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2023/05/30

ワグネル総帥ブリゴージンが「ウクライナが領土奪回、ロシアの行く末は暗雲」と恨み節

Prigozhin.jpg
バハムートでワグネル撤退の指揮を執るプリゴージン(2023年5月25日付BBC記事「Ukraine war: Wagner says Bakhmut transfer to Russian army under way」より)

ウクライナ攻勢開始前夜の戦線の静寂
 2023年5月29日現在、ウクライナの反転攻勢が固唾をのんで待たれる中、まだウクライナ軍の攻勢作戦は開始されている兆候はなく、バハムートも含め戦線は全般的に大きな動きが,ウクライナ側もロシア側にもありません。(参照:2023年5月28日付ISW記事「Russian Offensive Campaign Assessment, May 28, 2023」)
 ウクライナの攻勢開始については、3月末の段階では融雪期の泥濘が懸念され、4月の攻勢開始は難しいという読みもありましたが、4月どころか5月も過ぎ、結局6月になろうとしています。ウクライナはいまだ作戦準備中。やはり西側供与の装備の戦力化が時期を押していたようですね。西側から供与された(予定含む)戦車・戦闘機ほか装備がウクライナ兵の手で戦力化するには時間を要したようですが、ゼレンスキー大統領はじめ主要閣僚や軍首脳の「まもなく攻勢」発言もあちこちで聞かれるようになり、中には「今後数ヶ月以内には攻勢を開始するだろう」というかなり気の長い見方もある中、「多少の見切り発車もやむなしとして間もなく攻勢を開始するだろう」との見方が有力です。

ワグネル総帥ブリゴージンがウクライナ優勢と読みロシア軍やプーチン大統領に恨み節
 ワグネル総帥ブリゴージンは、バハムート主要部を占領・奪取したものの、バハムートに長居するとウクライナ軍に包囲されて袋のネズミとなる脅威、及びのんびりしているとウクライナの大攻勢が始まってしまう脅威を肌で感じ、「ロシア軍にバハムートを譲る」と格好のいいことを言ってサッサと後方にトンヅラしました。そのブリゴージンが、有名な軍事ブロガーと対談した映像を発信しています。相変わらずの言いたい放題ですが、ワグネルに対して冷遇する軍首脳やプーチンに対する当てつけ的な恨み節のつもりなのでしょうが、興味深い内容が含まれているのでご紹介します。 (参照:2023年5月27日付Newsweek記事「Wagner founder predicts Ukraine can "easily" win back territory from Putin」)
 
 ブリゴージンの読みでは、ロシアの行く末は悲観論と楽観論の2つのシナリオがあるが、楽観論は蓋然性が著しく低く、どう考えても今後の見通しは悲観論的シナリオになろう、というものです。その「より蓋然性の高い悲観的シナリオ」というのが次のようなものです。

 ウクライナの攻勢が開始されると、ウクライナは2014年以前の元のロシアとの国境線まで比較的簡単に奪回するだろう。特に、特筆すべきは、その奪回する領土にはクリミア半島も含まれており、その過程でクリミアは攻撃され、ロシア本土からの重要なアクセスであるクリミア大橋は爆破・遮断され、ロシアは後方補給線を断たれる。戦略的重要性を有するクリミアという地政学的意義の高い黒海に張り出した拠点を、ロシアは失うことになるだろう。

 これは、ブリゴージンのロシア軍首脳やプーチンに対する、よく言えば「警告」、悪く言えば「恨み節」です。ワグネルやブリゴージンへの共感や支持を得ようという目的の下、この主張を広くロシア国民に見せ、国民を煽り、もってロシア当局や軍首脳、端的にはプーチン大統領の権威や体制を貶めようという策なのでしょう。


 いやー、いよいよ面白くなってきましたね。西側としては「やれやれぇー」と焚きつけたいところですね。もはやプーチンも自ら子飼いの飼い犬に手痛く手を噛まれ、ただでは済まさんぞ!とさぞや激怒していることでしょう。暗殺するかも・・・。

 ともあれ、やけくそ的なロシアのウクライナの首都キーウ等への無差別のミサイルやドローンの攻撃が続き、無垢の市民の被害が続く中、いよいよ待たれるのは本格的な攻勢開始ですね。それはそれで多くの死傷者が出る惨禍が起きることは間違いありませんが、なるべく早期にこの地に戦いのない平穏な日々が戻ることを祈ってやみません。

 頑張れ、ウクライナ!
 勝利の日まで・・・。

(了)

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2023/05/24

激戦バハムート:遂にワグネルが占領か?ウクライナが包囲か?

Bakhmut occupied by Wagner
激戦の末、バハムート市はロシアの傭兵部隊ワグネルに陥落されたか?(2023年5月22日付Aljazeera記事「Russians celebrate reports that ‘fortress Bakhmut’ has fallen」より)

バハムート、遂にワグネルに陥落されたか
 1年近く激戦が続いたウクライナの地方都市バハムートが、2023年5月19日に「ロシアの傭兵部隊ワグネルによって遂に陥落!」とのロシア側からの勝利宣言が出ました。巷間のメデイア画像には、ワグネルの兵士がバハムートの主要部と思しきビルの屋上にロシアの国旗をなびかせています。ウクライナ軍のバハムート守備部隊が、反転攻勢準備のため援軍や武器弾薬の補給もか細い中、半ば孤軍奮闘してこの地を守ってきましたが、遂にバハムート市のほぼ9割がたがワグネルの手中に落ちた模様です。西側の研究機関ながら客観性と緻密な分析で定評のあるISW(戦争研究所)の戦況分析も、上記の状況を裏付けています。

