中国が極超音速実験成功: ゲームチェンジャーの出現に米国が肝冷やす

TVインタビューに答えるミリー統合参謀本部議長(2021年10月27日付MIlitary.Com記事「China's Hypersonic Weapons Test ‘Concerning’: Gen. Milley」より)
ミリー統合参謀本部議長の驚愕と焦り
日本でも報道がありましたが、中国が今年の夏に実施した極超音速飛翔体の実験について、米軍トップのミリー統合参謀本部議長が27日に、米ソ冷戦時代にソ連が世界初の人工衛星に成功し、軍事科学技術の研究開発力に大きく水を開けられたスプートニク・ショックに近い衝撃と言及し、米国が中国の軍事分野での研究開発力の高さに驚愕と焦りを見せたことが話題となりました。
(参照: 2021年10月27日付VOA記事「China Hypersonic Test ‘Has All of Our Attention,’ US General Says」、10月25日付BBC記事「Does China’s hypersonic test signal a new arms race?」)
中国の極超音速飛翔体はゲームチェンジャーか?
この段落の見出しは、言い換えれば、「ミリー統合参謀本部議長は、何に驚愕し焦りを見せたのか?」ということです。結論から言うと、今回の実験結果から、ロシアも米国も研究開発している「極超音速飛翔体」について、米国が驚愕し焦るようなゲームチェンジャーと言えるレベルの開発に成功した模様です。
ミリー統合参謀本部議長は、TV番組のインタビューに次のように答えました。
(スプートニク・ショックとの比較について言及しつつ)“I don’t know if it’s quite a Sputnik moment,but I think it’s very close to that,”(「スプートニクの時と同じかどうかは私にはわからないが、極めて近い衝撃だと思う。」)更に言葉を付け加え、“It has all of our attention.”(「現在、全力で注意を傾注しているところだ。」)
恐らく部下の参謀から細部情報を耳にしていたのでしょうが、極めて正直に驚愕と焦りを言葉と顔で表しました。心底ショックを受けていることが、その言葉と表情でダダ漏れです。この人は先日のアフガン撤退をめぐる大統領批判とも取れる発言でもそうでしたが、思ったことを愚直に、バカ正直に出し過ぎです。米軍トップたるもの、如何なる状況でも、冷静かつ懐深くポーカーフェイスでいて貰いたいものです。いや、ひょっとして愚直を装った大ダヌキかも?
それはともかく、中国の今回の実験について、それがゲームチェンジャーなのかという点について触れましょう。
中国の極超音速飛翔体は、この夏(細部時期不明)2回の飛翔実験をし、この飛翔体は大気圏下層を滑空しながら地球をほぼ一周したあげく、目標からは40キロずれて落下したものの、マッハ5、音速の5倍を超える速度で飛翔することに成功した、と言います。先日、北朝鮮が似て非なる中途半端なミサイルを撃ちましたが、軍事科学技術のブレイクスルー度が段違いです。まず速度がマッハ5越え。次いで飛距離が地球1周越え。その高度が大気圏下層で地球の軌道に乗って滑空したこと。これがミサイルであれば、これまでの弾道弾対処が発射から目標への単純な放物線(弾道)の軌道でしたので、レーダーで捉えて直線的に数機の迎撃ミサイルで撃ち落とす弾道弾防衛が成り立ちました。しかし、この速度、飛距離、かつ高度で、地球を周回する弾道を取られると、レーダーの指向が取れない方向から極超音速で目標に弾着してくるので、もはや有効な防御手段はありません。もはやアメ公でも打つ手なし。完全なるゲームチェンジャーです。極超音速分野は、米国もロシアも(実は日本も)しのぎを削っていますが、いやー確かにやられましたわ。これまで中国を舐めていましたがビックリ仰天です。これはミリーさんも腰が抜けるワケです。
ではゲームは変わるのか?
