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2020/10/24

ナゴルノカラバフ銃声止まず: トルコ/イラン/ロシアの思惑

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(2020年10月23日付Newsweek日本版「ナゴルノカラバフで再び激しい戦闘 紛争の和平合意期待が後退」より)

停戦後もくすぶる火の粉
 アゼルバイジャンのナゴルノカラバフ自治州をめぐって、本年(2020年)9月下旬から民族紛争が再燃。アゼルバイジャン軍とアルメニア軍の間の軍事衝突により新たな難民が生じ、国際的な注目を集め、ロシアが仲介役を演じ10月10日に一応の停戦が成立。しかし、火の粉は水面下でくすぶり、住民を巻き込んでの小競り合いが続き、双方が停戦違反だと糾弾しています。 (参照: 2020年10月19日付bbc.com「Nagorno-Karabakh: Armenia-Azerbaijan truce broken minutes after deal」、2020年10月23日付Newsweek日本版「ナゴルノカラバフで再び激しい戦闘 紛争の和平合意期待が後退」等)

 この紛争は一旦鎮まろうとも、数年おきに再燃しては容易に収まらず、その度に地域の住民が難民になったり民族浄化のような悲劇が起きています。それはなぜか、背景にいかなる理由があるかについて、前回は根底にあるアゼルバイジャン、アルメニア両民族の対立について考えてみました。今回は、もう一つの紛争の火が容易に消えない理由=背景として、ロシア、トルコ、イラン、そして少し地理的に遠いがイスラエル等の周辺国の思惑について考察します。
ナゴルノカラバフ地図

今回の再燃の台風の目はトルコ
 見出しにした通り、今回のナゴルノカラバフの紛争再燃の台風の目はトルコです。今回、トルコは強力にアゼルバイジャンを後押ししています。もともとアゼルバイジャン人がイスラム教でトルコ語族の系統であることから、トルコにとってシンパシーを持っていることを背景にしています。しかし、これまではかくもあからさまに、トルコ軍を投入するような直接的な軍事介入をしていませんでした。今回は、エルドアン大統領自身が「アルメニアはアゼルバイジャンの地から撤退せよ」と、旗幟鮮明にアゼルバイジャンを支持・共同戦線を張っています。

 トルコが今回のアゼルバイジャンの強力な後ろ盾となっているのは、策士エルドアン大統領の深謀遠慮です。民族的にもトルコ人はアゼルバイジャン人と近く、古くからの馴染みがあり、ともするとアルメニアに押されがちなナゴルノカラバフ問題で国民の押せ押せナショナリズムを煽り、この機に乗じて、アゼルバイジャン・アルメニアというカスピ海と黒海に挟まれたヨーロッパとアジアを結ぶ戦略的価値の極めて高いコーカサス回廊地域に、トルコの影響力を浸透させることがエルドアン大統領の腹です。
 結果的に、アゼルバイジャンはトルコの物心両面のバックアップ、特にドローンや防空レーダーを含む様々な装備を得て、これまでの押され気味をひっくり返して「押せ押せ」状態。

これに待ったをかけるのがイラン
 イランもイスラム教、しかもシーア派であり、アゼルバイジャンもシーア派が多く、当然シンパシーはあります。しかし、イランにとっては、トルコがこの地域に影響力を持つことは絶対に避けたいのが腹です。なので、アルメニアを支援しています。どういう支援をしているかがイランらしい。イランという国は、自国の周囲は常に敵ばかりだと認識しており、発意は専ら自国の防衛目的ながら、その手法においては最大の防御のつもりでかなり攻撃的です。核兵器も作れば、革命防衛隊というCIAを軍隊にしたような部隊を他国に浸透させて、非通常戦、すなわち謀略・諜報戦や心理戦やテロやサイバー攻撃まで、目的達成のためなら悪魔に魂を売るエグいことをする国です。今回注目されているのが、Bulgarian Military.comが2020年10月5日付でGoogle Newsに投稿した「Iran is sending at least 200 tanks to its border with Armenia and Azerbaijan」という記事によれば、イランがアゼルバイジャン、アルメニアとのイラン国境に戦車200両を含む重装備の部隊を展開し、かつ、アゼルバイジャンの戦闘機を「イラン領空の侵犯」を理由に撃墜している模様です。これはイランの複数のメディアが伝えたものの、イラン政府は否定しています。しかし、この部隊が「イランは必要とあらばアルメニアの応援に行くぞ」という態勢を取ることによって、アゼルバイジャンに脅威を与えていることは間違いありません。

