転換点:占領地併合を急ぐロシア/ヘルソン奪回を目指すウクライナ

7月27日、ウクライナ南部ヘルソン市のドニエプル川にかかるアントニフスキー大橋をウクライナ軍の砲撃が破壊(2022年7月27日付JIJI.com記事「砲撃を受けたアントニフスキー橋」より)
7月28日現在のウクライナ戦争の戦況
全般的に、膠着/一進一退の状況。
-ロシアは、現在占領しているウクライナ領土をロシア連邦に併合する国民投票を準備しており、9月11日のロシアの統一投票日に合わせ、占領地域でも国民投票にかけて併合を推進する模様。ドネツク州親ロシア派の代表は、この期限に向けてドネツク州全体を占領する予定、と述べている。
-ロシア軍の主作戦正面、東部戦線のドンバス正面では、シヴェルスク東とバハムート北東での2つの重要地域での攻撃に力を入れており、一部集落を獲得した模様。その一方、イジューム南西でウクライナ軍の反撃があり、結果的に一進一退。ロシア軍の今後の攻勢によるドンバス正面での更なる占領地確保は困難と見積もられる。
-ロシア軍の支作戦作戦、北部戦線のハルキウ正面ではロシア軍とウクライナ軍の接触線で戦闘が続いているものの状況に進展なし。南部戦線のヘルソン正面ではウクライナ軍の長射程砲HIMARSによる猛烈な砲爆撃によりロシア軍の武器/装備の後方補給拠点に壊滅的打撃を受け、27日にはドニエプル川にかかるロシア軍の主要な後方補給路となっていたアントニフスキー大橋をウクライナ軍のHIMARSの砲爆撃で使用不能にされた模様であり、物流が成り立たなくなりつつある。
-ロシア政府は、ロシア連邦内の小民族共和国にボランティア部隊への志願を募り、新戦力として投入を企図している模様。マリエル共和国がこれに応じ、志願による2コ大隊を派遣した。
(参照:2022年7月26日付及び27日付 ISW記事「Ukraine Conflict Updates」ほか)
一進一退とは言いながら変化の兆し
私見ながら、「占領地併合を急ぐロシア」と「ヘルソン奪回を目指すウクライナ」という動きに着目し、これも「変化の兆し」=転換点と推察します。戦争には「戦勢」というものがあり、ロシアは既に戦勢を失いつつあり、ウクライナがその「戦勢」を得つつあります。それを自覚しつつあるロシアは守りに入りつつあり、一方のウクライナも戦機が来たことを自覚し、虎視眈々と南部ヘルソン州奪回の必勝態勢を整えつつあります。
占領地併合を急ぐロシア:焦りの表れ
これを、なぜ「焦り」の表れと見るか?
今回のロシアの施策は、ロシアが国家として自国民に占領地の併合を承認させ、尚且つ「占領地の市民の自由意志で併合を望んでいるのだ」と裏打ちしようとするものです。ロシアが既に占領下に置いた地域に占領地政策を施すのは、当たり前と言えば当たり前のことです。しかし、今回の施策の特質は、それをあと一月余りの短期間で強行しようというものです。まず、9月初旬までにドネツク州全土を攻撃奪取すること自体が物理的に無理。その上、占領したばかりの占領地市民に「併合を求める国民投票」を強いるというのは前世紀的な横暴です。
特に、「9月初旬という期限」は、既得成果を急いで国家国民レベルで承認して「確保」したいという「性急さ」の証左であり、急がないと取り返されるという「焦り」の裏返しと言わざるを得ません。
ヘルソン奪回を目指すウクライナ
なぜ「ヘルソン奪回」なのか?
南部戦線ヘルソン正面でウクライナ軍がロシア軍の補給拠点や武器庫をHIMARSで破壊しつつあるとしても、なぜ「ヘルソン奪回を目指す」と言えるのか?まだ早いのでは?というお考えもあるでしょう。
ウクライナがHIMARSで標的としているのが南部戦線ヘルソン正面のロシア軍の補給拠点や武器庫ですが、これは今後の反撃攻勢のための攻撃準備の一環です。こうすることでヘルソン正面のロシア軍の物的戦闘力を局地的に枯渇させ、この正面のロシア軍の戦闘力の継続性や強靭性を低下させているのです。それが成功裡に進んでいる、とウクライナも分析しています。ウクライナが得ている情報では、南部戦線ヘルソン正面のロシア軍の将兵は、HIMARSの猛烈な砲爆撃を日常的に受け、既に自己部隊の武器/装備や補給品が枯渇していることを自覚しており、加えて、ヘルソン正面では親ウクライナ市民によるパルチザン活動=テロ攻撃も活発(親ウクライナ市民のパルチザン活動は、見つかったら当然逮捕・拷問の上で射殺されるでしょうが、それでも親ロシア行政機関のロシア化占領地政策やロシア軍の行動に対するテロ攻撃を行い、ウクライナ軍を側面から支援しています。)なため、日常的に占領地内のテロ攻撃への脅威も影響して、士気(兵隊さんたちの戦闘意欲、軍への忠誠心、厭戦感情など)が著しく低下している模様です。ロシア軍の一部では、命令によるものか、部隊指揮官の判断か不明ですが、撤退している部隊もある模様です。(参照:2022年7月27日付Newsweek誌記事「Ukrainian Troops Continue to Strike Russian Ammo Depots」、同日付同誌記事「Russian Military Spotted Retreating From Ukraine Counter-Offensive—Video」)
既述のような状況からすると、ヘルソン正面への反撃攻勢開始の戦機はまさに「すぐそこに来ている」と言えましょう。27日のドネエプル川のアントニフスキー大橋の破壊が反撃準備完了ののろしかも知れません。

南部戦線ヘルソン正面の状況 (前掲7月27日付ISW記事「Ukraine Conflict Updates」より) 中央やや下左に左を向いた矢印形の半島はヘルソン州の一部でその矢印の60キロ西にオデーサ港がある
では、なぜヘルソン正面が重要か?
ゼレンスキー大統領は結構前からヘルソン奪回を主張しています。勿論、ロシアから奪われた失地は全て奪回しウクライナ領土として確保したいのは当然なのですが、ヘルソン州の戦略的重要性に反撃攻勢開始の目標として何より意義があるのです。それというのも、ヘルソン州の位置は、ウクライナの経済を支える主力商品の穀物輸出のための主要国際港オデーサが西に程近く、半島が丁度オデーサ港に短刀を突きつけるような形になっているのです。オデーサ港からの安全・安心な貿易を確保するためには、ヘルソンをロシアの手から奪還することが必須なのです。また、ヘルソンを奪還することで、クリミア半島からヘルソン~メリトポリ~マリウポリ~ドネツク~ルハンシクを経てロシア本土へという陸の直通回廊を分断できる意義もあります。この死活的な戦略的重要性を有するオデーサ港の確保のためにも、まずはドニエプル川の北岸(ないし西岸)のヘルソン州の州都ヘルソン市を中心とした地区を反撃攻勢の最初の目標にするのではないか、と推察します。ウクライナ軍がここで「南部戦線で反撃攻勢を開始し、ヘルソン市を奪還した!」となったら、ロシア占領地域内の親ウクライナ市民、特にパルチザン活動家を勇気づけ、きっと占領地内のあちらこちらでパルチザン活動が拡大していくでしょう。
私見ながら、7月下旬の今が転換点で、これからウクライナの反撃攻勢が口火を切るのではないか、そんな展望を持っています。
頑張れ!ウクライナ
(了)


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