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2023/09/30

海軍力のないウクライナがロシア黒海艦隊をコテンパンにしたゲリラ戦法

黒海艦隊
クリミヤ半島セバストポリの黒海艦隊司令部 (画像: 2023年9月24日付BBC記事「Ukraine claims Sevastopol strike hit navy commanders」より)

機能不全に陥るほどコテンパンにされた黒海艦隊
 つい数日前、9月22日、ウクライナがクリミア半島セバストポリにあるロシアの黒海艦隊司令部に対してミサイル攻撃を行い、黒海艦隊司令官を含む黒海艦隊司令部の枢要な要員が死傷したことがニュースになりました。この司令官が死んだというウクライナ側の報道に、ロシア側は「否、生きている」と反論して、生きて動いている司令官の映像を大放出しています。

 それはさておき、この報道からも分かるように、8月下旬から9月下旬にかけてウクライナのロシア黒海艦隊へのこうした飛び道具的攻撃がし烈に行われたことにより、クリミア半島セバストポリに根拠地のあった黒海艦隊はもはや艦隊機能を失っています。黒海艦隊の根拠地としての「母屋」ともいえる司令部機能や停泊・補給・整備等の後方機能は使えなくなりました。これは8月下旬にウクライナの特殊作戦部隊がクリミア半島に設置していた黒海海域全体の空域をカバーしていたロシアの防空ミサイルシステムの施設に対して、ミサイルやドローン攻撃で徹底的に破壊したことにより、ウクライナ空軍が黒海上空の一定空域まで侵入でき、英軍供与の空中発射ミサイルストームシャドウによるセバストポリに対する徹底攻撃を可能にしたことによります。黒海艦隊根拠地への徹底艇な攻撃により、黒海沿岸のロシア本土の別の軍港へ機能を移転したり、もはや黒海から避難している艦艇もあるほどです。結果的に、ロシア黒海艦隊そのものはもはや「艦隊」として機能できない状態となりました。
(参照: 2023年9月24日付BBC記事「Ukraine claims Sevastopol strike hit navy commanders」、9月26日付European Daily Monitor記事「Ukraine Using Asymmetric Countermeasures to Russian Power in the Black Sea」ほか) ※私の過去ログ、2023年8月26日付「「プリゴージン暗殺」報道に隠れたウクライナの快挙: 独立記念日にクリミア上陸作戦成功」、同9月18日付「ウクライナがクリミアを奪回する?: 狙いは主攻撃ザポリージャ正面の進展のための兵力転用阻止と兵站基盤の破壊」をご参照ください。

これまでのロシア黒海艦隊による黒海海域・空域の支配
 これまで、ロシア黒海艦隊は黒海海域及びその上空の空域において、圧倒的な支配力を有していました。
 特に、ロシアのウクライナ侵攻開始以来、黒海上に浮かぶ不沈空母クリミア半島の天然の良港セバストポリを根拠地としたロシア黒海艦隊は、黒海海域及び空域のほとんどを制海・制空を有してきました。黒海沿岸に西側に組する国を含む他国も存在するわけですが、黒海上の船舶の航行や航空機の航行はロシアの監視下にありました。よって、ウクライナは海上封鎖され、穀物輸送の商船を含め、ロシアに生殺与奪の権を握られていたわけです。この制海・制空を基に、ウクライナの陸上作戦に対する海上・航空からの攻撃や戦力投入はロシアの思うがままの状態でした。

 この一見して絶対的存在だった黒海艦隊の存在が、今やガラガラと音を立てて崩れています。ウクライナ軍の8月下旬以来ここ1ケ月のクリミアへの攻撃により、この黒海の絶対的支配の状況が大きく変わったわけです。

注目すべきゲリラ戦法=非対称戦
 ここで注目すべきことは、このウクライナの攻撃は海軍対海軍の「海戦」によってもたらされたのではなく、海軍力のないウクライナ軍が海上作戦ではなく、ゲリラ戦法で飛び道具を駆使してロシア黒海艦隊の海上・空域の警戒の網の目を破って、その奥深くのクリミア半島の防空基地や軍港、司令部に対する「飛び道具」による攻撃ができたことです。これは、軍事作戦のプロたちからすると、信じられないゲリラ作戦の成功です。通常、軍事というものは「優勝劣敗」といって、戦力優勢な者が戦力劣勢なものに勝つのが絶対的な原則です。勿論、「戦力」の構成要素は物理的な戦闘力のみならず、作戦の優秀さ狡猾さも戦力の構成要素ですから、ゲリラ作戦が優秀だったのでしょう。あの警戒厳重なクリミア半島に、その目をかいくぐって、よくぞゲリラ作戦を敢行できたものです。これはいわゆる正規軍対正規軍の作戦戦闘の原理原則では語れない、もはやディメンジョンの違う「非対称戦」の戦闘と言った方が正確なのだと思います。要するに、圧倒的に物理的戦力の違うロシア黒海艦隊に対して、正面からの軍事作戦を取らず、ゲリラないしテロ攻撃の反復により、ロシア黒海艦隊の圧倒的な物理的戦闘力の格差・優位性を突き崩す弱者の戦いを成功裏に遂行しているわけです。

ゲリラ戦法の具体論
 ウクライナ軍のクリミアへの攻撃は、主として水上無人艇を基盤としています。これに加え、9月下旬のクリミア半島オレニフカに基盤を置くロシアのS-400防空ミサイル・レーダーのシステムに対する攻撃で機能不十分にさせました。また、ウクライナのオデッサと現在ロシアが実効支配しているクリミア半島の間に、蛇島と呼ばれる島やガス掘削プラントの海上タワーが数個ありました。これらがウクライナ侵攻以降ロシアに実効支配されていましたが、ウクライナの特殊作戦部隊が急襲、奪還し、この島やタワーを黒海上の拠点として使えるようになりました。これらを根拠地とし、一定時間の局所的なロシアの警戒監視網を遮断できるようになりました。これらによって、ウクライナ空軍爆撃機が黒海に一時的な侵入ルートを確保でき、英軍供与のストームシャドウミサイル等の空対地ミサイルがその性能を最大限に発揮できるようになり、水上無人艇のカミカゼ攻撃や、同艇からのカミカゼ無人機の発射など、様々な手段で攻撃しています。これらの神出鬼没の大活躍により、セバストポリの軍港のみならず、クリミア半島のあちこちでロシア軍の軍事基地や兵站基盤の破壊、及びロシア本土とクリミア半島を直接つなぐケルチ海峡のケルチ大橋の爆破などの大戦果を挙げているわけです。

しかし所詮ゲリラ戦法。黒海正面の劣勢を緩和したに過ぎず、この隙に陸上作戦で勝つべし!
 しかし、これらのゲリラ戦法が戦果を挙げていると言えども、これにより黒海の制海・制空を獲得できたわけでも、クリミア半島の上陸作戦に繋がるわけでもありません。これらは、所詮は弱者が一矢報いて、一時的にロシアの制海・制空に機能不十分な穴を開けたに過ぎません。ロシアも当然、対抗策を取って来るし、当然のように壊れた機能を復旧しますので、一時的な機能不十分は時間の経過とともに復旧してしまいます。

 要するに、これらのゲリラ攻撃の主眼は、黒海艦隊及びロシア軍クリミア駐屯部隊に対する一時的ないし一定期間の麻痺を起こすことで、黒海正面からのロシア海軍艦艇・空軍機による南部戦線のロシア陸軍の防御戦闘への航空支援やミサイル攻撃などを一定期間実施困難にさせ、ウクライナ軍の主攻撃である南部戦線ザポリージャ州ロボタイン正面の陸上作戦に、思う存分戦ってもらえるように助攻撃として寄与する、というものです。
 やはり結局は、陸上作戦、特に「主攻撃である南部戦線ザポリージャ州ロボタイン主面において、当面のロシアの要塞陣地を突破し、トクマクを奪取する」ということが現在のウクライナ軍の統一的な「必ず達成すべき目標」ということですね。

 頑張れ!ウクライナ
 クリミア攻撃を継続して、黒海正面からの脅威を払しょくし、この間に主攻撃を進展させよ!
 目指すはトクマク!トクマクを奪取せよ!
 さすれば、西側諸国の「ウクライナ疲れ」も「払拭する。
 夜明けはもうすぐそこまで来ている。

(了)

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2023/09/27

西側諸国の「ウクライナ疲れ」と戦うゼレンスキー大統領

戦うゼレンスキー カナダにて
9月22日、カナダで熱弁するゼレンスキー大統領(画像: 2023年9月25日付BBC記事「Ukraine war: How Zelensky is grappling with Western war fatigue」より)

 先週から今週と、ウクライナのゼレンスキー大統領は9月19日の国連演説、21日米バイデン大統領との会談、22日カナダのトルドー首相との会談、23日にはポーランド訪問など、西側支援の確実な維持・確保のため、精力的に動いています。特に一部の西側諸国に見られ始めた「ウクライナ疲れ」の払しょくには、時に感情的・挑発的な言葉も応酬しながらも、何とかソフトランディングさせながら、西側諸国からの引き続いての支援の確保のため、兵士達とは別の戦線で戦っています。
(参照: 2023年9月22日付BBC記事「A shadow of 'Ukraine fatigue' hangs over Polish politics」、同年9月25日付BBC記事「Ukraine war: How Zelensky is grappling with Western war fatigue」、ほか)

西側諸国に「ウクライナ疲れ」が散見
 西側諸国の「ウクライナ疲れ」の急先鋒は、ウクライナの隣国でこれまで一番親身で手厚い物心の支援を提供してくれたポーランドでした。キッカケは、ロシアに黒海経由での輸出が制限されているウクライナの穀物について、ポーランドが自国にはウクライナの穀物を輸入禁止の措置をとったことが発端です。これにゼレンスキー大統領は「ポーランドはロシアを助けている」と噛みつきました。これに対しポーランドのドゥダ大統領がウクライナを「助けようとする者を引きずり込んでしまう溺れている者("drowning person who could pull you down with it")」と称したことで、一時両国の関係は非常に懸念されました。実際、ポーランド国内では国家財政からのウクライナ支援・軍事支援に加えて、相互の市民が直接触れ合う避難民の受け入れなども進んでいますが、ポーランド高官から「ならばポーランドは今後ウクライナに対する軍事支援は中止すべし」とか、ポーランド市民から「ポーランドはここまで財政支援や社会サービスで支えてやっているのに、ウクライナ側は感謝の心が足らない!」、という言葉まで出ています。こういう国家間の言葉のボクシングが始まるとロクなことはなくて、ともすると、聞かずにいればいいものを聞いた以上は許せなくなってしまう感情の迷宮に入ってしまいます。

