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2023/08/31

「プーチンを排除せよ!」: 総帥を処刑され解体に瀕するワグネル残党の怨念

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標的はプーチン(2023年8月26日付Newsweek記事「'Eliminate Putin': Target Placed on Leader by Russian Fighters」より)

刃向かう者、用済みの者を粛清する孤高のプーチン
 8月23日のプリゴージンの乗るプライベートジェットが墜落し死亡したとの報が、1週間前にありました。このプリゴージンの死亡について、各メディアがプーチン大統領の指金であろうとの推測の下、プーチン大統領のこれまでの「粛清」の系譜をまとめるなどの報道があり、プーチン大統領に楯突くとどうなるか、改めて内外に知らしめることになりました。元々の政敵や反対運動家などは勿論のこと、プーチンの権力基盤を支えるパトロンや政策の旗振り役、非常に親密であったかっての盟友までも、ひとたびプーチン大統領の逆鱗に触れると「粛清」され、それがロシア社会でも「背後にプーチンが」などとは報道されていないにもかかわらず、ロシアの人々には「一罰百戒」の教訓として映り、暗黙の内に恐怖の支配が敷かれているわけです。

 プーチンによる「粛清」と思われる例をあげると枚挙に暇がありません。今回の昨年2月のウクライナ侵攻開始以降でも、オリガルヒ(新興財閥)や科学者、技術者、軍幹部、政治家、官僚ら約40人の死が「事故」や「自殺」として片付けられています。従って、プリゴージンの飛行機墜落は、ロシアの一般市民から見ても、いわんやワグネル部隊の将兵から見ても、明らかに「事故に見せかけた処刑」と映ったでしょうし、ワグネル部隊の将兵には「警告」(=これは2ヶ月前の反乱の処罰だ。2度と刃向かうな。ロシア正規軍の管理下に入れ!)と受け止めたことでしょう。
(参照: 2023年8月25日付Newsweek記事「Prigozhin's Death Caps a Terrible Year for Putin's Nationalist Base」、ほか)

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8月24日、サンクトペテルブルクの「ワグネルセンター」前の仮設のプリゴージンらの慰霊碑に、手向けられたカーネーションの花とワグネル部隊のロゴが付いたワッペン(2023年8月24日付Newsweek記事「Wagner Group Vows 'Revenge' After Prigozhin's Death」より)  

総帥を処刑され解体に瀕するワグネル、一部は復讐を誓う、親ウクライナ派からのラブコールも
 反乱の収束から2ケ月、ワグネルは組織の総帥を処刑され、部隊は主要装備をロシア正規軍に返納させられ、部隊ごとベラルーシに追い出され、ロシア政府からの支援は断たれ、ベラルーシ政府の支援は最小限の状況下、ロシア正規軍への鞍替えやロシア政府の直属のワグネルの代替え組織への鞍替えを勧誘されている状況です。ワグネル部隊の将兵たちは、この2ケ月、かねてからロシア政府の冷遇には歯ぎしりしていたところ、とどめに今回No.1のプリゴージンに加えNo.2~3までを処刑され、憤懣やるかたない感情の模様です。以下のような報道がありました。

 ワグネル部隊の将兵の憤懣やるかたない気持ちの一例と思われますが、ロシアのSNSテレグラムに"Wagner Play"というワグネルのチャンネルにて、プリゴージン暗殺についてプーチンの責を問うとともに、クレムリンに対する2回目の蜂起を誓うアナウンスがありました。テレグラムに投稿された画像には、ワグネル将兵と思しき2名の兵士が、 「プリゴジンの死に関する情報が確認された場合、私たちはモスクワで2回目の「正義の行進」を敢行する。」(="If the information about Prigozhin's death is confirmed, we will organize a second 'March of Justice' on Moscow! " と叫び、既に用意ができており、作戦行動を開始する旨を語りました。(参照: 2023年8月24日付Newsweek記事「Wagner Group Vows 'Revenge' After Prigozhin's Death」 ) 

 また、ロシア正規軍の一翼を担ってウクライナ侵攻を戦ってきたネオナチ準軍事組織「ルシッチ」の指揮官は、8月21日にフィンランドで同組織の指導者が逮捕されたもののロシア政府が対応を取らないことに立腹し、このまま逮捕された指導者の釈放に取り組まないのであれば、今いる戦場から同軍事組織は撤退する、プーチン大統領あてに最後通告を出した、と報じられています。同軍事組織は2014年の東部2州ドンバス地域での親ロシア軍事組織のウクライナとの紛争の頃から軍事紛争を共に戦っており、ワグネル部隊とも関係が深かったことから、今回のワグネルをめぐる一連のロシア政府の動きにはワグネルに同情的であり、ロシア政府に対し我慢の限界が来ていた模様です。本件はISWも注視しており、ISWによれば、この「ルシッチ」の部隊が展開しているのが、現在反転攻勢の焦点になっているザポリージャ州西部のロボタイン~ヴェルボーブの線の地域であり、この地域の主力部隊の一つであった同部隊が戦場離脱することは、ロシア軍にとっては非常に大きな痛手となる模様です。
(参照: 2023年8月27日付Newsweek記事「Russian Neo-Nazi Paramilitary Group Issues Putin an Ultimatum: ISW」

 更に、当初はロシア正規軍で戦っていたものの、ウクライナ侵攻の渦中でウクライナ側へ鞍替えしたロシア人義勇兵組織が、ワグネル部隊の残党の将兵たちに、「反プーチン連帯」をラブコールする、という事例もありました。 ウクライナ軍に所属するロシア人義勇軍団は、ワグネル部隊の将兵に対し、彼らの指導者であったプリゴージンの処刑に対する復讐するために、立ち位置を変えてウクライナ側につき、ともにプーチン大統領との戦いに参加するように勧誘してます。同軍団のカプースチン司令官は24日にビデオ画像をネット上にアップし、「諸君は、今、深刻な選択に直面している。このままロシア国防省の下でプーチンの犬となって無為な戦いを続けるか?あるいは、プーチンに復讐し元のロシアに戻すか?諸君らの賢明な選択を問う!」とワグネル将兵に呼びかけました。同軍団は、今年5月にウクライナと国境を接するベルゴロド地域にて、中途でロシア軍を見限ってウクライナ側に渡った2つのロシアの反政府勢力グループの1つです。
(参照(下の画像も): 20203年8月25日付Newsweek記事「Wganer Fighters Urged to Switch Sides by Pro-Ukraine Russian Soldiers」)
親ウクライナ ロシア義勇兵
ウクライナに鞍替えしたロシア人義勇軍団の指揮官はワグネル残党を勧誘

 同じようなウクライナに渡ったロシア人による反ロシア政府系の準軍事組織ロシア自由軍団は、より鮮明に反プーチンを前面に出してワグネル残党の将兵に呼びかけています。このブログの冒頭の画像がこのロシア自由軍団のものなのですが、明確にプーチン大統領を標的としており、反プーチンないし打倒プーチンを旗頭に、ウクライナや西側と組んででも大同団結してプーチンを排除すべし、という考えです。8月25日のツイートで次のように、プリゴージンの暗殺に言及し反プーチンの大同団結を訴えました。「プーチンが呼吸している限り、世界は危険に晒されている。この状況から脱するには、反プーチン連合が唯一の手段・方法である。我が義勇軍団の戦闘とロシアの自由運動もその一部である。我々の大同団結した共同の努力のみがプーチンを排除する唯一の方法・手段である。」("As long as Putin is breathing, the world is in danger. Now everything depends exclusively on the anti-Putin coalition, of which the Legion and the Freedom of Russia Movement are a part. Only our joint efforts can eliminate Putin.“)
(参照: 2023年8月26日付Newsweek記事「'Eliminate Putin': Target Placed on Leader by Russian Fighters」)

 

 上記のように、プリゴージンの死は我々第3者の日本人からは想像がつかないほどロシア人にとってはエモーショナルな衝動があったようですね。私は個人的にプリゴージンに対しては良い感情を持てず、同情する気にはなれませんでした。しかし、ロシア社会において、声なき声のロシアの一般市民の中でも、国家の正統性やロシア民族・ロシア国家の歴史伝統等を素直に愛していた人々は、大統領が誰であれ国家のリーダーが国家の非常事態を宣言し、予備役の動員令などを出してウクライナとの紛争を指導している以上、国家の方向性を素直に信じてついて行っています。だから、予備役招集に応じて多くの若者が戦場に行ったわけです。(勿論、喜んでいったわけではないでしょうが。)彼らからすれば、当初の戦争指導がうまく行かずモヤモヤしていたところに、「モノ言う義勇軍」としてワグネル部隊が戦場に参列し、うまく行かなかった苦しい戦場を打開し、更に、一般市民がなかなか言えない国家指導部や軍指導部に対して口さがなく直言してはばからなかったプリゴージンは、ガス抜き的に一般国民のモヤモヤを解消する存在だった模様です。それが故に、そのプリゴージンが反乱を起こしてモスクワのクレムリンへの行進を始めた際に、沿道の市民が花を捧げたり一緒に写メを撮ってワグネル将兵を讃えたのにはそういう背景があったのですね。上記のワグネル残党やワグネルにシンパシーを感じラブコールを送るロシア人義勇兵らの心情が、これで何となく理解できました。


 今だ!チャンスだ、ウクライナ!
 ロシアがもめているうちにザポリージャ正面で突破の戦果を拡張し、トクマクを奪取すべし!
 勝利の日は近い!