ロシアは自分の縄張りを侵され「待った」をかける
 面白くないのはロシアです。コーカサス回廊は、もともと我が縄張り内。今は独立国となったアルメニア・アゼルバイジャン両国ですが、ロシアから見ればその「内輪揉め」に乗じてトルコとイランがロシアの縄張りに侵入し、軍事力を行使するなんて許せません。絶大な力を有したソビエト連邦の頃ならありえないことです。1970年代ならソ連軍がコーカサス回廊を電撃戦で蹂躙するようなことがあり得ました。とは言え、今の民主国家?ロシアにそのようなことはできません。トルコやイランがこの地域に影響力を行使する隙があること自体、ロシアの影響力が低下している証左と言えます。

 ロシアから見れば、コーカサス回廊に影響力が低下してきたとは言え、こんな状態を見過ごすわけにはいきません。そこで大人の対応を装い、中立的立場で紛争の鎮静化を図っています。今回の10月10日の停戦発効は、ロシアのラブロフ外相の活躍が功を奏しました。アルメニアとアゼルバイジャンの両外相をモスクワに招いて、当然トルコやイラン抜きで議論した成果です。勿論、恒久的な問題解決ではなく、停戦合意だけですが。

 ちなみに、ロシアはアルメニアとは相互防衛協定があり、アルメニア内に約5000名のロシア軍を駐留させています。アゼルバイジャンとは「敵対」関係にはないものの、アルメニアとは明確に友好関係にあり軍事支援をしています。防衛協定に基づけば、ロシアはアルメニア防衛のため、アゼルバイジャン・トルコ連合軍と戦うことにもなりかねません。あれ?これで中立を保つべき停戦の仲介ってできるの?っていう話です。トルコからすれば「偽善」以外の何物でもないわけです。

 ロシアにとってラッキーなのは、米国が大統領選挙で忙しくて鼻を突っ込んでこないこと。実はアゼルバイジャンと米国は関係を深めつつありました。ここになぜかイスラエルもしゃしゃり出て関係を深めつつあります。米国やイスラエルの腹は「宿敵イランの封じ込め」です。イスラエルもイランと同様、周辺国は敵ばかり。イスラエルにとって、地理的には遠いものの、イランは目の上のコブ。特に、核開発等の超冒険的な危険をはらむ要注意国です。米国とタイアップしてこのイランを封じこめたいところ。地理的に離れたコーカサスの話でも、あの手この手で我に仇なす国の影響力を下げたいのです。・・・しかし、ロシアにしてみれば、大きなお世話ですよね。

 ではなぜ、ロシアは周辺国等の介入を黙って見ているのか?私見ながら、ここにロシアの本音が隠されていると思います。
 実は、ロシアはアルメニア、アゼルバイジャンの両国に武器輸出をして稼いでいます。そういう意味では、ナゴルノカラバフをめぐる紛争がいずれかの勝利に終わらずに、停戦を挟んでたまに衝突してもらい、細く長く戦い続けてくれた方が稼げるといった構図があります。アルメニアのバックアップはロシア自身、イランと世界各国に居住する国際的なアルメニア人ネットワークが、アゼルバイジャンのバックアップはトルコ、米国、イスラエル等が、それぞれ支援を惜しまず。それぞれお金の出元があるわけですから。

私見ながら
 このような周辺国の複雑な思惑がからむナゴルノカラバフ問題。これらの要因が、この紛争が長引き、かつ終わることのない由縁です。これが国際問題の現実です。
 ナゴルノカラバフ問題の解決には、アルメニア・アゼルバイジャンの両国が、今後の平和のために既得の権益を諦められるか?という選択にならざるを得ません。例えば、恒久平和の代わりに、アルメニアがナゴルノカラバフという土地を諦める。または、アゼルバイジャンが同地をアルメニアに割譲する。・・・無理でしょうね。「いやいや、その中間策はないの?ウィン・ウィンで行きましょうよ。」と、賢明な第3者は言うかもしれませんが、そんな甘い解決法は双方の国の頭の片隅にもないのです。そこにつけこんで、周辺国が様々な思惑で「支援」という名の悪魔の囁きで紛争の構図を複雑にしています。
 悲しいかな、これが現実。誠に悲しいことです。

(了)

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2020/10/14

ナゴルノカラバフ 繰り返す紛争の理由

ナゴルノカラバフ地図
ナゴルノカラバフの位置(2020年9月28日付毎日新聞より)

