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2023/02/23

ウクライナの正念場:バハムート攻防戦はウクライナの203高地!守り切れ!

Bakhmut as of Feb22, 2023
2023年2月22日における東部戦線バハムート周辺の状況(同年同日付ISW記事「Ukraine Conflict Updates」の図に加筆)

ウクライナの正念場:バハムート攻防戦はウクライナの203高地!守り切れ!
 「バハムートの前線での平均余命は4時間しかもたない※」といわれるほどの砲爆撃と銃撃戦の中、ウクライナ東部、ドンバス平原の要衝バハムート市をめぐってウクライナ侵攻で最大規模の激戦が繰り広げられています。この街は東部2州の完全掌握を狙うロシアにとって喉から手が出るほど欲しい要衝であり、守るウクライナにとってロシアの進撃を止める防波堤であり、この街の攻防戦の帰趨がロシアのウクライナ侵攻の勝敗を決するとまで言われる焦点になっています。状況は違うものの、日本人にとって分かりやすい言い方をすると、日露戦争の際の旅順203高地の争奪でしょうか。取られれば戦争全体の勝敗に極めて大きな影響がある戦いが、今バハムートで繰り広げられています。
 バハムート市街は半年以上に渡る戦闘で廃墟となっていますが、元々工業都市だった市内に張り巡らされた地下通路と市の外郭部に掘られた塹壕による要塞都市となっており、ここ数か月ロシア軍の猛攻にウクライナ軍が頑強に抵抗しており、今やじりじりとロシア軍に包囲されつつありますが、10キロ四方に囲まれた苦境にあっても最後の踏ん張りをしているところです。
(※参照:2023年2月20日付Newsweek記事「Bakhmut Life Expectancy Near Four Hours On Frontlines, Fighter Warns」) 

ロシアの冬季攻勢の焦点はバハムートの奪取!取った方がドンバス平原を制す
 ロシア、ウクライナ、それぞれのバハムートに対するコメントから垣間見てみます。
 ロシアのポリャンスキー国連大使は、2023年2月14日に「”I know that there is no way to liberate Donbas without capturing Bakhmut and I know that liberation of Donbas is one of the tasks of our military operation,”=バハムートを奪取せざればドンバス平原(東部2州を含むウクライナ西部の広域)を解放できず、ドンバスの解放こそ今回の軍事作戦の達成すべき任務の一つである。※」と述べています。
 その一方、ウクライナのゼレンスキー大統領は、2月15日にスウェーデン首相との会談中で激戦中のバハムートに言及し、最前線の戦況を「”most difficult”=非常に困難」と評し、「”It’s not easy for our soldiers in the east but don’t call it ‘fortress Bakhmut’ for nothing.” =東部で戦う将兵にとってバハムートを守り切ることは容易なことではないが、伊達には『要塞バハムート』とは呼んでいない。※」と述べています。「バハムートは断固保持する!」という雄たけびは、前線の兵士のみならず、ウクライナの国民的な雄たけび=モットー=国民的団結の合言葉になっていると言えましょう。
(※参照:2023年2月19日付Newsweek記事「Why Bakhmut Could Decide Who Wins Ukraine War」、ISW Ukraine Conflict Updates ほか)

 逆説的ですが、実はバハムートはそれほど戦略的な価値が高い場所ではありません。これは東西の軍事評論家の指摘するところです。むしろバハムートの北西25キロに位置するスロビヤンスクや西北西25キロのクラスノモルスクの方が東部2州を制覇するために戦略的に重要な都市ですが、バハムートは、ドンバス平原東部2州の主要幹道が交錯する街で、ここにハルキウを経由してキーウにも伸びるM03自動車道(日本で言えば東名高速道に当たる)があります。ドネツク州とルハンシク州の東部2州の完全制覇を狙うロシアにとって、そこに進撃するためには交通の要衝であるバハムートを手中に収めないと攻撃の足がかりがつかめない、という戦術的価値がある場所です。その意味で、既述のように日露戦争の旅順攻略作戦の203高地を引き合いに出しました。今や、ここの奪取が焦点であることはロシア国内でもPRされていて、この地を巡る攻防戦で多くのロシア人の血が流れていることをロシア国民も認識しており、その注目を浴びている状況です。日露戦争時の旅順攻略作戦にて、旅順港を見下ろして正確な砲撃ができる旅順を囲む名もない高地を奪取できるかどうかが日本の国運を決する焦点となっており、既に多くの将兵が死んでいて全国民が乃木大将率いる旅順攻略部隊に注目していた状況に似ています。その意味では、バハムートは戦略的というよりも象徴的な価値が極めて高い争奪戦の焦点となっています。

