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2021/05/30

米国の緊張緩和外交への回帰はパレスチナ問題に朗報

米国の緊張緩和外交への回帰はパレスチナ問題に朗報
 2021年5月24~27日の4日間、米国のブリンケン国務長官がヨルダン、エジプト、イスラエル及びパレスチナの西岸地区を歴訪しました。この中東歴訪は、今回のイスラエルvsパレスチナ・ガザ地区間の爆撃戦の停戦の維持のみをアジェンダとした、久々の米国の緊張緩和外交でした。今回のブリンケン国務長官の中東歴訪は、劇的でも大ニュースでもない地味で目立たないものでしたが、前トランプ政権がぶち壊しにした米国本来の中東外交への回帰について、私見ながら大いに評価したいと思います。
Blinken Netanyahu
Blinken Abbas
上の画像:ブリンケン米国務長官とイスラエルのネタニヤフ首相、下の画像:ブリンケン米国務長官とパレスチナ自治政府アッバース議長(2021年5月「27日付VOAニュースVTR「Blinken Works to Build More Lasting Bridges as Israeli Palestinian Cease-fire Takes Hold」より)

危うい停戦
 現在停戦から10日あまりが過ぎ、今のところ大きな再衝突はありませんが、外野から軋みが聞こえてきました。
 国連の人権委員会の調査団がイスラエルとパレスチナのガザ地区に現地調査に入り、被害状況を確認するとともに、人権上の調査をしています。イスラエルの被害は比較的少ないのに対してガザ地区の被害は壊滅的であり、比較にならない状況でした。国連人権高等弁務官ミシェル・バチェレは、市民の犠牲を承知で精密な航空攻撃をしたイスラエルに対して「戦争犯罪」という言葉を使って糾弾しています。国連の場では、米欧及び日本など西側諸国を除くほとんどのイスラム教諸国やロシア、中国、北朝鮮を含む諸国がイスラエルを糾弾し、イスラエルを罰せよ、との大合唱。これに対しイスラエルは「(国連は)反イスラエルに執着している」(ネタニヤフ首相)と聞く耳持たない状況です。(参照: 2021年5月27日付VOA記事「UN Human Rights Chief Suggests Israeli Strikes in Gaza May Amount to  War Crimes 」)

 前回5月23日付の私のブログにも書きましたが、パレスチナ情勢は理屈やそろばん勘定通りにはいかない「感情」の世界があります。
パレスチナはずっとイスラエルに封じ込められている閉塞感の中で鬱屈した感情があり、何かの拍子に暴発する状態にあります。今回の紛争のキッカケはエルサレムのイスラム教聖地への立入りをイスラエル官憲に制約されたり東エルサレムのパレスチナ人の土地を裁判でユダヤ人に取り上げられたことへの反抗でした。何度かのパレスチナ人のイスラエルの政策への反抗デモが強圧的に鎮圧されたことへの抗議の意を示すため、ガザのハマスがロケット弾攻撃をしたことから始まりました。

 イスラエルは、いやユダヤ人は、やっと手に入れた父祖の地を守るため、周囲を敵に回しても、自らを傷つけようとする敵には容赦なく苛烈な報復をする。だから、ガザのハマスがイスラエルの人口集中地域に鉄パイプ製ロケットで攻撃してきたら、徹底して報復する。今ハマスの拠点かも?という情報を掴んだら、その同じ場所に無垢の市民もいるのを知っていても、その市民の犠牲を承知の上で苛烈な空爆で報復する。やられたガザのハマスは懲りずに報復攻撃をする。これに対し、イスラエルはまた報復する。

 今回、米国はイスラエルを、エジプトやヨルダンはパレスチナ(ガザのハマス)を、それぞれ首に鈴をつけて、何とか停戦にこぎつけました。イスラエル、パレスチナの双方が「勝利」と自らの市民に向けて説明していますが、停戦はまだまだ先行きが危うく、いつパレスチナの鉄砲玉的な過激な一派の暴走が起こって、それにイスラエルが過剰な報復を再開するとも限らない状況です。実際、ガザのハマスに限らず、パレスチナ人は押しなべて、幕末の長州の浪士の「攘夷」思想と似て、頑なまでの反イスラエル感情が根付いています。これは、半世紀以上も自分たちの土地を奪われ自由すら奪われ、塀に囲われた監獄のような生活を強いられているので仕方がないことです。

米国の中東外交の正常化は一条の光
 しかし、そんな閉塞感の中、一条の光が差した感があるのが、このブリンケン米国務長官の中東歴訪でした。恐らく、米国の出方を様子を見ていたガザのハマス指導者たちでさえ、「これまでの米国とは違う」というパラダイムシフトを感じたものと思います。米国がそういう対応で来たのなら、米国や国連の経済的支援を得て、当面は停戦の恩賞として破壊されたガザのインフラや市民の生活の復旧・復興に専念できる。ゆえに、過激な一派の抜け駆け的な暴発を自制させるでしょう。これはイスラエルとの和解ではありません。長い戦いのための、一時停戦の間の羽繕いです。パレスチナ問題の根本的解決では全くありませんが、かりそめの平和であっても、パレスチナの市民にとっては有難い「平和」です。

