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2023/06/29

プリゴージンの乱を治めたルカシェンコの腹、

ルカシェンコ
ベラルーシのルカシェンコ大統領(BBCより)

プリゴージンの乱、ルカシェンコが治める
 いやー面白いことが起きるもんですね。
 プリゴージンの乱にはビックリしました。ワクワクして見ていました。

 ロシア国防省・ロシア軍首脳とは完全に対立していたのは承知していましたが、最後に国防省から突き付けられたワグネル部隊は国防省に正規に登録しロシア軍の指揮統制下に入らねばならない件は、ワグネル部隊の創始者プリゴージンとしては絶対に譲れないレッドラインだったようです。そして遂に、2023年6月23日(金)~24日(土)に国防省のみならずプーチン大統領に対してキバを剥いて徹底抗戦意思を表明、反旗を翻してモスクワ行進を開始し、プーチン大統領には「裏切り者は許さない。殲滅する!」とまで糾弾され、すわ!内戦か?という騒動に至りました。この騒動を治めたのが隣国ベラルーシのルカシェンコ大統領。プーチン大統領にもプリゴージンにも緊密な関係を持つことから、両者間の妥協を調整し、プリゴージンはワグネル部隊に「回れ右」を命じ、モスクワへの行進を中止させました。ルカシェンコ大統領は、プリゴージンの身の安全確保を担保に恭順させてベラルーシに出国、ワグネル部隊は恭順すればロシア軍に編入か引退かベラルーシ出国を選択できる、という寛大な処置をプーチン大統領に納得させた形となりました。実際に、プリゴージンのベラルーシ出国、ワグネル部隊の恭順及びじ後の身の振り方の選択の通りになっている模様で、非常に短時間での事態の沈静化となりました。

 このプリゴージンの乱は前線のロシア軍に混乱と停滞を与え、ウクライナ軍にとっては束の間の進軍チャンスとなり、ゼレンスキー大統領は全正面で一定の前進(※)ができた旨のコメントをしています。ただ、前述のようにプリゴージンの乱の早期沈静化により、あわよくば更なるロシアの混乱の拡大と戦況の色良い進展という棚からボタモチを望んだウクライナにとっては、ルカシェンコが余計なことをしたお陰でさぞや肩を落としたことでしょう。
(※ウクライナ軍の前進の状況はISW記事RUSSIAN OFFENSIVE CAMPAIGN ASSESSMENTのほか、2023年6月26日付BBC記事「Ukraine likely to have retaken land occupied by Russia since 2014, UK's MoD says」にも英国防省の戦況分析として出ています。)

プーチンの腹
 2023年6月28日付ISW記事「RUSSIAN OFFENSIVE CAMPAIGN ASSESSMENT, JUNE 28, 2023」に、今回のプリゴージンの乱後のプーチン大統領の発言や施策から、プーチンが今回の件をどのように認識し、何を懸念し、どのように今後のリスクをミニマイズしようとしているのかの腹が見えていますので、ご紹介を。

 プーチン大統領はクレムリンとしてのコメントや施策を通じ、プリゴージンがこれまで主張していた「ワグネル部隊はクレムリンやロシア軍から独立していること」、「ロシア国家からワグネル部隊に対して一切の財政的支援がなく、隊員や家族への給与や補償支払いについてもバックアップがない」という件を、ことごとく「虚偽」と断罪し、ロシア社会におけるプリゴージンの名声や信頼を貶めています。また、プリゴージン個人とワグネル部隊への言葉遣いを使い分け、プリゴージンに対しては「国家への反逆者、腐敗した嘘つき」として貶める一方、ワグネル部隊に対しては「愛国者であり、国家のために勇敢に戦闘で貢献した」と名誉を讃えています。要するにプーチンは、プリゴージンは断罪・排除しつつもワグネル部隊に対しては名誉を尊重し許容する、とPRしているわけです。

 私見ながらプーチンの腹を読むと、ロシア社会に対してプリゴージンへの支持や信頼を凋落させることでプリゴージンを英雄や殉教者にさせないこと、他方でワグネル部隊を持ち上げてロシア社会がワグネルを反逆者・裏切り者扱いしないように担保し、ワグネル部隊の隊員が国防省・軍の指揮統制下にスムースに編入できる基盤を確保しつつ、ロシア国家に対する反抗心やプリゴージンへの忠誠心を減殺することが狙いであろうと推察します。裏を返せば、プーチンにとって、プリゴージンを生きて出国させる処置をとったため、こいつが英雄視や殉教者視されるのは耐えられない屈辱なわけで、また、ワグネル部隊が、最悪の場合、ロシア国内で反政府勢力として顕在化したり暴発したり、或いはプリゴージンを慕ってベラルーシでワグネル部隊が再建され、この地域の新たなファクターとして豪族化するのは絶対に避けたい懸念です。まだ戦力として十分使えるワグネル部隊は、全滅させたり敵に回してしまうのは避けたく、努めて円滑にロシア軍の有効な戦力として活用したい、というのが腹なわけです。実際、ワグネル部隊は、現在アフリカの各地で各国政府や大統領直轄の軍事顧問・セキュリティーサービスとして活躍しており、その見返りに希少鉱物・ダイヤなどの有力な資源をロシアにもたらしています。今回の乱に関係なかろうが、こうした活躍するワグネル部隊は、潰してしまうよりそのまま我が力にした方が賢明なのは当然のことです。

 ちなみに、私見ながら、プーチンはプリゴージンを必ず殺すでしょうね。今回の騒動がひと段落ついて、世界の衆目が別のニュースに翻弄される頃、人知れず、むごたらしい手段をもって「虫のように潰す」でしょう。実際、ロシア国内においてはタカ派軍事ブロガーをはじめ、今回の件でプリゴージンを断罪する勢力は相当数おり、そうした潜在的な暗殺支持者をバックアップに、むごたらしく殺すでしょうね。

ルカシェンコの腹
 ここで面白いのがルカシェンコの登場です。ベラルーシのルカシェンコ大統領は、ただの隣国の大統領でも、ただのプーチン・プリゴージン共通の知人でもありません。一癖も二癖もある、とんだタヌキ親父なのです。実際、今はプーチンの唯一の盟友のような報道のされ方をしていますが、つい10数年前まではロシアへのベラルーシの併合を腹に描くプーチンとは過去に大喧嘩をし、EUとの融和協調路線を標榜していました。しかし、西側諸国がルカシェンコの独裁政治や民主選挙とは程遠い反民主的な施策に対して異を唱え、輸出制限などの対抗処置をとったことで「切れ」て、西側との協調路線を断念した、というとんだタヌキ親父なのです。こいつがプリゴージンの乱を治めたのですから、当然のこと、「乱を治めた正直な仲介者」というキレイゴト的なオブラートの中は、相当なドロドロな欲にまみれた腹があります。