 蛇足ながら、ロシア、ウクライナ双方がバハムート攻防戦で勝利した場合の展望について、私見ながら考察します。
 バハムートをロシアが奪取すれば、これまで大きな戦果がなかったロシア軍は一挙に勢いづき、一気呵成にドンバス平原になだれこみ、現在ウクライナに支配されているドネツク州、ルハンシク州のロシア軍が支配していない領域を回復し、「特別軍事作戦」の達成目標の一つであったドンバス平原の東部2州の掌握ができます。これに呼応して、北部戦線のハルキウ正面や南部戦線のネルソン正面、ザポリージャ正面でもこの機に乗じた局地的攻勢で勢力地域の拡張を試みるでしょう。こうして4月以降西側装備の増援を受けたウクライナ軍の反転攻勢が始まる前に、ロシアは冬季攻勢で攻めるだけせめて獲得した接触線を既得権益=現状ラインとして、和平交渉に前向きに転じるでしょう。じ後はそのラインを要塞化して一歩も退かない防勢転移をし、 これ以上は攻めないが、和平交渉でこのラインを国境にしてしまう方向に舵を切るでしょう。
 他方、ウクライナがバハムートを守り切れば、バハムートを陥落できなかったロシア軍の戦闘損耗は非常に大きく、数週間の戦力再編成を要す大打撃を受けるでしょう。特に、ロシアの冬季攻勢に耐えきった/守り切ったとすれば、バハムート攻防戦の勝利はウクライナ軍のみならずウクライナ国民全体の士気を一機に高揚させることは間違いないでしょう。この機運に乗じて、4月以降に西側装備が前線のウクライナ軍に増強されれば、東部戦線、南部戦線での反転攻勢をかけ、ロシアに奪われた地域の解放が進むでしょう。クライナの悲願であるクリミア半島の奪回も試みるかも知れませんが、その辺は米国がロシアへの過剰な刺激を避けるよう諫めるようなことまで考えられます。

展望は?勢力は均衡、むしろ執念が勝敗を決す。ウクライナが守り切る!
 では、攻防戦の帰趨について、ISWが長期に渡ってバハムートをめぐる攻防をリポートしてくれており、そこから言えることとして私見ながら考察してみます。

 バハムート正面のロシアとウクライナの戦力はロシアが優勢ですが、防御側の待ち受けの利、特にバハムート市街の地下通路や外郭の防御線の塹壕陣地等による地形の戦力化、抗堪化があって戦力劣勢ながら強靭な防御戦闘により、ほぼ勢力はトントンの状況と言えましょう。(ちなみに、白紙的には攻撃対防御の所要戦力は3対1、と言われています。)
 バハムートの戦闘様相は、第1次世界大戦ヨーロッパ戦線の長大な塹壕の陣地線で戦線が膠着した状態になりつつあります。塹壕とは、原始的に地面に穴を掘って身を隠しつつ各種火器の陣地とし、それを交通壕で結んで防御陣地とするものです。デジタル時代に極めてアナログな話でなかなかご理解いただけないかと思いますが、原始的なようでこの塹壕は砲爆撃に極めて強靭な防護力を発揮します。砲爆撃は塹壕陣地に直撃しない限り、地面が盾となって砲爆撃の爆破・爆風・破片効果を局限します。将兵は、この塹壕の中で泥まみれで生活します。戦闘も寝泊りも大小便も、全てこの塹壕の中で生活しつつ戦闘をします。今は冬ですから、凍土の中、零下の厳しい環境の中で戦っています。冒頭の画像の通り、現在、バハムートは北、東、南の3方向をロシア軍に囲まれ、10キロ四方の地域に突角をなすような形で何とかしのいでいます。それぞれキロ3方向から猛烈な砲爆撃を受け、なおかつ、ロシア軍が市内に浸透して市内でも至近戦が起きている模様です。市内には、マリウポリのアゾフスタリ製鉄所がそうであったように、地下施設と通路が発達しているため、これが砲爆撃を避けて組織的な防御戦闘を続ける「要塞」になっているわけです。戦術的妥当性から言えば、ロシアが絶対に有利。にもかかわらず攻めきれないのは、ロシア軍の戦闘を継続する人的戦力と後方補給・兵站戦力の欠如が災いしています。これが、数か月に渡りこの街をロシア軍に奪取されずに保っている所以です。