 前後しますが、今回のブリンケン米国務長官の中東歴訪について評価したいのは、その愚直なまでの中立的な緊張緩和外交の姿勢です。今回、ヨルダン、エジプト、イスラエル、パレスチナにてそれぞれ国家指導者等と直接の会談を実施してきていますが、内容的には今回のイスラエル・パレスチナ間の停戦の維持と復旧・復興についてのみ、米国の関与の姿勢と面倒見態勢を明確にしています。ヨルダンとエジプトにはhonest broker(正直な調停者・仲介者)の役割を果たしてくれたことの感謝を示し、イスラエルには引き続きイスラエルの自国防衛に対する米国の支持と物理的援助(アイアンドームのミサイル等の供給など)を約束し、他方でパレスチナ自治政府にはガザ地区の復旧・復興への支援について約束しています。特に、イスラエル・パレスチナの両国には停戦の維持について念を押しているはずです。彼は愚直にこれだけのために今回の中東歴訪をし、さっさと帰りました。歴代の米政権の中東外交、特にパレスチナ対応だったら、これが当たり前といえば当たり前ですが、トランプ政権がぶち壊した後ですから、これを地味に目立たずに元に戻して帰ってきたことが立派だった、と私は見ています。例えば、トランプ政権では前政権の政策をボロカスにこき下ろしたり、前政権の政策を覆す政策を、マスコミへのPRも劇的にやったことでしょう。この辺、ブリンケンはシレーっと音なしの構えでやってのけました。例えば、在イスラエル米国大使館の件は、前トランプ政権がエルサレムに移設したので、前政権の政策を覆してテルアビブに戻すというオプションもあったろうに、そうしませんでした。前政権の政策に反対であったとしても、法的に正当な政権の政策である限り、国家としては政権交代があっても前政権の政策を引き継がねばなりません。それが国家というものです。ブリンケンは、そこはそのままで「パレスチナへの支援等について、今回の紛争で一旦退避した大使館の要員を復帰させて米国大使館の機能を再開する」と言及したのみで、所在はエルサレムのままです。また、せっかくの初の中東歴訪なので、バイデン新政権の様々な中東政策のアジェンダもあろうに、他のことには一切係わることなく、前述のように、今回の停戦維持と復旧・復興のみでした。天晴れです。トランプ前政権だったら、ついでにあちこちと米国の兵器の売り込みをしてきたり、トランプ前大統領の言うbig dealを外交成果として米国の有権者にPRしたことでしょう。

 また、何かのキッカケで紛争が再燃するかもしれない危うい停戦ですが、このかりそめの「平和」を享受して、いち早く破壊されたガザの市民生活を復旧・復興されんことを祈るばかりです。

(了)

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2021/05/23

ガザ:危うい停戦は次なる紛争のカウントダウンか

ガザ:危うい停戦は次なる紛争のカウントダウンか
 停戦成りましたね。それはそれでよかった。11日間に及ぶイスラエルとパレスチナ自治政府のガザ地区との間の報復攻撃の応酬は、双方が停戦に合意しました。双方が「勝利」と歓喜し、国際的な援助も本格的に入り、破壊された街が逐次修復され、町も人々も活気を取り戻し始めています。
palestinians celebrated in gaza
停戦を「勝利」と喜ぶガザのパレスチナ人(Palestinians celebrate in the streets following a cease-fire brokered by Egypt between Israel and the ruling Islamist movement Hamas in the Gaza Strip, on May 21, 2021, in Gaza City.)(2021年5月21日付VOA記事「Fragile Israel-Hamas Cease-fire Met with Cheers, Criticism」より)

 しかし、この停戦はゴールではなく、極めて危うい崖っぷちの上を歩いている現在進行形の国際情勢だということを念頭に置くべきだと思います。導火線、いや爆発性の危険物がそこかしこに存在するのがパレスチナです。例えば、東エルサレムのパレスチナ人の土地問題で、裁判結果に基づく強制的な差し押さえに対するパレスチナ人の抗議デモが起きて、それに対するイスラエル官憲のデモ対応でパレスチナ人に犠牲者が出たとして、停戦中とはいえコントロールの効かない過激なハマスの鉄砲玉による暴発はあり得ます。自爆テロやロケット攻撃が起きたとして、それを契機に、イスラエルは報復攻撃をします。停戦は棚上げとなる可能性は十分に高い状態です。これを称して「次なる紛争のカウントダウンだ」という論評もあるくらいです。(BBC記事2021年5月22日付「Israel-Palestinian conflict: Aid arrives in Gaza as ceasefire holds」の評論欄「A countdown to the next conflict?(BBC特派員ToM Bateman))
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エルサレムのアルアクサモスク前の広場でパレスチナ人を取り締まるイスラエル軍(前述のVOA記事より)
 
朗報はエジプトによる停戦監視だが…ハマス内の分裂の兆しもあって…
 2020年秋からのナゴルノカラバフの紛争を例にとると、2020年9月下旬から軍事衝突となり、10月10日に停戦となったものの数次の停戦棚上げで紛争が続き、結局10月10日頃の4度目の停戦でようやく本腰を入れた停戦後の復旧・復興に入りました。決め手は、ロシアの調停とロシア軍の停戦監視部隊の駐留です。ロシア軍が介在している以上、停戦破りがあれば、ロシア軍が乗り出して対応することになりますから、アルメニアもアゼルバイジャンも慎重になります。
 さて、パレスチナのガザはどうでしょう。今回、米国がイスラエルの首に鈴をつけ、ガザのハマスに対してはエジプトが首に鈴をつけました。そのエジプトが停戦監視部隊を駐留させるという情報ですから、ロシア軍ほどのにらみは効かないものの、一応、第3者たるエジプト軍が停戦履行状況をチェックしてくれるし、イスラエルにとっても心からの信用はしていないでしょうけど、一応の停戦監視の履行の保障にはなるでしょう。
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停戦後のパレードでのガザのハマス部隊(Hamas militants parade through the streets for Bassem Issa, a top commander killed by Israeli Defense Forces military actions prior to a cease-fire reached after 11 days of conflict between Gaza's Hamas rulers and Israel, in Gaza City, May 22, 2021.)(2021年5月22日付VOA記事「As Israel-Hamas Cease-Fire Holds, Egypt Mediates for Long-Term Truce」より)