 2023年6月28日付毎日新聞記事「虫のようにつぶされるぞ」 ルカシェンコ氏がプリゴジン氏に警告」ほか、同日付の各紙各メディアが報道したところによれば、前掲記事のタイトルのように、ルカシェンコはプリゴージンに恭順を納得させるに当たり、「お前はプーチンに虫のようにつぶされるだけだぞ」と直言した模様です。報道によれば、プーチンは何度かプリゴージンに直接の電話連絡を試みたものの電話に出ず、他方、プリゴージンはロシア政府との交渉・調整には「信頼できる第3者」の仲介を求め、それがルカシェンコだったようです。そのルカシェンコの口説き文句が前述の「虫のように潰されるぞ」ですが、プーチンは実際にこれまで何人も暗殺してきていますから、言い得て妙な殺し文句ですよね。これで、プリゴージンも身の安全が保障されることを条件に矛を収めて事態収拾に恭順の姿勢をとったわけです。
 
 さて、仲介役を担ったルカシェンコの腹、深謀遠慮について、報道を基に私見を述べます。
 各種報道は出ていますが、事実確認と緻密な分析に基づく不偏不党な記事として信頼できる、前掲ISW記事「「RUSSIAN OFFENSIVE CAMPAIGN ASSESSMENT, JUNE 28, 2023」によれば、ルカシェンコの腹読みとして、次のような点を指摘しています。
 まず、ルカシェンコはベラルーシ国内にワグネル部隊の活動拠点を提供しワグネル部隊の再建を勧めてしますが、これについて、「クレムリンがベラルーシを統一ロシアとして吸収・合併することを目論んでいることに対するバランスをとる策」という点です。私見ながら、要するにワグネル部隊という鬼っ子部隊をベラルーシの戦力として擁することで、「吸収合併なんかさせないぞ」という敷居を高くする、カウンターパンチですね。

 更に、ルカシェンコはワグネル部隊にベラルーシ軍に対する戦闘経験、作戦・運用ノウハウのコーチを依頼し、ベラルーシ軍の作戦運用能力を向上させることを標榜している」という点です。実際、ロシアとの間の盟友関係・信頼に基づく協定で、ベラルーシ軍は作戦統制をロシア軍の西部軍管区に依存し、作戦運用はロシア軍参謀本部に依存しており、大隊以上の部隊運用の統制能力も実戦経験もない、という独立国として俄かに信じがたい独り立ちできない軍事組織になっています。傭兵・私兵でありながらワグネルの方が陸海空の統合作戦を含めた部隊運用経験や作戦遂行能力を持っています。私見ながら、前述の第1のポイントと相まって、ベラルーシ軍のコーチをしているワグネル部隊、という図式で両部隊が緊密な連携を取ることで、あたかもベラルーシ軍ワグネル連合軍というイメージを対外的、特にロシアに対して、効果的にPRできます。

 更に、事前にロシアのプーチン大統領の施策で、「ロシアの戦術核がベラルーシに配備されている」という準核保有国としての強みです。これは、私見ながら、ワグネル部隊のベラルーシとの連合化と相まって、「併せて一本」で相当の地域的な軍事大国化になっています。ISW記事では、この件とここ数年のベラルーシ国内のロシア軍プレゼンスの減少について関係事象として指摘しています。

 私見ながら、ISWの指摘を整理すると、ルカシェンコは、「ワグネル部隊のベラルーシ取り込み作戦を強力なテコにして、対ロシアを前提とした発言力と軍事力を棚からボタモチ的に手にした」と言えるのではないか推察します。

 ルカシェンコとプーチンの関係は、相互に嫌っているものの一蓮托生、という独裁者に共通の似たような感情を持っています。また、これまでルカシェンコは、プーチンはじめクレムリンの高官から、「要求の多い面倒臭いタヌキ親父」と疎んじられ軽視されてきました。そんなルカシェンコが得た今回の仲介の成果は画期的なわけです。ロシア下院議会が27日にルカシェンコに対して「彼の努力と献身で事態が平和的に決着した」との賛辞を送っています。ロシア国営テレビのアンカーもルカシェンコ「英雄」と持ち上げました。更に、ペスコフ報道官は「経験豊富で賢明な政治家」と持ち上げました。まぁ、これらはPR用のコメントですが、少なくとも、ロシア国家が国家の危機に際してルカシェンコのリーダーシップに依存して乱を治めた件は、相当の「恩義」としてベラルーシに対するロシアの負債となります。

 ルカシェンコのほくそ笑みと、プーチンの苦々しい顔が目に浮かぶようですね。
 ことほどかように、ロシアの馬脚は徐々に露わになってきています。
 
 頑張れ!ウクライナ
 好機を看破して攻めまくれ!

(了)

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2023/06/23

攻勢の遅れ?どうする?・・・失望するなかれ、ウクライナの反転攻勢に勝算あり

Cremian bridge destoryed by storm shadow missile
ウクライナ軍が英国供与のストームシャドウ・ミサイルでクリミア大橋を攻撃 (写真: 2023年6月22日付Newsweek記事「Ukraine Missile Strike Blows Hole in Bridge to Crimea—Report」より)

どうする?ウクライナ
 「攻勢の進展は期待よりも遅れている」とウクライナのゼレンスキー大統領が6月21日のBBCのニュース番組のインタビューで発言しました。他方、ロシアのプーチン大統領やショイグ国防相は、各正面でロシア軍がウクライナ軍に大損害を与えており、ウクライナの反転攻勢は失敗に終わった、との発言をしています。はやくも7月は目の前に迫ります。ウクライナ地方の気候では、秋にはまた雨季がやって来て地表面土質は泥濘化し、人員は勿論のこと戦車・装甲車・車両は身動きが取れず大きな作戦行動はできなくなります。そして、そのまま厳冬に突入します。すなわち、反転攻勢は雨季が来る秋まで、夏の終わりまでが勝負だったので、あと2-3ヶ月余りしか猶予がない、という状況です。

 間に合わないのではないでしょうか?
 ウクライナの反転攻勢は暗礁に乗り上げたのでしょうか?
 どうする?ウクライナ!どうする?どうする?
 