ウクライナは「同地を包囲」と主張
 前述のように、バハムート市は外見上「陥落」したかのようにロシアのワグネル部隊にほぼ占領された状況です。対するウクライナ軍の見解ですが、「同市の南北の要地を確保して同市のロシア軍部隊に対する包囲作戦を実施している」と主張しています。ウクライナ軍のシルスキー陸軍司令官がSNS投稿にてこのようにコメントしているので、メデイアの推測や分析ではありません。他方、戦況が不利なのでそれを認めたくないための言い訳的コメントとも考えられます。ただし、一部のYoutube映像によれば、バハムート市街から整然と部隊を移動して包囲作戦に向かうと思しき様子であり、ロシアのワグネル部隊に攻められて敗走する状況ではないことは分かります。シルスキー陸軍司令官が言う「迂回作戦」の信憑性は十分「アリ」ですね。
 信頼できる戦況分析をしているISWの分析でも、ロシア軍はバハムート市の東側から攻撃し同市市街の西端まで達している模様である一方、ウクライナ軍は同市南北の郊外への攻撃をしている模様、とのことです。
(参照:2023年5月21日付ISW記事「Ukraine Conflict Updates: RUSSIAN OFFENSIVE CAMPAIGN ASSESSMENT, MAY 21, 2023」、同年同月22日(23:26時)付テレ朝ニュース記事「ウクライナ軍がバフムト包囲作戦展開か」、ほか)


「迂回作戦」とは何か
 ウクライナ軍が「包囲作戦」を実施中だと仮定すると、一体「包囲」とは何か?何を狙い、何に気をつけねばならないか、気になるところです。その「包囲」を考察いたします。

 「包囲」とは、読んで字の通り「包み込むように取り囲むこと」であり、刑事物のドラマで警察が犯人や容疑者のいる場所に刑事や警察官を配置して猫の子一匹逃げられないように包囲網を構成して取り囲み、「警察だ!おまえはもう包囲されている。」なんてメガホンで通告しますよね。だとすれば、軍事作戦における包囲は少し違います。軍事作戦における包囲は、「敵を戦場に捕捉撃滅するため、敵を正面に拘束しつつ、主力をもってその側背から攻撃して退路を遮断する」作戦行動です。(出典は陸上自衛隊の「新・野外令」ですが、米・NATO、恐らくロシアでも、ほぼ軍事作戦の概念はほぼ同じです。)元々、軍事作戦においては、敵を攻撃するには、正面から攻撃するガップリ四つ相撲の「突破」ではなく、むしろ、「迂回」や「包囲」を追求します。「迂回」は、「敵の準備していない地域で決戦を求めて敵を撃滅するため、敵が十分に準備した地域を避けてその後方に進出する」攻撃機動のことです。「迂回」に次いで、追求すべき攻撃機動が「包囲」です。今回のウクライナの東部戦線において、前線はウクライナ軍とロシア軍が膠着状態でべったり張り付いているため、大きく回り込んで後方に進出しようという「迂回」は実施困難です。バハムートでは、ここを攻撃奪取したがっているロシア軍はワグネル部隊がバハムート市内に貫入する形で入り込んでおり、ロシア正規軍はワグネルの両翼(南北)を守る形でした。ウクライナ軍は、バハムート市内に深く入り込むワグネル部隊をウクライナ軍のバハムート守備隊が防御戦闘によって正面に拘束しつつ、バハムート守備隊の主力部隊をもって両翼を守るロシア正規軍を攻撃して同市南北の緊要な地形(同市が見下ろせる高台になっている地形)を確保した上で、好機を看破してワグネルの退路を遮断してワグネル部隊の後方にフタをし、同市内から逃げられないように戦場に捕捉し、南北の台地からメッタ突きに直接・間接の砲爆撃を食らわす・・・という作戦なのです。

包囲は成功するか
 成功すれば我が損害を局限しつつ、敵を捕捉撃滅できる壮大な作戦なので、話を聞くと凄そうなのですが、そもそも「包囲」はハイリスク・ハイリターンなのです。この作戦に成功するには、それに必要な条件があって、①奇襲、②相対的運動力の優越、③正面からの果敢な攻撃による敵の拘束、④優勢な戦闘力、及び⑤各部隊の連携ある行動、を達成することが重要です。①の「奇襲」については、・・・バカだなぁ、シルスキー司令官自体が「これは包囲作戦なんだ」と宣言してしまいましたよね。敵も知ってしまいましたよね。ワグネルは退路を断たれないように手を打ってくるでしょう。これでは奇襲成立せず。続いて②「相対的運動力の優越」と④「優勢な戦闘力」は、西側から提供された戦車・装甲車、野戦砲、長射程砲、対地ミサイル等が間に合えば優越できるでしょうが、まだバハムート守備隊には届いていないと思います。③正面での敵の拘束については、ウクライナ軍は「果敢な正面攻撃」をしていないものの、ワグネルがグングンと市内に貫入して市内全域を占領しようとしていますから、これは半ば達成しています。⑤「各部隊の連携」についてはさすがに各部隊の連携を密接にしていることと推察します。こうして成功の要件を眺めてみると、つくづくシルスキー司令官の「包囲」発言は司令官自らが「奇襲」という成功の道を閉ざしてしまう軽率な発言でしたね。従って、バハムート戦は「包囲」に至らず、「包囲崩れ」の中途半端な攻撃になるでしょう。ただ、もし同市の南北の高台を確保したのだとすれば、その緊要な地形を確保した効果は絶大です。ワグネルの退路を断てなかったとしても、この地域の戦闘に決定的な影響を及ぼす同地の確保により、必ずや戦闘で有利に働くでしょう。もって、一度バハムート市内そのものをワグネル部隊に半ば占拠されたものの、次の段階で再び追い出すことができましょう。南北の台地をバハムート守備隊が確保すればの話ですが。

 ワグネル総帥ブリゴージンは、バハムート占領後間もなくロシア軍に同地をその場交代して譲り、ワグネル部隊はバハムートから後方に下がると宣言しています。ウーム、これはブリゴージンの深謀遠慮ですね。ロシア国民の注目の的だったバハムートを攻撃奪取しロシア国旗を立て、ロシア国民に英雄として認めてもらって、どうやら雲行きの怪しい同地をロシア正規軍と交代して,自分はサッサと後方に下がる魂胆です。とんだ食わせ者です。

 ここ数日のバハムート市の激戦から目が離せませんね。

 それでも頑張れ、ウクライナ!
 勝利の日は近い!