 こうした「ウクライナ疲れ」の症状が見られるのはポーランドのみではありません。各国の自国国家財政から相当な対ウクライナ支援を提供して足掛け2年となると、野党は選挙を見越して現政権への攻撃材料にウクライナ支援の問題を提起してきます。具体的には、近々で選挙を控えるポーランド(10月に総選挙)、米国、スロヴァキアなどで顕著に見られます。特に、最大の支援国であり来年大統領選挙を控える米国では、野党共和党が国民の支持獲得のため、現民主党バイデン政権の対ウクライナ支援を攻撃目標にしています。今回のゼレンスキー大統領の訪米に際し、ゼレンスキー大統領は米国から240億ドルもの支援を得ようと目論んでいましたが、バイデン米大統領から得られたのは3億2500万ドルでした。これは共和党がこれを許さず、予算をむぐって議会が紛糾しているからです。共和党議員は口々に「これは米国市民の血税だ!米国民のために使われるべきだ!」と。

戦うゼレンスキー大統領
 ゼレンスキー大統領も人の子なので、ポーランドとの一件のように一部感情的に「ロシアを助けているだけだ」というような言葉を発してしまったりしますが、元コメディアンなだけに基本的に「人たらし」がうまく、今回の「ウクライナ疲れ」への対応も、何とかソフトランディングするよう精力的に戦っています。

 一番行く末が懸念されたポーランドとの関係については、一時双方きつい言葉の応酬がありながらも、問題の渦中ですかさず訪米の帰途にポーランドに乗り込み、「これほど強い隣国があることを誇りに思う」と内外に良好な関係をPRしました。これに伴い、ポーランド側も既に発せられた厳しい言葉をわすれたかのように、ウクライナ支援に関する基本路線は変わらないことを明らかにし、矛先を収め始めています。しかし、元々ぎくしゃくした関係の発端となった穀物禁輸の件はそのままです。選挙戦の最中なので、またウクライナ支援が政争の攻撃目標とされることも十分あり得ます。

 他方、もう一つの「ウクライナ疲れ」の焦点である、最大支援国の米国ですが、ゼレンスキー大統領は、本訪米間に国連演説、バイデン大統領との会談に加え、米共和党のウクライナ支援の擁護派の有力者とも会談しており、何とか共感を得て共和党内のウクライナ支援懐疑派を懐柔してもらうよう要請しています。

 こうしたゼレンスキー大統領の大車輪的な外交活動をみると、先週の国連への出席・演説行の目的は、「国際社会へのロシアのウクライナ侵攻に対抗するウクライナへの理解・支援の獲得」、というよりも、「『ウクライナ疲れ』が見られる支援国に対する支援継続のお願い、或いはスキンシップによるフォロー」というものだったとも推察できます。まさに「戦うゼレンスキー大統領」でした。

展望: 「ウクライナ疲れ」の原因は?今後の行方は?支援を失ってロシアに敗れるのか?
 ウクライナの現在の対ロシア戦線での戦闘継続の源泉は間違いなく西側諸国からの軍事支援に全面的に負うています。西側諸国からの軍事支援なかりせば、継戦能力を失い、ジリ貧状態となってロシアに接触線を逐次に押されて、国土の大半をロシアに占領されてしまうでしょう。さて、このまま「ウクライナ疲れ」が西側諸国に蔓延して、ウクライナ支援から各国が歯が抜けるように脱落していくのでしょうか?

 私見ながら、そうはならない、と推察します。
 この「ウクライナ疲れ」は、本質的な各国の財政問題からの悲鳴ではなく、各国の「選挙」のシーズンにおけるっ区内政治的な政争の具とされている「ウクライナ疲れ」問題なのです。
 その典型的な例が先ほど触れたポーランドと米国です。
 ポーランドは10月に総選挙を控え、政権与党の「法と正義」党は支持基盤が弱く、10月の選挙前にウクライナからの安価な穀物が流入してくることに猛反対しているポーランドの農民の支持を得たいため、ウクライナ穀物の禁輸という措置を取らざるを得ませんでした。ウクライナの穀物は、本来なら黒海経由で中東やアフリカに出荷されるはずが、ロシアの黒海での海上封鎖及び出荷港湾へのドローン・ミサイル等による攻撃で行き場を失っています。その安価なウクライナ穀物がポーランドに輸入されると、競争力のないポーランド農家は大打撃を受ける状況です。野党もそこを突いてきています。選挙戦の一つの政争の焦点としてウクライナ支援問題を持ち出し、はや足掛け2年の支援をまだずっと続けるつもりか?多くの避難民もポーランド国内に受け入れて、これ以上更に支えるのか?と。政権与党も苦し紛れに禁輸措置をとったわけです。されど、多くのポーランド国民はウクライナが侵攻されている脅威を我が脅威(ロシアに対する)として肌で感じているため、基本路線はウクライナ支援は変わらないでしょう。事実、ベラルーシとポーランド国境近傍にワグネル部隊が集結したり、ポロポロと残党が国境越しに侵入してきている直接の脅威を受けています。従って、選挙の争点のネタとして「ウクライナ疲れ」問題が取りざたされ、支援の規模や供与の内容が見直されることはあっても、基本方針としてのウクライナへの手厚い支援という方向性は変わらない、と推察します。

 問題なのはポーランドより米国ですね。選挙の一争点のはずが、事実上の大転換になりかねません。
 米国の場合、現政権与党民主党から共和党に政権が変わった場合、というより、現バイデン政権から例えばトランプ前大統領が返り咲くようなことがあれば、世の中がひっくり返ります。米国の場合、大統領選挙で争点になった問題は、選挙公約の履行として圧し掛かるため、大統領の交代の機会に政策がガラッと一変します。日本がらみではTPPがそうだったですよね。ウクライナ支援に関しては、トランプ大統領になった場合、西側全体の支援の方向性が下方修正され、併せて、停戦の圧力をかけられ、むしろ停戦の手打ちを急ぐあまりロシアが納得するロシア寄りの解決に舵を切るでしょう。それはそれで、比較的短期に停戦となり、国際社会、特に国際経済の復興を早める効果はあるでしょう。しかし、そうした近視眼的な成果が出る反面、「力による国境のシフトは可能なのだ」、「国際社会は国際秩序・法の支配と協調よりも、力の支配や経済を回す方が優先されるのだ」という誤ったシグナルをロシアや中国・北朝鮮に発してしまいます。すいません、少し脱線しました。
 米国の大統領選の争点として、必ずやウクライナ支援の問題は出てくると思いますが、願わくば最大の争点とはならず、大統領候補が変な公約を掲げないように祈ります。

結局、「ウクライナ疲れ」の今後を占う最大の要因は前線における戦果です! 
 私見ながら、前述のような「ウクライナ疲れ」の問題が取り沙汰されることになるのは、ロシア対ウクライナの戦場における戦況がかんばしくないから、と言えましょう。例えば、今年の攻勢が昨年の反転攻勢のように、攻勢開始から戦況を覆して押せ押せで進んでいたら、「ウクライナ疲れ」という状況にはなっていないことでしょう。昨年の反転攻勢では、ロシアの突然の侵攻から1・2ケ月で、一時はウクライナの首都キーウにも北からあと数十キロまで迫り、北部戦線から東部戦線、南部戦線まで相当の地域をロシアに侵され占領されていたものを、ここから文字通り「反転」攻勢を開始し、形勢を巻き返してキーウ北方からは北部戦線まで一掃し、東部戦線もほぼ現在の接触線まで押しまくり、南部戦線も一度盗られたへルソン市を奪還しドネツ川の線まで押し戻しました。ウクライナ支援を開始してから1年近くにもなろうという頃、いわゆる「支援疲れ」的な議論は、昨年も米国はじめ各国でチラホラとは出ていました。しかし、ウクライナの善戦と思いのほかロシアが劣勢を挽回できないことで、西側諸国は越冬後の更なる反転攻勢作戦への全面的供与へと足並みを揃えました。ところが、今年の攻勢は今か今かと待たれる中、攻勢開始が6月下旬までずれ込み、加えて、開始したもののロシアの地雷原などの対戦車障害と要塞陣地に身動きが取れず、2ケ月かかってやっと8月下旬から、ロシアの何枚もある殻のうちの1枚目の殻である第一線陣地を突破口が開けられました。そして9月下旬までのひと月、じわじわと突破口形成からその突破口を拡大し、後続部隊を投入して、更にじわじわと奪還地域を増やしつつある状況です。しかし、とにかくスピードが遅くて成果が地味。戦況図的には一見4月・5月の頃の接触線とあまり変わらないように見えてしまう程じわじわとしか進まない戦況です。戦地からは遠く、脅威は薄く、いつもと変わらぬ安全な日々を送っている西側諸国からすれば、焦燥感にかられますよね。

 要するに、戦場における結果を出さなければ、換言すれば、ウクライナに有利な戦況進展がビジュアルに見えないことには、この「ウクライナ疲れ」は流行る一方でしょう。口で言うのは簡単ですが、ロシアの地雷原と要塞陣地を突破するのは容易なことではありません。この戦況を打開するには、…「卵と鶏ではどっちが先か?」というの話になりますが・・・、西側諸国からの更なる軍事援助を、戦場を打開する長射程砲、主力戦車、ATACMS(敵戦車を砲弾自らが捜索して発見・識別したら天井に命中して装甲を貫徹して撃破する無敵の対戦車するミサイル)、F-16等の主力戦闘機、等々の供与を、という話になります。西側諸国からの更なる軍事支援が先か戦況進展が先か?・・・。ここは、議論ではなく、支援をしてもらっているウクライナ軍が戦場で結果を出すことでしょうね。

 では、戦況進展が進まないのは、ウクライナの戦争指導がうまく行っていないのでしょうか?
 いえいえ、決してそんなことはありません。
 ロシアのウクライナ侵攻の日々の戦況分析を客観的かつ緻密に提供している米国のシンクタンク「戦争研究所」(ISW)の最近の総括レポートでは、「It’s Time for the West to Embrace Ukraine’s Way of War, Not Doubt It(西側がウクライナの戦闘要領について(疑わずに)受け入れるべき時である」と題して、ウクライナの戦闘の仕方は確かに遅いが着実に戦果を上げ適切である、と西側諸国も認めるべきだと主張しています。(2023年9月25日付ISW記事)
 例えば、米軍はウクライナの主攻撃であるザポリージャ州西部ロボタイン正面について、米国からは他の正面はさておき、主攻撃に全戦力を集中しての1点突破をすべし、との横槍がよく入るそうです。しかし、ウクライナは主攻撃進展のためにも、東部戦線バハムートをはじめ他の接触線の全正面での配備を怠らず、バハムート正面やドネツク州・ザポリージャ州の境界正面でも攻撃を仕掛けています。これにより、全正面でロシア軍を緊張させ、ウクライナの主攻撃ロボタイン正面へのロシア軍の増援・転用を許さない作戦です。

 ウクライナ軍にしてみれば、まだ泥濘化していなこの数週間が正念場です。ぬかるまないうちに、今回の攻勢の主攻撃目標であるトクマクまで近迫してもらいたいところです。

 頑張れ!ウクライナ!
 西側諸国の「ウクライナ疲れ」を戦場で結果を出して払しょくしろ!
 夜明けはもうそこまで来ている!

