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2018/09/10

マクナマラの教訓: ⑪自らの教訓の総括


<映画「フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白」に学ぶ ⑪自らの教訓の総括>

 マクナマラ氏の教訓もいよいよ大詰めになりました。これまでマクナマラ氏の人生の中の重要な節目における10項目に及ぶ教訓をカバーしてきましたが、同氏自身がこれらを総括した最後の教訓を語る部分です。最後の教訓は、「人間の本質を変えることはできない。You can't change human nature. 」です。一見、これじゃ教訓になってないのでは?今後何かを改めようにも気を付けようがないではないか?という印象をお持ちになるのではないかと思います。しかし、そこにはマクナマラ氏一流の洞察と論理があります。それをご理解いただくためにも、私の注釈は後にして、同氏の語った内容を軸に反芻させていただきます。

  “Historians don’t really like to deal with counterfactuals,
  with what might have been.
  They want to talk about history.
  Who knows?
  Well, I know certain things.
  What I’m doing is thinking it through with hindsight.
  But you don’t have hindsight available at the time.
  I’m very proud of my accomplishments.
  And I’m very sorry that
  in the process of accomplishing things,
  I’ve made errors.”
  「歴史家達は、もしも・・・という事実と異なる仮定の議論を嫌う。
  彼らは事実に基づく歴史を語りたいのであって、
  仮定の話は誰にも知り得るものではない、と考える。
  それはそうだが、私には確たることが分かる。
  私が今やっていることは、
  後知恵を通じて「あの時こうだったら・・・」を考えることだ。
  しかし、その時には後知恵は分からないものなのだけれど。
  私は自分が遂行してきた業績そのものには誇りを持っている。
  しかし、その過程において、
  少なからず過ちを犯してきたことを大変残念に思っている。」

  “We all make mistakes.
  We know we make mistakes.
  I don’t know any military commander, who is honest,
  who would say he has not made a mistake.
  There’s a wonderful phrase: the fog of war.
  What “the fog of war” means is:
  War is so complex it’s beyond the ability of the human mind
  to comprehend all the variables.
  Our judgement, our understanding, are adequate.
  And we kill people unnecessarily.
  Wilson said, ‘We won the war to end all wars.’
  I’m not so naïve or simplistic to believe we can eliminate war.
  We’re not gonna change human nature any time soon.
  It isn’t that we aren’t rational.
  We are rational.
  But reason has limits.”
  「我々は、誰しも過ちを犯す。
  いかなる軍事指揮官といえども、彼が正直であれば、
  自らの指揮采配において過ちを犯してないという者はいないであろう。
  『戦争の霧(the fog of war)』という素晴らしい言葉がある。
  『戦争の霧』とは、
  戦争というものは非常に複雑難解にして多様であり、
  とても人間ごときの理解の域の及ぶものではない、という意味だ。
  我々の判断や理解が適切であったとしても、
  我々は結果的には不必要な死傷者を出してしまうことになる。
  第1次大戦終結の際、ウィルソン大統領は高らかに言った、
  『我々は、全ての戦争を終わらせる戦争に勝ったのだ。』と。
  しかし、私は戦争を撲滅できると思うほど繊細でも単純でもない。
  人間の本質というものは、そう容易に変えられるものではないのだ。
  それは、我々が合理的判断力がないからではない。
  我々人間は合理的で道理にかなった判断ができるのだが、
  合理的な論理や道理なんてものでは抗せない霧が戦争にはかかっているのだ。


