
春季攻勢のためウクライナに到着した西側諸国の主力戦車等(Ukrainian defense officials pose in front of foreign-supplied military hardware, including a British Challenger 2 battle tank, at an unidentified location in Ukraine, in this handout picture released by Ukraine's Defense Ministry March 27, 2023.)(2023年3月30日付VOA記事「Western Tanks Arrive in Ukraine: Will It Turn War in Kyiv's Favor?」より)
ウクライナの春季攻勢を読む まだまだ前線各地で激戦は続き、概ねロシアとウクライナの接触ラインは膠着しつつあります。ただ、大方の見方として、ロシアの冬季攻勢は概ね失敗に終わったと言える状況です。ロシアの活発な攻撃行動は低調になりつつあり、西側諸国もロシアも、来るべきウクライナの反転攻勢に注目が集まりつつあります。
そのウクライナの攻勢について、攻勢開始はいつか?攻勢部隊はどのような部隊か?攻勢は何を目標にどこをどのように攻めるのか?そして、その攻勢の行方はどのように展望できるか?、について考察します。
ウクライナの春季攻勢の目的・目標 ゼレンスキー大統領が公言しているところですが、戦術的妥当性から言っても、「侵攻するロシア軍を排除し失地を回復すること」が目的と考えられます。問題は、その目標の設定です。「どこまでの線を攻勢作戦の目標ラインとするか?」が大きな問題と言えましょう。ゼレンスキー大統領はたびたび「クリミア及び東部2州の完全回復を含む領土の回復」を主張してきました。究極の国家としての対ロシアの戦略的目的・目標はそれで当然だと思います。しかし、いや、ただし、現実的には、時間的にも目標とする地域的にも、段階的に進めなければなりません。この際、ロシアの事実上の領土奪取の歴史的経緯の線が目標ラインとなります。すなわち、①2022年2月24日以前の線までの回復、②2014年以前の線までの回復、という大きく2つのラインがあって、この順になると思われます。この際、①と②のギャップの焦点となるクリミア半島と東部2州親ロ地域(2014年~2022年2月までの親ロシア勢力の実効支配・半自治地域)がネックとなる。ウクライナ国民の心情からは2014年以前のクリミアも東部2州も完全に回復しなければ気が済まないのは理解できます。しかし、2014年以前のクリミアと東部2州の地域には、2014年~現在までの間にクリミアは事実上ロシアであったし、ロシア人が入植し既に今も生活の場としている地域ですし、東部2州の親ロシア勢力下だった地域は事実上ロシアの傀儡自治州だったので、これらの2014年以降のロシアの支配下の地域については、ロシアにとっては「死活的国益」として絶対に一歩も退かない戦いになるであろうことは火を見るよりも明らかです。
よって、西側諸国も①の線までは許容するでしょうが、②の線の追求については西側諸国にとってロシアの逆鱗に触れる「レッドライン」として、それ以上を追求するなとウクライナを押しとどめる可能性が大でしょう。よって、賢明なゼレンスキー大統領及び軍事指導部は、今回の攻勢開始に当たっては最終的な②の追求についてはぼやかして言明せず、あくまで春季攻勢開始の段階での作戦目的は漠然と「領土回復」とし、作戦目標としては、目前の達成しやすい作戦目標を設定すると考えられます。どこを目標とし、どの方向からどこを攻める、という細部は後述しますが、これまでの作戦もそうでしたが、具体的な作戦目標については(部隊の作戦計画には当然明記されますが)作戦上「秘」であって公表しないでしょう。
攻勢部隊の陣容 ウクライナ軍は、来るべき春季攻勢の中核となる攻勢部隊として、現在前線でロシア軍と対峙しているウクライナ軍の第一線部隊のはるか後方で、数個の突撃旅団(assault brigade)を編成中の模様です。その突撃旅団を構成するのは、マリウポリで孤軍奮戦した「アゾフ」連隊の生き残りをはじめ、「スパルタン」、「アイアンボーダー」、「フロンティア」、「フューリー」などの元々あった歴戦の部隊に新編部隊を加えて、「Offensive Guard(攻勢警護軍団)」として数個の突撃旅団を編成している模様です。そのOffensive Guardを構成する将兵は、2014年からのロシアのクリミア侵攻や東部2州をめぐる紛争、及び2023年2月のロシアのウクライナ侵攻との戦いで各地の前線で戦った歴戦の兵士や残留市民からの志願兵、一部海外からの義勇兵などの模様です。志願した将兵は、厳しい身上調査や身体検査・体力検査を含む適格性の審査のうえ、数ヶ月間に亘る戦闘訓練を受け、それぞれ指定された旅団に配属されます。基本的には、アゾフ連隊のように出身地を同じくする郷土部隊への配置が多い模様です。