(了)

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2023/08/26

「プリゴージン暗殺」報道に隠れたウクライナの快挙: 独立記念日にクリミア上陸作戦成功

プリゴージン搭乗機墜落・死亡・暗殺?の報、駆け巡る: ただし「やっぱり」感
 8月23日夜、モスクワの北西約300キロのトヴェリ州にてプリゴージンが搭乗したプライベートジェット機が墜落し、乗客乗員10人の遺体を収容した、との報がロシアから発され、「ワグネル代表プリゴジン氏、飛行機墜落で死亡か 搭乗者名簿に名前とロシア当局」(2023年8月24日付BBC記事)など、各国メディアの「プリゴージン死亡、暗殺か?」という報道が世界を駆け巡りました。

 ワグネルの総帥プリゴージンのほか、乗客乗員にはワグネルを実質的に統括してたNo.2、ドミトリー・アトキンス、武器の調達等で右腕として支えたNo.3のヴァレリー・チェカロフも同乗し、この墜落で3名とも死亡。これが単なる航空機事故ではなく、プーチンの命による暗殺であろうこと各国メディアが指摘しており、緻密な確認行為と不偏不党な戦況分析で定評のある米国のシンクタンク、ISW(戦争研究所)の分析でも「これは明確にプーチン大統領による暗殺で、これに続いてワグネル組織の解体となろう」(The Wagner Group will likely no longer exist as a quasi-independent parallel military structure following Russian President Vladimir Putin’s almost certain assassination of Wagner financier Yevgeny Prigozhin, Wagner founder Dmitry Utkin, and reported Wagner logistics and security head Valery Chekalov on August 23.)とまで明確に「プーチンによる暗殺」と断じています。ISWには珍しいことです。確かに、時を同じくして、プーチン大統領からウクライナ侵攻の総司令官を命じられ、一時期ウクライナ侵攻作戦の全権を握っていたスロビキン空軍大将が、プーチン大統領から現役職の航空宇宙軍司令官の任を解かれ、クビになりました。このスロビキン空軍大将は、プリゴージンの信が厚く、ワグネルの反乱時にも事前に承知していたらしいことは衆目の事実です。プリゴージンの反乱の際はプリゴージンを裏切って、終始沈黙を守りましたが、反乱後に拘禁されたらしく、一時動静不明になり、その後姿を現しましたが、明らかに閑職に追いやられ、クビを切られるのを待っている状態、と西側から見られていました。また、これも時を同じくして、ロシアからベラルーシに拠点を移したワグネル部隊も今や大幅に縮小している模様です。全盛期はロシア正規軍以上に最新鋭の武器・弾薬を誇っていたワグネル部隊は、小型携行武器以外の主要装備をロシア政府に返納させられ、いまや小銃・機関銃程度の小火器の武装しかありません。ロシア政府からの一切の支援は断たれ、貧しいベラルーシ政府からの支援はチョボチョボ。他方でロシア政府はワグネルに代わるロシア政府子飼いの新民間軍事組織を絶賛募集中で、当然ワグエル部隊の兵士大歓迎のため、そっちに流れており、今やワグネル部隊は事実上の骨抜き・解体状態です。こんなことがここ1週間の間に集中して起きています。これをただの偶然と読む人はおりますまい。ISWの分析の通り、トップ3名の暗殺に引き続き、ワグネル組織・部隊の解体のスイッチが押された、と見て間違いないでしょう。
(参照: 2023年8月4日付ISW記事「Russian Offensive Campaign Assessment, August 24, 2023」、ほか各紙)

 しかし、この世界を駆け巡った報道の受け止められ方は、「衝撃の大ニュース」ではなく「やっぱり」感に満ちていました。この報道に、米国のバイデン大統領のコメントもそうでしたし、日本でもNHKから朝日から読売・産経に至るまで、ほとんどの報道が言外に「やはり」感をにじませました。プーチンは飼い主の手を噛んだバカな犬=プリゴージンをぬくぬくと生かしておくわけがなく、やがて暗殺するだろうな、とは誰もが予想していたことでしょう。それが反乱後2ケ月経って、今、現実化した、というだけのこと。「やっぱりね・・・。」と。当初のニュースを報じた後は、フォロー報道もあまり衆目を集めないほどです。

 ちなみに、私も本ブログ上で予言していました。2023年6月29日付「プリゴージンの乱を治めたルカシェンコの腹」及び7月4日付「群衆に囲まれファンサするプーチン?! 反乱のダメージコントロールに躍起のプーチン」で、ほとぼりが冷めた頃にプーチンはプリゴージンをむごたらしく殺すだろう、と。まぁ、こんなの誰もが読んでいたことでしょうけど。そのくらいの、「やっぱり」感ですよね。

プリゴージン暗殺報道に隠れた快挙: ウクライナ軍が独立記念日にクリミア上陸成功の花火を挙げる!
 いやー、痛快なことが起きていました。前述のプリゴージン暗殺のニュースが飛び交っている同時期に、ウクライナがロシアから独立した記念8月24日のウクライナのロシアからの独立記念日の直前に、これに花を添える作戦が計画・実施されていました。独立記念日に花を添える一連の作戦は数個の隠密の特殊作戦からなり、詳細はウクライナも伏せていますが、公表した作戦は2つでした。8月23日に公表したクリミア半島オレニフカ付近ターカンクート岬におけるロシアの最新鋭地対空ミサイルシステム「S⁻400」やバスティオン対艦ミサイルシステムの破壊、及び翌24日に発表したオレニフカ付近への特殊部隊の2か所(オフレニカと近傍のマヤクという集落)への上陸作戦の成功です。(※実際の作戦は公表日の前に既に終了していますので、公表より半日以前の話であることにご留意ください。)

 この一連の作戦成功について、ロシア政府は一切コメントしていません。一方、西側報道はプリゴージン暗殺報道の余話的に、「ウクライナ “クリミア半島に一時上陸” 独立記念日に特別作戦」(2023年8月4日21時59分付NHKニュース)などのように手短かな単発報道でカバーしたのみです。

クリミア上陸部隊
ウクライナ独立記念日に戦果として紹介されたクリミア上陸を果たした特殊部隊(2023年8月24日付BBC記事「Ukraine claims Crimea landing for 'special operation' on Independence Day」より)

 私見ながら、それは見方が甘い。この「クリミアに上陸できた」ということの意義・重要性が理解されていませんね。これは、玄人的には非常にビックリな朗報です。「やっぱり」感のあるプリゴージン暗殺なんかより、余程インパクトの強いニュースです。
 ウクライナが公表した23日と24日に公表された2つの作戦は、ほかにもウクライナはいろいろやっていますが敢えて語っていません。語られた2つの作戦は、いずれもクリミア半島の西端の岬部分オフレニカです。ここには、ウクライナの黒海への海軍作戦や航空作戦全体の防空の中枢があります。ロシア軍の最先端の防空装備S-400 「トリウームフ」が統合防空システム及びバスティオン対艦ミサイルシステムが睨みを利かしていたわけです。このS-400 とは、ロシアの接近阻止・領域拒否(A2/AD)能力の核心的存在であり、米国を含むNATOもなかなか侵せない比類なき防空能力を持っています。こいつの存在があるがために、黒海での海上作戦や、いわんやクリミア半島への着上陸作戦は困難と言われてきました。おそらく、軍事経験のないエセの軍事アナリストはともかく、現役自衛隊幹部、元自のウォッチャー含め、玄人は気づいているはずです。このS-400を、特殊部隊が隠密裏にクリミア半島に着上陸し、破壊してきたのですよ。考えても見てください。「いやぁー、ちょっくら、北朝鮮の弾道弾発射基地のあるピョンチャンリに潜入しまして、弾道弾サイトの発射台を破壊してきました…」と言っているような話です。今回の「破壊」のダメージがどれほどか、すぐに復旧できる程度の小破なのかもはや修復困難な大破なのか、全く不明なので何とも言えませんが、クリミアのロシア軍にとっては致命的な大失態のはずです。更に驚くべきは、23日に公表したS⁻400破壊作戦の翌日の24日に公表したのが、その破壊作戦の後に行われた近傍の街オフレニカへの特殊部隊の特殊艇による上陸成功です。この際のシーンと思われる、非常に見えずらい画像ながら、夜中にオフレニカの街に上陸した特殊部隊員たちがウクライナ国旗を掲示している場面がSNSに出回っています。

