バハムートでウクライナ軍が反撃、一部を奪回: だがこれは反転攻勢の開始ではない

2023年5月13日テレ朝サタデーステーション22時30分頃の画像
バハムートでウクライナ軍が反撃、ロシア軍が後退
激戦が続き、市内の半分以上をロシア軍に占領されていたバハムート市において、ウクライナ軍が反撃して一部を奪回、同地にいたロシア軍が後退しています。ISWの5月13日付の分析によれば、ウクライナ軍はバハムートのおけるロシアに占領されていた地域に対する反撃を実施し、同地のロシア軍が後退しており、市の南西部の一部を奪回した、と主張している(ISWとしては未確認)、とのこと。
(参照: 2023年5月13日付ISW記事「RUSSIAN OFFENSIVE CAMPAIGN ASSESSMENT, MAY 13, 2023」)
攻勢開始か?
前述のバハムートの戦況について、ロシアの傭兵部隊ワグネの総帥ブリゴージンのコメントから、ロシア側の見方を紹介いたします。ブリゴージンは、つい先日、ロシア軍当局がワグネルに対する武器弾薬の補給を意図的に停止していて、このままではワグネルはバハムートで全滅するか同地を撤収するかしかない!と恐喝し、後日ロシア軍当局から一定の補給を受けてバハムートでの攻撃を再開し、バハムートを占領寸前のようなコメントをしていました。しかし、ここ数日で発言がまた一転。結局、ロシア軍当局からの武器弾薬の補給は底を打って再停止し、ワグネル部隊はこれ以上戦闘継続不能となり同地を逐次撤退せざるを得なくなった模様です。ショイグ国防相や他の軍事指導者に対して口汚く罵るSNS画像をアップしています。「ワグネルの戦闘員がバハムートで虐殺されている間、奴らは『太った猫』のように座って何もしない」と激怒、そして、バハムートにおけるウクライナの反撃について、これはウクライナの”full swing”の反撃攻勢が開始されたのだ、と主張し、ロシア軍当局がロシア軍の後退を今後の戦闘のための再編成が必要なための「戦術的後退(“tactical retreat”)」と表現したことを「嘘だ!これは戦術的後退でなく戦場から逃亡したんだ!(“There was no tactical retreat . . . what happened was outright flight.”)」と軍当局を非難しています。ロシア国内の軍事ブロガーは一斉にウクライナの反転攻勢の開始を警告し始めています。
ブリゴージンやロシアの軍事ブロガーのデマゴーグは割り引いてみないといけませんが、西側の一部のメディアの報道でも、反転攻勢の開始か?という関心の示し方をしています。日本のメディアの例ですが、2023年5月13日付毎日新聞、テレ朝サタデーステーション、NHKニュースでも、「ロシア軍、バフムトで後退。ウクライナが本格的な反転攻勢開始か」という報道をしています。
(参照: 2023年5月13日付Financial Times記事「Ukrainian counter-offensive takes shape with first gains around Bakhmut」、同日付BBC記事「Ukraine claims gains in Bakhmut after Russia denials」、同日付毎日新聞記事「ロシア軍、バフムトで後退『ウクライナが本格的な反転攻勢開始』」、同日付テレビ朝日サタデーステーション、2023年5月12日付The Guardians記事「 Russian troops fall back to ‘defensive positions’ near Bakhmut」、ほか)
いや、これは攻勢開始ではなく、まだ攻勢作戦の準備段階
しかしながら、私見ながら、これはウクライナ軍の攻勢開始ではありません。あくまで、激戦の続いているバハムート攻防戦の現在の一断面の趨勢です。お騒がせ男ブリゴージンの発言は放っておきましょう。
私見ながら、バハムートでのウクライナの反撃はあくまで局地的戦闘の一断面です。これまでほぼ1年がかりで同地の攻防戦が続いていました。当然、攻められたり、攻め返し(反撃)たり、双方の当時の戦勢や勢力、作戦の趨勢で動きがあるわけで、全般的なウクライナにおける対ロシアの侵攻作戦の中の一断面に過ぎませんよ。ウクライナ軍の「反転攻勢」の開始というのは、こういうことではなくて、ウクライナ~ロシアの戦争における大きな戦争の結節点・転換点になるようなepoch-makingなもののはずです。大きな作戦も始まりは「人知れず」鞭声粛々と始まることは確かですが、このバハムートの今回の反撃とは違います。まず違いの第一に、戦闘参加部隊に、ウクライナの攻勢の新編部隊が入っていません。これまで同様、今回のバハムートの戦闘では、ウクライナのバハムート守備部隊及びロシアのワグネル部隊と一部のロシア軍部隊の組み合わせによって行われてきました。戦闘参加部隊は変わっていません。今回の反撃が生起したのは、ロシア側のワグネルとロシア軍当局との武器弾薬の補給をめぐる内紛のあげく、勢いの弱まったワグネル部隊に対し、ウクライナのバハムート守備部隊が局地的な反撃を試み、ロシア軍の退却もあって、その反撃が一部成功している、という一断面にすぎないのです。
ウクライナのゼレンスキー大統領は、BBCのインタビューに対し、「ウクライナは今既にある西側供与の武器弾薬等の装備で反撃を開始することは可能ではあるが、それではウクライナ軍は相当の人的損害を甘受しなければならず、満足いく反転攻勢作戦のためには、約束された西側の軍事援助の多くが到着できるよう、もう少し時間が必要だ。」と語りました。要するに、反転攻勢はまだまだ先の話、ということです。
勿論、こういう発言をしたからと言って、それを根拠に「ウクライナの反転攻勢開始はずっと先」と判断しいるのではありません。昨夕のテレ朝のサタデーステーションを見ていて面白かったのは、コメンテーターの栁澤英雄さんが、反転攻勢の開始か?という件について、ウクライナのゼレンスキー大統領が前述のような発言をしているが、これはブラフで、実はこれが人知れず反転攻勢の始まりの合図だった、ということもあるかも知れない、と語っていました。
私見ながら、わざわざ攻勢開始のタイミングに合わせて、「攻勢開始はまだまだ先のこと」と発言するというのはないでしょうね。ゼレンスキー大統領のコメントが開始隠しのコメントかどうかなんて視点自体がおかしな話ですよ。この大統領のコメントの趣旨は、攻勢開始のタイミングをぼかすためのものではなくて、あくまで西側のパートナーに対する「早く攻勢開始したいのだけれど、より多くの武器を急ぐようにお願いしますよ!」というメッセージですよね。
大事なことは、大きな攻勢作戦の開始のためには、攻勢を開始するための条件・環境の作為が必要だ、ということです。米軍の作戦ドクトリンの中に、「Shaping」という日本語にしずらい概念があります。Shapeすなわち「形を整える」、要するに、作戦開始の前に作戦を成功裏に進めるための戦況とか、彼我の配置とか、我が軍の戦闘のための編成の完結とか武器弾薬等の補給及び再補給のための兵站基盤の確立だとか、そういった準備段階のもろもろの基盤的作戦があります。今、それをやっているところ、という認識が正しい認識ではないかと思います。
頑張れ、ウクライナ!
攻勢作戦を着々と準備しよう!
勝利の日は着々と近づいている!
(了)


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