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2020/11/30

イラン核開発科学者をイスラエルが暗殺か:バイデン就任前に対イラン外交を悪化狙う? 

イラン核開発科学者殺害事件
 2020年11月27日、イランの首都テヘラン郊外のアブザードという小さな町で、イランの核開発の主導的役割を果たした科学者モーセン・ファクリザデ博士が、乗車していた車両を標的とした機関銃によるテロ攻撃を受け、殺害されました。イランのザリフ外相もイラン国営メディアも、以前イスラエルのネタニエフ首相が記者会見でこの博士の名前を出し「この名を覚えておいた方がいい」という思わせぶりな発言があったことから、イスラエルの仕業であると名指しで非難しています。また、イラン最高指導者ハメネイ師もイスラエルを糾弾し、報復を宣言しています。なお、今のところイスラエルはコメントしていません。(参照: 2020年11月27日付 VOA記事「Top Iranian Scientist Assassinated in Attack on His Convoy」、及び同年11月28日付BBC記事「Mohsen Fakhrizadeh, Iran's top nuclear scientist, assassinated near Tehran 」)
Iranian scientist murdered
ファクリザデ博士が銃撃され暗殺された車両(This photo released by the semi-official Fars News Agency shows the scene where Mohsen Fakhrizadeh was killed in Absard, a small city just east of the capital, Tehran, Iran, Nov. 27, 2020. (前述のVOA記事より)

私見ながら
 これは間違いなくイスラエルの仕業ですね。
 イランのザリフ外相や、最も最新ではイラン最高指導者ハメネイ師の発言(参照:2020年11月28日付AP記事「Iran’s Supreme Leader Vows Revenge Over Slain Scientist」)で明確に糾弾されているように、これはイスラエルの「暗殺」です。理由は明確、次期米国大統領バイデン氏のイラン核合意体制(トランプ現大統領が離脱した)への復帰という方向性に対する「妨害」です。こういう時のイスラエル政府の思考はたちが悪い。確信犯ですよ。イランにとって救国の英雄である核開発プロジェクトのリーダーだった国の宝のような科学者を暗殺したりしたら、この後、イランは激怒し、まともに外交交渉なんてできない状況になることを知っての上での暗殺なのです。イランの対外交渉は硬直、特に、イスラエル寄りの対米国外交では初めからヘソが曲がってしまう。次期米国大統領バイデンがイランとの核合意体制に復帰したいことを潰すために、わざと今は何ら対応できないトランプ政権下で暗殺なんてことをする。このタイミングでこんなことをすれば、イランにとっては本来はあるべき宥和策であったとしても、一度我を忘れて激怒してしまったイランはもはや手が付けられない。その根源は、理屈ではなくイスラムの原理・原則と感情的に一歩も退かなくなってしまう最高指導者ハメネイ師の性格。そこを読んで、イスラエルという国は意図的にやっているのです。
Mohsen Fakhrizadeh
ファクリザデ博士(既述のVOA記事より)

 イスラエルのイランに対する暗殺や謀略は、実はこれまで何度も起きてきました。狙いは、イランの核開発の殲滅です。イスラエルにとって、イランの核開発の標的は自国になろうことは明確なためです。どっちもどっちと言えばその通りですが、イランは核開発を追求し、イスラエルはありとあらゆる手段で潰しにかかってきました。イランの核開発は1989年に極秘裏に始まり、プロジェクトAMADと呼ばれ、ファクリザデ博士は研究開発部門のトップでした。しかし、2000年代初めに米国とイスラエルの共同のサイバー攻撃(※stuxnetというウイルスを使いました)で、核開発の中心的拠点だったナタンツ原子力施設の遠心分離機を破壊し、開発を頓挫させました。イランは様々な報復をイスラエルに仕掛けるとともに、核開発を復興しました。ファクリザデ博士は核開発復興の中止人物で、核濃縮を前進させたと言われており、イスラエルもずっと付け狙っていたと思われます。イスラエルは、これまで2010年から2014年までの間に4名の核開発の主要な科学者をイスラエルは暗殺し、今回のファクリザデ博士で5人目です。イランにしてみれば、憤懣やるかたない悔しさでしょう。
(※この米国とイスラエルによるサイバー攻撃でイランの核開発を潰した件は、本ブログ2019/03/25付けの「東京五輪を狙ったサイバー戦は始まっている」にやや詳しく書きました。興味のある方は覗いてみてください。)

