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2020/05/31

香港の混乱は不可避、民主派リーダーは闘志を燃やす

 この問題をめぐっては、米中対立や香港でのデモと警察の衝突を軸にマスコミ報道がなされています。米国の制裁処置により、アジアの金融の中心地であった香港の立場の行方など、切り口はいろいろあるのでしょうが、ちょっと違った観点からのお話を。

<要旨>
 2020年の中国全人代のトップニュースは、図らずも香港に対する国家安全法の導入という鬼っ子が出た感じになりました。「そっちかい!?」という展開でしたね。全人代初日5月22日の李克強の政府活動報告の中で、経済成長の数値目標を(初めて)示さなかったことは予想通り、国防予算は前年比6.8%増という軍拡路線の継続にはちょっと驚き、そしてビックリネタが香港への国家安全法導入でした。香港は「一国二制度」を約束されていた筈が、この法律の導入により、事実上の本国同様の反政府行為者への逮捕、訴追、刑罰となります。これにより、香港が謳歌していた中国にあって中国ではない西側先進国並みの自由や民主や人権尊重は終焉を迎える、との評価が大勢を占めています。トランプ米大統領はじめ西欧諸国も中国を糾弾しています。米国は中国への制裁を課し、米中対立はもはや不可避です。
 香港の民主活動家のリーダー達も、状況を懸念して香港の危機と世界からの支援を訴えています。そんな中、リーダーの一人、ジョシュア・ウォン(黄志峰)氏は、コロナ対策を口実に下火となった民主デモは、むしろこの国家安全法への反対運動で再び火がつき、長期戦を辞さない闘志で満々、と怪気炎を上げています。同氏によれば、香港への対応で国家安全法という奥の手を導入せざるを得なくなったということからも、むしろ危機に瀕しているのは中国政府の方だ、との見方を示しています。
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The UK could offer British National (Overseas) passport holders in Hong Kong a path to citizenship if China does not suspend plans for a security law in the territory, Foreign Secretary Dominic Raab says.(BBCNews 2020年5月29日付「UK could offer 'path to citizenship' for Hong Kong's British passport holders」より)
 
<民主活動家の声 その1>
 「学民の女神/民主の女神」と英雄視ないしアイドル視されているアグネス・チョウ(周庭)女史は、5月22日付ツイッターにて次のようなコメントを出している。
****************************
  中国政府による香港の完全破壊が始まった。昨日、中国全人代が香港に直接「国家安全法」を立法することを発表した。これは、香港の立法会で審議せず、中国政府が直接香港の法律を制定するということ。デモ活動や国際社会との交流などがこれから違法となる可能性が高い。一国二制度の完全崩壊です。  周庭
****************************

 また、同女史は、香港では現在インターネット上の規制が緩く、YouTube、Instagram、Google、Twitter、Facebook等のサービスが使えるが、今後は中国本土同様のネット上の官憲の管制下におかれ、民主活動の動向や香港政庁や政府への批判を見張り、投稿者への逮捕などが起きることを懸念。香港の動向について、世界に注目してもらい、世界からの支援を訴えている。

<民主活動家の声 その2>
 民主活動家のリーダーの一人、ジョシュア・ウォン(黄志峰)氏は、まだ若いのに歴戦の闘将のような透徹した使命観を持ち、先を見通した冷徹な自負を述べている。(写真はジョシュア・ウォン氏(黄志峰))
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 同氏によれば、 ・・・一国二制度はもはや崩れ去った。しかし、昨年来の民主デモはコロナ対応があって下火となっていたが、中国政府の国家安全法の香港への導入により、民主デモ運動全体に再び火がついた。民主デモは再び大規模に行われ、中国政府はこれを弾圧する、もはやこの闘争は不可避。この間、何度も逮捕されるであろう。それでも戦う。香港人は長期戦を辞さない闘志で満々である。危機に瀕しているのは、香港というより、むしろ中国政府の方である。中国政府は、コロナ対応で、経済的にも国内外からの批判に対しても追い詰められている。追い詰められているがゆえに、火中の栗を拾ってもいい、国家安全法の香港への導入という奥の手を使わざるを得なったのだ。中国政府と長期戦となることを覚悟している。香港の2000年以降生まれの若い世代の若者達の戦いに負うところ大。香港の若者達よ、香港を離れずに共に戦おう。
(DW 2020年5月28日付「Hong Kong is being 'robbed of its rights」より)

<私見ながら>
 今や、全人代のニュースは香港の国家安全法導入決定の話題、特にトランプ米大統領をはじめ西側諸国の中国への批判、米中の対立の激化、香港での民主デモによる同法導入反対の運動と警察との衝突などで盛りだくさんです。私見ながら、今回のことで、香港はさぞ危機に瀕した状況なのだろうと思っていました。BBC記事によれば、英国は香港市民(英国パスポート保持者)に対して、単なるビザ発給ではなく英国市民権の付与の便宜を図る模様です。こうした救いの手が差し伸べられる状況下、「だったら香港から逃げ出した方が正解かもしれないなぁ」、なんて思っていました。実際、香港は危機に瀕しているのだろうと思いますが、ジョシュア・ウォン氏の見解を知ってビックリ。彼らの勇気に、こちらが励まされたような感覚に陥りました。
 なるほど、危機に瀕しているのは中国政府の方かもしれません。昨年は犯罪者の中国本国への引き渡しが民主デモに阻止されました。民主デモが、海外からの支援を得ていたことも断じて許せないのでしょう。米国や西欧からの善意の市民レベルの支援も当然あったでしょうが、中国政府が看過できないと思っているのは、米欧の国家的な諜報機関等による謀略も当然あるからでしょう。外国勢力からの謀略の温床に見えるわけです。事実、香港を舞台に、米国のCIAや英国のMI6をはじめ、諜報・謀略活動は当然あると思います。中国政府も当然香港の民主活動家を装ったスパイを入れているでしょうし、中国政府も海外で同じことをしています。おっと、脱線しました。すみません。
 中国政府は、海外から批判されることが分かっている今回の措置をなぜとったのか?ジョシュア・ウォン氏が言うように、追い込まれているのかもしれません。なぜなら、もっと穏当な策があったはずだからです。今回、国家安全法の香港導入を全人代で採決しましたが、こんなことしなくても、コロナ対策を口実に香港での集会や運動の禁止を徹底すれば、デモを封じることは可能だったはず。今夏の香港内の選挙で、民主派候補者に様々な妨害工作で落選させ、親中国政府派に議会の過半数を取らせれば、香港議会での合法的な民主派への締め付けはできたはず。にも拘らず、そうせずに即効性のある、その代り海外からは反対され批判を受ける国家安全法導入という手を打ちました。要するに、なりふり構わず、米欧との対立も辞せず、最も即効性のある策を打ったわけです。さもないと、香港の飛び火が中国本土で純中国庶民のモヤモヤした反政府衝動に火をつけるかもしれない。コロナ対応では、中国の庶民の政府不信を買いましたからね。

 いやー、こちらが勇気づけられたような気がします。
 頑張れ!香港!

