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2018/08/25

映画「フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白」に学ぶ: ①11点の教訓

 こんなブログ、始めました。

<タイトル: fog of warについて>
 本ブログのタイトルは「fog of war」としました。クラウゼビッツが、戦争指導(状況判断)をする上で不可避な状況不明さ・不確定要素を「戦場の霧」と表現(「戦略論」)したことにちなみました。およそ国際情勢、安全保障、危機管理を考える上で、常にfog of warは付きまとい、いかに科学技術が高度に発達した情報化時代であろうがこの霧は晴れず、この霧の中で状況判断をすることを念頭に置いて現実的な対応を暗中模索しなければいけない、というのを我が視点としています。

<映画「フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白」に学ぶ: ①11点の教訓>
 本ブログの開設に当たり、最初の当面のテーマは、ブログタイトルと同名の標記の2003年のアカデミー長編ドキュメント映画賞に輝いた映画について、その非常に示唆に富む内容を反芻したいと思います。
 この映画は、ケネディ及びジョンソン米大統領に国防長官として冷戦期の激動の時期に7年に亘り仕えたマクナマラ氏のインタビューと当時の資料映像等で構成されたドキュメンタリーです。映画という媒体よりも内容が凄い。この方に対する一般的評価はベトナム戦争のA級戦犯的な位置づけで功罪のうちの「罪」ばかりがクローズアップされていますが、当時85歳の同氏が、40年近くも過去の話を非常に詳細に語り、特に、キューバ危機やベトナム戦争等の経緯を、時に決然と雄弁に、時として目に涙を滲ませ、或いは苦渋に満ちた表情で回顧しています。彼は、自らの功罪入り混じった経験を通じ、今現在の自分の結論的考えとして反省教訓事項を11点に整理しており、国際情勢・安全保障・危機管理を学ぶ者にとっては非常に参考になります。
 第一回目の今回は、このマクナマラの11点の教訓を概観してみましょう。

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「11点の教訓」
① 敵に感情移入して考えよ。Empathize with your enemy.
キューバ・ミサイル危機の際、米政府内の強硬派の声を抑え、敵であるソ連のフルシチョフがどう考えているかを感情移入して考えることで危機を回避できた、という教訓から。

② 合理的判断が必ずしも我々を救うとは限らない。Rationality will not save us.
  キューバ危機の際に危機を回避できたのは「ただ幸運だっただけ」であり、米ソ両首脳はいずれも合理的判断のできるリーダーであったが、その合理的判断をもってしても、ともすると核戦争に至る等の誤った判断をする可能性は避けられない、という教訓から。

③ 自分自身を越えた何ものかがある。There's something beyond one’s self. (<原文ママ>)
  (ここは、イマイチ意味が不明確なのですが、場面の前後の発言から察するに、)同氏は、米国社会がどん底の経済状態であった大恐慌時代に大学時代(バークレー)を迎えたものの、自分自身は大学の成績もよく、失業者が溢れる中でハーバード大学院に進学できたことを、自分を超越した運命的なものとして語ったのか、或いは、1年生時代に退屈だった哲学の授業の中で、自分を超越する何か価値あるもの、社会への貢献などに強調が置かれたことか、その辺りの教訓の模様。ある映画評では、奥様との馴れ初めや新婚時代、子供の誕生等について語っているのだ、と取っている方がいらっしゃいます。

④ 効率性を最大限に高めよ。Maximize efficiency.
  第2次大戦中、対日戦における日本本土各都市への戦略爆撃(空襲)の立案チーム員として勤務した際、指揮官は爆撃の効率・効果の最大限化のために爆撃機の飛行高度を下げ、対空砲火で撃墜される可能性が高まろうとも爆撃精度の向上=目標都市の破壊を追求させ、批判を承知で効率性を最大限化した、という教訓から。

