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2019/10/28

クルド撤退地域をロシア軍が巡察: ロシアの深謀遠慮

クルド撤退地域をロシア軍が巡察: ロシアの深謀遠慮

   トルコがシリア侵攻・クルド討伐の停戦に合意し、クルド人勢力はトルコ-シリア国境から30km以南に撤退することになり、今の所大事なくクルドも撤退しトルコも停戦を守っているようです。その物理的兵力分離に一役買っているのがロシア軍でした。ロシアがシリアのアサド政権を擁護していることは公然の事実ですが、ロシアがトルコと握っていて、人間の盾となって兵力分離役をしているとはビックリ。和平創出という点ではロスケながら立派ですね。しかし、プーチンの内心には米国の間隙を縫って影響力を浸透させる深謀遠慮が見え隠れします。
   2019年10月24日付VOA記事「Russia Begins Ground Patrols in Northeastern Syria」が事実関係を報じています。
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Russian forces patrol in the city of Amuda, north Syria, Oct. 24, 2019. (2019年10月24日付VOA記事「Russia Begins Ground Patrols in Northeastern Syria」より)

まず事実関係から
<状況>
① 10月24日(木)から、トルコ-シリア国境以南のクルド人勢力の去った地域をロシア軍がパトロールを開始。以前、クルド人勢力がISから開放したクルド人口の多い街や村をロシア軍のパトロール車両が巡察し、クルド勢力の撤退を確認。

② トルコのエルドアン大統領とロシアのプーチン大統領との間で、トルコ側の停戦・撤退とトルコ-シリア国境以南の緩衝地帯でクルド人武装勢力が緩衝地帯以南に撤退したかをロシアとトルコが共同でパトロールすることが合意された。ロシアは憲兵276名、装甲車33両の部隊を派遣し、緩衝地帯の巡察任務を実施中。しかし、クルド側の反発もあり、トルコはパトロールに参加せず、ロシア軍パトロール車両には地元官憲(クルド人)が随行。

③ ロシアのプーチン大統領の思惑について、ワシントン研究所の中東専門家アンナ・ボルシェブィツカヤ女史は次のように分析。「プーチンは、自らの任期中にシリアのクルド問題を解決し、シリアのアサド政権の基盤の盤石化を企図している模様。この際、アサド政権に、内戦で弱体化したシリア国軍という弱みを、クルド勢力と協調関係を取ることで補完し、もって政権安定化に資すのではないか。」

<私見ながら>
◯ トルコにとってロシアの介在はむしろ最適解!
   前項③は、なるほどトルコのシリア侵攻-クルド人武装勢力の問題の最適解かもしれませんね。
   トルコにとって、国境地帯でのクルド勢力にいることが許しがたい脅威であったので、国際法のタブーを犯してでもシリアに越境してクルド勢力の討伐を実施したわけです。しかし、いずれ停戦せざるを得ない訳で、その際はクルドの緩衝地帯以南の撤退の確証が欲しかったでしょう。その意味で、ロシアが間に入ってくれることはもっけの幸い、これぞトルコにとって最適解。トルコにとって、ロシアは歴史的な目の上のタンコブでもありますが、クルド勢力や周辺国のいずれの国にも睨みの効くロシアというファクターは、まさに仲介としてうってつけな訳です。ロシアが介在することで、トルコの言うことを聞かないクルド勢力もロシアには従うでしょう。実効性のある兵力分離部隊の介在により、エルドアン大統領は国民に過早撤退と批判される心配もなくなります。