 こうした戦いにおいて勝敗を決するのは、バカにしないで聞いてほしいのですが、はっきり言って「精神力」です。換言すると、「絶対に守り切る/奪取する」という攻防戦の渦中の両軍将兵の執念の強さが勝敗を決めます。その意味では、国家を、領土を侵略され、「俺たちが下がればその土地は敵の領土となりその自分の親兄弟を含む住民が敵の領民となってしまう…」という切実な思いのあるウクライナの方が執念が強い、と言えましょう。対するロシア軍は、そもそも特別軍事作戦の意義を見いだせないまま、大義のない戦争をしていることに将兵は気づきつつあります。
 このまま、この執念の差であればウクライナが3月一杯粘り勝ちし、戦場に届いた西側装備で逐次にバハムートの翼側からロシア軍に攻勢をかけて包囲を解けば、ウクライナ軍がバハムート攻防戦で勝利するでしょう。ロシアの何か物質的なブレイクスルーがない限り。しかし、狡猾なプーチン大統領や知恵者ゲラシモフ参謀総長兼総司令官のことですから、バハムートという一局地戦ではなく、対ウクライナの全般戦況を動かす手段、例えばミサイル・ドローン・長射程砲による主要都市の砲爆撃、特に電力インフラ等への壊滅的打撃であるとか、西の隣国モルドバでのクーデターによる西側寄りの現政権の転覆でウクライナに対する牽制や西側諸国からの補給路の遮断、などいろいろ画策してくると思われます。

 さぁ、ここが正念場だ!頑張れウクライナ!バハムートを守り切れ!

(了)

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2023/02/17

ロシアの大攻勢とは東部バハムート正面の進撃、モルドバ政府転覆、及び砲爆撃ではないか

Bahmut.jpg
激戦が続くバハムート( 2023年2月14日付JSW記事「the latest news from Bahmut: Battle Map」より)

ロシアの攻勢はやはり始まっていた
 ロシアの攻勢はやはり始まっていたようですね。
 NATOのストルテンベルグ事務総長が2023年2月13日に「ロシアの新たな大規模な攻撃は既に始まっているようだ」と発言し、マスコミもそのように報道し認識を改めていました。ほ~ら、言ったでしょ。「2月のロシア大攻勢」というのは、前回(2月10日付)、前々回(2月4日付)のブログでも述べたように、現在東部戦線で激戦が続くバハムート攻防戦において、ロシアが地味に押しており、数ヶ月同地を固く保持していたウクライナ軍が徐々に後退しつつあり、「既にロシアの攻勢は始まっている」と見るべきでしょう。
 他方、ウクライナのゼレンスキー大統領が先週ブリュッセルで行われた欧州理事会サミットにおいて「ロシアがモルドバにおいてクーデターによる政府転覆を計画している」と情報提供をした件、これに呼応してモルドバのサンドゥ大統領が13日に「実際にそうした動き」がある、とロシアを糾弾しました。無論、ロシアは事実無根だとしてこれを否定しています。モルドバは、ウクライナの西部で国境を接し、ウクライナと同様、国内の親ロシア勢力が国内の東部地域を実効支配し、そこにロシア軍が駐留している状況です。ロシアの狙いは、モルドバの西側寄りの現サンドゥ政権を親ロシア傀儡政権に挿げ替え、ウクライナの西側とのモルドバ経由の補給路を断ち、ウクライナの海の出口オデッサをロシアと挟み撃ちで海路を脅かす戦略的優位を得ようとしていると推察されます。これはウクライナと西側諸国にとって痛烈な打撃となります。
(参照:2023年2月13日付VOA記事「Russia Wages New Offensive Against Ukraine」、同年2月14日付Newsweek記事「Moldova Closes Airspace as Russia Coup Fears Grow」ほか)

「ロシアの大攻勢」とは東部攻勢とモルドバ転覆と砲爆撃の合わせて1本ではないか?
 私見ながら、こうしてみると懸念されていたロシアの大攻勢とは、併合した東部2州の失地回復と確保を目標とした東部の攻勢(地上作戦)、ウクライナの西の隣国モルドバを親ロシア国に転覆させるクーデター(外交/諜報/間接侵略作戦)、それに加え侵攻開始1年になる2月下旬にミサイル・ドローンや海軍艦艇からの巡航ミサイル等による主要都市への猛烈な砲爆撃による市民生活への大打撃(陸海空の砲爆撃作戦)などの合わせて一本ではないか、と推察します。これにより、4月以降逐次に西側供与の主力戦車等の新装備がウクライナの戦力として加勢する前に、地上作戦の攻勢で東部の失地を回復しつつ南部の既得地域を離さず、ロシアに有利な態勢で春を迎えようというのがロシアのプーチン大統領の腹でしょう。以降の軍事作戦は既得地域を確保する防御に切り替え、政治外交作戦において停戦・講話協議を国際社会に求め、中国などにこれを仲介・援護射撃させ、一方で親ロ化したモルドバというジョーカーのような外交カードを使って、ウクライナを西側から脅かして揺さぶりをかける。更に他方で、ウクライナの主要都市と電力インフラ等を狙い撃ちに、2月下旬から3月にかけて再びボコボコに砲爆撃することで、ウクライナの国民生活に壊滅的打撃を与えて、国民の抗戦意志を萎えさせ、「もはや東部や南部のロシアに取られた国土の犠牲はやむを得ない、それより平和な日々に戻りたい」という気にさせる。プーチンの腹はそんな思惑ではないか、と推察いたします。