でも大丈夫!今の状況は想定内
 NHK大河ドラマ「どうする家康」のような「つかみ」で書き初めましてスミマセン。
 上記のようなウクライナの大統領の「遅れ」を認める発言なんかが明らかになると、すぐにメディアが反応し国際世論も反転攻勢の進展に懸念を抱くようになったりしがちですが、「賢明な皆様はこういう報道で一喜一憂されませんように」と念を押したいため、あえて不安を煽るようなつかみで書き始めてしまいました。

 結論から申し上げると、ウクライナ軍もかかる状況は十分に想定内で、攻勢作戦そのものが数ケ月、長ければ数年の長丁場で考えるべきものなので、そんな期間の中では良きにつけ悪しきにつけ様々な状況があるわけで、基本計画に加えて、必ずしも戦況が思わしくない場合を想定して不測の事態への対応も計画します。その反対もしかり、戦況が基調とするシナリオより好転する場合は、「望成目標」といってうまくいく場合はこの目標を達成すべし、ということも計画します。このように、基調とするシナリオを中心に、よいシナリオから悪いシナリオまで一定の幅をもって、大体この中にはハマるだろうと目算を立てて、全般の軍事作戦の計画・立案をしています。ウクライナも、そもそものウクライナの戦力(西側からの供与を含め)とロシアの戦力、攻勢開始以前の双方の損耗と戦力の回復・増強、今後の戦力の損耗予測と回復予測、等々を踏まえて、攻勢作戦を周到に計画し遂行しているはずです。なかんづく、ロシアの冬攻勢に耐えて春を迎えて以降6月まで、反転攻勢開始まで相当に時間をとりましたが、その期間の分、ロシア側は周到に防御準備ができたというマイナス要素は十分に計算に入れています。従って、今の戦況については十分に想定していたものと思われます。こうなるだろう、という基調とする戦況予測よりは遅れているようですが、予め想定していた遅れの幅には入っている、ということです。まだ序盤戦の段階であり、攻勢作戦の帰趨はまだまだこれからが本番です。

読めてきたロシア軍の防勢作戦の腹
 現在のロシア軍の防勢作戦とウクライナ軍の攻勢作戦を考察してみると、次のような状況ではないかと推察します。
(ファクトとしてここ数日のISW記事や英国国防省の戦況分析を参照しつつ、多分に私見を加えて整理)

【ロシア軍の防勢作戦】
 ● ロシア軍の作戦の骨子は、ウクライナ軍の主攻撃方向にと思われる南部戦線に防御戦闘の重点を形成してウクライナの主攻撃を阻止する一方、ウクライナ軍の助攻撃方向に当たるバハムート方向を軸とする東部戦線でウクライナ軍の間隙を縫って「攻撃」することで、ウクライナ軍が後置する主力部隊の戦力を東部戦線に吸引・分散させ、もってウクライナの攻勢作戦を失敗に終わらせようという腹、と推察します。

 〇 具体的には
  ・ 東部戦線から南部戦線にかけての長い接触線の後方に、数線の防御陣地を構築。陣前に対戦車壕や対戦車・対人の地雷原を設置。この障害で止め、陣地からの射撃等の火力をかぶせて敵を阻止する作戦。この防御戦闘を支援するため、地上ベースの対空レーダーと対空砲・ミサイル、及び所要な時期場所に空軍力によるカバーをかけて局地的制空を確保。更に、攻撃的電子戦により、ウクライナ側のGPSやデータ通信を妨害してウクライナ側の射撃や指揮通信を強力に妨害する局地的な電子戦網をかけ、強靭な防御戦闘が遂行できる状況。
  ・ ロシア軍は、ウクライナの主攻撃方向を南部(ザポリージャ西部およびへルソン州)オリヒフ~トクマク~メリトポリ方向の公算大、と判断し、南部正面に防御の重点を形成し、広域かつ重層な障害に連携した防御陣地を重畳に配置。更に、プーチン大統領の肝いりで相当の資源配分を実施し、クリミア半島を断固として保持し続けるため、ヘルソン南部からクリミア半島に至る後方地域に更なる防衛線を構築・増強し、かつクリミアから南部戦線のヘルソン南部地域やザポリージャ西部地域の前線を後方支援するための後方補給連絡線(GLOC: Ground Line of Communication)を確保するため、主要幹線の維持や補給拠点を再構成している模様。
  ・ 東部戦線にロシア正規軍の精鋭部隊、一部にカディロフ率いるチェチェン軍部隊を配置。東部戦線でのウクライナ軍の攻撃を、東部2州や召集兵を基幹とした部隊により阻止させつつ、ウクライナ軍が突破した正面に対し、ウクライナ軍が突破口からロシア軍陣内に突入し同地を確保する態勢に移行する際の態勢未完に乗じて、陣地の後方からロシア軍の精鋭部隊が果敢な逆襲をしかけて、ウクライナ軍を捕捉・撃滅する戦法。更に、ウクライナ軍との接触線の状況から、ウクライナ軍の態勢が薄そうな間隙や弱点とする正面に対して、ロシア軍精鋭部隊が接触線を越えて攻撃を仕掛け、接触線を突破することで、ウクライナ軍のその正面への部隊転用を強要させ、ウクライナ軍の攻勢作戦の主攻撃に振り向ける主力部隊の一部を東部戦線に転用せざるを得ない状況に吸引・混乱をさせようとする作戦を展開している模様。

対するウクライナ軍の攻勢作戦の腹
【ウクライナ軍の攻撃】
 ● ウクライナの攻勢作戦は、主攻撃方向をオリヒフ~トクマク~メリトポリ方向とし、アゾフ海に向けて攻撃するとともに、助攻撃方向を東部戦線バハムート正面及びドネツク州西部とザポリージャ州の境界方向に向けて果敢に攻撃させることでロシア軍が後方に後置している精鋭部隊を吸引・分散し、もって主攻撃方向のロシア軍を突破・分断することにより、ロシア本領~東部2州からのザポリージャ~ヘルソン南部~クリミアへの陸の回廊を断ち切り、南部戦線のロシア軍及びクリミア半島を分断・孤立化させてロシア軍の撤退を余儀なくさせる腹、と推察します。

