ヘルソン市攻防戦 :冷たい雨と泥濘の中で静かに始まる

へルソン正面の戦況(2022年10月30日付ISW記事「Ukraine Conflict Updates Oct29」より)
ヘルソン市攻防戦 :冷たい雨と泥濘の中で静かに始まる
ウクライナ戦争の戦況分析において最も信頼できる米国の戦争研究所ISWの日々の分析を見ていても、目にはさやかに見えねども、恐らくウクライナ戦争最大の激戦となるであろう「ヘルソン市攻防戦」が秋の冷たい雨と泥濘の中で静かに始まっています。
今、対峙する両軍の兵士達は、ひとたび雨が降り始めると長雨となり、冷たい雨に濡れながら、やがて泥濘に膝まで足元を呑み込まれ、装輪車両を腹ばい状態にさせられ、進退極まる状態になる……。そんな中で、それでもウクライナ軍は反撃攻勢を継続し、ロシア軍は必死の抵抗戦闘を継続しています…..。そう、激戦はもう静かに始まっています。
ウクライナ戦争最大の激戦の予感
10月半ば、一部の不勉強なメディアが、ロシアがヘルソン市からの住民避難や一部の部隊の後退させていた事象を捉えて、「ロシアはヘルソン市をもはや放棄して撤退か?」との誤報を流していました。ロシアがへルソンを放棄?とんでもない、ヘルソン市にはロシア正規軍の精鋭部隊が、ヘルソン地域特有の灌漑用の貯水池を活用した縦深横広な塹壕陣地を堅固に構築しており、やがて来る本格的な市街地での攻防戦を準備しています。一部のロシア軍部隊がへルソン市より西でウクライナ軍と交戦し、その後退却してへルソン市よりさらに東方に下がったのは、へルソン市を主戦闘地域として前方(西方)でウクライナ軍の前進を遅滞させていた前方部隊であって、その前方地域での役割を終えて後方に下がって新しい任務を準備する、当たり前の作戦行動です。それを全部隊の退却かの如く報じていました。軍事作戦においては常識的なこと。勉強不足ですね。
ロシアが、というよりウクライナもですが、放棄するなんてありえません。両国がヘルソン市を重視する最大の要因は、ウクライナを南北に縦断する最大の河川ドニプロ川の河口であること、そしてロシアが支配するクリミア半島とウクライナ最大の貿易港オデッサの両方を押さえる黒海の要衝であるきと、という戦略的重要性です。ロシアがここを失えば、クリミアの安全も風前の灯となり、もはや侵攻前の既得権益だったクリミアと東部2州の親ロシア地域は陸で繋がらず、分断される運命でしょう。だから、プーチンはヘルソン市の死守を命じているはずです。
ISWの見積もりでは、プーチンが命じた予備役部分招集で得た30万?の召集兵のうち8万名近くを南部戦線に注ぎ込み、半分を前線の戦闘部隊へ、もう半分を後方の支援部隊へ投入した模様です。
この地域は、戦略的重要性は勿論のことながら、更に戦史上名高い激戦地でもあります。季節は秋、これから冬を迎える秋に雨季となり、地域は冷たい雨と泥濘で覆われます。19世紀のナポレオンのロシア侵攻でも1941年のヒトラーのソ連侵攻でも、2人の戦争カリスマの「常勝」のキャリアを阻止したのがこの地域とこの季節の雨季による泥濘です。更にこのあとにトドメを刺す刺客が待ち構えています。すべての生きとし生けるものを大地ごと凍てつかせる冬将軍のシーズンが来ます。ナポレオンもヒトラーも結局は侵攻を断念して退却を余儀なくされました。