 イスラエルがバイデン次期米大統領及び西欧諸国の対イラン宥和政策を潰しにかかっている、と読んでいる専門家の皆さんhs非常に多いようですが、私見ながら、あくまで状況証拠に過ぎませんが、同様のことを他の地域でもやっている、と見ています。
 今回のファクリザデ博士の暗殺と同時並行的に、イスラエルがシリアと軍事的に対峙し、国連PKO(UNDOF)も停戦監視任務で展開しているゴラン高原において、シリア側(クネイトラ県内)に航空攻撃を仕掛けています。(参照: 2020年11月24日付VOA記事「Report: Syria Claims Israeli Attack on Post South of Capital」)この攻撃について、シリア側はゴラン高原イスラエル側方向からの航空攻撃であることを非難し、イスラエル側も攻撃を認めています。イランが背後にいるヒズボラ系の軍事拠点であることが攻撃の理由らしいですが、私が問題だと思っているのは、直近傍に国連PKOのUNDOF部隊が「停戦監視」を任務として展開しているのに、イスラエルは意図的にその停戦合意を抵触する攻撃をしています。国連でもめることを計算に入れているとしか考えられません。

 既述の暗殺もそうですが、ゴラン高原の停戦監視地域であるクネイトラ県内での攻撃も、平素なら米国に動きを察知されて「止めよ」と勧告されたり、米国にも内緒で作戦遂行しても後で米国側に裏を取られてしまうので、普通ならやりません。にもかかわらず、イスラエルが今やっているのは、間違いなくトランプからバイデンへの移行期という、しかもトランプ政権下にうちにやってしまえ、という駆け込みラッシュです。トランプはバイデンへの恨みもありますし、娘婿もユダヤ系ですし、やってきた政策も在イスラエル米国大使館をテルアビブからエルサレムにする(国際的にはアラブ諸国の猛反対がある)など、親ユダヤです。今後の米国のイランとの宥和政策の方向性を意図的に潰すための布石を、そうと知っていて見逃しているのでしょうね。米国の元CIA長官のジョン・ブレナンは、ファクリザデ殺害事件について、中東地域の紛争に火をつける無謀な犯罪行為、と非難しています。(参照:前述のBBC記事)


(了)

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2020/11/23

豪軍がアフガンで戦争犯罪、との悲報: 自衛隊への警鐘

豪軍の戦争犯罪の悲報
 悲しいニュースながら、自衛隊への警鐘ともなる教訓に富むものです。
 2020年11月19日、豪軍(オーストラリア国防軍)は、アフガン戦争の際に米国主導の有志国連合で現地に部隊を派遣し現在まで駐留していますが、2009年から2013年の間に、明らかに戦闘中の不可避の交戦結果ではない事由での、所謂「戦争犯罪」にあたる捕虜や民間人の不法な射殺が39名も起きていたことを公表しました。
 2020年11月19日、豪軍のアンガス・キャンベル国防軍司令官は苦渋に満ちた表情で、豪軍の戦争犯罪疑惑について4年を費やして調査した報告書の内容を発表しました。この戦争犯罪は、豪軍の最精鋭の特殊部隊SAS(特殊空挺部隊)のベテラン古参軍曹が新米兵士に「最初の射殺」を経験させるという、一部の不心得な隊員たちによる恥ずべき兵隊文化であった、と釈明しました。ちなみに、豪軍は今回問題となったこのSASの特定部隊を廃止にしています。自分の所属部隊や出身部隊を軍人人生のバックボーンとする軍人として、不祥事の結果で部隊廃止に至るなどということは最も厳しい処分と言えましょう。
(参照: 2020年11月19日付VOA記事「Australian War Crimes Report Shows Young Soldiers Were Encouraged to Shoot Afghanistan Prisoners to Get First Kill」、及び同日付BBC記事「Australian 'war crimes': Elite troops killed Afghan civilians, report finds」)
ADF Chief
苦悩の表情で記者会見に臨むキャンベル豪州国防軍司令官(Chief of the Australian Defense Force Gen. Angus Campbell delivers the findings from the Inspector-General of the Australian Defense Force Afghanistan Inquiry, in Canberra, Nov. 19, 2020.)(2020年11月19日付VOA記事「Australian War Crimes Report Shows Young Soldiers Were Encouraged to Shoot Afghanistan Prisoners to Get First Kill」より)

