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2018/09/18

マクナマラの教訓: ⑬補足その2: 教訓を今に活かすために(私見ながら整理)

<映画「フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白」に学ぶ ⑬マクナマラの教訓を今に活かすために(私見ながら整理)> 

 ここでもう一度、マクナマラ氏の11項目の教訓(※)を振り返り、この教訓を現代の我々にとっての教訓として今に活かすよう、私見ながら分析・整理を試みたいと思います。
(※ 「11項目の教訓」とは、この映画において、モリス監督がマクナマラ氏へのインタビューを編集し、「教訓」として整理したもの。前回(⑫)言及したように、マクナマラ氏自身はモリス監督編の11項目の教訓が気に入らず、DVD版には同氏自身が編んだ10項目の教訓が収録されている。基本部分は監督編でカバーしており、また同氏編のものと比べ簡潔で分かり易いため、本稿では監督編の11項目の教訓を「教訓」とする。同氏編の教訓の趣旨は、私案の分析・整理の中で反映する。)
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 (出典: 映画「フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元国防長官の告白」より)

 マクナマラ氏の11項目の教訓を列挙してみましょう。
① 敵に感情移入して考えよ。
   Empathize with your enemy.
② 合理的判断が必ずしも我々を救うとは限らない。
   Rationality will not save us.
③ 自分自身を越えた何ものかがある。
   There's something beyond one’s self.
④ 効率性を最大限に高めよ。
   Maximize efficiency.
⑤ 「それで釣り合うか」は戦争指導上の一つのガイドラインであるべきだ。
   Proportionality should be a guideline in war.
⑥ 数値的データに基づいて考えよ。
   Get the data.  
⑦ 信念や視認した事実がともにしばしば判断を誤る。
   Belief and seeing are both often wrong.
⑧ 自分のそもそもの論拠も再検証するつもりでいよ。
   Be prepared to reexamine your reasoning.  
⑨ 善を為すために悪を為すことにならざるを得ないことがある。
   In order to do good, you may have to engage in evil. 
⑩ 「決してない」と決して言うべからず。
   Never say never.
⑪ 人間の本質を変えることはできない。
   You can't change human nature.

 映画の編集の順で教訓が並んでおり、ともすると脈絡のない散漫な教訓に見えてしまいますので、各教訓の内容に基づいて、並び替えてみましょう。その際、並び替えのフィルターとして、我々にとって活きた教訓として参考になることを目的とし、北朝鮮の核ミサイル問題のような国際的な安全保障上の危機管理における国家指導部の意思決定を前提とした場合の、「その意思決定の際に教訓となること」を考察してみましょう。

<分析>
 11項目を眺めてみると、
・ 意思決定作業をする上で「こうした方がよい」というコツ事項:①④⑤⑥、
・ 「こういうことに気を付けた方がよい」という注意事項:②④⑧⑨⑩、  
及びコツでも注意でもなく単に
・ 「こういうものなのだ」という同氏一流の「見切り」とでもいうべき事項:③⑪(⑤⑨)、
の大きく3つの区分ができると思います。これを踏まえて、「意思決定の際に教訓になること/活きた教訓として我々にも参考になること」をフィルターとして考察を加え、分析したものが、以下のものです。

Ⅰ 効率・効果の高い行動方針(取るべき政策オプション)を案出するための着眼
  ⑥ 数値的データに基づいて考えよ。  
  ④ 効率性を最大限に高めよ。
  ⑤ 「それで釣り合うか」は戦争指導上の一つのガイドラインであるべきだ。

Ⅱ 相手国と一触即発状態となったギリギリの意思決定の際の要訣
  ① 敵に感情移入して考えよ。

Ⅲ 思わぬ落とし穴に陥らないよう、ミスリードしないための戒め
  ⑩ 「決してない」と決して言うべからず。
  ⑦ 信念や視認した事実がともにしばしば判断を誤る。
  ⑨ 善を為すために悪を為すことにならざるを得ないことがある。
  ② 合理的判断が必ずしも我々を救うとは限らない。
  (⑤ 「それで釣り合うか」は戦争指導上の一つのガイドラインであるべきだ。)
  ⑧ 自分のそもそもの論拠も再検証するつもりでいよ。  
  
Ⅳ 頭のどこかに自らの地位・役割を離れて超然と客観視する自分、悟りの境地の知恵
  ③ 自分自身を越えた何ものかがある。
  ⑪ 人間の本質を変えることはできない。
  その頭でもう一度、Ⅲの②⑤⑦⑧⑨を反芻