私見ながら、プーチンは西側諸国にバックアップされたウクライナの破竹の進撃をヘルソンで止めることを企図していると推察されます。ナポレオンやヒトラー同様、秋の雨と泥濘で出足を止め、冬将軍でトドメを刺して攻撃頓挫だせるつもりでしょう。確かに、秋の泥濘や冬の凍結は、陣地攻撃をする側にとっては不利、陣地防御をする側にとっては有利となります。
ウクライナは元々地元精通、そうは行かない
ナポレオンやヒトラーとウクライナの決定的な違いは、よそ者の侵略者ではなく元々この地域に精通した地元民であること、そしてロシアに奪われた土地を奪回する逆襲である、ということです。よって、この地域の地理や気候や土壌・植生をよく知り、秋の泥濘や冬の凍結の中でも永年暮らしてきた地元民ですから、この地の地の利・時の利を得て戦えるのではないか、と推察します。
ナポレオンもヒトラーも、秋の泥濘や冬の凍結を当時最強の軍事力で無理に攻勢を押し切ろうとし、泥濘に足を取られ攻勢が頓挫し、身動きが取れなくなった挙句、冬を迎えて補給線が切れて多くが凍死し、遂に退却しました。その点ウクライナは、西側諸国からの武器弾薬支援に奢ることなく、一気呵成攻勢を押し切らず、まずロシア軍の後方連絡線の要所となる主要な橋などのチョークポイント、兵站拠点となる武器弾薬食料等の各種補給品の補給所や弾薬庫等を長射程火器HIMARSでかなり長期かつ計画的に潰しています。しかも、攻撃要領も1点突破〜突破口の拡大〜戦果の拡大という攻撃の一般的定石を踏まず、ウクライナは年寄りの囲碁のように、ジリジリと布石を積み重ねてから小さく切り込むように攻めている模様です。私のように気が短い者の発想からは時間がかかって気が気じゃありませんが、きっとウクライナ軍は地の利・時の利を得てジリジリと間合いを詰めていくのでしょう。
へルソン市攻防戦の展望
ここからは全くの私見です。じっくり行くウクライナにとっての勝負は、冬が来る前に=秋のうちに、すなわち11月中に泥濘を克服してへルソン市より手前(西)にあるロシア軍陣地を一つ一つ潰して、ドニプロ川の西岸にあるへルソン市に第一線部隊を突入させ、市街戦に持ち込めるかどうかでしょうね。秋の内に市街戦に持ち込めれば、早ければXマス前にへルソン市を陥落できるでしょう。逆に、秋のうちにへルソン市街に部隊を上げられなければ、へルソン市の大激戦を冬場にやることになります。ラッキーなことに、ウクライナにとって地の利がある点は、へルソン市がドニプロ川の西岸(河口に向かって右岸)にあることです。ロシア軍にとって非常に不利な点として、へルソン市で戦うロシア軍を補給するためにはドニプロ川を渡らなければ武器弾薬や食料を届けられないことです。これを泥濘の秋、或いは厳冬にやるのは困難でしょう。下手をすると、へルソン市でロシア軍は補給が届かず、或いは川で退路を断たれることになります。
勝負を決するのは、秋の泥濘を乗り越えて実施するであろうへルソン市手前の20~30キロにも及ぶへルソン市前方地域のロシア軍陣地の攻略戦です。既存の舗装道路を軸に、ところどころ泥濘を克服して一つ一つ潰していかねばなりません。ここも死闘が繰り広げられるでしょう。多くの血を吸ったあげくにへルソン市街地に部隊を突入させ、これまた、壊れたビルを盾に、一つ一つロシア軍陣地を潰していかねばなりません。ただ、市街地なので舗装され、泥濘戦ではないので、これも多くの血を吸う戦いになるでしょう。ここで勝負を分けるのは補給線です。戦うための武器・弾薬を将兵に届け、戦いで死傷した兵士を後方に後送して救急救命処置のラインに乗せてあげられるかどうか、て勝敗が決まるでしょう。
もし、ウクライナが秋のうちにへルソン市街戦に持ち込めず、更に冬場にへルソン市街戦にもならずに全く攻撃進展のないまま冬を越す状態では、エネルギー不足で寒い冬を過ごす西側には「ウクライナよ、話が違うぞ!」という落胆を買うでしょう。秋のうちに市街戦にもちこめば、市街地は舗装されているので泥濘なし。市街戦では早晩勝てるでしょう。特に、市街戦への補給線も確保できれば、冬将軍が来ても市街戦で大激戦ののち、ロシア軍を寄り切れます。.....と言っても、ロシア軍もこの市街戦で死に物狂いで勇戦敢闘するでしょうから、両軍の多くの若い兵士の血を吸って勝負が決まるでしょう。面白がってそう言っているのではなく、事実上の決戦ですから、両軍は必死ですよ。特に、ロシアはロシア正規軍の虎の子部隊をへルソン市守備部隊にしていますから、ここで負けたらロシア軍に後はありません。東部戦線に民間軍事企業ワグネルの部隊が残っていますが、あれは正規軍ではなく小部隊の特殊作戦なら活躍しますが、もはやの東部戦線~南部戦の長大な全正面でウクライナ軍と対峙できる軍隊は存在しないことになります。
要するに、へルソン市攻防戦は事実上のロシア対ウクライナの決戦なのです。私の読みとしては、ウクライナ軍の年内のへルソン市奪取。死体の山を築いてた上で、へルソン市の焼け落ちた市庁舎の屋根にウクライナ旗がたなびくでしょう。それが「戦勢」というものです。決め手はウクライナ軍の兵站支援の太い補給線の確保、これに対し、ロシア軍の補給線の線の細さ。ウクライナはこれを作為するために、夏から長期的展望でロシアのへルソン市後方の後方連絡線や補給拠点を潰してきたわけですから。
頑張れ!もう少しだウクライナ!
(了)


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