(了)

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2023/05/18

ロシアの核戦略の柱・極超音速弾道ミサイルをウクライナが撃墜: プーチン大ショック(中国や北朝鮮も)

キンザール撃墜
5月16日キーウを襲った極超音速弾道ミサイルがウクライナにより撃墜(2023年5月17日12時48分付NHKニュース「ウクライナ軍 “ロシアの極超音速含むミサイルすべて迎撃”」より)

ロシアの核戦略の柱・極超音速弾道ミサイルをウクライナが撃墜
 2023年5月17日12時48分付NHKニュースをはじめ、各国のメディア報道によれば、5月16日(火)、ウクライナの首都キーウを狙ったロシアの極超音速弾道ミサイルを含むロシアの空爆が、ウクライナの防空システムにより、ほぼすべて迎撃されました。前掲のNHKニュースによれば、ウクライナ政府は、ロシアが発射した18発のミサイルを「全て迎撃した」と発表し、この迎撃したロシアのミサイルの中に極超音速弾道ミサイル「キンザール」が6発含まれていた模様です。ロシア側の報道では、今回のキーウ空爆ではウクライナの迎撃により空爆効果は一部減耗したものの、ウクライナの防空システムであるパトリオットミサイルの陣地に命中し大損害を与えた、と一定の戦果を主張しています。しかし、このロシア側の主張に対して、ウクライナ側はパトリオットミサイル陣地の大損害を否定しており、「機能している」と反論しています。

 このニュースが伝える驚愕の事実として、ロシアが「無敵」さを世界に誇る核兵器搭載可能な極超音速弾道ミサイル「キンザール」が、NATOがウクライナに供与した防空ミサイル「パトリオット」で迎撃できた、ということが判明したわけです。(実は10日前の今月5月6日にもキンザールミサイルによる空爆があり、同じくパトリオットミサイルが迎撃した模様ですが、この時はパトリオットによる迎撃が正確には確認できておらず、「迎撃した模様」程度の認識でした。)
(参照: 2023年5月17日12時48分付NHKニュース「ウクライナ軍 “ロシアの極超音速含むミサイルすべて迎撃”」、同年同月16日付The New York Times記事「Ukraine Says It Shot Down Hypersonic Russian Missiles Over Kyiv」、ほか)

Kinzhal missile
キンザールミサイルを装着したMig-31 (2018年3月20日付Current Affairs記事「Russia Test Fires Its ‘Ideal Weapon’ – The Kinzhal Missile」より)

極超音速弾道ミサイル「キンザール」とは
 極超音速ミサイル「キンザール」は、正式名称Kh-47M2 Kinzhal (キンザール)と呼称される空中発射弾道ミサイルであり、この名称「キンザール」とはロシア語で「短剣」を意味します。航続距離は2,000 km(1,200マイル)、速度はマッハ10、とロリア側は主張しています。「空中発射弾道ミサイル」とは、文字通り航空機がミサイル発射機を装着して発射するもので、キンザールミサイルの場合は改造型Mig-31戦闘機が専用の機体となっており、今回のキーウ空爆でも使用されています。ロシアのプーチン大統領も、この極超音速弾道ミサイルをロシアの核戦力の大きな柱の一つとして絶大な信頼を置き、世界に自慢してきました。

 ロシアは今回のウクライナ侵攻において過去数回このミサイルを空爆で使用していますが、米国のバイデン大統領をして"It's almost impossible to stop it, … There's a reason they're using it."「このミサイルは撃ち落せない。それがロシアがこのミサイルを使う理由だ」と言わしめ、西側諸国から「無敵」と恐れられ脅威の的になっていました。

 このミサイルが「迎撃困難」と評価される理由は、要するに速度が極超音速と速く、かつ発射されてから空中を滑空する高度が高高度であることから、レーダーで捕捉できず、迎撃ミサイルで命中することができない、というものです。発射及び滑空の高度ですが、地上30〜40キロメートルであり、米国の終末高高度地域防衛)システムTHAADなら40~150キロと言われているので届くことは届きますが、大半の迎撃ミサイルの射程では届きません。これを捕捉・迎撃するにはミサイルが最終段階で目標に向かって降下してくる低層での迎撃が考えられますが、マッハ10と言われる極超音速で目標に向かって落下し、更にさらに、西側諸国のレーダーをして「弾頭だ!」と誤解させる6つのダミーを「おとり」として放出するため、迎撃ミサイルが迎撃・命中できたとしても、それはほとんど「おとり」の方であって本物のミサイル弾頭に命中できないのではないか、と西側諸国の軍関係者は頭を抱えていました。
(参照: 2023年5月17日付CBC記事「Ukraine says it shot down Russian Kinzhal missiles. What is the hypersonic weapon?」、同日付Reuters記事「Ukraine denies Russia destroyed Patriot missile defence system」、同年同月16日付Business Insider記事「Biden confirms Russia used hypersonic missile in Ukraine: 'It's almost impossible to stop it」、ほか)

迎撃したのはわが国も装備している米国製パトリオット!
 ウクライナ政府は、迎撃した防空システムを特定して発表していないのであくまで報道ベースの確認ですが、今回のロシアのキーウ空爆でロシアの誇る極超音速弾道ミサイル「キンザール」を迎撃したのは、NATOが供与した米国製のパトリオットミサイルシステム、とのことです。ウクライナは、まさに今年になってからですが、米国でパトリオットミサイルシステムの導入訓練にウクライナ将兵を派遣し、パトリオットミサイルシステム本体がウクライナに到着後に可及的速やかに運用可能状態にしています。
 パトリオットミサイルシステムは、米国レイセオン社の防空ミサイルで、1990年の湾岸戦争の際にイラクのスカッドミサイルを迎撃したことで有名な、割と以前からある防空ミサイルです。ザックリ言って、レーダー、ミサイル発射機、射撃統制、通信、発電機、その他の支援器材等の車両で構成されています。何度もの改良を重ね、最新型はPAC-3ファミリーで、これがウクライナに装備されています。レーダーの射程は150キロを越えますが、射程は弾道ミサイルの終末軌道の20~30キロです。日本をはじめ18ケ国の防空を担っています。

 この我が国の航空自衛隊も装備していて、北朝鮮の弾道弾対応で防衛省市ヶ谷駐屯地をはじめあちこちで展開される、おなじみでベテランの防空ミサイル・パトリオットが、「世界最強」とか「無敵」などと恐れられたロシアの極超音速弾道ミサイルを撃墜したというのですから、何とも頼もしい話ですね。「お前、やるじゃないか!」と褒めてやりたいですね。

