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2022/07/28

転換点:占領地併合を急ぐロシア/ヘルソン奪回を目指すウクライナ

アントニえフスキー大橋
7月27日、ウクライナ南部ヘルソン市のドニエプル川にかかるアントニフスキー大橋をウクライナ軍の砲撃が破壊(2022年7月27日付JIJI.com記事「砲撃を受けたアントニフスキー橋」より)

7月28日現在のウクライナ戦争の戦況
 全般的に、膠着/一進一退の状況。
 -ロシアは、現在占領しているウクライナ領土をロシア連邦に併合する国民投票を準備しており、9月11日のロシアの統一投票日に合わせ、占領地域でも国民投票にかけて併合を推進する模様。ドネツク州親ロシア派の代表は、この期限に向けてドネツク州全体を占領する予定、と述べている。
 -ロシア軍の主作戦正面、東部戦線のドンバス正面では、シヴェルスク東とバハムート北東での2つの重要地域での攻撃に力を入れており、一部集落を獲得した模様。その一方、イジューム南西でウクライナ軍の反撃があり、結果的に一進一退。ロシア軍の今後の攻勢によるドンバス正面での更なる占領地確保は困難と見積もられる。
 -ロシア軍の支作戦作戦、北部戦線のハルキウ正面ではロシア軍とウクライナ軍の接触線で戦闘が続いているものの状況に進展なし。南部戦線のヘルソン正面ではウクライナ軍の長射程砲HIMARSによる猛烈な砲爆撃によりロシア軍の武器/装備の後方補給拠点に壊滅的打撃を受け、27日にはドニエプル川にかかるロシア軍の主要な後方補給路となっていたアントニフスキー大橋をウクライナ軍のHIMARSの砲爆撃で使用不能にされた模様であり、物流が成り立たなくなりつつある。
 -ロシア政府は、ロシア連邦内の小民族共和国にボランティア部隊への志願を募り、新戦力として投入を企図している模様。マリエル共和国がこれに応じ、志願による2コ大隊を派遣した。
(参照:2022年7月26日付及び27日付 ISW記事「Ukraine Conflict Updates」ほか)

一進一退とは言いながら変化の兆し
 私見ながら、「占領地併合を急ぐロシア」と「ヘルソン奪回を目指すウクライナ」という動きに着目し、これも「変化の兆し」=転換点と推察します。戦争には「戦勢」というものがあり、ロシアは既に戦勢を失いつつあり、ウクライナがその「戦勢」を得つつあります。それを自覚しつつあるロシアは守りに入りつつあり、一方のウクライナも戦機が来たことを自覚し、虎視眈々と南部ヘルソン州奪回の必勝態勢を整えつつあります。

占領地併合を急ぐロシア:焦りの表れ
 これを、なぜ「焦り」の表れと見るか?

 今回のロシアの施策は、ロシアが国家として自国民に占領地の併合を承認させ、尚且つ「占領地の市民の自由意志で併合を望んでいるのだ」と裏打ちしようとするものです。ロシアが既に占領下に置いた地域に占領地政策を施すのは、当たり前と言えば当たり前のことです。しかし、今回の施策の特質は、それをあと一月余りの短期間で強行しようというものです。まず、9月初旬までにドネツク州全土を攻撃奪取すること自体が物理的に無理。その上、占領したばかりの占領地市民に「併合を求める国民投票」を強いるというのは前世紀的な横暴です。
 特に、「9月初旬という期限」は、既得成果を急いで国家国民レベルで承認して「確保」したいという「性急さ」の証左であり、急がないと取り返されるという「焦り」の裏返しと言わざるを得ません。

ヘルソン奪回を目指すウクライナ
 なぜ「ヘルソン奪回」なのか? 
 南部戦線ヘルソン正面でウクライナ軍がロシア軍の補給拠点や武器庫をHIMARSで破壊しつつあるとしても、なぜ「ヘルソン奪回を目指す」と言えるのか?まだ早いのでは?というお考えもあるでしょう。

 ウクライナがHIMARSで標的としているのが南部戦線ヘルソン正面のロシア軍の補給拠点や武器庫ですが、これは今後の反撃攻勢のための攻撃準備の一環です。こうすることでヘルソン正面のロシア軍の物的戦闘力を局地的に枯渇させ、この正面のロシア軍の戦闘力の継続性や強靭性を低下させているのです。それが成功裡に進んでいる、とウクライナも分析しています。ウクライナが得ている情報では、南部戦線ヘルソン正面のロシア軍の将兵は、HIMARSの猛烈な砲爆撃を日常的に受け、既に自己部隊の武器/装備や補給品が枯渇していることを自覚しており、加えて、ヘルソン正面では親ウクライナ市民によるパルチザン活動=テロ攻撃も活発(親ウクライナ市民のパルチザン活動は、見つかったら当然逮捕・拷問の上で射殺されるでしょうが、それでも親ロシア行政機関のロシア化占領地政策やロシア軍の行動に対するテロ攻撃を行い、ウクライナ軍を側面から支援しています。)なため、日常的に占領地内のテロ攻撃への脅威も影響して、士気(兵隊さんたちの戦闘意欲、軍への忠誠心、厭戦感情など)が著しく低下している模様です。ロシア軍の一部では、命令によるものか、部隊指揮官の判断か不明ですが、撤退している部隊もある模様です。(参照:2022年7月27日付Newsweek誌記事「Ukrainian Troops Continue to Strike Russian Ammo Depots」、同日付同誌記事「Russian Military Spotted Retreating From Ukraine Counter-Offensive—Video」)

 既述のような状況からすると、ヘルソン正面への反撃攻勢開始の戦機はまさに「すぐそこに来ている」と言えましょう。27日のドネエプル川のアントニフスキー大橋の破壊が反撃準備完了ののろしかも知れません。
7月27日ISW updates Kherson
南部戦線ヘルソン正面の状況 (前掲7月27日付ISW記事「Ukraine Conflict Updates」より) 中央やや下左に左を向いた矢印形の半島はヘルソン州の一部でその矢印の60キロ西にオデーサ港がある

