「プリゴージン暗殺」報道に隠れたウクライナの快挙: 独立記念日にクリミア上陸作戦成功
プリゴージン搭乗機墜落・死亡・暗殺?の報、駆け巡る: ただし「やっぱり」感
8月23日夜、モスクワの北西約300キロのトヴェリ州にてプリゴージンが搭乗したプライベートジェット機が墜落し、乗客乗員10人の遺体を収容した、との報がロシアから発され、「ワグネル代表プリゴジン氏、飛行機墜落で死亡か 搭乗者名簿に名前とロシア当局」(2023年8月24日付BBC記事)など、各国メディアの「プリゴージン死亡、暗殺か?」という報道が世界を駆け巡りました。
ワグネルの総帥プリゴージンのほか、乗客乗員にはワグネルを実質的に統括してたNo.2、ドミトリー・アトキンス、武器の調達等で右腕として支えたNo.3のヴァレリー・チェカロフも同乗し、この墜落で3名とも死亡。これが単なる航空機事故ではなく、プーチンの命による暗殺であろうこと各国メディアが指摘しており、緻密な確認行為と不偏不党な戦況分析で定評のある米国のシンクタンク、ISW(戦争研究所)の分析でも「これは明確にプーチン大統領による暗殺で、これに続いてワグネル組織の解体となろう」(The Wagner Group will likely no longer exist as a quasi-independent parallel military structure following Russian President Vladimir Putin’s almost certain assassination of Wagner financier Yevgeny Prigozhin, Wagner founder Dmitry Utkin, and reported Wagner logistics and security head Valery Chekalov on August 23.)とまで明確に「プーチンによる暗殺」と断じています。ISWには珍しいことです。確かに、時を同じくして、プーチン大統領からウクライナ侵攻の総司令官を命じられ、一時期ウクライナ侵攻作戦の全権を握っていたスロビキン空軍大将が、プーチン大統領から現役職の航空宇宙軍司令官の任を解かれ、クビになりました。このスロビキン空軍大将は、プリゴージンの信が厚く、ワグネルの反乱時にも事前に承知していたらしいことは衆目の事実です。プリゴージンの反乱の際はプリゴージンを裏切って、終始沈黙を守りましたが、反乱後に拘禁されたらしく、一時動静不明になり、その後姿を現しましたが、明らかに閑職に追いやられ、クビを切られるのを待っている状態、と西側から見られていました。また、これも時を同じくして、ロシアからベラルーシに拠点を移したワグネル部隊も今や大幅に縮小している模様です。全盛期はロシア正規軍以上に最新鋭の武器・弾薬を誇っていたワグネル部隊は、小型携行武器以外の主要装備をロシア政府に返納させられ、いまや小銃・機関銃程度の小火器の武装しかありません。ロシア政府からの一切の支援は断たれ、貧しいベラルーシ政府からの支援はチョボチョボ。他方でロシア政府はワグネルに代わるロシア政府子飼いの新民間軍事組織を絶賛募集中で、当然ワグエル部隊の兵士大歓迎のため、そっちに流れており、今やワグネル部隊は事実上の骨抜き・解体状態です。こんなことがここ1週間の間に集中して起きています。これをただの偶然と読む人はおりますまい。ISWの分析の通り、トップ3名の暗殺に引き続き、ワグネル組織・部隊の解体のスイッチが押された、と見て間違いないでしょう。
(参照: 2023年8月4日付ISW記事「Russian Offensive Campaign Assessment, August 24, 2023」、ほか各紙)
しかし、この世界を駆け巡った報道の受け止められ方は、「衝撃の大ニュース」ではなく「やっぱり」感に満ちていました。この報道に、米国のバイデン大統領のコメントもそうでしたし、日本でもNHKから朝日から読売・産経に至るまで、ほとんどの報道が言外に「やはり」感をにじませました。プーチンは飼い主の手を噛んだバカな犬=プリゴージンをぬくぬくと生かしておくわけがなく、やがて暗殺するだろうな、とは誰もが予想していたことでしょう。それが反乱後2ケ月経って、今、現実化した、というだけのこと。「やっぱりね・・・。」と。当初のニュースを報じた後は、フォロー報道もあまり衆目を集めないほどです。
ちなみに、私も本ブログ上で予言していました。2023年6月29日付「プリゴージンの乱を治めたルカシェンコの腹」及び7月4日付「群衆に囲まれファンサするプーチン?! 反乱のダメージコントロールに躍起のプーチン」で、ほとぼりが冷めた頃にプーチンはプリゴージンをむごたらしく殺すだろう、と。まぁ、こんなの誰もが読んでいたことでしょうけど。そのくらいの、「やっぱり」感ですよね。
プリゴージン暗殺報道に隠れた快挙: ウクライナ軍が独立記念日にクリミア上陸成功の花火を挙げる!
