「プーチンを排除せよ!」: 総帥を処刑され解体に瀕するワグネル残党の怨念

標的はプーチン(2023年8月26日付Newsweek記事「'Eliminate Putin': Target Placed on Leader by Russian Fighters」より)
刃向かう者、用済みの者を粛清する孤高のプーチン
8月23日のプリゴージンの乗るプライベートジェットが墜落し死亡したとの報が、1週間前にありました。このプリゴージンの死亡について、各メディアがプーチン大統領の指金であろうとの推測の下、プーチン大統領のこれまでの「粛清」の系譜をまとめるなどの報道があり、プーチン大統領に楯突くとどうなるか、改めて内外に知らしめることになりました。元々の政敵や反対運動家などは勿論のこと、プーチンの権力基盤を支えるパトロンや政策の旗振り役、非常に親密であったかっての盟友までも、ひとたびプーチン大統領の逆鱗に触れると「粛清」され、それがロシア社会でも「背後にプーチンが」などとは報道されていないにもかかわらず、ロシアの人々には「一罰百戒」の教訓として映り、暗黙の内に恐怖の支配が敷かれているわけです。
プーチンによる「粛清」と思われる例をあげると枚挙に暇がありません。今回の昨年2月のウクライナ侵攻開始以降でも、オリガルヒ(新興財閥)や科学者、技術者、軍幹部、政治家、官僚ら約40人の死が「事故」や「自殺」として片付けられています。従って、プリゴージンの飛行機墜落は、ロシアの一般市民から見ても、いわんやワグネル部隊の将兵から見ても、明らかに「事故に見せかけた処刑」と映ったでしょうし、ワグネル部隊の将兵には「警告」(=これは2ヶ月前の反乱の処罰だ。2度と刃向かうな。ロシア正規軍の管理下に入れ!)と受け止めたことでしょう。
(参照: 2023年8月25日付Newsweek記事「Prigozhin's Death Caps a Terrible Year for Putin's Nationalist Base」、ほか)

8月24日、サンクトペテルブルクの「ワグネルセンター」前の仮設のプリゴージンらの慰霊碑に、手向けられたカーネーションの花とワグネル部隊のロゴが付いたワッペン(2023年8月24日付Newsweek記事「Wagner Group Vows 'Revenge' After Prigozhin's Death」より)
総帥を処刑され解体に瀕するワグネル、一部は復讐を誓う、親ウクライナ派からのラブコールも
反乱の収束から2ケ月、ワグネルは組織の総帥を処刑され、部隊は主要装備をロシア正規軍に返納させられ、部隊ごとベラルーシに追い出され、ロシア政府からの支援は断たれ、ベラルーシ政府の支援は最小限の状況下、ロシア正規軍への鞍替えやロシア政府の直属のワグネルの代替え組織への鞍替えを勧誘されている状況です。ワグネル部隊の将兵たちは、この2ケ月、かねてからロシア政府の冷遇には歯ぎしりしていたところ、とどめに今回No.1のプリゴージンに加えNo.2~3までを処刑され、憤懣やるかたない感情の模様です。以下のような報道がありました。
ワグネル部隊の将兵の憤懣やるかたない気持ちの一例と思われますが、ロシアのSNSテレグラムに"Wagner Play"というワグネルのチャンネルにて、プリゴージン暗殺についてプーチンの責を問うとともに、クレムリンに対する2回目の蜂起を誓うアナウンスがありました。テレグラムに投稿された画像には、ワグネル将兵と思しき2名の兵士が、 「プリゴジンの死に関する情報が確認された場合、私たちはモスクワで2回目の「正義の行進」を敢行する。」(="If the information about Prigozhin's death is confirmed, we will organize a second 'March of Justice' on Moscow! " と叫び、既に用意ができており、作戦行動を開始する旨を語りました。(参照: 2023年8月24日付Newsweek記事「Wagner Group Vows 'Revenge' After Prigozhin's Death」 )
また、ロシア正規軍の一翼を担ってウクライナ侵攻を戦ってきたネオナチ準軍事組織「ルシッチ」の指揮官は、8月21日にフィンランドで同組織の指導者が逮捕されたもののロシア政府が対応を取らないことに立腹し、このまま逮捕された指導者の釈放に取り組まないのであれば、今いる戦場から同軍事組織は撤退する、プーチン大統領あてに最後通告を出した、と報じられています。同軍事組織は2014年の東部2州ドンバス地域での親ロシア軍事組織のウクライナとの紛争の頃から軍事紛争を共に戦っており、ワグネル部隊とも関係が深かったことから、今回のワグネルをめぐる一連のロシア政府の動きにはワグネルに同情的であり、ロシア政府に対し我慢の限界が来ていた模様です。本件はISWも注視しており、ISWによれば、この「ルシッチ」の部隊が展開しているのが、現在反転攻勢の焦点になっているザポリージャ州西部のロボタイン~ヴェルボーブの線の地域であり、この地域の主力部隊の一つであった同部隊が戦場離脱することは、ロシア軍にとっては非常に大きな痛手となる模様です。
(参照: 2023年8月27日付Newsweek記事「Russian Neo-Nazi Paramilitary Group Issues Putin an Ultimatum: ISW」
更に、当初はロシア正規軍で戦っていたものの、ウクライナ侵攻の渦中でウクライナ側へ鞍替えしたロシア人義勇兵組織が、ワグネル部隊の残党の将兵たちに、「反プーチン連帯」をラブコールする、という事例もありました。 ウクライナ軍に所属するロシア人義勇軍団は、ワグネル部隊の将兵に対し、彼らの指導者であったプリゴージンの処刑に対する復讐するために、立ち位置を変えてウクライナ側につき、ともにプーチン大統領との戦いに参加するように勧誘してます。同軍団のカプースチン司令官は24日にビデオ画像をネット上にアップし、「諸君は、今、深刻な選択に直面している。このままロシア国防省の下でプーチンの犬となって無為な戦いを続けるか?あるいは、プーチンに復讐し元のロシアに戻すか?諸君らの賢明な選択を問う!」とワグネル将兵に呼びかけました。同軍団は、今年5月にウクライナと国境を接するベルゴロド地域にて、中途でロシア軍を見限ってウクライナ側に渡った2つのロシアの反政府勢力グループの1つです。
(参照(下の画像も): 20203年8月25日付Newsweek記事「Wganer Fighters Urged to Switch Sides by Pro-Ukraine Russian Soldiers」)