 〇 具体的には、
  ・ 現在の攻撃は、上記のように3方向を軸とした攻撃作戦。やや不可思議なのは、本来第一線攻撃の際に、相当な勢力を第一線攻撃に運用するのが定石だが、今回のウクライナの反転攻勢では、主力部隊は後置されていて無傷のまま。また、攻撃作戦の定石で言えば、本来主攻撃方向に対し攻撃部隊に相応の戦闘力の集中をするはずなのに、それが見られない。戦闘力の集中には、現在の第一線に対する横に並べて同じ正面を小さく区分して相対的戦闘力を高めて集中させる「横の集中策」と、重畳に配置して第一線突破ののちに後続部隊として新戦力を投入する縦の集中策があるので、この場合は「縦の戦力集中策」と推察。まだ、第一線が突破できないので、後方で分散・待機している可能性大。
  ・ 上記に関連し、主攻撃方向が南部正面ではないのではないか?現在は3方向を攻撃することで攻撃によって当たりをつける「威力偵察」であり、その戦闘の状況を見て弱い正面をさぐり、主力部隊を投入するのでは?という説を説く専門家もいる。しかしながら、どう考えてもトクマク~メリトポリ正面が死活的に重要な緊要地形と推察する。トクマクはメリトポリに抜けるためには突破せざるを得ない関門という戦術的意義を有す。他方、メリトポリは、ここまで占領確保すれば、アゾフ海まで縦断しなくても、この西側が保有する長射程火砲の射程上、メリトポリからクリミア半島のロシア海軍の根拠地であるロシアの古くからの軍港セヴァストポリまでつるべ打ちでき、同様にクリミア半島に所在するサキ空軍基地も集中砲火できる。これはロシア本領~東部2州~ザポリージャ~ヘルソン南部の陸の回廊方向からのロシアの逆襲に対しても同様である。ここさえ奪取すれば、ウクライナは今回のロシアのウクライナ侵攻を壊滅できる。ロシア軍は、分断孤立化した南部戦線やクリミア所在のロシア軍を撤退せざるを得ない。撤退させざれば捕捉・撃滅される運命となる。

 上記のような腹があるので、ウクライナの反転攻勢は今の段階では「心配ご無用」、というのが私の読みです。

問題は「時間」というファクター
 さて、問題は時間というファクターです。前述のように秋の雨季がやって来ると、攻勢作戦はストップせざるを得ません。ということは、長く厳しい冬を、昨年同様に秋までの戦闘の帰趨でできた接触線で当面は膠着戦になり、お互いに防勢を基軸としつつ、局地的に攻撃をする態勢になります。
 まだ、突破正面が形成されていないので、仮に7月にウクライナが大胆な攻勢をかけて、後続部隊に西側に訓練され西側装備で武装したピカピカの虎の子主力部隊まで投入するとして、秋までに勝負がつくか?というと非常に難しいと思います。なぜなら7月からの本格攻勢だと数ケ月しか真面目な攻勢ができず、10月~11月にはもはや泥濘化で戦車・装甲車・車両は身動きができなくなります。
 もしかしたら、7月から本格攻勢をかけて秋に膠着する際により良い態勢を確保することで、支援をしてくれている西側諸国の期待を繋ぎ止める深謀遠慮なのかもしれません。

 まだまだ大丈夫だ、頑張れウクライナ!
 何とか突破してくれ!

(参照: 2023年6月20日~22日付ISW記事「RUSSIAN OFFENSIVE CAMPAIGN ASSESSMENT, JUNE 20~22, 2023」、6月22日付Newsweek記事「Ukraine Missile Strike Blows Hole in Bridge to Crimea—Report」、2023年6月21日付BBC記事「Ukraine war: Zelensky admits slow progress but says offensive is not a movie」、同日付Newsweek記事「Ukraine Map Reveals How Counteroffensive Against Russia is Progressing」、同日付Newsweek記事「Putin Is Now Very Worried About Crimea」、同日付Newsweek記事「Ukraine Could Free Crimea by End of Summer: Ex-U.S. General」、同日付Newsweek記事「Ukraine Inches Towards Russian Stronghold as Counteroffensive Pushes On」、ほか)

(了)

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2023/06/18

激戦 反転攻勢: ロシアの要塞を ウクライナが猛攻, 双方損害大の我慢比べの「マラソン」

反転攻勢の攻撃軸
ウクライナの反転攻勢の3つの攻撃軸(前掲ISW記事よりウクライナ全般図を借用、青字と青矢印はブログ主が加筆)

反転攻勢の概況: ウクライナが猛攻するもロシアも頑強に防御・一部で逆襲、双方損耗甚大
 正確かつ緻密な戦況分析で定評のある米国のISW(戦争研究所)のここ数日の分析を追っていくと、ウクライナ軍の反転攻勢は、前回のブログで指摘したように、3つの攻撃軸を中心に展開され、概してウクライナ軍が主動性を発揮して攻撃前進をしているものの、ロシア側はこれに防御戦闘で対応する形で展開され、概ね全攻撃正面で激戦が続いています。

 反転攻勢が開始されて1週間が経った初盤の戦況について、ウクライナの国防副大臣ハンナ・マリエルが“Extremely fierce battles” =「極めて厳しい戦闘」と呼び、米国統合参謀長ミリー大将が「着実に前進しているものの高コストで・・・きわめて困難な任務だ”very difficult task”」と評しています。この言葉尻からもにじみ出ているように、反転攻勢が開始されて紛争の大きな潮目が切り替わったものの、短期間で戦況が大きく変わる状況ではありません。ウクライナの反転攻勢の猛攻が各正面で発揮され、逐次にロシアの占領から解放された集落にウクライナ国旗がはためくようになった一方、ロシア軍は周到に準備した広域多重の障害と陣地による防御と、局地的な逆襲を併用して、ウクライナ軍の前進を阻んでいます。
(2023年6月15~17日付ISW記事「RUSSIAN OFFENSIVE CAMPAIGN ASSESSMENT, JUNE 15~17, 2023」、2023年6月16日付BBC記事「Ukraine war: 'Extremely fierce battles' as Kyiv seeks to advance」、2023年6月16日付Aljageera 記事「US military chief says Ukraine offensive a ‘very difficult fight’」、同日付Washington Post記事「Milley: Low probability of Ukraine fully evicting Russia」、ほか)

各攻撃軸正面の戦況
 ①の東部攻撃の戦況は、「ウクライナが前進するも、一進一退」です。
 ウクライナ軍の東部攻撃の主たる攻撃方向はバハムート正面に向けられ、同市北及び南側面の郊外のロシア軍を攻撃しながら地歩を確保していますが、ウクライナ軍は、バハムート市の一部を数百メートル進捗・奪還が進んだようですが、ロシア軍の局地逆襲も起きていて、激戦が続いています。ロシア軍は、攻められながらも、ウクライナ軍に奪取された陣地を、ウクライナ軍がしっかり確保できていない好機を看破して逆襲によって再奪還している模様であり、かくて取ったり取られたり、の激戦が続いています。

 ②の境界線攻撃の戦況は、「ウクライナが1キロほど前進」(ISWの6月15日付記事の記述の時点)です。
 境界線に近いドネツク州西部では攻撃が比較的進捗している模様です。この正面の戦況は、がなぜかあまり詳細が記事にされていません。