いやー、痛快なことが起きていました。前述のプリゴージン暗殺のニュースが飛び交っている同時期に、ウクライナがロシアから独立した記念8月24日のウクライナのロシアからの独立記念日の直前に、これに花を添える作戦が計画・実施されていました。独立記念日に花を添える一連の作戦は数個の隠密の特殊作戦からなり、詳細はウクライナも伏せていますが、公表した作戦は2つでした。8月23日に公表したクリミア半島オレニフカ付近ターカンクート岬におけるロシアの最新鋭地対空ミサイルシステム「S⁻400」やバスティオン対艦ミサイルシステムの破壊、及び翌24日に発表したオレニフカ付近への特殊部隊の2か所(オフレニカと近傍のマヤクという集落)への上陸作戦の成功です。(※実際の作戦は公表日の前に既に終了していますので、公表より半日以前の話であることにご留意ください。)
この一連の作戦成功について、ロシア政府は一切コメントしていません。一方、西側報道はプリゴージン暗殺報道の余話的に、「ウクライナ “クリミア半島に一時上陸” 独立記念日に特別作戦」(2023年8月4日21時59分付NHKニュース)などのように手短かな単発報道でカバーしたのみです。

ウクライナ独立記念日に戦果として紹介されたクリミア上陸を果たした特殊部隊(2023年8月24日付BBC記事「Ukraine claims Crimea landing for 'special operation' on Independence Day」より)
私見ながら、それは見方が甘い。この「クリミアに上陸できた」ということの意義・重要性が理解されていませんね。これは、玄人的には非常にビックリな朗報です。「やっぱり」感のあるプリゴージン暗殺なんかより、余程インパクトの強いニュースです。
ウクライナが公表した23日と24日に公表された2つの作戦は、ほかにもウクライナはいろいろやっていますが敢えて語っていません。語られた2つの作戦は、いずれもクリミア半島の西端の岬部分オフレニカです。ここには、ウクライナの黒海への海軍作戦や航空作戦全体の防空の中枢があります。ロシア軍の最先端の防空装備S-400 「トリウームフ」が統合防空システム及びバスティオン対艦ミサイルシステムが睨みを利かしていたわけです。このS-400 とは、ロシアの接近阻止・領域拒否(A2/AD)能力の核心的存在であり、米国を含むNATOもなかなか侵せない比類なき防空能力を持っています。こいつの存在があるがために、黒海での海上作戦や、いわんやクリミア半島への着上陸作戦は困難と言われてきました。おそらく、軍事経験のないエセの軍事アナリストはともかく、現役自衛隊幹部、元自のウォッチャー含め、玄人は気づいているはずです。このS-400を、特殊部隊が隠密裏にクリミア半島に着上陸し、破壊してきたのですよ。考えても見てください。「いやぁー、ちょっくら、北朝鮮の弾道弾発射基地のあるピョンチャンリに潜入しまして、弾道弾サイトの発射台を破壊してきました…」と言っているような話です。今回の「破壊」のダメージがどれほどか、すぐに復旧できる程度の小破なのかもはや修復困難な大破なのか、全く不明なので何とも言えませんが、クリミアのロシア軍にとっては致命的な大失態のはずです。更に驚くべきは、23日に公表したS⁻400破壊作戦の翌日の24日に公表したのが、その破壊作戦の後に行われた近傍の街オフレニカへの特殊部隊の特殊艇による上陸成功です。この際のシーンと思われる、非常に見えずらい画像ながら、夜中にオフレニカの街に上陸した特殊部隊員たちがウクライナ国旗を掲示している場面がSNSに出回っています。
一部報道によれば、これらの特殊部隊の上陸は、高速特殊艇にて海岸に上陸し、次なる破壊目標(このオフレニカにはS-400やS-300などの防空システムのほか、様々なレーダーサイト、長距離~中距離ミサイル、対艦ミサイルなどのシステム装備が散在)の破壊を目指した作戦行動だった模様ですが、潜入に気付いたロシア軍との交戦に至り、ロシア兵数十名を殺傷したうえ、ウクライナ兵は死傷者なしで離脱しています。隠密を旨とする特殊作戦行動としては見本のような大成功ですね。