(了)

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2020/05/21

中国全人代が始まる:課題山積「今そこにある危機」に注目 

中国全人代が始まる:課題山積「今そこにある危機」に注目 

<要旨>
 2020年5月22日から、中国の国会に当たる全国人民代表大会が始まります。
 本来なら、全人代で右肩上がりの経済成長目標と国防予算を鼻高々で世界に発表する場であったものの、今回はコロナ禍の直撃を受け、かつてない課題山積の大会となります。
 しかし、課題があろうがなかろうが、一党独裁・唯我独尊の中国のことですから、結論は初めから決まっています。習主席は、これらの課題に「適切に」対応方針を示したうえで、コロナ克服・勝利宣言と今後のコロナ対応と経済のV字回復における世界の主導的役割を高らかにPRし、大会は習主席への満場の拍手の中、大団円の成功裏に閉幕するのだろうと思われます。
 お手盛りはともかくとして、我々が冷静に注目すべきは、直面する厳しい課題に対し、中国はどのように「適切に」対応するつもりなのか?その舵取り、対応方針に注目したいところです。今回は、中国が全人代で対応しなければならない課題、「今そこにある危機」について考察してみました。
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2020年1月28日、WHOテドロス事務局長と会談する習近平主席 (FILE - Chinese President Xi Jinping speaks during a meeting with Tedros Adhanom, director general of the World Health Organization, at the Great Hall of the People in Beijing, Jan. 28, 2020.) (VOA記事 2020年5月18日付「China Backs Calls for Probe of COVID Origins - But Not Now」より)


<中国の全人代とは>
 中国の「全人民代表大会」=全人代とは、ザックリ言えば日本の国会のような国家の議会制の立法府なわけだが、決定的な相違がある。全人代は、中国の国家の立法機関でありながら、行政上の権力機関でもあり司法にも優越する、国家の最高権力機関である。3権分立を超越しているところが中国らしい。毎年3月に2週間ほどの会期で天安門広場の西端の人民大会堂で実施され、ここで年間の国家運営の方向性が示される。全国から人民の代表や人民解放軍の代表約3000名が招集され、予め全人代の常務委員会ほかの共産党主導で提出された議案や予算が2週間に亘って審議されるが、過去否決されたことはない、という筋書きが決まったお手盛り国会である。

<今回の全人代は対コロナ厳戒態勢下で運営>
 ところが、今回はかなり様相が違う。
 前述のように、新型コロナウイルスへの対応の必要性から、全人代を前代未聞の「延期」を余儀なくされた。昨年12月からと言われるが、実はもっと以前から武漢市にて原因不明の肺炎患者が集団発生。中国は、これをウイルス性=ヒトヒト感染の可能性があることについて、全人代の成功という国家の目標への影響を忖度した武漢市の行政及び中央政府が隠蔽した。しかし、感染が一地域のみならず中国全土への感染拡大の兆候が出てきたことに伴い、もはや隠蔽しきれずWHOに報告。全人代も延期となった。
 開催時期の延期にとどまらず、今回は対コロナ厳戒態勢下での開会となり、感染防止対策を随所に発揮し、3000名の全代表を一所に集めず、オンライン会議も含めた異例の態勢で行われる。また、内外の報道機関の取材も制約し、今回は人民日報や国営新華社通信など政府系メディアに絞られる見込み。取材が許される記者数は例年約3000名から数百人のオーダーになり、記者会見の回数も削減し、会見もテレビ会議方式の模様。よって、海外メディアの特派員は会場にも入れず、中国政府系メディアを取材したり、その報道内容を参照する形となるかも。

<中国が全人代で対応を議論すべき課題: 「今そこにある危機」>
 今回の全人代では議論すべき懸案がかつてないほどの課題山積となった。
 本来、中国政府が目論んでいたのは、対コロナにおける「勝利宣言」と対経済における「V字回復」を世界にPRし、対コロナ・対経済両正面での世界のリーダーたる役割の誇示であったに違いない。そのための処方箋となる内政のプログラムや対外政策が盛りだくさんのはずだった。
 しかし、両正面とも中国自身の先行きが不透明であり、そのシナリオは既に瓦解している。
 「世界に先駆けて新型コロナを克服した」とPRするはずだった対コロナにおいては、中国国内における第2波の感染拡大の懸念及び世界各地で感染は抑え込めない状況が継続、更にコロナウイルスのそもそもの起源問題や初期対応について世界から批判を受け、公正な調査を求められている。リーマンショック時に世界経済の牽引役だった際程ではないにせよ、国内経済を「V字回復」を図るはずだった対経済においては、中国国内及び世界経済のダメージがかなり甚大で、これを立て直すには相当の時間が必要、更に、コロナ責任問題に端を発した米国との貿易戦争の再燃、最大貿易相手国であった豪州との貿易問題も懸念される。これらは中国政府及び習主席にとって大きな政治的リスクであり、「今そこにある危機」となっている。

 ○ 対コロナ: コロナウイルス対応の継続と責任問題への対応
  ① コロナ第2波の懸念: 国内及び世界
    国内: 吉林市新規感染者(症状あり)34名をはじめ、舒蘭市、武漢市等、各地での第2波と思われる新クラスターの発生や地域的感染拡大が見られ、都市封鎖、検査の徹底、交通機関の停止などの対応が再開。他の地域でも見られるが、そもそもウイルス陽性であっても症状がなければ「感染症数に数えない」という俄かに信じがたい体制をとっており、「コロナ克服」は表面的であって潜在的には全く克服していない。

    世界: 全世界的にはまだ減少傾向とは言えない状況。5月20日付で世界で感染者497万名、回復者189万名、志望者32.7万名、このうち新規感染者は19日付で11.6万名もいる。米国で感染者は150万名、死亡者9万名を越え、南米・中東で感染者が急増中。とても第2波対応を語る以前の、第1波対応で精一杯の状況。しかも、アフリカ等への感染者本格的拡大はこれからかもしれない。韓国では、既に非常態勢を解いて経済が再開したものの、ナイトクラブでの100名超の新クラスターが発生、第2波への対応が懸念される。他方、英国では、ジョンソン首相が英国全土での行動規制緩和を企図しているが、5月20日付で新規感染者2429名という状況であり、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドは時期尚早として分裂すら懸念されるほど反発。米国でも、早期の規制解除を諫める専門家と経済重視で解除を目指すトランプ大統領や各州の知事とで議論が分かれるところ。
  