◯ プーチンの深謀遠慮、恐るべし。敵ながら天晴れ!
   ロシアにとっても最適解ですよ。シリアのアサド政権の強烈なバックアップをしているロシアの国是として、アサド政権を容認しない米軍がこの地域に駐留していたこと自体が厄介な存在でした。その米国が去り、トルコのシリア侵攻の仲介を良き口実にロシアがシリアに駐留できる、しかもpeace-makerとして大義名分を高らかに掲げて。
   つい先日まで米国の盟友としてISと勇敢に戦ってきたクルド勢力を、米国を見限らせ味方にできるチャンスでもあります。更に、内戦で弱体化しているシリア政府軍をトルコやクルドと戦わせずに、むしろこの機会に協調関係を醸成させられるチャンスでもあります。シリアに侵攻してきたトルコをシリア政府軍と敵対させずに早期に撤退させ、またシリア政府軍にとって対IS闘争で培った米軍仕込みの戦闘能力と比較的最新装備を有する精強なクルド勢力との武力衝突も避けられます。それどころか、ロシアが中に立つことでシリア軍はクルド勢力と協調関係を半ば安心して組むことができます。内戦で力が落ちたシリア政府にとっても有り難い話です。
   また、憤懣やるかたないクルド勢力にとっても、ロシアの介在を容認する代わりに半ばロシアと協調して後見役となってもらい、シリア政府軍と円満にシリア国内に一定の自治を許される安住の地を得られるでしょう。クルドはロシアに感謝し、米国を恨みロシアの友人になることでしょう。
   プーチン大統領は、この状況を読んでいたのではないかと思います。トルコの侵攻以前に大方のあらすじを描いていたのでしょう。それ通りにトルコのエルドアン大統領は狂言回しを演じてくれました。先週、プーチンはエルドアンと会談し、その場でこの仲介案を持ち出し合意を得て、数日後には兵力分離部隊を展開させる離れわざ!立ち回りが鮮やか過ぎますよ。アンタ読んでて事前に部隊に準備させていたでしょ?

   プーチン大統領、一本取られた。あなた凄いよ。敵ながら天晴れ‼

(了)


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2019/10/24

トルコ停戦、米軍シリア撤退、クルド戦線異状なし

 10月17日にトルコが米国と交渉の上で5日間の停戦を決めて以来、細々とは事象は起きているものの、概ねトルコ-クルドの状況に異状は無い模様です。勿論、米軍のシリア領内クルド人地区からの撤退に際し、クルド人から腐ったイモを投げつけられたり、トルコ-クルド間で小さな衝突が起きたり、いろいろ起きてはいます。しかし、トルコ-クルド双方に大きな停戦合意違反があったり大きな軍事衝突に至るような事象は起きていません。 2019年10月21日付VOA記事「US Military Crosses Into Iraq From Syria 」及び同年同月21日付VOA記事「US Keeping Troops Near Syrian Oil Fields」の報道から、その状況を整理し、私見を述べさせていただきます。

<状況>
① 10月21日(月)、シリア領内クルド人地区に駐留していた米軍部隊の100両を超える車両縦隊が、シリアからイラクへと撤退。米軍部隊は米国へ帰国するわけではなくイラクに留まり、イラクのみならずシリアでのISのテロや復活抑止に従事する模様。

② トルコは、これまでの停戦期間に概ね停戦合意通りに矛を収めており、対するクルド人勢力側も概ね停戦合意を守って緩衝地帯以南に離脱している。

③ トランプ米大統領は、トルコの停戦合意違反が起こらないよう、違反した場合には直ちに経済制裁を課す旨発言。トルコのエルドアン大統領は、クルド側が停戦期間内に緩衝地帯以南に撤退しなければ再び戦闘を開始すると豪語。(ちなみに、VOA記事には言及がないものの、日本のマスコミ報道では、クルド民主防衛部隊側は撤退の意思を表明している。)

④ この間、小規模の停戦合意違反や軍事衝突は双方で発生した模様。また、クルド人による撤退する米軍部隊への抗議の意を込めた立ち塞がりや物を投げるなどの行為が散見された。しかし、いずれも大事に至らず。

⑤ 米国は、シリア領内クルド人地区の米軍約700名を撤退させた一方、シリア領内の油田地帯をクルド民主防衛部隊の要員とともに防護している旨、明らかにした。ここを防護しても、石油そのものはクルドでも米国でもなく、シリア政府の所有となる。

<私見ながら>
○ 見通しは「不透明」「混乱」?、私見ながら楽観視しています
日本のマスコミ報道には、停戦の行方に「不透明」、「早くも相互に隔たり」、「情勢は混乱へ」等の見方が多いようです。ジャーナリストっていうのは、不安をあおると言ったら言い過ぎかもしれませんが、不透明性・不確実性・不安定性をものの見方の尺度にしているようです。例えば、10月19日付の日経新聞「シリア停戦合意、米・トルコで解釈に隔たり」では、見出しの通りトルコと米国の不協和音を報じています。勿論事実に基づく報道なので、見方によってそう捉えてもおかしくはないと思いますが。しかしながら、私は、私見ながら楽観視しています。