再燃、ナゴルノカラバフ紛争
 アゼルバイジャンのナゴルノカラバフ自治区をめぐる民族紛争が再燃、本年(2020年)9月下旬からアゼルバイジャン軍と同自治区に展開するアルメニア軍が軍事衝突しました。ロシアが仲介役を演じ、10月10 日に停戦したものの、水面下で住民を巻き込んで小競り合いが続いています。

 この紛争は一旦鎮まろうとも、数年おきに再燃しては容易に収まらず、その度に地域の住民が難民になったり民族浄化のような悲劇が起きています。それはなぜか?ロシアやトルコやイランの思惑など、いろいろ複雑な問題ですが、違った角度から紛争の根本を、背景にいかなる理由があるかを、考えてみました。

そもそもナゴルノカラバフ紛争とは
 古くから、中央アジアのナゴルノカラバフ地域に、アルメニア人やアゼルバイジャン人が混在して暮らしていました。やがてソビエト連邦が成立した際に、アゼルバイジャン人の多い地域をアゼルバイジャン共和国、アルメニア人が多い共和国をアルメニア共和国としました。この際、その国境線的にはアゼルバイジャン内にあったナゴルノカラバフには、アルメニア人の方が優勢(約7割)だったのでアルメニアへの帰属も検討したものの、結局はアゼルバイジャン共和国の一部とする国境線をソビエト連邦が引きました。すぐに揉め始めたため、この地域は自治州とする形で軟着陸を図りましたが、アルメニア共和国及びアルメニア人が優勢な同地域はアルメニアへの帰属を求めて係争が続き、爾来、このナゴルノカラバフをめぐってアゼルバイジャンとアルメニア両国の紛争のタネとなってきました。何度目かの係争の末に、同地の優勢なアルメニア人が劣勢なアゼルバイジャン人を同地から追い出し、民族浄化のような形で同地のアルメニア化がなされ、同地内には僅かのアゼルバイジャン人しか残っていない状況になりました。特に、1980年代末から1990年代初期のソビエト連邦の崩壊と各共和国の独立を経て度々紛争があり、近年では、ナゴルノカラバフはアゼルバイジャン国内にある自治州どころか、アルメニアの飛び地ないし独立国の様相になり、アルメニア軍が駐留する状況です。アゼルバイジャンにとり、国家としてこの状況を看過できません。当然のように強硬な報復措置をとりますから、今回の紛争再燃のように、同地の帰属をめぐる双方の軍の衝突が起きるゆえんです。

紛争の根源は相容れない民族の違い
 ではなぜ、ナゴルノカラバフは紛争が鎮まらないのか?
 答えは、異民族=宗教も生活様式も異なる異文化の人々との同一地域社会での共存ができない、という相互の相容れない不寛容さです。勿論、永年の紛争で相互に民族間の憎悪が蓄積されていることもありますが、根本はというと、相容れない民族の違いです。図式的に言うと、アルメニア人(キリスト教系アルメニア派)vsアゼルバイジャン人(イスラム教)の民族・文化の衝突と言えます。

 世界を見れば、同様な相容れない民族間の係争地があります。ナゴルノカラバフはパレスチナ(ユダヤ人vsパレスチナ人)を例にとると分かりやすいかもしれません。ナゴルノカラバフ問題もパレスチナ問題と同様に、異文化・異宗教の人々は犬猿の仲です。
 ここで、ユダヤ人とアルメニア人の相似点について気付きの点をお話しします。イスラエルのユダヤ人とはユダヤ民族なる均一の民族ではなく、長い歴史を経て、人種的な区分で言えば種々雑多な民族からなります。何をもってユダヤ人かと言うと、「親がユダヤ教徒で子供をユダヤ教徒として育てたユダヤ教の人々」なのです。つまり、ユダヤ人たる原点はユダヤ教の信仰です。同様に、アルメニア人とは、民族的にはむしろ雑多であって、アルメニア人たる原点はキリスト教の一派(異端とされているらしい)アルメニア使徒教会派の信仰なのです。ユダヤ人同様、世界各国(トルコ、イラン、アゼルバイジャン、イラク、シリア、レバノン、パレスチナのほか、ヨーロッパやアメリカ合衆国等)に散らばったアルメニア人(アルメニア使途教会派を信仰する人々)がおり、ナゴルノカラバフ問題を我が事のように捉え、ナゴルノカラバフのアルメニア人に資金援助を惜しみません。