 では、なぜヘルソン正面が重要か?
 ゼレンスキー大統領は結構前からヘルソン奪回を主張しています。勿論、ロシアから奪われた失地は全て奪回しウクライナ領土として確保したいのは当然なのですが、ヘルソン州の戦略的重要性に反撃攻勢開始の目標として何より意義があるのです。それというのも、ヘルソン州の位置は、ウクライナの経済を支える主力商品の穀物輸出のための主要国際港オデーサが西に程近く、半島が丁度オデーサ港に短刀を突きつけるような形になっているのです。オデーサ港からの安全・安心な貿易を確保するためには、ヘルソンをロシアの手から奪還することが必須なのです。また、ヘルソンを奪還することで、クリミア半島からヘルソン~メリトポリ~マリウポリ~ドネツク~ルハンシクを経てロシア本土へという陸の直通回廊を分断できる意義もあります。この死活的な戦略的重要性を有するオデーサ港の確保のためにも、まずはドニエプル川の北岸(ないし西岸)のヘルソン州の州都ヘルソン市を中心とした地区を反撃攻勢の最初の目標にするのではないか、と推察します。ウクライナ軍がここで「南部戦線で反撃攻勢を開始し、ヘルソン市を奪還した!」となったら、ロシア占領地域内の親ウクライナ市民、特にパルチザン活動家を勇気づけ、きっと占領地内のあちらこちらでパルチザン活動が拡大していくでしょう。

 私見ながら、7月下旬の今が転換点で、これからウクライナの反撃攻勢が口火を切るのではないか、そんな展望を持っています。

 頑張れ!ウクライナ

(了)

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2022/07/24

ロシアは攻勢終末点を越えた: ウクライナ戦争の終わりの始まり!

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米国からウクライナに増加供与される長射程砲とドローン((上)高機動型砲兵ロケットシステム(HIMARS)、(下)自爆型ドローン フェニックスゴースト)

7月24日現在のウクライナ戦争の戦況
 ・2022年7月22日、米国はウクライナに対し新たに2億7000万ドルの追加支援パッケージを発表しました。この追加支援には、高機動砲兵ロケットシステム(HIMARS)を更に4基と弾薬36,000発、対戦車ミサイル、及び自爆型ドローン「フェニックスゴースト」580機を含み、相当な戦闘力が期待できる支援パッケージとなりました。HIMARSは既配当に増加供与ですが、既配当分16基と併せて計18基になります。また自爆型ドローンのフェニックスゴーストは米軍の秘密兵器で今回が初の実戦運用です。恐らくは、イランからロシアに未知の自爆型ドローンが数百機導入される模様なので、それへの対抗措置でしょうね。
 ・ロシア軍は、7月16日に作戦休止の終了・攻勢再開を公表したものの、東部(シヴェルスク東とバハムート東及び南)及び南部(ヘルソンとミコライウ州の国境近く)で局地的な地上攻撃をしたにとどまり、いずれも前進は失敗し、新占領地域獲得には至っていません。ただし、地上攻撃以外に、遠距離ロケット攻撃などにより、戦闘から離れたウクライナの地方都市の市街地・市場など脈絡のない攻撃を続けています。
 ・ロシア軍の増援部隊として来援する予定だったチェチェン(共和国)の西アクマット大隊は、ウクライナに配備されず、「当面チェチェンに留まる予定」と発表されました。
 ・一方、ウクライナは南部正面へルソン州で反撃攻勢をかけ、先月末に黒海に浮く戦略的重要性の高いズミイヌイ島(通称:蛇島)をロシア軍から奪取したほか、ロシア軍の南部正面ヘルソン州のゼレンドルスクとスカドフスク地域にあるロシア軍拠点5か所と弾薬庫2か所に壊滅的打撃を与えています。
 ・一番最新のニュースでは、7月22日に国際的な食糧危機の懸念が高まり、ロシアも交えて国際的に合意したはずの「黒海経由のウクライナの農産物輸出」が、合意から24時間もたたない23日にロシア軍による攻撃と思われるオデーサ港への砲爆撃があり、早くも頓挫しました。ロシアは攻撃を否定していますが、国際的な批判を浴びています。
(ここまでの参照:2022年7月22日付ISW 「Ukraine Conflict Updates」、2022年7月24 日付NHK newsweb「ロシア 軍事侵攻5ケ月 7月24日(日)の動き」 ほか)

私見ながら、ロシアは攻勢終末点を越え、あとは下り坂と推察
 私見ながら、次の仮説を考えました。ロシアにとってセベロドネツク攻防戦が攻勢終末点(限界点)であり、ここから先は下り坂となります。本来ならロシアは攻勢終末点を越える前に現在の戦果(獲得した占領地域)を前提に停戦協議に入るべきところ、プーチンはロシア軍の限界点を見誤っており完全勝利を追求するでしょうから、ここから先はウクライナの反撃が逐次に失地を奪回していき、ロシアは逐次に撤退せざるを得なくなると推察します。ウクライナ戦争の終わりの始まりです。戦争終結まではまだ数か月はかかるでしょうが、ここから先はロシアに勝ち目がなくなるでしょう。

攻勢終末点とは
 藪から棒に「攻勢終末点」説を出しましたが、攻勢終末点について少々補足します。
 攻勢終末点とは、クラウゼビッツが「戦争論」で明らかにした軍事用語の一概念であり、攻勢作戦は開戦から得られる戦果が逓増するが、当然戦闘損耗などで戦闘力は逓減するわけで、攻勢部隊の戦力はその終末点=頂点=限界点を越えると、後は戦果も逓減していく、というものです。よく y=xの二乗 の2次関数の曲線に例えられます。第二次世界大戦中の日本で言えば、太平洋ではハワイとかガダルカナル、アジア大陸ではビルマ、といったところでしょうか。ナポレオンもナチスドイツもモスクワ攻防戦で敗れて以降は敗退の一途を辿りました。ヘボ将棋で言えば、棒銀で攻めている子にとって相手の歩の線が攻勢終末点と言えましょう。要するに、そこまでは行けたとしても、それ以上は攻者の能力でカバーできない限界点(線)ということです。先ほどのヘボ将棋の話で言えば、棒銀戦法で飛車に睨みを効かせて歩と銀と桂馬等で相手の陣地に切り込んで行ったとしても、他の駒の制空権カバーなき地域に突入してしまうと、得るところなく戦力を消耗するだけで、結局、一定を線を越えてしまったが故に、相手に反撃を許して押し返せず、逐次にジリ貧に陥っていく、という話です。

