ロシア軍北部戦線ハルキウ州敗走:背景に劣悪な指揮、装備、兵士

兵士不足を補うため刑務所の囚人に志願を募るロシア民間軍事会社ワグネル(2022年9月17日付BBC記事「Russia's Wagner boss: It's prisoners fighting in Ukraine, or your children」より)
敗走したロシア軍将兵の声なき声
2022年9月初旬のウクライナの北部から東部にかけての反撃攻勢が成功裏に進むや否や、連日ウクライナ情勢のマスコミ報道がかしましくなされています。その尻馬に乗るようにロシアをこき下ろすような話を書きたくないのですが、そんな記事の中に現在第一線にいるロシア軍の将兵が直面している様々な困難な問題が見られ、今後のウクライナ戦争の行方にも大きく影響しそうなので、そうした要因に着目してみたいと思います。特に、ロシア軍が撤退したハルキウ州に残されたロシア軍の武器や弾薬、様々な遺棄資料、或いは、ロシア国内での軍事ブロガーの軍や政府への批判の中に、耳を傾けるべき前線のロシア軍将兵の声なき声が聞こえてきます。
敗走の背景に指揮、装備、兵士の質の問題が
北部戦線ハルキウ正面でロシア軍がかくも脆くも敗走するに至った背景にはどういう要因があったのか?について、軍事作戦の優劣以外の要因を焦点に、いろいろな記事を読み漁ったところ、①指揮、②装備、③兵士の資質、の3点で現場のロシア軍将兵がひじょうに困難な状況に直面している模様です。これが故に、ロシア軍は本来の頑強な抵抗や我慢強さを発揮することなく、意外に脆くも敗走に至ったのではないか、と推察されます。
①指揮
頼りない指揮、端的には「指揮官」が本来の指揮を執っていないことが問題のようです。それを端的に示す例として、前線の将兵達が「There is no opponent worse than your own commander who is a… (=バカな指揮官は敵より怖い)」という刺繍のパッチを戦闘服に貼って行動している、そんな画像がロシア国内の軍事ブログに出回っているそうです。(参照:2022年9月17日付BBC記事「Ukraine war: Russian retreat exposes military weaknesses」) どこの軍隊でも、たまにバカな指揮官はいるものです。そんな場合、将兵達は腹ではそう思っても(たまに将兵間の酒のツマミに上司の悪口をいうことはあっても)、自分の考えをパッチに刺繍して貼るなんて自殺行為はしませんよ。特に、上下関係の厳格な以前のロシア軍ではあり得ないことです。ロシア軍なら見つかったら全員摘発され、拷問のあげく反省独房に入れられ、相当の痛い目に遭うハズです。自衛隊ですら、反省房はないもののこってりと指導され、「注意」処分を受けるでしょう。そのはずが、こうして隊員達が上官の頼りなさをこき下ろすパッチを隊員共有のコンセンサスかのように平気で貼っている、….近代軍隊として考えられない状況です。要するに、小隊長クラスの身近な将校を含めて、小隊・中隊・大隊・連隊等の各級指揮官の「部隊指揮」が成り立っていないのでしょう。これでは軍事作戦の実行を命じる「命令」の尊厳は無力化してしまい、部隊の軍事行動は成り立ちません。
こういう状況であれば、指揮官の「撤退」命令を待たずに、将兵が自分の守るべき陣地を捨てて勝手に逃げ出し始め、もはや統制の取れない状況で「敗走」に至ったのであろうことは、容易に想像できます。
②装備
2022年2月下旬にロシアのウクライナ侵攻が開始されて以来、特に、電撃侵攻の初期作戦において、第2次世界大戦後最大規模のロシア軍の大戦車軍団がウクライナの各正面で機動・展開し、惜しげもなく精密誘導弾などの新鋭兵器が撃ち込まれました。恐らく短期決戦の算段をしていたのでしょう。それが半年を超える長期戦となり、ロシア軍はもはや「矢弾尽きる」状態になっています。
前線の将兵は、今日明日の装具・武器・弾薬・各種補給品にも事欠いている状況です。その窮状は、現場の将兵が家族との間でとる電話連絡やSNSを通じてロシア国内にも知られ、国内でクラウドファンディングが始まっている模様です。国家財政からの支出ではなく市民レベルの資金集めにより、既に過去3ヶ月間で約15億ルーブル(1700万ドル)を集め、戦う装備の武器・弾薬やドローンに始まり、兵士が身につける戦闘服や防寒具・靴下・下着に至るまで、ありとあらゆる補給品を前線に送るため、資金集めが活発に行われている…。状況はそんなところまで来ているようです。民間がお金で軍需品を買って前線に寄付する?そんなことができる国なんですね。
③兵士の資質
侵攻開始以来、ロシア軍将兵の人的損耗は相当な数字に至っていると思われます。ロシア国防省の発表では千名程度のようですが、ウクライナ国防省の読みで4万名、米国国防省の読みでも1万5千名は戦死しているとのこと。戦線での人的損耗の交代要員をロシアは補充したいわけですが、今回の戦闘は他国との「戦争」ではなく、特定の目的のもと限定的な軍事目標を達成するための「特別軍事作戦」という仕切りになっており、国家としての徴兵や動員の大号令をかけていません。これに代えてロシア政府がやっているのは「志願兵の募集」です。
ところが、この「志願兵」がクセモノ。ロシアの周辺少数民族をお金で釣って雇って少数民族の志願兵大隊を作ったり、東部2州などの占領地の男子を半ば強制で動員したり(もはや占領地の男性は老いも若きも駆り出されている模様)、果ては悪名高きロシアの民間軍事企業ワグネルが刑務所に服役中の囚人を動員(一応「志願」兵らしい)して、これらの動員された志願兵は、わずか1週間の新兵訓練だけ受けたのみで前線に放り込まれている模様です。(参照: 2022年9月17日付BBC記事「Russia's Wagner boss: It's prisoners fighting in Ukraine, or your children」)
いやぁー、これでは戦えないでしょうね。兵士の資質なんて、1週間で養えるものではありません。彼らはまだ田舎の市井の市民のまま、或いは囚人のままでしょう。彼らに銃だけ持たせて「戦え!」と言っても、人数だけ揃っても部隊の軍事作戦行動になりませんよ。
間もなくウクライナ戦争の天王山となるヘルソン市攻防戦が始まる!
あまり着目されていませんが、ISWの毎日の分析を見ていて、私見ながら見出しにように「間もなくウクライナ戦争の天王山となるヘルソン市攻防戦が始まる!」と見ています。9月初旬の北部攻勢を主攻撃と思っているど素人なマスコミ報道に騙されないでください。南部ヘルソン正面がウクライナ軍の主攻撃です。
否、ヘルソン市攻防戦はもう始まっているのですが、ロシア軍のヘルソン市の防御陣地が固いので戦況が進んでいないだけです。間もなく、ウクライナ軍は血の代償を払いつつ、いずれかの攻撃軸で血路を開き、ここから多くの両軍の血を吸うであろうヘルソン市攻防戦が始まると推察します。
ロシア軍は、引き続き前述の3点の困難を患いながらも、ここで頑強な抵抗を示すと思います。世界はロシア軍のど根性をここで目撃する、私見ながらそう思っています。
(了)


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