クルド撤退地域をロシア軍が巡察: ロシアの深謀遠慮
クルド撤退地域をロシア軍が巡察: ロシアの深謀遠慮
トルコがシリア侵攻・クルド討伐の停戦に合意し、クルド人勢力はトルコ-シリア国境から30km以南に撤退することになり、今の所大事なくクルドも撤退しトルコも停戦を守っているようです。その物理的兵力分離に一役買っているのがロシア軍でした。ロシアがシリアのアサド政権を擁護していることは公然の事実ですが、ロシアがトルコと握っていて、人間の盾となって兵力分離役をしているとはビックリ。和平創出という点ではロスケながら立派ですね。しかし、プーチンの内心には米国の間隙を縫って影響力を浸透させる深謀遠慮が見え隠れします。
2019年10月24日付VOA記事「Russia Begins Ground Patrols in Northeastern Syria」が事実関係を報じています。

Russian forces patrol in the city of Amuda, north Syria, Oct. 24, 2019. (2019年10月24日付VOA記事「Russia Begins Ground Patrols in Northeastern Syria」より)
まず事実関係から
<状況>
① 10月24日(木)から、トルコ-シリア国境以南のクルド人勢力の去った地域をロシア軍がパトロールを開始。以前、クルド人勢力がISから開放したクルド人口の多い街や村をロシア軍のパトロール車両が巡察し、クルド勢力の撤退を確認。
② トルコのエルドアン大統領とロシアのプーチン大統領との間で、トルコ側の停戦・撤退とトルコ-シリア国境以南の緩衝地帯でクルド人武装勢力が緩衝地帯以南に撤退したかをロシアとトルコが共同でパトロールすることが合意された。ロシアは憲兵276名、装甲車33両の部隊を派遣し、緩衝地帯の巡察任務を実施中。しかし、クルド側の反発もあり、トルコはパトロールに参加せず、ロシア軍パトロール車両には地元官憲(クルド人)が随行。
③ ロシアのプーチン大統領の思惑について、ワシントン研究所の中東専門家アンナ・ボルシェブィツカヤ女史は次のように分析。「プーチンは、自らの任期中にシリアのクルド問題を解決し、シリアのアサド政権の基盤の盤石化を企図している模様。この際、アサド政権に、内戦で弱体化したシリア国軍という弱みを、クルド勢力と協調関係を取ることで補完し、もって政権安定化に資すのではないか。」
<私見ながら>
◯ トルコにとってロシアの介在はむしろ最適解!
前項③は、なるほどトルコのシリア侵攻-クルド人武装勢力の問題の最適解かもしれませんね。
トルコにとって、国境地帯でのクルド勢力にいることが許しがたい脅威であったので、国際法のタブーを犯してでもシリアに越境してクルド勢力の討伐を実施したわけです。しかし、いずれ停戦せざるを得ない訳で、その際はクルドの緩衝地帯以南の撤退の確証が欲しかったでしょう。その意味で、ロシアが間に入ってくれることはもっけの幸い、これぞトルコにとって最適解。トルコにとって、ロシアは歴史的な目の上のタンコブでもありますが、クルド勢力や周辺国のいずれの国にも睨みの効くロシアというファクターは、まさに仲介としてうってつけな訳です。ロシアが介在することで、トルコの言うことを聞かないクルド勢力もロシアには従うでしょう。実効性のある兵力分離部隊の介在により、エルドアン大統領は国民に過早撤退と批判される心配もなくなります。
◯ プーチンの深謀遠慮、恐るべし。敵ながら天晴れ!
ロシアにとっても最適解ですよ。シリアのアサド政権の強烈なバックアップをしているロシアの国是として、アサド政権を容認しない米軍がこの地域に駐留していたこと自体が厄介な存在でした。その米国が去り、トルコのシリア侵攻の仲介を良き口実にロシアがシリアに駐留できる、しかもpeace-makerとして大義名分を高らかに掲げて。
つい先日まで米国の盟友としてISと勇敢に戦ってきたクルド勢力を、米国を見限らせ味方にできるチャンスでもあります。更に、内戦で弱体化しているシリア政府軍をトルコやクルドと戦わせずに、むしろこの機会に協調関係を醸成させられるチャンスでもあります。シリアに侵攻してきたトルコをシリア政府軍と敵対させずに早期に撤退させ、またシリア政府軍にとって対IS闘争で培った米軍仕込みの戦闘能力と比較的最新装備を有する精強なクルド勢力との武力衝突も避けられます。それどころか、ロシアが中に立つことでシリア軍はクルド勢力と協調関係を半ば安心して組むことができます。内戦で力が落ちたシリア政府にとっても有り難い話です。
また、憤懣やるかたないクルド勢力にとっても、ロシアの介在を容認する代わりに半ばロシアと協調して後見役となってもらい、シリア政府軍と円満にシリア国内に一定の自治を許される安住の地を得られるでしょう。クルドはロシアに感謝し、米国を恨みロシアの友人になることでしょう。
プーチン大統領は、この状況を読んでいたのではないかと思います。トルコの侵攻以前に大方のあらすじを描いていたのでしょう。それ通りにトルコのエルドアン大統領は狂言回しを演じてくれました。先週、プーチンはエルドアンと会談し、その場でこの仲介案を持ち出し合意を得て、数日後には兵力分離部隊を展開させる離れわざ!立ち回りが鮮やか過ぎますよ。アンタ読んでて事前に部隊に準備させていたでしょ?
プーチン大統領、一本取られた。あなた凄いよ。敵ながら天晴れ‼
(了)


