。爆心に近いのに、爆心北側の緑の△が電磁パルスが最小になり、その緑の△の周囲の卵型楕円はそれより少し大きいがまだ小さい方。次いで外側の暗い緑の楕円、といった具合。科学的な計算では、このような景況で電磁パルスの影響が出るであろう、と言われている。
 
(2)EMPの理論上の効果
   高高度核爆発(High Altitude Nuclear Explosion: HANE)による電磁パルス=EMPはよくHigh-altitudeのHをつけてHEMPと略称される。この高高度核爆発による電磁パルスは、理論上広域にわたって電気系統をショートさせ機能不能な状態にできるため、ある国全体を麻痺させることが可能、と言われている。

   その理論上の効果・影響について、まずEMPを照射された手持ちのスマホのような身近な話から始め、逐次に社会全体の話に移行する。
   日本全体をカバーするEMP攻撃を受けたとする。日本上空の高高度で核爆発を起こされた。核爆発は強力なEMPを起こし、数100キロ平方の地域全体に対し面的或いは空間全体に対し立体的にEMPが照射される。雷なら触雷した点から地面に抜けるまでの電気の通る線的なショートだが、EMPの場合はカバーする地域全体に面的ないし立体的にショートが起きる。その空間の中にある電気機器の導体部分はアンテナのようにEMPを受け止める形で電磁誘導が起き、過大な電流が流れてしまうことになる。半導体などは焼き切れ、様々な精密機器のデリケートな部分などが破損することだろう。これは家庭の電気機器に限らず、この社会一般に存在するありとあらゆる電気系統にも起こる。平素は意識もしないことながら、今や日常生活のありとあらゆるところに電気系統があり、その恩恵で不自由なく暮らしている我々にとって、これは由々しき事態だ。スマホはもとより、朝起きる際の目覚まし時計も、今やゼンマイ起動ではあるまい。電池で動いていればアウト。同様にTVやスマホは当然アウト。家庭の電気は、そもそも発電所、送電線、変電所、電柱などが破損するので全てアウト。蛇口をひねれば出てくる水も、水道局の中央制御は電気系統なのでアウト。ガスも同様、生活インフラはアウトなのだ。車に乗ろうにも電気系統がアウト。これが地震なら数日~数週間で逐次復旧するが、数100km平方にわたるのなら、日本全体がこうなることも理論上有り得る。ということは、生活インフラから情報・通信インフラ、交通機関、物流インフラ、食料品生産インフラなど全てが、日本全体でアウトなのだ。政治経済はストップする。そもそも生活が継続できない。純日本で復
旧しようにもできないから、海外からの支援を待つしかない。当然、医療も行き届かずアウト。逐次餓死者もでる。しかも、全ての原発が電源喪失するため、福島第1原発の陥ったメルトダウンがあちこちの原発で始まる。・・・
  こんな絶望的状況が、理論上有り得るのだ。

(3)EMP脅威(恐怖)論とEMP非脅威論
   前述のような理論上の絶望的影響・効果が想定されるだけに、EMP脅威論は恐怖感を持って喧伝される。特に、2017年9月初旬の北朝鮮の弾道ミサイル実験後の北朝鮮当局の説明により、北朝鮮は遂に水爆を弾頭に載せたICBMを持つに至り、高高度核爆発によるEMP攻撃により米国本土全域を壊滅的打撃を与えることができる、とPRしたことが契機になった。マスコミは声高にEMP攻撃の脅威を喧伝した。

   マスコミ等がEMPの脅威を取り上げる際に、論理的根拠としてしばしば引用されたのが、元陸自化学学校長鬼塚隆志元将補の「国民も知っておくべき高高度電磁パルス(HEMP)の脅威 HEMP攻撃対応準備を急げ」( http://www.ssri-j.com/SSRC/oniduka/oniduka-5-20150121.pdf )という論文だった。鬼塚元将補の論文は2015年1月のもので、先見の明のある同氏は、当時まだ北朝鮮のミサイル実験もスカッドという距離の短いものだったが、いずれは開発するであろうことを念頭に、EMP攻撃への対応策を訴えたのだ。論文を出した当時の反響は不明だが、2017年9月の時点では多くの関心を呼んだ。同氏の論文の趣旨は明解そのもの。2015年1月当時、EMP攻撃の脅威が世間一般にあまり認知されていない状況を懸念し、EMPの効果について解説するとともに、それが国民生活、社会全体、政治・経済に与える影響について警鐘を鳴らし、国家としての対応策の必要性を訴えたものだ。同氏は決して喧伝も誇張もしていない。しかし、2017年9月の時点の世の関心の高さからすれば、同氏の論文は格好のネタ元となったと言える。

