海軍力のないウクライナがロシア黒海艦隊をコテンパンにしたゲリラ戦法

クリミヤ半島セバストポリの黒海艦隊司令部 (画像: 2023年9月24日付BBC記事「Ukraine claims Sevastopol strike hit navy commanders」より)
機能不全に陥るほどコテンパンにされた黒海艦隊
つい数日前、9月22日、ウクライナがクリミア半島セバストポリにあるロシアの黒海艦隊司令部に対してミサイル攻撃を行い、黒海艦隊司令官を含む黒海艦隊司令部の枢要な要員が死傷したことがニュースになりました。この司令官が死んだというウクライナ側の報道に、ロシア側は「否、生きている」と反論して、生きて動いている司令官の映像を大放出しています。
それはさておき、この報道からも分かるように、8月下旬から9月下旬にかけてウクライナのロシア黒海艦隊へのこうした飛び道具的攻撃がし烈に行われたことにより、クリミア半島セバストポリに根拠地のあった黒海艦隊はもはや艦隊機能を失っています。黒海艦隊の根拠地としての「母屋」ともいえる司令部機能や停泊・補給・整備等の後方機能は使えなくなりました。これは8月下旬にウクライナの特殊作戦部隊がクリミア半島に設置していた黒海海域全体の空域をカバーしていたロシアの防空ミサイルシステムの施設に対して、ミサイルやドローン攻撃で徹底的に破壊したことにより、ウクライナ空軍が黒海上空の一定空域まで侵入でき、英軍供与の空中発射ミサイルストームシャドウによるセバストポリに対する徹底攻撃を可能にしたことによります。黒海艦隊根拠地への徹底艇な攻撃により、黒海沿岸のロシア本土の別の軍港へ機能を移転したり、もはや黒海から避難している艦艇もあるほどです。結果的に、ロシア黒海艦隊そのものはもはや「艦隊」として機能できない状態となりました。
(参照: 2023年9月24日付BBC記事「Ukraine claims Sevastopol strike hit navy commanders」、9月26日付European Daily Monitor記事「Ukraine Using Asymmetric Countermeasures to Russian Power in the Black Sea」ほか) ※私の過去ログ、2023年8月26日付「「プリゴージン暗殺」報道に隠れたウクライナの快挙: 独立記念日にクリミア上陸作戦成功」、同9月18日付「ウクライナがクリミアを奪回する?: 狙いは主攻撃ザポリージャ正面の進展のための兵力転用阻止と兵站基盤の破壊」をご参照ください。
これまでのロシア黒海艦隊による黒海海域・空域の支配
これまで、ロシア黒海艦隊は黒海海域及びその上空の空域において、圧倒的な支配力を有していました。
特に、ロシアのウクライナ侵攻開始以来、黒海上に浮かぶ不沈空母クリミア半島の天然の良港セバストポリを根拠地としたロシア黒海艦隊は、黒海海域及び空域のほとんどを制海・制空を有してきました。黒海沿岸に西側に組する国を含む他国も存在するわけですが、黒海上の船舶の航行や航空機の航行はロシアの監視下にありました。よって、ウクライナは海上封鎖され、穀物輸送の商船を含め、ロシアに生殺与奪の権を握られていたわけです。この制海・制空を基に、ウクライナの陸上作戦に対する海上・航空からの攻撃や戦力投入はロシアの思うがままの状態でした。
この一見して絶対的存在だった黒海艦隊の存在が、今やガラガラと音を立てて崩れています。ウクライナ軍の8月下旬以来ここ1ケ月のクリミアへの攻撃により、この黒海の絶対的支配の状況が大きく変わったわけです。
注目すべきゲリラ戦法=非対称戦