 なぜアルメニア人はユダヤ人のように世界各地に散らばったかと言うと、古代アルメニア王国は地中海に面した地域にいて世界初のキリスト教を国教とした国でありながら、その時代毎の覇権国、特にローマ帝国やペルシャ、トルコの支配下で土地を移動させられたり戦乱を避けたり、という時代の波に揉まれたってやつです。特に、オスマン帝国(トルコ)には異教徒であるが故に大量虐殺の憂き目に遭い、やっとこさ今のアルメニアのある山岳地域でソビエト連邦の傘下での独立国的地位が得られた人々です。そういった歴史的経緯もイスラムとは共に天を戴かずという相容れない感情を持っているのかも知れません。
 
 まだソビエト連邦の成立以前の近世の頃は、ナゴルノカラバフに移り住んだアルメニア人もアゼルバイジャン人も、その豊かな山河にそれぞれの民がまとまって集落を形成し、それぞれの生活を営んでいるだけで、衝突するようなこともなかったでしょう。これが近代の国家、行政の括りが人為的に取られ始めて、それぞれの集落を越えてアゼルバイジャン国家の一地域として相互に接する機会や共同作業が増え始め、異文化間の軋轢が始まったわけです。

これまでの紛争の歴史が長くそして陰惨
 先ほどソビエト連邦成立のところから話し始めましたが、正確には第1次世界大戦後いやロシア帝国の崩壊ですかね、一時的に独立国として存在したものの、すぐに赤軍が席巻しソビエト連邦の支配下になり、双方が共和国となりました。既述の通り、ナゴルノカラバフは共和国の国境線が引かれた時から揉め始めました。優勢なアルメニア人たちがアルメニアへの帰属を求めたのです。嫌なものは嫌だったんでしょうね。それでも、ソビエト時代にはソビエト連邦政府の冷血かつ強烈な統制により、軍事衝突にまでには至りませんでした。しかし、やがて1980年代後半でソビエトが失速し始めた頃、冷血で強圧的だった統制のタガが外れてきた頃、ナゴルノカラバフのアルメニアへの帰属を求める内圧が高まり、当時のソ連邦のゴルバチョフ書記長も乗り出したもののその要求を拒んだため、ついに血の抗争が始まりました。ナゴルノカラバフ内でアルメニア人がアゼルバイジャン人を略奪、暴行、強姦という弾圧を加えて、同地から追い出しにかかり、多くのアゼルバイジャン人が難民化しました。これを契機に、ナゴルノカラバフの外側のアゼルバイジャン人たちは、アゼルバイジャン国内のアルメニア人に対して迫害し始め、結果的に、ナゴルノカラバフという一地域の紛争から、アルメニア対アゼルバイジャンという国家間の紛争の様相を呈し始めました。両者間の衝突は枚挙に暇のないほど。どっちもどっちで、双方の民族に対する略奪、暴行、強姦の応酬、民族浄化や住民を巻き込む軍事衝突を繰り返しています。
voa September 28 2020
アゼルバイジャン軍の砲撃(A still image from a video released by the Azerbaijan's Defense Ministry shows members of Azeri armed forces firing artillery during clashes between Armenia and Azerbaijan over the territory of Nagorno-Karabakh in an unidentified location.) (2020年9月28日付VOA記事「Armenia, Azerbaijan Forces Clash for 2nd Day, Ignoring Calls to End Hostilities」より)

現在、やっと「停戦」の模様・・・、しかしやがて再燃するでしょう
 悲しいかな、現在の停戦も「一時停止」に過ぎず、やがてまた再燃することでしょう。決して皮肉を言っているわけではなく、冷笑しているわけでもありません。悲しいかな、これが現実の民族紛争なのです。国連のPKOなどで、多国籍の平和維持部隊の係争地域への駐留と監視によって、物理的に紛争を抑制する手はなくはないのですが、中々そうはいきません。それは、この地にロシア、トルコ、イランなど各国の思惑が交錯していて、国際的な和平へのアプローチに入れないのです。だって、クリミア問題もそうでしょ、チェチェン問題もそうでしょ。悲しいですが、これが国際関係、国際問題の現実なのです。

(了)

