ウクライナの正念場:バハムート攻防戦はウクライナの203高地!守り切れ!

2023年2月22日における東部戦線バハムート周辺の状況(同年同日付ISW記事「Ukraine Conflict Updates」の図に加筆)
ウクライナの正念場:バハムート攻防戦はウクライナの203高地!守り切れ!
「バハムートの前線での平均余命は4時間しかもたない※」といわれるほどの砲爆撃と銃撃戦の中、ウクライナ東部、ドンバス平原の要衝バハムート市をめぐってウクライナ侵攻で最大規模の激戦が繰り広げられています。この街は東部2州の完全掌握を狙うロシアにとって喉から手が出るほど欲しい要衝であり、守るウクライナにとってロシアの進撃を止める防波堤であり、この街の攻防戦の帰趨がロシアのウクライナ侵攻の勝敗を決するとまで言われる焦点になっています。状況は違うものの、日本人にとって分かりやすい言い方をすると、日露戦争の際の旅順203高地の争奪でしょうか。取られれば戦争全体の勝敗に極めて大きな影響がある戦いが、今バハムートで繰り広げられています。
バハムート市街は半年以上に渡る戦闘で廃墟となっていますが、元々工業都市だった市内に張り巡らされた地下通路と市の外郭部に掘られた塹壕による要塞都市となっており、ここ数か月ロシア軍の猛攻にウクライナ軍が頑強に抵抗しており、今やじりじりとロシア軍に包囲されつつありますが、10キロ四方に囲まれた苦境にあっても最後の踏ん張りをしているところです。
(※参照:2023年2月20日付Newsweek記事「Bakhmut Life Expectancy Near Four Hours On Frontlines, Fighter Warns」)
ロシアの冬季攻勢の焦点はバハムートの奪取!取った方がドンバス平原を制す
ロシア、ウクライナ、それぞれのバハムートに対するコメントから垣間見てみます。
ロシアのポリャンスキー国連大使は、2023年2月14日に「”I know that there is no way to liberate Donbas without capturing Bakhmut and I know that liberation of Donbas is one of the tasks of our military operation,”=バハムートを奪取せざればドンバス平原(東部2州を含むウクライナ西部の広域)を解放できず、ドンバスの解放こそ今回の軍事作戦の達成すべき任務の一つである。※」と述べています。
その一方、ウクライナのゼレンスキー大統領は、2月15日にスウェーデン首相との会談中で激戦中のバハムートに言及し、最前線の戦況を「”most difficult”=非常に困難」と評し、「”It’s not easy for our soldiers in the east but don’t call it ‘fortress Bakhmut’ for nothing.” =東部で戦う将兵にとってバハムートを守り切ることは容易なことではないが、伊達には『要塞バハムート』とは呼んでいない。※」と述べています。「バハムートは断固保持する!」という雄たけびは、前線の兵士のみならず、ウクライナの国民的な雄たけび=モットー=国民的団結の合言葉になっていると言えましょう。
(※参照:2023年2月19日付Newsweek記事「Why Bakhmut Could Decide Who Wins Ukraine War」、ISW Ukraine Conflict Updates ほか)
逆説的ですが、実はバハムートはそれほど戦略的な価値が高い場所ではありません。これは東西の軍事評論家の指摘するところです。むしろバハムートの北西25キロに位置するスロビヤンスクや西北西25キロのクラスノモルスクの方が東部2州を制覇するために戦略的に重要な都市ですが、バハムートは、ドンバス平原東部2州の主要幹道が交錯する街で、ここにハルキウを経由してキーウにも伸びるM03自動車道(日本で言えば東名高速道に当たる)があります。ドネツク州とルハンシク州の東部2州の完全制覇を狙うロシアにとって、そこに進撃するためには交通の要衝であるバハムートを手中に収めないと攻撃の足がかりがつかめない、という戦術的価値がある場所です。その意味で、既述のように日露戦争の旅順攻略作戦の203高地を引き合いに出しました。今や、ここの奪取が焦点であることはロシア国内でもPRされていて、この地を巡る攻防戦で多くのロシア人の血が流れていることをロシア国民も認識しており、その注目を浴びている状況です。日露戦争時の旅順攻略作戦にて、旅順港を見下ろして正確な砲撃ができる旅順を囲む名もない高地を奪取できるかどうかが日本の国運を決する焦点となっており、既に多くの将兵が死んでいて全国民が乃木大将率いる旅順攻略部隊に注目していた状況に似ています。その意味では、バハムートは戦略的というよりも象徴的な価値が極めて高い争奪戦の焦点となっています。
蛇足ながら、ロシア、ウクライナ双方がバハムート攻防戦で勝利した場合の展望について、私見ながら考察します。
バハムートをロシアが奪取すれば、これまで大きな戦果がなかったロシア軍は一挙に勢いづき、一気呵成にドンバス平原になだれこみ、現在ウクライナに支配されているドネツク州、ルハンシク州のロシア軍が支配していない領域を回復し、「特別軍事作戦」の達成目標の一つであったドンバス平原の東部2州の掌握ができます。これに呼応して、北部戦線のハルキウ正面や南部戦線のネルソン正面、ザポリージャ正面でもこの機に乗じた局地的攻勢で勢力地域の拡張を試みるでしょう。こうして4月以降西側装備の増援を受けたウクライナ軍の反転攻勢が始まる前に、ロシアは冬季攻勢で攻めるだけせめて獲得した接触線を既得権益=現状ラインとして、和平交渉に前向きに転じるでしょう。じ後はそのラインを要塞化して一歩も退かない防勢転移をし、 これ以上は攻めないが、和平交渉でこのラインを国境にしてしまう方向に舵を切るでしょう。
他方、ウクライナがバハムートを守り切れば、バハムートを陥落できなかったロシア軍の戦闘損耗は非常に大きく、数週間の戦力再編成を要す大打撃を受けるでしょう。特に、ロシアの冬季攻勢に耐えきった/守り切ったとすれば、バハムート攻防戦の勝利はウクライナ軍のみならずウクライナ国民全体の士気を一機に高揚させることは間違いないでしょう。この機運に乗じて、4月以降に西側装備が前線のウクライナ軍に増強されれば、東部戦線、南部戦線での反転攻勢をかけ、ロシアに奪われた地域の解放が進むでしょう。クライナの悲願であるクリミア半島の奪回も試みるかも知れませんが、その辺は米国がロシアへの過剰な刺激を避けるよう諫めるようなことまで考えられます。
展望は?勢力は均衡、むしろ執念が勝敗を決す。ウクライナが守り切る!