○ 退くのも方便、クルドは死なず。必ずやまた立ち上がりますよ。
勿論、クルド人にとって今回の米軍撤退やトルコのシリア侵攻やクルド人勢力討伐は、憤懣やるかたなく悔しいと思います。共にIS打倒のために戦った米軍に裏切られたかのように傍から離れられ、国境を挟んで同じクルド人同志で半ば自由に行き来できるこの世の春を謳歌していたのにトルコに追い立てられ、それはそれは我慢の限界を超える悔しさの中で毎日を過ごしていると思います。しかし、だからと言ってトルコと徹底抗戦するしかないのか?というと、その道には地獄しか待っていない。トルコ軍とクルド民主防衛部隊の正規戦に勝ち目は全くない。だったら、停戦の間に追い立てられない緩衝地帯以南に移動して、シリア内で生活基盤を再設定する方がまし。可哀想だが、これが現実的な生き残りの道ではないでしょうか。シリアでの生活も、シリアのアサド政権は決して温かくはないでしょう。また弾圧されることも十分考えられます。
   でもですね、可哀想だが本当の話、クルド人はこれまでずっとその悔しさに耐えてこの地に生きてきた民族なのです。これまでの現実の歴史がそれを証明しています。(ヤジディの民も同様)よって、今回の悔しさも噛みしめながら耐える道を選ぶものと思います。それは、クルドが実は芯が強い戦う民族だから。シリアのダマスカスに銅像があるアラブやイスラムの英雄サラディーンはクルド人。十字軍の遠征からイスラムを、アラブを、そしてエルサレムを守り切った英雄です。私のブログの前々回の写真見ました?これがクルドの戦士の顔。

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Members of the Kurdish-led Syrian Democratic Forces (SDF) are pictured during preparations to join the front against Turkish forces, near the northern Syrian town of Hasakeh, Oct. 10, 2019.(2019年10月14日付VOA記事「Kurds Strike Deal with Syrian Army to Counter Turkey」より)

   見てくださいよ、この顔。彼らの顔は打ちひしがれた流浪の民のそれではなく、戦い続ける少数民族の侍たちの顔ですよ。偉いなと思うのは、荒んでない。アジアで言えばグルカ兵の顔ですね。見ていてください、彼らは、当面はシリアのアサド政権に従って、ロスケ(ロシア)にも取り入って、必ずや、シリア領内に辛うじて自治を勝ち取りますよ。クルドの老若男女に生計を立てる基盤を確保し、力をつけるでしょう。彼らがシリア内で力をつけることが、あちこちの国にいるクルドのコミニティの精神的支柱となるでしょう。世が世なら、共に戦いたいくらいですよ。それも面白いかもしれませんね。
   これまでも歴史的にこれに類したことが何度もあったのです。オスマントルコの崩壊で、西欧に人為的国境を作られ、羊や山羊とともに山岳地帯を放牧して歩く民だった戦闘民族クルドの民は、分断されて各国に住むようになり、各国の事情でクルドの言葉や文化を否定されたりする抑圧を受けながら生活してきました。戦闘民族クルドのことなのでその都度、抵抗しては弾圧されて。一方、したたかな一面もあるクルドは、ソ連に取り入って第二次大戦直後にイラン領内に国を持ったこともありました。しかし、庇護していたソ連軍が去った後にイランに攻め込まれて結局は幻に終わったことも。あれ?今回に似てませんか?彼らは不屈の魂で、多民族の圧政や弾圧に耐えながらも、ずっと頑強に抵抗し、時に徹底的なゲリラ戦やテロでその国を苦しめてきました。そんな素朴にして我慢強く、それでいてしたたかで不屈の頑強さを持つ戦闘民族、それがクルド。
   ・・・そんな読みをしているのは、私の感情移入でしょうか。しかし、クルドよ、ここは我慢のしどころ、退いた方がいい。力をつけて、また立ち上がろう!、という私の勝手な思いかもしれませんが。

○ クルド戦線異状なし、その心は「いろいろ小事はあっても、大事に至らず。それを軍事では『異状なし』と呼ぶ。」
   「西部戦線異状なし」というヘミングウェイの傑作がありますね。「異状なし」で片づけられる報告に、その裏ではいろんなドラマや悲劇があるわけです。それでも、国際情勢、国際紛争、安全保障や危機管理の現実論から言えば「異状なし」程度のことなのです。
   国際情勢、安全保障、危機管理を学ぶ若い皆様には、国際情勢の実相にウェットに感情移入する情熱と、それでいて客観的な現実論から俯瞰する視点の両方を持っていただきたい。そんなことを学ぶ上で、今回のクルド戦線は良い題材です。

(了)