 一部報道によれば、これらの特殊部隊の上陸は、高速特殊艇にて海岸に上陸し、次なる破壊目標(このオフレニカにはS-400やS-300などの防空システムのほか、様々なレーダーサイト、長距離~中距離ミサイル、対艦ミサイルなどのシステム装備が散在)の破壊を目指した作戦行動だった模様ですが、潜入に気付いたロシア軍との交戦に至り、ロシア兵数十名を殺傷したうえ、ウクライナ兵は死傷者なしで離脱しています。隠密を旨とする特殊作戦行動としては見本のような大成功ですね。
(参照: 2023年8月24日付BBC記事「Ukraine claims Crimea landing for 'special operation' on Independence Day」、同日Newsweek記事「Ukraine General Reveals Plans for Crimea」、同Newsweek記事「Ukraine's Amphibious Assault on Crimea Sours Putin's Big Moment」、同Newsweek記事「How Ukraine Pulled off Audacious Amphibious Crimea Landing」、ほか)
 
クリミア半島への上陸作戦の意義・重要性
 今回のクリミア半島上陸という特殊作戦の成果は、直接的には「ロシア軍のS-400 や対艦ミサイルの破壊」という、既に事実上の戦争状態のウクライナーロシア間においては日常茶飯事的な戦果ですが、この意義は重大です。クリミア半島は、黒海に突き出た半島というよりほぼ島ですが、ロシアが国際的な規範を無視したクリミア侵攻により、ウクライナから2014年に奪取し実効支配したほど、ロシアにとって戦略的な重要性を有する死活的国益の地域です。寒い国ロシアにとって、冬になっても凍らない黒海に浮かぶクリミア半島は、天然の良港・軍港であるセバストポリも擁し、まさに黒海上の不沈空母であり、ここを保持する者が黒海の自由航行を制する死活的な領土です。現在、ロシアは大穀倉国ウクライナの穀物輸出の主要ルートである黒海経由の航路の首根っこを押さえ、生殺与奪の権を握っています。その首根っこを押さえている根幹がオフレニカのS-400 だったわけです。そんな戦略的重要性のあるオフレニカのS-400の基地が潜入したネズミ部隊に破壊されてしまったわけですよ。しかも、翌日にもそのネズミに再び潜入されたわけですから。S⁻400による完膚なきまでの黒海の制空を前提に、ロシア軍の海上部隊も航空部隊も完全なる制海、制空を持っているもの、と思われていました。その厳重警戒しているはずのオフレニカが、なんとネズミに入られてしまったんですよ。連日にわたって。 しかも、ウクライナ軍事情報局長ブダノフ少将は、「今後もクリミア半島への水陸両用作戦による襲撃は計画している」と豪語しました。これは間違いなくロシア軍首脳部は上を下への大騒ぎ、プーチン大統領には大目玉を喰らっているはずです。

クリミア上陸成功のインパクト
クリミア半島上陸作戦のインパクト(ブログ主が作成)

 もう一つ、今回のクリミア半島への水陸両用作戦成功の間接的な成果として、これにより今後ロシア軍は相当な戦力配分をクリミア半島の対水陸両用作戦への厳重警戒態勢につぎ込まざるを得ない、というロシアに対するノルマを課したことでしょうね。私見ながら、それこそが、今ウクライナにとって何よりも最優先の課題である「2023年夏の反転攻勢の目標の達成」=「トクマクの奪取」に対する大きな助力になります。ロシア軍は、今ウクライナ軍の攻勢の主攻撃正面ザポリージャ州西部のロボタイン正面で突破されていることへの対応に大わらわです。南部戦線へルソン正面や東部戦線の各正面をはじめ、アチコチの正面からなけなしの部隊を抽出して、このロボタインの突破正面に後詰で当てがおうとしています。そんな折も折に、今回のクリミア半島への上陸をやられました。ロシア軍首脳部はプーチン大統領に「クリミアで2度と上陸されるんじゃないぞ!」「ハイ、了解しました。クリミア半島は厳重に警戒態勢を取ります!」とプーチンにどやされて大部隊を振り向けてクリミア警戒態勢を再編するでしょう。・・・ということは、ロボタイン突破正面に対する後詰部隊は薄くならざるを得ません。

 ね、言ったでしょ?主攻撃目標を取らせることが最大の目標であり、他の正面で助攻撃をすることによって敵部隊を他正面に拘束し、主攻撃正面に対する最大限の寄与をするものなのです。要するに、今回のクリミア半島への上陸作戦は、単に独立記念日に花を添える大花火だったのではなく、これによりロシア軍の相当な兵力をクリミアに釘付けにする、もって、主攻撃の突破正面での突破の「戦果の拡張」に資しているのです。

 あっぱれ!見事だ!ウクライナ
 クリミアというロシアの鼻の穴に指を突っ込んで、ロシアの鼻面を引きずり回せ!
 もって主攻撃正面ロボタインの突破の戦果を拡張し、9月中にトクマクを奪取せよ!


(了)

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2023/08/23

どうやら1枚目の殻を破ったウクライナ反転攻勢: 秋までにトクマクを奪取せよ!


どうやら1枚目の殻を破った模様
 現地時間2023年8月21日付のISWの戦況分析によれば、南部戦線ザポリージャ西部ロボタイン正面で「突破」を果たし、突破口地域を確保の態勢がとれ、「突破口の形成」ができた模様です。これを一般用語でありていに言えば、「ロシアの要塞陣地線の堅い堅い1枚目の殻を何とか破った」と言えましょう。ロシア軍は、当然のように突破された直後から何度か局地的な逆襲をかけていますが、いずれも「失敗」=ウクライナ側から言えば「撃退」した模様です。既に、同地にメディアの記者が入っているとの情報からも、同地が安全確保されたことの証左と言えましょう。
(参照: 2023年8月21日付及び22日付ISW記事「Russian Offensive Campaign Assessment」、同月21日付Newsweek記事「Russian Loses Ground as Ukraine’s Counteroffensive Makes Gains」より)

Robotyne as of Aug 21 2023
2023年8月21日付ISW記事Russian Offensive Campaign Assessmentより

戦況図からもロシアの陣地線を一定の幅をもって奪取し確保していることが確認できる
 上図は8月21日付のISWの戦況分析の図ですが、青色の示すウクライナ軍が今回の攻勢によって奪取した地域の中に、赤▲の連なる線が示すロシア軍が周到に準備していた防御陣地線が確認できると思います。これは、ロシアの第一線陣地線を突破でき、同地を確保できた証左です。ロシアの堅い殻を一点でのみ突破できたとしても、突破したばかりのウクライナ軍部隊が突破の成功直後で後続部隊から孤立し殻をかぶれずにいるところに、すぐ直近の左右のロシア軍第1線陣地からその突破点が圧縮されたり、頭上に砲弾は落ちてくるわロシアの逆襲部隊が突撃してくるわの乱戦状態になり、突破したと思ったのもつかの間、突破部隊が全滅させられることが考えられます。しかし、この図を見ると、既に奪取したロシア軍第一線陣地をクライナ軍が確保しており、攻撃築城により、ウクライナの陣地化していることが推察されます。しかも、突破し確保したロシア軍第一線陣地の正面が12⁻13キロにも及ぶので、ウクライナ軍突破部隊の突破正面の後方に後続部隊が集結し、超越交代できる十分な地積が確保されています。この青色地域のすぐ南に更なるロシア軍の第2線陣地が連なっています。突破して確保している旧ロシア軍第一線陣地をウクライナ軍の攻撃のための掩護陣地に使用し、この陣地を支援基盤にして、すぐ近くのロシア第2線陣地への攻撃ができ、この猛烈な援護射撃の下で、後続部隊が第2線陣地に対する突撃が敢行できる状況です。

目指せ!トクマク、2023年夏攻勢の目標だ!
 つい先日、8月18日付の西側のニュースとして、米軍の情報筋の見解として「ウクライナの今回の反転攻勢は立ち遅れており、今回の戦略目標であったメリトポリ奪取はできないだろう。」とのコメントが出回り、ウクライナ当局をはじめ西側諸国を落胆させました。私見ながら、「敢えてそんなことをこのタイミングで言うんじゃないよ!そんなの戦況図見りゃ誰だって分かるだろ!」という話ですよね。今回の攻勢でメリトポリまで取れれば、それは素晴らしい目標達成でした。しかし、西側供与の装備のウクライナへの到着・戦力化が延び延びになってしまったため、反転攻勢の開始が6月まで伸びてしまったことが致命的でした。この間に、ロシア軍は周到に陣地防御を構成する時間的猶予を持ちました。それだけ堅固な要塞への攻撃作戦ですから、時間がかかりますよ。なので、そこを割り引いて、7月~8月初の段階で、残り時間と秋の泥濘化による戦闘の膠着化を見据えて、秋の泥濘化までに奪取できそうで、かつ戦略的に価値のある攻撃目標を見直したはずです。それが、私見ながら、トクマクです。現在のロボタインからわずか20数キロ先です。先ほどの戦況図で言えば、下端中央に赤▲が半円状になっているところがありますが、これが守っているのが絵に入っていませんがトクマクです。

トクマクへ 2
(2023年4月10日付War Mapper掲載のロシアの防御陣地網の全体図にブログ主が加筆修正しました)