セベロドネツク攻防戦がロシアにとって攻勢終末点だったという仮説
 攻勢終末点を考えるには、本来敵味方の国力(国土、国民、国家の経済力、資源、科学技術力、等)、軍事力の諸要素(兵員の質と量、武器/装備・弾薬の質と量、補給・整備能力(補給・整備の根拠地からの距離や後方補給線の維持能力)、戦争継続の戦費(諸経費)など様々な要素が絡みます。今回の決定的要素はウクライナに対する欧米を初めとする国際的バックアップ、特に、高機動長射程ロケットシステムHIMARSのような優れた武器/装備・弾薬の供与を受け、その後方補給路も、文字通り西側に太いパイプがある、という条件が整い、武器/装備・弾薬の消耗や枯渇に頭を悩ます心配がない、というのはウクライナにとって死活的な有利点です。

 丁度、4月下旬から6月下旬までのセベロドネツク攻防戦の頃、米欧の武器/装備・弾薬の供与はあるものの、ウクライナが一番欲しかった長射程火力がまだ間に合わず、(恐らくは米欧もプーチンを過度に刺激しないようにロシア本土に届かないように供与をセイブしていたのでしょう)、結果的にロシアにセベロドネツクを砲兵火力の差で敗れ、セベロドネツク市街を焦土にされて押し出された形でした。しかし、プーチンが絶対に奪取することを拘ったセベロドネツク攻防戦で勝つために、ロシアは人的戦闘力も物的戦闘力もヘトヘトになるまで消耗し、セベロドネツクにロシアの国旗を立てた時には精魂尽き果たしてヘロヘロの息切れ状態、約1ケ月の戦闘力の再編成を要しました。しかも、戦闘力の再編成は、指揮系統も後続増援部隊も人的戦闘力も枯渇し、武器/装備・弾薬等の物的戦闘量も枯渇しており、とても攻勢再開できる状態ではありません。「攻勢再開」とは名ばかりで、地上攻撃は局地的なものばかりで進展なし、遠距離ロケット攻撃などにより戦闘から離れたウクライナの地方都市の市街地・市場など脈絡のない砲爆撃をしていますが、これは地上戦闘で人的・物的戦闘力を消耗する余裕がないので、「攻撃してまっせ」というPRと、ウクライナの民心の「厭戦気分の醸成」を企図した攻撃のポーズに過ぎないと言えます。それと言うのも、「武器/装備・弾薬の枯渇」については、ロシアへの国際的な経済制裁により物もないし部品もなくて壊れた装備も直せないことに加え、ウクライナ軍にやっと届いた長射程砲によりロシア軍の武器/装備・弾薬の拠点や弾薬庫などを破壊し、ロシア軍の物的ストックを狙い撃ちで潰しており、このボディーブローが効き始めているのです。この辺はISWの日々の戦況分析が指摘しています。
 やはり、セベロドネツク攻防戦がロシア軍の攻勢の頂点=限界点だったのではないかと推察しています。そして、ここから数か月はウクライナの反撃の出番です。枯渇すれどもロシア軍には地力がありますから、徹底抗戦するでしょうね。ロシア軍を逐次後退させるのには相当の血が流れ、時間を要することでしょう。しかし、欧米はじめ国際的なバックアップの下、ウクライナ軍はゆっくりでも確実に失地を回復し始めるでしょう。

英国国防省MI6長官が「ロシアは失速する」と分析・評価
 上記のような私見を持っていたら、2022年7月21日、英国国防省の秘密情報部MI6(007ジェームズ・ボンドの所属する機関)の長官がロシアの失速について言及してくれました。有難い、まさに我が意を得たり。
Head of MI6
英国国防省秘密情報部(MI6)ムーア長官 (2022年7月22日付BBC記事「Russia about to run out of steam in Ukraine - MI6 chief」より)

 MI6のムーア長官は米国で開催中のアスペン安全保障フォーラムにて、次のような発言をしました。 …ロシアの侵攻当初の作戦目標は、ゼレンスキー大統領の排除、首都キーウの攻略によりウクライナを掌握し、西側諸国の東方浸食を断つことだであったが、当初の侵攻作戦を失敗。じ後、作戦を修正したが、現在得ている戦果は極小であり、間もなく失速するだろう。…  
特に、次のくだりにしびれました。 "Our assessment is that the Russians will increasingly find it difficult to find manpower and materiel over the next few weeks," Mr Moore told the conference in Colorado. "They will have to pause in some way and that will give the Ukrainians the opportunity to strike back." 「我々の分析では、ロシアは今後数週間にわたり新たな人的・物的戦力を見出すことが困難になるだろう。ロシア軍は一時停止状態を続けざるを得ず、これがウクライナに反撃の機会を与えることになるだろう。」
(参照: 前掲写真2022年7月22日付BBC記事)

