ウクライナ情勢:BBC「5つのシナリオ」が白眉 ウクライナ情勢の行方について、各メディアが様々な議論を展開していますが、2022年3月3日付BBC記事「Ukraine: How might the war end? Five scenarios」(James Landale)には脱帽しました。私が3月1日付で書いていた前回のブログと同じ頃に、この5つのシナリオを書いていたんでしょうね。今回、3月5日にブログを書いていたのですが、そこで書こうとしていたのが「あり得る3つのシナリオ」だったのですが、このBBCのJames Landaleさん(BBCの外交担当編集委員)の記事で既に書かれていたのを5日にネットで発見し、書く気をなくしてしまいました。そんなことはともかく、この5つのシナリオの読みが実に鋭く深い。しかも理想論や希望的観測などではなく、読みが非常にリアル。どれ一つとっても、現実主義者の私でも「十分あり得るな」と納得のいく現実的シナリオです。秀逸な記事なので、他のメディアにも転載され始め、7日付でBBC日本版にも和文ででていました。
ザックリと5つのシナリオとJames Landaleさんの結論をご紹介し、私見を付け加えさせていただきます。
① ロシア猛攻で短期終結 前回の私のブログの私の読みとかぶりました。初戦で手間取ったロシアがプーチンにケツを叩かれて大発奮、エンジン全開で猛攻し、サイバー攻撃も駆使し、主要インフラと通信網を断ち、市民の犠牲も顧みず無差別の砲撃や空爆を開始。首都キエフを数日でさせます。同時並行的に傀儡政権を打ち立て、ゼレンスキー大統領は暗殺か拘束、もしくは国外逃亡し亡命政権を樹立。プーチン大統領は勝利宣言し、一部の治安部隊を除きロシア軍撤退。じ後、ウクライナはベラルーシ同様、モスクワの衛星国家に戻る・・・。
② 紛争の長期泥沼化 キエフ攻防戦で市街戦となり、道路単位の市民交えた頑強な抵抗にあい長期化。1990年代のチェンチェン紛争での首都グロズヌイ攻防戦のような長期に渡る泥沼の市街戦の末、徹底的に破壊された瓦礫の街が残った記憶がよみがえる。ロシア軍がかなりの都市を占領したとしても、広大なウクライナ全土を制圧し続けることは困難。劣勢とはいえ、ウクライナ軍は西側からの補給とバックアップを受け、我慢強い市民の頑強な抵抗により、ロシア軍は自らの補給線が伸び切る中、随時随所で粘り強い反乱軍の抵抗に遭う。かくして、ロシアはアフガン侵攻末期の状態に陥る。
③ 欧州戦争へ拡大 プーチンがこの機に乗じて、モルドバやジョージアなどに便乗侵攻するとか、ロシアの飛び地カリーニングラードの保護の大義名分で、ロシア本土との回廊を確立すべくバルト三国(NATO加盟)に要求し、これが拒否されると実力行使に出るなども考えられる。また、西側諸国がウクライナ政府や政府軍へ資金や武器供与をはじめ様々な補給支援を行っていることについて「侵略行為であり、侵略行為に対する正当防衛」を掲げて攻撃するぞと恫喝したり、実力行使をしてくるかもしれない。これはNATOとの戦争のおそれがあるため、普通なら回避するはずだが、今のプーチンは敢えてエスカレーションの危険性を知りつつ犯すかも知れない。このエスカレーションには核オプションすら今のプーチンならあり得るかも知れない。
④ 相互に妥協し外交的解決 今すぐの外交交渉での解決ということではなく、紛争が長期化した上での話。さすがのプーチンも戦況思うに任せず、経済制裁もボディーブローのように効き始める中、西側がプーチンの体面を保った形で妥協案を提示してくる場合は大いにあり得る。例えば、中国もロシアを見限る兆候が出てくるとかのボディーブローもあり得る話。プーチンにとって、長期泥沼の様相を呈したウクライナ侵攻の明るい出口が見つけられない場合、戦争継続の方が自身の地位が危ういことを懸念し始めるはず。頑強に抵抗するウクライナにしても、さすがに多大な市民の犠牲が続き、焦土と化した祖国の姿に、現実的な妥協に甘んじて、その代わり紛争のない元の生活に戻ることを選ぶ可能性は十分ある。
⑤ プーチンの失脚 これも今すぐの話ではなく、紛争の長期化の上での話。紛争が長期に及び、ロシア市民も今回のウクライナ侵攻の大義に疑問を抱き、次々と無言の帰国をする若いロシア兵の遺体と家族の号泣を毎日見て、なおかつ大同団結した国際社会の経済制裁がボディーブローどころか高山病の酸素欠乏のようにいれば、市民生活への影響は非常に厳しくなり、プーチンへの支持は如実に落ちる。市民の反戦デモないし反政府・反プーチンデモが起こる。当然治安部隊がこれを市民の流血も辞さない厳しい鎮圧で対抗する。この連鎖は、やがてロシアの政治・軍事・経済のエリート達ももはやプーチンを見限る時が来よう。国民による革命かも知れないしクーデターかも知れないが、ついにプーチン失脚、新政権の登場・・・というシナリオも十分あり得る。