ウクライナよ、ロシアの冬季攻勢に耐えてくれ!
 今が一番きついだろう。しかし、春以降は西側新装備と武器弾薬などの全面支援をNATO・西側諸国等ガッチリとサポートしてくれる。もうそこに光は見えている!

頑張れウクライナ!

(了)

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2023/02/10

ウクライナ侵攻で暗躍するロシアの傭兵部隊ワグネルの黄昏:驕る平家久しからず

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ソレダール鉱山にて民間軍事会社ワグネル部隊によるソレダールの「奪取」を喧伝するブリゴージン氏 (Wagner boss Yevgeniy Prigozhin in a picture claiming to show the mercenaries in a Soledar salt mine)(2023年1月12日付BBC記事「Ukraine war: Who controls Soledar and why it matters」より)

ウクライナ侵攻で暗躍するロシアの傭兵部隊ワグネルの黄昏:驕る平家久しからず
 ロシアのプーチン政権下で、雨後のタケノコのように急成長した新興ビジネスマンであったプリゴージンと彼が作った傭兵部隊ワグネルは、これまでプーチンからの特別扱いを享受して権勢を欲しいままにしてきました。傭兵部隊ワグネルは、ロシア軍のようでロシア軍にあらず、ロシア軍の作戦の一翼を担いながらもロシア軍の統制を受けず、独自の契約で将兵(囚人など)を採用し、独自の編成・装備で独自の作戦運用をし、美味しいとこ獲り的な作戦を展開してワグネルの功績を喧伝し、地域占領後は占領地域で勝手に独自の占領政策をとり、占領地域の住民への拷問や殺害まで実施しています。それが、つい1ケ月前、傭兵部隊ワグネルが独力でソレダール市を占領・確保した!と自画自賛し、軍や国防省の不甲斐なさをこき下ろし、自らの政権中枢への進出の色気を出したのが運の尽き、プーチン大統領のケッチンを喰らいました。プーチン大統領はロシア軍の正統性を重視し、ワグネルはあくまで軍に従属する位置づけを明確に打ち出しています。結局、プーチン大統領にとっての便利な道具に過ぎなかったプリゴージンと傭兵部隊ワグネル。今やウクライナ侵攻作戦の中でワグネル部隊に任される任務も影が薄くなり、プリゴージンの世論への影響力も縮小しています。まさに、驕る平家久しからず。わずか1ケ月の間で凋落しつつあります。
 ちなみに、私の以前のブログ本年1月13日付及び19日付で、軍の正統性回復という観点でプーチンの軍支持への回帰の話を述べています。同じ系統の話ですが、今回はプリゴージンとワグネル部隊に焦点を当てています。ご参照ください。
(参照:2023年2月6日付Newsweek記事「The Putin and Wagner Group Clash Is Coming to a Head」ほか)

驕る平家:プリゴージンと傭兵部隊ワグネル
 まずプリゴージンの経歴から。
 プリゴージン氏は、1961年レニングラードで生まれ、18歳で窃盗で、21歳で強盗・詐欺等で逮捕され、計9年間も刑務所で過ごしています。その後、ホットドッグ販売を皮切りに食品業界で起業し、サンクトペテロブルグの船上レストランの経営で稼ぎ、プーチンの目に留まって、プーチン大統領と当時のシラク仏大統領やブッシュ米大統領との会食に食事を提供してメキメキと頭角を現し、軍やクレムリンへの食事提供で巨万の富を築きました。じ後、プーチン大統領との親密さを武器に、違法行為を自由に行い始め、2014年のクリミア侵攻やこれに続く東部2州の親ロシア派への戦闘員派遣のため傭兵部隊ワグネルを設立。これ以降、ロシアのシリアへの介入やアフリカ諸国への介入には、ロシア軍、連邦保安庁(FSB)、連邦軍参謀本部情報総局(GRU)等との密接な連携を図って現地で暗躍しています。2018年のシリア内戦をはじめ、マダガスカル、中央アフリカ共和国、コンゴ民主共和国、アンゴラ、セネガル、ルワンダ、スーダン、等々のアフリカ諸国に戦闘員を派遣し、傭兵や軍事顧問として、或いは金・ダイヤ鉱山の開発運営など、荒稼ぎをしています。そしてこの間、現地における非人道的な拷問、殺害、脅迫などの犯罪行為が指摘されています。