攻勢部隊には、特に攻撃戦闘時に最前線で敵陣に突入する部隊には、装甲兵員輸送車、戦車、重砲など、西側や他の国際ドナーによって提供された最新鋭の近代装備が供与されます。例えば、ウクライナ軍が重視している主力戦車・装甲戦闘車のラインナップとしては、ドイツのレオパルドⅡ(ツヴァイ)戦車、英国のチャレンジャー60戦車、米国のM1A1戦車(ただしM1A1戦車の前線到着はかなり遅い模様)、M100ブラッドレー歩兵戦闘車、英国のスパルタ「装甲タクシー」、など。野戦砲については、フランスのCAESAR自走榴弾砲、イタリアのメラーラモッド榴弾砲。米国のHIMARSシステム、チェコのRM-120ミリ榴弾砲(ニックネーム「ヴァンパイア」)、フィンランドの92KRH70重迫撃砲、など。また対空砲(対航空機・ヘリ・ドローン・低速のロケット/ミサイル)にスウェーデンのボフォースL4対空砲、ドイツのゲパルト対空戦車、など。戦闘機については、スロバキアからMiG-29(13機)、など。他にも、ドイツの河川戦闘巡視艇、クロアチアから地雷除去器材、など。・・・・等々の最新鋭西側装備から旧式ロシア装備まで、種々雑多ながら、非常に充実した占領となる兵器・装備が続々と到着中です。
(参照:2023年3月30日付Newsweek記事「Russian official says Ukraine counteroffensive will target these areas」、同日付VOA記事「Western Tanks Arrive in Ukraine: Will It Turn War in Kyiv's Favor?」、同日付Newsweek記事「Russian official says Ukraine counteroffensive will target these areas」ほか)
春季攻勢の時期・場所・攻撃目標・攻撃方向などの推測 ウクライナの春季攻勢の時期は、ゼレンスキー大統領がたびたび公言しているように、西側諸国をはじめとした各国からの十分な兵器・装備が揃えばすぐにでも春季攻勢を開始する、という構えです。まぁこれは政治的発言として、戦機としては、ロシアの冬季攻勢が沈静化した今、まさに戦機が来ています。しかし、冬季に降った雪、凍った大地が雪解けとなる4月中は、平原においては泥濘が予想されるため、戦車・装甲車などのキャタピラを履いた車両以外は舗装道の上しか動けない時期とも言えます。では泥濘が収まる5月まで待つのか?私見ながら、キャタピラを履いた戦車・装甲車の縦横無尽の突破力に期待し、戦機を捉えて4月中に攻勢を開始すると見ています。
全くの私見ながら、攻撃は複数の攻撃軸を用意すると思われます。一案としては、2022年2月以前の線の回復を作戦目的とした以下の3軸の攻撃です。
① 東部戦線北正面(北部正面ともいう)ではロシアの薄い陣地線を破ってロシアの東部正面北部の要衝Kreminna奪取を目指す攻撃、
② 東部戦線ドンバス正面ではバハムートの北のSpirneまたは南のToretskのロシアの薄い陣地線を突破し、バハムートを逆包囲する攻撃でバハムート攻防戦を勝利に導く攻撃、
③ 南部戦線ザポリージャ正面では、今激戦の地であるVuhledarなどを突破して南部の要衝ベルディアンスクやメリトポルを奪取し、ザポリージャ平原を貫通してマリウポリ方向へスクリュードライバー的な突進により、クリミア半島への陸の回廊を分断を目指す攻撃、
この攻勢の主攻撃は③。ロシアにとって一番脅威を感じる攻撃が③であり、ロシアにとって最も重要なクリミア半島が東部2州からの陸の回廊でつながっていることが大事なため、ここを分断されることは一番の苦痛です。主攻撃は③で、①や②は助攻撃。①②対応にロシアの戦力を分散させ、主戦力は③に傾注してマリウポリを目指させるザポリージャ平原突破分断作戦です。恐らく、上記3軸の攻撃の前に南部戦線ネルソン正面のドネツク川の渡河作戦をダミー攻撃で偽騙(ぎへん)すると思われます。ロシア軍はクリミアに近いネルソン正面で渡河されると思うと、その正面が気になって仕方なくこの正面に戦力を振ります。こうして3軸の攻撃よりかなり離れた南部戦線ネルソン正面にロシアの一定規模の戦力を分散させることができます。
春季攻勢の行方を展望する まず、前向き予測から。
あくまでウクライナ国内の目論見の話ですが、・歴戦の経験豊富な将兵と西側からの近代兵器で武装した複数の突撃旅団の新編のため、前例のない志願兵募集キャンペーンを展開し、相当数の兵力を蓄えており、現在作戦準備中なわけです。ウクライナにしてみれば、この春に予定される突撃旅団達による空前の攻勢は、昨年秋のウクライナの反転攻勢にてロシアに占領された6.000平方キロメートルに及ぶ領土を解放した際と同様の大成果への期待が高まっています。