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2019/10/18

トルコが停戦に合意! エルドアンの深謀遠慮


 トルコのエルドアン大統領がトルコが遂に停戦合意しましたね。
 2019年10月17日付VOA記事「Turkey Agrees to Halt in Offensive on Kurdish Fighters in Northern Syria」が以下のように報じています。

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エルドアン大統領-ペンス米副大統領会談(2019年10月17日付VOA記事「Turkey Agrees to Halt in Offensive on Kurdish Fighters in Northern Syria」より)

<状況>
 ① トルコのエルドアン大統領は、ペンス米副大統領との延長した会談の後、120時間の一時停戦に合意した。この時限停戦は、クルド人武装勢力にトルコとの国境30キロ幅の緩衝地帯以南に下がる時間的猶予を与えるもの。

 ② ペンス米副大統領によれば、米国とトルコは、領地に関することと両国のIS勢力との対テロ作戦における協調関係の維持についての和平交渉を持つことに合意。これを受け、トランプ米大統領はこの停戦合意によりトルコに対する経済制裁は必要がなくなった旨、述べた。

③ トランプ米大統領はツイッターにて米国の外交努力を自画自賛
  「This deal could NEVER have been made 3 days ago. There needed to be some “tough” love in order to get it done. Great for everybody. Proud of all! 」(= この取引は、3日前にはあり得なかった。成果を得るにはタフな愛が必要だったのだ。交渉に関わった各位の努力を誇りに思う。)
  他にも、「大統領というものは、民主党・共和党両議員達から批判にあうものだが、トランプ大統領(自分で自分を評して)は敢えて米軍の撤退を宣言したのだ。」などなど。

④ トランプ米大統領は、撤退後のトルコのクルド人勢力への攻撃を懸念して、エルドアン大統領に「バカな真似はやめるべきだ。」と書簡を送付した。トルコからの情報ではエルドアン大統領はトランプ大統領からの書簡をゴミ箱に捨てたという。

<私見ながら>
◯ 結局エルドアン大統領も自制へ
  いやー、めでたしめでたし、です。
  トランプの自画自賛は笑い話のようですが、珍しくpeace-makerとして機能したので、まぁ評価できますね。
米国の課した経済制裁が致命的であったかはわかりませんが、国際的な批判にさらされたトルコとしては、ここらが潮時だったかもしれません。自ら主張するところはPRもできたことだし、実質的にトルコの獅子身中の虫だったクルド人勢力と、その家族のクルド人と、ISの囚人達と、そしてシリアからの何百万人もの難民達を、概ねシリア側に追い出すことができ、一定の成果を得て作戦終了というところでしょうか。

◯ エルドアン大統領の深謀遠慮?
  深読みすると、エルドアン大統領の読みの通りにことが進んだのかもしれませんね。
エルドアン大統領は、トランプ米大統領が早いところシリアから米軍を撤収したいことを知り、米軍が撤収するのを待ち、撤収後電撃的にシリア侵攻作戦を開始。クルド勢力の討伐と追い出し、ISの残党の追い出し、シリア難民の追い出し、という国家としての懸案が100%でないにしても大方達成したわけです。国内世論からは、支持されることすらあれ、早すぎるとは非難されないでしょう。シリア侵攻-クルド討伐作戦は、開始した瞬間から国際的批判を浴びることは分かっていたはずです。国民世論を後押しに侵攻-討伐し、国際的批判に対しては一歩も怯むことなく、トルコの国内的論理を大統領が代弁する。そりゃあ、国民世論はヤンヤの喝采でしょうよ。ギリギリ潮時まで突っ張って、米国の仲介の顔を立てて停戦に応じる。しかも条件は、憎きクルド人勢力を国境の、更に緩衝地帯以南に、追い出すこと。
  エルドアン、抜け目のない奴ですね。

(了)


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2019/10/16

トルコのシリア侵攻: クルドの叫び「米国は道義的責任を!」

トルコのシリア侵攻: クルドの叫び「米国は道義的責任を!」

 トルコ軍がシリア国境を越境してクルド人勢力に対する侵攻作戦を開始、クルド人が「テロリスト」として殺戮されている問題が波紋を呼んでいます。国連、西側諸国のみならず、ロシアやイランまでトルコに自制を求める中、トルコは強硬姿勢を崩しません。
そんな中、当のクルド人は悲痛な叫びをあげています。「米国は道義的責任を果たせ!」と。
 2019年10月12日付VOA記事「Syria Kurds Urge US to Assume 'Moral Obligations' as Turkey Attacks」にそんな記事が生々しく報じられています。