では、攻防戦の帰趨について、ISWが長期に渡ってバハムートをめぐる攻防をリポートしてくれており、そこから言えることとして私見ながら考察してみます。
バハムート正面のロシアとウクライナの戦力はロシアが優勢ですが、防御側の待ち受けの利、特にバハムート市街の地下通路や外郭の防御線の塹壕陣地等による地形の戦力化、抗堪化があって戦力劣勢ながら強靭な防御戦闘により、ほぼ勢力はトントンの状況と言えましょう。(ちなみに、白紙的には攻撃対防御の所要戦力は3対1、と言われています。)
バハムートの戦闘様相は、第1次世界大戦ヨーロッパ戦線の長大な塹壕の陣地線で戦線が膠着した状態になりつつあります。塹壕とは、原始的に地面に穴を掘って身を隠しつつ各種火器の陣地とし、それを交通壕で結んで防御陣地とするものです。デジタル時代に極めてアナログな話でなかなかご理解いただけないかと思いますが、原始的なようでこの塹壕は砲爆撃に極めて強靭な防護力を発揮します。砲爆撃は塹壕陣地に直撃しない限り、地面が盾となって砲爆撃の爆破・爆風・破片効果を局限します。将兵は、この塹壕の中で泥まみれで生活します。戦闘も寝泊りも大小便も、全てこの塹壕の中で生活しつつ戦闘をします。今は冬ですから、凍土の中、零下の厳しい環境の中で戦っています。冒頭の画像の通り、現在、バハムートは北、東、南の3方向をロシア軍に囲まれ、10キロ四方の地域に突角をなすような形で何とかしのいでいます。それぞれキロ3方向から猛烈な砲爆撃を受け、なおかつ、ロシア軍が市内に浸透して市内でも至近戦が起きている模様です。市内には、マリウポリのアゾフスタリ製鉄所がそうであったように、地下施設と通路が発達しているため、これが砲爆撃を避けて組織的な防御戦闘を続ける「要塞」になっているわけです。戦術的妥当性から言えば、ロシアが絶対に有利。にもかかわらず攻めきれないのは、ロシア軍の戦闘を継続する人的戦力と後方補給・兵站戦力の欠如が災いしています。これが、数か月に渡りこの街をロシア軍に奪取されずに保っている所以です。
こうした戦いにおいて勝敗を決するのは、バカにしないで聞いてほしいのですが、はっきり言って「精神力」です。換言すると、「絶対に守り切る/奪取する」という攻防戦の渦中の両軍将兵の執念の強さが勝敗を決めます。その意味では、国家を、領土を侵略され、「俺たちが下がればその土地は敵の領土となりその自分の親兄弟を含む住民が敵の領民となってしまう…」という切実な思いのあるウクライナの方が執念が強い、と言えましょう。対するロシア軍は、そもそも特別軍事作戦の意義を見いだせないまま、大義のない戦争をしていることに将兵は気づきつつあります。
このまま、この執念の差であればウクライナが3月一杯粘り勝ちし、戦場に届いた西側装備で逐次にバハムートの翼側からロシア軍に攻勢をかけて包囲を解けば、ウクライナ軍がバハムート攻防戦で勝利するでしょう。ロシアの何か物質的なブレイクスルーがない限り。しかし、狡猾なプーチン大統領や知恵者ゲラシモフ参謀総長兼総司令官のことですから、バハムートという一局地戦ではなく、対ウクライナの全般戦況を動かす手段、例えばミサイル・ドローン・長射程砲による主要都市の砲爆撃、特に電力インフラ等への壊滅的打撃であるとか、西の隣国モルドバでのクーデターによる西側寄りの現政権の転覆でウクライナに対する牽制や西側諸国からの補給路の遮断、などいろいろ画策してくると思われます。
さぁ、ここが正念場だ!頑張れウクライナ!バハムートを守り切れ!
(了)


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