ロシア軍の東部戦線ソレダール奪取と総司令官交代から垣間見る内部抗争

ソレダール鉱山にて民間軍事会社ワグネル部隊によるソレダールの「奪取」を喧伝するブリゴージン氏 (Wagner boss Yevgeniy Prigozhin in a picture claiming to show the mercenaries in a Soledar salt mine)(2023年1月12日付BBC記事「Ukraine war: Who controls Soledar and why it matters」より)
ロシア軍の東部戦線ソレダール奪取?と総司令官交代から垣間見る内部抗争
ピンチはチャンス!ソレダールを死守してロシアの反攻を潰すべし!
2023年1月12日現在、ロシアのウクライナ侵攻の情勢に大きく2つの変化がありました。
ロシアが東部戦線ソレダールを再び陥落させ、かつ総司令官を総参謀長でもあるゲラシモフ大将自身が握る、という2つの動きの威勢のいいヘッドラインが報道されています。しかし、その背景にはロシア側で国防省・軍vsと非正規軍民間軍事会社の軍隊ワグネルの内部抗争の構図があり、これにそれぞれの支持勢力があり、これまではプーチン大統領はこれらをうまくバランスを取りながらマネージメントしてきましたが、どうやらかなり金属疲労が起きて軋みが大きくなっていると推察されます。ウクライナにとって、東部戦線ソレダールが取られると要衝バハムートの攻防戦はますます厳しくなります。実はソレダールはまだ完全に陥落していない模様なので、ウクライナ軍はこのピンチをむしろ「ロシア内部抗争に付け入るチャンス」として、この激戦を死守してもらいたい、という趣旨でお話し致します。
ロシアのソレダール再奪取と総司令官の交代
前述の通り、2023年1月半ばの段階で、2つの大きな動きがありました。まず第一に、東部戦線の要衝バハムートの近郊の町ソレダールをロシア側が「陥落させた」可能性があること、もう一つは、つい3ケ月前にプーチン大統領からロシアの特別軍事作戦の総司令官に任命されたスロビキン空軍大将からロシア軍参謀総長ゲラシモフ陸軍大将に交代したこと、という大きな動きがありました。前者はロシアにとっては夏以降はウクライナの反撃攻勢に押され放題、せっかく侵攻作戦で獲得した地域をウクライナに奪還されてばかりでしたので、東部戦線で要衝バハムートをめぐる激戦で、近隣の街を攻撃奪取したとすれば久々の快挙です。ロシアのタカ派の軍事ブロガーやオリガルヒ(プーチンと結託した新興財閥)はヤンヤの歓声と称賛を与えています。また、後者のゲラシモフ総司令官の誕生は、ロシア軍全体の作戦の総責任者が自ら特別軍事作戦(ウクライナ侵攻)を指揮するとすれば、指揮系統の統一という観点で作戦遂行がより強力になるとロシア政府は喧伝しており、確かに挙国体制が明確になります。前者・後者二つ合わせて、ロシア側にとっては久々に戦勢を巻き返す契機と言えましょう。
「ソレダール奪還」問題で民間軍事会社ワグネルとロシア軍の内部抗争が見える
11日に民間軍事会社ワグネルの事実上の総帥ブリゴージンが、「東部の要衝ソレダールをワグネル部隊単独で激戦を制し陥落させた!市街はウクライナ兵の死体があちこちに…」と公表して自分の手柄とばかり喧伝しました。ブリゴージンは元々はプーチン大統領の料理人で、その腕を買われてプーチンの子飼いのヤリ手の起業家として金融業で財を築き、今ではプーチンの私兵ともいうべき民間軍事会社ワグネルも所有する男です。こいつは国家の代表機関でも国防省や軍でもないのに、会社の体をした傭兵ワグネル部隊を使って今もアフリカや中東で暗躍し、ウクライナ侵攻でも国防省や軍の指揮下には入らず、半ば勝手に軍事作戦を遂行しています。今回の東部戦線バハムートをめぐる攻防戦もその一つで、軍の指揮掌握下ではなく、ワグネル部隊が勝手に東部戦線の一翼を担って勝手に作戦を実施しています。要衝バハムートを落とすためにはソレダールという緊要地形を手に入れる必要があって、ここに戦力を集中して半ば攻撃進展している模様です。ウクライナ侵攻の全体像がうまくいっていないことのスケープゴートとして、国防省や軍首脳部がロシア国内のタカ派の批判の的になっており、彼らの目には逆説的にブリゴージンの傭兵ワグネル部隊の活躍は胸のすく思いのようで、人気の的になっています。ブリゴージンもそれを知っての上で、自己顕示欲を丸出しで軍首脳の作戦遂行をこき下ろし、ワグネル部隊が孤軍奮闘しているようにロシアのネット上でPRしています。
面白くないのは国防省とロシア正規軍。よって、ワグネルが孤軍奮闘して「ソレダールを奪取」とは認めたくないので、「奪取」を否定し、かつワグネル部隊には全く言及せず、ロシア軍の作戦の一環としてソレダールで善戦しているように公表しています。
これに対し、当初ブリゴージンのワグネルが陥落させたとの報に大喜びで絶賛したタカ派軍事ブロガーやオリガルヒ達は、この国防省の正式発表で冷や水をかけられ激怒。