「終わりの始まり」と推察
 前回のブログ「ロシア満身創痍のまま攻勢再開か(再編成未完・新戦力投入なし、欧米長程砲の効果大・武器弾薬は益々枯渇、南部でウクライナの攻勢とパルチザンに苦慮)」にて、今の状況を「“終わりの始まり“かも」という少々の半信半疑の残る表現をしていましたが、自分の仮説に確信を持ちました。
 安心するのはまだ早いですが、何はともあれ、ロシアのウクライナ侵攻は「終わり」に向けて転がり始めたと、と推察します。既述の通り、まだまだ時間はかかると思います。冬までかかるし、来年の春くらいまでかかるかもしれません。だってロシアは軍事大国ですから、威信にかけて徹底抗戦するでしょう。しかし、人的・物的戦闘力が消耗していく中、今後逐次にウクライナは失地を回復=ロシア軍は逐次後退し、ジリ貧状態となる中で、プーチンも腹をくくるでしょう。何とか寝技に持ち込んで一定の戦果を残して「名誉ある撤退」できるよう停戦協議に取り組む、というのが合理的判断です。しかし、今のプーチンは停戦協議などの合理的判断など認めず、ウクライナとの停戦協議なんて正攻法の外交的手段のみならず、反則技を使ってでもシャニムニ侵攻の後始末を我田引水する可能性が高いですね。LNGなど資源を武器に、或いは黒海からのウクライナの穀物輸出の安全確保を担保に、等々のあの手この手を使って、包括的なロシアの安全保障の確保を求めて、全欧安保的な話に持ち込んでロシアの名誉ある撤退を求めてくるでしょうね。それはそれで、新たな国際的な危機管理ネタとなるでしょうけど、何よりもロシアの無差別的な軍事力行使による「ウクライナ侵攻」という悲劇が、要するに「組織的戦闘が終結する」=無用の流血が終わる、ということは良い方向です。
 ・・・所詮、一退役将官の仮説ですから、読み違いかもしれませんけどね。・・・
 
 出口は見えたぞ!頑張れ、ウクライナ

(了)

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2022/07/18

ロシア満身創痍のまま攻勢再開か: 再編成未完・新戦力投入なし、欧米長程砲の効果大・武器弾薬は益々枯渇、南部でウクライナの攻勢とパルチザンに苦慮

Donbass.jpg

ウクライナ軍の防御陣地前で撃破されたロシア軍の戦車

7月13日現在のウクライナ戦争の戦況
 ・ロシアのウクライナ侵攻をめぐる情勢は、引き続き全般的に膠着しています。
 ・ロシア国防省は、2022年7月16日に「作戦休止を終了した」と公表し、7月15日付でISWが報じた「攻勢再開の可能性あり」と報じた内容について遠まわしに是認しています。また、ロシアのショイグ国防相は、「ウクライナ政権による住民への攻撃の可能性を排除するため」との理由でドンバス・ドネツク正面での作戦強化を指示した、と報じられています。ウクライナ側は「次の攻撃段階に向けた準備が進められている」と警戒を強めています。
 ただし、ロシア国防省や西側報道等でロシア軍の攻勢再開の可能性が報じられているものの、事実上の攻撃は、主作戦正面のドンバス・ドネツク正面でさえ、今のところ大規模な攻勢作戦は見られず、今後の攻勢のための攻撃準備射撃や攻勢態勢準備のための地上攻撃かと思われるマイナーな限定攻撃しか見られず、新たな占領地域の拡大はありません。
 ・また、ロシアの支作戦正面である北部正面では、プーチン大統領は前述の攻勢再開と関連してか、ハルキウ州全体を支配するよう命じている模様です。しかし、北部正面ハルキウ州の現在ウクライナが支配している地域ではウクライナ軍の態勢が十分であり、国境を背に押され気味のロシア軍が攻撃進展できるような状態ではありません。
 ・また、ロシアのもう一つの支作戦正面である南部正面では、ウクライナ軍の攻勢を受けつつも、ロシアは占領地域の確保のための行政体制を強化中であるところ、親ウクライナ市民による親ロシア行政機関や親ロシア派軍事勢力に対するテロ攻撃等のパルチザン活動に悩まされ、これを「脅威」と認識し、徹底的なパルチザンの撲滅のため、辻々に検問所が設けられる等のパルチザン対策に力を注いでいる模様。
(参照:2022年7月16日付ISW 「Ukraine Conflict Updates」、2022年7月18日付時事.com記事「ドネツク州掌握へ攻勢か ロシア軍、部隊再編―ウクライナ」 ほか)

攻勢再開とは言うものの満身創痍のロシア軍
 国際的なPRのためか、セベロドネツク攻防戦を制した後に3週間の戦闘力の再編成をしていたロシア軍が、ついに「攻勢再開」を宣言しました。しかしながら、私見ながら、成果を急ぐプーチン大統領に業を煮やされてケツを叩かれ「攻勢再開」を宣言したものの、まだ攻撃再開できるほど戦闘力を回復し態勢が十分に取れてはおらず、むしろあちこちに矢が刺さった満身創痍の状態で「攻勢再開」せざるを得ない状況である、と推察します。

①再編成未完・新戦力投入なし
 というのも、まず①再編成未完・新戦力投入なし、という要因は大きなマイナスです。主作戦正面のドンバス・ドネツク正面に、攻勢をかけるに十分な後続の新戦力が投入されていません。例えば、「極東正面やシベリアに配置されていた他軍管区の数個の師団が大動員された」なんて話がありません。恐らく、ロシア全体の徴兵年齢の引き上げや召集範囲の拡大等で駆り集められた新兵さん達が投入される程度。また、戦闘力の再編成のうち、組織や指揮系統の再編成については、セベロドネツク攻防戦終了から3週間の時間的猶予がありましたから、特に指揮官の一定の人事的再編成は済んだものと思いますが、肝心の統一指揮官があやふやです。セベロドネツク攻防戦が終了する頃、当時までロシアのウクライナ侵攻作戦の統一指揮官だったドゥボルニコフ将軍(南部軍管区司令官)が更迭され、後任はジェナディ・ジドコ大佐(?)という、つい先日までロシア軍事政治総局の局長だった人が取りざたされましたが、ごたごたがあった模様で、結局現在はスロビキン将軍とラパン将軍という2名が地域を分けて指揮に当たっています。スロビキン将軍(元南部分管区司令官)はラパン将軍(中央軍管区司令官)より上級者なので、序列をつけそうなものですがつけないまま、2名が指揮を執っています。陸軍部隊の序列がついていないということは、統合指揮官もなく陸海空並列なので、航空戦力や海上戦力の指揮も同様に並列となり、作戦遂行のための戦力資源や運用の取り合いになります。戦術的妥当性・軍事的合理性に反しています。特に、ラパン将軍は中央軍管区での司令官職を兼務したまま指揮を執っている模様です。通常ではあり得ません。こうした「指揮」の複雑化は指揮下部隊の作戦の混乱を招くことになるでしょう。(参照: 前掲7月16日付ISW記事)