私見ながら: 自衛隊への警鐘
 自衛隊も、国際平和協力活動として国連PKOや海賊対処行動など、紛争地と言わないまでもギリギリ紙一重の状況下で勤務しています。自衛隊の国際平和協力活動そのものは、派遣される際の非常に厳しい日本国内の法的制約から、活動する場所や活動内容において、非戦闘地域や非戦闘任務であることが条件ですので、平和的手段のみの大人しい活動です。しかし、偶発的な攻撃行為を受け得る可能性は現地の人々が被る可能性と同じ程度あるわけで、そうしたことも起きうるわけです。例えば、日本隊の現地での活動は、イラクでも南スーダンでもそうでしたが、日本隊の施設小隊が現地の道路、橋、浄水場などの整備をしているとして、その周囲に警備小隊が警戒配置につきます。施設小隊は作業に専念し、この間、警備小隊はずっと周囲を警戒するわけです。他国軍の場合、銃を持ったまま威嚇的な警戒をしますが、自衛隊の場合は指示されない限り丸腰で、しかも通行する現地住民に笑顔で手を振ったりしながら警戒します。顔に笑みをたたえつつも、サングラスの下の目は警戒心を怠らずに。この警備小隊は、普通科隊員によって構成され、この中にはレンジャー、空挺、特殊作戦群などの隊員もおり、彼らは現地で射撃訓練等も実施し、最悪の事態では、作業をしている施設小隊を安全に避難させるため、警備小隊が援護・誘導します。数年前に話題となった平和安保法にて、「駆けつけ警護」とか「宿営地の共同防護」が取りざたされましたが、こうした任務も彼らが実施します。現在は南スーダン派遣も終了し、当面こうした場はありませんが、この警備を担当する部隊の特殊作戦群やレンジャーのベテラン陸曹が、隊員たちの精神的な支柱です。警備小隊の誰もが、経験あるベテランの陸曹を心から信頼し、尊敬し、団結・規律・士気の中心となっています。そして、この精神風土・構造は、今回の豪軍の不法行為・戦争犯罪の下地と同じです。

 今回の豪軍の戦争犯罪は、豪軍の精鋭部隊にて起きました。精鋭部隊は豪軍が現地で担う任務の中でも、一番危険を伴う任務を任されます。自覚もしているし、自負もある。経験あるベテラン軍曹ほど、その自覚や自負ゆえに、「若い経験のない兵士が早く一人前になるように、厳しい状況に置かれても生きて帰れるように」との善意から発して、最初の一人を射撃で倒す「射殺体験」をさせるという不法かつ非人道的な戦争犯罪に手を染めました。若手兵士らは、良心の呵責に悩みながらも、信頼するベテラン軍曹の「善意」を断り切れず、結局は戦争犯罪に手を染めてしまったものです。

