金正恩の安否不明で浮上した後継者問題と米中の思惑
世界がコロナ禍に苦しむ中、2020年4月20日(月)米国のCNNは、米当局筋の話として、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長・総書記が大手術の後に重体状態との情報あり、米国政府が精査中との報道がありました。金総書記は、まだ若いものの家系からしても外見の体型的にも、これまでも金総書記の健康状態(特に心臓疾患)に疑問符が付けられたことがありました。今回は、北朝鮮の行事の中でも非常に重要な行事である祖父金日成主席の生誕を祝う太陽節式典に欠席したとあって、情報の尤もらしさが取りざたされています。そこで注目されるのは、金総書記の後継者問題の弱い基盤と米中はじめ関係各国の様々な思惑が浮上してきています。事実であれば、北朝鮮の体制は浮動状況となり、朝鮮半島をめぐる国際情勢が大きく動くことになります。
(参照: VOA 2020年4月20日付記事「South Korean Officials Deny Rumors Kim Jong Un is Seriously Ill」及び同月22日記事「Noth Korea Silence on Kim's Health Raises Succession Speculation」(下の写真も同記事より))

ソウルにて金正恩重体説を報じるニュース映像を見る韓国人(People watches a television screen showing a file image of North Korean leader Kim Jong Un during a news program at the Seoul Railway Station in Seoul, South Korea, March 21, 2020.)
<状況>
① 2020年4月20日、米CNNが米国政府筋の情報として、北朝鮮の金正恩総書記の重体説が報じた。韓国政府はすぐに具体的な情報は何もない旨の異議を唱えた。米国政府もCNNの報道については是認しておらず、トランプ大統領は「フェイクニュースだ」と切って捨てた。
他方、韓国の北朝鮮通の報道機関は、金総書記が心臓疾患の手術を受けたと報道。しかし重体説ではなく、むしろ安定した状況であるものの、彼の肥満、ヘビースモーカー、過労等が要因であったとのこと。また、別の米国の報道機関は別の米国政府筋の情報として、CNNと同様の内容を伝えている。他にも、不確か情報ながら、コロナウイルスの可能性を推測する声や、金総書記が手術を受け療養中の病院を名指しで、「北平安省の衡山病院」とする情報も。
一方、北朝鮮政府は全く音なしの構え。19日(日)のトランプ米大統領の「金総書記から素晴らしい書簡をもらった」旨の発言に対し、北朝鮮として一切書簡を出していない旨の否定コメントのほか、今回の金総書記重体説については何の反応もしていない。一連の重体説に関連して、4月11日の北朝鮮党中央委員会政治局の会合に金総書記が参加した北朝鮮の報道以降、金総書記の動行は一切報道されていない。
② 金総書記の健康状態は不明なままだが、その後継者について確たる基盤は整っていない。まず、北朝鮮の建国の父金日成の直系の血統で考えれば、金総書記の実妹の金与正(キム・ヨジョン)が第一候補と考えられる。その対極をなす対案は集団的指導体制の可能性であろうと見られている。
実妹の金与正は、昨年の米朝首脳会談でも金総書記の直近で交渉の場におり、国際的にも認知されている。他方、北朝鮮には超保守的な男性社会であり、特に政治権力の場ではそれが顕著と言えよう。その意味では、金与正が血で血を洗う権力闘争を勝ち抜いて最高権力を保持できるか、下は従うのか、疑問が残るところ。血統で言えば、実の兄、金正哲がいるが、金総書記が権力を握る前に人畜無害を貫いていて生き残っている。可能性はゼロではないが、性格も大人しく、表舞台に出ることはなさそう。金総書記の異母弟の外交官、金平一(キム・ピョンイル)が数十年も本国から在外大使館に島流しになっていたものが昨年帰国しており、目を引くところ。この金平一や、役職上は国家元首となっている金総書記の子飼い、ナンバー2の崔龍海(チェ・リョンヘ)が集団指導体制で名前が挙がってもおかしくない状況。
しかし、これまで金一族による血なまぐさい粛清があった北朝鮮の権力闘争の歴史を鑑みれば、いずれのオプションも盤石の基盤ではなく、本当に金総書記が死亡するような場合には、北朝鮮情勢は不安定この上ないと言わざるを得ない。
<私見ながら>
○ 今回の金正恩の重体説により、あらためて後継者不在の情勢不安定化のタネがあることが再認識されます。
見た目には金与正が後継者ですよね。金正恩も昨年来、金与正を何かと側近において国内的にも国際的にも認知させています。一部報道では、金正恩が党幹部らに「金与正を支えよ」と指導したとのこと。深読みすると、自分の健康不安を前提に、後継者として名指しで育てているように見えます。実際、最近の北朝鮮の対外的なコメントに、なぜか金与正がコメントを発したりしています。また、金与正自身はまだ政治局員候補でしかありませんが、昨年党幹部の組織指導部長の長老をクビにして、相対的に金与正が組織指導部の事実上のトップに据えています。