 上の図をご覧ください。加筆した青い矢印が二つありますが、左側が今年の攻勢の主攻撃方向です。矢印の先端がもう一つの地名の矢印が指す矢印とかぶっていますが、この地名の矢印からご説明いたします。左側の上から、今回の攻勢の主攻撃方向現在確保中の「ロボタイン」、次いで今回の攻勢の目標地域=「トクマク」(小さい赤▲が丸く囲んだ小さい円になっている地域がトクマクのロシアの陣地です。トクマクの周囲を囲んで要塞化しているのが分かります)、そして、ここまで今年の攻勢では手が届きませんでしたが戦略目標である「メリトポリ」です。次いで、右側の青い矢印が、今年の攻勢の助攻撃方向です。地名の矢印の上から順に、印の先端がこの正面の攻撃で現在突破・確保中の「ウロジャイネ」、ここからドネツク州とザポリージャ州の州境沿いに攻撃する方向で、その先に、次の地名の矢印のあるアゾフ海の大港湾都市「マリウポリ」です。
 主攻撃というのは、本攻勢の目標は、イコール主攻撃の目標であり、本攻勢の達成すべき目標です。今回は当初はメリトポリだったと思われますが、全般の戦況と残り時間とから、私見ながら、トクマクに修正したものと思われます。ここまで奪取できれば、秋の泥濘期になって再び接触線が膠着しますが、その接触線が態勢上優位と言えるギリギリの線だと思います。トクマクまで陥落できれば、戦闘継続のための支援元である西側諸国に対して「一定の成果」として納得してもらえる成果であろうと思われます。
 このウクライナ軍の主攻撃方向に、そうはさせじとロシア軍が、他の正面のロシア軍をここに転用し、戦力アップされようものなら、ウクライナ軍の主攻撃は苦しくなります。ウクライナ軍としては、そうはさせじと、主攻撃以外の他の正面に、ロシア軍を釘づけにして拘束する役割を果たすのが、助攻撃の役割です。今回絵に載せたのは、ウロジャイネ~マリウポリの攻撃方向のものだけですが、実は同時並行的に、東部戦線バハムート正面でバハムート奪回作戦、南部戦線の西側ヘルソン正面でもドネツク川の渡河作戦など、広域他正面にわたって助攻撃作戦が展開されています。これらをもってロシア軍は各正面に拘束され、横の連携が取れない形で、主攻撃正面の危急に際して予備隊を集結・運用できなくさせています。
 少し脱線しました。スミマセン。

 本題に戻ると、今、ウクライナ軍の急務は、8月下旬から9月一杯までの間で、何とかトクマクまで突破・確保することです。勿論、容易なことではありません。図の赤▲の防御陣地準備を見てお分かりの通り、トクマクまで攻撃前進するには、第2線陣地、第3線陣地まであり、特にトクマクの周囲は要塞化している模様です。しかし、逆説的に、トクマクまで行けば、そこから先はロシア軍の防御準備は構築されていません。この暑い殻をぶち破って、ウクライナ軍後続部隊をバンバンと送り込んで行けば、ロシア軍は拠るべき陣地もなく、潰走/敗走するしか道はありません。トクマクまで奪取できれば、形勢有利になるのです。
 昨年の夏攻勢でも、9月一杯までが組織的な作戦遂行の時期的限界で、10月になると雨季になり泥濘化のため、戦車・装甲車などをはじめ装輪車もぬかるみに足を取られて組織的作戦が遂行困難になります。それまでが今回の攻勢の時間的猶予です。.......

 頑張れ!ウクライナ!
 ロボタインからトクマクまで、後続部隊を押し出せ!
 トクマクを突破・確保せよ!
 勝利の日は近い!

(了)

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2023/08/16

反転攻勢の正念場: ロシアの要塞陣地を2コ正面で突破か?突破して後続部隊を突入させ戦果拡張すべし

ウロジャイネ
少々の地雷にも耐えるMRAPにて攻撃中のウクライナ軍歩兵部隊(2023年8月14日付Newsweek記事「Russia Loses 4,140 Troops in a Week as Ukraine Gains Ground: Kyiv」より)

ウクライナ軍、2コ正面で突破か?
 先週末にウクライナ軍は、2つの主要な攻撃正面において猛攻撃を敢行し、ウクライナのマリヤル国防次官が「一定の成果」と称した攻撃進展を得た模様です。
 14日の記者会見にて、ウクライナの国防次官はウクライナ軍がウクライナ南部のザポリージャ州における反転攻勢の作戦において「一定の戦果を得た」旨のコメントをしました。同じ戦果について、米国の研究所ISWの戦況分析やニューヨーク・タイムズ紙の報道でも、2コ正面で「戦術的に重要な前進を果たした」との評価をしています。また、ロシア側も一部地域がウクライナ軍に奪還されたことについて認めています。
 
 ちなみに私見ながら、ウクライナが猛攻でロシアの陣地を破れたとすれば、それは根性論ではなく、前回のブログで指摘した見えない戦場「電子戦」において、ウクライナ軍が局地的ないし時間限定的に、戦場における電子戦優位を確保した上での部隊の突撃だったのでしょう。実際、今回の攻撃正面にて、ウクライナ軍のHIMARSがロシア軍の主力火砲152mm自走榴弾砲「Msts」を撲滅した模様です。映像付きでの報道もありました。これは間違いなくウクライナの電子戦部隊が、ロシア軍の電子戦部隊の位置を標定し、位置情報を火砲部隊に伝えて撲滅し、局地的に数時間の電子戦優位を図った成果でしょう。ロシア軍の電子戦攻撃を受けずにHIMARSが正確あ射撃をかました成果ですね。
(参照: 2023年8月14日付読売新聞記事「ウクライナ軍、反転攻勢は「一定の成功」…ロシア軍精鋭部隊の一部は撤退か」、同日付Newsweek記事「Russia Loses 4,140 Troops in a Week as Ukraine Gains Ground: Kyiv」、同日付Newsweek記事「HIMARS take out four Russian Msta howitzers in perfect shot:Video」ほか)

二つの正面とは
 2つの正面とは、南部戦線東ザポリージャ西部のロボタインでの戦闘、及び、東部戦線南のドネツク州・ザポリージャ州の境界付近ウロジャイネでの戦闘、です。私見では、前者が今回の反撃攻勢の主攻撃方向で、現在の「オリヒフ」~今回突破した模様の「ロボタイン」から、ロシアの南部戦線の後方補給拠点になっている「トクマク」を経て南部の大都市「メリトポリ」に至る攻撃と推察します。後者が助攻撃方向で、今回の反撃の起点となったヴェリカノヴォシルカからドネツク州とザポリージャ州の境界に沿って今回突破した模様の「ウロジャイネ」、ここから南東にアゾフ海の主要港湾でもある大都市「マリウポリ」に至る攻撃と推察します。いずれの攻撃方向もロシアのウクライナ南部及びクリミア半島まで含んだ占領地域の政治経済及び軍事作戦の上で致命的な打撃となる攻撃方向であり、いずれも、ロシア軍のウクライナ南部及びクリミア半島へのロシア本土からの陸の回廊を遮断する戦略的な意義が高い攻撃方向です。とはいえ、主攻撃と助攻撃とに優先順を明確にしているのは、メリトポリとマリウポリでは、マリウポリがあまりにロシア本土に近く、ロシアは本土からの新たな戦力投入により逆襲/奪回を試みるでしょうから、同地の確保を継続するに必要なエネルギーは相当に大きくなりますね。よって、主攻撃はメリトポリ方向とし、マリウポリ方向は助攻撃として、助攻撃方向の攻撃が主攻撃のカバーとなり敵を拘束し掩護することによって、主攻撃の攻撃進展に寄与する、と考えて主攻撃と助攻撃を考察しました。

ここが正念場!秋までに何とかせめてトクマクまで攻略したい
 前回のブログで、「ウクライナ反撃再開2ケ月経つも進まぬ戦況: 頑強なロシアの要塞を突破せよ!見えない戦場『電子戦』」と題して、現在実施中のウクライナの反転攻勢は秋までに形勢有利なところまで進撃=地域の奪取をしないと今後の秋~冬で戦線が膠着し、西側の支援の継続的確保が危ぶまれる・・・というお話をしました。そう、まさに夏の今がウクライナの反転攻勢の正念場なのです。対するロシアは、昨年秋の戦線の膠着から今回の反転攻勢が始まるまでの昨年秋~冬~今春の9ケ月あまりの期間を活用して、膠着当時の接触線に沿って強靭な防御陣地を構築し、周到に防御準備をし、その防御陣地を数線にわたる障害と陣地からなる「要塞」にしました。これを攻め、その陣地線を突破するのは非常に厳しい闘いが要求されます。前回のブログで述べたように、この防御陣地を守るため、ロシア軍は電子戦で戦場を優位に保ってきました。故に、ウクライナ軍に西側諸国から供与されたHIMARS等の長射程砲が昨年秋から冬に大活躍したものの、最近あまり聞かなくなったのはロシアの電子戦優位のなせる技です。ロシア軍は現在の接触線を努めて長く保持する持久戦に持ち込もうとしています。数年、今の線を確保すれば、現在ウクライナを全力支援している西側の結束は徐々に崩れ、ひいては西側諸国自身が現接触線で妥協し、ウクライナに停戦を促す方向に傾くだろう、と読んでいるわけです。ロシアが標榜する戦略防勢は、ウクライナにとっては最も避けたい流れです。しかし、このままウクライナの攻勢作戦が進捗せず、「今年の秋に今回の攻勢の終着点として膠着戦になった際の接触線が、結局は反転攻勢前とあまり変わらなかった」ということになったら、ウクライナも勿論ですが、さぞや西側諸国も落胆することでしょう。その危機感から、秋までに一定の成果を得る必要がある、というお話をしました。