ここで注目すべきことは、このウクライナの攻撃は海軍対海軍の「海戦」によってもたらされたのではなく、海軍力のないウクライナ軍が海上作戦ではなく、ゲリラ戦法で飛び道具を駆使してロシア黒海艦隊の海上・空域の警戒の網の目を破って、その奥深くのクリミア半島の防空基地や軍港、司令部に対する「飛び道具」による攻撃ができたことです。これは、軍事作戦のプロたちからすると、信じられないゲリラ作戦の成功です。通常、軍事というものは「優勝劣敗」といって、戦力優勢な者が戦力劣勢なものに勝つのが絶対的な原則です。勿論、「戦力」の構成要素は物理的な戦闘力のみならず、作戦の優秀さ狡猾さも戦力の構成要素ですから、ゲリラ作戦が優秀だったのでしょう。あの警戒厳重なクリミア半島に、その目をかいくぐって、よくぞゲリラ作戦を敢行できたものです。これはいわゆる正規軍対正規軍の作戦戦闘の原理原則では語れない、もはやディメンジョンの違う「非対称戦」の戦闘と言った方が正確なのだと思います。要するに、圧倒的に物理的戦力の違うロシア黒海艦隊に対して、正面からの軍事作戦を取らず、ゲリラないしテロ攻撃の反復により、ロシア黒海艦隊の圧倒的な物理的戦闘力の格差・優位性を突き崩す弱者の戦いを成功裏に遂行しているわけです。
ゲリラ戦法の具体論
ウクライナ軍のクリミアへの攻撃は、主として水上無人艇を基盤としています。これに加え、9月下旬のクリミア半島オレニフカに基盤を置くロシアのS-400防空ミサイル・レーダーのシステムに対する攻撃で機能不十分にさせました。また、ウクライナのオデッサと現在ロシアが実効支配しているクリミア半島の間に、蛇島と呼ばれる島やガス掘削プラントの海上タワーが数個ありました。これらがウクライナ侵攻以降ロシアに実効支配されていましたが、ウクライナの特殊作戦部隊が急襲、奪還し、この島やタワーを黒海上の拠点として使えるようになりました。これらを根拠地とし、一定時間の局所的なロシアの警戒監視網を遮断できるようになりました。これらによって、ウクライナ空軍爆撃機が黒海に一時的な侵入ルートを確保でき、英軍供与のストームシャドウミサイル等の空対地ミサイルがその性能を最大限に発揮できるようになり、水上無人艇のカミカゼ攻撃や、同艇からのカミカゼ無人機の発射など、様々な手段で攻撃しています。これらの神出鬼没の大活躍により、セバストポリの軍港のみならず、クリミア半島のあちこちでロシア軍の軍事基地や兵站基盤の破壊、及びロシア本土とクリミア半島を直接つなぐケルチ海峡のケルチ大橋の爆破などの大戦果を挙げているわけです。
しかし所詮ゲリラ戦法。黒海正面の劣勢を緩和したに過ぎず、この隙に陸上作戦で勝つべし!
しかし、これらのゲリラ戦法が戦果を挙げていると言えども、これにより黒海の制海・制空を獲得できたわけでも、クリミア半島の上陸作戦に繋がるわけでもありません。これらは、所詮は弱者が一矢報いて、一時的にロシアの制海・制空に機能不十分な穴を開けたに過ぎません。ロシアも当然、対抗策を取って来るし、当然のように壊れた機能を復旧しますので、一時的な機能不十分は時間の経過とともに復旧してしまいます。
要するに、これらのゲリラ攻撃の主眼は、黒海艦隊及びロシア軍クリミア駐屯部隊に対する一時的ないし一定期間の麻痺を起こすことで、黒海正面からのロシア海軍艦艇・空軍機による南部戦線のロシア陸軍の防御戦闘への航空支援やミサイル攻撃などを一定期間実施困難にさせ、ウクライナ軍の主攻撃である南部戦線ザポリージャ州ロボタイン正面の陸上作戦に、思う存分戦ってもらえるように助攻撃として寄与する、というものです。
やはり結局は、陸上作戦、特に「主攻撃である南部戦線ザポリージャ州ロボタイン主面において、当面のロシアの要塞陣地を突破し、トクマクを奪取する」ということが現在のウクライナ軍の統一的な「必ず達成すべき目標」ということですね。
頑張れ!ウクライナ
クリミア攻撃を継続して、黒海正面からの脅威を払しょくし、この間に主攻撃を進展させよ!
目指すはトクマク!トクマクを奪取せよ!
さすれば、西側諸国の「ウクライナ疲れ」も「払拭する。
夜明けはもうすぐそこまで来ている。
(了)


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