プリゴージンの乱を治めたルカシェンコの腹、

ベラルーシのルカシェンコ大統領(BBCより)
プリゴージンの乱、ルカシェンコが治める
いやー面白いことが起きるもんですね。
プリゴージンの乱にはビックリしました。ワクワクして見ていました。
ロシア国防省・ロシア軍首脳とは完全に対立していたのは承知していましたが、最後に国防省から突き付けられたワグネル部隊は国防省に正規に登録しロシア軍の指揮統制下に入らねばならない件は、ワグネル部隊の創始者プリゴージンとしては絶対に譲れないレッドラインだったようです。そして遂に、2023年6月23日(金)~24日(土)に国防省のみならずプーチン大統領に対してキバを剥いて徹底抗戦意思を表明、反旗を翻してモスクワ行進を開始し、プーチン大統領には「裏切り者は許さない。殲滅する!」とまで糾弾され、すわ!内戦か?という騒動に至りました。この騒動を治めたのが隣国ベラルーシのルカシェンコ大統領。プーチン大統領にもプリゴージンにも緊密な関係を持つことから、両者間の妥協を調整し、プリゴージンはワグネル部隊に「回れ右」を命じ、モスクワへの行進を中止させました。ルカシェンコ大統領は、プリゴージンの身の安全確保を担保に恭順させてベラルーシに出国、ワグネル部隊は恭順すればロシア軍に編入か引退かベラルーシ出国を選択できる、という寛大な処置をプーチン大統領に納得させた形となりました。実際に、プリゴージンのベラルーシ出国、ワグネル部隊の恭順及びじ後の身の振り方の選択の通りになっている模様で、非常に短時間での事態の沈静化となりました。
このプリゴージンの乱は前線のロシア軍に混乱と停滞を与え、ウクライナ軍にとっては束の間の進軍チャンスとなり、ゼレンスキー大統領は全正面で一定の前進(※)ができた旨のコメントをしています。ただ、前述のようにプリゴージンの乱の早期沈静化により、あわよくば更なるロシアの混乱の拡大と戦況の色良い進展という棚からボタモチを望んだウクライナにとっては、ルカシェンコが余計なことをしたお陰でさぞや肩を落としたことでしょう。
(※ウクライナ軍の前進の状況はISW記事RUSSIAN OFFENSIVE CAMPAIGN ASSESSMENTのほか、2023年6月26日付BBC記事「Ukraine likely to have retaken land occupied by Russia since 2014, UK's MoD says」にも英国防省の戦況分析として出ています。)
プーチンの腹
2023年6月28日付ISW記事「RUSSIAN OFFENSIVE CAMPAIGN ASSESSMENT, JUNE 28, 2023」に、今回のプリゴージンの乱後のプーチン大統領の発言や施策から、プーチンが今回の件をどのように認識し、何を懸念し、どのように今後のリスクをミニマイズしようとしているのかの腹が見えていますので、ご紹介を。
プーチン大統領はクレムリンとしてのコメントや施策を通じ、プリゴージンがこれまで主張していた「ワグネル部隊はクレムリンやロシア軍から独立していること」、「ロシア国家からワグネル部隊に対して一切の財政的支援がなく、隊員や家族への給与や補償支払いについてもバックアップがない」という件を、ことごとく「虚偽」と断罪し、ロシア社会におけるプリゴージンの名声や信頼を貶めています。また、プリゴージン個人とワグネル部隊への言葉遣いを使い分け、プリゴージンに対しては「国家への反逆者、腐敗した嘘つき」として貶める一方、ワグネル部隊に対しては「愛国者であり、国家のために勇敢に戦闘で貢献した」と名誉を讃えています。要するにプーチンは、プリゴージンは断罪・排除しつつもワグネル部隊に対しては名誉を尊重し許容する、とPRしているわけです。
私見ながらプーチンの腹を読むと、ロシア社会に対してプリゴージンへの支持や信頼を凋落させることでプリゴージンを英雄や殉教者にさせないこと、他方でワグネル部隊を持ち上げてロシア社会がワグネルを反逆者・裏切り者扱いしないように担保し、ワグネル部隊の隊員が国防省・軍の指揮統制下にスムースに編入できる基盤を確保しつつ、ロシア国家に対する反抗心やプリゴージンへの忠誠心を減殺することが狙いであろうと推察します。裏を返せば、プーチンにとって、プリゴージンを生きて出国させる処置をとったため、こいつが英雄視や殉教者視されるのは耐えられない屈辱なわけで、また、ワグネル部隊が、最悪の場合、ロシア国内で反政府勢力として顕在化したり暴発したり、或いはプリゴージンを慕ってベラルーシでワグネル部隊が再建され、この地域の新たなファクターとして豪族化するのは絶対に避けたい懸念です。まだ戦力として十分使えるワグネル部隊は、全滅させたり敵に回してしまうのは避けたく、努めて円滑にロシア軍の有効な戦力として活用したい、というのが腹なわけです。実際、ワグネル部隊は、現在アフリカの各地で各国政府や大統領直轄の軍事顧問・セキュリティーサービスとして活躍しており、その見返りに希少鉱物・ダイヤなどの有力な資源をロシアにもたらしています。今回の乱に関係なかろうが、こうした活躍するワグネル部隊は、潰してしまうよりそのまま我が力にした方が賢明なのは当然のことです。
ちなみに、私見ながら、プーチンはプリゴージンを必ず殺すでしょうね。今回の騒動がひと段落ついて、世界の衆目が別のニュースに翻弄される頃、人知れず、むごたらしい手段をもって「虫のように潰す」でしょう。実際、ロシア国内においてはタカ派軍事ブロガーをはじめ、今回の件でプリゴージンを断罪する勢力は相当数おり、そうした潜在的な暗殺支持者をバックアップに、むごたらしく殺すでしょうね。