 ウクライナが今年の秋の泥濘期に作戦が鈍化し、仕方なく戦線が膠着する時期がやって来ます。その際に、今回の反転攻勢にて「一定の成果」を得て、ロシアとの接触線の状況が努めて形勢有利な状態で戦線の膠着を迎えたいものです。その一定の成果とは、前述した私見の通り、主攻撃方向における一定の成果ということであれば、「トクマク」まで攻略したいところです。トクマクまで進出できれば、長射程砲のHIMARS等により、ロシア本土~東部2州南部~ザポリージャ南部~ヘルソン~クリミアというロシア軍の命脈を維持する陸路の回廊、及びクリミアの主要部まで、その射程で十分にカバーできます。形勢上断然有利です。これなら西側諸国への成果PR度は十分です。

突破口ができたのならロシアの逆襲に留意しつつ、躊躇なく後続部隊を投入し戦果を拡張すべし!
 ISWの戦況分析も、この2コ正面で一部の地域の獲得については認めているものの、未だ慎重な表現のままです。すなわち、戦術用語でいう「突破口が形成されたのか?」の答えが出ない状態です。ISの戦況分析は非常に緻密な確認行為を取って不偏不党に分析しますので、まだ一部の地域の奪取はできたかもしれないが、第1線の陣地を突破したとは言えない段階のようです。今後の進展を含め、次は第一線の突破口を形成する段階です。陣地を破ってその陣地地域から敵を掃討して、陣地そのものを占領し、その陣地に応急的に攻撃築城を施し、応急的な警戒陣地の態勢を取って、更に前方の地域まで偵察・警戒部隊を出して間合いを切って「確保した」という状況にならないと、その陣地を確保したとは言えません。さもなくば、すぐにロシア軍の砲爆撃の雨あられを受け、更にロシア軍の逆襲部隊に襲い掛かられ、折角奪取した敵陣地が墓場になってしまいます。こうして奪取した敵陣地を確保し、後続部隊が更に前方に押し出せるようになって初めて「突破口の形成」と言えます。この突破口が形成できたら、あとは躊躇なく次々と後続部隊をぐいぐい押し出して、次なる陣地線へと攻撃を推進していかねばなりません。折角突破できたこの戦果を踏み台に、更に戦果を拡張しなければなりません。先ほどまでここにいたロシア軍第一線陣地守備部隊は、この陣地で掃討されたか、または後方に離脱したはずです。この逃げる敵に対して、追尾斥候をつけて敵情を解明し、サッサと次なる攻撃を仕掛けて戦果を拡張します。

 いやー、やっとこういうことが書けるようになりました。うれしい限りです。
 頑張れウクライナ!第一線陣地を突破できそうだ!
 行け行けウクライナ、突破を成功させよ!
 突破口が形成できたら、後続部隊を突入させ戦果拡張すべし!
 勝利の日は近い!

(了)

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2023/08/09

ウクライナ反撃再開2ケ月経つも進まぬ戦況: 頑強なロシアの要塞を突破せよ!見えない戦場「電子戦」

攻勢再開から2ケ月となるも攻撃進展は鈍いまま
 現在も激戦が続くウクライナ、6月以降ウクライナの反転攻勢が再開され接触線はジリジリと押してはいるものの牛歩の状態。なかなか容易にロシアの数線の防御陣地を突破できない模様です。下の図をご覧ください。北部戦線~東部戦線北正面や南部戦線ヘルソン正面が絵に入っていませんが、東部戦線から南部戦線の東側、ザポリージャ州正面がカバーされています。朱色の部分がロシアが占領している地域、紫色の部分がウクライナが攻勢再開後に取り返した地域、赤白の部分が攻勢再開により取ったり取られたりの地域(図を描いたBBCの説明では「ロシアの限定的な軍事的コントロールを受けてる地域」とされています)、白色(色を塗っていない)地域が攻勢再開の時点でウクライナに復帰している地域となっています。攻勢開始前の線は、実は前回のウクライナの攻勢がひと段落した11月から戦闘が膠着して接触線はほとんど変化がありませんでした。今回の攻勢再開で、相当の攻勢の成果が期待されましたが、2ケ月の攻勢を通し最も奥まで前進した地域(図中央右の紫色の一番厚い部分)で16キロの成果があったものの、図でご覧の通り結果的に紫色の地域だけが目に見えた成果で、赤白は今まさに戦闘中の地域というところですから、西側諸国が相当の支援をしているにも拘らず、攻勢再開によって攻撃進展して獲得した地域で成果を測れば、非常に期待はずれな成果と厳しい指摘を受けても仕方ありません。
Ukraine has made few gain
(2023年8月5日付BBC記事「Ukraine counter-offensive against Russia yields only small gains in first 2 months」より)

時間の経過は残酷に平等
 しかし、歳月人を待たず、ウクライナの攻勢も時間経過がボディーブローのように効いてきます。もうすぐ秋の雨季による泥濘期になり、更に冬には大地の凍る厳冬期を迎えます。そうなると攻勢作戦は秋の地表面の泥濘でストップし、冬の厳冬期の行動困難により、戦線は再び膠着戦に陥ります。攻めるに攻められないウクライナ軍。その一方、ロシア軍は現在確保している占領地の確保をより確固たるものにするため、防御陣地の更なる要塞化に時間を費やせます。陣地構築を時間をかけて重ねれば重ねるほど、防御力は増します。

 春には米国で大統領選挙キャンペーンが始まります。特に、米国大統領選挙キャンペーンの本格化がウクライナにとって鬼門です。野党共和党は、現バイデン大統領と与党民主党の推進する対ウクライナ支援をやり玉に挙げ、ウクライナ支援が米国にとって負担でありムダであるという争点を必ず持ち上げるでしょう。厳しい言い方をすれば、米国のみならず西側から多額の支援、特に新鋭の戦車・装甲車・長射程火砲を供与してもらいながら、攻勢を再開して2ケ月も経つのに、攻勢再開当時の接触線からあまり進捗がないようでは、今後の米国をはじめとする西側の対ウクライナ支援は土台から揺らぐ可能性があります。

 この残酷な時間の経過の中で、ウクライナが今為すべきことは、秋・冬の戦線の膠着化の前に、攻勢作戦に一定の成果を上げることです。具体的には、「形勢有利」と国際社会に評価してもらえるよう、一定の地域的成果を獲得すること、が急務です。
(参照: 2023年8月6日付ISW記事「Russian Offensive Campaign Assessment, August 6, 2023」、同月5日付BBC記事「Ukraine counter-offensive against Russia yields only small gains in first 2 months」、ほか)

戦況が進まない理由①: ロシア軍は数線の防御陣地で頑強に抵抗
 戦況が進まない理由は明確です。ロシア軍の「要塞」のような堅固かつ数線にわたる防御陣地による頑強な抵抗です。優勢な戦力を持つウクライナ軍の攻撃を、昨年秋から攻勢再開までの数ヶ月をかけて堅固に構築した数線の防御陣地で実に頑強に抵抗して、阻止しています。軍指導部のお粗末な作戦指導、指揮系統の乱れ、武器・弾薬の後方補給の枯渇など、様々なところに錆やガタの目立つロシア軍ではありますが、さすがにナポレオンやヒトラーの猛攻から祖国を守り切った老練な陸軍大国の底力を見せています。
Counter offensive in south
Russian fortified position
(2画像とも前掲BBC記事より)

 上図の上の方、薄い黒丸が衛星画像でBBCが確認した陣地の地点で、色が濃いのはその分、陣地強度が強く要塞化していることを示しています。

 具体的には、上の画の下の方、防御陣地の一例が示すように、上からAnti-tank ditchとあるのが戦車等の突進を阻止する対戦車壕、ここから250mにわたって数種の地雷を複雑に敷設した地雷原、次いでDregon’s teethとあるのが「龍の歯」と名付けられたピラミッド型の対戦車障害がびっちり並んでいます。ここから300mにわたってまた地雷原が置かれ、これらをかいくぐってやっとTrench-networkとある防御陣地の塹壕陣地です。塹壕陣地というのは、地面に穴を掘った射撃陣地と掩蔽部(シェルター)と指揮所を結ぶ交通壕の通路網です。敵の砲弾の雨が降ろうが、塹壕の中にいれば地面が防護壁となって直撃しない限り身の安全が図れます。塹壕陣地には携帯対戦車砲や機関銃などの直接照準火器の射撃陣地があり、これを交通壕で結び、兵士は警戒・射撃の時は射撃陣地で戦い、敵の砲弾が陣地に炸裂する際は、交通壕を通じてより堅固に掘られた掩蔽部に逃げ込み、身の安全を図りつつ戦います。そして、この陣地の後方にはArtillery positionとある、防御陣地を守るための迫撃砲や榴弾砲の陣地があります。こうした堅固な防御陣地の列が数線にわたって何層も組まれ、トクマクのような重要な拠点を取り囲んでいます。