(了)

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2023/09/23

激戦ウクライナ: 地雷処理の痕跡に見るウクライナの国土回復の執念

craters.jpg
(画像: 2023年9月18日付BBC記事「War in Ukraine: Is the counter-offensive making progress?」より)

まずは、上の左右の画像をとくとご覧ください。
 左画像が8月21日の状況、右画像がほぼ同じ場所を地雷原の処理を終えた景況となっています。
 右画像の草原上のプツプツは地雷は発見した地雷を爆破処理し、クレーター状になった爆破処理の痕跡です。
 この画像は、2023年9月18日付BBC記事「War in Ukraine: Is the counter-offensive making progress?」に掲載されていたものです。全般状況の解説記事でしたが、私はこの画像に釘付けになりました。
 今回は、この1枚の画像から透かして見える激戦の状況、特にウクライナ軍の国土回復への執念について私見を述べたいと存じます。

地雷処理の痕跡から言えること
 重複を厭わず、前掲の画像について所見を述べます。
 左図と右図は時期が違えど、ほぼ同じ場所の地面の衛星画像です。場所は、現在ウクライナ軍が主攻撃方向として全力を挙げて攻撃をしている、南部戦線ザポリージャ州ロボタイン正面のヴェルボーブ付近の草原です。左図と比して右図の画像の景況の違いは、地面に開いたクレーターです。要するに、左図も右図も、この地域一帯にはロシア軍が敷設(地雷を仕掛けて埋設することを軍事用語で「敷設(ふせつ)」といいます)した縦深数百メートルx幅数キロに及ぶ広大な地雷原が広がっています。左右の画像の違いは、地雷処理の前後です。すなわち、左図は敷設した地雷が埋まっているが表面上は分からないただの草原に見える状態、右図はウクライナ軍が一つ一つの地雷を見つけ、一つ一つ爆破処理した痕跡がクレーター状になっていて、それが一面に無数に広がる黒い点に見える、というわけです。

 この画像を見て、曲がりなりにも陸上自衛隊の幹部として教育・訓練を受けた知見と、PKO等の海外勤務で他国軍と起居を共にした経験等からの所見として、2点ほど強く感じました。①この地雷原を処理したウクライナ軍の国土回復への執念、及び②ロシア軍の無責任な地雷敷設への反感、です。
 
①この地雷原を処理したウクライナ軍の国土回復への執念
 ロシアの防御陣地の構成は下の図のようになっています。
ロシアの防御陣地
(前掲BBC記事の画像に筆者が加工)

 「ウクライナの攻勢の攻撃進展が遅い」とよく指摘されています。この遅れの原因は、上の図のようなロシア軍の堅固な防御陣地に対する攻撃が難航しているためです。ロシア軍は防御陣地の陣前に、数百メートルに及ぶ地雷原、対戦車壕、対戦車障害物を多重に構成しており、ウクライナ軍がその対戦車障害帯を破る処理作業をするのを、ロシア軍は防御陣地から狙い撃ちで強靭な防御戦闘を展開しています。特に厄介なのが、正面幅数キロx縦深数百メートルに及ぶ広大な地雷原への対応です。ロシア軍は1平米当たり2~5個とも言われる密度でヤケクソのように不規則に地雷を埋めているため、この地雷原を克服するため、ウクライナ軍は少しでもロシア兵の目が届かなくなる夜間に、歩兵が暗闇の中を地面を這って地雷を捜索しながら前進し、見つけると1個1個、丁寧に爆破処理している、とBBC記事にありました。
 (ちなみに、私の6月3日付ブログにロシア軍の防御陣地について、当時の認識で書いていますので、細部はそちらをご確認ください。(2023/06/03付 「ウクライナ攻勢に備えたロシアの周到な防御陣地、恐るべし!」 http://fogofwar.blog.fc2.com/blog-entry-285.html ))

 地雷原の処理は、一般先進諸国軍の場合は、戦車に地雷処理用のローラーや処理鋤(潮干狩りの引っ掻き棒の大きい奴)を付けて、押し出していきながら触雷させ爆発させて処理します。しかし、地雷処理をしている戦車をロシア軍に狙い撃ちされて大破して戦車がそこに止まってしまうと、それ自体が攻撃側にとっては大きな障害物になり、負傷した兵士を後送するにも一苦労です。ウクライナ軍は、その処理法として、いろいろ試した揚げ句に前述のような歩兵による人力で地雷捜索・爆破処理をしている模様です。地雷の処理とは、地雷に手榴弾等の爆発物を添い寝させて、その爆発物を電気式の導火線で爆破させ、地雷を誘爆させるやり方と、射撃によって誘爆させるやり方があります。それを兵士が這って行ってやっているのですから、驚きと尊敬の念を禁じ得ません。這って行く兵士の身になっても見てください。そもそも敵陣地前で狙い撃ちされる場所ですよ。どこに地雷があるか分からない草むらに這って行って、捜索用の棒で地面を斜め前を刺しながら捜索するのです。対戦車地雷は一応100kgくらいの荷重がかからないと触雷・爆発しませんが、ロシアのことですから、禁止されている対人用地雷も混用しているでしょう。これまで何名の歩兵が狙い撃ちや地雷触雷で死傷したことでしょうか。その倒れた兵士を引きずって後方に下げて救護処置をしながら、次なる歩兵が撃たれた兵士を乗り越えて更に地雷の処理を続行しているわけです。こんな危険が待っている草むらへ這って行くのですから、ウクライナ兵士達は見上げたド根性です。この努力の積み重ねで、冒頭の画像のようにあそこまで処理したのですから、全く脱帽です。

 これは、我が国土、自分の家族の住む町や村の土地の回復のためだから、かくも危険な作業を丁寧にやっているのでしょうね。同じような作業を訓練で実施したことがあり、PKO等の現場で本物の地雷原で現地住民が触雷して足を飛ばされたりしたのを見ましたから、この地雷処理作業して自分の部隊の攻撃の礎にしているウクライナ兵士の心情は痛いほど身に沁みます。全く、見上げたものです。

②ロシア軍の無責任な地雷敷設への反感
 もう一つの所見として、ロシア軍の地雷原敷設に対して、そのあまりの無責任ぶりに強い反感を抱きました。
 世界の軍隊の常識として、地雷を敷設する際には、後にその地雷の位置を確認でき、安全に処理できるように、しっかり測量し地雷の位置一つ一つを図上にプロットする記録を残します。日本の自衛隊のように我が国土で戦う前提の軍隊は勿論のこと、米軍のように外地で戦う外征軍であれ、キチンとした軍隊はそうするのが暗黙の紳士協定です。地雷は表面上はどこに埋めたか分からないように敷設するため、戦後の国土の再生、地域住民の安全確保のため、地雷を敷設した軍隊が責任を持って地雷の敷設位置について申し送ることになっています。戦後、その土地が自国の領土になれば敷設した軍隊が自ら地雷を処理しますし、敵国が敷設した地雷であっても、敷設した敵国軍から地雷の位置をプロットした測量データをもらって国軍が地雷を処理します。もし、地雷を敷設した土地が停戦協定にて紛争国間の緩衝地帯とされたら、その地雷原はそのまま残されることになるでしょう。まぁ、今はまだ戦闘の最中ですから、敵に地雷の位置を教えるわけがありませんが、ロシア軍は伝統的に地雷の記録データをとらない模様です。

 その観点で言うと、ロシアの地雷の敷設の仕方は一級国の軍が敷設した地雷とは思えないほど雑然とし、地雷密度が濃かったり薄かったり、およそ無手勝流であり、地雷敷設が計画に基づき測量データに記録しているものとは思えません。恐らく、手あたり次第に適当に急場しのぎで埋設したもののようです。要するに無責任な地雷の敷設をし、埋めっぱなし。後でフォローするつもりなんか初めからなし。ロシアは(当時はソ連)、古くはベトナム戦争時の北ベトナムへの地雷敷設の教育訓練にて、後で処理が極めて難しい汚い地雷の敷設の仕方を編み出し、北ベトナム軍に伝授しています。対戦車地雷と対人地雷の混用に、更に汚い工夫を加えて、ワナ線等を用いたり、地図や無線器材など、思わず敵兵が持ち上げてしまう物をトリガーとして誘爆させるものなど、ありとあらゆる汚い手を使う地雷原の構成の仕方を北ベトナムは発展させました。それがベトナム戦争で米軍を泥沼に引きずり込みました。アフガニスタンへの軍事介入時でも同様でしたが、やがてアフガニスタン側がロシア(当時のソ連)に対して反抗し、紛争となり、アフガニスタンから最終的に手を引きますが、紛争間に敷設した地雷はやりっ放しで、前述のような責任を持った対応はしませんでした。全く同様なことが近年介入したシリアなどでも起きています。要するに、ロシアには地雷敷設に当たっての、主権国家として本来果たすべき責任に一切関知しない、自分の土地ではないので極めて無責任な「やりっぱなし」の状態です。
 であるがゆえに、ウクライナ軍は地雷処理に苦労しているわけです。

陸上自衛隊の地雷原爆破装置という手が使えれば
 ウクライナ軍が歩兵に夜間に地面を這わせて実施している地雷の捜索・処理を、敵の目の前であっても線的に地雷を爆破処理できる装備が自衛隊にあります。これなんか実際の戦場で非常に有効に使えると思うんですけどね。攻撃兵器ではないし殺傷兵器ではないの規則に抵触しなのではないかと思いますが、どうなんでしょう。今、ウクライナ軍が喉から手が出るほど欲しい装備だと思うんですけどね。
 陸自の地雷原爆破装置は、欧米の地雷処理と一線を画す方式です。地上発射のロケットに数百メートルもの長いロープがついていて、ロケットの弾道の方向にロープが引っ張られ、ロケットが地面に落ちる寸前に、ビヨヨーンと蛇行しているロープを発射機に括り付けたゴムが引っ張ると、蛇行していたロープがロケットの弾道方向にまっすぐに引っ張られて緊張します。このまま一直線にロープが地面に落ちます。この落ちた瞬間にロープは「爆索(ばくさく)」と言って、ロープ自体が爆破薬になっていてこのロープごと爆発します。このロープの爆破でロープの左右数十センチの幅でもし地雷があったなら、一緒に誘爆します。よって、数十センチの幅の数百メートルに及ぶ一直線の道ができるわけです。70式地雷原爆破装置という歩兵が手搬送できる軽易なものから、92式地雷原処理車という装甲車タイプのものもあり、前者は人員用の数十センチ幅の道ができ、後者はさらに強力なロケットで爆策に加えて26個の爆薬が数珠つなぎでついていて、この爆薬の爆発に伴って戦車が通れる幅の道が一挙にできます。

 こういう日本の装備がウクライナの戦場で貢献できるといいのですが、今のところ供与していません。攻撃装備に位置付けられているんでしょうか?こういうところは日本の防衛行政は固いんですよね。

頑張れウクライナ!
ウクライナの国土回復への執念を見させてもらった!
攻勢作戦の進展を心より祈る!