<整理>
 分析した結果として、上記のような並べ替えになりました。これに補足説明を加えながら、教訓としての全体像を整理してみたいと思います。
 まず思考の前提は、国家にとっての安全保障上の危機に臨む国家指導部の意思決定の場面です。
意思決定に当たっては、首脳陣をスタッフ(幕僚)たちが幕僚作業をしてサポートしています。幕僚たちは、現下の情勢に鑑み首脳陣に様々な情報提供や意見具申をし、最終的に首脳陣は幕僚が挙げてきたいくつかの行動方針(取るべきオプション)の中から取るべき方針を決定します。首脳陣が決定した方針に基づき、幕僚はそれを具現する様々な施策を打っていきます。

 そんな前提の下、第一に「効率・効果の高い行動方針(取るべき政策オプション)を案出するための着眼」についてですが、幕僚が行動方針を案出するために様々な案を検討するわけですが、その際の着眼点として、マクナマラ氏は、「⑥数値的データに基づいて考えよ。」、「④効率性を最大限に高めよ。」、「⑤『それで釣り合うか』は一つの尺度として有効だ。」の3つも大変有用なので検討の際に考慮に入れてみなさい、と教えてくれているのです。同氏の教えとして、
「⑥数値的データというものの効用は大きいぞ、数値的データがモノを言うぞ。ここに妙案のタネが隠れている、それを見つけよ。何?データが無い?だったら自ら実証データを作れ!」、
「④数値的データに基づき、最も効率的で効果が出るように考えよ、施策の結果が出たら、その効率効果を最大限化することを追求すべし。」、
更に「⑤どこまでやるべきかを考える際は、相手にとって(我にとって)釣り合うのかを基準にすべきだ。やり過ぎてはいけない。。」、
ということを頭に置きましょう。これは、幕僚作業をする上で「この3つだけ考えよ」ということではなく、検討の際にこれらの着眼も考慮せよ、時にテキメンの効力を発揮するよ、と理解した方がよいでしょう。詳述することは避けますが、マクナマラ氏は国防長官当時、国防省に徹底的にデータに基づく効率・効果性の追求をしました。中でも、PPBS(効用計算予算運用法)といって軍事予算の効率効果性、費用対効果を徹底的に洗う施策を取ったことが有名ですが、非常に功罪両面がありました。マクナマラ氏としてはマストmustの教訓として挙げていると思いますが、これについては「我々にとっても参考になること」というフィルターをかけて教訓としては薄めて理解させていただきました。

 次いで、第二に「相手国と一触即発状態となったギリギリの意思決定の際の要訣」ですが、こういう緊要な場面を迎えた時、首脳陣が検討するオプションがいくつかあるとしたら、その一つ一つについての「①敵に感情移入して考えよ、相手の地位・立場・置かれた環境になって相手ならどう思うか必ず検討すべきだ。」という重要なポイントです。キューバ危機で相手の身になって考えて乗り切ったはずなのに、ベトナム戦争の時には北ベトナム側の身になっては考えていませんでしたね。「これはハート&マインドの戦いだ」なんて言いながら、本当に南ベトナム政府・市民の身になって考えていなかったかも知れません。これは意思決定において必須の事項なので、「要訣」という表現をしました。