 ③のザポリージャ州西部攻撃の戦況は、「ロシアの固い第一線陣地の突破をめぐって善戦中」です。
 オリヒフ正面で第一線陣地を一部が突破したものの突破口をふさがれて突破した部隊が撃破され、第一線陣地の突破に向けた一進一退が続いている、といった感じでしょう。この正面はロシア軍が最も時間と労力をかけて堅牢に準備した障害と陣地の阻止火力が固いのです。これに加えて、ISWの6月15日付記事よれば、この正面の頑強な防御戦闘のもう一つの裏支えはロシアの世界有数の電子戦能力なのだそうです。ウクライナ軍の攻撃において自己位置の標定や敵の陣地に対する正確な射撃のナビゲーションのためにGPSをはじめとした衛星情報やデータの通信を行いますが、ロシアは強力な攻撃的電子戦により、ウクライナのGPS情報やデータ通信を妨害し、これまでウクライナ軍の地上攻撃の強力な手段だったHIMARSや精密誘導弾などの砲撃を不正確な射撃にするなど、ロシア軍の防御戦闘を支えています。

戦果を性急に求めるなかれ: 旅順攻略作戦だって5ケ月かかった
 前回のブログにおいて、「『反転攻勢の決着がつくのは数か月くらいかかる』とご認識を」と申し上げましたが、今回も戦果を性急に求めないでくださいね、というお話をさせていただきます。
 前述のような戦況及び、ウクライナの高官や米軍高官の「苦しい戦闘が続く」などのような発言を受けて、メディア等はすぐに「ウクライナ軍の反撃減速か」(2023年6月16日付毎日新聞記事)のように一喜一憂的な報道をしますが、こうした日々の戦況のちょっとした動きや高官の発言をバロメーターに、一般の皆さんが一喜一憂するのは百害あって一利なしだと思います。

 周到に準備をした広域多重な障害と陣地の「要塞化」したロシアの防御に対して、正攻法で攻撃している状況ですから、あたかも日露戦争の旅順攻略作戦のような攻撃だと考えていただきたいと存じます。
 日露戦争の旅順攻略作戦では、第1回総攻撃が8月から始まり、第2回総攻撃が9月に第1次攻撃、次いで10月に第2次攻撃。日本にとって初めての日本国家が生きるか死ぬかの大勝負で、かつ、世界の列強国との初の本格的近代戦を、全国のから召集された将兵が戦っている状況でしたので、全国民の注目を集め、新聞報道に釘付け状態の中、乃木将軍率いる旅順攻部隊の攻撃は失敗に次ぐ失敗で日本史上でも初の記録的な戦死傷者が続々と出ました。国民の不安や不満は乃木大将以下の現地部隊司令部に向けられ、「乃木をやめさせろ!」と乃木大将の自宅の窓ガラスが投石で割られるような状況でした。そして、第3回総攻撃へ。攻撃目標を203高地に改めて11月26日に始まった一か八かの総攻撃は12月6日にやっと成功、やっとのことで203高地という当面の中間目標を奪取し、これで戦況が一挙に好転。ここを観測点にした旅順港所在の露軍の旅順艦隊への精密な砲撃によリ艦隊を壊滅させ、最終目標の旅順要塞の陥落(露軍側の降伏)まで更に1ケ月かかっています。総じて丸5ケ月かかったわけです。

 ことほどかように、周到な防御に対する攻撃というものは時間がかかるのです。攻撃側が必ず勝利するとも限らず、戦闘の渦中においては、さながらマラソンのように長く苦しい戦闘の継続です。この間、敵も味方もさながら「我慢比べ」の状態です。もう苦しさに耐えられなくて、責任を投げ出したくなったり、逃げ出したしたくなったり、譲歩したくなったり、・・・という誘惑にかられる中、我慢に我慢を積み上げて好機が来るのを待ち、好機を看破して一か八かの大勝負に出て、それがうまくいけば戦果が一挙に好転、(または一挙に悪化)する大きな結節点が訪れます。反転攻勢が始まったとしても、必ずしもサクサク戦況が進むわけではなくて、さながらマラソン状態の我慢比べになる訳です。思い出していただきたいのですが、旅順攻略作戦も、歴史上日本の大勝利で終わりましたが、どこかの結節点で悪い結果に繋がっていたとしても全くおかしくない、苦しい戦いでしたよね。

 今行われているウクライナの反転攻勢は、まさに「まだ始まったばかり」です。長い目で、長く苦しい闘いを見守りましょう。


 頑張れ、ウクライナ!
 長く苦しい闘いを、我慢比べを、戦い抜け!
 勝利の日は一日一日近いづいている!

(了)

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2023/06/13

反転攻勢の初動の戦況:ウクライナが主動性発揮するも各地で激戦、長期戦を覚悟すべし

西側供与の戦車・装甲車が
西側供与の戦車・装甲車がロシア軍に撃破された景況(2023年6月12日付BBC記事「Ukraine offensive: What will it take for military push to succeed?」より)

反転攻勢の初動の戦況:ウクライナが主動性発揮するも各地で激戦
 ウクライナのゼレンスキー大統領自身も6月10日の記者会見で「反転攻勢が開始された」旨に言及、ついにウクライナの反転攻勢作戦が開始されています。正確かつ緻密な戦況分析で定評のある米国のISW(戦争研究所)のここ数日の分析を追っていくと、ウクライナ軍の反転攻勢は、前回のブログで指摘したように、3つの攻撃軸を中心に展開され、概してウクライナ軍が主動性を発揮し、ロシア側はこれに受動的に防御戦闘で対応する形で展開され、概ね全攻撃正面で激戦が続いています。
 ウクライナ、ロシア共に自国側の発表する内容において、戦況は自軍が有利に展開されているようにビデオクリップを挟んで発表しているので、ウクライナ側は逐次に解放した村落にウクライナ国旗がたなびくシーンを、ロシア側は突進してきた西側供与の最新鋭のドイツのレオパルド2戦車や米国のエイブラムス装甲歩兵戦闘車がロシア軍に破壊され擱座した無残なシーンを、それぞれ喧伝しています。
 要するに、ウクライナ攻勢が押せ押せで進展しているわけでも、ロシア軍がウクライナ軍の進撃を各地で陣前に阻止したわけでもなく、ウクライナ軍が押している正面もあれば、ロシア軍が陣地防御でウクライナ軍を阻止している正面もあって、激戦が続く、・・・というところでしょうね。
(参照: 2023年6月12日付ISW記事「RUSSIAN OFFENSIVE CAMPAIGN ASSESSMENT, JUNE 12, 2023」、同日付BBC記事「Ukraine offensive: What will it take for military push to succeed?」、同日付BBC記事「Ukraine counter-offensive: Kyiv says it has liberated villages in Donetsk region」、同日付Newsweek記事「Russia Redeploying Most Capable Units to Meet Ukraine Push: Kyiv」、ほか多数)