プーチン大ショック(中国や北朝鮮も)
 何とも痛快な今回の迎撃のお話、ロシアのプーチン大統領はさぞ激怒し、落胆ていることでしょう。
 2019年にロシアがこの極超音速弾道ミサイル「キンザール」の実用装備化を明らかにした際、世界は驚愕しました。特にに米国は、これによって米国の核戦力の対ロシアの力量差が歴然となり、米国の防衛産業は何とか極超音速弾道ミサイルを迎撃できないか、いや、米国も開発導入できないか、と大変なショックが走りました。今やロシア、中国、北朝鮮もこぞって開発・導入をしているところです。2022年1月11日に弾道ミサイル発射実験をした際に、北朝鮮は天高らかに「極超音速弾道ミサイルの発射実験に成功し、目標に命中させた。その発射実験には金正恩総書記も立ち会われた!」と世界に発信していました。世界も驚愕したものです。我が国も弾道ミサイル防衛を根本から見直さねばならないのでは?と大騒ぎになったものです。ことほどかように、核弾頭の運搬手段となる弾道ミサイルが「迎撃困難」なブレイクスルーをすると、核戦略上は大きな事件なわけで、対抗勢力は何とか対抗する努力をするものです。

 そんな「迎撃困難」と恐れられた極超音速弾道ミサイル「キンザール」が、防空ミサイル界ではいぶし銀のような中堅ベテラン選手のパトリオットによって迎撃できたなんて、個人的にこんな愉快で嬉しいことはありませんよ全く。相撲で言えば、全盛期の無敵の朝青龍を愛嬌があってロボコップのような動きで人気のあった高見盛がぶん投げたような、そんな痛快な話ではないですか。
 冗談はともかく、.........
 弾道ミサイルの技術的進歩に追随・凌駕するように防空レーダー・防空ミサイル等の防空システムも改良を重ねたことでしょう。米国はじめ西側諸国の努力の成果として、最新の全般の警戒監視・防空識別レーダー網、射撃統制、そして防空ミサイル、等々の各機能ごとの改良やシステム全体の迎撃精度の向上などの総力戦で迎撃にあたり、そして成功裏に防空を果たした、ということでしょう。蛇足ながら、またたとえ話的にこれを評すると、飛び抜けて能力の高い天才がいて、絶対勝てないだろうと思われていた凡人が、地味な努力を積み重ねて自分の能力を限界を越えて引き上げ、いざ勝負となったら大善戦してその天才に勝ってしまった、そんな痛快な話のように思えます。・・・すみません蛇足でした。

 結論的に「迎撃困難」なはずの極超音速弾道ミサイルが、実は「迎撃紺案ではない」となると、核戦略の世界はこれまた大騒ぎになります。勿論、今回の空爆でキンザールミサイルが落とされたとしても、これをもって全ての極超音速弾道ミサイルが「迎撃困難なものではない」という烙印を押されてしまうわけではありません。しかしながら、これまでそう信じられていたものが、そうではないと判明した、この影響は大きいものがあります。

 特に、ロシア国家指導者たちと、軍指導者たちにとって、ロシアの軍事技術に対する信頼性は地に落ちたこと、プーチン大統領は大ショックを受けていることは間違いありません。これまで、プーチン大統領は、ウクライナ侵攻以降の流れの中で、何度も核兵器使用の可能性をほのめかして脅してきました。その核兵器使用、核弾頭搭載の有力な運搬手段と考えられたものが、実は迎撃困難ではない、というインパクトは非常に大きいわけです。

 勿論、核のエスカレーションに至る可能性や懸念は引き続き完全に払しょくできないモヤモヤとして残ります。しかし、これまで恐れていたほど迎撃困難ではない、と判明した今回の迎撃譚は、ウクライナをはじめ、ウクライナを支援する西側諸国にとっては何とも励みになる、元気の出る話題となりました。

 ああ、痛快!
 頑張れ、ウクライナ!
 益々もって、勝利の日は遠くないぞ!

(了)

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2023/05/14

バハムートでウクライナ軍が反撃、一部を奪回: だがこれは反転攻勢の開始ではない

5月13日サタデーステーション
2023年5月13日テレ朝サタデーステーション22時30分頃の画像

バハムートでウクライナ軍が反撃、ロシア軍が後退 
 激戦が続き、市内の半分以上をロシア軍に占領されていたバハムート市において、ウクライナ軍が反撃して一部を奪回、同地にいたロシア軍が後退しています。ISWの5月13日付の分析によれば、ウクライナ軍はバハムートのおけるロシアに占領されていた地域に対する反撃を実施し、同地のロシア軍が後退しており、市の南西部の一部を奪回した、と主張している(ISWとしては未確認)、とのこと。
(参照: 2023年5月13日付ISW記事「RUSSIAN OFFENSIVE CAMPAIGN ASSESSMENT, MAY 13, 2023」)

攻勢開始か?
 前述のバハムートの戦況について、ロシアの傭兵部隊ワグネの総帥ブリゴージンのコメントから、ロシア側の見方を紹介いたします。ブリゴージンは、つい先日、ロシア軍当局がワグネルに対する武器弾薬の補給を意図的に停止していて、このままではワグネルはバハムートで全滅するか同地を撤収するかしかない!と恐喝し、後日ロシア軍当局から一定の補給を受けてバハムートでの攻撃を再開し、バハムートを占領寸前のようなコメントをしていました。しかし、ここ数日で発言がまた一転。結局、ロシア軍当局からの武器弾薬の補給は底を打って再停止し、ワグネル部隊はこれ以上戦闘継続不能となり同地を逐次撤退せざるを得なくなった模様です。ショイグ国防相や他の軍事指導者に対して口汚く罵るSNS画像をアップしています。「ワグネルの戦闘員がバハムートで虐殺されている間、奴らは『太った猫』のように座って何もしない」と激怒、そして、バハムートにおけるウクライナの反撃について、これはウクライナの”full swing”の反撃攻勢が開始されたのだ、と主張し、ロシア軍当局がロシア軍の後退を今後の戦闘のための再編成が必要なための「戦術的後退(“tactical retreat”)」と表現したことを「嘘だ!これは戦術的後退でなく戦場から逃亡したんだ!(“There was no tactical retreat . . . what happened was outright flight.”)」と軍当局を非難しています。ロシア国内の軍事ブロガーは一斉にウクライナの反転攻勢の開始を警告し始めています。