(了)

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2023/09/18

ウクライナがクリミアを奪回する?: 狙いは主攻撃ザポリージャ正面の進展のための兵力転用阻止と兵站基盤の破壊

クリミア攻撃
8月下旬以降のウクライナ軍のクリミアへの主要な攻撃 (2023年9月17日付BBC記事「Ukraine's Crimea attacks seen as key to counter-offensive against Russia」より)

要旨
 ウクライナが8月下旬以降ここ最近、クリミアに対してドローンやミサイル攻撃を激化させており、クリミア奪回?との見方も出ています。ウクライナ軍はクリミア奪回をするつもりなのでしょうか? 私見ながら、ウクライナの狙いは、あくまで当面の最大課題の克服、今夏の攻勢目標、主攻撃であるザポリージャ正面のトクマクの奪取であって、他の全ての正面の攻撃は「主攻撃」を進展させるための「助攻撃」です。他の正面でロシアを揺さぶることにより、他の正面にロシア軍を拘束し、主攻撃方向に対する兵力転用をさせないこと。主攻撃方向の攻撃進展こそが2022年2月の段階のロシア侵攻以前の国土の回復の早道であり、その次の目標である2014年以前の国土の回復につながるのです。

ウクライナは8月下旬以降クリミアを執拗に攻撃
 9月14日付BBC記事「Russian air defense system destroyed in Crimea, Ukraine says」などで報じられているところでは、ウクライナはここ最近クリミア半島に駐留しているロシア軍の防空システムや海軍基地を執拗なまでに叩いています。

スライド1
dry dock
画像上: ミサイル攻撃による爆発・炎上(2023年9月17日付Newsweek記事「Russia Moves Ships From Black Sea Following Strikes: Ukraine Official」より)
画像下: セヴモルザヴォド乾ドック修理施設の現場、黄色線で囲んだ部分に乾ドックで2隻の黒ずんだ艦艇が確認できます(※黄色の○は筆者が加筆、画像は2023年9月17日付BBC記事「Ukraine's Crimea attacks seen as key to counter-offensive against Russia」より)


 特に、今回の攻撃では、巡航ミサイルとドローンを使用してエフパトーリヤのロシア軍防空システムと、セバストポリのロシア海軍黒海艦隊に対し壊滅的打撃を与えています。黒海艦隊は、昨年4月に旗艦モスクワをミサイルで大破させられ、通年攻撃を受けていますが、ここ最近の集中的なミサイルとドローンの攻撃により、今回の攻撃で乾ドック(整備のため、艦艇をドックに入れ、海水を抜いて集中的整備をする施設)を狙われ、揚陸艦と潜水艦が大きな損害を受けた模様です。黒海艦隊は、もはやセバストポリでは艦隊の安全が保たれないため、ロシア本土のノヴォローシスク軍港に本拠地を移動しています。
 また、今回の攻撃で、クリミア半島に所在のロシアの防空システムも壊滅的な打撃を受けています。侵攻開始以来、黒海上に浮かぶ不沈空母のようになっているクリミア半島の戦略的な位置から、ここにロシア軍のS-400 をはじめとする防空システムが機能しているため、黒海上の制海及び制空はロシアが握っていました。黒海におけるウクライナ海軍・空軍の作戦行動及びウクライナからの穀物を積んだ商船の航行などの生殺与奪の権はロシアが握っていたわけです。しかし、今夏以来の集中的なクリミアへのドローンやミサイルの攻撃の成果で、状況が一変しています。8月23日に公表したクリミア半島オレニフカ付近ターカンクート岬におけるロシアの最新鋭地対空ミサイルシステム「S⁻400」やバスティオン対艦ミサイルシステムの破壊の報は、快挙でした。これにより、ロシアの黒海上の制海・制空は一時的にマヒ状態に陥り、その翌日にはクリミア半島のオレニフカ付近にウクライナの特殊部隊が2か所に対して上陸に成功しています。当然、ロシア軍は再び黒海上の制海・制空の睨みを利かすため、迅速にクリミア半島の防空システムを応急復旧していたはずです。それを、先週また攻撃され、壊滅的な打撃を与えました。
(参考: 前掲2023年9月14日付BBC記事に加え、9月17日付Newsweek記事「Russia Moves Ships From Black Sea Following Strikes: Ukraine Official」、ほか)

ウクライナの執拗なクリミア攻撃はクリミア奪取のためのクリミア上陸作戦の序曲か?
 ウクライナ軍のここ最近のクリミア半島への攻撃により、クリミアに既に黒海艦隊なく、黒海の制海と制空ににらみを利かせていた防空システムが機能していない状況です。ゼレンスキー大統領はじめ、国防省や外相らも「必ずクリミアを取り返す!」と発言しています。2023年9月14日付Newsweek記事「How Ukraine Could Take Crimea Back From Russia」、同日付同紙記事「「Ukraine's Crimea Operation Is Going to Plan」など、となると、これはクリミア上陸作戦を実施するつもりか?という見方すら出ています。

 しかし、私見ながら、ウクライナ軍がクリミア半島にノルマンディー上陸作戦のような着上陸作戦を実施する、というのは不可能です。それをするには相当数の揚陸艇、輸送艦艇をはじめ、それを支援する海軍艦艇が必要ですが、ウクライナにはそれがありません。では、陸伝いにクリミア半島へ?、いやいや、それができるためには、ザポリージャ正面やヘルソン正面で対峙する要塞で陣地防御するロシア軍を撃破しないと半島までたどり着けません。しかも半島は島に近いくらいの狭隘な通路で大陸とつながっている状況です。どう考えても、海伝いにせよ陸伝いにせよ、軍事作戦による直接的なクリミア奪還作戦というのは不可能に近い、と言えましょう。

ウクライナのクリミア攻撃の真意は主攻撃への寄与するための助攻撃、+兵站基地の破壊
 私見ながら、ウクライナの狙いは、あくまで当面の最大課題の克服、今夏の攻勢の攻撃目標は、主攻撃であるザポリージャ正面の「トクマクの奪取」が必ず達成すべき目標です。主攻撃以外の正面の攻撃は、「主攻撃」への寄与、すなわち主攻撃を進展させるための「助攻撃」です。他の正面で「この正面で突破しちゃうぞ!」と他の正面でロシア軍を揺さぶることにより、主攻撃以外の正面にロシア軍を拘束し、主攻撃方向に対する兵力転用をさせないことです。
 現在、主攻撃であるザポリージャ正面のロボタインでは、ロシア軍の第一線陣地を突破できましたが、そこに対してこれ以上抜かせまいと、ロシア軍は他の正面から部隊を転用して配備を増強したり、更なる障害や陣地の強化をしています。ウクライナ軍も、折角築いた突破口を塞がれないように、、確保した敵陣地を奪回されないよう、奪取した敵陣地を我が陣地として攻撃築城で陣地強度を増すとともに、この陣地を攻撃の拠点として支援射撃の陣地に使ったり、後続部隊を押し出したりしています。この主攻撃の進展こそが今夏の攻勢の焦点=正念場なのです。
 クリミアに対するウクライナ軍の攻撃により、ロシア軍は更なる警戒態勢を引かざるを得ず、また、損害を受けたゼバストポリの海軍施設の復旧や半島西部の防空システムの復旧などに勢力を裂かねばならなくなります。これにより、ロシア軍はロシアにとって非常に重要な地域であるクリミア正面からザポリージャ正面への兵力転用ができなるどころか、クリミア半島に一定の規模の警戒部隊の配置を増強を余儀なくされるわけです。
 また、クリミアは、ザポリージャ正面やヘルソン正面のロシア軍の第一線部隊の後方地域として、他正面からの転用部隊や新たに招集・徴兵した兵士のための集結・待機地域、あるいは前線で戦った部隊を戦力回復のための待機地域です。また、南部戦線ザポリージャ正面・ヘルソン正面で戦う第一線部隊のため兵站基盤です。ロシア本土から陸伝いに鉄道や輸送車両でケルチ橋を渡って、あるいは海伝いに輸送艦や貨物船等で海路から、物的戦力となる兵站物資を集積し、それぞれの正面に配送する兵站基地になっています。ウクライナ軍がこの「クリミアのロシア軍兵站基地を徹底的に叩く」ということは、ザポリージャ正面やヘルソン正面で戦う第一線部隊の新戦力となる交代要員や転用部隊などに人的損耗を与えて人的戦闘力を減じ、更に、武器・弾薬・食料・医薬品などの補給品や前線で壊れた武器・車両を整備を滞らせることで物的戦闘力を減じる、という相乗効果を生み、もって主攻撃正面であるザポリージャ正面のウクライナの攻撃進展を裏から支えています。

では、クリミアは奪回しないのか?
 恐らく、ウクライナが目指しているのは、クリミア半島に対する着上陸侵攻のような直接的な軍事行動による奪回ではありません。こうしたドローンやミサイルを主とした飛び道具的攻撃を執拗に継続することによって、まずこの地に現在入植しているロシア人をロシア本土に避難させることを促進すること。そして、ザポリージャ正面及びヘルソン正面などの南部戦線の後方地域として、ロシア軍の人的戦闘力、物的戦闘力の兵站基盤としての機能を果たせない状況に破壊し続けること。これらの相乗効果で、もって、南部戦線の後方地域・兵站基盤たり得ない状況にしてしまい、ロシア軍にこの地にいる意義を無くさせ、この地から撤退させることでしょうね。そうした遠大な、間接的な方法でのクリミアの事実上の奪回を目指しているものと推察します。

 頑張れ!ウクライナ、
 クリミアへの執拗な攻撃の効き目が出てるぞ!
 南部厭戦ザポリージャ正面、東部戦線バハムート正面で、またまた戦果が上がっている!
 主攻撃正面ザポリージャ正面で目標であるトクマクを陥落させよ!
 夜明けはもうすぐそこまで来ている!