 とはいえ、今回バイデン米大統領とともに停戦の調停役を演じたエジプトのアブデルファッタエルシシ大統領の足元(エジプトの政情)も不安定です。それ以上に危ういのが、ガザ地区の実権を握っているハマスの組織内で、外交重視の調停派と武闘思考の強硬派との間で激しい意見対立がある模様です。ガザのハマスの政治指導者ヤヒヤ・シンワー氏の一派は停戦を長期的に維持することを是として外交重視の姿勢をとっていますが、ハマスの軍事部門の司令官モハメッド・デイフ氏やハマス全体の政治指導者イスマイル・ハニエ氏は対イスラエル強硬派です。停戦も再編成や補給のための方便という思考があります。現行の停戦は利害が一致しているからいいですが、今後東エルサレムの土地問題などで再び問題が顕在化した時には、外交重視派と武闘派の意見対立はコントロールの効かない鉄砲玉がはじけることが引き金となって、イスラエル側から鉄砲玉ではなく公然と報復攻撃という形で停戦破りが行われるかもしれません。それというのも、直ぐ上の写真を見てください。今回の停戦を「勝利」と位置付けて歓喜するパレスチナの若者の目には、上の写真のようなハマス部隊の堂々の市中パレードは「停戦を勝ち取った英雄」に映るわけですから、鉄砲玉予備軍は大勢いるわけです。

 パレスチナ情勢は、まだまだ目が離せませんね。

(了)

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2021/05/21

停戦成るか:やむにやまれぬイスラエルとパレスチナの衝突

停戦成るか?バイデン米大統領のネタニヤフ首相への電話会談
 A statement released by the White House said: "The president conveyed to the prime minister that he expected a significant de-escalation today on the path to a ceasefire." (米大統領府の発表:「米大統領はイスラエル首相に対し、本日中に停戦に向けた重大な緊張の緩和をすることに期待する、と伝えた。」)(BBC 2021年5月19日付(現地時間)記事「Israel-Gaza: Biden tells Netanyahu he wants 'path to ceasefire'」より)
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イスラエルの航空攻撃を受けたガザ市街 (Damage from an Israeli air strike overnight in Gaza City: 前述のBBC記事より)

 連日イスラエルとパレスチナの泥沼の攻撃の応酬が続き、現地市民の悲惨な被害の状況や衝突の状況が日本にも伝えられています。国連や国際社会の仲介も空しく、連日の報復の応酬でしたが、米国がやっと動きましたね。これまでは強い言葉での停戦要請せずにいたバイデン米大統領は、日本時間の本日=現地時間の2021年5月19日(水)朝、イスラエルのネタニヤフ首相と数度目の電話会談をし、今回は明確かつ期限を示して停戦に向けた舵を切れと要請をしました。実質的にパトロンの米国にここまで言われたら、いくらイスラエルのネタニヤフ首相が食えない奴でも、さすがに停戦の方向に舵を切ることにならざるを得ないでしょう。既にイスラエルの外交筋や軍は、これまでの空爆等の成果を評価し概ね軍事的にイスラエルにとっては十分な成果を上げていると分析した上で、エジプトやカタールを仲介に交渉を始めている模様です。

 そうなれば何よりですが、ソロバン勘定通りに行かないのが中東、特にパレスチナ問題なのです。中でも、今回の攻撃の応酬の焦点「ガザ地区」というのは、同じパレスチナ自治政府のでもハマスという過激派組織が実効支配する地区で、今回の衝突でもイスラエルの人口集中地区に対するロケット弾の飽和攻撃という手段で徹底抗戦をしていますので、イスラエル側も一歩も退かない状況です。勿論、ガザ地区のハマス側も一定の成果を得ての停戦という話は受け得る話です。しかし、本当の停戦に至るかどうかのカギは、双方の思惑が停戦の条件において折り合いが付けられるかどうかでしょうね。

 私見ながら、バイデン大統領に直接要請されたからには、表面上イスラエル側は一旦矛先は収めると思いますが、イスラエル官憲の弾圧行為に対するパレスチナ側の反発で起きる地上における小さな衝突を契機に、またどちらかが報復攻撃をし、また再び報復攻撃の応酬の口火を切る可能性が大きいと見ています。

 PKOでイスラエルに勤務し、その際に生のパレスチナ問題も実体験で見聞しました。その肌感覚から言えば、パレスチナ問題は根が深く、一触即発の導火線の中で日常生活をしている感じですから、一度火がついたからには行きつくところまでいかないと治まらないのではないか、と憂慮しています。