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Members of the Kurdish-led Syrian Democratic Forces (SDF) are pictured during preparations to join the front against Turkish forces, near the northern Syrian town of Hasakeh, Oct. 10, 2019.(2019年10月14日付VOA記事「Kurds Strike Deal with Syrian Army to Counter Turkey」より)

<状況>
① クルド人勢力主導のシリア民主部隊は、「米国は、トルコの越境侵攻から我々を守るという道義的責任を果たせ!」と声明。
曰く「我々の盟友である米軍は、我々を保護すると保証していたにも関わらず、突然予告なく不正義にもトルコとの国境地域から撤退し、我々を見捨てた。米国よ、道義的責任を果たせ!防空態勢をとってトルコの航空機を締め出せ!」

② 他方、トランプ米大統領にとっては、自身の米軍撤退の判断がトルコにシリア侵攻の青信号を灯した形となった。大統領は10月10日、トルコ政府に対して政策を強硬化するとともに、更なる侵攻が進むようなら制裁措置を講じることを明らかにした。

③ このトランプ米大統領の発言に対し、クルド勢力主導のシリア民主防衛部隊の見方は至って冷ややか。トルコの侵攻を妨げる効果はないだろうと見ている。これまでのトルコの航空攻撃と野戦砲の砲撃で、シリア市民28名、シリア民主防衛部隊74名の犠牲者が出ており、国連の見解では10万人の避難民が出ている模様。

<私見ながら>
◯  トランプ米大統領の10月10日のトルコへの制裁発言は、それ自体がこの問題を軽視している証左ですね。要するに、「もうその辺で止めとけ!これ以上侵攻するなら制裁課すぞ!」という論理。そもそも「更なる侵攻」に対してですから、これまでの越境侵攻は許容している、としか読めません。

◯ 2019年10月15日付の日経新聞記事「米、トルコに経済制裁へ シリア侵攻で対抗措置」によれば、
トランプ米大統領は10月14日、トルコへの経済制裁を発表。トルコのシリア侵攻を「戦争犯罪」とまで言及し、シリア難民の強制送還に関わった政府関係者を制裁対象に指定、トルコ製鉄鋼への関税倍増(25%から50%へ)などを決めたようです。もってトルコへの経済制裁により、トルコの自制を促すものです。

◯ さすがのトランプ大統領も、マスコミや政敵にトルコのシリア侵攻に青信号を灯した責任を問われ、対トルコ政策を修正してきましたね。「厳しい制裁」をPRしたようですが、その効果がいかばかりかは未知数です。なぜなら、トルコのエルドアン大統領もかなり頑なになっているようで、容易に引き下がらない姿勢を見せています。
その意味では、私の読みもハズレました。イランにとって、国内の反政府勢力であるクルド人とシリア内戦でトルコに流入してきた何百万人もの大量の難民、更に1万名ものISの残党(クルド勢力のIS収容所にいた)、シリア側へ押し返したいというのがトルコの国民世論です。しかし、西側諸国やロシア、イランにまで侵攻中止を求められたエルドアン大統領は、「今回の侵攻で一定の成果を得た」と位置付けて早晩撤退するだろう、と推察していましたが、エルドアン大統領は国際世論に対して一歩も引かない姿勢を見せています。最近の大統領の反論では、欧州諸国に対して、「それならトルコが国内に受け入れている中東からの難民を欧州に流出するぞ!」とまで豪語しています。

◯ トルコの侵攻に対して、シリアのアサド政権の政府軍もやってきました。益々混迷を深める中東情勢、可哀想なのはクルド人達でしょう。彼らの悲痛な叫びに耳を傾けねばなりません。

(了)


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2019/10/10

トルコのシリア国境侵攻の行方

  IS掃討が概ね終了した中東に新たな火種が生じ、波紋を呼んでいます。10月9日、トルコがシリア国境を越境してクルド人勢力に対する侵攻作戦を開始。10月6日トランプ米大統領と電話会談をしたトルコのエルドアン大統領は、IS掃討で米軍が友軍として支援したクルド人勢力の地域から米軍部隊が撤退する旨のトランプ大統領の言質を得て、その3日後の10月9日から侵攻を開始。この侵攻作戦により、IS勢力が再び息を吹き返すことが近隣各国や米国などから懸念されています。このトルコのシリア国境への侵攻作戦の行方について、VOAの2019年10月9日付記事「Turkey Faces Calls for Restraint in Syria Offensive」が報じていました。

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トルコ軍のシリア侵攻による砲爆撃から逃げるシリア北部の市民 Civilians flee amid Turkish bombardment on Syria's northeastern town of Ras al Ain in the Hasakeh province along the Turkish border, Oct. 9, 2019.

