ナゴルノカラバフ銃声止まず: トルコ/イラン/ロシアの思惑

(2020年10月23日付Newsweek日本版「ナゴルノカラバフで再び激しい戦闘 紛争の和平合意期待が後退」より)
停戦後もくすぶる火の粉
アゼルバイジャンのナゴルノカラバフ自治州をめぐって、本年(2020年)9月下旬から民族紛争が再燃。アゼルバイジャン軍とアルメニア軍の間の軍事衝突により新たな難民が生じ、国際的な注目を集め、ロシアが仲介役を演じ10月10日に一応の停戦が成立。しかし、火の粉は水面下でくすぶり、住民を巻き込んでの小競り合いが続き、双方が停戦違反だと糾弾しています。 (参照: 2020年10月19日付bbc.com「Nagorno-Karabakh: Armenia-Azerbaijan truce broken minutes after deal」、2020年10月23日付Newsweek日本版「ナゴルノカラバフで再び激しい戦闘 紛争の和平合意期待が後退」等)
この紛争は一旦鎮まろうとも、数年おきに再燃しては容易に収まらず、その度に地域の住民が難民になったり民族浄化のような悲劇が起きています。それはなぜか、背景にいかなる理由があるかについて、前回は根底にあるアゼルバイジャン、アルメニア両民族の対立について考えてみました。今回は、もう一つの紛争の火が容易に消えない理由=背景として、ロシア、トルコ、イラン、そして少し地理的に遠いがイスラエル等の周辺国の思惑について考察します。