②欧米長射程砲の効果大・武器弾薬は益々枯渇
 第2のマイナス要因がこれです。
 7月16日・17日にTVニュースで盛んに報じられた内容ですが、ウクライナ中部ビンニツァでロシア軍のミサイル攻撃があり、戦線から遠く離れた無垢の市民を標的とした砲爆撃により、数十名の死亡者が出て、中には4歳の幼児が犠牲になり負傷した母親が惨状を訴える場面が話題に上りました。(参照: 2022年07月16日付時事.com記事「ロ軍、長距離ミサイル攻撃強化 占拠の原発を軍事基地化も―ウクライナ」)

 こうしたニュースに触れると、ロシア軍にはまだ長射程ミサイルが残っていて砲撃を強めているように見えますが、ISWの分析ではちょっと違うようです。ISWの分析では、ロシアが砲爆撃の主要な標的として狙っているのは、欧米からウクライナに供与された米軍のHIMARSなどの高機動長射程砲や米海軍供与の対艦ミサイル・ハープーンなどであり、実際にロシア軍は欧米供与の装備になけなしのミサイル攻撃をかけています。それというのも、この欧米供与の長射程砲の砲爆撃でロシアの残存武器・弾薬の集積所や弾薬庫が狙い撃ちにされ、ロシア軍にとって壊滅的な打撃を与えていることの裏返しの模様です。ロシア軍は、今や武器弾薬が枯渇してきており、戦おうにも戦えず、倉庫に油漬けにされていた旧式の武器を持ち出して戦っている状況の中、この欧米供与の長射程砲により、残る武器弾薬が狙い撃ちで破壊され、益々枯渇に拍車がかかっている模様なのです。
(参照: 前掲2022年7月16日付ISW記事、2022年7月17日付NHKニュース「ロシア ミサイル攻撃で欧米のウクライナ軍事支援をけん制」 など)

➂南部でウクライナの攻勢とパルチザンに苦慮
 第3のマイナス要因が、南部での苦戦状況です。
 イギリス国防省によれば、ウクライナ軍は南部ヘルソン州にて、この1か月以上にわたり、広域多方向からロシア支配地区に対する反撃をかけており、圧力をかけ続けてきた模様です。南部ヘルソン州正面におけるロシア軍は、北からのウクライナ軍の反撃攻勢に防御戦闘しつつ、そのロシア支配地区内でのロシア支配を強めようと行政施策を強力に進めているところを、同地区内の親ウクライナ市民のパルチザン活動に悩まされている、という深刻な脅威に「内憂外患」状態の模様です。
 これまであまり取りざたされていませんでしたが、ロシア支配下の南部ヘルソン州内のパルチザン活動は非常に活発なようです。実は、ISWのレポートではこの3ケ月ほど小さく報じていました。ロシアは占領地域の確保のため、行政体制を強化する各種施策を推進中なわけですが、このロシア系の行政機関や親ロシア派武装勢力を、親ウクライナ市民がパルチザンとして神出鬼没のテロ攻撃をかけている模様です。その脅威が、もはや南部ヘルソン州を支配しているロシア軍にとって看過できないほど大きくなっている模様で、これを「脅威」と認識し、徹底的なパルチザンの撲滅作戦を始めた模様です。ロシア支配地域の辻々に検問所が設けられ、通行する市民の人員・車両に対する厳しい検問を実施し、怪しい者は逮捕している模様です。新たに、ロシア軍そのものを治安維持のために展開させるなど、ロシア軍にとって南部正面の内憂外患はもはや「脅威」になっていることの証左です。
(参照: 前掲2022年7月16日付ISW記事)

まだ早いかもしれませんが、「終わりの始まり」かも
 というわけで、ロシアの攻勢再開は、実は満身創痍の状態での見切り発車で遂行せざるを得ないようです。予見できることとして、主正面の東部ドンバス・ドネツク正面での攻勢再開は、本来なら再編成完了・新戦力を得て満を持して大勢力で大攻勢をかけ、ドンバス平原を突破して戦果を拡張できそうなものですが、実際には再編成未完・新戦力なしの、小規模攻撃と砲爆撃程度のシャビーな攻勢にならざるを得ないでしょう。攻勢をかけて戦おうにも、肝心の武器弾薬が枯渇し、戦力は明らかに低下しています。しかも、南部正面に重大な脅威も抱えています。
 私見ながら、今回の無理な攻勢再開が、ロシアのウクライナ侵攻の「終わりの始まり」ではないか、と推察します。まだ早いかもしれませんが、軍事的合理性から言って、攻勢再開は無理ですよ。無理を承知でやるってことは、プーチンの掲げる建前上の作戦目標が、軍事指導者たちの本音の実状から乖離して高すぎるため、とりあえず攻勢の体を示すものの、今後の作戦はやることなすこと裏目に出て、ロシア軍の戦力を益々低下させるでしょう。ここに欧米からの供与された新装備の戦力が逐次に実戦運用で使われ始めて効果が出ますから、終わりの日は近づきつつあるのではないか、と推察します。ただし、ウクライナ側に不安要素がないわけではなく、武器弾薬は欧米西側からの支援が期待できますが、肝心の戦う担い手の優秀な指揮官や我慢強く戦う将兵が有限なため、逐次に枯渇しつつあります。ウクライナ側にとって、圧倒的な軍事力の差のあるロシア軍の猛攻に耐え、ずっと戦い続けているがゆえの戦闘疲弊や心の健康の維持は大いに不安です。ウクライナ側にあるのは、我が国土が侵略され、我が町が焼かれ、愛する家族が殺されつつあることに対する義憤でしょうね。たとえ将兵が逐次に減りつつあっても、ウクライナ軍や市民は最後の最後まで戦うつもりでしょう。ウクライナ市民の徹底抗戦の意志の強さには頭が下がります。