しかし、前述のように北朝鮮の政治は血統だけで統治できるかというと、そう甘くはありません。形の上で金与正をトップにおいても、これを支えるための集団指導体制はあり得ます。
○ ここらで出てくるのが、中国の思惑でしょうね。暗殺されましたが、金正恩の異母兄の金正男は一時期中国がいざという時の切り札にしていました。今は金一族の血統の濃い替え玉を持っていませんが、間違いなく集団指導体制を標榜し、親中国派をねじ込んでくるでしょう。北朝鮮の核開発問題では、金正恩が北朝鮮の独自路線を取ってきましたが、金正恩亡きあとは、中国が事実上の宗主国としてグッと前に出てくることは必然でしょう。陰謀をめぐらせば、今重体であるなら、そのまま殺すかもしれませんね。
他方、米国はどうでしょうか。トランプ米大統領にとって、今の時期ほど朝鮮半島情勢が動いてもらいたくない時期はないでしょう。今年11月の大統領選が終わるまでは平穏であってもらいたい、と願っているでしょう。米国にとって良い方向に動くならまだしも、親中国の北朝鮮ができてしまったり、北朝鮮が政情不安な状態になったりすることが絶対に望ましくないことは間違いないでしょう。むしろ、仮に重体であるにせよ、現金正恩体の維持を支持し、存続を望むと思います。まず間違いなく親米国の北朝鮮ができることはないですからね。
・・・
日本はどうでしょうか。今、日本はコロナ禍でそれどころではない状況。今、核弾頭の弾道弾ミサイルを保有する北朝鮮情勢が不安定になることは、日本にとっても望ましくないことは確かです。今回の重体説は誤報であった方がましかも知れませんね。しかし、望ましくないからそうならないとは限りません。今回の重体説を良き警鐘として、そうなった場合の日本への影響や日本の対応について検討を始める契機、と考えた方が得策ですね。特に、地理的に近い日本が備えなければいけないのは、強大な北朝鮮軍の動向。クーデターはあり得ます。強大な軍を持つ、特に核兵器を持つ北朝鮮が不安定化するほど気持ちの悪いものはありません。
重体説を煽るつもりはありませんが、今北朝鮮政府が沈黙していることほど気味の悪いものはありません。過去、金正日が死去した際には、死去後50数時間の沈黙がありました。世界がその死を悟ったのは、北朝鮮の動向・電波を傍受しているから情報筋から、葬送マーチが聞こえてきた、との情報を得た時だったのです。もし死去のようなことがあるとすれば、側近高官のみぞ知ることで、権力継承の体制が固まるまでは国内外に沈黙を守り、固まってからその権力継承者が全権を背負い・実際の権力を握った上で、情報をリリースをすることになるでしょう。既述のように、権力継承基盤が盤石ではないので、時間はかかるでしょうね。間違いなく、その間に中国からねじ込みが考えられますから。
ウーム、当面注視が必要ですね。誤報なら誤報で、元気な金正恩が(影武者ではなく)北朝鮮の高官たちに偉そうに指導している場面などの最新の北朝鮮中央テレビの映像が出てきてもらわんことには安心できませんね。
(了)


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(参照: VOA 2020年4月20日付記事「South Korean Officials Deny Rumors Kim Jong Un is Seriously Ill」及び同月22日記事「Noth Korea Silence on Kim's Health Raises Succession Speculation」(下の写真も同記事より))

ソウルにて金正恩重体説を報じるニュース映像を見る韓国人(People watches a television screen showing a file image of North Korean leader Kim Jong Un during a news program at the Seoul Railway Station in Seoul, South Korea, March 21, 2020.)
<状況>
① 2020年4月20日、米CNNが米国政府筋の情報として、北朝鮮の金正恩総書記の重体説が報じた。韓国政府はすぐに具体的な情報は何もない旨の異議を唱えた。米国政府もCNNの報道については是認しておらず、トランプ大統領は「フェイクニュースだ」と切って捨てた。
他方、韓国の北朝鮮通の報道機関は、金総書記が心臓疾患の手術を受けたと報道。しかし重体説ではなく、むしろ安定した状況であるものの、彼の肥満、ヘビースモーカー、過労等が要因であったとのこと。また、別の米国の報道機関は別の米国政府筋の情報として、CNNと同様の内容を伝えている。他にも、不確か情報ながら、コロナウイルスの可能性を推測する声や、金総書記が手術を受け療養中の病院を名指しで、「北平安省の衡山病院」とする情報も。
一方、北朝鮮政府は全く音なしの構え。19日(日)のトランプ米大統領の「金総書記から素晴らしい書簡をもらった」旨の発言に対し、北朝鮮として一切書簡を出していない旨の否定コメントのほか、今回の金総書記重体説については何の反応もしていない。一連の重体説に関連して、4月11日の北朝鮮党中央委員会政治局の会合に金総書記が参加した北朝鮮の報道以降、金総書記の動行は一切報道されていない。