「かくすれば かくなるものと 知りながら 已むに已まれぬ 大和魂」
 我々当事者ではない第3者から見ると、感情の発露や怨嗟の応酬にしか見えません。状況が全く違いますが、吉田松陰の和歌を思い出しました。千発ものロケット弾をイスラエルの市街地に向けて撃つガザ地区のパレスチナ人、これを防空システムで迎撃しつつ、航空攻撃でガザの市街地に精密な報復攻撃をするイスラエル軍、・・・「あんなことしたらこうなるから止めとけよ」と我々第3者に批判されようが、彼らにとっては「そうと分かっていても報復攻撃をせざるを得ない」、そんな状況です。「やむにやまれぬ」双方それぞれの感情があって、周囲から即時の攻撃停止を呼びかけられても、攻撃を停止するなどあり得ない、敵に対する報復攻撃をせずにはいられない。そんな彼らを突き動かしている思いとは、自らの生存を脅かす敵を殲滅しない限り、自らの家族の生存が危ういのだ、という自らの生存のための「自己防衛」に根差しています。第3者から何を言われようが、「他人が口を出すな!お前らに何が分かる?」という状況です。
 イスラエルとパレスチナがなぜかくも憎しみ合い傷つけ合うのか、現地で勤務した経験に基づき、見聞きした現場感を踏まえてそれぞれの思いをご紹介します。

パレスチナの「やむにやまれぬ」事情
 イスラエルの事実上の実効支配地域の中に、パレスチナ自治政府の西岸地区とガザ地区があります。これは世界史で皆さんもご承知の通り、2000年も前に確かに現イスラエルの地にユダヤ人の国がありましたが、ユーラシア大陸とアフリカをつなぐ戦略的重要性の高い場所に位置するこの地は、歴史上様々な帝国に支配され、ここにいたユダヤ人たちも歴史の反動の中で世界に離散していました。ユダヤ人とはユダヤ教を信仰する人々のことですから、ユダヤ教の教え通り、「ユダヤの民は今は世界に離散していてユダヤの土地に戻れない状況に身をやつしているが、神との約束に基づき、やがて聖なるあの土地に帰る日が来るのだ。」と2000年の間願ってきました(シオニスト運動)。それが2度の世界大戦後に時機到来したわけです。世界のユダヤ人がユダヤの地に帰り、自分の国を建国しました。しかし、ユダヤ人にとってのユダヤの地は、パレスチナ人にとっては昔からここに住んでいるパレスチナの土地ですから、ここで当然利害対立が起きます。ユダヤ人は当初は英国の手引きで、じ後は自らの手で、この地に帰りつき、お金で土地を買ったり不毛の地を開拓したり、少しづつ土地を獲得し、やがてユダヤ人の国「イスラエル」を建国しようとします。当然、パレスチナ人と衝突。財力と知力を使い、イスラエル建国闘争に勝ち、イスラエルを建国します。パレスチナ人は難民となり、周囲に離散。ここで周囲のアラブ諸国が激怒し、イスラエルに対する戦争となりました。これがいわゆる数次に及ぶ中東戦争です。これまた知力・財力・軍事力・米国の力を借りて、イスラエルは建国当初より支配地域を拡大しました。しかし、国際社会も黙っておらず、国連の安保理決議などの横槍が入って、何とか先住民であったパレスチナ人の自治区を作れということで、今の状況に収まってきました。
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 上図の薄いピンク色がイスラエル、事実上イスラエルの実効支配地域内で点線で境界が引かれたせヨルダンと隣接している「西岸地区」とエジプトに隣接している「ガザ地区」の2つがパレスチナ自治政府の土地です。パレスチナ自治政府は「ファタハ」党が与党のアッバース議長(大統領)が政府の代表ながら、ガザ地区はこれに従わず、過激派組織ハマスが実効支配しています。
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西岸地区やガザ地区を囲む隔壁

 この西岸地区、ガザ地区の周囲は上の写真のような壁に囲まれています。これはパレスチナ側が自治区の領域を示すため立てた塀ではなく、イスラエルがパレスチナのテロリストがイスラエル側に入ってこないように、自国市民の安全確保のために勝手に設置した隔壁であり、事実上パレスチナ自治区を監獄状態にしています。更に念を入れて、地中海に面しているガザ地区においては、海上からの出入りをイスラエル海軍が封鎖しています。信じられますか?パレスチナへの出入りは西岸地区もガザ地区も数か所のみに制限され、出入りにはイスラエル軍・警察による執拗なチェックを受けます。要するに、国家としての尊厳をイスラエルが実力で圧殺し、パレスチナ自治政府の土地を事実上の監獄化しているわけです。しかも、米国がパレスチナを国家として認めておらず、日本も米国に右を倣えをしてパレスチナを国家として承認していません。なので「自治政府」というもってまわった言い方をしているわけです。お恥ずかしい話です。

 現地を知る者として、PKO当時、中立的に勤務しなければいけない立場なので職務上は中立を貫きましたが、パレスチナ問題に関しては正直なところ「親パレスチナ・反イスラエル」になってしまいます。パレスチナ側からイスラエルのチェックを受けて毎日出稼ぎにくるパレスチナの人々が、イスラエル軍によりひどい仕打ち・扱いを受けているのを何度も見ました。高圧的にして暴力的なそのチェックのありさまを見ていると、第3者ながら血が逆流しました。パレスチナ人はそんなひどい仕打ち・扱いを受けても、イスラエル側に出稼ぎに行きます。それは、悲しいまでにパレスチナ自治区内での仕事より給料がいいから。パレスチナはイスラエルによって強制的に鎖国させられているような状況なので、政治も経済もひっ迫し、物は流通しないは失業率は50%程度だわ、上水道も寸断、下水道も普及しておらず衛生状況も悪いわ、いいことがありません。ガザ地区なんか特に酷く、し尿が市内や地中海に垂れ流しにするものだから、地中海のガザ近郊の海洋汚染が甚だしい状況です。日々の生活は苦しく、金も仕事もなく、イスラエルへの出稼ぎも屈辱的だが生きるために働く、・・・そんな閉塞感を抜きに、今回の報復攻撃の応酬は語れないのです。