(了)

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2023/09/13

ウクライナ攻勢の残り時間は30~45日?:攻勢は泥濘・厳寒期でも続けるだろう

Gen Milly
右が米統合参謀本部議長のミリー大将 (2023年9月11日付BBC記事「Ukraine offensive could have only 30 days left - US Army chief」より)

要旨
 秋の泥濘期・冬の厳寒期が迫る中、「攻勢作戦はあと30~45日」との認識が広がっていますが、泥濘・厳寒期にあってもウクライナは攻勢の姿勢は崩さず、総合戦闘力は発揮できずとも様々な形で攻勢作戦を続行する、と推察します。

「攻勢の残り時間は30~45日」発言
 米統合参謀本部議長ミリー大将は、9月10日日曜のBBCのインタビューに答えて、「ウクライナ軍は今まさに激戦中であり、ロシアの最前線を突き抜けて着実なペースで攻撃前進している。まだ反撃攻勢には妥当な時間的猶予がある。(秋の泥濘による作戦困難な時期が来るまで)作戦戦闘ができる期間が約30〜45日残っている。」と発言しました。(実際の発言: "There's still heavy fighting going on. …progressing at a very steady pace through the Russian front lines. … There's still a reasonable amount of time, probably about 30 to 45 days' worth of fighting weather left, so the Ukrainians aren't done. )ミリー大将が言ったのは「十分妥当な期間として30~45日残っている」という趣旨でしたが、捉えようによっては一部の報道のように「あと30⁻45日しかないと米軍トップが言った」という報道のされ方をしてしまいます。やはり「残り時間は30~45日しかない」というようなキャッチ-な見出しが世の人の目を捉えますからね。
(参照: 2023年9月11日付BBC記事「Ukraine offensive could have only 30 days left - US Army chief」、同年9月10日付Newsweek記事「US General Warns Time Is Running Out for Ukraine’ s Counteroffensive」、ほか)

現在の戦況はいかに
 最新のISWの分析にもある通り、主攻撃正面の南部戦線ザポリージャ州西部のロボタイン正面でウクライナ軍の着実な攻撃がじっくり進展するものの、ペースはゆっくりです。一方、助攻撃正面の一つ、東部戦線バハムート正面では一進一退。この正面ではロシアが局地的な攻撃を仕掛けてウクライナにゆさぶりをかけ、あわよくば突破してやろうと、かなりの精鋭部隊をつぎ込んで押してきています。これに対しウクライナ軍は防御する形で阻止していますが、最新の戦況では一部を奪取した、とも。・・・しかし、総じて言うとミリー大将の言葉通り、「激戦中であり、着実なペースで攻撃前進中」と言ったところです。主攻撃正面のロボタイン正面では戦勢を獲得していますが、何せロシアの対戦車障害と防御陣地のコンビネーションによる頑強な抵抗が根強く、攻撃進展のペースがカメの歩み状態です。
(参照: 2023年9月12日付ISW記事「Russian Offensive Campaign Assessment、September 12,2023」)

「攻勢の残り時間はあと30~45日」もなんのその、ウクライナは攻勢を続行する、と見た
 ミリー大将の指摘のように、秋の泥濘期になる前に、あと30日~45日間あります。秋の雨季がやって来ると、地表は泥濘化します。装輪車(タイヤで走る車両)は勿論のこと、キャタピラを履いている戦車・装甲車でさえ、泥濘期にはぬかるみにハマって動きづらくなります。よって、泥濘期には戦車・装甲車などの機動打撃力なども駆使した本格的な総合戦闘力を発揮した作戦戦闘が困難になります。さらに冬の厳冬期で戦闘は膠着化するのは仕方のないことです。よって、泥濘期以降は次なる厳寒期も含めて翌年の春になるまでの間、本格的な攻勢作戦は実施困難、というのが常識的な認識です。実際、認識の問題ではなく、物理的にそうならざるを得ない、と私も思います。
 
 作戦行動が困難で膠着戦となる、そんな時期のストーブリーグでは、西側諸国が相当な支援をこれまでつぎ込んできましたが、更に3年目になろうというこの長期戦を引き続き同様にこぞって支援し続けるのか?という各国の個別の事情や足並みの乱れが出てくることになります。米国の2024年の大統領選挙戦もこれに大きく影響を与えます。ここで重要なのが、戦闘が膠着する際のウクライナ軍とロシア軍の接触線のラインがいかなる状況か?ということです。戦況が有利なのか?不利なのか?もし、ウクライナにとって有利な戦況と言えるラインで膠着したのなら、ストーブリーグは西側諸国の支援を続けるか否かの議論はウクライナにとって比較的有利な戦いとなります。他方、膠着した際の接触線のラインがどう見てもウクライナにとって不利=ロシアが有利な状況なら、ストーブリーグはウクライナにとって厳しい闘いになります。来春までに支援戦線から離脱する国、支援規模をガックリ減らす国、などが出てきます。特に、米国の大統領選挙の候補者たちの論戦のネタになります。

 であるがゆえに、私見ながら、ウクライナは泥濘期になっても「攻勢はここで一旦停止します」とは言わないだろう、むしろ、攻勢作戦の旗を降ろさず、様々な形で細々と続行するだろう、と推察します。これはウクライナが意固地なのではなく、戦況を見通して残り30~45日でどこまで攻撃進展が進むかを踏まえると、そこで旗を降ろす訳にはいかないからです。

 まず何よりも、現在の主攻撃正面を中心とした攻撃の進展が焦点です。ウクライナにとって有利な戦況とは何か?それは欲を言えば主攻撃正面が進展して戦略都市メリトポリまで奪取すること、です。しかし、1ケ月あまりでできる話ではありません。よって、メリトポリの手前の重要拠点であるトクマクを奪取することが現在の攻勢の攻撃目標であろうと推察します。今後とも、ウクライナは必死に主攻撃正面での攻撃進展に取り組むでしょう。しかし、望ましい攻撃目標のメリトポリまでは遠く及ばず、必ず達成すべき攻撃目標であるトクマクまでも届かないかもしれない。「トクマクまで届かなかったが泥濘が始まったので仕方がない」と攻勢の旗を降ろすでしょうか?泥濘期には、戦車・装甲車・装輪車は行動困難ながら、攻撃を続ける他の方法・手段がないかというと、いろいろ手があります。例えば、後方地域で足場を確保した砲兵火力、或いはミサイル・ロケット、更に自爆型ドローンをもって、敵陣地に砲弾の雨を降らしたり、敵の重要な補給拠点などを狙い撃ちで撃破することは十分継続できます。また、そうした砲撃を援護射撃に得て、泥濘でも比較的行動が自由な歩兵による攻撃はできます。特に、ロシアの防御陣地は、龍の歯や対戦車地雷、対戦車壕による対戦車障害を前に置き、地面を掘った塹壕陣地がロシア軍の主陣地となります。歩兵にとって最もその能力を発揮できる迂回・浸透攻撃を駆使できます。更に、電子戦・対電子戦など指揮・通信・データ通信・自己位置標定や目標への誘導について、我が行動の自由を確保しつつ、敵の行動を妨害する戦いは続きます。加えて、戦場における戦闘のみならず、情報作戦やサイバー戦などは当然続きます。要するに、本格的な総合戦闘力を発揮は困難であっても、攻勢を続行する姿勢を崩さず、地味に攻撃を継続してトクマクを目指すのではないか、と推察します。

 このため、まず泥濘期の前に残る30~45日の期間で、主攻撃方向に最大限に総合戦闘力を集中発揮してトクマクを目指し、トクマクまで届かずとも努めて近迫するよう、攻撃進展を追求するでしょう。そして、雨季になり泥濘期になっても、行ける限り総合戦闘力を発揮して前進し、戦車・装甲車が動けなくなったら、歩兵を中心とした攻撃に移行して、トクマクを目指して攻撃戦闘を継続するでしょう。勿論、どう考えても、もはや組織的な総合戦闘力発揮は無理で、大規模な攻撃作戦はできません。しかし、ウクライナにとって大事なのは、侵略軍であるロシア軍を国土から排除する攻勢の旗を降ろさない、という攻勢続行の姿勢と、地味な攻撃進展を続けることで西側諸国にウクライナの姿勢と攻勢のモーメンタムをPRすることでしょう。


 頑張れ!ウクライナ
 あと30~45日、泥濘期になるまで押して押して押しまくれ!
 泥濘期に入っても、あらゆる手段・方法で攻撃を続け、トクマクを目指せ!
 その攻勢の姿勢、攻撃のモーメンタムは必ずや西側諸国の協賛を得られる、
 嵐はやがて晴れ、夜明けは必ず来る! 