  ② コロナ禍の責任問題への対応: 
   起源をめぐる問題: 武漢研究所からのコロナウイルス流出説が米国から指摘され、状況証拠的には相当のもっともらしさが存在。但し、その決定的証拠となる物的ないし関係者の証言などを欠いており、米国の専門家を交えた現地調査を求める米国をはじめとする求めに対する、今後の中国の対応が注目される。

   初期対応をめぐる責任問題: 10月~11月頃から感染者と見られる患者がいたものの、武漢地方政府及び中国中央政府は患者や医師や専門家の論文等を監視し、緘口令を敷いた。また、感染の事実を隠蔽しWHOへの報告を意図的に遅延し、この間に自国のコロナ対応用に必要な医療資機材を世界の市場で調達し、世界的パンデミックとなった際の医療資機材不足を引き起こし、その上でコロナ外交的に医療資機材の援助として供与するなど、様々な初動対応の問題が指摘されている。起源の問題と相まって、中国というよりはWHOに対して、世界各国からの本格的調査が求められている。その調査を本格的に実施する際には、主たる調査の場は中国とならざるを得ない。これに対し、習主席は全人代前のつい先日、「調査は今ではない」と回避する発言をしている。

   世界各国からの「中国からの医療資機材提供への質的批判」問題: 初動対応のところで既述の通り、コロナが世界にパンデミックとなる前に、中国はマスクやアルコールなどの小物からICUでの治療が必要な重篤患者用のエクモ等の人工呼吸器など、新型コロナ対応に必要な医療資機材を世界の市場で買い占めた。勿論、情状酌量的には、自国のコロナ対応の喫緊の課題としての止むを得ざる判断であったのだろうとも思われる。しかし、自国のコロナ対応が一段落した後、これら医療資機材を外交攻勢の道具に使い、コロナ禍に喘ぐ国々が多々ある中、あえて英国、フランスなど欧州などに、選択的に外交戦略的に援助を提供した。供与された国々では、当初有り難がってこれらを受領、直ぐに使用した。マスクやアルコールなら多少の質の問題は看過されるが、医療崩壊しそうな喫緊の病院のICU等に使用された中国からの人工呼吸器が質が著しく劣悪。これには欧州の国々も激怒。フランスでは全て返品したほど。命のかかる現場では、当初有り難がった分、怒りや恨みになって返ってくる。

   コロナ禍の責任・賠償問題に端を発した貿易問題: ここ数日紙面を騒がせている米国トランプ大統領のWHOや中国の責任追及問題で、米国と中国は不可避的に貿易問題が戦いの土俵となっている。更に、中国最大の貿易相手国である豪州では、コロナ対応で国家の経済が危機に瀕している。豪州は、これだけの損害を被ったからには、賠償問題として責任を問う姿勢を堅持。中国はこれを「豪州の主張はジョーク」とまで批判。問題は批判の応酬のみにとどまらず、貿易問題に発展している。豪州の主力商品である牛肉や大麦に事実上の禁輸に近い、相当の関税をかけることで威圧。豪州は中国をWTOへの提訴をする見込み。しかし、米英独仏も豪州同様に、中国への賠償請求の動きがある。これらに対しても中国は貿易問題で対抗するつもりだろうか。

○ 対経済
 (対海外)
  ③ 米国との関係悪化(貿易戦争の状態)への対応
    中国の経済にとって、トランプ米政権との対立は何よりの懸念材料。これに関して、中国が仕掛けた話ではなく、一方的にトランプ米大統領が仕掛けてきている。今となっては、米中貿易協議の第1段階合意の実行も危ぶまれる。5月15日に、米商務省が中国の華為技術(ファーウェイ)に対する輸出禁止措置強化を発表。こうしたトランプ米大統領の中国の輸出企業への狙い撃ちの措置により、中国経済全体へのダメージは大きい。前述のようなコロナ責任問題等による緊張の高まりが火に油を注いでいる状況。米中の対立激化は、イコール中国経済への逆風となる。

  ④ 世界経済の長期低迷への対応
    良く言及されるように、現在の世界経済の状況は大恐慌以来の「今そこにある危機」の淵に臨んでいる。米国を例にとれば、米国のコロナ死亡者が5月20日付で91921名。これはベトナム戦争の米国の戦死者58220名を凌ぐ。米国の市民生活レベルで深い影を落としたベトナム戦争以上の影を落としている。この暗い影は経済にも及ぶ。4月の雇用統計によれば、米国の雇用者数(非農業部門)の減少は2050万名にも及ぶ。コロナ禍のダメージは甚大であり、世界的に雇用環境は厳しく、失業者が激増している状況と言える。世界経済の一つの尺度として、経済を回す燃料たる原油を例にとれば、世界的に生産活動と需要が大幅に落ち込み、過去経験したことがないレベルまで原油の需要は落ち込んでいる。4月20日に原油価格が一時マイナス40ドル台まで下落するなど、原油価格が急落し、原油の貯蔵能力は上限に迫っている状況。「風が吹けば桶屋が儲かる」という言葉のように、回り回って、原油の需要低迷が続けば、シェール革命によって世界最大の産油国となった米国への影響は甚大であろう。米国の大企業であるシェール業界が経営破綻すれば、ローンを証券化して組成されたCLOの価値を落とし、各国大手金融機関も資金繰りが悪化する。
    ことほどかように、世界経済はかつてないほどダメージを受けているこの時期に、「中国が世界経済をリードする牽引役になる」というのは無理。高らかに宣言したいだろうが、今回は空虚な響きでしか聞こえないものとなる。恐らく、全人代でもそうは言わないのだろう。

 (対国内)
  ⑤ 経済成長目標を数値で示さない/見送るか
    例年なら、李克強首相が初日22日に施政方針に当たる政府活動報告にて経済成長目標や財政政策について方針を述べる手筈。国内景気の下支えのため、財政赤字の対国内総生産(GDP)の引き上げや地方政府の特別債発行拡大、特別国債の発行などを打ち出すものと見られるが、今回は、コロナ対応に伴う経済の不透明さを理由に、目玉となる数値目標を採用しない方向、との見方が大勢を占めている。2020年1~3月期のGDPは前年同期比6.8%減で四半期ベースで初のマイナス成長。各国経済も低迷しているため、止むを得ないものと思われる。