これが、ロシア側の「国防省・軍」vs「ワグネル部隊+ロシアのタカ派」という構図です。
「総司令官交代」問題も内部抗争が透けて見える
今回、ゲラシモフ参謀総長がスロビキン将軍からウクライナ侵攻の総司令官を引き継ぎます。
このスロビキン空軍大将は、元々シリアのアレッポで市民の巻き添えを意に介さず完膚なきまでに反体制力を撲滅した悪名高い空爆王で、ウクライナ侵攻においても、10月以降の徹底したウクライナ電力インフラへの砲爆撃を指揮しました。ウクライナの電力インフラ破壊は絶大な効果はありましたが、ウクライナ国民の交戦意志を喪失させるまでには至りませんでした。今後はゲラシモフ参謀総長がウクライナ侵攻作戦の全権を握って、陸海空の作戦遂行と全軍あげた後方支援による総力戦でロシアの猛攻撃が再興されるのかも知れません。
しかし、この交代劇も実はロシア国内の内部抗争の端緒が見えるのです。
実は、前述の国防省/軍vsワグネル部隊+タカ派の構図で言えば、スロビキンは「ワグネル部隊+タカ派」の期待の星でした。タカ派達からすると、国防省や軍首脳の方針は手ぬるく不徹底に見え、スロビキンのようにやるべき時は冷徹に無垢の市民の巻き添えなど顧みず、完膚なきまでに徹底的な作戦を遂行する指揮官が待望されました。そのスロビキンをプーチン大統領が総司令官にしたので、タカ派は大喜びでした。
他方、総司令官になったスロビキンは、作戦遂行上の必要性からプーチン大統領と直談判できるまでに力を持ちました。一応、軍の指揮系統的には、ショイグ国防相やゲラシモフ参謀総長に事前に話を通すべきですが、スロビキンはそれを無視して大統領と直談判する地位にまで至っていました。これは国防省や軍首脳にとって憤懣やるかたない話です。当然、ウクライナ侵攻の作戦遂行と国防省/軍としてのその支援体制は一枚岩ではなく、ギクシャクし齟齬がありました。
面白いことに、1月10日の段階では以前にも一時的に総司令官に名の上がったラパン大佐という部隊指揮官が総司令官につく、という発表がありました。米国ISW(戦争研究所)の10日付の戦況分析にも出ていました。スロビキンより格下ですし、タカ派からも作戦指導についてバッシングを受けていた人物なので、私も本当か?疑いました。その翌日、11日付けで前述のように「ゲラシモフ参謀総長が総司令官に」との正式発表となりました。
私見ながら、この急転直下のゲラシモフ参謀総長の抜擢にこそ今回の総司令官交代の本質が透けて見えると推察します。要するに、プーチン大統領が国防省/軍首脳vsワグネル部隊+タカ派の勢力のバランスを取りながら、結局はプーチン大統領の保身を図っている、と読んでいます。私見ながら、スロビキンは力を持ちすぎ、ブリゴージンのワグネル部隊は自分勝手が過ぎ、タカ派も調子に乗り過ぎているので、ここらで舵を切り直して、国防省/軍首脳に活躍の出番を作ってやった、ということだと思います。舵を切ったはいいですが、さすがにラパン大佐程度のタマでは荷が重すぎるので、軍の最高責任者であるゲラシモフを担ぎ出したわけです。他方、軍のトップですから、もはや次のタマはありません。(勿論、だめなら次のタマを込めるだけですが。)当然、今回せっかくあるべき姿に回帰して国防省/軍首脳に舵取りをさせてくれる機会が与えられたので、彼らも腹を決めて総力戦で臨むでしょう。要するに、長期戦となろうし、春からの攻撃再興においては勝たねばならないわけです。プーチン大統領にネジを巻かれた感じですね。
ピンチはチャンス!ソレダールを死守してロシアの反攻を潰すべし!
迎え撃つウクライナ側に取ってみれば、「ふざけんな!」ですよね。
目下激戦中のバハムート攻防戦は絶対落とすわけにはいきません。ロシア側の報道のように、ソレダール地区は確かにワグネル部隊の優位になっているようですが、まだ陥落はしていません。仮に陥落したとしても、ソレダールがロシアの手に落ちると、ソレダール鉱山の地下坑道などロシアにとって有力な攻撃基盤にはなりますが、決して要衝バハムート攻防戦における決定打ではありません。ブリゴージンは「ワグネル部隊が戦略的価値の高いソレダールを奪取したのでバハムートは陥ちる」と喧伝しているほどの戦略的な重要性はソレダールにはありませんし、ワグネル部隊ももはや攻撃衝力が尽きています。
ピンチに違いないものの、ウクライナ軍にとってピンチはむしろチャンス!ここでソレダールやバハムートを死守して、ワグネル部隊の攻撃を頓挫させれば、ロシア側の「イケイケ」的な戦勢は一機に減速します。ロシア側は東部戦線のバハムート攻略が現在の主攻撃/焦点ですから、ここでコケたら春の攻撃再興も攻撃の足がかりを失います。
バハムート攻防戦は非常に激戦で苦戦の真っ最中ですが、ここが頑張りどころ、正念場です。ここでバハムート攻防戦に戦闘力を集中し、ワグネル部隊を中核としたロシア側の攻撃を断固潰しましょう。
頑張れ!ウクライナ、勝利の日は近い!
(了)


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