⑤ 「釣り合っているか」は戦争指導上の一つのガイドラインとすべきである。Proportionality should be a guideline in war.
  教訓④と同じ状況で、同氏は統計学的手法で日本にとって戦争遂行が困難になるよう、米国にとって耐えられないような米国本土各都市における想定損害を尺度に、これに匹敵する=「釣り合う」日本本土各都市への焼夷弾による戦略爆撃による都市人口の破壊を計画的に積み上げ、成果を上げていました。しかし、これだけの戦略爆撃に加えて、ダメ押しの「原爆投下」が政治判断で実施されました。ルールがないからこそ戦争には一定のガイドライン=尺度も必要ではないか、という教訓。(8/29に修正しました)

⑥ 数値的データに基づいて考えよ。Get the data.
  フォード社時代の会社立て直しに尽力した頃、同氏自身が元々統計学的手法で効率性を追求する専門家であったこともあり、売上向上のため市場調査した結果、高級車志向から大衆車志向に切り替えて成功したこと、また、自動車事故の人的被害局限を検討した際、実験データに基づく論理的帰結として「安全ベルト着用」を推奨するという先見の明のある施策をとったこと、という教訓から。
  教訓④⑤⑥は、同氏が統計学的手法で効率性を追求する専門家であったことから、勤務先がどこであれ、第2次大戦中も、大学在勤中も、フォード社在勤中も、そして国防長官としても(更に国防長官辞任後の世界銀行総裁在任中も)、自分の職務遂行上のスタンスとして、常にデータに基づく効率化を追求をしていた、と言えましょう。

⑦ 信念や視認した真実がともにしばしば判断を誤る。Belief and seeing are both often wrong.
  ベトナム戦争への米軍の北爆の開始=本格介入の契機となったトンキン湾事件について、当時は間違いないとの報告を受けた北ベトナムからの攻撃等は、思い込みや事実誤認などであった、という教訓から。

⑧ 自分のそもそもの論拠も再検証するつもりでいよ。Be prepared to reexamine your reasoning.
  1995年に同氏がベトナムを訪問した際、ベトナム戦当時の元外相と懇談し、米側は冷戦の一環として戦っていたが、越側は「あくまで自国の主権と独立のための内戦であり、これは越の歴史上1000年間以上も越国は中国と戦ってきたことを見れば明らかだ」と指摘されて愕然とした話を語る。もし同盟国に説明しても理解が得られないような介入があらば、米国単独で見切り発車して行動せずに、自分の論拠をもう一度そもそも正しかったのか検証するべきだ、という教訓。  

⑨ 善を為すために悪を為すことにならざるを得ないことがある。In order to do good, you may have to engage in evil.
  同氏の国防長官辞任にも影響を与えたある米国市民のベトナム戦への抗議の焼身自殺に際し、その遺族の夫人が「人間は他人が人を殺すのを止めなければならない」とコメントしたことに触れ、アメリカの南北戦争時に南軍の街アトランタの市長が北軍のシャーマン将軍にやめてくれと懇願したにもかかわらず同市を焦土にした際の将軍の言葉「戦争とは冷酷・残酷なものなのだ」を引用し、国のためにと思って善意で為す行動により敵側に対し不要な死傷者を出す行動=悪を為してしまう、という教訓。

⑩ 「決してない」と決して言うべからず。Never say never.
  ベトナム戦当時、記者から聞かれたくない質問をされることが多かったが、neverとは決して言わないこと、記者に聞かれたことには答えず答えたいことに答えること、を方針とし順守した、という教訓。

⑪ 人間の本質を変えることはできない。You can't change human nature.
  第一次大戦に勝利した際にウィルソン大統領が「これでもう戦争は起きない世の中になる」と考えたにもかかわらず今日でも戦争は起きているように、いかに理性ある合理的判断能力のある指導者であろうとも、戦争には人知を超えるfog of warがかかっており、判断を誤り、不要に死傷者を出したりする。人間の本質は容易に変えられない、また振出しに戻ってしまう、という教訓。

 いやー、いずれも非常に含蓄のある教訓ですよね。
 次回以降、逐次これらの教訓を深堀りする等のフォローをして行きたいと存じます。
 お付き合いいただきありがとうございました。 (了)


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