 今回の衝突の始まりは、聖都エルサレムのイスラム教の聖地岩のドームとアルアクサモスクの聖域にイスラエル軍が侵入・閉鎖してパレスチナ人を締め出した事案、これに続いて東エルサレムの本来ならパレスチナ自治区の土地にユダヤ人が土地の所有をめぐって提訴し、イスラエルの裁判で勝訴しパレスチナ人の土地を取り上げた事案があり、これに抗議するパレスチナ人がイスラエルの官憲に逮捕拘束され、デモは弾圧されたことから全土に拡大しました。パレスチナ自治区でもでも、パレスチナ自治区ではないイスラエルの地域でもイスラエル国民のパレスチナ人がいます。あちこちでデモがあり、これがイスラエル軍や官憲に手酷い弾圧に遭いました。これに呼応する形でガザ地区のパレスチナ人によるイスラエルに対するテロ的な攻撃があり、これをイスラエルが弾圧し、これに報復するロケット弾攻撃が始まりました。イスラエルはロケット攻撃を超ハイテク装備のアイアンドームという迎撃精度の高い局地防空システムで防空するとともに、航空攻撃による精密誘導ミサイルでハマスのアジトを攻撃。ハマスもわざと病院やら学校やらパレスチナ市民を人間の盾にしてアジトを作るので、イスラエルの攻撃で被害をこうむる罪のない無垢の市民も出ます。この辺をイスラエルは配慮しません。イスラエル市民を守るため、パレスチナ市民が多少犠牲になっても「仕方がない」と考えます。だから、ハマスはカッサームロケットというパイプを改造した手製のロケットを沢山作って、イスラエルのハイテク防空システムに対してローテクだが飽和攻撃によって対抗します。ハマスはガザの地下にトンネルを無数に作って、トンネルからの神出鬼没のロケット発射をしては隠れます。イスラエルはこれを衛星やドローンで監視し、トンネル入り口と思しきものに航空攻撃で潰しにかかっています。また、イスラエルはモサドというイスラエル版CIAを使ってハマスの主要幹部の暗殺工作も実施しています。これまでも(今回以前)何人ものハマス幹部が暗殺されています。
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カッサームロケット弾

 連日の攻撃の応酬により、イスラエルでは12名が死亡、ガザのパレスチナ人は200数十名が死亡。ハマスにしてみれば善戦している方かもしれません。しかし、ガザの普通の市民も攻撃による夥しい負傷者や生活の破壊、市街地の破壊でもうクタクタです。しかし、怨嗟の炎がやまない状況なのです。若者たちはハマスがイスラエルに一矢報いている姿が英雄に見えるわけです。・・・だから、なかなか終わらない。終われない。そんな気がします。

 おそらくバイデンのイニシアチブでイスラエル側は小休止するでしょうが、パレスチナ側が抑制の効かない過激な鉄砲玉がいて小衝突が起きると思います。そしてまた報復の連鎖へ。専門家は、ソロバン勘定からして「長期戦は誰も望まない。」ので停戦になると読んでいる方々がいます。しかし、ガザのパレスチナ人は治まらず、結局泥沼化するでしょう。1987年~93年の第1次、2000年~2005年の第2次インティファーダのような泥沼状態になるのではないか、と懸念しています。あの時も、泥沼の抗争が何年も続いたあげくに、ようやく双方が疲弊して交渉のテーブルに着いたのですから。
 悲しいかな、誰も望んではいないものの、イスラエルとパレスチナの抗争は泥沼のインティファーダ化するであろう、と推測する次第です。

(了)

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2021/05/11

中国報道官が北斎画像で福島の処理水問題を強烈に批判


この野郎またやりやがったな。まずは下の画像を見てください。
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「Lijian Zhao(趙立堅中国外務省副報道局長)ツイッター2021年4月26日付」(https://twitter.com/zlj517)より

中国報道官が北斎画像で福島の処理水問題を強烈に批判
 2021年4月26日付中国政府のツイッターにて中国外務省の趙立堅副報道局長がツイッターに画像を添えて投稿。ご覧の葛飾北斎の名画、富岳三十六景の「神奈川沖の浪裏」を加工して、富士山を原発サイロに、波に漂う船に乗る人を防護服を着た作業員と思しき者が放射能標識のついた容器から処理水を海洋投棄している姿に描き変えた画像に偽造したものを投稿しました。ここにツイートのコメントとして、「An illustrator in #China re-created a famous Japanese painting The Great Wave off #Kanagawa. If Katsushika Hokusai, the original author is still alive today, he would also be very concerned about #JapanNuclearWater. (日本の葛飾北斎の名画「神奈川沖の浪裏」を中国のイラストレーターが加工したものです。原画の作者北斎さんが存命であったなら日本の原発処理水の問題には大いに関心を持ったことだろう。)」と添え書きしました。非常にたちの悪い名画を使った強烈な誹謗中傷です。これまでもこの趙副報道官は、どこかの国の外交政策や国内問題を、記者会見の場や公式ツイートにて、過激な言葉を使って誹謗中傷したり、ねつ造投稿画像を使って揶揄したり、意図的に問題を煽るスタイルで中国外交の一翼を担ってきました。一個人のアカウントではなく「China Government Official」という政府の公式アカウントを使って中国外交のコメントの流し方の一翼を担っているところが特徴的です。
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趙立堅 中国外務省副報道局長 (本人ツイッター(https://twitter.com/zlj517)より)