 自衛隊では、ベテラン陸曹と雖も、本人もまだ人を撃った経験がないはずなので、状況が全く違うので起き得ない話です。しかし、敢えて今回の豪軍の戦争犯罪の事例を「警鐘」と受け止めるべきだと思います。豪軍の精鋭部隊のベテラン軍曹の感覚や若手を育てたい気持ちは、陸上自衛隊のベテラン陸曹のそれと風土が一緒なので、あり得る話です。「警鐘」というのは、その際の判断基準として、今回起きたような不法行為は「不法」であり「戦争犯罪なのだ」という真っ当な神経を持つべきだということです。「戦地・紛争地」に近い派遣地域には、一種「戦時」感覚の通常とは違う緊張した雰囲気と、であるが故の「非日常」さから、「日本とは違う」という勘違いが起きやすいのです。そうした中で、緊張と非日常の中にあっても「正常」な感覚を見失わないことが肝心です。今回の豪軍の事件では、テロ攻撃をしてきた者やそれと思しき拘束した者たちに対して、若手の経験を積ませる通過儀礼のように実施され、射殺後に、あたかも戦闘中の交戦結果であったかのように死体の近くに銃や無線機を置くなどの偽装をしたそうです。多くの若手兵士は、この行為自体がトラウマとなり、事件後数年経ってからの調査の際に、良心の呵責に耐えかねて自白しています。その神経は正しい。オーストラリアのような民主国家は、もしや不法行為・戦争犯罪があったのではないか、という疑惑で調査をし、その調査において事実が誤魔化されずに明るみになります。

 日本もそうです。国際平和協力活動に参加する陸上自衛隊の隊員たちには、今回の豪軍での戦争犯罪事例を反面教師として、警鐘として受け止め、正常な神経、正常な判断基準を維持していただきたいものです。

(了)

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2020/11/14

ナゴルノカラバフ決着!ロシアが仲介、アゼルが奪回、アルメ撤退

ついにナゴルノカラバフ紛争に一段落
 2020年9月下旬からアゼルバイジャンとアルメニアの間で紛争が再燃していたナゴルノカラバフ地区に、ロシアのプーチン大統領の直接の仲介により、2020年11月9日遂に停戦合意し、10日に停戦が発効しました。これまでも停戦しては破られてきた停戦合意ですが、さすがにロシアのプーチン大統領がアゼルバイジャンのアリエフ大統領、アルメニアのパシニャン首相との間で直接結んだ停戦合意なので、しかもロシアの平和維持部隊が係争地に展開し駐留する形をとっているため、アゼル・アルメの両陣営とも停戦が守られています。

一見めでたしめでたし、但しよく見ると危険をはらんだ停戦合意 
 しかしながら、一見めでたしめでたし、但しよく見ると危険をはらんだ停戦合意になっています。
 まずは、外見上はアゼルバイジャンの一人勝ちです。ナゴルノカラバフ及びアルメニア軍がこれまでから実効支配していたナゴルノカラバフの周辺地域からも、12月1日までに全てアルメニア軍は撤収します。係争地であったナゴルノカラバフや周辺地域の主権はアゼルバイジャンに復帰します。・・・あれ?これってどう見てもアゼルバイジャンの一人勝ち。しかし、ナゴルノカラバフに元々いた難民は元の居場所に戻ることを許すので、多数派アルメニア人も少数派アゼルバイジャン人も戻ってくるわけです。また、多数派アルメニア人がこの後でアゼルバイジャン政府や少数派アゼルバイジャン人に虐殺されるようなことにならないよう、ナゴルノカラバフ地区にはロシアの平和維持部隊1960名が駐留し、揉めないように停戦監視をします。加えて、アルメニアへの配慮で、アルメニアから陸続きでナゴルノカラバフのラチンに抜ける幅5キロほどの輸送路が設定され、この「ラチン回廊」にもロシアの平和維持部隊が監視します。
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停戦状況図 (2020年11月11日BBC記事「Nagorno-Karabakh: Russia deploys peacekeeping troops to region」より)