  ⑥ 国内経済の立て直しの処方箋を示せるか
    工業生産の回復については、コロナ対応に見切りをつけた後、政府主導で指導してきたため回復基調にある模様ながら、消費動向を示す小売売上高の勢いは鈍い。足元では世界的な需要減で輸出受注のキャンセルが増加中。結果的に、回復した工業生産も頭打ちとなる懸念がある。国内の3月の実質失業率は12%だった。失業者数は5000万人を超えている可能性がある。習主席以下、指導部も危機感を強めており、国内経済のてこ入れとして、財政赤字の拡大容認など景気対策・刺激策が打ち出すものと見みられる。1990年当時、国有企業による解雇が抗議行動と凶悪犯罪の急増につながった時期があったが、当時はグローバル化の波に乗れる時代であり、中国は好景気の米国に中国製品を売って急速に経済を回復できた。今回も指導部は様々な施策を打ち出すものと思われるが、トランプ米大統領が中国の輸出企業を狙い撃ちで仕掛けた貿易戦争のダメージにより、中国経済の成長は陰りを免れない。 

  ⑦ 習主席が中期的に取り組んできた貧困撲滅策を諦めるか
    貧困撲滅策は、同主席が2015年に発表し2020年までの国家目標として掲げたものであり、昨年末には「2020年は中国が『小康社会(適度にゆとりある社会)』の構築を仕上げる『節目』の年になるだろう」と演説した。「本年中に国民1人当たり所得とGDPを10年前の水準から倍増させ、貧困を撲滅させる、これが共産党が人民と歴史に誓った固い約束」とまで豪語した。しかし、もはや2020年内の貧困脱却や小康社会の実現は非常に困難な模様。いずれも習主席の肝いりで取り組んできた重要テーマながら、目標期限の延期は止むを得まい。

  ⑧ 民法典の草案をどうするか
    これも習主席が重視して取り組んできたもの。財産、契約、結婚、家族、相続、不法行為等、一連の民事関連の法律を、基本的な規定をまとめた民法典の草案を提出する手筈であった。中国のGDPの目標設定などとは次元が違うものなので、コロナ対応による全体的に困難基調の経済の中にあっても、非常に地味な取り組みなので、国家として取り組む広範な取り組みの一つとして入れ込むことも考えられるが、後回しにされる可能性もある。しかし、むしろ全体が困難基調であるがゆえに、国民生活の基盤整備の一歩前進・今後の躍進の基礎をPRする意味で敢えて大々的に打ち出すかも。

  ⑨ 国防予算は今年も増大させるか
    昨年は「台湾独立・分裂の画策を断固として阻む」との姿勢を公言し、7.5%増の1兆1898億7600万元(日本円で19兆8000億円)の国防予算とした。さて今年は?コロナ対応の経済への影響を抜きに、純軍事的に考えれば、中国はコロナ対応で米海空軍が南シナ海正面で手薄になっている分、火事場泥棒的に南シナ海に軍事プレゼンスを常駐するだろう。つい最近、言った者勝ち的に、南シナ海に中国の領有を示す行政管区を設けたことが記憶に新しい。それを防衛する軍事的な担保として、必ずや南シナ海の岩礁を更に埋め立てて軍事基地化を進めるだろう。それを成り立たせるのは国防予算。強力な空母打撃群を擁する外洋海軍へ、強力なステルス偵察機、戦略爆撃機、主力戦闘機、支援戦闘機をバランスよく擁する空軍、そして強大な陸軍、宇宙やサイバー攻撃能力を含むマルチドメイン戦力、…等々、切りのない総合的な軍事戦力を有する中国軍は、維持運営するだけで巨大な国防予算を必要とする。
    しかし、今年も例年並みに右肩上がりの国防予算を計上できるだろうか?中国経済が右肩上がりで伸びていた高度成長の頃は成り立ったが、コロナ対応下の今年、これをどうするつもりなのか?一昨年が8.1%増、昨年が7.5%増だった。この流れで行くと今年は6%代の増か?それとも昨年並みとするか?ということは何かをカットすることになる。正面装備は落とせないとして、武器修理等のメンテナンスを落とすか?しかしこれは、表面上装備数はあっても、実は稼動(可動)する装備は減少することを意味する。非常に頭の痛いところだろう。さて、お手並み拝見。

 これらの課題にいかにかじ取りをするのか、1週間に及ぶ全人代に注目したいと思います。
 
 (了)

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2020/05/11

トランプ政権の「コロナは武漢研究所からの流出」説は中国のワナかも?

 トランプ米大統領は、コロナウイルスが中国の武漢のウイルス研究所から流出したことがコロナ禍の起源だ、重要な証拠を見た、と主張。ポンペイオ国務長官も同様の発言の後、最近ではトーンダウン。私見ながら、これは中国がトランプの権威を失墜させ大統領選落選させるために仕掛けた巧妙なワナでなないか?というお話。
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中国武漢研究所のコロナ研究第一人者シー・ジェンリー(石正麗)女史(インドのwion紙 2020年5月6日付 「China's 'bat woman' Shi Zhengli goes missing」より)

 内外の関連情報を一通り読んだうえで、概略を要約すると次のような状況です。

<トランプ米大統領の「コロナ武漢研究所流出説」>
2020年5月6日(水)、米国のトランプ大統領は、「これは(現在のコロナ禍は)真珠湾攻撃よりも、世界貿易センターへのテロ攻撃(9.11)よりずっと悪い。これまでこんな攻撃はなかった。発生源で止めねばならなかったのに、中国はそうしなかった。」と語り、「証拠を見たのか?」との記者の問いに対して「見た」と答えた。また、ポンペイオ国務長官は当初「武漢研究所から流出したことを示す重大な証拠がある」旨、かなり強気の発言をした。その後、どういうわけか「確実ではない」とトーンダウンした。
これに対し、中国政府は「それなら証拠を示せ」と猛烈に反発。

<武漢研究所流出説の根拠>
米国側の武漢研究所流出説の根拠は、WHO顧問のジェイミー・メツル(Jamie Metzl)氏の「新型コロナウイルスの発祥は、武漢の海鮮市場ではなく、武漢研究所(※)の可能性あり」という見解が論理的な根拠のようだ。(参照:米National Review 誌 2020年5月1日付「WHO Adviser Says It’s ‘Likely’ Coronavirus Leaked from Lab, Slams Trump Admin」ほか。)
 同氏は、科学者らしく、具体的なfactを並べて、そこからのある程度精度の高い論理的帰結として、武漢研究所からの流出の可能性が高い、との結論づけている。(※武漢には武漢研究所の名の2つの研究所があり、武漢ウイルス学研究所と武漢疾病予防研究所のうち、ここでは前者を指す。)

