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2022/09/28

ロシアの占領地併合、動員令、核の脅し:プーチンの頭の中と実態の乖離

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cars to escape
上:2020年9月25日、動員招集から逃れるためジョージア国境に急ぐロシア市民(People carrying luggage walk towards a customs checkpoint between Georgia and Russia some 25 km outside the city of Vladikavkaz on September 25, 2022. Russia's Federal Security Service has deployed soldiers and an armored personnel carrier to the country's border with Georgia as men attempt to flee Vladimir Putin's partial military mobilization.)
下:ジョージア国境に長蛇の列を作るロシア市民の車列(Traffic jam near Russia's border with Georgia, 25 September 2022)
(上下とも画像は、2022年9月26日付Newsweek記事「Russia Deploys Soldiers, Armored Vehicle to Georgia Border Amid Exodus」より)

「ロシアの占領地併合、動員令、核の脅し」の決定から1週間経過
 前回のブログでも述べましたように、2022年9月21日の段階で、ウクライナの反撃攻勢に押され気味であることに危機感を感じたロシアのプーチン大統領は、ウクライナ侵攻でロシアが占領している地域を住民投票で併合を急ぐとともに、押され気味の戦線を巻き返すために予備役の部分動員を開始し、更に、併合後の占領地はロシア本土となるため「国土防衛のためには核兵器使用も辞さず」というケツをまくった姿勢を示しました。そこから1週間経過しましたが、あにはからんや、プーチンの頭の中で「こうすればこうなるだろう」と計算していた状況とは違う絵姿が現実のものとなってきています。
 賢明なプーチン大統領のことですから、ある程度の内外の反発や施策遂行上の現場の不協和音は想定していたものと思いますが、一週間経過してみると、その実態はプーチンの想定をかなり逸脱した状態になっていることに驚いているのではないでしょうか。

誤算1:「占領地併合」は同盟・友邦国にも受け入れられず
 プーチンの頭の中では、西側諸国から批判や非難を受けるのは当然想定内のことですが、旧ソ連邦で現在もロシアとCSTO(Collective Security Treaty Organisation)という集団安全保障の同盟国であるカザフスタンから「承認しない」との事前通告をされています。ちなみに、カザフスタンはウクライナ侵攻自体も容認しておらず、ウクライナ侵攻への派遣要請も拒否しています。また、ウクライナ侵攻に「賛同」し侵攻拠点にもなったベラルーシは、併合についての態度を明確にしていません。(参照:2022年9月27日付Newsweek記事「Putin Ally Promises Refuge to Russians Fleeing 'Hopeless Situation'」)

誤算2:「動員令」に国民は笛吹けど踊らず
 プーチンの頭の中では、国際的な批判や避難は想定内どころかアウトオブ眼中であって、むしろ国内においてはほとんどの国民の理解と信頼を得て、前線の兵士と国民は一致団結する方向へ進むと考えていたのではないでしょうか。今回の発表で契機となって、これまで日常の国民生活とかけ離れたウクライナとの紛争に対し関心が高くなかった国民にとり、自らの国家、地域、家族の問題であると再認識するであろうと期待していたのではないでしょうか。勿論、国民の一部には政府の決定に反対する輩というのは常に存在するので、動員をめぐって一部で反対運動や混乱があるのは想定内だったでしょう。

 プーチンの計算では、これまで割と無関心だった国民は今回の決定を通じて官製メディアの報道で現状認識や政府の方針に対する理解が促進される、というものだったでしょう。特に、実は今回のウクライナとの紛争は、ウクライナ領域内のロシア系住民やロシアとの併合を望む住民達がナチズムに冒されたウクライナにより危機に瀕しており、隣国ウクライナとNATOが共謀してロシア国家を侵そうと企てている。この親ロシアの地域の窮状を救うため、特別軍事作戦のもとでロシア軍が戦ってるが、米欧の最新装備で力押しでくるウクライナ・NATO 同盟軍に対し、ロシアの将兵は非常に苦戦している。国民よ、ロシア国家は今危機の中にある。特別軍事作戦の達成のため、予備役を部分的に動員する。来たれ!予備役兵よ!国民よ一致団結して戦おうではないか!・・・という一昔前の思考ですね。

 ところが、実際に起きているのは、動員や戦争に反対する猛反発、デモ、徴兵忌避のための国外脱出ラッシュ、入隊事務所や職員への放火や発泡などのテロ行為、…等々でした。それも、プーチンの想定の幅をかなり超える人数や各地への飛び火、頻度や規模の拡大なのではないでしょうか。既に、ロシアと地続きの隣国であるジョージア、カザフスタン、モンゴル等の国境では何キロにも及ぶロシアから逃れるための自家用車の列が連なり、空港・鉄道・港湾は大混雑し、陸海空の国際便の予約は満杯・価格は高騰・予約ブースはダウン…等々、枚挙に暇がありません。ジョージア政府やカザフスタン政府が流入してくるロシア人に対し拒否しない決定をしています。この辺もプーチンにとって計算外だったことでしょう。ちなみに、ロシアは間もなくこの国境に入隊受付所を設置する模様です。国境を越える前に入隊受付という名の検問を設ける訳です。新たな混乱の種ですね。(参照:2022年9月27日付BBC記事「Ukraine war: Russia to open war enlisting hub on Georgia border」)