 基本的にロシアの国内法上、傭兵は違法であり、民間軍事警備会社の設置やロシア国外での警備=軍事的サービスの提供なども違法です。従って、ロシア国家としては「ワグネル」などという準軍事会社は存在せず、法的地位もない、ことになっています。しかし、事実として存在し、当初プリゴージン自身も「ワグネル」とは無関係と主張し、一部マスコミの報道を告訴しているほどでした。しかし、ウクライナ侵攻ではもはや隠匿をやめて、2022年8月には自らワグネルの総帥であることを公表しました。
 ワグネルの傭兵の集め方は、設立当初はロシアを始め各国の元特殊部隊隊員などの一本釣りで基幹要員を固めた精鋭部隊だったようですが、ウクライナ侵攻でかなりの人的損耗があって、今や刑務所で要員募集をしています。ウクライナでの戦争の要員募集は、ロシアだけでなくベラルーシ、トルクメニスタン、キルギスタン、タジキスタン、さらにはアフリカの刑務所でも行われています。要員募集というと専ら本人の意思が尊重されるように聞こえますが、実際の募集は半ば強制、詐欺ないし脅迫によって成り立っています。ウクライナ侵攻への6か月間の兵役を条件に、服役の減刑と現金で釣るわけですが、戦争が長引き、かつワグネル入隊後に戦場に出るのを拒否した隊員がワグネルの古参兵にハンマーで殴られて殺害される動画も世の中に出回っていて、囚人たちも希望しなくなってきています。中には、ワグネルの隊員としてではなく「警備員として採用」ということで同意した囚人が、結局兵士にされたなどの詐欺も起きています。ひとたび入隊すると、恐怖の支配があり、新兵は古参兵の前を歩かされて盾にされたり、前述のように怖気づいて戦場に出るのを拒否すると拷問や殺害の恐怖で戦わされる状況です。仲間の兵士に対しても前述のような待遇なので、占領地域の住民に対しては略奪、強姦、拷問、殺害が当たり前のようにあり、ロシア正規軍とも比較にならないほど残忍です。
(参照:2023年2月8日付Newsweek記事「Wagner Group's Ominous Recruiting Tactics Revealed As Convict Pool Dries Up」ほか)

ワグネルは戦場で何をしているか?
 こうして恐怖の支配で成り立つ傭兵部隊ワグネルは、ウクライナの戦場の一翼を担っているわけですが、ロシア軍の統制に入らずに何をしているか?その本質を、つい1ケ月前の1月半ばにプリゴージンが自画自賛した「ソレダール奪取」を例にとります。
ソレダールは、ドンバス平原の要衝バハムート周辺の街の一つです。その奪取が戦略的に意義のあるものでも何でもないのですが、一番の目標バハムート攻防戦ではウクライナの守りが固くて激戦の末、膠着して全く勝機が見合ない中、近傍のソレダールに目を付け、ここを奪取したと動画で喧伝したわけです。事実上はソレダールは当時まだ陥落しておらず、プリゴージンは過早に「ワグネル単独で奪取した」と喧伝しました。この街に、ワグネルがアフリカでお得意だった鉱山の確保ができるので、それが嬉しかったのか、プリゴージンはソレダールの塩鉱山を占領して、この鉱山の坑道の中で記念撮影をした動画をロシアのネット界に流しています。

 これに一体何の意味があるか?要するに、プリゴージンは「英雄」になりたいのです。本当は政治的野心が燃え滾るようにあるのですが、そんな政治的野心を口にしたらプーチンの逆鱗に触れるかもしれないので、そうは言いません。しかし、国家・国民から「英雄」として認められたいのです。ウクライナ侵攻でいいところを見せられないロシア軍に代わって、ワグネルが孤軍奮闘し、ウクライナの一大拠点に風穴を開けてくれた!と世論に英雄として認めらたいのです。自薦ではなくて、国家・国民からの他薦により、政権中枢の中での確固たる地位を得ることが目的です。実際、プリゴージンの国防相批判やソレダール奪取というワグネルの活躍に、タカ派の軍事ブロガー達は称賛を与え、一定数の市民の歓声を受けていました。 

 しかし、プリゴージンはソレダール奪取の自画自賛の売り込みの中で、勇み足をしてしまいました。プリゴージンは、「塩鉱山を管理するとともに、ソレダール占領地域の住民も自分がすべてコントロールしている。」と発言し、ワグネルが戦闘のみならず、占領行政まで単独で実施しているかのような勇み足発言をしたわけです。