他方、後ろ向き予測を紹介いたしますと、マーク・ハートリング(退役)中将(元米在欧州陸軍司令官)の評価によれば、ウクライナ軍は春季攻勢においていくつもの課題に直面する、と見られています。 同退役中将によれば、まず第1に「再編成の問題」があります。現在実施中の南北数百キロに及ぶ最前線での防御戦闘に従事しながら、一方で攻勢部隊を集め、見たこともない他国の兵器を使いこなす精強部隊に編成しなければならず、この両立は極めて難しいという点です。ロシアもウクライナ侵攻の初めの怒涛の攻勢の後の再編成がうまくできず、攻勢は頓挫し、じ後のウクライナの反転攻勢で押された理由もここにあります。続いて第2の問題は「ロシア周到に準備した防御陣地への攻撃になることから相当の損耗が予想されるという問題」です。これまでの1年の戦争で人的資源が有限のウクライナにとって、攻勢作戦に伴う人的損耗の高さはかなりのハードルとなりましょう。そして、同退役中将は結論として、ウクライナ軍は春季攻勢で一定の領土の奪回ができるであろうが、攻勢の成果は一定程度であって、この攻勢で「戦争の勝者」にはならず、結局更なる追加の支援を西側に求めることになろう、というコメントをしています。(参照2023年3月30日付Newsweek記事「Ret. U.S. general outlines "challenges" facing Ukraine's spring offensive」)
私見ながら、米軍司令官経験者の分析にしては、当たり前すぎるつまらないコメントだと切って捨てます。再編成が難しいとか、周到防御する敵に攻撃すると相当の損害があるとか、この攻勢作戦だけじゃ戦争に勝てないとか、そんなことは誰でも分かっていることでしょ。ウクライナも攻勢のリスクなんて承知の上ですよ。それでも国家の存亡がかかっているから、獲られた領土を取り返すために、乾坤一擲で反転攻勢をかけるんでしょ?難しくても再編成をしますよ。応答の損害があろうとも、それを承知で被害を局限する攻撃の時期・場所・方向を脳漿を絞って作戦を立てますよ。この攻勢作戦でも一定程度の成果しか得られないかもしれなくて、また西側に支援をねだるでしょうよ。そんなことは分かっているんですよ。でも、ウクライナはリスクを知っての上で戦うんでしょ?バカじゃないの?こんなアホを司令官にしちゃダメですね。
確かに、西側諸国の支援も今回大奮発していますが、未来永劫続くわけじゃありませんし、米国内など一部でウクライナに「白紙の小切手」を切るな!という反対論が出ている状況です。西側諸国も、ウクライナへの支援がウクライナの求めに応じて又支援額や支援内容を引き上げるという流れには限界があります。よって、こうした攻勢に期待した大型支援は今回が最初で最後かもしれませんよね。
私見ながら、私の展望の読みを申し上げると、本攻勢で一定の成果は必ず得られますので、その「一定の成果」を次の戦況を大きく動かる「潮流」につなげる形になる、否しなければならない、と考えています。本攻勢作戦は、人的資源が有限で、西側諸国の支援も有限である中、乾坤一擲の1回性の攻勢にならざるを得ません。具体的には、これまで膠着的だった東部戦線や南部戦線でウクライナ軍の突破が成功し、薄皮一枚のロシア軍防御線を破って、ドンバス平原やザポリージャの平原にウクライナ軍がスクリュードライバー的にねじ込まれます。ロシアの将兵は「ついに突破された!」というやられた感と、「退路を断たれて包囲されるかも!全滅させられるかも!」という敗走感をそそらせます。これは、前線のロシアの将兵に敵前逃亡したい願望と厭戦気運を疫病のようにはびこらせます。こうした戦場の戦闘結果は、戦場のみならずロシア・ウクライナをはじめ内外に衝撃を与えます。ロシアにあっては、国内に動揺や反戦・反政府世論を巻き起こさせ、親ロ諸国にも動揺を与えてロシア支援に躊躇させ、他方で西側諸国では攻勢の良好な攻撃進展に「イケイケ押せ押せムード」ないし「バスに乗り遅れるな」的な国際世論を惹起させて、ロシアのプーチン政権を追い込む潮流を作るでしょう。攻勢作戦のキモは、こうしたシナジー効果を生み出す潮流を生み出すことだと思います。もし最悪ケースの場合でも、よい潮流が巻き起こせなくても、一定程度の成果において努めて多くの領土を回復し、仮にそこで長期に渡って膠着したとしても、かなり今よりはましになるよう、或いは、ロシアが更なる侵攻は諦めるような、そんな攻勢の成果を得る。私はそう展望します。
頑張れ!ウクライナ!
ロシアの鼻の穴に指をひっかけて引きずり回せ!
(了)

にほんブログ村
国際政治・外交ランキング