・ 2019年12月の武漢の肺炎の多発に際し、詳細な調査もないまま武漢の海鮮市場が発祥地とされた。2020年1月1日に閉鎖され、消毒された。
・ しかし、数々の証拠から、実は新型コロナが武漢海鮮市場が発祥地ではないと言える。新型コロナはウイルスの検体からコウモリ由来であると分かっているが、この時期に市場でコウモリは売られていなかった。初期の感染者の1/3は海鮮市場とは何ら関係性がなかった。
・ 海鮮市場からそう離れていない場所に武漢研究所が所在。この研究所で、SARSウイルスの研究が行われ、SARSウイルスの起源と言われるキクガシラコウモリのいる遠隔地の洞窟にてコウモリを採取、コウモリの持つコロナウイルスを生きた子豚に注入するなど各種の実験を実施。学術的論文も多数ある。
・ 2018年1月、米国大使館の要員が同研究所を視察したところ、ヒトへの受容体と結びつくかなり危険な種のコロナウイルスを扱っており、研究として必要があるものの、ウイルスを管理する研究所としての管理体制が杜撰であり、要員の数も技術も不足しており、安全性を深く懸念する旨、米本国に公電を送っていた。
・ 上記に関連して、中国のウイルスを扱う研究所の安全性は一般的に低いことが指摘されており、北京の研究所にて研究中のSARSウイルスの流出し数名が感染し1名死者が出た事例がある。
・ 武漢研究所では、研究中にコウモリの血液を浴びたり、洞窟にてコウモリに放尿され、感染の可能性から研究者が隔離された事例があった。
・ 武漢海鮮市場の閉鎖と前後して、中国南華大学の研究者が、武漢研究所が感染源である旨の論文を発表。じ後、撤回された。
・ 一連のコロナ対応で、中国政府は次のような数々の組織的隠蔽をしている。
 * 2019年12月下旬、武漢の謎の肺炎(新型コロナウイルス)が問題化し始めた時期に、インターネット上のニュースや書き込みに対する検閲を始め、謎の肺炎の感染拡大関連の記述を消去。
 * 2020年1月1日、調査せずに武漢海鮮市場を閉鎖、消毒。
 * 同1月、遺伝子関連企業に、ウイルス検体をすべて破壊するよう命令。
 * 同1月、研究機関に対し謎の肺炎関連の情報の扱いを禁止、所持している検体を提出するか破壊するよう命令。
 * 同1月、武漢の地方政府が感染発生を承知して以降、WHOに対する報告を4日間遅延。更に、WHO調査チームの武漢入りを3週間差し止めるとともに、アクセスを制限。また、調査チームの調査以前に海鮮市場は既に消毒されてしまったため、感染源であったかどうか調査不能となる。
 * 同1月、上海の研究機関がウイルスの遺伝子データを海外と共有したところ、同研究機関を閉鎖。
 * 同1月、国家衛生健康委員会は、ヒトヒト感染の可能性について論じ、感染拡大のリスクが高いと考えてコロナ対応について文書にまとめたところ、内部用、非公表として封印。
 * 同文書の封印翌日、中国疾病管理予防センター長は国営テレビで「ヒトヒト感染のリスク低」と発表。WHOにもその趣旨で報告。
 * 2月、新型コロナの発生源に関する発表は許可制となる。また、許可なく政府の好ましくない報告をする医師が罰せられていることを国営メディアが報じ、医療従事者の感染疑いやヒトヒト感染が起きている可能性について、医療関係者間で事実上の緘口令が引かれた形となる。
 * 3月12日、中国外務省スポークスマンは米軍が意図的に新型コロナを武漢に持ち込んだと主張。
 * 3月の時点で、 12月や1月に症例や感染拡大の危機を報告していた医師や記者らの音信が途絶える。
 * 3月、米国メディアのNYタイムズ、ウォールストリートジャーナル、ワシントンポストの米国人の追放を発表。
 * 4月、武漢研究所は2019年1月の米国大使館の要員の訪問について記したプレスリリースを削除。
 * 4月24日、米国紙NYタイムズが以下を報道。新型コロナ関連のEUの報告書に「中国政府は感染の世界的拡大についての中国への非難をそらすため、儀情報を世界に流している」旨の記述を、中国政府がEU高官に圧力をかけて削除させた。

 これらの状況証拠的な内容に触れ、米国は米国の情報機関をはじめファイブアイズと言われる同盟国の情報機関の密接な連携により、武漢研究所が研究のため保管していたヒトヒト感染を容易に起こす新種のコロナウイルスを流出し、それを隠蔽するために様々な手を打った、ということの裏取りをしているものと見られる。

<米国が強気に出た後にトーンダウンした決定的証拠の推測>
 さて、ここからはあくまで「私見ながら」の推測です。

 上記の状況証拠では、決定打がない。あれだけ米国が強気に発言をした「何か」決定的な切り札があったはず。
 それは、「コウモリ女(Bat Woman)」と研究者たちから称号を受けていた武漢研究所のコウモリ由来コロナウイルスやSARS研究の世界的権威であるシー・ジェンリー(石正麗)女史の存在である。特に、このシー女史は現在行方不明だが、一時期フランスへの亡命話があった。
 決定的なのは、このシー女史が、SARSの研究で感染源と言われるキクガシラコウモリを採取し、研究所内で飼育し、ウイルスを抽出し、ヒトに感染させるインターフェイスとなる他の動物(哺乳類)にウイルス注入をする等の数々の動物実験をし、コウモリから他の動物を媒介してヒトへの感染に至るプロセスを研究していた張本人であり、謎の肺炎が武漢で問題化した時期に、自ら武漢研究所からの流出を疑って研究所の調査をしていることである。シー女史自らが米国の研究者仲間に調査したことを話している。
 しかし、シー女史は武漢研究所からの流出ではないことを明言し、行方をくらましたのだ。ここでフランス亡命説が出た。更に、シー女史が研究所の機密文書を持ち出して米国へ亡命?との噂が飛んだ。中国内のネットで炎上、裏切り者・国賊とまで貶される誹謗中傷が出る。