<状況>
① 10月9日(水)にクルド人勢力に対するシリア侵攻を開始したトルコは、西側同盟国やロシア・イランにも自制を強く促され、侵攻作戦を抑制せざるを得ない状況に直面している。

② IS掃討がひと段落ついて以降、米軍と組んでISと戦ってきたクルド勢力が主導するシリア民主軍=SDF(トルコから見れば、母体はトルコにとってテロリスト勢力であるYPG組織)に対して、トルコ軍はシリア国境に部隊を集中させて対峙してきた。米国はトルコに対して、ISが喜ぶだけだから侵攻すべからずと諌めてきた。にも拘らず侵攻した形。米国も業を煮やしている。
また、ロシアとイランは、ISとの戦いではシリア政府軍を支援しており、トルコとは違う軸からIS掃討戦を戦ってきた。ロシアとイランは、シリア国境はシリア政府軍をもって統治すべきものと認識しており、トルコ-シリア国境地域でのトルコ軍の勢力拡大、況や侵攻作戦など、ロシアやイランは許容しない。

③ 他方、トルコのエルドアン大統領は、シリア侵攻作戦への国民世論の強い追い風で板挟み状態に陥っている。トルコ世論は、この侵攻によりクルド勢力の掃討とIS拘留者の拘留施設、更にシリアからの難民をトルコからシリア領内に移設することを熱望している。エルドアン大統領にしてみれば、大統領の信任がかかっており、国民世論に背は向けられない。

④ 行き場を失うのがトルコからシリア側に拠点を移したクルド人武装勢力。トルコのシリア越境侵攻・クルド勢力の掃討戦により、さすがにNATO加盟国中でも第2の勢力を有するトルコ軍と戦うのでは勝ち目がない。クルド人武装勢力を母体としたシリア民主軍(SDF)の指揮官はシリア政府軍との協調態勢でトルコ軍と戦うことに方向転換する模様。シリア内戦前には、シリア政府軍にはさんざん抑圧されてきたのにもかかわらず、という辛い選択。

<私見ながら>
◯ 記事にあるように、トルコのエルドアン大統領は強い国民の支持と世論に背中を押されてシリア侵攻に踏み切ったものの、米国始めロシアやイランにも諌められ、引き返したいものの国民世論との板挟み状態。というところです。

○ シリアでのIS掃討戦では計3コの反IS の勢力が3軸でそれぞれISを追い詰めました。トルコ国内ではテロリスト集団と位置付けられていたクルド人武装勢力が米軍とタッグを組んで大活躍、シリア北部のトルコとの国境沿いの地域をクルド勢力が支配する地域としました。ロシアとイランはアサド政権のシリア政府軍を徹底的に支援し、政府軍も息を吹き返して今や国土の大半を掌握。そしてもう一つの軸がトルコ軍です。
   トルコにとってクルド人は歴史的に仇敵。トルコ国内では、クルド人勢力はテロ集団に位置付けられています。これが力をつけてシリア国境の向こう側にシリア国家を作るくらいの勢いで存在すると、トルコ国内の虐げられたクルド人を勇気づける形で刺激します。これがトルコ人には我慢ならないのです。「クルドはシリア国内の拠点ごと、潰してしまえ!」というのがトルコ世論。ついでに、「シリア内戦間にトルコに逃げてきたシリア難民をシリアに強制的に返したい!」というのも正直な世論。エルドアン大統領自身もそういう発言をしてきたことで国民の支持を得てきました。さぁ。退くに引けない。
   恐らくは、「侵攻作戦は一定の成果を得た」と位置付けて、早晩引き上げることでしょう。元々、領土的野心ではないので、クルド人武装勢力を叩いて、押し込んでから国境を固めて、トルコには入ってこれないようにすることで国民世論への落としどころを確保。早期の侵攻停止・撤退により米国はじめとする西側同盟国にも顔を立て、シリア領地を去りシリア政府軍とは対決しないことで、ロシアやイランにも配慮する形で、今回の勇み足には幕を引くのではないでしょうか。

○ そして可哀想なのがクルド人、国家を持てずに中東山岳地帯に広く分布する民です。シリア内戦で、やっと米軍と組んで活躍の場を得、自らの安住の地をシリア北部に掴みかけ、そして今また流浪する運命に・・・。トルコが侵攻停止・撤退しても、統治・君臨するのはアサド政権のシリア政府軍。クルドの民は、安住の地を見つけられるかどうかは分かりません。