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2020/10/08

中国が反体制派を投獄し精神障害に⁉

中国が反体制派を投獄し精神障害に⁉
 2020年9月30日付VOA記事「China Uses Mental Illness to Discredit,Imprison Dissidents,Rights Observers Say」の報道によれば、中国は政府に対する反体制派の活動家を投獄し、精神障害を起こさせ、釈放後も精神病院と家族の元を行ったり来たりの状況に陥った事例が510件もあるという。俄かには信じられない話だが、これが事実ならいよいよもって中国の闇は我々日本人の想像を絶するほど深いようです。
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香港でも、やがて・・・

「民生観察」という中国国内の人権団体が告発
 中国国内の人権問題をウォッチしている中国湖南省に根拠地を有する、「民生观察:minshengguancha(日本語的には「民生観察」)」という団体のウェブサイトは、先ほど触れたような事例を記録し、告発し続けている。その主宰者、劉飛躍(Liu Feiyue)氏は2016年12月に国家転覆扇動の容疑で逮捕され、更に国家機密漏洩容続疑まで嫌疑をかけられ、2019年1月に5年の懲役という実刑判決が出た。この団体は、主宰者の逮捕以前から一貫して中国の人権問題の告発を世界に発信し、主宰者の逮捕後もめげずに告発を続けている。

VOA記事は投獄されて精神障害をきたした女性に着目
 VOAの記事では、民生観察がウォッチしていた一人の女性に着目し、掘り下げている。
 この女性は、2019年に反政府運動に参加、国営企業や中国共産党を非難し習近平の写真にインクをかけ、逮捕された。4ケ月の拘留から釈放され父親が出迎えた時には、彼女は全く別人格になっていたという。顔つきや体つきも変わってしまい、意味不明の言動をし、何があったのかを尋ねる親の質問には答えない状況だったという。この後、精神病院に収容されてしまい、退院して親元に帰ってきた時には、投与された薬の副作用らしく、天気が悪いと失禁し、夜には意味不明の叫びをあげ、ひどく怯えた様子で、前より精神障害が重くなっていたという。

 一体、拘留の間に何があったのか、精神病院では何があったのか?彼女はもはや答えられないが、VOAの記事では、別の男性の経験談を記している。
 この男性は、年金の不満について政府に請願を続けていた。ある日、「精神障害」との名目で精神病院に収容され、数か月を過ごさせられた。この間、投薬による異様な眠気、体の不調、倦怠感に悩まされ、周囲には暴れたり拘束帯で縛られたりしている精神疾患患者に囲まれて過ごしたという。彼の場合は精神疾患をきたさずに退院したが、体の不調は続き、「精神障害者」とのレッテルを張られた社会生活への影響は計り知れないという。

私見ながら
 政府にとって背を向ける者、反体制派の活動家に対して、後に続く者がないように抑止する「見せしめ」の目的なのか、はたまた反体制派の活動家に対する国家としての「治療」のつもりなのか、いずれにせよ許されざることですね。
 前述したようなひどい話があれば、例えば、逮捕され精神障害をきたした人がいたとすれば、その家族やごく近しい人々はまさに身近にその惨状を知るわけです。こういう話はすぐに口コミで伝わるはずです。ところが、中国は共産党の一党独裁により、政府が強権を有し、完全に国民や社会全体をコントロールしているわけです。世間には報道されず、変な噂は社会の中の密告制度で封じることができます。では、社会の人は皆、こうした話を全く知らないでしょうか。噂にも聞かないでしょうか。
 いやいや、1990年代の冷戦の崩壊の頃を思い出してみてくださいよ。あれだけ鉄壁の国家のコントロールを誇っていたかのように見えた東欧諸国が、あれよあれよの間に崩壊しました。やがて本家本元のソビエト連邦まで崩壊しました。あれは政治的な国家体制の移行でしたか?米国はじめ西欧諸国の介入でしたか?いやいや、それぞれの国家の中の自壊、草の根レベルの欝々とした国民達の不満の爆発でしたよね。当時と比して、今やネット情報の時代。中国はネットの監視が厳しいけれども、ここまで情報化してしまった社会や人々の耳や口を塞ぐのは難しい。いわんや心の中の欝々とした気持ちは、なんぼ強権を誇る中国政府でもコントロールはできませんよ。やがて、必ず全てが明るみになる日が来るでしょう。事実が明らかになったその時、国家としていかに残虐非道なことをやっていたのか、中国国民はもとより、世界が知ることになるでしょう。

 つくづく、こんなことは長く続くわけがない。今に、自らの国民により暴かれることでしょう。
 加えて、香港に中国本土並みの反体制派への「治療」が始まらないことを祈ってやみません。

(了)

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