ウクライナに鞍替えしたロシア人義勇軍団の指揮官はワグネル残党を勧誘
同じようなウクライナに渡ったロシア人による反ロシア政府系の準軍事組織ロシア自由軍団は、より鮮明に反プーチンを前面に出してワグネル残党の将兵に呼びかけています。このブログの冒頭の画像がこのロシア自由軍団のものなのですが、明確にプーチン大統領を標的としており、反プーチンないし打倒プーチンを旗頭に、ウクライナや西側と組んででも大同団結してプーチンを排除すべし、という考えです。8月25日のツイートで次のように、プリゴージンの暗殺に言及し反プーチンの大同団結を訴えました。「プーチンが呼吸している限り、世界は危険に晒されている。この状況から脱するには、反プーチン連合が唯一の手段・方法である。我が義勇軍団の戦闘とロシアの自由運動もその一部である。我々の大同団結した共同の努力のみがプーチンを排除する唯一の方法・手段である。」("As long as Putin is breathing, the world is in danger. Now everything depends exclusively on the anti-Putin coalition, of which the Legion and the Freedom of Russia Movement are a part. Only our joint efforts can eliminate Putin.“)
(参照: 2023年8月26日付Newsweek記事「'Eliminate Putin': Target Placed on Leader by Russian Fighters」)
上記のように、プリゴージンの死は我々第3者の日本人からは想像がつかないほどロシア人にとってはエモーショナルな衝動があったようですね。私は個人的にプリゴージンに対しては良い感情を持てず、同情する気にはなれませんでした。しかし、ロシア社会において、声なき声のロシアの一般市民の中でも、国家の正統性やロシア民族・ロシア国家の歴史伝統等を素直に愛していた人々は、大統領が誰であれ国家のリーダーが国家の非常事態を宣言し、予備役の動員令などを出してウクライナとの紛争を指導している以上、国家の方向性を素直に信じてついて行っています。だから、予備役招集に応じて多くの若者が戦場に行ったわけです。(勿論、喜んでいったわけではないでしょうが。)彼らからすれば、当初の戦争指導がうまく行かずモヤモヤしていたところに、「モノ言う義勇軍」としてワグネル部隊が戦場に参列し、うまく行かなかった苦しい戦場を打開し、更に、一般市民がなかなか言えない国家指導部や軍指導部に対して口さがなく直言してはばからなかったプリゴージンは、ガス抜き的に一般国民のモヤモヤを解消する存在だった模様です。それが故に、そのプリゴージンが反乱を起こしてモスクワのクレムリンへの行進を始めた際に、沿道の市民が花を捧げたり一緒に写メを撮ってワグネル将兵を讃えたのにはそういう背景があったのですね。上記のワグネル残党やワグネルにシンパシーを感じラブコールを送るロシア人義勇兵らの心情が、これで何となく理解できました。
今だ!チャンスだ、ウクライナ!
ロシアがもめているうちにザポリージャ正面で突破の戦果を拡張し、トクマクを奪取すべし!
勝利の日は近い!
(了)


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