 だからこそ、何となく嫌な予感のしているプーチンは新局面を求めてイランを巻き込もうとしているんでしょうね。前回のブログで触れたイランのドローンは、決定的ではないものの、今後のロシアの攻勢の一局面を創造するでしょうね。ドローンは安価で戦果が大きいので、イランからのドローンを得てロシア軍は広域多方向多目的に運用するでしょう。これを迎撃できるシステムは米軍供与でウクライナも対応するでしょうが、費用対効果上合わないのです。しかし、ウクライナは仕方なく迎撃するでしょう。そういった新局面はあろうと思います。しかし、・・・大きな潮流は変わらないでしょうね。
ロシアのウクライナ侵攻の「終わりの始まり」であれば有り難いですね。

 頑張れ!ウクライナ

(了)

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2022/07/14

新たな懸念:イランがロシアに攻撃ドローン提供により新局面に突入か?

スライド1
スライド2
イラン陸軍の攻撃ドローン(上は小型ドローン、下は「アバビル」型) (An Iranian Ababil-series armed unmanned aerial vehicle during a military drill held in Semnan, Iran in January 2021. Photo by Iranian Army/Handout/Anadolu Agency via Getty Images)(2022年7月12日付The Warzone記事「Russia Getting Iranian Attack Drones Would Be A Very Big Deal」より)

7月13日現在のウクライナ戦争の戦況
 ・ロシアのウクライナ侵攻をめぐる情勢は、引き続き全般的に膠着しています。特に、ロシアはセベロドネツク攻防戦に辛勝したものの、息切れ状態のため戦闘力の再編成中で大胆な攻勢作戦は出来ず、挨拶攻撃的なマイナーな作戦しかしていません。
 ・しかしながら、ロシア、ウクライナ双方にこの膠着状況の打開を試みています。ロシアは後述するイランからの攻撃ドローン提供を受け、今後ドローンを使った自爆攻撃や情報収集及び正確な砲爆撃のための観測手段として多用する模様です。他方、ウクライナは南部ヘルソン州正面にて米国から提供された高機動型長射程砲HIMARSによる強力な砲撃により、ロシアの弾薬集積所を次々に破壊してロシアの武器・弾薬の枯渇に拍車をかけています。
(参照:2022年7月12日付ISW 「Ukraine Conflict Updates」)

イランがロシアに攻撃ドローン提供により新たな局面に突入か?
 2022年7月11日、米国政府は「われわれが得た情報では、イラン政府がロシアに対し、武器を搭載できるものを含めた数百機の無人航空機を供与する準備をしていることを示唆している」と表明しました。(参照:2022年7月12日付NHKニュース「“イランがロシアに数百機の無人航空機 供与の準備か” 米高官」、前掲<冒頭写真のネタ元記事>同日付The Warzone記事)

 ロシアが数百ものイランのドローンを入手しているとすれば、2つのインパクトが考えられます。まず第一に、①ロシアがイラン製の攻撃ドローンを運用することにより、自殺型ドローンによる遠距離かつ精密誘導的な、かつミサイルと比し極めて安価な攻撃手段がウクライナ侵攻に新たな局面を創造する、という戦術戦法的インパクトです。そしてもう一つは、②ロシアがイラン製の攻撃ドローンを運用することにより、ウクライナ侵攻をめぐる国際情勢にイランというディメンジョンの違うワイルドカードが参入し、新たな局面に突入する、という国際情勢的なインパクトです。
というのも、イランもロシアと同様、長く西側から経済制裁を課され、市場から締め出され経済低迷に苦しむ境遇にあり、他方で軍事技術を売る「死の商人」(国家または軍事ブローカーなど)から最新軍事技術やウェポンシステムそのものを購入しています。特に、イランは敵に囲まれた地政学的な境遇から、独自の核兵器開発やドローンを含む効果的な攻撃兵器を開拓しています。とりわけイランのドローンは、サウジアラビアなどの敵対湾岸諸国に対する石油精製施設の攻撃など、自殺型ドローンでの精密誘導攻撃には定評があります。

 ロシアが今欲しいのは、枯渇してしまった精密誘導攻撃ができるミサイルの代わりをしてくれる自殺攻撃型ドローンや、正確な砲爆撃のための情報収集や射撃成果の観測・修正ができる偵察ドローンです。実際、実はロシアの侵攻初期のキーウ攻略作戦が失敗した一因に、トルコがウクライナに供与した攻撃ドローンによる戦車・装甲車縦隊への神出鬼没の襲撃・伏撃や航空偵察に苦しめられた苦い教訓があります。キーウ攻略戦のみならず、ウクライナ軍が比較的安価でかつ防空網を掻い潜る残存性を有し、神出鬼没に攻撃や偵察にドローンを作戦全般に多用していることに鑑み、ロシアもロシア製ドローンを使っては見たものの大した成果なく挫折していました。ここでロシアにとっての救いの手がイランのドローンです。中東でアラブ・西側連合との実戦経験から、撃墜した敵側の最新ドローンの技術の盗用や試作・改良を積み重ねたイランの攻撃ドローンには、米国も一目を置く定評と中東での実戦経験での実績があります。そのロシアのニーズの両方をイランのドローンは満たしてくれるでしょう。この新戦力をロシアは駆使し、例えば精密誘導自殺攻撃型ドローンによるセレンスキー大統領暗殺など、政治指導部中枢を狙い撃ちしてきたり、西側からウクライナに提供された最新鋭装備の集積所に対するピンポイント攻撃など、ウクライナ侵攻の新たな攻撃パターンを創出してくるでしょう。これが、ウクライナ侵攻に、①で述べたような戦術戦法的な新たなインパクトを与えるでしょう。

 また、中東の台風の目であるイランがウクライナ情勢に参入してくることは、対する米欧西側と対峙するロシア及び旧衛星国グループにイランというワイルドカードが参入する、というバトルロイヤル的な混戦事態になるインパクトを与えます。最近のロシアも何をするか分からない怖さがありますが、それを言うならイランの方が何をしでかすか分からないそれ恐ろしさがあります。昔のプロレスで言えば、ブッチャーかタイガー・ジェットシンがリングに突然乱入してきたような話です。これが②で述べた国際情勢への新たなインパクトです。蛇足ながら、まさにこの件が明るみになったタイミングで、米国のバイデン大統領はサウジなどの中東を歴訪し、一方でロシアのプーチン大統領がトルコやイランを訪問します。こりゃあ本件がいろいろ議論され、さまざまな政治的な化学反応がアウトプットとしては出てくるでしょうね。

 ・・・いやー、面白くなってきましたね。
 ともあれ、頑張れウクライナ!