 ところが、事実関係のみ言うと、インドのメディアから、行方をくらましていたシー女史からのメールが中国国内のチャット内容として報道される。「(噂されているようなことについて)No matter how difficult things are, it shall never happen, ・・・We’ve done nothing wrong. With a strong belief in science, we will see the day when the clouds disperse and the sun shines.・・・(安否について)Everything is alright for my family and me, dear friends. 噂されているようなこと(亡命など)はいかなることがあっても起きない。・・・我々は何も間違ったことはしていない。科学に対する強い信念を胸に、我々はいずれ雲が晴れ太陽を見られるであろう。親愛なる友よ、安否については、家族と私は大丈夫である。」これは、5月2日付の中国政府系機関紙に掲載されたという意味深な報道。
(インドのwion紙 2020年5月6日付 「China's 'bat woman' Shi Zhengli goes missing」より)


 私見ながら、米国の強気発言は、このシー女史の亡命について、在中国米国大使館或いは中国内の米国CIAエージェントの子飼いの情報屋に、ある程度精度の高い情報が米国側に届き、(例えば、本人と連絡が取れ、米国への亡命を本人が希望している、とか)まことしやかな裏取りもでき、この情報が米国トランプ大統領の元に届いたら、大統領は思わずニヤけただろう。そしてあの強気発言。そのあとに、「スミマセン、ガセネタでした」と分かる。そんなバカな話はなかろうと思われるだろうが、もしそんな話があるとすれば、この話を仕組んだのは中国政府に違いない。シー女史のチャット内容、意味深だと思わないだろうか。「私の家族と私は大丈夫」と言っているが、まず罪なき家族を中国政府に抑えられているのだろう。このチャット内容が中国の政府系の機関紙に載ったということは、シー女史は中国政府に軟禁されている。そして家族や親しい友人も抑えられている。自分の一人なら動きは軽いが、家族を重視する中国において、親兄弟親類縁者や親しい友人を含め、ガッチリと抑えられて、ここで自分一人で亡命などしようものなら中国に残る一族郎党はひどい目に会わされる。恐らく本人を含め軟禁されているに違いない。もはや国家に対する裏切りなどできようがないのだろう。軟禁されて、国家に対する忠誠を誓わされている。当面の間、外界から遮断され、音信不通にされていた。チャットすら軟禁下で命じられて書いただろうし、本人が書いていないかもしれない。中国の諜報機関は、この本人を抑えておいて、シー女史の「機密文書をもって米国への亡命」の話を米国側に持ちかける。他方、ネット上では中国の子飼いのネット聴衆を使って、シー女史の亡命かも?の話とそれに対するネット炎上を演出する。他方で諜報機関は慎重に亡命話を進める。所々、本人からの申し出であることを保障する本人情報や認証情報を本人から出させ、米側の情報機関を信用させるに足る確たる証拠も掴ませたであろう。今、youtubeに出ているが、トランプ大統領の以前側近だったバーノン元補佐官もまんまと引っかかって、中国武漢研究所のコロナ発祥説とシー女史の米国への亡命話をアップしてる。バーノン氏もまんまと騙されている。恐らく、この情報にて米国大統領府こぞって、中国に一杯食わされたのではないか?トランプ大統領にとって、中国武漢研究所がコロナウイルスの起源であったという世界的特ダネの決定打となるシー女史という生きる証拠は、もはや中国に取られてしまった。残るは状況証拠しかない。もう一つの確たる証拠となりえる研究所の調査だって、海鮮市場と同様、既に中国政府にキレイに消毒されているのではないか。証拠はもはや残っていない。
 「コロナは中国の研究所から流出した!」と既に世界に吹聴してしまったトランプ大統領。そんな勝ち目のない喧嘩を仕掛けてしまったトランプ。中国は大統領選挙でトランプの負ける姿を想像して腹を抱えて笑っているのではなかろうか。

(了)

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2020/05/03

金正恩は健在でした!謎は残るが認めねば

<状況:健在でした!>
  なんと、北朝鮮金正恩委員長は全くの健在のようです。
米国のトランプ大統領が、米国時間の5月1日(金)に第一報を受けた際には「今はまだ何もコメントできない。」としていましたが、翌2日(土)に自らのツイッターの中で金委員長の健在について「I, for one, am glad to see he is back, and well!(彼が戻ってきて健在であるのを見て嬉しい。)」とのコメントを出しました。ということは、2日のツイッターまでの間に、米国の情報筋が北朝鮮メディアの伝えた金委員長の映像の分析をはじめ、本当にあれが本人なのか、健在は本当なのか、様々な筋から裏を取ったあげく、「健在は真実」と結論を出したのでしょう。北朝鮮側もあの映像を出したくらいなので、「Go」サインが出され、我々の窺い知れないレベルで様々な情報をリリースして「健在」情報の情報洪水を起こしているかもしれません。
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2020年5月1日、農業肥料工場の完工式に出席した金正恩委員長(North Korean leader Kim Jong Un attends the completion of a fertilizer plant, together with his younger sister Kim Yo Jong, in a region north of the capital, Pyongyang, in this image released by North Korea's Korean Central News Agency on May 2, 2020.)(VOA 2020年5月2日付記事「He’s Back: Kim Jong Un Reappears — at Fertilizer Plant 」より)

<私の読みは間違っていました。まだまだ修行不足であることを肝に銘じます>
  ともあれ、金正恩は健在でした。見たところ、一部でまことしやかに囁かれていた心疾患の大手術の後とは全く思えない顔色の良さ、笑う、歩く、指導する、タバコ吸う金正恩が映像の中で跋扈しています。ということは、大手術というのも誤報だったということでしょう。ということは、私も情勢を見誤りました。これは認めねばなりません。自分の読みなど、まだまだケツが青い浅学菲才であることを肝に銘じます。あらためて、国際情勢を読むことの難しさと、それでも暗中模索・試行錯誤をしながらも、何とか国際情勢を読む努力や勉強を続けなければいけないな、と痛感した次第です。

  私のこのブログは、クラウゼビッツの名著「戦争論」の中の一節にちなんだ「fog of war」と題しています。これは、「戦争や国際情勢ってのは霧がかかったように先が読めないもの、その全容や背景は中々把握できず、人間は読み違えや実行段階でのミスなどの錯誤が起きる、そういった掴みようのないものなのだ。人間がいかにこれを掴み切ろうとしても、完全には把握できず、往々にして錯誤を犯すものなのだ。これは科学技術・情報収集能力・情報システムやネットワーク等が非常に発達した現代でもこの霧は晴らすことはできないのだ。」という意味ですが、これが私の戦争観、国際情勢観であり、それでも錯誤を承知で先を読む努力をしよう、という考えからブログのタイトルに命名しました。まさに、fog of war。いやぁー、奥深さを痛感します。まだ勉強が足りないぞ、というのを教訓とし、錯誤は素直に認め、また懲りずに努力を続けさせていただきます。