BBC記事の結論 この「結論」がまた渋い。どのシナリオになる、とは筆者は言わない。「どのシナリオか、あるいはシナリオの組み合わせか、別の結末かも知れない」と筆者は言う。そして、「今のこの紛争が今後どういう展開になるとしても、世界はすでに変わった。かつて当たり前だった状態には戻らない。ロシアと諸外国との関係は、以前とは違うものになる。安全保障に対する欧州の態度は一変する。そして、国際規範に立脚する自由主義の国際秩序は、そもそも何のためにその秩序が存在するのか、再発見したばかりかもしれない。」と結ぶ。
私見ながら 私見ながら、3月5日の段階の私の3つのシナリオは、「もはや①短期決戦はない」と読んで、②紛争長期化、そして長期化を前提とした④外交的解決(妥協)、及び長期化の劇的末路としての⑤プーチン失脚でした。我ながらこれは現実的にあり得るシナリオだなぁ、と思っていたらBBCの記事を見てガックリでした。何だ、既にこんなの出てるじゃないか、と。
私自身、前回のブログで①の短期決戦一択と読んでおきながら、3月5日の時点でロシアの猛攻の不徹底ぶり、戦況の遅滞ぶりでロシア軍の猛攻を見限りました。何かがおかしい。私のロシア軍に対する現役自衛官時代の認識からすれば、ありえない体たらく。これは何かがおかしい。何かが違う。メディアを通じて漏れ伝わるロシア軍の低い士気・モラルの話も、それは末端の兵隊さんはウクライナに侵攻するとは聞かされておらず、兄弟国に侵攻するのは士気が上がらないのは理解ができるし、こういうニュースはウクライナ側の情報戦でもありますから。しかし、そんなこと以上に、ロシア軍の周到緻密なはずの攻撃計画が杜撰すぎるし、キエフ攻略なんか不徹底もいいところ。純軍事的に軍事的合理性を追求すれば、完膚なきまでキエフ市街を砲撃・空爆で焦土化したのち、上空に攻撃ヘリを飛ばして目標発見即撃破しつつ、戦車・装甲車で前進する形でキエフを掌握することはできるはず。それをやらない、恐らく本気で無差別侵攻を「やる気がない」としか考えられません。これは軍上層部で何かが起きているのでしょう。初戦が遅れたため、3月に入ってロシア軍が猛攻を開始して、西側にはここまでロシアが無差別に戦っているように見えていますが、実はロシア軍なりに市民を巻き込む流血の市街戦を避けているのかも。おそらく、プーチンは「何をやっているんだ!無差別にガンガン行け!」とは言うでしょうが、「市民の被害が及ぶのを避けよ」とは言わないでしょう。軍の上層部がプーチンに意に反して自己規制しているのかも。ささやかな抵抗として。・・いやぁ、自分で書いててあり得ない話ですが、本来のロシア軍ならあり得ないんですよ、こんな不徹底な作戦は。
そこで、頭をよぎるのは、一部のメディアが指摘する「プーチンがおかしくなった説」。よく指摘されるのが、プーチンを知る各国要人が、「以前のプーチンと人が変わった。」という話。今や、コロナ対策でプーチンは人を近づけず、側近としか言葉を交わさず、パワハラ気味が目立つ状況とのこと。ロシア軍上層部も見限り始めているのかも?・・といぶかっています。もって、⑤プーチン失脚はあり得る、と思います。以前なら考えられませんが、今のプーチンなら、周囲がプーチンを見限る要素がありますもの。
その上で、いやいや待て待て、プーチンのパワハラは今に始まったことじゃなし、独裁者ゆえの独断と偏見、年取った頑固さなどで、多少人が変わってきたとしても、頭脳明晰にして懐が深いプーチンの本質は変容していない、とすれば・・・、と考えて④の外交的解決です。紛争が長期化すればこの線は出てきます。紛争継続で得られるものより、停戦交渉で当初の目的に近い目標が達成できれば御の字でしょう。今、プーチンが拘っているのは、「ウクライナの中立化、非武装化」ですが、これは吹っ掛けてきています。NATO加盟を希望するのはウクライナの意思ですが、国内に内戦問題を抱えたり独立問題を抱えている国はNATOに新規加盟できないルールなので、ウクライナのNATO加盟は実は困難なのです。それを法的に保証しろ、と言っていた当初の要求を西側が飲めば、それでもいいと思うかもしれません。私が提唱していたゼレンスキー政権の打倒は、暗殺しない限り無理でしょうね。もはや英雄でしょうから。元々はウクライナをロシア寄りに戻し、ウクライナを衛星国に戻す、というのがロシアの戦略目標だったと思いますが、満額回答でなくても、多少の妥協はするでしょう。但し、キエフを陥落し主要都市を占拠し、傀儡政権を立てて、表面上はウクライナを掌握したとしても、それでもゼレンスキー政権若しくは暗殺されてその後継者が、ウクライナ西部かポーランド等に逃れて曲がりなりにも「正統なウクライナ政府(もしくは亡命政府)」を存続させ、長期に渡る流血の紛争が継続したあげくの話ですが。
(了)

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