 上図のオレンジ色部分がアゼルバイジャン国、くすんだ青色部分がアルメニア国(他の周辺国もこの色ですが)、エンジ色部分がロシアの平和維持部隊が展開する地域です。この形がほぼナゴルノカラバフの元々のかたちです。このうちアルメニアに接している部分(元々のナゴルノカラバフ地区から出っ張って尖がった部分)が、前項で触れたナゴルノカラバフ地区とアルメニアとの「ラチン回廊」です。これが今回の停戦に当たりアルメニア側への配慮で設定されているわけです。またエンジ色(ロシア平和維持部隊の展開地域=ナゴルノカラバフ地区)の周辺にくすんだオレンジ色(茶色に近いかも)の地域がありますが、ここがアルメニアが実効支配していたナゴルノカラバフ周辺地域ですが、今回の停戦で全て撤収します。エンジ色の周囲にくすんだオレンジ色でもオレンジ色でもないピンク色に近い色の部分がありますが、ここは実はアゼルバイジャン軍が軍事的に奪回した地区です。何か判然としない方がいらっしゃると思うので、誤解を恐れず分かり易く説明いたしますと、今回の紛争再燃で、アゼル軍がナゴルノカラバフ地区の大半を奪回したものの、ナゴルノカラバフの主要都市や周辺地区で未だアルメ軍との間で泥沼の戦闘が続いていました。そこで停戦により、形勢有利であったアゼル側に有利な前述のような停戦合意となったわけです。くすんだオレンジの地域にはアルメ軍がまだ残って戦っていたのですが、停戦合意により完全撤収します。

 一体何が「よく見ると危険をはらんだ停戦合意」なのかというと、まず第一に、アルメニア側はこれはもう憤懣やるかたなしです。悔しいったらありゃしない状況ですから、アルメ国内でではこんな屈辱的停戦合意をした大統領の辞任を求めて大荒れです。次に、アゼルバイジャン側ですが、こっちは当然「勝った!勝った!」とヤンヤの歓声ですが、不安要因はナゴルノカラバフと周辺地域。なぜなら、この地域には憤懣やるかたないアルメニア人が臥薪嘗胆の状況で鬱屈しています。これまでアルメニア軍・アルメニア勢力が実効支配していた地域では、ロシア軍の監視があろうと、これまでこの地を実効支配していたアルメニア側に追い出されていたアゼルバイジャン人が戻ってきますから、この地のアルメニア人に対して、軍事行動に至らずとも報復のリンチ事件が起きる等の混乱が起きることは不可避ではないかと思います。そして、この報復がアルメニア側からの報復を呼ぶことも不可避。結局は、報復に次ぐ報復という紛争の種が残る図式が解決されません。
 こんなことを言うと、唯一の解決策は一方的な軍事的勝利で、片方が他方を完全に一掃して、その地域から他方の民族を一掃し、完全に領土を自己民族のみの完全勝利状況にすることかも知れません。それを奨励するつもりはありません。矛盾したことを言うようですが、結局、「停戦する」ということは「相互に妥協する」ということなんでしょうね。

ご参考まで、今回の紛争再燃以前のナゴルノカラバフの状況について
 ナゴルノカラバフは元々、アゼルバイジャン国内の一地区(自治区)ですが、ここにアルメニア人も多く住んでいるため、アゼルバイジャン国内のアルメニア人が多く住む地域として「自治区」になっていました。しかし、この地に住むアルメニア人がアルメニアへの帰属を求めて紛争が度々あり、近年ではアゼルバイジャンの国境内にありながら、事実上はアルメニアの飛び地のような状況で、隣国アルメニアから軍も駐留する状況でした。しかも、ナゴルノカラバフの周辺地域、特にアルメニアとの挟まれた地域も、アルメニアが実効支配するような状況でした。要するにナゴルノカラバフが本国アルメニアからの孤立化地域にならないように、アクセスできるように回廊を設定したかったのだと思いますが、よその国ですからね。