(了)

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2022/07/11

ウクライナ: NATOは限定的支援のみ、EUは熱烈支援という温度差の現実

the Extraordinary Summit of NATO Heads of State and Government
今年3月24日に実施されたNATOのサミットにおいてNATO加盟の要望をビデオ演説するゼレンスキー大統領(Ukrainian President Volodymyr Zelenskyy addresses via video link a meeting of the Extraordinary Summit of NATO Heads of State and Government held in Brussels, Belgium, on March 24 (Source: NATO Pool))(2022年7月8日付Eurasian Daily Monitor記事「Summit Shows NATO’s Limited Relevance to Ukraine」より)

7月11日現在の全般状況
 ・ロシアのウクライナ侵攻をめぐる情勢は、全般的に膠着したままです。ロシアは東部2州完全制圧に向け、バハムート方向への攻撃を試みているものの、特段の進展なく、また、ハルキウ州のロシア支配地域で、「双頭の鷲(旧ロシア帝国の紋章)」を紋章に選び「ハルキウはそもそもロシアの不可分の領土」と宣言するなどのロシア化政策を強力に押し進める動きが見られるものの、ロシア・ウクライナ双方とも大きな支配地域の拡大・縮小は見られていない状況です。
 ・ロシアが防勢転移した南部で特に顕著なようですが、もはやロシア軍の武器が底をついているらしく、油漬けにしていた1950年代の装甲車を旧式装備の倉庫から引き出してきて装甲車として再活用したり、地上攻撃ミサイルの代わりに旧式対空ミサイルを使っていたり、という状況が観察されており、ロシアがいよいよ武器・弾薬・兵員が枯渇していることが垣間見られています。
(参照: 2022年7月9日付ISW「Ukraine Conflict Updates」、関連記事:2022年7月1日付Newsweek誌記事「Russia Admits It's Running Out of Weapons in Ukraine War」)

7月初旬 NATO臨時サミットでウクライナへの限定的支援を加盟国首脳は再確認
 7月初旬に行われたNATO臨時サミットにおいて、加盟国首脳は従来通りNATOとしてはウクライナ支援は限定的にのみ行う政策を再確認しています。(参照: 前掲<冒頭写真>2022年7月8日付Eurasian Daily Monitor記事)
 私見ながら、この意味するところは、「NATOという軍事同盟としてはウクライナ支援は表面的にしかしない。ロシアさん、我々NATOとしては限定的支援=不関与の方針を変えてないから、怒らないでね。」というロシアへの刺激を回避する意志の再表明、NATOとしての政治的コンセンサスの再表明といったところ、と推察します。

強国ロシアを恐れつつ防波堤ウクライナを強力に支援する現実的レトリック
 アレ?そうなの?だって、欧米はウクライナにあれだけの全面的とも言える支援をしているじゃないか?… とお思いでしょうが、そこにはロシアに対してNATOという軍事同盟体としては最小限関与としつつ、「各国がそれぞれの考えでウクライナとの二国間関係として支援する」という枠組みと峻別している、という現実的なレトリックが有るのです。なぜなら、NATOは元々「ソビエト連邦の帝国主義的勢力拡大に対抗するために生まれた軍事同盟」だったから、冷戦後もソ連に代わってロシアを暗黙の仮想敵国とする軍事同盟のNATOが、ロシアと正面切って対峙する構図にはできない暗黙の合意が加盟国にあるのです。米国の高機動な長射程砲HIMARSの大量投入など、各国があれだけの武器支援をしていますが、それはあくまで、NATO枠組みとは切り離して、その国とウクライナとの二国間関係での支援という切り分けです。

NATOとEUの温度差は皮肉ではなく現実的な政策
 NATOと対照的なのがEUです。
 2022年6月23日、欧州連合(EU)はウクライナとモルドヴァの両国を加盟候補国とする決定をEU加盟国27カ国が全会一致で決めました。勿論、正式な加盟は、加盟条件となっている国内の改革(国内の汚職撲滅などの自国の国内努力の後、EU加盟国としての法治国家たる国家の資格審査のような手続を経て)が済んでからであり、数年単位でかかるものですが。しかし、この決定ほどウクライナを勇気づけたことはないでしょう。他国へのWeb演説の際に必ずEU加盟を熱烈要望してきたウクライナのゼレンスキー大統領は、「ウクライナとEUの関係で例を見ない、歴史的な瞬間だ。ウクライナの未来はEUの中にある」とツイートしています。また、EUのフォン・デア・ライエン委員長は「これが私たちにできるせめてものこと」とまで発言しています。

 他方、アレ?と再び思う方がいらっしゃると思います。そういえば、2022年6月29日にNATOはスウェーデンとフィンランドの二国の加盟に合意しました。 エッ?NATOはロシアを刺激したくないんじゃなかったっけ?
 この辺が我々ヨーロッパに身を置かないアジアの国には分かりづらい話ですね。北欧スウェーデン・フィンランドの加盟もロシアにとって刺激ネタなのですが、NATOにとってこれはレッドラインを越えてなくて、ウクライナだと越えるわけです。まぁ、ウクライナはソ連時代は同じ国でしたからロシアにとって「死活的国益」であり、ロシアにとってNATO加盟が脅威であっても元々武装中立国だった北欧ニ国は「周辺的な国益」という判断でしょうか。
 NATOもEUも、冷戦に端を発して創設された枠組みですが、EUは政治的・経済的統合を目標とする枠組みである一方、NATOは対ロシア軍事同盟体です。EUは経済枠組みであるが故に、ロシアの(プーチンの)逆鱗にふれず、その一方、戦後のウクライナの復興にも役に立つことは間違いないでしょう。

