
攻勢開始はまだか? 2023年4月23日ドネツク正面におけるウクライナ軍の野戦砲射撃(2023年5月1日付CNN記事「As Ukraine prepares counteroffensive, Russia appears in disarray」より)
ウクライナの攻勢はまだか?: 好機を待つ理由 今や世界中がウクライナの攻勢開始を固唾を呑んで待っている状況だと思います。
あれ、まだ始まらないの?と思う方も多いと存じますが、ウクライナは攻勢開始の準備はほぼ整いつつも、好機を待っている模様です。私見ながら、その好機とは何か?、いったい何を待っているのか?等について、私見ながら考察してみたいと思います。
(参照: 2023年5月1日付ISW記事「RUSSIAN OFFENSIVE CAMPAIGN ASSESSMENT, MAY 1, 2023」、同日付The Atlantic記事「The World Awaits Ukraine’s Counteroffensive」、同日付CNN記事「As Ukraine prepares counteroffensive, Russia appears in disarray」、同日付The New York Times記事「As Signs Point to Counteroffensive, Russia and Ukraine Step Up Attacks」 、ほか)
ウクライナ: 好機を待つ理由 ウクライナのゼレンスキー大統領もレズニコフ国防相も、つい最近の発言において「攻勢の準備は万端整っている。攻勢は間もなく始まる。」と述べていますが、かれこれロシアの冬季攻勢が概ね沈静化した4月初旬以来、はや1ケ月が経ちます、はや5月に入りました。一体、ウクライナの攻勢はなぜ始まらないのか?と訝る皆さんもいらっしゃると思います。
ウクライナの攻勢開始の条件として、ウクライナは何を待っているのか?/待っていたのか?を考えてみます。
現在、ウクライナとロシアは総延長1000キロを超える接触線で対峙しています。正確には、ウクライナ領土内に侵攻しているロシア軍とこれを押し出そうとするウクライナ軍との間で、1000キロ超の長大な正面で押しつ押されつの攻撃防御戦闘の渦中です。つい3月一杯までロシアが冬季攻勢をかけ、これをウクライナ軍が何とか押しとどめたところです。ここからウクライナ軍が反転・攻勢を開始するためには、大きく分けて「①敵の態勢」、「②我の態勢」、「③地形・気象・時期の条件」、等の条件が整うことが必要です。

ロシアの防御準備は着々と進む。写真のジクザクな線はロシア軍の陣地線(縦)と交通壕(そこへ至るL字型の線)。ジグザクに掘ることで砲弾破片が壕内に飛び散っても直線部分にのみ飛散し被害を局限するもの。ちなみに自衛隊も同様に防御陣地を掘りますよ。(南部戦線ザポリージャ正面の後方における陣地構築の状況)
(2023年5月1日付CNN記事「As Ukraine prepares counteroffensive, Russia appears in disarray」より)
①ロシアの態勢: ・ ロシア軍の冬季攻勢は結果的に成果なく、3月末に終了。
・ 以降、(正確には2月から逐次に)全般作戦を防勢に転移し、ウクライナの攻勢を迎撃するために全正面に亘る現接触線の後方の縦深地域に数線に及ぶ陣地線を構築中。周到な陣地は、ロシアが併合した南部クリミアのほか、ロシア本土の西部ベルゴロド州やクルスク州などでも数百キロに及ぶ塹壕の存在が確認されている。
・ ロシア軍の装備・武器・弾薬等の兵站基盤の不足が大きな問題になっている模様。その兆候として、バハムート正面で相変わらず攻撃奪取を狙うワグネル部隊の総帥ブリゴージンが「陸軍指導部が武器弾薬をワグネルに対して必要な質と量の供与を怠っており、このままでは攻撃頓挫して戦死するか、組織的に撤退するかしかない」と武器弾薬への不満を公表。また、つい最近、全軍の兵站部門の責任者であった国防副大臣ミジンツェフの解任(クレムリンは解任理由を公表していない)があったので、どう考えても兵站=後方・補給機能に関する重大な問題の所在の引責解任と見られている。
②ウクライナ軍の態勢: ・ ロシアの冬季攻勢の間、接触線の全正面でロシアの進撃を阻止。特に、東部戦線バハムート正面では、現在に至るまで、ロシアの猛攻に対し押されながらも何とか進撃を阻止。
・ ロシアの冬季攻勢の沈静化に伴い、逐次に反撃攻勢のための再編成を実施。攻勢部隊を編成概ね完了。
・ 反撃攻勢に向け、西側から主力戦車等の新装備が逐次到着。その他、武器・弾薬も西側から続々到着。これらの西側供与の新装備はロシア軍の同様装備を質的に優越しており、戦場での圧倒的進撃に期待大。
・ 他方、懸念事項として、西側の有力な新装備の戦力化の問題(ウクライナ兵への装備習熟のための十分な訓練など)、西側供与の新装備・武器・弾薬の今後の長期の戦闘を踏まえた量的な問題、これら西側からの支援の長期安定的な確保への懸念などの問題(長期化すればするほど西側諸国にとっても大きな経済的負担のため、米国でさえ長期継続的支援への反対論が潜む)あり。
ウクライナへの西側供与の新装備の遅れのうち、特に緊要なものは戦闘機であると言える。まさに西側がギリギリまで供与をためらっているもの。ためらう理由はロシアを本気で怒らせるレッドラインを越えるものと考えられるから。