 ウクライナ軍の進撃が滞っているのは、こうした防御陣地が数線にわたってあるため、苦戦をしているわけです。ウクライナ軍の進撃は、陣地にたどり着く前に対戦車壕や地雷原を克服しなければならず、この間に陣地や後方からの集中射撃を受けてしまいます。ロシアはここに攻撃ヘリも繰り出して、立体戦でウクライナ軍の進撃を阻止します。ロシア軍は、防御陣地の上空をカバーする局地的な防空レーダーと対空火器を配備しており、局地的な航空優勢を確保しています。すなわち、戦闘地域の上空はロシアが航空機を思うとおりに運用できる半面、ウクライナ軍はヘリや航空機で航空支援ができません。必然的に、地上部隊は航空支援のカバーなく、単身切り込んで行く形になります。

 このように、ロシア軍が周到に準備した非常に堅固な防御陣地を拠点に、頑強な抵抗をしているため、容易に進撃できない状況が続いているのです。

戦況が進まない理由②: ロシア軍は電子戦で西側供与の能力発揮を妨害
 戦況が進まない理由①の大きな裏支えになっているのが、目にはさやかに見えねども、ロシア軍の電子戦能力の復活です。特に、西側から供与された新鋭装備は、いずれもGPSを活用して自己位置や敵/目標の位置を標定して精密に誘導するようにできていますが、ロシア軍の電子戦部隊は、戦場におけるウクライナ軍側の使用周波数をモニターした上で、ウクライナ軍の連絡通信や位置情報確認のための信号通信やデータ通信など、ほとんどを無力化する妨害電波の投網を戦場に網羅します。よって、米国のHIMARSや英国のストーム・シャドウミサイル、米国のM1A2戦車、ドイツのレオパルドⅡなどなど、いくら最新鋭の西側の精密誘導兵器でも自己位置も目標位置が不確定になり、ミサイルや砲弾は制御不能に陥り、戦車等はネットワークでは戦えず、単車の視認情報で戦う第2次大戦当時の戦い方を強いられます。このロシアの卓越した電子戦能力が、ウクライナの攻勢に待ったをかけているロシアの頑強な防御戦闘を「見えない戦場」で支える大きな要因になっています。

 ところが面白いことに、ロシア軍の電子戦能力は、実は浮き沈みがあって、今現在はまた卓越した力を発揮していますが、ウクライナ侵攻の開戦当初は見掛け倒し状態。しかし、それ以前、特に2014年のクリミア侵攻当時は世界最強でした。その辺の経緯をお話しします。

 ロシア軍は、2014年のクリミア侵攻時にはサイバー攻撃と電子戦を巧妙に組み合わせてウクライナ軍の指揮通信を完全にマヒさせるパーフェクトゲームを展開しました。当時、ロシアのゲラシモフ参謀総長は、このサイバー戦、電子戦、諜報や偽情報を含めた情報作戦などの物理的でない作戦遂行の戦場での優越を世界にPRし、「今後の武力紛争はこうやるんだ」と誇らしげに「ゲラシモフドクトリン」なる勝利宣言をしました。その延長上にあったウクライナ侵攻において、侵攻当時のロシア軍の電子戦部隊は18,000名もの要員を配し、最新の電子戦装備を保有する自称世界最強の電子戦能力を誇っていました。

 これに驚愕したのは米軍です。米軍はクリミア侵攻で展開されたロシアのサイバー戦・電子戦・情報作戦の融合のパーフェクトゲームを目にして、作戦構想から電子戦の技術や器材に至るまで、ロシア軍との歴然とした差に愕然としたものです。・・・しかし、その後の数年で米国は巻き返します。ロシアのクリミア侵攻時の電子戦を当事者のウクライナ軍の経験を踏まえて徹底的に研究し、敵の電子戦攻撃に対する対策を講じ(防御的電子戦)、かつその上で敵に電子戦攻撃をかける(攻撃的電子戦)の新装備や作戦を開発しました。そして、ウクライナ侵攻前にはウクライナ軍に相当の電子戦の肩入れをしていました。これが功を奏しました。

 ウクライナ侵攻開戦当時、ロシア軍は世界一の電子戦能力を誇り、実は過信しており、ウクライナ軍の全ての作戦を電子戦攻撃で無力化できるという前提で、ウクライナの首都キーウ上空へのロシア軍機の侵入が容易にできるつもりの作戦を立案していました。しかし、実際には、ウクライナ軍の対電子戦能力が非常に高く、ロシアの電子戦部隊の手の内の裏をかき、侵攻初期の作戦においてロシア軍の電子戦に効果の高い防御的電子戦を展開し、むしろロシア軍に対して攻撃的電子戦をかけて辛うじてキーウを守り切りました。具体的には、ウクライナは国家を挙げて電子戦に取り組み、ウクライナ軍の通信の遮断や軍事衛星からのネットワークの妨害、一般の電話網や携帯電話通信などを遮断しようとしたロシアの電子戦・サイバー戦に概ね防護策を取って、一部で妨害されたものの、概ね守りきりました。特に、首都キーウの防空に関しては、対空レーダーや対空ミサイル等は無力化から免れ、ロシアの戦闘機、攻撃ヘリ等を過半数を撃墜できました。もってロシアは、取れるはずの制空権が取れず、キーウ攻略は航空カバーを受けずに上空は丸裸の状態の地上部隊のみの進軍となりました。結果はご存じの通り、キーウに向かう国道沿いで相当数の撃破された戦車・装甲車の列を晒しました。・・・さぞやプーチンは激怒したものと思われます。

 ここで、ロシア軍の電子戦部隊は当初の過信を猛省し、電子戦を組み立てなおしました。今回の6月からのウクライナの反転攻勢再開時には、西側の新鋭装備で押して来るウクライナの攻勢に対して、攻撃的電子戦により西側の新鋭装備の真価を発揮させない策を展開し、頑強な防御戦闘を実施しています。開戦当初の時点で電子戦部隊は、空中および防空レーダーを標的とする「クラスカ-4」、衛星信号を妨害する「ジテル」、携帯及び無線通信を妨害する「Leyer-3」などの超高性能な電子戦器材を開発し、装備化していましたが、これらは大型車両積載型の扱いにくい大物の装備で、装備数が少なく、機敏性や柔軟性に劣り・・・とうことはウクライナ軍から言えば発見しやすく撃破しやすい目標でした。結果的に、これらのロシア軍が世界に誇った電子戦器材はあまり大した活躍ができませんでした。

 これらの反省教訓事項を生かし、ロシア軍の電子戦部隊は、6月の反転攻勢開始までに大きく様変わりしています。前述の新鋭機材は使いますが、更に、電子戦器材を小型軽量・移動機敏なモバイルデバイス化し、かつ装備数を多く持つように編成し直しました。これにより、ウクライナ軍から発見しずらく撃破しずらい、警戒機敏な電子戦部隊へと生まれ変わり、反転攻勢の再開時には、全最前線にこれらの電子戦部隊が展開し、反転攻勢を受ける正面の局地的な電子戦優位を維持して、ウクライナ軍の優勢な西側最新鋭装備に電子戦で機能発揮を妨害し、ロシア軍の頑強な防御戦闘をサポートしているわけです。

打開策: トクマク奪取を追求すべし、その裏支えにロシア電子戦部隊を狙い撃て!
 さて、いよいよ結論部分です。
 攻勢再開2ケ月が経つも戦況が進まないウクライナ、そして間もなく秋・冬が迫ります。こうした状況下、ウクライナにとって急務なのは、秋・冬で戦線が膠着してしまう前に、特に秋の泥濘期の前に、米国はじめ西側諸国から見ても戦況の態勢上優位な目に見えた戦況成果=重要な中間目標を奪取することです。それは、例えば「トクマク」です。周囲の接触線全体を押し下げることは難しいですが、今進撃できているトクマク北40キロの紫色最深部のロボティネ南の正面の防御線を突破して、道路に沿ってトクマクまでググっと押し下げてトクマク陣地を突破し、トクマクを奪取するまで進撃すれば、これはロシアにとって非常に痛い重要拠点の喪失です。ここまで奪取できれば、ロシア本土からヘルソン南部やクリミア半島への陸の回廊の喉元にドスを突き付ける効果があります。

 いかにそれを達成するか?・・・その進撃をサポートするのが、「電子戦でロシアに勝つこと」です。
 無理なことを言っているように聞こえるかも知れませんが、実は今既に、ウクライナ軍は地道にロシア軍の電子戦部隊と見えない戦場で戦っています。