 ブリゴージンやロシアの軍事ブロガーのデマゴーグは割り引いてみないといけませんが、西側の一部のメディアの報道でも、反転攻勢の開始か?という関心の示し方をしています。日本のメディアの例ですが、2023年5月13日付毎日新聞、テレ朝サタデーステーション、NHKニュースでも、「ロシア軍、バフムトで後退。ウクライナが本格的な反転攻勢開始か」という報道をしています。
(参照: 2023年5月13日付Financial Times記事「Ukrainian counter-offensive takes shape with first gains around Bakhmut」、同日付BBC記事「Ukraine claims gains in Bakhmut after Russia denials」、同日付毎日新聞記事「ロシア軍、バフムトで後退『ウクライナが本格的な反転攻勢開始』」、同日付テレビ朝日サタデーステーション、2023年5月12日付The Guardians記事「 Russian troops fall back to ‘defensive positions’ near Bakhmut」、ほか)

いや、これは攻勢開始ではなく、まだ攻勢作戦の準備段階
 しかしながら、私見ながら、これはウクライナ軍の攻勢開始ではありません。あくまで、激戦の続いているバハムート攻防戦の現在の一断面の趨勢です。お騒がせ男ブリゴージンの発言は放っておきましょう。

 私見ながら、バハムートでのウクライナの反撃はあくまで局地的戦闘の一断面です。これまでほぼ1年がかりで同地の攻防戦が続いていました。当然、攻められたり、攻め返し(反撃)たり、双方の当時の戦勢や勢力、作戦の趨勢で動きがあるわけで、全般的なウクライナにおける対ロシアの侵攻作戦の中の一断面に過ぎませんよ。ウクライナ軍の「反転攻勢」の開始というのは、こういうことではなくて、ウクライナ~ロシアの戦争における大きな戦争の結節点・転換点になるようなepoch-makingなもののはずです。大きな作戦も始まりは「人知れず」鞭声粛々と始まることは確かですが、このバハムートの今回の反撃とは違います。まず違いの第一に、戦闘参加部隊に、ウクライナの攻勢の新編部隊が入っていません。これまで同様、今回のバハムートの戦闘では、ウクライナのバハムート守備部隊及びロシアのワグネル部隊と一部のロシア軍部隊の組み合わせによって行われてきました。戦闘参加部隊は変わっていません。今回の反撃が生起したのは、ロシア側のワグネルとロシア軍当局との武器弾薬の補給をめぐる内紛のあげく、勢いの弱まったワグネル部隊に対し、ウクライナのバハムート守備部隊が局地的な反撃を試み、ロシア軍の退却もあって、その反撃が一部成功している、という一断面にすぎないのです。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は、BBCのインタビューに対し、「ウクライナは今既にある西側供与の武器弾薬等の装備で反撃を開始することは可能ではあるが、それではウクライナ軍は相当の人的損害を甘受しなければならず、満足いく反転攻勢作戦のためには、約束された西側の軍事援助の多くが到着できるよう、もう少し時間が必要だ。」と語りました。要するに、反転攻勢はまだまだ先の話、ということです。

 勿論、こういう発言をしたからと言って、それを根拠に「ウクライナの反転攻勢開始はずっと先」と判断しいるのではありません。昨夕のテレ朝のサタデーステーションを見ていて面白かったのは、コメンテーターの栁澤英雄さんが、反転攻勢の開始か?という件について、ウクライナのゼレンスキー大統領が前述のような発言をしているが、これはブラフで、実はこれが人知れず反転攻勢の始まりの合図だった、ということもあるかも知れない、と語っていました。

 私見ながら、わざわざ攻勢開始のタイミングに合わせて、「攻勢開始はまだまだ先のこと」と発言するというのはないでしょうね。ゼレンスキー大統領のコメントが開始隠しのコメントかどうかなんて視点自体がおかしな話ですよ。この大統領のコメントの趣旨は、攻勢開始のタイミングをぼかすためのものではなくて、あくまで西側のパートナーに対する「早く攻勢開始したいのだけれど、より多くの武器を急ぐようにお願いしますよ!」というメッセージですよね。

 大事なことは、大きな攻勢作戦の開始のためには、攻勢を開始するための条件・環境の作為が必要だ、ということです。米軍の作戦ドクトリンの中に、「Shaping」という日本語にしずらい概念があります。Shapeすなわち「形を整える」、要するに、作戦開始の前に作戦を成功裏に進めるための戦況とか、彼我の配置とか、我が軍の戦闘のための編成の完結とか武器弾薬等の補給及び再補給のための兵站基盤の確立だとか、そういった準備段階のもろもろの基盤的作戦があります。今、それをやっているところ、という認識が正しい認識ではないかと思います。

 頑張れ、ウクライナ!
 攻勢作戦を着々と準備しよう!
 勝利の日は着々と近づいている!

(了)

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2023/05/10

ウクライナの攻勢開始前夜: ザポリージャ原子力発電所が危ない!