春の融雪に伴う泥濘はウクライナの攻勢開始を躊躇させる一因と言える(泥濘にはまって身動きが取れないウクライナの高機動車:A Ukrainian Humvee mired in bezdorizhzhia mud before the current war.)(より)
③地形・気象・時期の条件: ・ 冬季の厳冬・凍土の状況から春季の逐次気温上昇・融雪期へ。気温上昇は作戦行動にとって全般的に行動し易くなる半面、地表面土質は融雪による泥濘化=行動困難化の懸念あり。(ウクライナでは春と秋にベズドリジアと呼ばれる泥濘期がある。秋の泥濘は短い雨季によるものだが、春の泥濘は融雪によるものでまだ気温も低く非常に寒い泥濘のため、攻勢作戦上はタチが悪い状況と言える。)ウクライナの攻勢開始にとっては不利であり、他方それを迎え撃つロシアの陣地防御にとっては有利と言える。ちなみに、昨年2月下旬に侵攻開始したロシア軍がなぜ当初の攻勢で攻めきれなかったかの一因に、やはりウクライナの春の泥濘期の要因が指摘される。下のウクライナの泥濘にはまり乗り捨てられたロシア軍の戦車、装甲ロケット発射車の写真を参照されたい。
(参照: 2023年5月1日付Forbes記事「Ukraine Is Really Muddy Right Now. It’s A Risky Time For A Counteroffensive」、2022年3月27日付乗りものニュース記事「ウクライナの「泥濘地獄」に攻めたロシア なぜ? 知らぬはずはない“肥沃な大地の罠”」、ほか)

ウクライナの春の泥濘にはまるロシア軍の戦車等(2022年3月27日付乗りものニュース記事「ウクライナの「泥濘地獄」に攻めたロシア なぜ? 知らぬはずはない“肥沃な大地の罠”」より)
では攻勢開始はいつなのか? ①「ロシアの態勢」から言えば、攻勢開始はウクライナにとって今がチャンスであり、開始時期が遅れれば遅れるほどロシアにとって有利、と言えます。攻勢開始時期が遅れれば遅れるほど、防御準備が周到になっていくわけですから。
他方、②「ウクライナの態勢」から言えば、西側供与の装備・武器・弾薬が十分に手元に揃うまで待つ方が得策、と言えます。また、③「地形・気象・時期の条件」から言えば、春の泥濘期が落ち着く6月まで待つ方が得策、と言えるかもしれません。
総じて言えば、諸条件を鑑みて、今すぐにでもロシア軍に対し攻勢開始したいところだが、装備・武器・弾薬が揃い、泥濘期が落ち着く6月頃まで待つ、なんてのんびりした話になりそうです。
しかし、私見ながら、そんなわけはありません。ニュースでおなじみのゼレンスキー大統領の顔の表情からお分かりの通り、あの顔は「事を急いている」顔です。多少のリスクを賭しても努めて早期にGoをかけたい、そう見えます。
恐らく、今すぐにでも攻勢開始したいが、決定的には装備・武器・弾薬の充足、特に戦闘機の戦力化を待っているのではないか、と思います。泥濘化の問題はもちろん大きいですが、決定的要素は攻撃衝力としての戦車・装甲車・攻撃火器等が当面の戦闘継続が可能なだけあればGoをかけるでしょう。泥濘で足を取られますが、5月一杯の話。むしろ、泥濘で足を取られた最前線の先端の戦力や、それを支援射撃する前線及び後方の野戦砲・ロケット等の火力戦闘部隊をロシアの航空機からの航空攻撃でボコボコに叩かれることを阻止しなければなりません。その決め手が防空装備です。ウクライナには西側供与の防空警戒監視システムや防空ミサイルが導入されていますが、ここ最近のロシアのミサイル・UAV攻撃への対処で相当に消耗しつつあります。これはこれで充足しなければなりません。そして、防空では最強の防空手段が戦闘機です。ウクライナは米国のF-16をずっと所望してきましたが、米国はグダグダ言って供与をためらっています。助け舟を出したのがNATO加盟国であるスロバキアで、自国へ供与されているF-16を供与すると表明。また、同じくNATO加盟国のポーランドは旧ソ連製の戦闘機ながらMig-29を供与しています。こうした西側・NATO諸国供与の戦闘機がロシアの航空機や巡航ミサイルを迎撃する強力な盾となってくれるでしょう。 こうした防空に一定の見極めができればGoをかけると思われます。
「ではいつなのか?」って?そんなことは我々には分かりませんよ。いずれにせよ、ゼレンスキー大統領も言っている通り、間もなく、5月初旬~中旬のうちには電撃戦的に攻勢作戦の開始となるでしょう。うわ!始まっちゃったよ。…とね。
勿論、当初は電撃戦的に反撃攻勢が成功し、現行の接触線のロシア第一線陣地を数本の攻撃軸で突破して世界はヤンヤの歓声を上げるでしょうが、主攻撃方向は第2戦陣地も突破するものの、主攻撃方向以外の攻撃軸では第2線の陣地辺りであちらこちらでロシアの防御陣地で混戦に陥り、反撃攻勢の行方に暗雲が立ち込めるでしょう。しかし、これは仕方のないことなのです。なので、日本のマスコミもそうした混戦でウクライナの攻勢を見限らないでいただきたい。ロシアは落ちぶれたりとは言え陸軍大国ですからね。あのナポレオンやナチスドイツにも粘り勝ちした国ですから。今回も、それは粘り強く抵抗するでしょうから、どっちみち、長期戦になりますよ。西側諸国、特に米国の国内政治において、長期戦でウクライナを支援し続けることの経済的負担から「ウクライナ見限り論」が優勢になるやもしれません。来るべき大統領選挙も関係して。……そうした万難を排して、ウクライナには頑張ってもらいたいものです。
頑張れ!ウクライナ!
祖国の領土を回復するその日まで。
老兵は心から応援します。
(了)

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