 そして、第三に、「思わぬ落とし穴に陥らないよう、ミスリードしないための戒め」についてですが、これは、上記の第一、第二のような意思決定をして決定した行動方針に基づいて、政策が実行されるわけですが、実行する前に、或いは実行中にも、その政策・施策について、本当にこれでいいか?思わぬ落とし穴に気づかないうちにはまってないか?最良の政策と思って間違った政策を推し進めてないか?国民をミスリードしてないか?と自問自答をするべき「戒め」です。
「⑦『これが正しい/こうあるべきだ』という信念や『見ました』という事実でさえ、ともにしばしば判断を誤ることがあるのだ。思い込みじゃないか?約束組手や決め打ちになってないか?本当にそうか?Wチェックしたか?」、
「⑨我々は政策を実行するにあたって、国のため正しいと思った行為で『善を為すために悪を為す』ことにならざるを得ないことがある。それは国家のために、軍人として、官僚として、仕方がないことかもしれない。しかし、もし仕方なしにせざるを得ないとしたら必要最小限に抑えねばならないのだ。」 
今のも重い話ですが、次いでさらに重い2つ、
「②合理的判断が必ずしも我々を救うとは限らない。首脳陣が合理的な判断に基づく理性的な政策を打ったのなら間違いがないのかというと、必ずしも良い結果だけではない。特に核兵器が存在する現代においては、合理的理性的判断によって核戦争のような人類の破滅につながる結果も起きうるのだ。それを我々は忘れてはならない。」、
「⑧首脳陣や幕僚が十分検討した上での意思決定だったかも知れないが、一旦始めてしまった政策といえども、どうにも成果がでないとか、同盟国や自国民から賛同が得られないような場合は、自分のそもそもの意思決定、論拠ももう一度検証しなければならない。それを避けるな。その覚悟が必要である。状況により再検討する覚悟を腹に持って、政策を実行せよ。」 
この二つの戒めは特に重いですね。政策実行中は後戻りできないものです。「あれ?ゴメン間違ってました。」とは言えないのですよ。国の政策ってそういう癖がある。しかし、しかしですよ。これら戒めは、国家の首脳陣や幕僚たちにとっては必携の自省の金言です。
 補足ながら、⑤について観点を変えて再登場です。
「⑤『それで釣り合うか』という尺度は戦争指導上の一つのガイドラインであるべきだ。戦争には明確なガイドラインがないがゆえに、ともすると無用の犠牲を強いるような軍事行動をとってしまうことがある。第2次大戦中、日本各地の大空襲に加えて本当に原子爆弾投下は必要だったのか?連合軍はもう既に大勢は決していたのに、ドイツ各都市へ大空襲は本当に必要だったのか?ともすると、こうした行為が起きうる。バランスを考慮して、やり過ぎのないよう戒めねばならない。」
 更に蛇足ながら、
「⑩記者会見などの際に、自らの発言によって記者たちに足元をすくわれないための注意点として、『決してない』と決して言うべからず。不確かなことは言い切るべからず。可能性を残しておくべし。記者の質問にはストレートに問いに答えず、自分の話したい質問にだけ答えるべし。」 

 さて、意思決定上の着眼、要訣、及び政策の実行上の戒めについて、マクナマラ氏の教訓を学ばせてもらいましたが、この最後の部分が、もしかしたら同氏の教訓の真骨頂かも知れません。第四に、「頭のどこかに自らの地位・役割を離れて超然と客観視する自分、悟りの境地の知恵」です。これまで、首脳陣や幕僚として一人称で意思決定や政策の実行をする上での教訓を見てきました。ここでは、一人称の「我」や二人称の「敵/相手」を越えて、三人称=第三者として神様的視座で考える段階です。
「③我々はとかく自分を中心に自分にとっての直接的間接的利害を考えがちだが、そんな自分自身を越えた超然たる何ものかがあるのだよ。それは真理、神の意志、運命、・・・何かがあって我々はその意思の下で動いているのかもしれない。第1次大戦だって、あれだけ多くの人が犠牲になった上で終戦した際に、ウィルソン大統領は『我々は戦争を終わらせる戦争に勝ったのだ!』と高らかに宣言し、国中が大歓声を上げた。しかし、戦争は終わらない。決して戦いたがっているわけではないがこうなった。人間の知恵や努力を越えた何か、我々の思い通りにならない何かに導かれているのかもしれない。」、 
そして避けられなかった場合に戦争になりますが、「⑪前項の超然とした何かの存在の話もそうだが、戦争になると更に人間は手も足も出やしない。戦争というものの深遠な淵に臨むと、人間なんて結局は知恵のない生き物だ。いかに軍事科学技術が高度になろうが、所詮はお釈迦様の掌の中で地の果てを目指したつもりが掌の中から出られなかった孫悟空と同じさ。いかに戦争(戦場)の霧を晴らしたつもりでも何も見えていない。判断は間違う、無用の犠牲を出す、また同じ間違いをしでかす。結局、人間の本質を変えることはできないのだ。」 
 その超然とした頭でもう一度、Ⅲの②⑤⑦⑧⑨を反芻する。そんな涼しい思考で客観的に意思決定や政策の実行を振り返ったうえで、我に返って一人称の現実で直面している意思決定や政策の実行に反省点を反映してみる。・・・そんな謙虚にして真摯な教訓反省事項の反芻ができたなら、意思決定や政策の実行は至当・適切になっていくでしょうね。

 以上、マクナマラ氏の11項目の教訓の整理を、私見ながら試みさせていただきました。甚だ僭越、誤解と偏見から免れない私案ですが、参考にしていただけれ幸甚です。
 (了)


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