 ともあれ、EUがついてるぜ!
 頑張れ!ウクライナ

(了)

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2022/07/06

サイバー戦ではウクライナに軍配: 米軍がバックアップ

cyber attack

7月6日現在の全般状況
 ロシアのウクライナ侵攻をめぐる情勢は、序盤戦の全方位侵攻が頓挫し、中盤戦第一幕でドンバス平原の戦いが焦点となり、ロシアがドンバス平原の要衝セベロドネツク攻防戦を辛勝し、ルガンスク州をほぼ支配下におきました。さて、今後中盤戦第二幕、ドンバス平原の戦いの焦点は未だロシア支配下にないドネツク州北西部に移ります。
 セベロドネツク攻防戦を征したものの、ロシア軍は息切れ状態。つい先日、ロシアのプーチン大統領は、実は故障した戦車・火砲等の整備が追いつかず野晒し状態であり、第一線部隊に武器が不足していることを公に認め、特別経済政策を議会に法案提出したほどです。(参照:2022年7月1日付Newsweek誌記事「Russia Admits It's Running Out of Weapons in Ukraine War」)

サイバー戦ではウクライナがロシアの猛攻から守り切っている
 現代戦のもう一つの側面が、サイバー領域という非物理的な重要正面です。今回は、物理的な軍事侵攻の裏で起きているもう一つの戦場、サイバー戦におけるウクライナの大善戦をカバーします。

 元々ロシアがこのサイバー戦において超一流国であり、今回のウクライナ侵攻でも、侵攻開始前後から熾烈なサイバー攻撃をウクライナにしかけています。
 そもそも、2014年のロシアによるクリミア侵攻・併合の際も、ウクライナの電力網と通信網をターゲットとし国家や社会の諸機能を麻痺させて、侵攻作戦を電撃的に進めました。2015年にも、ロシアは東部2州の親ロシア派勢力の分離独立を画策し、送電網にサイバー攻撃をかけ、大停電が起きています。
 今回のウクライナ侵攻でも、2022年2月24日の侵攻開始以来今日に至るまで、ロシアのサイバー攻撃はウクライナの公共、エネルギー、メディア、金融、ビジネス、非営利セクター等、多種多様なターゲットに攻撃をかけており、その影響で一部の医薬品、食料、救援物資の流通に阻害を受けています。その手段方法も、多種多様かつ悪質で、DDos攻撃、アクセス防止から、データの盗難や偽情報の流布、フィッシングメールの送信、分散型サービス拒否攻撃、およびデータワイパーマルウェア、バックドア、監視ソフトウェア等の使用を含み、多岐に亘り、夥しい質と量のサイバー攻撃が仕掛けられています。
(参照:2022年6月21日付European Parliamentリリース「Russia's war on Ukraine: Timeline of cyber-attacks」)

 これに対するウクライナのサイバー防衛が実に凄いのです。上記のような執拗かつ悪質なロシアのサイバー攻撃に対し、米軍や西欧諸国の力強いバックアップを受け、民軍連携により、民間技術者がボランティアで参加する鉄壁の「IT軍」を構成して最凶のロシアのサイバー攻撃から国家中枢、軍、主要インフラ等の機能を守りきっています。特筆すべきは、世界中の精鋭ホワイトハッカー1500名が参集しウクライナ国防省の傘下で民軍一致団結してサイバー防衛を果たしていることでしょう。民間人が政府や軍や重要インフラに模擬サイバー攻撃をし、弱点を見つけると報酬が出る「バグバウンティ制度」を奨励するなど、民軍を上げて国家社会のレジリエンスを高めているというのですから、素晴らしい。日本も見習ってくれよ、と思うくらい羨ましいほどの体制となっています。(参照:2022年7月4日付日経新聞記事「ウクライナ サイバー攻撃回避 官民で通信・電力網を維持」)

やはり米軍が裏にいました
 米軍は、サイバーを含むマルチドメイン作戦を標榜していますが、元々はロシアが例のクリミア侵攻の際にロシア版マルチドメイン作戦となる政軍ハイブリッド戦のパーフェクトゲームをしたことが契機になりました。今回のウクライナ侵攻でも、米軍は侵攻以前からウクライナ軍に対して、サイバー戦領域・電磁戦領域や電子戦領域や情報戦領域、宇宙空間戦から陸戦・海戦・空戦の各領域を統合作戦として包括したマルチドメイン作戦として、様々な領域でロシアに劣るウクライナ軍の作戦遂行能力を米軍の最新装備とノウハウで強力にバックアップしているものと推察します。ロシアのサイバー攻撃対処も勿論ですが、こちらからもロシアにサイバー攻撃や電磁戦・電子戦を仕掛け、ロシア軍の精密誘導兵器に故障を起こさせたり誤誘導させたり、ロシア軍の指揮通信機能を途絶させたり、誤情報・偽情報を流したり、報道による国際世論操作など、実に広範多岐に亘り領域横断でウクライナ軍をリードしているものと思います。

 事実、米軍のサイバー軍司令官ポール・ナカソネ将軍が米軍のバックアップについて正式に認めています。(参照:2022年6月22日付bankinfosecurity.com記事「US Confirms It Has Provided Cybersecurity Support to Ukraine」)「ハントフォワード作戦」というコードネームの作戦で、ウクライナ軍のサイバーを強力にバックアップし、かつロシアに対するサイバー攻撃すら認めています。この辺は、ロシアを刺激する作戦をしないはずのバイデン大統領の政策から逸脱しているようにも見えますが、非物理的であるが故に、余り騒がれていません。
 
 まぁ、結果オーライということで。
 頑張れ!ウクライナ

(了)

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