中国の対日外交の絶好の攻撃目標:福島原発処理水の海洋放出問題
 これに先立つ2020年4月13日、日本政府は福島第1原発で日々貯まっていく処理水の貯水の限界に鑑みて、海洋放出の方針を決めました。直後に麻生太郎副総理が同日の記者会見にて、WHOの定める基準を前提に余計なことを言いました。「飲んでも何ということはないそうだ」。 これを受け、前述の趙副報道局長が直ぐに噛みつきました。「飲めるというなら飲んでみろ」。 これに対し麻生副大臣は(4月16日の会見にて)、これまたよせばいいのに言い返しました。「飲めるんじゃないですか?」。
 ことほどかように、中国にとって対日外交において、この福島原発問題は、なかんずく処理水の海洋放出問題は中国にとって絶好の攻撃目標です。今や対日外交において歩調を合わせている韓国と相まって、徹底的に処理水問題について、やれ「無責任」だの「国際海洋法裁判所への提訴」だのと攻撃の手を緩めません。この問題は、確かに海洋放出する以上は近隣国として意見を言うのは尤もだとは思いますが、攻めている問題の本質についての科学的な根拠をもって攻めてこず、ただただ一緒くたに「放射性廃棄物」をそのまま海に流すようなイメージを言葉の端々に感じる責め方なのが許せないところです。悪意しか感じません。 日本政府は、一応、科学的根拠に基づいて「処理水」やその処分方法の検討について様々な検討をした結果、海洋放出という方法にした、その影響についても科学的な根拠をもって説明しています。 もちろん異論はあるでしょう。それが対抗する科学的根拠をもって攻め立てて来るなら、日本政府として真摯に受け止めねばならないと思います。 しかし、中国や韓国の処理水への「No!」の声は、科学的根拠に基づく反論というよりは「反日キャンペーン」の色合いしか感じられない程、ただの「生理的反発」の発露になっています。

特に、この絵の投稿は言語道断
 蒸し返すようですが、趙報道官のこの絵のツイッター投稿は許せませんね。
 こいつは、昨年11月に、現在中国と何かと関係悪化が懸念されている豪州について、アフガニスタンにおける豪軍兵の戦争犯罪の問題について、今回と同様の心無いねつ造画像をツイッタ―投稿し誹謗中傷しています。これもひどい話ですよ。下の画像をご覧ください。
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「Lijian Zhao(趙立堅中国外務省副報道局長)ツイッター2020年11月30日付」(https://twitter.com/zlj517)より

 細部は、私のブログの2020年12月9日付「『豪軍兵がアフガンの幼児にナイフを』中国報道官の異常なツイート画像の件」で取り上げたので、興味があったらご覧ください。
 上の画像ですが、・・・大きな豪州国旗の上で豪軍兵が、子羊を抱えるアフガニスタンの幼児の頭に豪州国旗を被せて、クビにナイフを突きつけています。「Don’t be afraid, we are coming to bring you peace! 怖がらなくていいよ、我々は君たちに平和をもたらすためにやって来たのだから。」というコメントが添えられた、写真のように見えるフェイク画像です。絵面があまりにエグイので、ここではモザイクがかけられた画像を貼りました。(趙報道官のツイッターでは現物が出ています。)趙報道官はこれにコメントをつけ、「Shocked by murder of Afghan civilians & prisoners by Australian soldiers. We strongly condemn such acts, and call for holding them accountable, (豪軍兵によるアフガニスタンの市民や捕虜の殺害があったとの報に、強い衝撃を受けた。我々はこのような行動を強く非難し、その責任を問う。」とツイートしました。
 このネタ元の豪軍の戦争犯罪というのは、アフガン戦争に派遣された豪軍兵が、派遣間もない新兵に現地での生き残りのための通過儀礼的経験として「拘束したタリバン兵と思しき現地民を射殺させる」という犯罪行為を一部部隊が実施していた、という悲しい事案です。豪軍内の部内調査で明らかになり、豪軍は綱紀粛正のため公明正大に公表したものです。起きた事案は悲しい事実ですが、豪軍の「辛い事実」を隠さず公表し、罰すべきものを罰する姿勢は見上げたものだと思います。他方、趙報道官は、当時悪化しつつあった豪中関係を反映させて、このツイートで揚げ足を取って誹謗中傷したわけです。豪州首相は当然激怒しました。
 つくづく、中国という国は普通の国ではないなと痛感します。こうしたツイート主が市井の著名人だったら謝罪がなくてもいいと思います。しかし、このツイートは一市民のきままな発言ではなく、政府報道官の公的なコメントと理解されるべきものです。国家がこうした挑発的なツイートをイケイケの報道官に出させる・・・普通の国じゃないですね。
 今回の「神奈川沖の浪裏」のねつ造画像も、同じ考えで中国外交の一翼を担っています。こんな挑発的な、しかもフェイク画像を使ってよその国を貶めるようなことします?日本政府はもっと激怒すべきです。

(了)

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2021/05/04

バイデンが認定した「アルメニア人虐殺」:軽率なヤブ蛇か深謀遠慮の英断か

アルメニア虐殺認定
2018年のアルメニア人虐殺103周年の記念慰霊祭の様子(Armenian officials lay flowers at a monument to the victims of mass killings by Ottoman Turks, to commemorate the 103rd anniversary of what they consider genocide against Armenians, in Yerevan, April 24, 2018. 〈2021年4月24日付VOA記事「Biden Recognizes Armenian Genocide a Century Ago」より〉)