Zaporizhzhia Nuclear Power Plant
ロシア軍支配下のザポリージャ原子力発電所が危うい(画像:5月7日付Newsweek記事「U.N. Nuclear Watchdog Issues Zaporizhzhia Warning As Russia Evacuates Locals」より)

ウクライナの攻勢開始前夜: ザポリージャ原子力発電所が危ない!
 来るべきウクライナの攻勢開始を前に、欧州最大の原子力発電所にして現在ロシア支配下にあるウクライナのザポリージャ原子力発電所が、核セキュリティー上非常に危険な状況にあることが懸念されています。
(参照: 2023年5月7日付Reuters記事「IAEA warns dangers around Zapoorizhzhia nuclear plant」、5月7日付Newsweek記事「U.N. Nuclear Watchdog Issues Zaporizhzhia Warning As Russia Evacuates Locals」、同日付同誌記事「Russian troops wear disguises to escape Zaporizhzhia: Ukrainian mayor」、5月8日付BBC記事「Ukraine war: 'Mad panic' as Russia evacuates town near Zaporizhzhia plant」、5月9日付Reuters記事「Situation of Ukraine's Zaporizhzhia nuclear plant deteriorating - Funke Media」、その他)

IAEAグロッシ事務局長が「予測困難、危険」と警告
 2023年5月6日、国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長が、ロシアの現地行政機関がザポリージャ原子力発電所周辺の18個の市町村から、原発勤務員を残して住民の避難を開始しており、IAEAの現地連絡員は周辺への砲声を懸念し、「益々予測困難で潜在的に非常に危険な状態であり、核セキュリティー上非常に危険な状況を懸念する。私たちは今、深刻な原子力事故の脅威とそれに伴う人々と環境への影響を防ぐために、直ちに行動を起こさねばならない。」と重大な警告を発しています。
IAEAグロッシ事務局長
昨年年9月1日、ザポロジエ原発へ向かうため、ザポロージェ市内のホテルを出るIAEAのグロッシ事務局長(中央)(2022年9月1日付Reuters)

同地を支配するロシア側もパニック状態を露呈
 現在同地を支配しているロシア行政機関やロシア軍の中にも、ウクライナの攻勢を恐れて住民避難の実施や、これにかこつけて住民に偽装した兵士の戦場離脱が起きている模様です。
 既述のように、ロシア現地行政機関が同原子力発電所周辺の市町村の住民避難を開始しています。ザポリージャ地域のロシア行政機関のバリツキー長官代行曰く、近づくウクライナの反撃攻勢の前に、7万人に及ぶ同地周辺市町村の住民、特に、同原子力発電所職員家族、子供、高齢者、障碍者、入院患者などを優先し、一時的に安全な後方地域に避難後送する模様であり、今まさにその途上。同長官代行によれば、これは最前線に近い同地に対するウクライナの砲撃の増加に伴う緊急避難のため、と説明。5月6日金曜から始まった住民避難に、同地域住民の状況はパニック的な状況を呈している模様です。
ザポリージャ州の都市メリトポリ市長だったイワンフェドロフ氏によると、来るべきウクライナの攻勢に備えて、ロシア軍が防御準備等のために同地域に配備される部隊の出入りが非常に多いようですが、一部パニックを起こす地域住民の避難誘導と治安・警戒監視のため、ロシア軍も一役かっているものの、そのロシア軍兵士の中には市民を装って住民避難の波に紛れて戦場から逃亡する兵士までいる模様です。地域の住民もロシア軍の兵士が民間の服に着替え、避難者の群れに紛れこんているケースを頻繁に目撃している、とのこと。ロシア軍側もロシア兵士の逃亡を警戒し、チェックポイントにおいて車に乗っている全ての民間人をチェックしている、とのことです。

ロシアはザポリージャ原子力発電所の安定的運営と防護の万全を主張
 現在同原子力発電所を支配下に置いているロシア行政機関は、同発電所の職員は避難しておらず、原子力発電所の運営も核セキュリティー対策上も万全であると主張しています。6基の原子炉は全て停止モードにあり、必要な安全規則及び核セキュリティー上の規制に従って安定的に運営されている、と豪語しています。また、IAEAのグロッシ事務局長が以前危険性を指摘していた同原子力発電所の直近傍のカホウカダムの決壊等による同原発の浸水について、ロシア側技術者の努力により、カホウカダムの水位を部分放水により引き下げたことにより、その懸念は払しょくされた、と主張しています。

それでも実は危険なザポリージャ原子力発電所: グロッシ事務局長の憂鬱は続く・・・
 前述のロシア側の主張はロシアの言い分なので、グロッシ事務局長の懸念は全く晴れていません。
 同原発の職員は、元々は全員ウクライナ人で構成されていたものの、ロシア側の支配下に置かれて以降、ロシアのパスポートを取得するよう強制され、これを踏み絵にして反対する者は拷問にかけられ、その一部はロシア側に拉致監禁され、帰ってきていません。相当数の減員ののち、やむなく同原発職員として残った職員と、ロシア官営の原子力企業ローズネルゴアトム社の監督チームが同原発を運営しています。同原発の安全・安定的な運営に関しては目的が一致しているものの、侵略により勝手に支配下に置かれたウクライナ人職員とロシア側監督チームとの間には、不可避的に敵対意識があり、またロシア側の強制指導に対しての反発感もあって、IAEAの現地連絡員は減員による人数的な不安とともに、その辺の職員モラルの内在的な問題も看破しています。
 これまで何度も起きた同原発の核セキュリティー上の脅威として、ザポリージャ原子力発電所ではこれまで6回、電源から遮断され危機に瀕したことがありました。東日本大震災の際の福島第1原子力発電所で致命的であったように、核燃料をメルトダウンさせないために、原子力発電所では核燃料を安定的に冷却し続ける必要性から、この外部からの電力供給が命綱なのです。去る3月、同原発は同様の危機に瀕し、何とか危機を乗り越えました。その時、グロッシ事務局長はいみじくもこう言いました。「今回は助かったが、こんなことを何度も続けていると、そのうち運が尽きるだろう。」
 恐らく、賢明なウクライナ軍はここを直接攻撃することはないでしょう。とは言え、攻勢開始となれば、この地域への直接の攻撃を避けたとしても、ウクライナ・ロシア双方の砲撃戦なった際、偶発か、はたまたロシアの偽旗攻撃か、同原発施設に砲弾の着弾があった場合は、グロッシ事務局長が懸念する各セキュリティ上の危険がスタートしてしまいます。最悪、原子炉施設に直撃した場合、原子炉そのものは頑丈な鉄筋コンクリートの外側容器、厚さ8インチの鋼鉄の格納容器・圧力容器に守られているいるので、核燃料そのものの爆発飛散などはあり得ませんが、原子炉施設の運営に直結する配管やら電気系統が断絶・破損したり、着弾による放射性物質を含む原子炉直近施設資機材の爆発飛散はあり得ます。また、原子炉施設に直撃しないまでも、バックアップの予備発電機やそこからの電源供給系統に被害があって、外部電源が遮断された場合、福島第一原発の悲劇の再来のカウントダウンが刻々と始まります。そういう脅威が潜在的にあるザポリージャ原発を、プーチン大統領が奥の手として使わないはずはありません。偽旗攻撃でウクライナ側の攻撃による核セキュリティ上の危機を演出するとか、或いは、この紛争の休戦に向けた交渉の際の条件=切り札的カードとして使うとか、・・・。しかし、いずれも核セキュリティを交渉材料とする卑劣な手です。

 ザポリージャ原発で核セキュリティ上の悲劇が起きれば、ザポリージャ地域の局地的な問題では済まず、ヨーロッパ全域に及ぶ悲劇が始まります。グロッシ事務局長の言う「運」が尽きないことを祈るしかありません。

 頑張れ、ウクライナ!