各攻撃軸正面の戦況
 具体的には、3つの攻撃軸とは次の3つの攻撃作戦です。(仮称はブログ主が便宜上つけた仮称です)
 ① 東部戦線バハムート正面を軸とする東部2州のコア部分の突破を企図する作戦、(仮称「東部攻撃」)
 ② 東部と南部の戦線境界ドネツク州西部境界線を軸とするマリウポリ方向アゾフ海への打通を企図する作戦(仮称「境界線攻撃」)
 ③ 南部戦線ザポリージャ方向からメリトポリを経てアゾフ海方向に打通を企図する作戦(仮称「ザポリージャ西部攻撃」)
反転攻勢の攻撃軸
ウクライナの反転攻勢の3つの攻撃軸(前掲ISW記事よりウクライナ全般図を借用、青字と青矢印はブログ主が加筆)

 ①の東部攻撃の戦況は、「一進一退」です。
ウクライナ軍の主たる攻撃はバハムート正面に向けられ、同市側面に残るロシア軍を攻撃しながら地歩を確保していますが、ウクライナ軍は、バハムート市の一部を数十~百数十メートル進捗・奪還が進んだようですが、ロシア軍の反撃も起きていて、激戦が続いています。東部戦線の接触線のバハムートから少し離隔した南北でロシア軍の局地的な攻撃が起きています。これは、開戦以来激戦が続いたバハムート正面にはロシア軍の精鋭部隊が配置されており、一番圧力の強いバハムート正面以外の正面(クレミンナやアウディーイウカ-~ドネツク市の線など)で局地的な反撃をしているのです。私見ながら、これらの脈絡のない反撃自体が全般作戦には影響を与えないので、恐らくは、プーチンへのPRかロシア国内向けのPRか、ロシア軍が押している正面もPRしたいのではないかと推察します。
 
 ②の境界線攻撃の戦況は、「一部で第一線を突破、12コの集落を解放」(ISWの6月12日付記事の記述の時点)です。
 境界線に近いドネツク州西部のべリカノボシルカほかの12の集落を奪回・解放したほか、ヴレミフカで敵第一線を突破して突破口を拡大しようと奮闘している模様です。②の正面が①③と比して進捗していることから、一部の分析ではこの攻撃軸がウクライナの反転攻勢の主攻撃と見る向きがあるようですが、私見ながら、それは間違っています。主攻撃は③でしょうね。ただし、ロシア軍にとっても③の正面に一番の防御準備努力を費やしているので、陣地が頑強なため、攻撃がなかなか進展しないだけです。②の境界線攻撃は、そのアンチテーゼで、敵にとって周到な準備の間隙となっているがゆえにウクライナ軍の境界線攻撃が進展し、ここを攻めることでロシア軍の兵力運用をこの正面に集めさせ、③のザポリージャ州西部の後詰め兵力も②に転用されることを促進し、もって主攻撃正面の攻撃を進展させる「助攻撃」と私は読んでいます。打通した時のロシア軍への痛みが③正面の方が強い、と見ています。ロシアにとって死活的な「クリミア半島」の息の根を握るのが、この攻撃軸だからです。②境界線正面ではやや遠いのです。③ザポリージャ州西部を押さえて、ウクライナ本国から後続部隊を続々を送りやすい南部戦線正面(今はカホウカ貯水池の洪水で大変ですが)を奪回することで、クリミア半島の運命は決定的になりますから。

 ③のザポリージャ州西部攻撃の戦況は、「ロシアの固い第一線陣地の突破をめぐって善戦中」というところでしょうか。
 オリヒフ正面で第一線陣地を一部が突破したものの突破口をふさがれて突破した部隊が撃破され、第一線陣地の突破に向けた一進一退が続いている、といった感じでしょう。この正面はロシア軍が最も時間と労力をかけて堅牢に準備した障害と陣地の阻止火力が固いのです。ウクライナ軍も相当の攻撃準備射撃をかまして、第一線陣地をボコボコに叩いてから第一線陣地前の障害を処理しようとしているのですが、このロシア軍の対戦車障害と第一線陣地からの阻止火力がウクライナ軍の攻撃進展を遅らせています。せっかく障害通路を作っても、まだ障害をどけて地雷を破裂させて通れるのは細い線上の通路ですから、ここを戦車・装甲車が並んで進むの直射火器や上空からの対戦車誘導ミサイルやドローンの良い餌食になるのです。せっかくそれも突破して第一線陣地に入っても、突破口をふさがれ後続を遮断され、袋のネズミにされて撃破されてしまいます。そうしては、また突破を試みる。・・・今、まさに第一線陣地突破までの苦しい渦中にいます。これを突破しても、第2線陣地が後方に待っているわけで、・・・・だから時間かかるんですよ。ご理解を。恐らく、第一線陣地、第2線陣地をを突破してトクマクという非常に重要な市街を確保するまでが、この③ザポリージャ州西部攻撃の焦点・決勝点でしょうね。トクマクを奪取すれば、もうこの正面は峠を越えたと言えるでしょう。今が一番苦しい時期、頑張ってもらいたいところです。

(ちなみに、昨日6月12日夜にテレビのニュース番組で、防衛研究所の高橋氏が、したり顔で「攻撃方向数本のうち、どこか突き抜けるところに第2波をつぎ込むのが定石」というようなことを仰っていてビックリしました。国際情勢にはお詳しくても戦略戦術、なかんづく軍事作戦にはトウシロウ様のようですね。古今東西、そんな作戦はありません。軍事作戦、特に攻撃作戦では必ず「主攻撃」「助攻撃」を設け、主攻撃方向に我が戦力を集中し、敵戦力を他正面に分散させるため、助攻撃部隊が敵部隊を吸引するんですよ。それが定石。なんで、メディアは軍事作戦の解説を学者に求めるのでしょう?自衛隊OBの論客も一杯いるんですから、自衛隊OBに解説を尋ねないとだめですよ。  おっと失礼。)