バイデンが認定した「アルメニア人虐殺」:軽率なヤブ蛇か深謀遠慮の英断か
 今回も日本のマスコミはほとんど関心を示していないネタですが、非常に興味深い話です。
 2021年4月24日、バイデン米大統領は106年前のオスマントルコによるアルメニア人に対する「genocide(虐殺)」があったということを米国として正式に認めました。というのも、100年前から何度も議会で承認をする動きがあったにも拘わらず、米国として虐殺とは認めようとしないトルコとの関係をこじらせたくないため、歴代大統領が認めてこなかった事実があったので、アルメニアはヤンヤの歓声、トルコは猛烈抗議となっています。(参照:2021年4月24日付VOA記事「Biden Recognizes Armenian Genocide a Century Ago」)
 バイデンさんは大統領選挙の際の公約で、トランプ前大統領が軽視して生きた「人権」を重視した外交をアピールしていたため、アルメニア人虐殺問題のみならず、中国の新疆ウイグル問題やチベット問題、カショギ氏暗殺事件の黒幕のサウジアラビアのムハンマド皇太子、などなど、トランプが見てみぬふりをした臭いもののフタを開けてきました。これらは公約の履行でやっているだけで、後先を考えていないのだとしたら大統領としては軽率も甚だしい。公約を果たして選挙民に歓声を受ける一方で、藪から棒に人権問題の指摘を受けた相手国の激怒を買い手痛い外交上のしっぺ返しをもらうことになるでしょう。だとしたら今回の虐殺認定は「軽率なヤブ蛇」。 他方、臭いと分かっていてフタを開けるからには、責任をもって正義を質し、じ後の外交上の目算の経つ戦略があるのかも知れません。そうした計算づくの「深謀遠慮の英断」なのかも知れません。
 さぁ、今回の100年も前のトルコ(当時オスマントルコ)のアルメニア人虐殺問題の虐殺認定は、「軽率にヤブを突いて蛇が出てくる」話?それとも「深謀遠慮の上で正論をかまして勝算のある外交戦略を打って出た」話なのでしょうか?

オスマントルコの「アルメニア人虐殺問題」とは?
 この問題は、106年も前の1915年頃の話。もはや崩壊しつつあった落ち目の帝国、オスマントルコが、支配していた海外領土が逐次に奪い返されて行く中で、当時のトルコ領内にいたアルメニア人は外国勢力と内通したという嫌疑をかけられて排斥されました。というのも、一時代前のオスマン帝国が広大な支配地域を有しており、アルメニア人は現在のアルメニア国のみならず、アゼルバイジャン国のナゴルノカラバフ地区(紛争の背景がこの虐殺問題でもあります)もそうですが、この地域のあちこちにかなり広範囲に住んでいたわけです。このうち、現在のトルコ領内の東部バン湖のあたりにもアルメニア人がかなり住んでおり、当時のトルコの政治経済の中でも活躍していたようです。しかし、オスマン帝国の崩壊の過程で、ロシアに敗れて現在のトルコ領くらいまでロシアに領土を奪われますが、この際にトルコ内に自民族の民族主義的な運動がおこり、東部に住んでいたトルコ領内のアルメニア人たちが、ロシアとの戦争の際にロシアと裏で組んでいたのではという疑念や逆恨みから、アルメニア人有力者の逮捕・処刑に始まり、果てはトルコ領内のアルメニア人全体に対し追い出しや収監や強制労働という弾圧をかけ、最終的に当時200万いたアルメニア人が40万人にまで減るという結果になった歴史的事実があります。この際の、トルコ政府による組織的なアルメニア人絶滅政策とまで言われる弾圧が行われ、トルコから追い出され、略奪・強姦・阿鼻叫喚の目に遭いながら辛うじて他国に身を寄せたアルメニア人が相当数いて、欧州諸国や米国にまで逃げ延びています。これがアルメニア人の「diaspora(民族離散)」と呼ばれるものです。多くの研究者はこれを「虐殺」と糾弾する一方、トルコでは「不幸な弾圧的な行為が市民間であった」ことは辛うじて非公式に認めつつも、人数は数万規模だったし、決して国家の関与はない、と「虐殺」に関して完全否定している問題です。トルコ国内ではタブーであり、本件を言及するだけで国家に対する侮辱罪で逮捕されるそうです。
余談ながら、「genocide」という用語を造語したのはポーランド系ユダヤ人弁護士ラファエル・レムキンで、当時のアルメニア人の惨状を見聞して調査していましたが発表する機会がなく、この用語を造語したものの使わずじまい。のちの第2次世界大戦のドイツのユダヤ人虐殺を糾弾して「genocide」という用語を初めて論壇にデビューさせ、この概念が世界的に認知されたそうです。
 ちなみにアルメニア人虐殺当時の米国でも、The New York Times紙が1915年の1年だけでも145本の記事を書いて糾弾しています。「虐殺」には国家の組織的関与の有無が問題の焦点となりますが、当時のトルコ政府は、追い出されたアルメニア人の住居や置いていった財産の没収を法的に認めたり、アルメニア人の持つ武器等は没収され、アルメニア系の警官や軍人は労働部隊に転属させられ強制労働をさせられたり、何の罪もない市民だったアルメニア人がトルコ領シリアの砂漠の中の刑務所への死の行軍をさせられたり、ということなので政府の組織的な指示がこの弾圧のベースであったことは間違いありません。1915年当時のThe New York Times紙も、トルコ政府の関与を“systematic,” “authorized, and “organized by the government.”という言葉で明確に糾弾している程でした。
(参照:The New York Times, Times Topics「Armenian Genocide of 1915: An Overview - New York Times」(https://www.nytimes.com))