<されど謎は残る>
  勿論、謎は残ります。
① 結局、金委員長が太陽節に欠席したのはなぜだったのか?祖父であり建国の父である金日成の生誕祭ですから、余程の事情があったのだろうと思います。VOA報道では、金委員長は先代の金正日の政権運営・国家運営スタイルとは距離を置き、違いを見せて(金正日総書記は金日成主席を崇敬している姿勢を貫いた)金正恩スタイルを見せているのではないかという見方、或いはもっと単純に意図的に世界を欺いてみただけではないか、という見方を報じています。私見ながら、いずれも当たらないと思います。金正恩が金日成を否定したら、自らの地位の正当性である白頭山の血統という正統性を軽んじることになります。また意図的に、ブラックジョークをかましますか?
  私見ながら、あるとすれば、政権内・国内の米国・中国・韓国への内通者をあぶりだすために、今回の雲隠れを各国がどう読むか、情報の流れを確認し、あぶり出した裏切り者を粛正するための一連の作戦だった、という可能性があると思います。

② 健康問題は?では全くの健康だったのか?
  外見上の肥満、過去の心疾患の既往症、ヘビースモーカーであること等から、相当の心疾患や高血圧・高脂血症、生活習慣病等が推測されていましたが、ある程度の健康問題はあるにせよ、今回は全く重篤な状態などではなく、いわんや伝えられたような手術など受けていなかったのでしょうか?
  健康問題があって、例えば手術やら心筋梗塞やらがあって、前項に関連しますが、太陽節に欠席したのなら納得できる話なのです。一番理解しやすく、納得のできる事情としては、こんなところでしょうか。 ・・・ 前述のように太陽節の直前に心筋梗塞の発作等で倒れるなどの問題が起こり、仕方なく太陽節を欠席し、しばらく静養し、ようやく回復して全快となったので満を持して公式イベントなどの政務に復帰した ・・・。
  恐らく、この辺の確たる情報は出てこないでしょうけど。

③ 健康問題を踏まえ、後継者問題は?
  いずれにせよ、今回のしばらくの本人不在・安否不明となった件で、後継者問題が世界の関心の的となりました。金委員長はまだ36歳と若いものの、やはり健康問題に疑問符が付けられ、生活習慣病や家系的に心疾患の懸念もあることから、「急逝もあり得る」と認識され、その際の後継者がまだ確立していないことが認識されました。間違いなく、金委員長本人も認識していると思います。金委員長の実子もいるのでしょうが、金委員長の幼少・子供時代も全くの秘密のベールに包まれていたように、今のところ北朝鮮メディアにも全く登場していません。いずれにせよ後継者にはなり得ません。当面は第1候補は実妹の金与正女氏でしょうが、女性が国家の頂点に立つのは北朝鮮社会においては非常に難しい。よって集団指導体制になるのでしょう。金委員長は、当然自分が長生きするつもりでしょうが、自分が急逝することも想定して、逐次に金与正を政治の前面に出し、地位も与え実績を積ませ、他方で忠実な金与正の補佐者を育て、絶対の忠誠を誓わせていくのでしょうね。やはり、白頭山の血統、北朝鮮にとって絶対の正当性たる金日成の血筋は第一の条件でしょうから、伯父さんに当たる金平一氏を海外から呼び戻したのも、金与正女氏を補佐させるつもりではないかと思います。

 これらの疑問を、今後もアンテナを立てて勉強させていただきます。

(了)

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2020/05/01

金正恩安否不明続く: 情報の錯綜と米中韓の思惑

金正恩安否不明続く: 情報の錯綜と米中韓の思惑

※<5月2日(土)1000現在の補足事項>
・ 5月2日朝0700のNHKニュースによれば、北朝鮮中央通信(ラジオ)が2日に報じたところでは、5月1日に金正恩委員長が平安南道の農業肥料工場の竣工式に参加し、群衆に手を振って応えた、とのこと。4月11日に政治局の会議に参加したとの映像が報道されて以降、3週間ぶりの金委員長の動静の報道ということになりますが、そもそも11日の映像すら、自衛隊OBの西村金一さんの分析(JBプレス 4月29日付「「金正恩重篤説」で得する国はどこか?」より)では過去の映像ではないかと疑問符をつけられており、遡ると2月末の党中央委員会政治局拡大会議への出席以降2ケ月あまり動静が不明ということになります。今回のラジオ報道も真偽のほどは怪しいものです。重体説への否定情報のPRとしてのカウンター情報としか思えません。ちなみに、本件に関しトランプ大統領は「今は何も言えない。」とコメントしているとのこと。ほら、やっぱり『意味深長』でしょ。

※<5月2日(土)1500現在の補足事項>
・ ネットで確認したところ、北朝鮮は金委員長が出席した式典の写真も出していますね。数枚の写真のうち、背景に2020年5月1日とハングルで書いてあり、写真からすると本人ぽいのでこの写真が真実であれば金氏は顔色もよく元気なようで、横には金与正女氏もおり、本物っぽい写真です。しかし、金氏には影武者もおり、また以前の映像の画像の修正でそれっぽく見せた可能性もあり、まだ真偽のほどはわかりませんね。前述のように、本件に関する5月1日(米国時間)のトランプ大統領のコメントを見ても、本当に本人が写真の通り元気であって、情報筋のウラが取れていたら「今は何も言えない。」とは言わないはずです。まだ確たる情報ではないことの証左ですね。

※<5月2日1900現在の補足事項>
・ なんと、ボーっとしてたら本日午後3時頃に、北朝鮮は動画を出してきましたね。写真画像とは違って、動画で見ると、いかにも本物っぽいですね。野外で眩しいからか、心なしか目の感じが細いようにも見えますが、確かに本人ぽく見えることは否定できませんね。仮に、本人であったとして、動画で見る限り足も引きづっておらず元気そのもの。とても大病のあと、特に大手術の後のようには見えません。しかし、もしそうであるなら、祖父であり建国の英雄である金日生を讃える太陽節という国家の最重要行事に金委員長が欠席するというのは解せません。本来なら金委員長は万難を排して必ず出席したでしょうから、欠席したということは余程の抜き差しならない事情があったはずです。この辺がスッキリしないので、「まだ確たることは分からない」としか言えない段階ですね。 