   これに対し、やや客観的かつ冷静にEMPをめぐる議論を俯瞰した形の論文があった。防衛研究所研究員の一政祐行氏の2016年2月の論文である。( http://www.nids.mod.go.jp/publication/kiyo/pdf/bulletin18_2_1.pdf )これも2017年のフィーバー下のものでなく、その1年半も前の時点のもので、一政氏のそれはいかにも防衛研究所の研究員らしく、鬼塚元将補のやや理系的解析的アプローチとは対極の、文系的文献整理的な論文である。論旨は、様々な専門家の議論を整理した上で、徒に高高度で核爆発によるEMP攻撃の脅威にのみ脅えて防護策に狂奔するのではなく、むしろ高高度核爆発によるEMP攻撃をさせないための国際的協調、すなわち「核攻撃」と位置付けて国際社会として使わせない団結をすべきことを強調している。

   この二つの論文を、薄っぺらにしか理解せずにEMP脅威論と非脅威論であるかのように捉えてしまう見方もあった。NHKの2017年9月20日付のNHK政治マガジン 特集記事「“電磁パルス攻撃”ってなに?」( https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/6009.html )はその典型。天下のNHKともあろうものがこういう頭の悪い理解でこのように報道してしまうと、これを読んだ方々はEMP脅威論と非脅威論の論争と思ってしまうのが怖いところ。筆者の私見では。両者の論文に全く矛盾点はない。鬼塚元将補はEMP攻撃の効果・影響を認識し対応策が必要だと説き、一政氏はその際の留意として、高高度核爆発によるEMPの理論上の脅威のみに狂奔せず、冷静さを失わず、他にもあるブラックアウトの脅威全体を踏まえて、効果的なブラックアウト対策を講じることが重要であること。加えて、国際的な協調を図り「高高度核爆発によるEMP攻撃は核使用なのだ、使用させてはならないのだ」という高い敷居を構築すべし、と説く。ということが本来の読み方ではないかと思う。両者の意見に全く同意する。

(4)実際の効果の評価
   EMP攻撃による効果・影響については、実際の実験に基づく実証データが乏しいため確たることが言えない、のというのが事実である。むしろ、その乏しいデータから言えるのは、必ずしも理論上の壊滅的効果が出ていない、と言える。米国の実験でもソ連の実験でも、確かに停電、通信機や車両の機能不全は起きているが、では、EMPの降り注ぐエリアにあった全ての電気系統が再起不能なほどのショートが起きて破壊されたか、社会インフラが再起不能になったか、というとそうではない。数時間~数日後に停電は復旧し、通信機も全てが再起不能になった訳ではなく、一時的な機能不全であって復旧したものもあり、車両は再起不能もあればエンジンがかかったものもあった、という。実験室や理論上の計算とはかなり違う。効果・影響の出方にかなりのムラがあった。いかなる変数が考えられるかというと、結局は核爆発の強度、爆発高度、当日の大気や電離層の状況、上空の気流、気流、更に地表においては電気系統を有する機器、車両等の置かれた場所や状況、特にカバー・遮蔽物の状況、コンセント等の接続状況、等々の諸要素があったのだろう。ハッキリ言えるのは、必ずしも理論上の効果・影響はでなかった、ということだ。しかし、だからといって「実は、EMPが全く効果がでない、安心しろ。」ということでは全くない。EMPは恐ろしい効果・影響を及ぼすものであることに間違いはない。

   他方、実験のあった1960年代と現代とでは、明らかにシステムへの依存度が違うため、1960年代に顕著には出なかった障害が、現代ならではの深刻度(システム全体のダウンなど)で起きるかもしれない。但し、これは、防護策の効果についても言える訳で、ファラデーケージなどの対EMP策を講じたとして、それがどの程度有効なのか、これも何とも言えない。防護策の効果は、メーカーとしては実験データをもって有効性をPRすることと思うが、高高度核爆発によるEMP照射を受けて、その実験と同じ効果が出るのか、それはやってみなければ分からない。結局のところ、EMP攻撃の効果・影響も、防護策の効果・有効性も、「未知数」としか言いようがないのだ。

(5)補足:非核手段によるEMP兵器について
   EMPは非核の手段によっても発生でき、通常兵器としてのEMP兵器も開発されている。実際にイラク戦争でも使用されたようだが、効果のほどはあまり聞かないので、あまり効果がなかったのではないかと推察する。しかし、米軍が開発中のCHAMPという高出力マイクロ波を使ったミサイルなど、やがて装備化されるのではないかと言われている。Counter-electronics High-power Microwave Advanced Missile Projectで略してCHAMPと呼ばれるこの兵器は、巡航ミサイルに装着され、敵艦船であれ基地であれ、標的に対して指向性のある高出力マイクロ波を狙い撃ちで照射し、敵の電子機器やシステムを無力化するというシロモノだ。こういうEMP効果を狙い撃ちで図るなら、ミサイルでなくても、国家の重要インフラや基幹システムに対するテロなども考えられよう。テロリストがリュックやアタッシュケースのようなカバンで持ち込み、重要インフラや基幹システムの心臓部や頭脳に当たる急所に対し、高出力マイクロ波を標的に照射してシステムダウンさせてしまう。こんなこともあり得る。これも立派なEMPテロだ。