② 金総書記の健康状態は不明なままだが、その後継者について確たる基盤は整っていない。まず、北朝鮮の建国の父金日成の直系の血統で考えれば、金総書記の実妹の金与正(キム・ヨジョン)が第一候補と考えられる。その対極をなす対案は集団的指導体制の可能性であろうと見られている。
実妹の金与正は、昨年の米朝首脳会談でも金総書記の直近で交渉の場におり、国際的にも認知されている。他方、北朝鮮には超保守的な男性社会であり、特に政治権力の場ではそれが顕著と言えよう。その意味では、金与正が血で血を洗う権力闘争を勝ち抜いて最高権力を保持できるか、下は従うのか、疑問が残るところ。血統で言えば、実の兄、金正哲がいるが、金総書記が権力を握る前に人畜無害を貫いていて生き残っている。可能性はゼロではないが、性格も大人しく、表舞台に出ることはなさそう。金総書記の異母弟の外交官、金平一(キム・ピョンイル)が数十年も本国から在外大使館に島流しになっていたものが昨年帰国しており、目を引くところ。この金平一や、役職上は国家元首となっている金総書記の子飼い、ナンバー2の崔龍海(チェ・リョンヘ)が集団指導体制で名前が挙がってもおかしくない状況。
しかし、これまで金一族による血なまぐさい粛清があった北朝鮮の権力闘争の歴史を鑑みれば、いずれのオプションも盤石の基盤ではなく、本当に金総書記が死亡するような場合には、北朝鮮情勢は不安定この上ないと言わざるを得ない。
<私見ながら>
○ 今回の金正恩の重体説により、あらためて後継者不在の情勢不安定化のタネがあることが再認識されます。
見た目には金与正が後継者ですよね。金正恩も昨年来、金与正を何かと側近において国内的にも国際的にも認知させています。一部報道では、金正恩が党幹部らに「金与正を支えよ」と指導したとのこと。深読みすると、自分の健康不安を前提に、後継者として名指しで育てているように見えます。実際、最近の北朝鮮の対外的なコメントに、なぜか金与正がコメントを発したりしています。また、金与正自身はまだ政治局員候補でしかありませんが、昨年党幹部の組織指導部長の長老をクビにして、相対的に金与正が組織指導部の事実上のトップに据えています。
しかし、前述のように北朝鮮の政治は血統だけで統治できるかというと、そう甘くはありません。形の上で金与正をトップにおいても、これを支えるための集団指導体制はあり得ます。
○ ここらで出てくるのが、中国の思惑でしょうね。暗殺されましたが、金正恩の異母兄の金正男は一時期中国がいざという時の切り札にしていました。今は金一族の血統の濃い替え玉を持っていませんが、間違いなく集団指導体制を標榜し、親中国派をねじ込んでくるでしょう。北朝鮮の核開発問題では、金正恩が北朝鮮の独自路線を取ってきましたが、金正恩亡きあとは、中国が事実上の宗主国としてグッと前に出てくることは必然でしょう。陰謀をめぐらせば、今重体であるなら、そのまま殺すかもしれませんね。
他方、米国はどうでしょうか。トランプ米大統領にとって、今の時期ほど朝鮮半島情勢が動いてもらいたくない時期はないでしょう。今年11月の大統領選が終わるまでは平穏であってもらいたい、と願っているでしょう。米国にとって良い方向に動くならまだしも、親中国の北朝鮮ができてしまったり、北朝鮮が政情不安な状態になったりすることが絶対に望ましくないことは間違いないでしょう。むしろ、仮に重体であるにせよ、現金正恩体の維持を支持し、存続を望むと思います。まず間違いなく親米国の北朝鮮ができることはないですからね。
・・・
日本はどうでしょうか。今、日本はコロナ禍でそれどころではない状況。今、核弾頭の弾道弾ミサイルを保有する北朝鮮情勢が不安定になることは、日本にとっても望ましくないことは確かです。今回の重体説は誤報であった方がましかも知れませんね。しかし、望ましくないからそうならないとは限りません。今回の重体説を良き警鐘として、そうなった場合の日本への影響や日本の対応について検討を始める契機、と考えた方が得策ですね。特に、地理的に近い日本が備えなければいけないのは、強大な北朝鮮軍の動向。クーデターはあり得ます。強大な軍を持つ、特に核兵器を持つ北朝鮮が不安定化するほど気持ちの悪いものはありません。
重体説を煽るつもりはありませんが、今北朝鮮政府が沈黙していることほど気味の悪いものはありません。過去、金正日が死去した際には、死去後50数時間の沈黙がありました。世界がその死を悟ったのは、北朝鮮の動向・電波を傍受しているから情報筋から、葬送マーチが聞こえてきた、との情報を得た時だったのです。もし死去のようなことがあるとすれば、側近高官のみぞ知ることで、権力継承の体制が固まるまでは国内外に沈黙を守り、固まってからその権力継承者が全権を背負い・実際の権力を握った上で、情報をリリースをすることになるでしょう。既述のように、権力継承基盤が盤石ではないので、時間はかかるでしょうね。間違いなく、その間に中国からねじ込みが考えられますから。
ウーム、当面注視が必要ですね。誤報なら誤報で、元気な金正恩が(影武者ではなく)北朝鮮の高官たちに偉そうに指導している場面などの最新の北朝鮮中央テレビの映像が出てきてもらわんことには安心できませんね。
(了)


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