「反転攻勢の決着がつくのは数か月くらいかかる」とご認識を
 しかし、これをもってウクライナの反転攻勢の勢いがショボくて情けないわけでも、失敗に至るわけでもありませんので、メディアの報じる断片的な映像等で全般の戦況を誤解いたしませんように、ご用心。
 例えば、本ブログ冒頭のロシア提供の画像がいい例です。ウクライナ軍の攻勢作戦の先陣を切った西側供与のレオパルド2戦車や米国のブラッドレー装甲歩兵戦闘車がロシア軍の狙い撃ちに遭って撃破され、荒野に大破した身を晒していますが、これをもって西側供与の戦車・装甲車が頼りにならなく、ロシア軍には全く勝てそうにない、・・・ということを意味しません。この正面のこの局面において、この画像は一定の真実を伝えているのだろうとは思いますが、これは一正面の一場面に過ぎません。数か月周到に準備した防御陣地に敵の戦車が突っ込んで行ったら、そりゃボコボコにやられますよ。ロシアは西側供与の戦車・装甲車が来るのを読んで、来そうな正面には対戦車障害を構築します。龍の歯と呼ばれる、ピラミッド型のコンクリートブロックを規則的ないし不規則に置いて、地面には地雷も埋めて、更に対戦車壕という落とし穴の帯を作り、敵戦車・装甲車の突進を妨害するわけです。それを排除したり埋めたりする施設作業をしようにも、陣地から狙い撃ちの直接射撃ないし野戦砲・迫撃砲などの砲撃で障害を処理させません。仕方なく、戦車・装甲車と切り離された歩兵部隊が徒歩で無防備に陣地に近迫せざるを得ません。これまた射撃や砲撃の雨あられ。歩兵達は、銃弾・砲弾の中を匍匐前進でにじり寄り、ロシア軍の塹壕陣地に直接的な攻撃をかけねばなりません。この歩兵を阻止するため、陣前にはと歩兵に対する鉄条網や対人地雷などの障害があって、そうした障害を見つけて、「おっとっと」と障害の前で止まると、そこを陣地から狙い撃ちにされるわけです。攻撃側は、そうした障害を処置しつつ満身創痍で陣地に近づいていき、最後に突撃するわけです。まさに、日露戦争の旅順攻略戦において203高地を攻撃した時代から、こういう時代遅れのような陣地攻撃は変わっていません。もっといえば、信長の鉄砲隊が武田騎馬軍団を長篠の戦いで破ったような戦闘様相は何百年経っても、兵器が進化発達しても、根本においてあまり変わらないのです。バカみたいでしょ?でもこれが戦争なんです。
 また、ウクライナの攻勢が有利に進展しないように、ロシアはカホウカ貯水池のダム爆破による大洪水の画策のように、次なる混乱施策を打って来るでしょう。2023年6月12日付Newsweek記事「Russia Preparing 'Man-Made Catastrophe' at Crimean Titan Plant: Ukraine」という記事に、クリミアのアルミャンスクにあるチタン化学工場を爆破させ、有害な化学物質を拡散させる災害を起こすのではないか?というウクライナの懸念が載っています。ウクライナがつかんだ情報では、ロシア軍の工兵部隊が同工場に地雷を仕掛け、更に工場とその周辺に爆発物を仕掛けた、という恐るべきものです。同工場は過去、2018年に事故で化学物質が放出され、畑の色が変わり、住民が頭痛、嘔吐、咳のほか、化学火傷、目や喉の炎症などの症状が発生し、住民避難をしたことがある場所です。例えば、同工場が冷凍のために保有する約200トンのアンモニアが爆発等で放出した場合、アンモニアが雲となって周辺地域を覆う可能性があり、重大な環境汚染事故になります。この種の作戦環境を混乱させるような事態を起こし、ウクライナ優位に進捗する状況を混乱させるなどの画策は、ロシアの手の打ちとして十分考えられます。かかる事態が起きたら、人道的な住民避難や救済を含め、作戦環境に大きな影響を及ぼすことは必定です。かつ、なおさら紛争が長期化していくことは間違いありません。

 チタン化学工場の話はもしも想定の話ですが、これを置いておいても、今回のウクライナの反転攻勢も決着がつくまでには相当の日時がかかりますよ。これは数か月の長期戦になるでしょうね。ウクライナとしては、10月頃の秋の雨季が来るまでに一定のケリをつけたいところでしょう。間違っても、数日のうちに片方のワンサイドゲームで片方が勝ち、片方が白旗を上げるような単純なものではありません。まぁ、テレビニュースを見ていて、「遂に反転攻勢始まる」と聞いたら、せいぜい1週間で戦況がグングン目に見えて進んで行くことを世間話ネタとしてお望みとは思いますが、数か月、下手したら1年かかるくらいの長丁場で戦況の推移を見守っていただきますよう、ご理解ください。

 頑張れ!ウクライナ!
①東部2州攻撃はロシアが2014年以来半ば支配してきた土地、ここを突破して蹂躙し、運用兵力を吸引してくれ!
②境界線攻撃も行け行け!ここで攻撃が進展すれば、ロシアはここに虎の子部隊を運用せざるを得ない。運用兵力を①と②の正面に集中させてくれ!
③ザポリージャ西部攻撃は主攻撃だ!ここが一番敵が堅固に準備した要塞だ!この正面を突破するまで、苦しいが我慢だウクライナ!ここを突破すれば雨雲は晴れる!前進、前進、ウクライナ!

(了)

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2023/06/09

ウクライナ反転攻勢が始まった!広域で数軸の攻勢、南部戦線が主攻か

攻勢開始
待ちに待った反転攻勢の開始(Experts believe the focus of Ukraine's long awaited counter-offensive will be in Zaporizhzhia 2023年6月9日付BBC記事「Ukraine army attacks Russian forces in southern Zaporizhzhia region」より)

ウクライナ反転攻勢が始まった!
 いよいよ待望のウクライナの反転攻勢が開始された模様です。
 ウクライナ当局が攻勢に関して一切コメントしない策をとっているため、西側メディアとロシアの報道等の断片的な情報しかありませんが、報じられている内容を総合すると、6月4日日曜から人知れず、東部戦線〜南部戦線の現接触線の広域に渡り、これまでの膠着的な戦況が一転、ウクライナ側がロシア側に対して攻撃を仕掛けている模様です。
 これが「反転攻勢開始」であることを示す論拠としては、広域で行われている攻撃部隊の勢力がトータルすると相当な大規模であり、これまで攻勢の際に運用する部隊として新規に編成、或いは再編成され、西側から供与を受けた装備の訓練をしていたとみられる戦略部隊が今回の攻撃で運用されていること、が挙げられています。
 ロシア側の報道では、ウクライナの猛烈な攻撃に対し、ロシア軍の卓越した電子戦能力が発揮されて、ウクライナ軍に対し大打撃を与え、攻撃は頓挫した、とのことですが、ISWの戦況分析ではさにあらず。戦況は全般的にウクライナ軍側が主導権を握り、戦勢を得ている模様です。ロシア軍の言う「ウクライナに対し大打撃を与えた」というのは、前回の私のブログ、6月3日付「ウクライナ攻勢に備えたロシアの周到な防御陣地、恐るべし!」で述べたように、ロシア軍はウクライナの攻勢開始までの時間的余裕を得て、相当の防御準備をしていましたから、その周到な防御陣地を最大限に活用して、地の利を得た強靭な戦闘をウクライナに対してぶつけてきていると思います。攻撃をかけているウクライナ軍の損耗も相当な苛烈なものになるでしょう。攻撃側も防御側もお互いに多くの将兵が死傷する、これは仕方がありません。
(参照: 2023年6月8日付ISW記事「RUSSIAN OFFENSIVE CAMPAIGN ASSESSMENT, JUNE 8, 2023」、同日付前掲BBC記事「「Ukraine army attacks Russian forces in southern Zaporizhzhia region」、同日付The New York Times記事「Ukraine Holds the initiatives in most areas amid heavy fighting -- U.K.」、同日付BBC記事「Ukraine dam: What we kknow about Nova Kakhvka incident」、ほか)