 また、動員をめぐって各地で混乱も起きていて、それへの反発も大きい状況です。予備役兵18才~60才の健康状態などの動員条件適格者を選択的に動員の召集令状が行くはずだったのに、実際には傷病者や体の不自由な方、高齢者、そもそも予備役でない(軍隊経験のない)人まで召集令状が来るなど、相当混乱している模様です。これはロシア政府が地方政府に示した動員ノルマを達成するため、地方政府の職員が住民リストから適切に選定せずに手続きしていることが原因のようです。(公表上は「30万人の予備役動員」ですが、一部のロシアの独立系メディアの報道では「100万人にも及ぶ」といわれていますので、地方政府もノルマ達成に必死なのでしょう。)ロシア政府はこれを承知して拡大解釈し、「動員をめぐる国民の動揺は、全て一部の地方政府の官僚の誤った違法な手続きに原因と責任がある。これを直ちに正す。よって国民の動揺は解消される」というメッセージを繰り返し官製メディアを通じて国民に流しています。(参照:2022年9月26日付ISW記事「Ukraine Conflict Updates: RUSSIAN OFFENSIVE CAMPAIGN ASSESSMENT, SEPTEMBER 26」)
 ここまでくると、「誤算」というより「誤解」、いや「捏造」や「すり替え」ですね。ロシア国民は手続きミスに怒っているのではなく、戦争や動員に反対しているのです。プーチンにとっては、ここまで反対されると思ってもみなかったでしょうが…。

誤算3:「核兵器使用」実態はお粗末過ぎて使えないかも…
 プーチンの頭の中では、西側諸国から批判や非難を受けるのは当然想定内のことですが、自国軍の核兵器は量も質も米国と並ぶ「最強のラインナップ」と認識していたと思いますが、実態はかなりお寒いようです。これでは本当に核兵器を使用する段階に入った際、現場ではプーチン大統領の想定した状況とは根底から違った問題が生じる可能性があるようです。

 プーチンが自国の核兵器に絶大の信頼を置いているのは、戦略核兵器、特にボレイ級攻撃型原子力潜水艦の近代化に巨額の投資をしていることなど、耳に入っている報告は準備態勢もバッチリの最新鋭のものの話だけでしょう。その他の戦略核兵器、例えば、サルマト大陸間弾道弾などは、恐らくプーチンの想像の中にしか存在しないものです。要するに、装備はあってもやや旧式で、戦略核兵器としての準備態勢が維持されてると言える状態ではない模様です。特に、前回のブログで述べたように、実際にウクライナ戦争で核兵器を使用するとすれば、それは長射程かつ大規模な破壊力のある「戦略核兵器」ではなく、射程も短く破壊力も限定された小型の誘導弾や砲弾などの「戦術核兵器」でしょう。そういう戦略兵器でないものほど、現在のロシアでは平素の整備や管理が超杜撰な状態であり、実際に使用できる状況ではありません。これらの非戦略核弾頭は、この30年もの間、10数ケ所の核弾頭貯蔵施設に眠った状態で厳重に管理されています。いわゆる「油漬け」状態。これをイザ使うとなったら、この30年、誰も訓練もしていない、弾頭を取り付けて撃ってみたこともない兵器を使うという危険な状態になります。戦術核兵器を使う、というトップの判断が出ても、それを必要な時期・場所で求められた形で使用できるか、極めて疑問です。要するに、「核兵器の使用」は概念上の想定ではあるものの、実際の使用に当たっては使用に耐える状態ではないものなのです。使用部隊も使用の経験のないほど油漬けになっていた「使えない兵器」を使用する、という話なのです。核使用をチラつかせるプーチンの瀬戸際政策は、概念上は存在しても現実とはかけ離れている状況なわけです。
(参照:2022年9月26日付Eurasian Daily Monitor記事「Putin’s Botched Mobilization and Nuclear Non-Option (Publication: Eurasia Daily Monitor Volume:19 Issue:141)」)

プーチンも遂に焼きが回ったか
 2000年の大統領就任から22年、途中で2008年~2012年にメドベージェフに譲位したものの院政を敷いた後にまた返り咲いて、終始ロシアの最高権力者であったプーチン。彼にも、ついに焼きが回ってきましたね。抜け目なく才気煥発にして狡猾だったKGBの権化のような往時のプーチンは、今や往時の冴えは剥落してきたようです。もはやプーチンの頭の中にしかないロシアを動かしているのかもしれません

(了)

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