○ この状態を招いたのが他ならぬトランプ米大統領です。以前、トランプ大統領を支える閣僚にマチス国防長官がいた頃、マチス国防長官がトランプ大統領に更迭されるまで徹底的に反対してきたのがこのシリアからの米軍撤退問題なのです。少数の米軍部隊でよいから、共に戦ったクルド人勢力の安全が確保(例えば、シリア北部にクルド人自治州ができる、など)されるまでこの地にいることで、米軍部隊自らがトルコの侵攻や航空攻撃や砲爆撃を抑止する人間の盾となっていました。トランプにはこれが我慢ならない。お金の無駄。そしてベトナムやアフガンのような泥沼の素に見えてならないのです。大統領選挙の間の討論でもろくに考えずに撤退を口走っていました。マチス国防長官にはそれが危なっかしくて仕方がなく見えたのです。しして、身を挺して止めて、その挙句に更迭されました。でもトランプにしてみれば昨年末のマチス更迭・米軍撤退決定発言以来、10ケ月以上遅らせただけでも上出来なのかもしれません。そして今回、やはりマチスの心配していたことが現実化しました。いやー、反トランプの人々にはトランプ攻撃の格好のネタを提供した形ですね。トランプ大統領はこの責めに耐えねばならないでしょう。
  よく、トランプ大統領は We’ll see. =まぁ、お手並み拝見と行こうか、 と言いますが、マチスさんはこう言っているでしょう。 バカ野郎、お前がこの現実(結果)をよく見ろ! Fuck you! Now, you have to see the reality.


(了)


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2019/10/02

イランは米国のサイバー攻撃を警戒中


  イエメンの反政府武装組織フーシ派がサウジの油田を攻撃し大打撃を与えて以来、再び米国とイランの戦争突入が危ぶまれています。
  そんな中、イランは米国による主要エネルギー施設へのサイバー攻撃を警戒している模様です。

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FILE PHOTO: Gas flares from an oil production platform at the Soroush oil fields in the Persian Gulf, south of the Iranian capital in Tehran, July 25, 2005.

<状況>
2019年9月26日付VOA記事「Iran Checks Cybersecurity at Key Energy Sites, Eyes US Threat 」によれば、
①イランは、米国によるペルシャ湾の油田及びガス田へのサイバー攻撃を警戒
9月14日のサウジの油田に対する攻撃後、米国はその責任をイランにありと考えており、米国メディアは米国によるテヘランに対するサイバー攻撃の可能性を報じた。これにイランが反応して各施設への対サイバー防護態勢を確認するなど、警戒を強めている。

1998年に開設されたパース特別経済エネルギー区域(PSEEZ)は、世界最大の天然ガス田である南パースフィールドを擁す。このガス田はペルシャ湾の沖合いに位置し、イランとカタールの共同開発。PSEEZの長であるピローズ&ムサビ社は、地域の視察を行うと共に、サイバー防護及び緊急対応の上級マネージャー達と個別に面接して、警戒の緊張を解かないよう気合を入れ直した模様。

③サイバー防護も任務のうちに入るゴラムレザ・ジャラーリ市民防衛部長は、油田やガス田施設の警戒度を増強した。「我々の敵(米国)は、サイバー戦を重要な戦闘の領域の一つに入れており、想定敵国、特にイランに対してサイバー戦が主要なものと位置付けている。」との認識。

④今のところ、イランに対するサイバー攻撃は確認されていない。特に、今回のホルムズ海峡をめぐる緊張下、イランが米国のドローンを撃墜した後、米国はイランのロケットシステムに対してサイバー攻撃をかけてきた模様。それらは成功していない。それは、既述のような対サイバー戦防護の警戒努力の成せるものだろう。
しかしそれでも、イランには、過去米国とイスラエルのサイバー攻撃「スタックスネット」により、核開発施設が壊滅的打撃を受けた苦い記憶がある。だから警戒の緊張を解くわけにはいかない。