(参照: 2023年8月24日付BBC記事「Ukraine claims Crimea landing for 'special operation' on Independence Day」、同日Newsweek記事「Ukraine General Reveals Plans for Crimea」、同Newsweek記事「Ukraine's Amphibious Assault on Crimea Sours Putin's Big Moment」、同Newsweek記事「How Ukraine Pulled off Audacious Amphibious Crimea Landing」、ほか)
クリミア半島への上陸作戦の意義・重要性
今回のクリミア半島上陸という特殊作戦の成果は、直接的には「ロシア軍のS-400 や対艦ミサイルの破壊」という、既に事実上の戦争状態のウクライナーロシア間においては日常茶飯事的な戦果ですが、この意義は重大です。クリミア半島は、黒海に突き出た半島というよりほぼ島ですが、ロシアが国際的な規範を無視したクリミア侵攻により、ウクライナから2014年に奪取し実効支配したほど、ロシアにとって戦略的な重要性を有する死活的国益の地域です。寒い国ロシアにとって、冬になっても凍らない黒海に浮かぶクリミア半島は、天然の良港・軍港であるセバストポリも擁し、まさに黒海上の不沈空母であり、ここを保持する者が黒海の自由航行を制する死活的な領土です。現在、ロシアは大穀倉国ウクライナの穀物輸出の主要ルートである黒海経由の航路の首根っこを押さえ、生殺与奪の権を握っています。その首根っこを押さえている根幹がオフレニカのS-400 だったわけです。そんな戦略的重要性のあるオフレニカのS-400の基地が潜入したネズミ部隊に破壊されてしまったわけですよ。しかも、翌日にもそのネズミに再び潜入されたわけですから。S⁻400による完膚なきまでの黒海の制空を前提に、ロシア軍の海上部隊も航空部隊も完全なる制海、制空を持っているもの、と思われていました。その厳重警戒しているはずのオフレニカが、なんとネズミに入られてしまったんですよ。連日にわたって。 しかも、ウクライナ軍事情報局長ブダノフ少将は、「今後もクリミア半島への水陸両用作戦による襲撃は計画している」と豪語しました。これは間違いなくロシア軍首脳部は上を下への大騒ぎ、プーチン大統領には大目玉を喰らっているはずです。

クリミア半島上陸作戦のインパクト(ブログ主が作成)
もう一つ、今回のクリミア半島への水陸両用作戦成功の間接的な成果として、これにより今後ロシア軍は相当な戦力配分をクリミア半島の対水陸両用作戦への厳重警戒態勢につぎ込まざるを得ない、というロシアに対するノルマを課したことでしょうね。私見ながら、それこそが、今ウクライナにとって何よりも最優先の課題である「2023年夏の反転攻勢の目標の達成」=「トクマクの奪取」に対する大きな助力になります。ロシア軍は、今ウクライナ軍の攻勢の主攻撃正面ザポリージャ州西部のロボタイン正面で突破されていることへの対応に大わらわです。南部戦線へルソン正面や東部戦線の各正面をはじめ、アチコチの正面からなけなしの部隊を抽出して、このロボタインの突破正面に後詰で当てがおうとしています。そんな折も折に、今回のクリミア半島への上陸をやられました。ロシア軍首脳部はプーチン大統領に「クリミアで2度と上陸されるんじゃないぞ!」「ハイ、了解しました。クリミア半島は厳重に警戒態勢を取ります!」とプーチンにどやされて大部隊を振り向けてクリミア警戒態勢を再編するでしょう。・・・ということは、ロボタイン突破正面に対する後詰部隊は薄くならざるを得ません。
ね、言ったでしょ?主攻撃目標を取らせることが最大の目標であり、他の正面で助攻撃をすることによって敵部隊を他正面に拘束し、主攻撃正面に対する最大限の寄与をするものなのです。要するに、今回のクリミア半島への上陸作戦は、単に独立記念日に花を添える大花火だったのではなく、これによりロシア軍の相当な兵力をクリミアに釘付けにする、もって、主攻撃の突破正面での突破の「戦果の拡張」に資しているのです。
あっぱれ!見事だ!ウクライナ
クリミアというロシアの鼻の穴に指を突っ込んで、ロシアの鼻面を引きずり回せ!