プリゴージンの勇み足でプーチン大統領の手のひらが返る
 プーチンはこれでプリゴージンを見限った模様です。プーチン大統領は、当時のソレダールの戦況について、プリゴージンやワグネルについて全く言及せず、あくまで軍全体の作戦の文脈の中で国防省にブリーフィングさせています。ネットでは大騒ぎなのに、プーチンは意図的にソレダールの奪取・占領におけるプリゴージンやワグネルの果たした役割を徹底的に無視しました。プリゴージンは国防省の戦況発表に反発し、ワグネルの戦果を軽視している!と非難声明しています。

 プーチン大統領は、これ以降徹底してプリゴージンに対し冷遇しています。プリゴージンは何回かプーチンに接見を求めていますが、プーチンはこれを無視。それどころか、プリゴージンの政敵とも言えるサンクトペテルブルク知事アレクサンドルベグロフとは1月18日に実務会議を実施しており、隣り合って親密に会談する様子を画像でリリースしています。ロシア内外の専門家達はこれを見て、プリゴージンの落日を痛感したようです。

 何が勇み足だったのか?何がプーチンを怒らせたのか?
 要するに、新興ビジネスマンのプリゴージンが紛争の軍事的解決策に「使える道具」として役に立っていた時はプーチンに重用されたわけですが、自分の身の丈を履き違えて政治的解決策を勝手に始めたのを見咎められ、「思い上がるんじゃねぇぞ」と手のひらを返された、と言えましょう。

凋落:プリゴージン・ワグネルの黄昏
 「ソレダール奪取」の自画自賛からわずか1ケ月で、プリゴージンの凋落は著しいようです。
 まず、プーチン大統領はロシア軍や国防省の正統性を重視し、軍トップのゲラシモフ参謀総長を侵攻作戦の総司令官に据え、軍の指揮系統や兵站連絡線の再構築をさせており、ワグネルなど完全に軍の統制下の影の薄い位置づけに置き直しました。ワグネルはバハムート攻防戦の一翼にいるようですが、激戦で戦力が消耗するばかりで目立った戦果もなし。もはや、プリゴージンがワグネルの作戦戦果を喧伝しようにも、影は薄く軍の統制下にいる状況で自画自賛のしようがありません。もはやプリゴジンは戦争での影響力を失っているようです。前述のように、新戦力を得ようと内外の刑務所等で要員募集をしていますが、囚人もワグネルを敬遠し、新兵確保に四苦八苦の状態です。

 更に、米国、ウクライナはじめ西側から、ワグネルのウクライナやシリアやアフリカでの悪行によりテロ組織・犯罪組織に指定され、プリゴージンやワグネルに関係する人員や企業等に対する徹底的な制裁を受けています。特に、米国は1月末にワグネルを企業ごと「重要な国境を越えた犯罪組織」として再指定し、グループ関連企業数十社が制裁対象となり、米国の資産は凍結され、アメリカ人が制裁対象者と取引を行うことも禁止。プリゴージンのビジネスマンとしての収入源が細り始めています。

 更に、弱り目に祟り目な話がつい最近ありました。
ロシアのウクライナ戦争における「Z」マークの創始者、ワグネル兵士マングシェフ大尉がつい先日のバハムートの戦闘で戦死しましたが、その死因が医師によると至近距離で拳銃で頭を撃たれていたそうです。同大尉はワグネル内でもロシアのネット界でも有名人でした。戦闘中の出来事ですが、敵であるウクライナ兵と格闘したわけでもないのに、至近距離で頭を拳銃で撃たれた?そりゃロシア軍内の仲間の犯行でしょ。というわけで、ロシアのネット情報で「プリゴジンへの警告ではないか?」と炎上しているそうです。
(参照:2023年2月6日付Newsweek記事「Russian Propagandist Shot in the Head Could Be 'Warning' to Wagner Leader」)

来るべき大攻勢?
 私見ながら、ウクライナ侵攻作戦自体は、ロシア軍の統制のもとで進められ、今後プリゴージンやワグネルは、当初の「使える道具」としての地位役割に専念する形で生き延びるものと存じます。まぁ、当たり前の話です。
 今月中にはロシアが新たな総攻撃を開始するのではないか?とマスコミは報じていますが、私の見立てでは、目にはさやかに見えねども、バハムート攻防戦で既に攻勢はもう始まっている、と見ています。地味過ぎてニュースになっていませんが、ロシアは地味に押しているんですよ。ウクライナは地味にジリジリ下がっているんですよ。現地の悲痛な声がゼレンスキーに届いていて、ゆえにゼレンスキーは西側諸国を回って、主力戦車や長射程砲や主力戦闘機をくれ!と訴えているのです。

ここが正念場だ、4月には戦場に戦車が届く。
頑張れ!負けるな、ウクライナ!