<私見ながら>
 米国とイランのサイバー戦
  (本ブログの2019/03/25付「東京五輪を狙ったサイバー戦は始まっている」から)
○ 先手は米国:
 最も狡猾で、計画的周到さ、大規模で多くの要員を要し、多くの費用がかけられていることから、国家が関与しているに違いないと言われる重大なサイバー攻撃事例だったのが、イランの核開発施設の破壊事案である。2000年代ヒトケタの頃、イランの核開発問題がイスラエルにとって焦眉の急の問題であった。イスラエルは米国に空爆の了承を求めたが米国は首を縦に振らず。その代わりがこのサイバー攻撃だった、と言われている。米国・イスラエルの共同作戦、コードネーム「オリンピックゲーム」の始まり。一説によると、・・・ある日、イランの核施設の職員がUSBメモリーを見つける。研究者のものらしい表示もあったので、エクスプロラーでショートカットファイルの閲覧によりファイルの名前だけでも確認しようと、USBを施設内のPCに差し込む。実はここにはwindowsの当時未知の脆弱性があり、USBを差し込んだだけで自動的にプログラム実行となり、マルウエアは侵入に成功した。このマルウェアはウラン濃縮のための遠心分離機を制御するドイツのシーメンス社製の小さな器材を探し、身を隠して感染に気付かせない。この器材に至って初めて器材を冒すプログラムを書き換える。そして、モニターには正常な運転状況であることを示す信号を再生しつつ、実は速くなったり遅くなったりのギリギリの異常を引き起こす。これにより2009年後半~2010年初頭に1000台もの遠心分離機が破壊され、イランの核開発を大幅に遅延させる状況に至らせた(※このマルウェアの凄いところは、決して核物質満載の遠心分離器を爆発させるような破滅的破壊をさせず、コントロールされた節度ある暴走でウラン濃縮ができなくしてしまうというシロモノだったこと)。イランの研究者達は何が起きたのかすら気づかなかった、と言われるほどの巧妙さだった。このマルウェアはStuxnetという米国国家安全保障局NSA(及びイスラエル当局)が作成した傑作マルウェアだった。イランの核施設のPCがOSとして使っているwindowsのまだ未知の脆弱性の情報を使い、そこを突いたエクスプロイトコードが浸透した。しかも遠心分離機の制御装置がドイツシーメンス社製の特定機種の器材と知っていて、それのみを狙い撃ちに、その器材の未知の脆弱性を突いた。これらの未知のセキュリティーホールは、前述のダークウェブで超高額で情報が売り買いされていると言う。これはもはや「サイバー兵器」と言えよう。こんなことを市井のハッカーができるとは思えない。やはり国家が背後に、いや、主導的に開発しない限り、こんな化け物のようなサイバー兵器は開発できない。(ちなみに、David E. Sanger著の「Confront and Conceal: Obama’s Secret Wars and Surprising Use of American Power 」(Crown Publishers)という本に、オバマ政権下のこのイラン核開発施設へのサイバー攻撃を含む裏話が克明に描かれている。

○ 成功した米国のつまづきと後手イラン
しかし、「天網恢々、疎にして漏らさず」「人を呪わば穴二つ」という諺のように、このStuxnetは予期せぬことからネットに出回り、やがてThe New York Times紙が特ダネとして報じることになる。米国のNSAも、攻撃を了承したオバマ大統領もさぞ痛恨だったに違いない。イランの研究者が、自宅のPCに職場のファイルをUSBで持ち帰り私物のPCに繋いだのだ。これにより、Stuxnetは期せずしてインターネットを通じ世界に拡散した。拡散とともに世界のサイバー専門家の研究対象となり、その精密な全貌が明らかになった。これが世界に認知された国家によるサイバー兵器使用の最初の例と言える。ちなみに、この後、イランもサイバー攻撃により米国の電力インフラなどに対し報復と思われるサイバー戦を仕掛け、成功している。イランのサイバー能力もバカにできない。そうでなくば、米国製ろ獲ドローンを我が戦力とし、今じゃイランの主力武器の一つにしているのだから。

○ 中東有事はないにこしたことはない
  サイバーの怖いところは証拠のほとんどないところ。米国はイランに対するサイバー攻撃を虎視眈々と狙っており、もう既に種を蒔いているかもしれない。そしてイランもサイバー攻撃を倍返しする。いつかどこかで起きる原因不明の機能不全は、時にそのウェポンシステム全体を揺るがす大事故を起こし、多大な犠牲者が出る可能性も高い。そして事故後に、真偽不確かなまま、敵からのサイバー攻撃だったのではないか?という指摘がもっともらしく受け止められると、もはや敵の攻撃が既にあったのだから、これは宣戦布告であるという話になる。
人類がサイバー攻撃なるものを手にしてしまったからには、こうした疑心暗鬼は免れない。それが戦争開始のキッカケにならないことを祈るばかりです。
(了)


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