(了)

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2023/05/02

ウクライナの攻勢はまだか?: 好機を待つ理由

artillery fire on Donetsk front line
攻勢開始はまだか? 2023年4月23日ドネツク正面におけるウクライナ軍の野戦砲射撃(2023年5月1日付CNN記事「As Ukraine prepares counteroffensive, Russia appears in disarray」より)

ウクライナの攻勢はまだか?: 好機を待つ理由
 今や世界中がウクライナの攻勢開始を固唾を呑んで待っている状況だと思います。
 あれ、まだ始まらないの?と思う方も多いと存じますが、ウクライナは攻勢開始の準備はほぼ整いつつも、好機を待っている模様です。私見ながら、その好機とは何か?、いったい何を待っているのか?等について、私見ながら考察してみたいと思います。
(参照: 2023年5月1日付ISW記事「RUSSIAN OFFENSIVE CAMPAIGN ASSESSMENT, MAY 1, 2023」、同日付The Atlantic記事「The World Awaits Ukraine’s Counteroffensive」、同日付CNN記事「As Ukraine prepares counteroffensive, Russia appears in disarray」、同日付The New York Times記事「As Signs Point to Counteroffensive, Russia and Ukraine Step Up Attacks」 、ほか)

ウクライナ: 好機を待つ理由
 ウクライナのゼレンスキー大統領もレズニコフ国防相も、つい最近の発言において「攻勢の準備は万端整っている。攻勢は間もなく始まる。」と述べていますが、かれこれロシアの冬季攻勢が概ね沈静化した4月初旬以来、はや1ケ月が経ちます、はや5月に入りました。一体、ウクライナの攻勢はなぜ始まらないのか?と訝る皆さんもいらっしゃると思います。
 ウクライナの攻勢開始の条件として、ウクライナは何を待っているのか?/待っていたのか?を考えてみます。
 現在、ウクライナとロシアは総延長1000キロを超える接触線で対峙しています。正確には、ウクライナ領土内に侵攻しているロシア軍とこれを押し出そうとするウクライナ軍との間で、1000キロ超の長大な正面で押しつ押されつの攻撃防御戦闘の渦中です。つい3月一杯までロシアが冬季攻勢をかけ、これをウクライナ軍が何とか押しとどめたところです。ここからウクライナ軍が反転・攻勢を開始するためには、大きく分けて「①敵の態勢」、「②我の態勢」、「③地形・気象・時期の条件」、等の条件が整うことが必要です。

Russian deffensive position in Southern front
ロシアの防御準備は着々と進む。写真のジクザクな線はロシア軍の陣地線(縦)と交通壕(そこへ至るL字型の線)。ジグザクに掘ることで砲弾破片が壕内に飛び散っても直線部分にのみ飛散し被害を局限するもの。ちなみに自衛隊も同様に防御陣地を掘りますよ。(南部戦線ザポリージャ正面の後方における陣地構築の状況)
(2023年5月1日付CNN記事「As Ukraine prepares counteroffensive, Russia appears in disarray」より)

①ロシアの態勢: 
 ・ ロシア軍の冬季攻勢は結果的に成果なく、3月末に終了。
 ・ 以降、(正確には2月から逐次に)全般作戦を防勢に転移し、ウクライナの攻勢を迎撃するために全正面に亘る現接触線の後方の縦深地域に数線に及ぶ陣地線を構築中。周到な陣地は、ロシアが併合した南部クリミアのほか、ロシア本土の西部ベルゴロド州やクルスク州などでも数百キロに及ぶ塹壕の存在が確認されている。
 ・ ロシア軍の装備・武器・弾薬等の兵站基盤の不足が大きな問題になっている模様。その兆候として、バハムート正面で相変わらず攻撃奪取を狙うワグネル部隊の総帥ブリゴージンが「陸軍指導部が武器弾薬をワグネルに対して必要な質と量の供与を怠っており、このままでは攻撃頓挫して戦死するか、組織的に撤退するかしかない」と武器弾薬への不満を公表。また、つい最近、全軍の兵站部門の責任者であった国防副大臣ミジンツェフの解任(クレムリンは解任理由を公表していない)があったので、どう考えても兵站=後方・補給機能に関する重大な問題の所在の引責解任と見られている。

②ウクライナ軍の態勢:
 ・ ロシアの冬季攻勢の間、接触線の全正面でロシアの進撃を阻止。特に、東部戦線バハムート正面では、現在に至るまで、ロシアの猛攻に対し押されながらも何とか進撃を阻止。
 ・ ロシアの冬季攻勢の沈静化に伴い、逐次に反撃攻勢のための再編成を実施。攻勢部隊を編成概ね完了。
 ・ 反撃攻勢に向け、西側から主力戦車等の新装備が逐次到着。その他、武器・弾薬も西側から続々到着。これらの西側供与の新装備はロシア軍の同様装備を質的に優越しており、戦場での圧倒的進撃に期待大。
 ・ 他方、懸念事項として、西側の有力な新装備の戦力化の問題(ウクライナ兵への装備習熟のための十分な訓練など)、西側供与の新装備・武器・弾薬の今後の長期の戦闘を踏まえた量的な問題、これら西側からの支援の長期安定的な確保への懸念などの問題(長期化すればするほど西側諸国にとっても大きな経済的負担のため、米国でさえ長期継続的支援への反対論が潜む)あり。
   ウクライナへの西側供与の新装備の遅れのうち、特に緊要なものは戦闘機であると言える。まさに西側がギリギリまで供与をためらっているもの。ためらう理由はロシアを本気で怒らせるレッドラインを越えるものと考えられるから。

