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2018/09/20

マクナマラの教訓⑭ 補足3: 本人が語らなかったこと -国民への説明責任について-

<映画「フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白」に学ぶ ⑭本人が語らなかったこと -国民への説明責任について-> 

 マクナマラ氏を語る際には、不可避的にベトナム戦争における戦争指導の責任の件が鬼門になります。確かに、戦争指導の責任は免れないかもしれません。当時を知るアメリカ人から聞いたことがありますが、あれだけ自信満々に「こうすることが必要だ。大丈夫だ。」と国民に説明していたマクナマラ国防長官に対し少なからず「騙されていた」と感じた、といいます。今回は、同氏の国民への説明責任についてフォーカスを当てて補足説明させていただきます。
robert-mcnamara-tonkin-gulf.jpg

 実際、ベトナム戦争中、マクナマラ氏は国防長官として記者会見等で説明責任の先頭に立ち、チャートや数値的データを駆使して、介入政策、戦況悪化、軍事作戦の失敗を追求する記者達に説明してきました。恐らく、大統領を矢面に立たせることなく、国防長官としての自分が矢面に立ち、説明責任を果たそうと思ったからだと思われます。同氏は、記者会見に当たっては、常に各テレビ局の音声やカメラの準備にも細心の配慮を示す(この映画の冒頭もそんなシーンから始まります。)等、マスコミ側の受けも悪くなく、ベトナム戦争の前期については、同氏の説明はそのままマスコミ側にも受け入れられていました。事実、トンキン湾決議当時、ニューヨーク・タイムズ紙はタカ派の論陣を張っていましたし、北爆の開始や陸上部隊の大規模派遣にせよ、議論は当然あったものの、多くの米国のマスコミが政府の政策を苦汁の選択として国民に広報したし、ある意味後押しをしていました。しかしながら、確かに政府側からの発表は一方的であったことは否めず、当時の米国政府の説明ぶりを称して、日本の戦時中の大本営発表に例を取って「政府が国民を騙すの図」と批評家から厳しいご指摘を受ける部分です。
 映画の中の一場面で、ジョンソン大統領とマクナマラ国防長官との間の電話会話の実録テープにて、次のような場面があります。

   (March 6,1965)
  J: The psychological impact of ‘The Marines are coming’ is going to be a bad one.
    Every mother is going to say, ‘Uh-oh, This is it!’
    What we’ve done with these B-57’s is going to be Sunday School stuff…..
    compared to the Marines’.
    My answer is ‘Yes’.
    But my judgement is ‘No’.
  M: We’ll take care of it Mr. President.
  J: When are you going to issue the order?
  M: We’ll make it late today
     so it will miss some of the morning editions.
     I’ll handle it in a way that will minimize the announcement.
  ジ: 「海兵隊が派遣される」という報は、
      国民への心理的インパクトとしては悪いものになるだろう。
     母親たちは誰もが言うだろう。「おやまぁ、やっぱりこうなったわ!」
     B-57爆撃機で我々がやってきた北爆は、まだ日曜学校に行くようなものだ。
     海兵隊の派遣に比べりゃぁな。
     私の結論は「イエス」だが、判断としては未だ「ノー」なのだ。
  マ: 分かりました。我々国防省が対応しますから、大統領。
  ジ: 派遣命令はいつ発出するんだ?
  マ: 今晩遅く出す予定です。
     そうすれば日曜版の新聞で何社かは見落として記事にならないでしょう。
     発表にしても影響が最小限になるようにうまくやります。
  
 それまでの軍事顧問団や空爆という段階から、いよいよ地上戦闘部隊が現地に派遣される苦悩の決定と、それをいかに国民にアナウンスメントするかという会話です。とてもじゃないが国民には聞かせられない、そんな脂っこい悪だくみ的な内容が話されています。このような腹をもって国民への説明がなされていたわけなので、結果として、国民への説明責任が必ずしも公明正大・誠実なものではなかったことについて責任は免れないようです。(蛇足ながら、米国の情報公開が立派なのは、こうした大統領の関わる会議や電話は全て公文書として記録・保管され、一定期間を経て公開される、ということですね。)

 しかし、私見ながら、結果論として国民への説明において責任は免れない部分はあるものの、そこは当時の世間一般の「空気」ともいうべき常識的な認識を割り引いて考える必要があろうと思います。マクナマラ氏がよく口にする「(ベトナム戦争の話は)冷戦の文脈の中でアプローチしなければ」の言葉が示すように、当時は世界が共産化の危機に晒されていて、ある一国の共産化を許容するとドミノ倒し的にバタバタと共産化する可能性がある、という「ドミノ理論」が政治家、評論家、マスコミのみならず、広く一般に信じられており、「それはくい止めねばならない」というのが半ば常識的な理解でした。当時の認識として、第1次大戦も第2次大戦も、そして朝鮮戦争も、いずれも政府と国民との間に自然の正当な信頼関係があった時代でしたから、「それはくい止めねば」という覚悟が国民一般にあった、そんな時代でした。これは世間一般も、ジョンソン大統領やマクナマラ氏や彼らが集めた優秀な官僚たちでさえも、同じ空気の中で危機感を持って仕事をしていたに違いありません。少なくとも初期の段階は。
 しかし、さすがに1965年以降、現地に報道関係者が派遣され、今々の状況を報道し始めると、マクナマラ氏の饒舌な説明では覆い切れない生の戦況がお茶の間に伝わり始めます。特派員の記者達が現地で見た現実のベトナムは、マクナマラ氏が饒舌に図解で分かりやすく説明している話とは大きなギャップがありました。米国政府が自由や民主主義の守護者としてバックアップしている南ベトナム政府は、現地で見た現実から言えば、汚職に満ち、市民への仕打ちも残忍、どうも信頼性に欠く政府でしかありません。南ベトナム政府軍が主体的に北の侵略と戦っているはずが、どう見ても前面に立って主体的に戦っているのは米軍で、説明で聞いていた「政府軍を教育訓練している」とか「支援している」という状況ではないことが、お茶の間のテレビ画像を通じて国民の目にも明らかになってきた訳です。
Vietnam_War_on_television.jpg

 この辺りは、マクナマラ氏は「国民を騙していた」と批判されても否定できないところでしょう。国民への説明が正直でなかろうが、後々批判を受けようが、南ベトナムの共産化をくい止めなければならない、そういう思いだったのでしょう。今くい止ないと東南アジア全体が共産化してしまう、という思いに取り付かれていた、ということだったのではないでしょうか。

 ここで、本件についてもう一つ補足したいことがあります。特に、この国民への説明の際に顕著でしたし、戦争指導・作戦指導においてマクナマラ氏が固執した「数値的データに基づく統計学的分析手法」の弊害の部分について、次回是非お話をさせていただきたいと思います。
 (了)


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