 現在戦闘中のウクライナの電子戦部隊は、ロシアの電子戦部隊から発信される妨害電波や信号などを見つけては位置を標定し、そこに精密な砲爆撃をかましてロシア軍電子線部隊を撲滅する作戦を展開中です。具体的には、ウクライナの電子戦部隊は、最前線の戦場にて、危険を承知で可搬のアンテナを仮設して電波情報を収集しています。しかし、ロシア軍も同様にウクライナの電子戦部隊やロシア軍の電子戦部隊を狙うウクライナの対電子戦の要員を付け狙っています。よって、電子戦部隊は電子戦攻撃をかましますが、妨害した直後に見つかる前に場所を移動して身の安全を図ります。これは電線部隊を狙う対電子戦クルーも同じで、彼らを見つけるためにアンテナを張りますが、これも相手に見つかるとすぐに弾が飛んできますので、見つかる前に場所を移動します。敵に対しては見つけたらすぐにその目標情報を伝えて射撃部隊に砲撃をかましてもらいます。これを、Move and counter-move (移動と対移動)というそうです。今、その見えない戦いをウクライナとロシアが双方で繰り返しているわけです。この電子戦においてウクライナ軍は今一度形勢を逆転するべく一定の成果を上げ、更なる成果を期待できるところまできています。2月以来の数字では100以上のロシアの電子戦システムを撃破しています。うまく行けば、今後の攻勢で進撃の戦果に現れてくる可能性があります。
(参照(下の画像も): 2023年8月5日付BBC記事「Ukraine's invisible battle to jam Russian weapons」) 
電子戦2
電子戦3
電子戦1
電子戦4

 米国はじめ西側諸国の軍事支援の中で、いろいろな装備の供与や技術移転が行われているわけですが、是非この電子戦についてなお一層の力を入れていただきたい。特に、ここに日本がお役に立てる、と思っています。いわゆる攻撃的な殺傷兵器の供与・技術移転については国内法規や政治的に中々難しいところがあるのだと思いますが、電子戦器材は見えない戦場であるがゆえに、目に見えて攻撃的や殺傷を伴うものではありません。それでも支援できるカテゴリーに入れるのは野党に反対されて難しいかも知れませんが、日本の電子戦能力は米国も一目を置くものを持っていますので、電子戦の領域で即効性のあるサポートをしてあげられないか、と期待を込めて提案します。

 ウクライナ軍には、西側供与の新鋭装備を擁する機甲戦闘旅団が12コまだ無傷で残っています。無傷で残しているのは、今これを突っ込ませるのは戦車の墓場となる、と戦況を読んでおり、行ける!と踏めるまでは運用できないのだと思います。しかし、戦場に電子戦優勢をカバーをかけてあげられれば、激烈な戦闘は避けられないながらも、かなりの進撃が期待できます。局地的な戦闘力の集中発揮をすれば、やれないことはありません。戦場に電子戦優勢のカバーをかけた上で、秋の泥濘期までにトクマクまで突破する、そんな可能性は十分あります。

 頑張れ!ウクライナ!
 秋までに目に見える成果を得て西側支援をつなぎとめよう!

(了)

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2023/08/04

ロシアの軍事ブロガー:ガーキンの暗躍とブログ人気、そして役割の終焉 

Girkin arrested
逮捕され裁判所でメディアのカメラの前に立つイゴール・ガーキン。この面構えはただモノではないですね。(画像: 2023年7月22日付The Guardian記事「Russian arrest of pro-war blogger likely to trigger fury in military, says UK MoD」より)

 今回は、7月20日に逮捕された軍事ブロガーのイゴール・ガーキンの半生の記事を読んで触発を受け、ガーキンの半生をたどりつつ、ガーキンを典型としたロシアの軍事ブロガーの役割について、私見を述べたいと思います。

ロシアの軍事ブロガーの役割とガーキン
 2022年2月下旬のロシアのウクライナ侵攻開始以来、米国の研究機関ISW(戦争研究所)はロシア軍の侵攻作戦の戦況を克明に分析・発信して、西側の有力な情報源になっていいます。そのISWがロシア軍の動向を知る情報源に使っているのが、ロシアのSNS「テレグラム」を通じて情報発信をしているロシアに軍事ブロガー達のブログです。軍事ブロガーたちは、政戦略レベルの次元の高い話題から、軍指導部や特定部隊の作戦方針の妥当性の議論、ある特定地域・特定正面での戦闘の現況などの局地的な話題まで、実に様々な話題を提供しています。ロシア軍の攻撃場面では、ここまで占領・確保した、という現地の地形地物を交えた画像等も提供しており、ISWはそれが本当にその場所で撮影された、その地域を占領している証拠になるかなどを確認しており、確証がある場合は「geolocationで確認している」旨の付記があります。

 上記は軍事ブロガーの発信の西側の利用の仕方ですが、私見ながら、ロシア政府にとっては使い勝手のいい情報発信ツールでもある、と考えられます。ロシアの国内メディアが政府発表以上のことを報道できないため、ロシア国民が戦況や作戦の方向性、その妥当性等をを知る唯一の手段が、軍事ブロガーの発信に委ねられている、と言えましょう。軍事ブロガーは、基本的に愛国者、正確には右翼タカ派のロシアイケイケ論者なので、その発信内容は正確な戦況分析というよりは情緒的、時にデマゴーグ的です。真実の追求・事実の報道というジャーナリズムの論理ではありません。自分の言いたいことを言っている自分本位のブログですから。

 そのブログの中に、軍関係者やFSB、政府関係者が意図的に流す情報、時には偽情報を、軍事ブロガーたちは自分の視点で喧伝してくれます。論理が右翼タカ派、超国家主義的なので、一般国民からすると行き過ぎも多いのですが、それ自体がかえって、一般国民にプーチン大統領や政府の方針が穏健・中庸的でバランスが取れているように受け止められる作用をしています。プーチン大統領や政府も、軍事ブロガーに代弁させたり、喧伝させたり、時に国民を煽ったり、とこれまでは都合よく使っていたわけです。

 この関係が、6月下旬のプリゴージン反乱とそれに続く軍事ブロガー・ゴーキンの逮捕によって、崩れ始めた模様です。これまで、軍事ブロガーたちは、時にプーチン大統領批判や政府批判を厳しく展開しても、政府は寛容に肯定も否定もせずに甘受してきました。しかし、プリゴージンの反乱を契機に、摘発・逮捕で報復するようになり、軍事ブロガーも戦々恐々の状態になっています。

ウクライナ侵攻以前のガーキンの経歴: 満州で暗躍した関東軍エリート将校もビックリ
 そんな軍事ブロガーの典型がイゴール・ガーキンです。
 2023年7月30日付VOA記事「Ricse and Fall of a Russian Ultlanationalist」にガーキンのこれまでの暗躍の経歴が記事になっています。 

 まあ、読んでビックリ。これまでガーキン自身について突っ込んで学ぶ機会がなかったので、まるで旧軍の関東軍エリート将校の満州での暗躍を彷彿とさせますが、残虐非道ぶりにおいて関東軍エリート将校の方がまだ善人でした。ここまで酷くはなかったろう、と思うほど、ガーキンの半生には驚かされました。驚きついでに、興味持ってネットで読める関連記事を漁って勉強させてもらいました。ガーキンはただの軍事オタクのブロガーではなく、元FSBの工作員で1990年代からロシアの地域紛争では必ず暗躍しており、例えば、今回のウクライナ侵攻のキッカケにもなったロシアのクリミア侵攻もウクライナ東部2州の親ロシア派武装勢力の武力闘争も、ガーキンが画策・指導していましたし、そんな中で起きたオランダ人が大勢乗客にいたマレーシア航空機の誤爆・撃墜事件もガーキンが深く関与しています。そんな男の経歴をロシア国民も知っての上で、そのブログを楽しみに読んでいたわけです。
 では、ガーキンのこれまでの暗躍の経歴を少しご紹介いたします。

 ガーキンは1970年生まれで、学生時代はモスクワ国立歴史アーカイブ研究所の学生であり、軍事史、特にロシア皇帝や軍の歴史を学び、ロシア民族の勃興と躍進に胸を躍らせ、後年の超国家主義者としての精神的支柱を形成したようです。
 そんなガーキンが、多感な10代後半から20代初めの頃にソビエト連邦の崩壊に直面、大いにショックを受けるとともに、極右サークルを結成し、強烈なナショナリズムに基づくソビエト軍国主義の偶像化と反ユダヤ主義、更に反西側民主主義の思想に燃え、新聞への投稿等を始めます。

in Donetsk, Ukraine, July 11, 2014
2014年6月、東部2州で暗躍していた頃のガーキン(Igor Girkin, center, arrives for the wedding of platoon commander in Donetsk, Ukraine, July 11, 2014).(前掲VOA記事より)
 20代に徴兵で軍歴が始まり、どの時点か不明ですがFSBの工作員になります。FSB工作員としての参加か前後関係が不明ですが、1991年のソ連崩壊に前後してチェチェンの独立をめぐる紛争に、また1992年のモルドバへのトランスニストリアをめぐる介入にも、現地住民を巻き込んだロシア軍の残忍な作戦遂行にガーキンが参加しています。また、1992年から1994年のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争にはセルビア人勢力に志願兵として参加し、この際、ヴィシェグラードでのボスニアのイスラム教徒の虐殺事件に関わっています。その後も、旧ソ連時代にロシアに従属していながら、ソ連崩壊後に独立ないし自治を標榜した各地の紛争に関わったようで、ある時はFSBの将校として、またある時はFSBであることを隠して志願兵として、各地の紛争地で独立派の現地住民を拉致・拘束し、拷問の上処刑するなど、本人はあくまで対テロ作戦の一環として奔走していつつもりでしょうが、許されざる悪行の数々を積み上げました。