Muddy Ukraine
春の融雪に伴う泥濘はウクライナの攻勢開始を躊躇させる一因と言える(泥濘にはまって身動きが取れないウクライナの高機動車:A Ukrainian Humvee mired in bezdorizhzhia mud before the current war.)(より)

③地形・気象・時期の条件:
 ・ 冬季の厳冬・凍土の状況から春季の逐次気温上昇・融雪期へ。気温上昇は作戦行動にとって全般的に行動し易くなる半面、地表面土質は融雪による泥濘化=行動困難化の懸念あり。(ウクライナでは春と秋にベズドリジアと呼ばれる泥濘期がある。秋の泥濘は短い雨季によるものだが、春の泥濘は融雪によるものでまだ気温も低く非常に寒い泥濘のため、攻勢作戦上はタチが悪い状況と言える。)ウクライナの攻勢開始にとっては不利であり、他方それを迎え撃つロシアの陣地防御にとっては有利と言える。ちなみに、昨年2月下旬に侵攻開始したロシア軍がなぜ当初の攻勢で攻めきれなかったかの一因に、やはりウクライナの春の泥濘期の要因が指摘される。下のウクライナの泥濘にはまり乗り捨てられたロシア軍の戦車、装甲ロケット発射車の写真を参照されたい。
(参照: 2023年5月1日付Forbes記事「Ukraine Is Really Muddy Right Now. It’s A Risky Time For A Counteroffensive」、2022年3月27日付乗りものニュース記事「ウクライナの「泥濘地獄」に攻めたロシア なぜ? 知らぬはずはない“肥沃な大地の罠”」、ほか)

2022 Russian Invasion stopped by mud
ウクライナの春の泥濘にはまるロシア軍の戦車等(2022年3月27日付乗りものニュース記事「ウクライナの「泥濘地獄」に攻めたロシア なぜ? 知らぬはずはない“肥沃な大地の罠”」より)

では攻勢開始はいつなのか?
 ①「ロシアの態勢」から言えば、攻勢開始はウクライナにとって今がチャンスであり、開始時期が遅れれば遅れるほどロシアにとって有利、と言えます。攻勢開始時期が遅れれば遅れるほど、防御準備が周到になっていくわけですから。
 他方、②「ウクライナの態勢」から言えば、西側供与の装備・武器・弾薬が十分に手元に揃うまで待つ方が得策、と言えます。また、③「地形・気象・時期の条件」から言えば、春の泥濘期が落ち着く6月まで待つ方が得策、と言えるかもしれません。
総じて言えば、諸条件を鑑みて、今すぐにでもロシア軍に対し攻勢開始したいところだが、装備・武器・弾薬が揃い、泥濘期が落ち着く6月頃まで待つ、なんてのんびりした話になりそうです。

 しかし、私見ながら、そんなわけはありません。ニュースでおなじみのゼレンスキー大統領の顔の表情からお分かりの通り、あの顔は「事を急いている」顔です。多少のリスクを賭しても努めて早期にGoをかけたい、そう見えます。
 恐らく、今すぐにでも攻勢開始したいが、決定的には装備・武器・弾薬の充足、特に戦闘機の戦力化を待っているのではないか、と思います。泥濘化の問題はもちろん大きいですが、決定的要素は攻撃衝力としての戦車・装甲車・攻撃火器等が当面の戦闘継続が可能なだけあればGoをかけるでしょう。泥濘で足を取られますが、5月一杯の話。むしろ、泥濘で足を取られた最前線の先端の戦力や、それを支援射撃する前線及び後方の野戦砲・ロケット等の火力戦闘部隊をロシアの航空機からの航空攻撃でボコボコに叩かれることを阻止しなければなりません。その決め手が防空装備です。ウクライナには西側供与の防空警戒監視システムや防空ミサイルが導入されていますが、ここ最近のロシアのミサイル・UAV攻撃への対処で相当に消耗しつつあります。これはこれで充足しなければなりません。そして、防空では最強の防空手段が戦闘機です。ウクライナは米国のF-16をずっと所望してきましたが、米国はグダグダ言って供与をためらっています。助け舟を出したのがNATO加盟国であるスロバキアで、自国へ供与されているF-16を供与すると表明。また、同じくNATO加盟国のポーランドは旧ソ連製の戦闘機ながらMig-29を供与しています。こうした西側・NATO諸国供与の戦闘機がロシアの航空機や巡航ミサイルを迎撃する強力な盾となってくれるでしょう。 こうした防空に一定の見極めができればGoをかけると思われます。

 「ではいつなのか?」って?そんなことは我々には分かりませんよ。いずれにせよ、ゼレンスキー大統領も言っている通り、間もなく、5月初旬~中旬のうちには電撃戦的に攻勢作戦の開始となるでしょう。うわ!始まっちゃったよ。…とね。

 勿論、当初は電撃戦的に反撃攻勢が成功し、現行の接触線のロシア第一線陣地を数本の攻撃軸で突破して世界はヤンヤの歓声を上げるでしょうが、主攻撃方向は第2戦陣地も突破するものの、主攻撃方向以外の攻撃軸では第2線の陣地辺りであちらこちらでロシアの防御陣地で混戦に陥り、反撃攻勢の行方に暗雲が立ち込めるでしょう。しかし、これは仕方のないことなのです。なので、日本のマスコミもそうした混戦でウクライナの攻勢を見限らないでいただきたい。ロシアは落ちぶれたりとは言え陸軍大国ですからね。あのナポレオンやナチスドイツにも粘り勝ちした国ですから。今回も、それは粘り強く抵抗するでしょうから、どっちみち、長期戦になりますよ。西側諸国、特に米国の国内政治において、長期戦でウクライナを支援し続けることの経済的負担から「ウクライナ見限り論」が優勢になるやもしれません。来るべき大統領選挙も関係して。……そうした万難を排して、ウクライナには頑張ってもらいたいものです。

 頑張れ!ウクライナ!
 祖国の領土を回復するその日まで。
 老兵は心から応援します。

(了)

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