 いかがですか、上記が最後のマクナマラ氏の教訓です。多少和訳に私の解釈が混入していますが・・・。
 マクナマラ氏は、クラウゼビッツの「戦略論」から「戦争の霧(fog of war)」という表現を引用し、戦争というものの深遠な不可解さ、変数の多様性を前にしては、いくら人間が道理をわきまえ合理的判断を間違わずに状況判断しても、どうにも思い通りにはいかず、ともすると不必要な犠牲者を出すなど後悔先に立たない非人道的な結果になりかねない、そういうことをこの教訓で語ったものです。
 ちなみに、クラウゼビッツとは、ナポレオン戦争時代のプロイセンの将軍で、当時圧倒的強さを誇ったナポレオンとの戦いに抗しながら、戦争の本質を分析し研究し体系化した軍事学者でした。彼の死後に奥様が彼の遺稿をまとめた「戦争論」が、軍人のみならず広く国際関係を学ぶ者にとっては必読の書として有名です。この戦争論では、「戦争は政治の延長、一手段に過ぎない。」などの含蓄のある名言のほか、今回の「戦争の霧(むしろ「戦場の霧」の表現の方が一般的かも)」なども分析されています。この「戦争の霧」は、一般的には戦闘における敵の兵力、位置、戦術行動などの情報は偵察等をもってしても「霧の中」であり、状況判断をする上でどうしてもクリアにならない変数ということです。この観点からは、情報におけるRMA(Revolution in Military Affairs)と言われるハイテク戦場監視機材(C4iSR)等の先鋭化によりそれらは持てるものと持たざる者の間には雲泥の差の霧の晴れ方かもしれません。「戦争の霧」について、「軍事科学技術の発展に伴い、『戦争の霧』はもはや晴れるのだ」という見方があります。特に、米軍はしばしばその考え方で突っ走ることがあります。湾岸戦争の航空攻撃から発展しイラク・アフガン戦争の頃まで席巻したEffect Based Operationsという考え方で、先進のハイテク戦況監視機材と最強のハイテク兵器をもってすれば、敵が次の行動をとる前に機先を制した攻撃で敵を圧倒できる、との考えの下、米軍の作戦は拙速ながら迅速な状況判断で進める形に戦術教義まで変えていました。当時、あまりの拙速な見積・計画ぶりに、それは違うんじゃないの?と思っていました。案の定、イラク・アフガン戦争にて、前半戦の軍隊対軍隊の正規戦は圧勝でしたが、後半戦の平定後の安定化作戦で安定化できず、米軍の占領政策を良しとしない者たちのIED(即製爆弾)や自殺攻撃のようなローテクの戦い方による抵抗を受け、また泥沼にはまりました。米軍も、さすがにEffect Based Operationsを大幅に軌道修正しました。少し、脱線しました。すみません。要するに、戦場の霧は圧倒的な軍事力と超ハイテク兵器をもってしても晴れないのです。マクナマラ氏の教訓で言えば、キューバ危機の際もベトナム戦争の際もそうでしたよね。現代の北朝鮮の核ミサイルをめぐる駆け引きも、同じことが言えるのではないでしょうか。核開発の施設やミサイル施設を破壊したことを偵察衛星で確認できても、金正恩国務委員長の腹の中、今後の交渉の行方は霧の中なのです。

 マクナマラ氏はこの教訓を語った後、これに関連して自分の暗唱するほど好きなT.S.エリオットの詩?の一文を引用します。これが今回の教訓をより深みのあるものにしています。

映画「フォッグ・オブ・ウォー」より
(出典: 映画「フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元国防長官の告白」より)

  “There’s a quote from T.S. Eliot that I just love:
  ‘We shall not cease from exploring,
  And at the end of our exploration, we will return to where we started
  and know the place for the first time.'
  Now that’s, in a sense, where I’m beginning to be.”
  「私が大好きなT.S.エリオットの詩(?)から引用する。
  『我々人間は探検・探求を止めないであろう。
  そして探検・探求の終末点で、我々は出発した場所に戻っているだろう。
  そして、その土地を初めてよく知る・理解するのだ。』
  ある意味、それこそ今の私だ。私は今やっと分かり始めたのだ。

 この最後の部分、憎いですね。マクナマラ氏は、「自分の人生は戦争そのもの、戦争の一部だった。」とまで言っていたのですが、その同氏が85歳にして、「今やっと出発点に戻ってみて、初めて戦争というものがやっと分かり始めたのだ。」と言っているわけです。
 マクナマラ氏は、特にベトナム戦争の際の国防長官として矢面に立っていたことから、いわゆるベトナム戦争のA級戦犯としてケチョンケチョンに批判されています。その同氏が、国防長官辞任後も沈黙を守ってきていながら、高齢になられてからベトナム戦争当時を振り返って発言するようになり、これまた批判を受けていました。しかし、同氏の心中では、「今になってようやく分かった。」というのが、正直なところなのではないでしょうか。
 (了)

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