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トルコがシリア侵攻・クルド討伐の停戦に合意し、クルド人勢力はトルコ-シリア国境から30km以南に撤退することになり、今の所大事なくクルドも撤退しトルコも停戦を守っているようです。その物理的兵力分離に一役買っているのがロシア軍でした。ロシアがシリアのアサド政権を擁護していることは公然の事実ですが、ロシアがトルコと握っていて、人間の盾となって兵力分離役をしているとはビックリ。和平創出という点ではロスケながら立派ですね。しかし、プーチンの内心には米国の間隙を縫って影響力を浸透させる深謀遠慮が見え隠れします。
2019年10月24日付VOA記事「Russia Begins Ground Patrols in Northeastern Syria」が事実関係を報じています。

Russian forces patrol in the city of Amuda, north Syria, Oct. 24, 2019. (2019年10月24日付VOA記事「Russia Begins Ground Patrols in Northeastern Syria」より)
まず事実関係から
<状況>
① 10月24日(木)から、トルコ-シリア国境以南のクルド人勢力の去った地域をロシア軍がパトロールを開始。以前、クルド人勢力がISから開放したクルド人口の多い街や村をロシア軍のパトロール車両が巡察し、クルド勢力の撤退を確認。
② トルコのエルドアン大統領とロシアのプーチン大統領との間で、トルコ側の停戦・撤退とトルコ-シリア国境以南の緩衝地帯でクルド人武装勢力が緩衝地帯以南に撤退したかをロシアとトルコが共同でパトロールすることが合意された。ロシアは憲兵276名、装甲車33両の部隊を派遣し、緩衝地帯の巡察任務を実施中。しかし、クルド側の反発もあり、トルコはパトロールに参加せず、ロシア軍パトロール車両には地元官憲(クルド人)が随行。
③ ロシアのプーチン大統領の思惑について、ワシントン研究所の中東専門家アンナ・ボルシェブィツカヤ女史は次のように分析。「プーチンは、自らの任期中にシリアのクルド問題を解決し、シリアのアサド政権の基盤の盤石化を企図している模様。この際、アサド政権に、内戦で弱体化したシリア国軍という弱みを、クルド勢力と協調関係を取ることで補完し、もって政権安定化に資すのではないか。」
<私見ながら>
◯ トルコにとってロシアの介在はむしろ最適解!
前項③は、なるほどトルコのシリア侵攻-クルド人武装勢力の問題の最適解かもしれませんね。
トルコにとって、国境地帯でのクルド勢力にいることが許しがたい脅威であったので、国際法のタブーを犯してでもシリアに越境してクルド勢力の討伐を実施したわけです。しかし、いずれ停戦せざるを得ない訳で、その際はクルドの緩衝地帯以南の撤退の確証が欲しかったでしょう。その意味で、ロシアが間に入ってくれることはもっけの幸い、これぞトルコにとって最適解。トルコにとって、ロシアは歴史的な目の上のタンコブでもありますが、クルド勢力や周辺国のいずれの国にも睨みの効くロシアというファクターは、まさに仲介としてうってつけな訳です。ロシアが介在することで、トルコの言うことを聞かないクルド勢力もロシアには従うでしょう。実効性のある兵力分離部隊の介在により、エルドアン大統領は国民に過早撤退と批判される心配もなくなります。
◯ プーチンの深謀遠慮、恐るべし。敵ながら天晴れ!
ロシアにとっても最適解ですよ。シリアのアサド政権の強烈なバックアップをしているロシアの国是として、アサド政権を容認しない米軍がこの地域に駐留していたこと自体が厄介な存在でした。その米国が去り、トルコのシリア侵攻の仲介を良き口実にロシアがシリアに駐留できる、しかもpeace-makerとして大義名分を高らかに掲げて。
つい先日まで米国の盟友としてISと勇敢に戦ってきたクルド勢力を、米国を見限らせ味方にできるチャンスでもあります。更に、内戦で弱体化しているシリア政府軍をトルコやクルドと戦わせずに、むしろこの機会に協調関係を醸成させられるチャンスでもあります。シリアに侵攻してきたトルコをシリア政府軍と敵対させずに早期に撤退させ、またシリア政府軍にとって対IS闘争で培った米軍仕込みの戦闘能力と比較的最新装備を有する精強なクルド勢力との武力衝突も避けられます。それどころか、ロシアが中に立つことでシリア軍はクルド勢力と協調関係を半ば安心して組むことができます。内戦で力が落ちたシリア政府にとっても有り難い話です。
また、憤懣やるかたないクルド勢力にとっても、ロシアの介在を容認する代わりに半ばロシアと協調して後見役となってもらい、シリア政府軍と円満にシリア国内に一定の自治を許される安住の地を得られるでしょう。クルドはロシアに感謝し、米国を恨みロシアの友人になることでしょう。
プーチン大統領は、この状況を読んでいたのではないかと思います。トルコの侵攻以前に大方のあらすじを描いていたのでしょう。それ通りにトルコのエルドアン大統領は狂言回しを演じてくれました。先週、プーチンはエルドアンと会談し、その場でこの仲介案を持ち出し合意を得て、数日後には兵力分離部隊を展開させる離れわざ!立ち回りが鮮やか過ぎますよ。アンタ読んでて事前に部隊に準備させていたでしょ?
プーチン大統領、一本取られた。あなた凄いよ。敵ながら天晴れ‼
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