(了)

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2023/09/10

ウクライナの劣化ウラン弾使用をロシアが糾弾: 実はクラスター弾問題と同様ロシアも使用

ウクライナの劣化ウラン弾使用をロシアが厳しく糾弾、米国は反論
 2023年9月6日ロシアはテレグラムにて、同日に発表された米国の約10億ドルのウクライナ支援のパッケージの中に、米国のM1エイブラムス戦車の砲弾として劣化ウラン弾が供与されることに強く反発、劣化ウラン弾を「非人道的」、「将来の世代に十字架を課す」、「動く放射性雲を作る」などと非難しました。

 ウクライナ軍の劣化ウラン弾の使用については、実は既に本年3月に英国が主力戦車チャレンジャーを供与した時から、その戦車砲弾として劣化ウラン弾の供与は始まっていて、既に戦場で使用されています。ロシアは、本年3月の時点でも、英国の劣化ウラン弾供与に対して、今回同様に厳しく糾弾しました。ちなみに、英国は比較的冷ややかに供与についての英国の考え方をメディア等を通じて発しており、一定期間でロシアの反発は沈静化しています。

 今回のロシアの反発を受け、米国国防省の報道官は、米国疾病対策センター(CDC)の見解として「劣化ウラン弾に発ガン性を懸念する問題はなく、世界保健機関(WHO)や国際原子力機関(IAEA)の見解でも劣化ウラン弾が使用された過去の戦場地域の住民に白血病等のガンの増加等は見られておらず、健康被害や環境汚染を示す証拠や事実がないこと、などを説明し、反論しています。
(参考: 2023年9月7日付NHKニュース「米政府 ウクライナに劣化ウラン弾の供与を発表 ロシア側は反発」、同日付時事通信記事「ロシア、『非人道的』と批判 米のウクライナに対する劣化ウラン弾供与」、同8日付CNN記事「劣化ウラン弾の健康リスク、米国防総省がロシアに反論」、ほか)

depleted uranium shell
劣化ウラン弾の構造(2023年9月7日付Kyiv Post記事「EXPLAINED: Why Russia is So Upset with Latest Depleted Uranium News」より)

そもそも劣化ウラン弾とは?
 劣化ウラン弾とは、主として戦車砲弾に使用される砲弾なのですが、敵戦車の堅い装甲を貫徹する弾体に比重の重い重金属として劣化ウランを弾の芯として使用しています。陸上戦闘においては、戦車は無敵の乗り物です。第1次世界大戦で戦場に戦車が現れて以降、各国の軍隊は、敵の砲弾や射撃にも耐えうる堅い装甲を研究し、一方、その装甲を何とか貫徹する対戦車砲弾を血眼で研究し、その相克で対戦車戦闘は発展・進化してきました。現在のところ、劣化ウラン弾は戦車砲弾として非常に優れた装甲貫徹力を誇り、世界の軍隊が劣化ウラン弾を普通に使用している状況です。(陸上自衛隊はもっていませんけどね。)ちなみに、劣化ウランでなくても、弾芯に同様に比重の重いタングステンも使われています。しかし、劣化ウランの方が安価で各地の戦場で実績があります。ただし、劣化ウランというわずかながら残る放射性物質の特性上、取り扱いに注意が必要です。

 その仕組みについて、手っ取り早い説明のため、上の画像をご覧ください。こういう砲弾のことをAPFSDS(armor-piercing fin-stabilized discarding sabot)といいます。APFSDSという名称を訳すと、戦車の装甲を貫徹する、ヒレで弾道を安定させた、使い捨ての途中で外れるカバー付きの砲弾、といったところでしょうか。自衛隊的には、「装弾筒付翼安定徹甲弾」と呼ばれています。要するに、比重の重い弾を超高速で発射し敵戦車の堅い装甲を貫くことを狙った戦車砲弾、というわけです。劣化ウランやタングステンなどの超重い比重の弾を焼き鳥の串状(上図黄色、下図黒色)の先端(銀色部分)に長細くつけて弾の芯とし、これに砲弾発射の際に初速を大きくするために飛翔中に外れる軽いカバー(上下図とも黒色)をつけて発射します。これにより、重い弾芯が非常に速い初速で発射され、カバーは途中で外れますが、この重い弾芯だけ(弾道を安定させるためにヒレがついています)が敵戦車めがけて飛んでいき、超高速度で敵戦車の装甲に衝突します。その際、弾芯は敵戦車の堅い装甲にキノコの傘のように(瞬間の話しながら、逐次に)侵徹しながら摩耗していき、焼き鳥の串のように長い弾芯の長さが尽きるまでに装甲を貫徹し、貫徹した後に熱噴流となって貫徹した戦車内を火炎地獄にします。要するに、その弾芯の素材として劣化ウランを使ったのが、問題の「劣化ウラン弾」というわけです。

 ここで問題となるのは、前述の装甲貫徹の際に劣化ウラン弾が、摩耗していく際の微粉末と、熱噴流になったものです。燃焼により酸化ウランに化合された微粉末の混じる空気を戦場に飛散・漂わせてしまうため、戦場の限られた地域ながら、その化学毒性やわずかながら残留するウラン放射性物質を漂わせ、やがて地面に堆積させてしまいます。これが人体や環境に重大な影響があるのでは?と指摘されている問題です。

劣化ウラン弾の人体・環境への危険性は?
 冒頭の節で米国の反論の中にあったように、これまで戦場で実際に使われ、紛争後その地域の住民に健康被害があったと言われる地域があったり、その懸念が国際的に検証がひつようという機運が生じたため、国連機関等が比較的長期にわたって観察・研究をし、結果を発表しています。それによると、概して「特段の問題なし」というものでした。また、国際的な特定の条約等で、劣化ウラン弾の使用を禁止する等の取り組みは全くありません。

 劣化ウラン弾がこれまで実際の戦場で使われたのは、公になっているもので、1991年の湾岸戦争、1999年のコソボ紛争、2003年のイラク戦争でした。特に、国際的な議論になったのは1999年のコソボ紛争にて、紛争を収めるために仲介的に介入した米軍が、ロシア製の最新鋭戦車で押して来る敵対勢力に対して米軍戦車が劣化ウラン弾を使用したため、「ウラン」の名にNATO諸国が敏感に反応しました。同じ欧州上の話なので、残留する放射性物質の環境への体積・悪影響、地域住民への健康被害などへの不安から、米軍に対する反発がありました。国際原子力機関(IAEA)は、天然に存在するウランよりもかなり毒性が低い、と中途半端な言い方をし、ずっと議論がありましたが、2007年に今後健康被害が懸念された地域等で長期的にしっかり観察・研究することを決め、2016年の放射線の影響に関する科学委員会(UNSCEAR)の結果発表では、「重大な中毒被害なし」、とされました。

 しかし、一方で、IAEAは、劣化ウラン弾の軍の取扱者や、地域住民が発見した残骸・破片を取り扱うとには十分な注意を要する旨、指摘しています。また、2022年の国連環境計画(UNEP)の報告では、劣化ウラン弾の残骸等を不用意に手にしたりすることで、皮膚の炎症、腎不全、ガンなどのリスクがある可能性があることを指摘しています。また、2019年に過去劣化ウラン弾の使用された地域を調査した研究で、イラクのナシリヤにおいて、地域住民の先天性欠損症の発生について、劣化ウラン弾使用との関連がある可能性が指摘されています。

結論: 多少の危険性を承知の上で、ウクライナが求め、使用している、という事実を認識すべし
 玉虫色の結論のようで恐縮ですが、私見ながら、多少の危険を承知の上で、ウクライナが米英に求め、自らの国土の奪還のために、自らの国土の上での使用を求めている、というのが現実なので、その現実通りに理解するしかないと思います。
 ただ、勘違いや誤解を避けるために強調いたしますと、「劣化ウラン弾」は決して核砲弾ではないし、国際テロなどで放射性物質をまき散らすことを目的とした放射性物質を爆発物で飛散させ悪影響を生じさせる「汚い爆弾」の類ではありません。純然たる戦車砲弾の一形態ですので、お間違いなく。もともとの由来がウランの低濃縮による原子力発電の核燃料生成の過程で生じた残渣なので、非常に微量ながら放射性物質です。しかし、健康被害・環境悪影響の根源は、放射性物質ゆえではなくて、化学的な毒性です。多くの方々が、まず「ウラン」と聞いた瞬間にアレルギーの触角が立って、これは絶対ダメだという方向にギアを入れるんですが、健康被害や環境悪影響の本質は核物質ではなく化学的毒性の方ですので、お間違いなく。

 似たような話に、ロシア軍が多用する白煙黄燐弾というものがあります。昨年、ウクライナ軍がメリトポリのアゾフスタリ製鉄所の地下要塞に籠城した際に、ロシア軍がアゾフスタリ製鉄所の地上部分を白リン弾や黄リン弾で焼き尽くしました。当然核物質、放射性物質ではありませんが、空気に触れると高熱を発し燃焼する化学物質で、不発弾や燃え残りが地中に埋まると一旦不発となりますが、攻撃後の復旧等で地面をほじくり返した瞬間、また爆発・飛散・焼夷をする始末の悪い砲弾です。特に、これが使用された地域では著しい健康被害・環境悪影響が末永く続きます。こっちの方がよほど始末が悪い。しかし、こっちは問題化せず(アゾフスタリ製鉄所籠城当時、ウクライナは非人道兵器だと非難しましたが、ロシア軍は意に介さず)、ロシア軍はいまだに多用しています。
 また、これも似たような話に、今問題となっていますが、米英軍がウクライナに供与しているクラスター弾があります。クラスター弾とは、砲弾の中に多数の小弾が入っていて、それが広範囲に飛び散る仕組みの砲弾です。問題なのは、飛び散った小弾は、飛散したあちこちで爆発する者なのですが、結構な確率で不発となります。その不発弾が、あとで復旧等で地面をほッくり返したり子供が拾ったりして爆発するなど、地域住民、なかんずく子供に被害が及ぶ可能性があり、これが故に非人道兵器として糾弾されます。今回のウクライナ戦争では、ロシア軍は当初から使用していました。今年の攻勢で、米英がウクライナに供与したため、米英の国内を含め、欧州内でも問題視する議論があります。

 劣化ウラン弾、白リン弾・黄リン弾、クラスター弾、…など、両軍とも使えるものは使うんですよね。これが戦争の「目的達成のためには手段を択ばない」ところですね。毒ガスや核兵器のように、いくら何でもこれは使用するのはやめよう¥ね、というコンセンサスがないので、相手の国が使っている以上、仕方なく使うわけです。

 頑張れ!ウクライナ
 勝利の日まで、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍べ!
 やがて確実に日が昇る時が来る!