今回の再燃の台風の目はトルコ
見出しにした通り、今回のナゴルノカラバフの紛争再燃の台風の目はトルコです。今回、トルコは強力にアゼルバイジャンを後押ししています。もともとアゼルバイジャン人がイスラム教でトルコ語族の系統であることから、トルコにとってシンパシーを持っていることを背景にしています。しかし、これまではかくもあからさまに、トルコ軍を投入するような直接的な軍事介入をしていませんでした。今回は、エルドアン大統領自身が「アルメニアはアゼルバイジャンの地から撤退せよ」と、旗幟鮮明にアゼルバイジャンを支持・共同戦線を張っています。
トルコが今回のアゼルバイジャンの強力な後ろ盾となっているのは、策士エルドアン大統領の深謀遠慮です。民族的にもトルコ人はアゼルバイジャン人と近く、古くからの馴染みがあり、ともするとアルメニアに押されがちなナゴルノカラバフ問題で国民の押せ押せナショナリズムを煽り、この機に乗じて、アゼルバイジャン・アルメニアというカスピ海と黒海に挟まれたヨーロッパとアジアを結ぶ戦略的価値の極めて高いコーカサス回廊地域に、トルコの影響力を浸透させることがエルドアン大統領の腹です。
結果的に、アゼルバイジャンはトルコの物心両面のバックアップ、特にドローンや防空レーダーを含む様々な装備を得て、これまでの押され気味をひっくり返して「押せ押せ」状態。
これに待ったをかけるのがイラン
イランもイスラム教、しかもシーア派であり、アゼルバイジャンもシーア派が多く、当然シンパシーはあります。しかし、イランにとっては、トルコがこの地域に影響力を持つことは絶対に避けたいのが腹です。なので、アルメニアを支援しています。どういう支援をしているかがイランらしい。イランという国は、自国の周囲は常に敵ばかりだと認識しており、発意は専ら自国の防衛目的ながら、その手法においては最大の防御のつもりでかなり攻撃的です。核兵器も作れば、革命防衛隊というCIAを軍隊にしたような部隊を他国に浸透させて、非通常戦、すなわち謀略・諜報戦や心理戦やテロやサイバー攻撃まで、目的達成のためなら悪魔に魂を売るエグいことをする国です。今回注目されているのが、Bulgarian Military.comが2020年10月5日付でGoogle Newsに投稿した「Iran is sending at least 200 tanks to its border with Armenia and Azerbaijan」という記事によれば、イランがアゼルバイジャン、アルメニアとのイラン国境に戦車200両を含む重装備の部隊を展開し、かつ、アゼルバイジャンの戦闘機を「イラン領空の侵犯」を理由に撃墜している模様です。これはイランの複数のメディアが伝えたものの、イラン政府は否定しています。しかし、この部隊が「イランは必要とあらばアルメニアの応援に行くぞ」という態勢を取ることによって、アゼルバイジャンに脅威を与えていることは間違いありません。
ロシアは自分の縄張りを侵され「待った」をかける
面白くないのはロシアです。コーカサス回廊は、もともと我が縄張り内。今は独立国となったアルメニア・アゼルバイジャン両国ですが、ロシアから見ればその「内輪揉め」に乗じてトルコとイランがロシアの縄張りに侵入し、軍事力を行使するなんて許せません。絶大な力を有したソビエト連邦の頃ならありえないことです。1970年代ならソ連軍がコーカサス回廊を電撃戦で蹂躙するようなことがあり得ました。とは言え、今の民主国家?ロシアにそのようなことはできません。トルコやイランがこの地域に影響力を行使する隙があること自体、ロシアの影響力が低下している証左と言えます。
ロシアから見れば、コーカサス回廊に影響力が低下してきたとは言え、こんな状態を見過ごすわけにはいきません。そこで大人の対応を装い、中立的立場で紛争の鎮静化を図っています。今回の10月10日の停戦発効は、ロシアのラブロフ外相の活躍が功を奏しました。アルメニアとアゼルバイジャンの両外相をモスクワに招いて、当然トルコやイラン抜きで議論した成果です。勿論、恒久的な問題解決ではなく、停戦合意だけですが。
ちなみに、ロシアはアルメニアとは相互防衛協定があり、アルメニア内に約5000名のロシア軍を駐留させています。アゼルバイジャンとは「敵対」関係にはないものの、アルメニアとは明確に友好関係にあり軍事支援をしています。防衛協定に基づけば、ロシアはアルメニア防衛のため、アゼルバイジャン・トルコ連合軍と戦うことにもなりかねません。あれ?これで中立を保つべき停戦の仲介ってできるの?っていう話です。トルコからすれば「偽善」以外の何物でもないわけです。
ロシアにとってラッキーなのは、米国が大統領選挙で忙しくて鼻を突っ込んでこないこと。実はアゼルバイジャンと米国は関係を深めつつありました。ここになぜかイスラエルもしゃしゃり出て関係を深めつつあります。米国やイスラエルの腹は「宿敵イランの封じ込め」です。イスラエルもイランと同様、周辺国は敵ばかり。イスラエルにとって、地理的には遠いものの、イランは目の上のコブ。特に、核開発等の超冒険的な危険をはらむ要注意国です。米国とタイアップしてこのイランを封じこめたいところ。地理的に離れたコーカサスの話でも、あの手この手で我に仇なす国の影響力を下げたいのです。・・・しかし、ロシアにしてみれば、大きなお世話ですよね。
ではなぜ、ロシアは周辺国等の介入を黙って見ているのか?私見ながら、ここにロシアの本音が隠されていると思います。
実は、ロシアはアルメニア、アゼルバイジャンの両国に武器輸出をして稼いでいます。そういう意味では、ナゴルノカラバフをめぐる紛争がいずれかの勝利に終わらずに、停戦を挟んでたまに衝突してもらい、細く長く戦い続けてくれた方が稼げるといった構図があります。アルメニアのバックアップはロシア自身、イランと世界各国に居住する国際的なアルメニア人ネットワークが、アゼルバイジャンのバックアップはトルコ、米国、イスラエル等が、それぞれ支援を惜しまず。それぞれお金の出元があるわけですから。
私見ながら
このような周辺国の複雑な思惑がからむナゴルノカラバフ問題。これらの要因が、この紛争が長引き、かつ終わることのない由縁です。これが国際問題の現実です。
ナゴルノカラバフ問題の解決には、アルメニア・アゼルバイジャンの両国が、今後の平和のために既得の権益を諦められるか?という選択にならざるを得ません。例えば、恒久平和の代わりに、アルメニアがナゴルノカラバフという土地を諦める。または、アゼルバイジャンが同地をアルメニアに割譲する。・・・無理でしょうね。「いやいや、その中間策はないの?ウィン・ウィンで行きましょうよ。」と、賢明な第3者は言うかもしれませんが、そんな甘い解決法は双方の国の頭の片隅にもないのです。そこにつけこんで、周辺国が様々な思惑で「支援」という名の悪魔の囁きで紛争の構図を複雑にしています。
悲しいかな、これが現実。誠に悲しいことです。
(了)


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