 2013年に大佐に昇進した後、ガーキンはFSBを引退したことになっていますが、そこは定かではありおません。ウクライナでロシアの傀儡であったヤヌコビッチ大統領がユーロマイダン抗議行動で倒され、ロシアを離れて西欧になびこうとするウクライナに危機感を感じて、ガーキンはウクライナの各地で奔走し始めます。2014年、クリミア半島の親ロシア派ないしロシア人武装勢力に志願兵として身を置き、ロシアのクリミア侵攻時には、「クリミアの現地住民がウクライナから離れてロシアへの帰属を望んでいる」というクリミアの世論作りに奔走し、クリミア議会の議員を恐喝し、「クリミアはロシアへの帰属を望む」と決議をさせた張本人でした。この際、ある議員と支持者の青年を拉致・監禁し、拷問の上殺害しました。後年のインタビューでシャーシャーと殺害を認めています。更に、クリミアからウクライナ東部2州へ親ロシア派の勢力拡大に暗躍。クリミア侵攻の成功後も、東部2州にて親ロシア派武装勢力を主導し、国防大臣を任じています。事実上の独立国家のような存在になった東部2州で、小さな分離国家の国防相として、ガーキンは東部2州の親ロ勢力域内のウクライナの支持者を摘発・拉致・監禁・拷問をするとともに、親ロ派武装勢力の兵士で略奪や戦闘放棄などの犯罪者には拷問・処刑をしています。、ガーキンにしてみれば、ロシアを心から愛し、その加護を受けておきながらロシアを裏切るロシアからの分離主義者や犯罪者に対して教育の一環だった模様です。

JIT June 19, 2019
2014年のマレーシア航空機撃墜事件で2019年に合同捜査チームの調査でガーキンの犯行が検証された(Four suspects, including Igor Girkin, are shown on screen as investigators present their findings in the downing of Malaysia Airlines flight MH17, nearly five years after the crash, in Nieuwegein, Netherlands, June 19, 2019.)(前掲VOA記事より)
 2014年7月17日、オランダ人旅行者を満載したマレーシア航空機が何者かに撃墜され、搭乗者は全員死亡しました。同日にガーキンはSNS上でほぼ同じ時間、同じ上空にてウクライナの輸送機アントノフを撃墜した旨、発信しています。様々なデータからもガーキンが指揮する親ロシア派武装勢力の地域から発射されたロシア製のBUK地対空ミサイルがマレーシア航空機を撃墜したことが判明しており、民間機をウクライナ軍機と誤って撃墜したものと思われます。ガーキン本人はマレーシア航空機の撃墜については否認し、偽旗作戦または親ロシア武装勢力を非難することを意図した軍事行動であったと主張しています。しかし、犠牲者遺族や様々な国の裁判所から訴訟や逮捕令状が出ており、2022年には欠席裁判でオランダの裁判所で終身刑の判決が出ています。

 このマレーシア航空機撃墜事件をキッカケに、ウクライナの東部2州の親ロシア派武装勢力の行動について、ロシアが背後にいる、との国際的批判の高まりに応じて、ロシア政府は紛争への関与を否定するとともに事態の沈静化を図るため、目の上のタンコブであったガーキンや、自治政府の在東部2州のロシア人達を自治政府の権力のある位置から外し、指導権を東部2州地元の(ウクライナからの)分離主義指導者に挿げ替えました。プーチンにとって、東部2州地域=ドンバスで進行中の紛争や政治的な膠着状態を続けた方が好都合でした。ウクライナのクリミア半島を侵攻し、引き続いて東部2州の親ロ派によるロシアへの帰属を求める紛争という状態は、国際的批判を高め経済制裁に至りますが、ここで無理やり東部2州を併合する力技は避け、むしろ膠着状態を続けた方が、ウクライナに対しEU加盟やNATO加盟の欠格事由となる「係争中の国内問題を持つ」ことになるからです。

 しかし、これがガーキンには許せない「裏切り」に見えるわけです。大活躍していたクリミアや東部2州から引きはがされ、2014年後半にロシアに戻されたガーキン。これ以降、ガーキンは、ロシア政府、なかんづくプーチン大統領の事なかれ的な政策に激怒し、「プーチンはロシアの大義に対する裏切り者である」として、これ以降舌鋒厳しく政府やプーチン大統領に対する批判をするようになりました。
 
 時が過ぎ、ウクライナ侵攻の開始。ガーキンは、ウクライナは元々ロシアの一部であって密接不離の関係なのだ、と信じています。よって、ロシアから離れて西側に仲間入りしたがるウクライナ人の考え方を武力をもって引き戻すことが正しい、と思い込んでいます。ウクライナ侵攻開始後は、現行の作戦より更に圧倒的・積極的な攻撃作戦を標榜しており、侵攻初期段階の早期のキーウ陥落という戦略目標の獲得に失敗したロシア軍に対して憤慨し、彼の仲間の極右ナショナリストたちと共にプーチン大統領や政府首脳、軍事指導部の政戦略と戦争指導を「無能で準備不十分」と公然と批判を発信しました。その後も、思うに任せず長期化するウクライナ侵攻作戦について、作戦のあり方や指揮官の無能ぶり、今何が焦点でどうあるべきか、など緻密な分析と胸のすく直言で、ブログを読むロシア国民達の圧倒的な人気を博しました。他方で、ガーキンの主張はやはり行き過ぎの感があるのも国民には分かっていますから、かえってプーチン大統領や政府や軍指導部の方針や施策は中庸かつ穏健に映るわけです。ロシア国民はガーキンらの胸のすくブログを読んでガス抜きができつつ、しかしそれでも実際の政府や軍の方針には一定の理解を示して「従う」という素地を作っていたわけです。

 そうした持ちつ持たれつの関係は、今年6月下旬のプリゴージンの反乱によってターニングポイントを迎えます。プリゴージンの乱は束の間の夢、泡と消えました。ゴーキンは、反乱以前のプリゴージンに対しては全く評価しておらず、プリゴージンの政治的野心や現接触線をもって停戦を望んでいることに対して、厳しく処罰すべきだ、とまで嫌っていました。しかし反乱収束後のブログでは、この反乱はプーチン大統領を狼狽させ、ショイグ国防相やモスクワ市長ソビアニンらの発言力を低下させ、権力の再配分に一定の成果を得た、と評価しました。その同じブログで、もはや力の弱まったプーチン大統領に対して、プリゴージンやキリエンコを首班として擁立してプーチンを失脚させる宮廷内クーデターが起きる可能性がある、という自説をぶち上げました。これがキッカケだったかは不明ながら、タイミングとしてはこのブログが引き金となったろうと思われる、ゴーキン自身の逮捕となりました。要するに、プーチン大統領はもはや軍事ブロガーに思う存分の自説を許容する寛容さなど示さなくなったのです。ガーキンと関係の深かった者たちも逮捕されました。この一件が他の軍事ブロガーに与えたインパクトはさぞ強烈だったでしょう。もはや好き勝手にはブログを書けなくなったのです。今も、軍事ブロガーたちは戦況をブログに書いており、ISWでも日々参考情報として使われている模様です。しかし、軍事ブロガーたちはメッキリおとなしくなりました。ロシア政府の公表情報の補足的な情報発信くらいしかしなくなりました。要するに、プーチン大統領や政府にとって、ガーキンのように大統領や政府や軍指導部を公然と批判する軍事ブロガーは、もはや百害あって一利なし、必要なくなった、ということでしょう。

 ガーキンのような時代錯誤の工作員がチェチェン、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、クリミア、東部2州等の紛争を主導的にかき回し、生身の現代史を作っていたなんて、それが許され是とされるロシアという国家の民度の低さには驚くばかりです。こんな陰謀渦巻く国家が現に存在し、今も近隣国を侵攻している事態が続いています。こんな国にウクライナへの侵攻を成功させるわけにはいかない、との思いを改めて肝に命じました。

 こういう無法な国に武力による現状変更を許してはいけません。
 西側諸国を旗振りに、国際社会が一致団結して対処しなければいけません。
 ウクライナへの支援、これに尽きます。
 頑張れ!今がチャンスだ、ウクライナ!
 ロシアの薄皮防御陣地を突破せよ!
 勝利の日は近い!

(了)

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