広域で数軸の攻勢作戦、南部戦線が主攻か
 ウクライナの攻勢作戦には、現在のところの戦況を見ると、3軸の攻撃方向がある模様です。
 ① 東部戦線バハムート正面での防御からの反転攻撃を軸とする東部2州のコア部分の突破を企図すると思われる攻勢作戦、
 ② 東部と南部の戦線境界ドネツク州とザポリージャ州境界線一帯での攻撃を軸とするアゾフ海のマリウポリ方向にブチ抜いてロシア占領地域を東西に分断孤立化することを企図すると思われる攻勢作戦、 及び
 ③ 南部戦線ザポリージャ州のザポリージャからザポリージャ州南部の後方地域をメリトポリからアゾフ海方向に打通してロシア占領地域を東西に分断孤立化することを企図すると思われる攻勢作戦、
反転攻勢の攻撃軸
ウクライナの反転攻勢の3つの攻撃軸(前掲ISW記事よりウクライナ全般図を借用、青字と青矢印はブログ主が加筆)

 このうち、現在のところの攻撃の烈度の差を勘案すると、③の南部戦線の攻撃軸が主攻撃ではないかと推察されます。
ウクライナ側の州都ザポリージャから、広大なカホウカ貯水池の東側を通ってメリトポリ方向に攻撃前進している模様です。既に先端戦力はオリヒフからトクマクで戦闘している模様です。前述の私の前回のブログ、6月3日付「ウクライナ攻勢に備えたロシアの周到な防御陣地、恐るべし!」で述べたように、やはりロシアもこの正面に周到に防御準備をしていたわけですが、まさにこの正面が焦点になっています。既にトクマクで戦闘が起きている、ということですから、第一線陣地をぶち抜き、第二戦陣地も一部が突破して、先端戦力はトクマク市街地の北側外郭部分まで戦闘が至っている模様です。これはあくまで矢の先端の話ですから、第1線陣地及び第2線陣地をブチ抜かれているロシア側は、当初ぶち抜かれても、その突破口を何とか閉じて、突破したウクライナ部隊の後方を遮断して分断孤立化し、まだ生きている第1線陣地、第2線陣地、及びトクマク市街地の外郭線の障害と陣地による阻止火力を発揮して、ウクライナの先端戦力を陣内で捕捉・撃滅する強靭な戦闘をしている最中でしょう。これに対しウクライナ軍は、折角こじ開けた第1線陣地・第2線陣地の突破口を拡大して、次々と後続部隊をロシアの第1線陣地・第2線陣地の中に突っ込ませる、そのせめぎ合いの激戦を繰り広げていることでしょう。
トクマクの防御陣地
トクマクのロシア軍防御陣地 (2023年5月22日付BBC記事「Ukraine war: Satellite images reveal Russian defences before major assault」より、私のブログ6月3日付「ウクライナ攻勢に備えたロシアの周到な防御陣地、恐るべし!にて掲載」)

ロシア側は南部戦線を主攻撃とみてカホウカ貯水池のノバ・カホウカのダムを破壊、大洪水で攻勢を妨害か
 全く、ロシア軍ってなんてことするんでしょうね。いくら何でもやらないだろうと思ったカホウカ貯水池のダム破壊に及びました。カホウカ貯水池以西のドニエプル川左岸(東側:ロシア側)、右岸(西側:ウクライナ側)の両岸で大洪水が起き、洪水は市街や農地を沈めて、更に被害域は拡大中です。ウクライナの攻勢作戦における、南部戦線のカホウカ貯水池以西の攻撃については渡河作戦になるので、この大洪水が攻勢作戦に及ぼす影響は甚大です。しかし、ロシア軍のこの愚挙は、ロシア軍自身のドニアプル川の南側で周到に陣地防御の準備をしていた地域をも洪水で沈めてしまいました。ロシア軍の同地守備部隊は、慌てて更に南部の後方地域に後退しています。このカホウカ貯水池のダム破壊による大洪水はロシア・ウクライナ双方の軍事作戦に大きな影響がありましたが、ウクライナ軍の攻勢作戦の全般戦況から言えば、主攻撃方向である③の南部戦線の攻撃作戦にはほとんど影響がありません。むしろ、カホウカ貯水池以西に展開していた攻撃戦力を主攻撃方向に振り向けられますから、戦闘力の集中が発揮されます。バカですね、ロシア軍は。当然、ロシア軍もカホウカ貯水池以西で陣地防御させていた部隊の一部を、カホウカ貯水池以東のウクライナ軍の主攻撃方向の防御に加勢できる、と言えます。しかし、防御側にとっての決定的な強みであった周到な防御陣地を自ら捨てて、全く準備をしていなかった正面に、ただの応援勢力として向けられるわけです。他方、攻撃側は、元々攻撃しようとする地域は敵の準備していた地域で、攻撃側は相当の損耗を覚悟で倍くらいの勢力で攻撃を仕掛けます。戦闘力は多ければ多いほど優勢に戦えます。従って、このダム破壊による応援戦力の効果は、攻撃側の方が断然有利といえましょう。
 つくづくバカですね、ロシア軍の指揮官は。恐らく、周到に準備した奇襲的なダム破壊ではなく、ウクライナの攻勢開始と主攻撃方向の判明に伴う、窮余の一策として思いついた「やっちまった」愚挙であろうと推察します。
 
 遂に始まりました、反転攻勢。
 戦況の有利な展開を心から祈ります。
 頑張れ、ウクライナ!
 勝利の日は確実に近づいている!

(了)

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