********************
<状況>
  4月21日に米国のCNNが北朝鮮の金正恩氏の重体説を報じて以降、10日ほど経過していますが、同氏の健康状態をめぐる情報は、既に死亡、大手術後に重体続く、いや回復して静養中、いやいやコロナ感染を回避しているだけ、更に、プライベートビーチを散策している、というものまでピンからキリまで錯綜中で、いずれも信憑性も具体性もないものばかりです。
  当の北朝鮮は黙して語らず、韓国は重体説を否定して北朝鮮の「正常」をPR、中国は金正恩氏の健康状態に関連して医師団を派遣?との報道があり、そのような中、米国のトランプ大統領は4月28日に金氏の健康状態について、次のような思わせぶりな発言をし、一段と情報の錯綜に拍車をかけました。

   Asked about Kim's status on Monday, Trump said, "I can't tell you, exactly -- yes, I do have a very good idea, but I can't talk about it now. I just wish him well." But later in the same press conference the President told reporters, "He didn't say anything last Saturday. Nobody knows where he is so he obviously couldn't have said it. This is breaking news that Kim Jong Un made a statement on Saturday. I don't think so."
   (金正恩氏の健康状態について記者に問われたトランプ大統領は、「正確にはお話しできない。今は申し上げられないが状況は承知している。彼が健康であることを願う。」と述べ、その後、同じ記者会見の場で、「(北朝鮮内での報道にて、4月18日土曜に金氏が労働者にメッセージを送ったとされたことについて)金氏は先週土曜に何も発言していない。誰も金氏の所在を知らないし、そんな発言があったのなら臨時ニュースものだが、明らかに発言は不可能であった、と私は考えている。」と述べた。)
(CNN 4月28日付「Trump adds to confusion over Kim Jong Un's health status」より。下の写真も同記事より。) 
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<私見ながら>
○ 私見ながら、そんな各国のリーダーの思惑を四字熟語で表現すると次のようなものではないかと思います。
  北朝鮮は「隠忍自重」: 今はじっと堪えて金正恩委員長の回復?を待つ我慢の時。
  韓国は「愛執染着」: 同胞北朝鮮を愛するが故に情念主導でかばっている文政権。
  中国は「虎視眈々」: 医師団を派遣する等、この機会に北朝鮮の覇権を握ろうと狙う。
  米国は「意味深長」: 奥深い複雑な意味を持つコメントで煙に巻くトランプ大統領。

○ 北朝鮮は「隠忍自重」: 今はじっと堪えて金正恩委員長の回復?を待つ我慢の時
   北朝鮮政府が、最高指導者金氏の重体説を報じられながら一切黙して語らないというのはこれまでにないことです。これまでは、最高指導者に対する侮辱を許さず、この手の報道にはすぐさま口汚い言葉で反論がありました。これが全くないというのは何とも不可解。先代・先々代の金日成や金正日の死去の際の沈黙を彷彿とさせます。少なくとも、金正恩委員長の身に何かが起きていることの証左であると考えています。

○ 韓国は「愛執染着」: 同胞北朝鮮を愛するが故に情念主導でかばっている文政権
   韓国政府は重体説を全面否定していますが、確たる否定情報もないのに政府は一致団結して否定しています。文在寅大統領以下の政府を挙げたこの全否定ぶりからすると、情報筋の客観的情報に基づくものではなく、ただただ北朝鮮をかばいたい思いが先行しているものと思われます。対コロナ政策が国民に評価され、気を大きくした現政権が、政権の基本政策である南北統一を推進したい思いからすると、今金正恩委員長に倒れられては困る。そんな噂を否定したい。その思いが先行しているものと思います。ちなみに、現政権は北朝鮮側からは思いの外信用されておらず、また情報ソースも以前ほどなく、あまり正確な情報は掌握していない、と米国情報筋から見下されています。

○ 中国は「虎視眈々」: 医師団を派遣する等、この機会に北朝鮮の覇権を握ろうと狙う
   中国の医師団派遣情報は、わざと情報だけ流しているのか本当に派遣しているのか不明ながら、中国の北朝鮮へのねじ込みが始まっていることを痛感します。「医師団派遣」はもしかしたら中国側が政府筋でないところから意図的に流したブラフかもしれない、との見方があります。日本のマスコミが中国の医師団からの情報として流している話も、米国情報では眉唾ものとのこと。しかし、本当に派遣しているかもしれません。以前は北朝鮮は金正恩氏の心臓系統の診療はフランスから医師団を招いていましたが、コロナ関連でフランスは無理だったのでしょう。そこで中国が派遣というのは、中国政府の思惑とも一致しそうです。金正恩委員長が重体だったとして、中国が医師団を派遣したとしたら、まさに生殺与奪の権を中国が握ったも同然です。なので、真偽のほどはともかく、中国の北朝鮮に対するねじ込みは始まっている、と見て間違いないでしょう。

○ 米国は「意味深長」: 奥深い複雑な意味を持つコメントで煙に巻くトランプ大統領
   米国トランプ大統領の思わせぶりな発言は重体説の肯定のようにも見えるものの、そうでない時の言い訳もできる逃げ道を作っています。発言自体をそのまま理解すれば、やはり重体説を知っているかのようにもとれますが、回復を待っているようにも取れ、なおかつ、そもそも全く元気であったとしても、いずれともとれる意味深長な言葉ですよね。大統領にとって、今国家が直面しているのはコロナウイルスの蔓延をどう克服するか、そして低迷する瀬戸際の経済をどう回復させるか、今は北朝鮮の指導者の容体どころの話ではありません。実際のところ、トランプ大統領にとっては金委員長の容体なんて、どうでもいいんですよ。国際情勢としては重要ですが、「世界の平和と秩序と自由を守る米国」なんて信条はトランプの頭にはありません。頭のほとんどを占めているのは経済であり、選挙戦での再選ですよね。しかし、選挙を控えているので、米国の大統領として「知らない、分からない」とは言えません。CIAはじめ、米国の情報筋はそれぞれ死亡から重体から元気まで、いろいろな情報に接し、その分析結果として大統領に報告しているでしょう。しかし、それが正しいのか、真偽の程は分かりません。大統領としても公算大なることを話したいでしょうが、違った場合にボロカスに大統領選挙戦で攻められるネタになります。そこで、この意味深作戦を取ったのだと思います。「知っているよ。言わないけどね。」としたり顔で話せば、真偽はどうあれ、後で攻められることはありません。

 ※ 隠忍自重: 今はじっと我慢して、軽々しい言動を慎むさま
   愛執染着: 愛するが故の煩悩に捕らわれているさま
   虎視眈々: 己の野望を遂げるため機会を狙っているさま
   意味深長: 奥深い複雑な意味を持ち、裏に別の意味が隠されていること

(了)

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