中国の極超音速飛翔体の実験は、確かに軍事科学技術のブレイクスルーながら、国際軍事情勢が一変するようなことは起きない、と私見ながら推察しています。言葉を変えると、迎撃が困難なミサイルの出現という一分野での戦術的なゲームチェンジャーであることには間違いありませんが、客観的に見て、これをもって世界の戦略地図が一変するような戦略的なゲームチェンジャーには至らない、という趣旨です。
まず、極超音速の分野では、まず3年前にロシアが先駆しています。あの時も米軍はショックを受けていました。(時の米軍トップは、何食わぬ顔で済まし、ミリーさんのようにはあからさまではなかったですが。) ロシアを追って、米国も中国も研究開発しており、米国も同様な実験をしていましたが、今回のショックぶりを見ると中国に先を越されていることが分かります。
次いで、大気圏下層を滑空する、というレーダー探知を掻い潜り長距離を飛ぶ弾道についても、実は冷戦時代のソ連が「部分軌道爆撃(FOB)」という装備体系として研究開発していたものの焼き直しです。決して目新しい発明ではありません。しかし、これを極超音速と組み合わせて成功したことがブレイクスルーです。ここに米軍は驚愕し、焦っているのだと思います。
中国の今回の実験成功は確かに米軍が驚愕するように、軍事科学技術上のブレイクスルーなのですが、それでも戦略的なゲームチェンジャーというまでに至らないと思うのは、おおきく2つの要因があります。
まず第一に、中国のこの極超音速の大気圏下層を滑空して超長距離まで飛ぶ飛翔体の「使いみち」の問題です。中国のこの極超音速飛翔体の開発目的は、核戦力において米国に質・量とも圧倒的に劣勢な中国の米国に対する脅威観の軽減、米国に対する核戦力における対抗と考えられます。中国の持つ大陸間弾道弾、潜水艦発射弾道弾を始めとする戦略核、戦域核、戦術核の質も量も米国には及ばず、仮に米国に撃ったとしても、米国はABM(弾道弾迎撃ミサイル制限)条約から脱退しておおり、弾道弾防衛が複合多重に組まれていて、「中国の核ミサイルは迎撃されてしまうだろう」という懸念を軽減したいのです。その網をかいくぐるのが極超音速技術。使いみちは核戦力と考えられます。核戦略は、米ソの時代がそうであったように、核戦力の均衡がむしろ安定的な状況となります。北朝鮮は核兵器のスイッチを持たせるには何をするかわからない怖さ(狂気)がありますが、中国は一応の安定性があります。米中相互の核戦力が拮抗するということが、逆説的に相互の抑止が効くわけです。この辺が「核」という超絶大量破壊兵器が故の皮肉ですね。
第二に、これまた皮肉なことに、米国もこの軍事科学技術のギャップを埋めるべく、必死で研究開発に力を注ぎ、そのうち極超音速をクリアするでしょう。極超音速で大気圏下層の長距離滑空で来られると迎撃ができないので、対抗策は同じく極超音速による攻撃です。ここで、米国が中国と違うのは、米国は極超音速を核戦力に使うというよりは、より使う上で蓋然性が高く、使用する敷居の低い通常兵器として使う気満々なところです。「迎撃が難しいなら、攻撃力で対抗」という話で、少し遅れて欧州や日本も研究開発やライセンス生産等であとに続くでしょう。それだけの話。
要するに、ある分野でのブレイクスルーがあったとしても、軍事情勢上の大変革が起こるほどの戦略的なゲームチェンジャーはそうは生まれないのです。
真のゲームチェンジャーたる兵器とは、古くは封建制的な騎士団間の刀剣・騎馬の格闘戦の時代を一変させた、ナポレオンの徴兵国民軍による銃や砲弾による会戦の時代の近代戦化が典型例ですし、我が国が関わったゲームチェンジャーで言えば、大艦巨砲型の洋上海戦の時代を一変した真珠湾攻撃における日本海軍の空母を基盤とした艦載航空機による機動打撃でしょうね。
ではなぜ、米軍トップのミリー統合参謀本部議長はかくも驚愕を隠せなかったのか?
私見ながら、ミリーさんはバカ正直だから、中国が極超音速でブレイクスルーをしたというニュースに対して、単に中国に軍事科学技術で負けたことが余程ショックだったんじゃないでしょうか。だとしたら、腹がなさ過ぎる。
むしろ、腹芸でビックリした姿を演じ、中国を喜ばせ、もって中国が益々掛け金積み上げ競争にうつつを抜かし、国力を減耗し、ついにはソ連のように失速するのを待っているのかも。その方が安心できるというものです。
(了)


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