停戦の本当の勝者は?私見ながらロシアとトルコ
 今回の紛争再燃でこの停戦を迎え、勝者は当然アゼルに見えますが、私見ながら本当の勝者はロシアとトルコでしょう。
 ロシアは、今回の停戦仲介によって世界から「平和」の使徒として称賛される地位を獲得し、ナゴルノカラバフ問題の完全解決ではなく、アゼルのアルメの紛争の種が残ったまま、否、また必ず紛争が再燃する火種を残した形で停戦をプロモートできました。これでまた、いずれかの国が一方的な地域の強国にならず、コーカサス回廊の決定的な覇者の地位は誰にも譲らず、両者に兵器が売れる。今回のことで、トルコには恩を売った。これでトルコとの関係は良好に保てる。もってトルコをNATO国でありながらNATOを脅かすロシア寄りの国に維持できる・・・。というわけです。
 また、トルコは、今回の紛争再燃の仕掛け人であり、アゼル軍の優勢な戦闘は、実はトルコ軍が実質的にリードしたものです。紛争の当初の段階で、アゼル・トルコ連合軍はナゴルノカラバフ及び周辺のアルメニア軍の対空レーダーと対空ミサイルをトルコ製及びイスラエル製のUAVで航空攻撃して潰し、事実上の制空権を取って空地一体の攻撃を仕掛けました。その後、地上戦になってからはアルメ軍も西側装備で敢闘し、泥沼の様相になりました。仕掛けて負けるわけにいかない戦いだったので、完全勝利ではないものの、戦争継続の経済的影響の観点から、継戦能力のあるうちにロシアの救いの手の停戦を飲んだわけです。これで、トルコのアゼルへの影響力は決定的になりました。コーカサス回廊にトルコの影響力を発揮できるようになったことは間違いありません。また、宿敵イラン(アルメを推していました)には、しっかりと楔を打ち、コーカサス回廊への影響力を最小限にしました。まさしく策士エルドアンは小躍りしていることでしょう。・・・しかし、ロシアには頭が上がらなくなったかも。

 それにしても、火種は残りましたが、これでよかったのかもしれません。
 何はともあれ、束の間かも知れませんが、これで地域の人々は生活の復興ができる基盤はできました。
 昔、防衛大学の国際関係論の授業で、「平和とは、戦争と戦争の合い間の、戦争の起きていない束の間の時期なのだ」と言う説明の仕方をされたことがあります。穿ったことを言うなぁ、と思いましたが、国際情勢のリアリズムを突いた至言なのかも知れません。

 (了)

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2020/11/01

トルコの野望と米国/NATOの憂鬱

最近、トルコが挑戦的ないし冒険的になっている模様です。
東のコーカサス回廊でナゴルノカラバフ問題の再燃をけしかけ、西の東地中海でギリシャの島々に海軍艦艇が挑発、南のシリア国境ではクルド勢力を追い出し、更に空域でもNATO加盟国でありながらロシアの防空システムを導入しNATO軍の戦闘機を脅かす、......。
米国はトルコを宥めてNATOに繋ぎ止めるようする一方、NATO諸国にトルコに寛容であるよう求めています。これに対し、NATO諸国はもはやトルコの冒険にウンザリ。
そんな状況のようです。
Recep Tayyip Erdogan
10月29日、トルコ国会で怪気炎を上げるエルドアン大統領(Turkey's President Recep Tayyip Erdogan addresses his ruling party lawmakers at the parliament, in Ankara, Oct. 28, 2020. :2020年10月29日付VOA記事「NATO Allies Growing Weary of Turkish Aggression」より)

トルコの野望1: 東方攻勢
前回のブログでナゴルノカラバフ紛争について取り上げましたが、トルコはそこでも台風の目。
ナゴルノカラバフはアゼルバイジャンの国内ながら、アルメニア人が多く住む自治区でしたが、アルメニアと自治区内のアルメニア人勢力に押されて、自治区内にアルメニア軍がいる事実上のアルメニアの飛び地状態。
トルコはこれを憂い、民族的に近いアゼルバイジャンを軍事援助し、ナゴルノカラバフ問題における劣勢な現状の打破をけしかけています。トルコのエルドアン大統領は、アゼルバイジャンを兄弟国と呼び「1つの民族、2つの国」とのスローガンで、言葉巧みに双方の国民のナショナリズムを焚き付けます。これが今回のナゴルノカラバフ紛争再燃の火種でした。こう言うと、トルコが民族的に近いアゼルバイジャンの支援をしている血の濃いナショナリズムに見えますが、エルドアンの腹はもっと黒く、深いのです。この機に乗じてコーカサス回廊をトルコの影響力地域にし、ロシアとイランをけん制することです。