(了)

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2023/09/06

反転攻勢の正念場で国防大臣を交代?:ゼレンスキーの深謀遠慮

国防相交代
左が更迭されたレズニコフ前国防相、右がウメロフ新国防相 (左:2023年9月5日付BBC記事「「Ukraine's defence minister Oleksii Reznikov dismissed」、右:同日付BBC記事「Rustem Umerov: Who is Ukraine's next defence minister?」より)

反転攻勢の大事な時期に国防大臣を交代
 2023年9月6日現在、ウクライナ戦争における戦況はウクライナの反転攻勢が一定の戦果を得て次につなげられるかどうかの正念場を迎えています。主たる正面は、南部戦線ザポリージャ州西ロボタインの正面で、堅固な第一線陣地を破ったウクライナ軍が第二線陣地を突破できるかどうかの瀬戸際にあります。相当に堅固なロシアの要塞への攻撃は、多くの戦死傷者を出しながらも着実に日々前進しています。第二線陣地が崩れれば、南部戦線のロシア軍は崩壊を引き起こすかも知れない状況ですが、損害も相当出しながら戦況進展が期待通りでないことについて、支援元の西側諸国からは厳しい声も聞こえてきます。そんな折も折、東部戦線北東部ではロシア軍が猛攻撃をかけてきており、こちらの正面ではウクライナ軍が防御に回っている状況です。

 そんな緊迫した第一線の戦況が進む中、9月4日、ウクライナのレズニコフ国防相は辞任することを明らかにしました。事実上、ゼレンスキー大統領はレズニコフ国防相を更迭し、後任には国家財産基金を任していたルステム・ウメロフ氏を指名しました。レズニコフ国防相が更迭されるに至った要因は、昨年来国防省内を揺るがした軍事調達をめぐる汚職スキャンダルと兵役忌避をめぐる国防省の各地域の出先機関「入隊センター」での贈収賄問題の引責です。既に今年の1月に国防相代理だったヴャチェスラフ・シャポバロフ氏の辞任があり、省内の綱紀粛正のためレズニコフ国防相の辞任も噂されていました。
 しかし、これまで2021年11月に着任以来、レズニコフ国防相が果たしてきた役割は非常に大きく、ウクライナ侵攻開始以来も終始一貫してロシアへの不屈の姿勢を崩さず、西側諸国の外相・国防相らと侵攻当初から太いパイプを築き、西側からの最新兵器に至るまでの手厚い支援を受ける体制を築けた原動力、という非常に頼りになる大臣でした。ゼレンスキー大統領を支えて軍指導部を監督指導し、これまでのロシアの侵攻への対処を主導してきたわけですから、今この状況下で交代するとなると、その影響が懸念されるところです。
(参照: 2023年9月5日付BBC記事「「Ukraine's defence minister Oleksii Reznikov dismissed」ほか)

反転攻勢の戦況に影響なし
 見出しで言い切ってしまいましたが、結論的には反転攻勢の戦況に直接的には影響はありません。
 まず第一に、政治と軍事の関係の観点から。国防相は大統領の政治的な指名者で議会承認を得て就いていますが、その役割はゼレンスキー大統領以下の政府の中での国防全般の行政府の長としての権限です。反転攻勢作戦の軍事作戦の監督指導は「管理的」に実施していますが、作戦そのものへのマイクロマネージメントは一切していませんでした。従って、軍事作戦としての反転攻勢にはレズニコフ氏からウメロフ氏に移行しても、影響はない模様です。この辺は、旧社会主義時代の一党独裁的な宮廷政治ではなく、民主国家としての政軍関係をキチっと順守していて素晴らしいです。

 むしろ、軍指導部のザルジニー参謀総長や部下参謀たちの関心は、「西側からの支援の継続・確保」です。国防相に望むことは、西側諸国のトップや外相・国防相らカウンターパートとの太いパイプの維持と、何より、反転攻勢の戦果が大きかろうが小さかろうが、下手したら支敗に終わって秋・冬に膠着してしまったとしても、引き続き西側諸国からの武器・弾薬をはじめ、ロシアの侵攻に対処し国土を奪回する戦いが継続できるよう、手厚い支援をつづけてもらうこと、これに尽きます。
 それがウメロフ新国防相でも期待できるのか?影響が懸念されるとすれば、この1点ですね。
(参照: 2023年9月4日付Newsweek記事「What Zelensky's Firing of Defense Chief Means for Ukraine Counteroffensive」ほか)

ゼレンスキーの深謀遠慮: 西側支援の継続・確保、クリミア奪還の意思表示
 私見ながら、今回の国防相交代は、ゼレンスキー大統領の深謀遠慮であったと推察いたします。

レズニコフ国防相の更迭は汚職事案の引責: 西側諸国に綱紀粛正の姿勢を見せる 
 ウクライナ国防省内の一連の汚職事案は、実はウクライナ社会としては結構当たり前の話で、役人が賄賂を受けて何か便宜を図ったりすること自体、半ばよくある事象で特段国内的に引責させないと収まらないようなものでもない模様です。他方、ウクライナを含め、旧ソ連圏の旧ロシアの共和国や東欧諸国は、民主化当初に初めに突き当たる民主国家への階段で障壁となるのが、まさにこうした役人の賄賂問題であり、民主国家となって欧米民主先進国とお付き合いするに当たり、特にEUやNATOなどの多国籍の枠組みに入ろうという際の大きなハードルの一つになっています。(他にも障壁はあって、NATO加盟の場合は国内及び他国との間で紛争・係争がないこと、などがあります。)現在、ウクライナは政治経済的及び軍事的な友邦国として、ロシアから欧米(EU・NATO側)にシフトしている最中です。ウクライナはEU・NATOに加盟したくて仕方がなく、EUやNATOから各種条件の審査を受けているところです。そうした加盟問題もありますが、むしろゼレンスキー大統領にとって、直接的には現在ロシアとの戦争に当たり西側諸国から相当な支援を受けている国防省の武器・弾薬、その他装備品、等補給品の調達に関わる不正行為だったので、国内的というより対西側諸国に対して、「自国国防省の綱紀粛正」というウクライナとしての姿勢を示す必要があった、と推察します。レズニコフ前国防相自体に疑惑はありませんが、監督責任としてキッチリけじめをつけた姿勢を見せたかったのではないでしょうか。

ウメロフ氏を新国防相に指名: 西側諸国の支援の継続・確保、ロシアにクリミア奪還の意志表明
 次いで、ウメロフ氏の新国防相の指名ですが、実は同時並行的にレズニコフ氏をウクライナの駐英国大使として派遣することとの合わせ技です。元々、米英の外相・国防省とは太いパイプを築いていたレズニコフ氏を駐英国ウクライナ大使に指名して英国ロンドンに常駐させ、ロシアの侵攻に対する戦争の遂行のため、リエゾンとして密接に活用する策と推察します。 
 他方、ウメロフ氏の西側等との交渉能力の高さも折り紙つきです。クリミア出身のウメロフ氏は、元はウクライナ議会の議員で、ゼレンスキー大統領に請われて政府高官になって以降、これまでクリミア問題でロシアとの交渉にも有力メンバーとしてずっと関わり、手強いネゴシエーターとしてロシアも一目置いているところです。昨年6月に米国政府との交渉で米国にも行っています。(下の写真参照) このウメロフ国防相とレズニコフ駐英大使、加えてクレバ外相でガッチリとゼレンスキー大統領の脇を固め、今後も引き続いての西側諸国からの支援、特に焦眉の急はF-16戦闘機やATACMS陸軍戦術ミサイルシステムなどの導入・戦場デビューを勝ち取りたいところです。F-16が戦場に投入されると、これに敵うロシア軍機はないので、局地的な制空を獲得できます。ATACMSは、対戦車能力の高いブロック2型の場合、一見普通のミサイルの形状ながら、13発の子爆弾を持ち、切り離されると子爆弾は滑空しながら敵戦車を捜索し、敵戦車を見つけると、双子になっている弾頭の1段目の成形炸薬が爆発して戦車の装甲に穴を開け、次いで時間差で2段目の成形炸薬が穴を通して高圧噴流を戦車に吹き込んで乗員を確実に殺傷する恐ろしい兵器です。これが戦場で使用されるとロシアの戦車はもはや棺桶状態。ATACMSが使用され始め、その効果をロシア兵が見たら、ロシアの戦車兵は戦車を捨てて逃げるシーンが見られるでしょう。おっと、脱線しました。
 こうした西側からの手厚い支援を続けてもらうため、ゼレンスキー大統領にとって今回の国防相交代は盤石の態勢をとる一手であった、と推察します。
ウメロフ氏の訪米
2022年6月15日、ワシントンDCの米国議会議事堂にてリンゼイ・グラハム米上院議員(左)とウクライナ議員団の(右3人左から)デビッド・アラカミア、アレクサンドラ・ウスティノワ、ラステム・ウメロフ(2023年9月4日付Newsweek記事「What Zelensky's Firing of Defense Chief Means for Ukraine Counteroffensive」より)

 そして忘れてならないもう1点が、ウメロフ新国防相の出自です。ウメロフ氏はクリミア・タタール人というクリミア半島の先住民です。クリミアはトルコ系のクリミア・タタール人が元から生活をしていましたが、18世紀後半に露土戦争の結果としてロシア帝国に編入され、その支配を受けました。第2次世界大戦時、クリミア半島はナチスドイツとソ連の戦場になりましたが、この時ソ連の最高指導者スターリンは、クリミア・タタール人を赤軍として召集し戦わせましたが、その一方で民族としてナチスドイツに協力をしている、との嫌疑をかけ、1944年5月に20万人の民族もろとも中央アジアへ強制移住させました。それは全くの誤解で強制移住は不当だったのですが、1980年代後半になるまでクリミアに帰還することが許されませんでした。ウメロフ氏はウズベキスタンで生まれ、1980年代後半にクリミアに帰還を果たします。ソ連時代の過ちながら、ロシア人の意識として、クリミアタタール人の話になるとどうも負い目がある、そんな歴史的背景があります。ですから、2014年のクリミア侵攻後に、クリミアについてのロシア・ウクライナの間の協議においてウメロフ氏はウクライナ側の代表の一員として何度も参加していますが、ロシア側にしてみれば「あぁこいつを出して来たか」というロシア側の対応だったようです。そのウメロフ氏が国防相に指名されましたので、「うわぁ、これはクリミアをどうしても取り返す、というウクライナの意思表示だな」とロシア側に受け取られることは必定です。これがゼレンスキー大統領の明確な意思表示です。恐らく、西側諸国にしてみれば、クリミアは確かにロシアに侵攻され、不当にロシアに実効支配されている係争地ですが、今回の2022年2月のロシアのウクライナ侵攻以前に既にロシアに実効支配されていた場所です。今回の戦争の終わり方として、停戦交渉にいずれなるでしょうが、その際には停戦ラインを度の線にするかが焦点となります。クリミア奪還を前面に出すとロシアは一歩も退けなくなります。寒い国ロシアにとって、黒海に突き出たクリミア半島はリゾート地的にロシア人にとっても大事な土地になっています。ロシアにとってクリミアは、ヘルソンやザポリージャとは意義の違う場所であり、また、戦略的・地政学な位置としても、クリミアを制する者が黒海ン自由航行を制するほどの価値を有します。だから、クリミア半島にある天然の良港セバストポリにロシア海軍の黒海艦隊を擁しているのです。そのクリミアをウクライナが断固奪回の姿勢を見せるというのは、西側にとっては本音は渋い顔にならざるを得ない意志表示でしょう。しかし、ゼレンスキー大統領は敢えてそうする策を取りました。この不退転の決意はウクライナ国民の思いを背負い、かつロシアへの徹底抗戦の意思表示になります。ちなみに、クリミア・タタール人はトルコ系ですから、宗教的にもムスリムで、このことはウメロフ新国防相がトルコをはじめとする中東や中央アジアのトルコ系やイスラム教国との交渉において好意的に受け止められます。ロシアにはチェチェンやアゼルバイジャンをはじめ、ロシアに搾取され続け虐げられた少数民族の国家や地域が多くありますから、このことはこれらの国との関係において、これまでと違った風向きが出てきます。ウメロフ新国防相の使命は、クリミア奪還の明確な意思表示であるとともに、前述の西側はじめ国際的な支援の継続・確保には非常に効き目のある人選だったと言えましょう。
(参照: 2023年9月5日付BBC記事「Rustem Umerov: Who is Ukraine's next defence minister?」ほか)


 頑張れ!ウクライナ
 新体制でゼレンスキー大統領の脇を固め、西側支援を継続的に確保してロシアに勝て!
 夜明けはそこまで来ている!