バイデン米大統領の「虐殺」認定は軽率だったのか深謀遠慮だったのか?
Financial Times Ron Klain image
ロン・クライン米大統領首席補佐官 (2021年5月1日付Financial Times記事「Ron Klain, the man executing Biden’s mission」より)

 結論は長い目で見ないと分かりませんが、私見ながら「深謀遠慮」と推察します。
 前述のとおり、トルコではこの問題はタブーであり、歴代の米大統領も度々議会からの「虐殺認定」の動議が出され政治案件に上がっては、トルコは欧州とロシアの、加えて欧米キリスト教文化と中東イスラム教文化の、狭間にいる極めて戦略的重要性の高いNATO加盟国として、大統領自身が認定を拒否してきました。ニクソンも、親父ブッシュも息子ブッシュも、そしてオバマですら。それを今回バイデンが認定しました。いやー、トルコは激怒ですよ。トルコはエルドアン大統領になってから、かなりこれまでと違った独自路線を取り始めました。だから怖い。策士エルドアンなりの大義や理屈を有し、徹底的にその達成を追求する男ですから、昨年のナゴルノカラバフ紛争でもそうですが、必要があらば歴史的宿敵ロシアとでも手を握る男です。最近、NATO諸国との間で同盟を揺るがす問題となっているロシア製の防空システム導入の件でもぎくしゃくしている最中です。これは、防空ウェポンシステムとして、敵と味方を識別するために味方の戦闘機の枢要なデータを入力する必要がありますが、味方であるNATO軍の戦闘機のデータを入力することになるため、製造元のロシアに筒抜けになることが懸念されています。最近では、中国のウイグル問題でも、本来トルコ人とウイグル民族は極めて民族的に近く宗教的にもシンパシーがあるため、親ウイグルだったはずが、ごく最近の中国との外交で協調し始め、ウイグル問題でトルコは全く発言しなくなりました。こうした東西の狭間のバランサーとしてのギリギリのシノギ利益を得ているトルコに、今回の米国の虐殺認定はどう映るでしょうか。ヘタをしたらロシア・中国枢軸側に軸足を移すキッカケになるかも。
 しかし、私見ながら、バイデン大統領の側近中の側近、ロン・クライン大統領首席補佐官の存在が、就任100日を過ぎたバイデン大統領の政策に「深謀遠慮」というフィルターをかける機能を果たしていると見ています。この人はここ数十年でピカイチ優秀な大統領補佐官の可能性を秘めています。まず、私が着目しているのは「表には出ない」ということ。主要な会議には常に大統領の傍らで全般を総括し、時に大統領執務室で長時間大統領と二人きりで密談、しかし主要なメディアへの登場は徹底的に差し控え、政策は報道官や閣僚や大統領自身に直接語ってもらい、自分は表には極力出ない。まさに「参謀」です。自身がユダヤ人ということもあり、国家が関わる虐殺には容赦がない。本件でもクライン補佐官の意図が必ずや入っていると推察します。それでいて、日本のアホな左巻きの知識人たちと違い、主義主張だけではなくて、勝てる喧嘩をするため、事前に十分な戦略を立て、水面下にて米国という国家が有する合法非合法の各種手段を駆使して伏線を引きます。奴なら我々の知らない計画が既に進んでいると思います。(参照:2021年5月1日付Financial Times記事「Ron Klain, the man executing Biden’s mission」)
 勝手な推測であり全くの私見ですが、クライン首席補佐官はエルドアンの失脚を狙っているのではないか?と推察しています。実はトルコのエルドアン大統領は、国内で結構な瀬戸際に立たされています。まずは、①イスラム教戒律への傾斜問題。トルコは元々はイスラム教が背景にありながらも、国家運営は政教分離の世俗主義のはずでした。エルドアン大統領はこれを宗教的な価値判断基準を国家運営に厳しく反映しています。たとえて言えば、江戸時代の田沼意次の世俗・腐敗政治の後の松平定信の清廉潔白・質素倹約政治の江戸庶民の「生きづらさ」ですね。田沼政治と松平定信政治を皮肉った川柳にあるように、「白河の(松平定信のこと) 水の清きに耐えかねて 元の濁りの 田沼ぞ恋しき」、という感覚が今のトルコにあるようです。また、①と相まって②コロナ対策の失策で国民の不満が、これまでにない大きなうねりになっています。一例として、うまくいっていないコロナ対策の一環としてトルコ政府がお酒アルコールの販売禁止措置を取り、国民の反発を買っています。(参照:2021年4月30日付VOA記事「Turkish Government Under Fire Over COVID-19 Alcohol Ban」)
 ここ最近の米国‐トルコの関係悪化は顕著です。クライン補佐官は、関係悪化の原点ともいえる米国にとって危なっかしいエルドアン大統領(最近では「我々はオスマン帝国の子孫だ」と主張)の首を米国にとって御しやすい者に挿げ替えようと考えて、深謀遠慮で今回の虐殺認定をかまして来たのではないか?と私見ながら「邪推」しています。核心的証拠は全くなく、専ら断片的状況証拠ですが、今回バイデン大統領がわざわざ虐殺認定の発表を4月24日というアルメニア人の虐殺慰霊の記念日に行ったという、トルコへの逆なでを意図的にやっていることから、裏読みしてみました。引き続き状況を観察して参ります。

(了)

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