ルカシェンコの腹
ここで面白いのがルカシェンコの登場です。ベラルーシのルカシェンコ大統領は、ただの隣国の大統領でも、ただのプーチン・プリゴージン共通の知人でもありません。一癖も二癖もある、とんだタヌキ親父なのです。実際、今はプーチンの唯一の盟友のような報道のされ方をしていますが、つい10数年前まではロシアへのベラルーシの併合を腹に描くプーチンとは過去に大喧嘩をし、EUとの融和協調路線を標榜していました。しかし、西側諸国がルカシェンコの独裁政治や民主選挙とは程遠い反民主的な施策に対して異を唱え、輸出制限などの対抗処置をとったことで「切れ」て、西側との協調路線を断念した、というとんだタヌキ親父なのです。こいつがプリゴージンの乱を治めたのですから、当然のこと、「乱を治めた正直な仲介者」というキレイゴト的なオブラートの中は、相当なドロドロな欲にまみれた腹があります。
2023年6月28日付毎日新聞記事「虫のようにつぶされるぞ」 ルカシェンコ氏がプリゴジン氏に警告」ほか、同日付の各紙各メディアが報道したところによれば、前掲記事のタイトルのように、ルカシェンコはプリゴージンに恭順を納得させるに当たり、「お前はプーチンに虫のようにつぶされるだけだぞ」と直言した模様です。報道によれば、プーチンは何度かプリゴージンに直接の電話連絡を試みたものの電話に出ず、他方、プリゴージンはロシア政府との交渉・調整には「信頼できる第3者」の仲介を求め、それがルカシェンコだったようです。そのルカシェンコの口説き文句が前述の「虫のように潰されるぞ」ですが、プーチンは実際にこれまで何人も暗殺してきていますから、言い得て妙な殺し文句ですよね。これで、プリゴージンも身の安全が保障されることを条件に矛を収めて事態収拾に恭順の姿勢をとったわけです。
さて、仲介役を担ったルカシェンコの腹、深謀遠慮について、報道を基に私見を述べます。
各種報道は出ていますが、事実確認と緻密な分析に基づく不偏不党な記事として信頼できる、前掲ISW記事「「RUSSIAN OFFENSIVE CAMPAIGN ASSESSMENT, JUNE 28, 2023」によれば、ルカシェンコの腹読みとして、次のような点を指摘しています。
まず、ルカシェンコはベラルーシ国内にワグネル部隊の活動拠点を提供しワグネル部隊の再建を勧めてしますが、これについて、「クレムリンがベラルーシを統一ロシアとして吸収・合併することを目論んでいることに対するバランスをとる策」という点です。私見ながら、要するにワグネル部隊という鬼っ子部隊をベラルーシの戦力として擁することで、「吸収合併なんかさせないぞ」という敷居を高くする、カウンターパンチですね。
更に、ルカシェンコはワグネル部隊にベラルーシ軍に対する戦闘経験、作戦・運用ノウハウのコーチを依頼し、ベラルーシ軍の作戦運用能力を向上させることを標榜している」という点です。実際、ロシアとの間の盟友関係・信頼に基づく協定で、ベラルーシ軍は作戦統制をロシア軍の西部軍管区に依存し、作戦運用はロシア軍参謀本部に依存しており、大隊以上の部隊運用の統制能力も実戦経験もない、という独立国として俄かに信じがたい独り立ちできない軍事組織になっています。傭兵・私兵でありながらワグネルの方が陸海空の統合作戦を含めた部隊運用経験や作戦遂行能力を持っています。私見ながら、前述の第1のポイントと相まって、ベラルーシ軍のコーチをしているワグネル部隊、という図式で両部隊が緊密な連携を取ることで、あたかもベラルーシ軍ワグネル連合軍というイメージを対外的、特にロシアに対して、効果的にPRできます。
更に、事前にロシアのプーチン大統領の施策で、「ロシアの戦術核がベラルーシに配備されている」という準核保有国としての強みです。これは、私見ながら、ワグネル部隊のベラルーシとの連合化と相まって、「併せて一本」で相当の地域的な軍事大国化になっています。ISW記事では、この件とここ数年のベラルーシ国内のロシア軍プレゼンスの減少について関係事象として指摘しています。
私見ながら、ISWの指摘を整理すると、ルカシェンコは、「ワグネル部隊のベラルーシ取り込み作戦を強力なテコにして、対ロシアを前提とした発言力と軍事力を棚からボタモチ的に手にした」と言えるのではないか推察します。
ルカシェンコとプーチンの関係は、相互に嫌っているものの一蓮托生、という独裁者に共通の似たような感情を持っています。また、これまでルカシェンコは、プーチンはじめクレムリンの高官から、「要求の多い面倒臭いタヌキ親父」と疎んじられ軽視されてきました。そんなルカシェンコが得た今回の仲介の成果は画期的なわけです。ロシア下院議会が27日にルカシェンコに対して「彼の努力と献身で事態が平和的に決着した」との賛辞を送っています。ロシア国営テレビのアンカーもルカシェンコ「英雄」と持ち上げました。更に、ペスコフ報道官は「経験豊富で賢明な政治家」と持ち上げました。まぁ、これらはPR用のコメントですが、少なくとも、ロシア国家が国家の危機に際してルカシェンコのリーダーシップに依存して乱を治めた件は、相当の「恩義」としてベラルーシに対するロシアの負債となります。
ルカシェンコのほくそ笑みと、プーチンの苦々しい顔が目に浮かぶようですね。
ことほどかように、ロシアの馬脚は徐々に露わになってきています。
頑張れ!ウクライナ
好機を看破して攻めまくれ!
(了)


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