(了)

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2023/02/04

ウクライナ支援のための武器確保をめぐる西側諸国の奔走:死の商人が暗躍

戦況:ロシアは東部2州の線まで押し戻す攻勢をかけている模様
 2023年2月4日現在、目にはさやかに見えねども、ロシアは3月中にロシアが併合したと主張する東部ドンバス戦線のドネツク州、ルハンシク州の東部2州のウクライナに奪回された部分を取り戻すことを目標に現在攻勢をかけている模様です。前回のブログで述べたように、ウクライナは春には西側諸国から提供された戦車、装甲歩兵戦闘車等が戦場に戦力として展開できるようになるため、ロシアとしてはそれ以前の3月中を目途に東部2州の線まで取り戻す攻勢をかけている、と見られます。
 ISWの戦況分析では、東部2州の線まで奪回できるに足る戦力をロシアは準備できていません。プーチン大統領は、ロシアの現有戦力を過大評価し、「できる」と踏んで軍に命じている模様です。ロシアにしてみれば大攻勢をかけているのでしょうけど、大攻勢というほどの爆発的な攻撃衝力がないので、見かけ上はこれまで同様の攻撃にしかみえませんが、確かに、ここへ来てロシアの攻撃は激しさを増しています。対するウクライナも一歩も退かず、ドンバス平原の要衝バハムートを巡る激しい戦闘が繰り広げられております。
(参照: 2023年2月2日付Newsweek記事「Putin Has 'Overestimated' Russia's Ability to Capture Donetsk by March: ISW」)

西側諸国はロシアを押し戻すべくウクライナへの武器供与に奔走
 かれこれ1年になるロシアのウクライナ侵攻に対するウクライナの支援を通じ、西側諸国の軍事支援をめぐる態勢は大きく変わり、今や「ヨーロッパ」や「NATO」の垣根を越えて、広く西側の諸国は、有形無形でウクライナへの戦争継続や国家・国民の存続のための物心の支援を与えるために奔走しています。特に、武器・弾薬の確保と供与のため、武器・弾薬の供給源をめぐって洋の東西を問わず探求が続いています。
 ほとんどの西側諸国、特にウクライナ以西のヨーロッパ諸国は、これまで紛争当事国に武器を供与することはできないというのが長年の政策でしたが、ロシアのウクライナ侵攻がこの前提を大きく変え、今では、ウクライナ以西の欧州諸国がそれぞれの形でウクライナ支援に血道を当てています。特にドイツ、スウェーデン、ノルウェーは、厳しい国内法上の制約を方針変更し、欧州全体の将来のために武器・弾薬の供与の道を開きました。
 米国、英国、ドイツ、フランスは言うに及ばず、各国が火砲をはじめ武器・弾薬等を提供し、近々ではウクライナの求めに応じて主力戦車まで提供することになりました。この辺は、ロシア本土を脅かす兵器は差をロシアを過剰に刺激し、紛争が拡大したり、ひいてはロシアにあく兵器使用の口実を与えることになるため、慎重にステップを進めています。
 そのような中、ウクライナの主要な武器供給国であるポーランドは、様々な武器・弾薬の供与に加え、自国防衛用の補填として、韓国と58億ドルにも及ぶ契約で戦車、榴弾砲、弾薬などを購入する方向です。ウクライナへの支援を、という同調圧力が西側諸国の共通の課題となり、ウクライナから遠く離れながらも西側の一員として、日本や韓国も例外ではありません。厳しい国内的制約で、国外への軍事支援などもってのほかの日本は、ウクライナに防弾チョッキやヘルメットなどの非殺傷の軍事装備を供与しています。記憶に新しいところでは、今週ストルテンべルグNATO事務総長が韓国・日本を歴訪し、更なる手厚いウクライナ支援、特に軍事支援について両国に念を押して帰りました。
(参照:2023年2月1日付VOA記事「In Search of Ukraine Weapons, NATO Looks East」)

Leopard Tank
数十両のレオパルドⅠ型戦車の上でドヤ顔の死の商人(Freddy Versluys, the CEO of Belgian defense company OIP Land Systems, stands among dozens of German-made Leopard 1 tanks, in a hangar in Tournais, Belgium, Jan. 31, 2023.)(2023年2月2日付VOA記事「Belgian Arms Trader, Defense Minister Tangle Over Tanks for Ukraine」より)