トルコの野望2: 西方攻勢
西方では、歴史的ライバルのギリシャに対し、地中海の権益や資源をめぐり挑発的な行動を仕掛けています。ギリシャの近海で資源探査船で資源調査をする、という挑発行為を繰り返し、ギリシャも海軍艦艇で対応する状況です。(参照:2020年10月21日付VOA記事「Greece Puts Navy on Alert as Turkey Tensions Flare Again」) どこかで聞いたような話だと思ったら、中国が日本の経済水域内で勝手にやっているようなアレですね。ギリシャとトルコは歴史的に紛争が多く、今もキプロス島を二つに割ってそこにPKOまで割って入っている状況ですから、お互いに領海・領土も言い分があるのでしょうが、今や双方ともNATO国として同盟国同士のはずですけど…..。

更に、西側諸国の諫言に耳を貸さず、ロシアの防空システムS-400を導入。現在本格運用開始を準備中の模様。NATO加盟国でありながら、NATO最新鋭戦闘機でさえ撃ち落とせる態勢を取ろうとしています。この問題の深刻さはあまり日本で取り上げられないのが残念なのですが、結構深い話なのです。この防空システムはロシアのウェポンシステムです。導入したって、自分ではまだうまく動かせないし、メンテナンスはロシアにおんぶにダッコの、完全にロシアにウェポンシステムを依存することになるわけです。ということは、トルコの防空に関わる情報、ということはトルコが知り得るNATO軍の空軍の情報も含めて、あらゆる防空上の情報も防空システム上にプロットされます。特に、防空に切っても切れない情報として彼我(敵味方)識別、そして航空機の様々なデータが、・・・筒抜けになるわけです。だから、米国含めNATO各国は「やめろ」と言っています。にも拘らず、トルコは効く耳持ちません。もしかしたらNATO=西側諸国の譲歩を引き出すための交渉材料に使う気かも知れません。

西側にとり獅子身中の虫=トルコ
米国は珍しく我慢しています。我慢強く、トルコを懐柔しようと二国間交渉をしています。加えて、西側諸国にトルコと疎遠にならないように、様々なコミットメントを維持させようと要求しています。しかし、フランスなんかは、表現の自由を旗頭としたイスラム教の預言者モハメッドの風刺画の問題で、トルコがイスラム教国を代表してバチバチの論争をしている最中。(参照:2020年10月29日付VOA記事「France-Turkey Dispute Grows Over Cartoons and Influence in Africa」)また、トルコの前述の東方攻勢と西方攻勢を非常に警戒しているNATO西側諸国は、トルコのここ最近の挑発的・冒険的な姿勢にウンザリ状態です。(参照:2020年10月29日付VOA記事「NATO Allies Growing Weary of Turkish Aggression」、下の写真も同記事より)
Greek Minister of National Defense Nikos Panagiotopoulos
トルコの挑発にウンザリするNATO国の高官(Greek Minister of National Defense Nikos Panagiotopoulos speaks to journalists in Kastanies on March 1, 2020.)

私見ながら
トルコって世界有数の親日国なんですよ。日露戦争で日本がロシアに勝ったことを我がことのように喜んだ国、特に世界最強と言われたバルチック艦隊を破った東郷元帥に敬意を表して「トーゴービール」という東郷さんの似顔絵マンガ付のビール(今もあります)を売り出すほど。そのトルコが、どうしたんだよ、と心配になるような状況です。

私見ながら、この状況は2つの視点で見るべきと思います。
まず一つ目は、策士エルドアン大統領の腹の中。もう一つは、ロシアのプーチン大統領の深謀遠慮です。エルドアンは、策士でやり手です。S-400防空システムの問題も、ロシアと西側諸国をこの兵器を道具に手玉に取っているかもしれません。しかし、忘れてならないのはロシアのプーチンの一枚上手を行く腹の黒さ。なぜトルコが東方攻勢や西方攻勢をするのか?なぜトルコがロシア製の防空システムを買おうとしているのか?陰に日向にロシアの影があります。操られているのはエルドアンかも知れません。よく考えてみると、今の米国やNATOの憂鬱は、「トルコは基本NATOの傘下に留めておきたいのに、ロシアに取られそう・・・困ったな。言うことを聞いてくれないな。」なんですよ。今の状態を、ほくそ笑んでいるのはロシアのプーチンその人なのです。

(了) 


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