   既述の一政氏の論文では、高高度核爆発のEMPのみならず、前述のような非核のEMP兵器や、更に自然現象ながら太陽の磁気嵐によるEMP効果を実例で挙げて、EMPのいろいろな場合があり得ることを強調している。同氏は、高高度核爆発のEMPばかりに目が向けられるが、こうした非核のEMPについても想定する必要があり、重要インフラや基幹システムに対する防護手段の必要性を説く。全くもって賛成する。これを前振りとして結言に入りたい。
.
2 電磁パルス(EMP)攻撃への対応のあり方 
  結論から言うと、まず、脅威としてEMP攻撃について適切に真摯に認識することが大事。その上で、防護策、特に親亀こけたら皆こけたにならないよう、電力インフラを始めとする国家にとっての重要インフラや基幹システムは、対EMPの坑堪性を高める必要がある。更に、そもそも「高高度核爆発によるEMP攻撃を許容しない」という断固たる意志を国際社会として示すことが重要である。これらの実効性のある堅実な対応策が求められ、こういう努力が日本の国家としての国土強靭化=レジリエンスを高めることになろう。
 
(1)脅威か非脅威か?ではなく適切に脅威を認識すること
   本当に脅威なのか、それとも眉唾物なのか?この2極対立的な議論はあまり意味がないと思う。この議論の結果として、脅威だったら対応策に青天井で資源投資をするのか?非脅威であれば笑い飛ばして一顧だにしないの?・・・どちらも正しくない。あえてどちらかと言えば、やはりEMPの脅威は恐ろしい「脅威」である、と冷静に認識することだと思う。しかし、「人類や文明が滅びる」とか「国民の90%が餓死する」というのは、あまりに誇張した議論であろう。

(2)未知数ながらEMP攻撃は脅威大と冷静に認識
   適切に冷静に脅威認識をし、必要な防護の手段はとるべきである。これまで見てきたように、確かに効果・影響は未知数である。だが、なめてかかって無為無策のままでいるのはあまりに愚かな行為。防護策の努力はしておくべきであろう。もし上空に雷雲があり、雷鳴轟き、付近に落雷があったら、当たり前のように回避行動を取るだろう。雷が自分に当たる確率が必ずしも高くなかろうが、当たり前のように雷を避ける行動をし、自己防護の措置をとるだろう。EMPの効果が理論上の影響でなかったとしても、電力、情報通信システム、交通機関、などなどの重要インフラや基幹システムが一時的であれ、機能不能になることも十分考えられる。太陽の磁気嵐によるEMP効果だって、実際に北米で大停電になったこともあるわけだから。

(3)念のため最低限の国家としての自己防護策を
   鬼塚元将補や一政氏は、具体的な防護策について提言している。ここでは、一政氏の論文から引用する。
   「・・・電子機器に対する侵入電磁波対策について取り纏めた電気学会電磁環境技術委員会による検討結果がある。・・(中略)・・HPM、太陽光、HEMPのいずれについても、電子機器への侵入電磁波対策が主たる防護策となる。具体的には電子機器に接続したケーブルからの侵入防止、電磁波遮蔽材による機器本体の防護対策、回路基板の小型化や部品配置・配線パターン最適化による被害局限、そして最終的には瞬間的な高電圧(大電流)サージに対応するための避雷針のような防護措置として、電流或いは、電圧制限器具やフィルタ装置の施工が有効であり、特に地表に到達する電磁界強度のピーク値がおよそ50kV/mに達するとされるHEMPについては、前述した電流・電圧制限器具やフィルタ施工が必要だとされている。」

   一政氏の非凡なところは、前述のような個別具体的な防護策に加えて、国家としての、或いは重要インフラ事業者としての一般的な危機管理として、「ブラックアウト事態に対しての社会の坑堪性/復元力の確保、そして各国間の連携の検討といった、間口を広く取ったアプローチが求められる。」と非常に重要なポイントを看破していることである。まさに国家としてのレジリエンスの強化。2020年のオリパラ対応もあって、政府として国土強靭化、レジリエンスに力を注いでいるが、まさにこうした努力が礎となろう。

(4)「核EMP攻撃は核使用であり絶対許さない」という国際社会の意志を示すべし 
   高高度核爆発によるEMP攻撃というのは、間違いなく核使用でありながら、いわゆる非殺傷兵器的な外見からして、これまで核兵器をめぐる軍縮や不拡散の対象から漏れていた。これまで核軍縮や軍備管理交渉において、HEMPが狙い撃ちで議論されたことはない。しかし、理論上の壊滅的な効果・影響でも分かるように、間違いなく多くの人命を損なう最高度の脅威である。従って、これを国際的協調で「高高度核爆発によるEMP攻撃は『核使用』であり、国際社会は許さないのだ!」という国際的規範を作るべきであろう。これも一政氏の論文で学んだ部分であり、大きく頷いたところだ。その上で、EMPによるブラックアウトのようなことが事態が起きた際に、国際的な協調態勢で相互に援助して早期に復旧できるよう連携していくことが重要である。そうした国際的な連携を進めていくべきであろう。

(了)

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