死の商人が暗躍
 こうしてウクライナへの支援のための武器・弾薬の供与でいかに自国は貢献するか、という命題を持った各国は、これまで日陰者だった「死の商人」達に活躍の場を与えています。
 上記の写真をご覧あれ。ベルギーの片田舎にある巨大な倉庫に、ドイツのレオパルドⅠ型戦車が数十両並んでおり、その戦車の上で武器商人がドヤ顔をしています。
 この戦車上の人物は、ベルギーの武器商社OIPランドシステムズのCEOでフレディ・ヴェルスルイス氏。これらの戦車は、元々ベルギー軍の装備でしたが、新旧装備の交代に伴い、ベルギー国防省がこの業者に売却したものです。この武器商人はこれをストックし、戦車を要する中東やアフリカ、アジアなどの国々に車体ごと売ったりパーツを売ったりしていました。ここへ来て、ベルギーがウクライナ支援のために丸ごと買い戻そうと交渉をしたところ、法外な価格を提示されて揉めているそうです。具体的には、この業者は、これら戦車を元々200万ユーロ(1ユーロ142円として2億8400万円)で買い、今やその戦車を1両につき10万〜100万ユーロ(1420万〜1億4200万円)と吹っかけている模様です。ちなみに、レオナルドⅠ型は旧式戦車ですが、ロシアがウクライナの戦場で使っている旧式戦車が相手なら十分に戦えますし、ウクライナ歩兵の前進/後退に際し、戦車と共に戦闘行動を行うと非常に頑強な戦闘力となります。実際、現在ウクライナ軍が使用している戦車は、ポーランド等の旧東側諸国がウクライナに供与したロシア製の旧式戦車ですから。
(参照:2023年2月2日付VOA記事「Belgian Arms Trader, Defense Minister Tangle Over Tanks for Ukraine 」)

 こういう輩を暗躍させるのははなはだ不本意なことです。しかしながら、ロシアが侵攻作戦を続ける以上、通常戦力どうしのぶつかり合いでウクライナに勝ってもらうよう軍事支援する以外、他に手がないことも事実であり悲しい現実です。
 できるだけ早期に、こういう輩が「商売上がったり」の平和が当たり前の状況に引き戻さねばなりません。悲しいかな、それまでは仕方ない、としか言えません。

ウクライナ支援の武器確保の奔走はプーチンを「封じ込め」るためには仕方がない
 ふと思い出したのは、冷戦の終盤となった1980年代の軍拡競争です。米国はレーガン大統領の治世で「強いアメリカを取り戻す!」という子供じみたスローガンで、米ソ軍拡競争が激しさを増す頃、核戦争の脅威が増す中で、レーガン大統領は「戦略防衛構想(SDI):スターウォーズ計画」なる壮大な子供じみたイニシアチブを打ち出しました。当時、防衛大学学生~初級幹部でしたが、「バカなのか?」という冷めた目でニュースを追っていました。この頃、当のソ連も米国・西側に負けじと、ワルシャワ条約機構の東側諸国の陣頭に立って、東側の軍拡を推し進め、極東アジア情勢にも大きく戦力バランスに影響を与える中距離弾道弾SS-20の極東配備などを推し進めていました。自衛隊に身を置いていたので、日々緊張が増す国際情勢に固唾を飲んだものです。この時期、ソ連の社会主義経済はもはや自転車操業状態で、社会主義国家のシステムそのものにあちらこちらで赤信号がともり、東側諸国の離反も始まっていました。この軍拡競争は、間違いなくソ連の崩壊を招きました。正確に言うと、西側諸国は米国主導で冷戦の始まりからずっとソ連/東側に対して「封じ込め政策」をしてきたわけですが、冷戦末期にその総仕上げとして「軍拡競争」という形で違った形の封じ込めを実施し、当時既にガタが来ていたソ連の政治経済を軍拡競争に奔走させ、その自壊を早めさせた、ということでしょう。
 時は変わって、現在のウクライナ戦争。再び同じような状況ですね。要するに、ウクライナ侵攻への対応を契機に、ソ連の再興を目標とするプーチンのロシアを、ウクライナを土俵とした軍拡競争に奔走させることで、その自壊を早めようとしているのではないかと推察します。基本的には「軍拡」はくだらないのですが、「武力侵攻で勝ち取ったら自国領土にできる」という時代錯誤の認識を持つ「プーチンのロシア」という元凶を潰すために、当面は「仕方なく」西側は一致団結して奔走するしかないと思います。そのうち、もはや侵攻を継続する前に自国の経済が破綻する状況に直面し、ロシアは自らプーチンを葬るでしょう。そして、即時停戦へ。その目標の達成まで、戦いの土俵となっているウクライナを支えるのが、国際社会の一員としての責務だと思います。

 それでも頑張れ、ウクライナ!
 ロシアの攻勢に耐え切れ!勝利の日は近い!

(了)

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