(了)

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2023/09/03

南部戦線ザポリージャ西部ロボタイン正面の攻撃に進展続く: 突破の可能性あり!

9月2日付ISWロボタイン正面戦況図
南部戦線ザポリージャ州西、ロボタイン正面の戦況図 (2023年9月2日付ISW記事「Russian Offensive Campaign Assessment, Sept 2,20230」より)

南部戦線ザポリージャ州西部ロボタイン正面の攻撃に進展続く
 8月21日頃からウクライナのこの正面への攻撃が激烈化し、攻撃が進展し、どうやらロシアの堅固や要塞の初めの殻一枚目を突破した模様でしたが、10日が経過し、その突破口を更に拡大し、突破口を縦深に形成している模様です。
 2023年9月2日付BBC記事「「Ukraine war: US sees 'notable progress' by Ukraine army in south」によれば、過去72時間の激しい戦闘により、下の同日付ISW記事「Russian Offensive Campaign Assessment, Sept 2,20230」の同正面の戦況図のように、突破した正面に幅と深さをもって更に確保地域を広げた模様です。
 戦況図の左側が縮尺を小さくして地域全体図、右側がロボタイン正面の拡大図です。白色(無色)部分がウクライナ軍がコントロールしている地域、朱色部分がロシアに占領されている地域、水色部分がウクライナ軍が今回の攻勢で奪取した地域、黄土色部分がロシアが未だ占領していると称している地域(ウクライナ軍の一定の影響を受けている)、右側図の小さい赤▲はロシア軍が陣地構成した障害や陣地の配置や陣地線です。8月21日頃の戦況図から水色地域は約2倍に幅と深さが広がっています。左図の地域全体で見ると、小さくTokmakと地名表示のある紫車線の地域がありますが、これが私が今回の攻勢の主攻撃目標と読んでいる「トクマク」(Tokmak)です。水色地域のロボタイン(Robotyne)から南西に20キロの位置です。メリトポリまでは更にトクマクから南西に40⁻50キロです。牛歩の歩みながら、激戦しつつ毎日占領確保地域を広げています。

「もっと戦力集中を!」と米国防省がウクライナ軍指導部に小姑的指導
 「攻撃進展が遅い、同正面に戦闘力を集中すべし!と米国防省から再三の教育的指導がウクライナの軍事指導部になされている模様です。しかし、ウクライナ軍としては従っていません。米国防省が言っていることを実行するには、現在ウクライナが実施中の東部戦線の北からバハムートを経てドネツク辺りまで、更にウロジャイネ正面のドネツク州・ザポリージャ州境界線沿いにマリウポリへの攻撃、更にロボタイン正面を飛び越えて、満々と水をたたえたカホウカ貯水池東部沿岸正面、へルソン州のドニエプル川沿いの渡河攻撃など数百キロに及ぶ長大な接触線のほぼ全正面のアチコチでそれぞれ攻勢をかけている形ですが、それをやめて、その兵力をロボタイン正面に結集すべし、ということです。確かに、「戦闘力の集中」は最も重要な原則的な戦理の一つです。他の正面の戦力をこの正面に集中してぶつければ、より壮大かつ激烈な圧倒的な戦力を1点に集中してぶちかます、「強者の論理」による戦闘になるでしょう。それは米軍ならそうでしょうよ。例えば1991年の湾岸戦争。クウェートに侵攻し、実効支配したイラク軍に対し、大戦力で一転突破して対抗するイラク軍を撃破しつつ、小迂回でイラク軍を一網打尽にするように見せて、その実、逃げ道を開けて残余のイラク軍をすっぽりと撤退させ、クウェートそのものを至短時間で奪取・確保したパーフェクトゲームでした。

 しかし、ウクライナは国土防衛戦です。しかも相手は世界最強と言われた大陸軍国ロシア。戦力はまだまだあります。
 私見ながら、ウクライナの状況の特質がありまして、戦闘力の集中はするけど、他方で広域な現接触線の多正面(アチコチ)での攻勢も同時並行的にやらざるを得ないので、結果的に現行のように主攻撃正面であるロボタインの戦闘にのみ戦力集中をするわけにはいかない、というウクライナの選択に私は同意します。
 ウクライナの状況の特質とは、我が国土が広域にわたって侵略され、我が国土を占領している敵はそこにいるわが国民の生命・財産を人質・物質にしており、よしんばロボタイン正面に兵力を結集するために現接触線からウクライナ兵を引き上げると、ロシア軍は現接触線を押してきてまた新たな我が国土を占領地として浸食してくるのです。だから、ウクライナは現接触線から引くわけにはいかない。更に、こちらが引けば、それに見合うロシアの兵力もロシア側のロボタイン正面に後詰の守備用の兵力として兵力転用します。敵は防御ですから、今以上に地雷等の障害を濃密に構成し、今以上に防御陣地を強化し、要塞を更に強靭化するわけです。ですから、広域多正面の各正面でそれぞれ攻勢を仕掛けて、敵を各正面に拘束しつつ、なけなしの縦深戦力を確保して、突破口から押し出していく、という現在の戦法はウクライナ軍にとっては賢明と言えます。

秋の雨季の泥濘による戦闘膠着化に間に合うのか?
 ウクライナのクレバ外相は、フランス外交の年次総会「大使会議2023」(8/28~30)の席上で、ロボタイン正面の攻撃の進展について触れ、「私たちはトクマク、そして最終的にはメリトポリとクリミアとの行政国境への道を開いてる。」と発言しました。「道を開いてる」というのだから、その途上にある、という意味において誇張や間違いではないのですが、トクマクのみならずメリトポリまで奪取する勢いの発言だったようです。これに加えて、クレバ外相は、この反撃攻勢が非常に厳しく険しい道のりであることを強調し、攻撃進展が西側諸国の期待より遅れていることの弁明もしています。特に、ロシアの堅固な防御準備、なかんづく地雷原と要塞陣地が非常に手強く、そもそも戦場の上空の制空権をロシアが握っているため、ウクライナの攻撃部隊の前進は非常に無防備で、上空からロシア軍のドローンやヘリからの観測下で、上空からのドローンやミサイルや砲弾の雨あられのように受けるため、非常に厳しいことを説明しています。敵陣に対する攻撃をするには、敵陣の前に数線にわたる濃密な地雷原と龍の歯(ピラミッド型のコンクリートブロックの対戦車障害)があり、これを処理するために、障害処理班が戦場を這って前進し、経路上の障害を無防備な状態で処理している模様です。ということは、敵陣地に対する攻撃に当たり、時限的かつ局地的な戦場制空を確保するための電子戦・対電子戦で一定時間、敵の電子戦を無効化し、我が通信電子を確保し、我が対空レーダーと対空火器による対空火網を時限的かつ局地的に有効にして、戦場制空を確保し、その限られた時間内でガンガン進める、そしてまたそれが破られて、敵の優位に戻る、….その繰り返しをしながら、少しずつ攻撃前進しているものと推察します。
 だから、攻撃前進に非常に時間がかかるので、秋の泥濘期までに「トクマク」の奪取、というのが極めて妥当な目標ではないか、と存じます。これすら可能性を危ぶまれますが、私見ながら可能性は十分にある、と思っています。

 米国陸軍の元在欧米陸軍司令官ホッジス退役中将がNewsweek誌のインタビューにて、秋の泥濘期前・冬の凍結の前の今年後半に、主要な戦闘が膠着する前に、ウクライナ軍は突破口をより縦深に形成する可能性は「ある」と発言しています。ホッジス退役中将は、これまでのウクライナの慎重な攻撃方針に賛意を示しており、ウクライナが陣地を攻撃開始する以前に、遠隔地からの砲撃により、同陣地を支援するロシア軍の砲兵部隊と兵站部隊を徹底的に叩くという戦法を、適切だった、と述べています。これは、陣地内のロシア軍将兵のマインドセットとして、自分の陣地に対するロシア軍砲兵の掩護射撃がパッタリとなくなり、自分たちが戦闘を継続するための武器・弾薬・食料等の後方補給が途絶えるという直接的な効果があり、陣地内のロシア将兵の士気を著しく落とします。「もう、やってられない」という焦燥感、戦場から逃げたい願望に囚われ始めます。ここで、先ほど私が述べた、時限的かつ局地的な制空・対空圏が確保され、陣前に迫るウクライナ軍がジリジリと攻撃前進してくる、……これに耐えられないロシア兵は我先に敵前逃亡、戦場離脱を始めます。ロシアの小隊長・中隊長が「馬鹿野郎、持ち場から離れるな!」と怒鳴ったところで、一名でも逃亡を始めると、それを見た兵士は我先にと敵前逃亡をする連鎖となります。これが、敗走・潰走ってやつですね。これが始まりとウクライナ軍にとっては幸い中の幸いです。もぬけの殻の陣地をそっくりそのまま我が陣地にできます。ホッジス退役中将は、歩みはのろいが、確実に砲兵と後方補給を潰して、制空・対空圏を確保してから攻めるウクライナの慎重な攻撃を肯定しています。
(参照: 2023年8月30日付Newsweek記事「Ukraine Breakthrough Could Come in 'Weeks,' Former U.S. General Says」)


 頑張れ!ウクライナ、
 残された期間はせいぜい1ケ月あまり、
 何とかトクマクを奪取・確保して戦闘膠着時の態勢を優位に持って行け!
 トクマクまで取れば、何とか西側職国の支援は確保できる!
 次年度に新たな攻勢でメリトポリを奪取し、ぐいぐい押し出せ!南部やクリミアのロシア軍は撤退せざるを得ない!

(了)

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