もって主攻撃正面ロボタインの突破の戦果を拡張し、9月中にトクマクを奪取せよ!
(了)


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8月23日夜、モスクワの北西約300キロのトヴェリ州にてプリゴージンが搭乗したプライベートジェット機が墜落し、乗客乗員10人の遺体を収容した、との報がロシアから発され、「ワグネル代表プリゴジン氏、飛行機墜落で死亡か 搭乗者名簿に名前とロシア当局」(2023年8月24日付BBC記事)など、各国メディアの「プリゴージン死亡、暗殺か?」という報道が世界を駆け巡りました。
ワグネルの総帥プリゴージンのほか、乗客乗員にはワグネルを実質的に統括してたNo.2、ドミトリー・アトキンス、武器の調達等で右腕として支えたNo.3のヴァレリー・チェカロフも同乗し、この墜落で3名とも死亡。これが単なる航空機事故ではなく、プーチンの命による暗殺であろうこと各国メディアが指摘しており、緻密な確認行為と不偏不党な戦況分析で定評のある米国のシンクタンク、ISW(戦争研究所)の分析でも「これは明確にプーチン大統領による暗殺で、これに続いてワグネル組織の解体となろう」(The Wagner Group will likely no longer exist as a quasi-independent parallel military structure following Russian President Vladimir Putin’s almost certain assassination of Wagner financier Yevgeny Prigozhin, Wagner founder Dmitry Utkin, and reported Wagner logistics and security head Valery Chekalov on August 23.)とまで明確に「プーチンによる暗殺」と断じています。ISWには珍しいことです。確かに、時を同じくして、プーチン大統領からウクライナ侵攻の総司令官を命じられ、一時期ウクライナ侵攻作戦の全権を握っていたスロビキン空軍大将が、プーチン大統領から現役職の航空宇宙軍司令官の任を解かれ、クビになりました。このスロビキン空軍大将は、プリゴージンの信が厚く、ワグネルの反乱時にも事前に承知していたらしいことは衆目の事実です。プリゴージンの反乱の際はプリゴージンを裏切って、終始沈黙を守りましたが、反乱後に拘禁されたらしく、一時動静不明になり、その後姿を現しましたが、明らかに閑職に追いやられ、クビを切られるのを待っている状態、と西側から見られていました。また、これも時を同じくして、ロシアからベラルーシに拠点を移したワグネル部隊も今や大幅に縮小している模様です。全盛期はロシア正規軍以上に最新鋭の武器・弾薬を誇っていたワグネル部隊は、小型携行武器以外の主要装備をロシア政府に返納させられ、いまや小銃・機関銃程度の小火器の武装しかありません。ロシア政府からの一切の支援は断たれ、貧しいベラルーシ政府からの支援はチョボチョボ。他方でロシア政府はワグネルに代わるロシア政府子飼いの新民間軍事組織を絶賛募集中で、当然ワグエル部隊の兵士大歓迎のため、そっちに流れており、今やワグネル部隊は事実上の骨抜き・解体状態です。こんなことがここ1週間の間に集中して起きています。これをただの偶然と読む人はおりますまい。ISWの分析の通り、トップ3名の暗殺に引き続き、ワグネル組織・部隊の解体のスイッチが押された、と見て間違いないでしょう。
(参照: 2023年8月4日付ISW記事「Russian Offensive Campaign Assessment, August 24, 2023」、ほか各紙)
しかし、この世界を駆け巡った報道の受け止められ方は、「衝撃の大ニュース」ではなく「やっぱり」感に満ちていました。この報道に、米国のバイデン大統領のコメントもそうでしたし、日本でもNHKから朝日から読売・産経に至るまで、ほとんどの報道が言外に「やはり」感をにじませました。プーチンは飼い主の手を噛んだバカな犬=プリゴージンをぬくぬくと生かしておくわけがなく、やがて暗殺するだろうな、とは誰もが予想していたことでしょう。それが反乱後2ケ月経って、今、現実化した、というだけのこと。「やっぱりね・・・。」と。当初のニュースを報じた後は、フォロー報道もあまり衆目を集めないほどです。
ちなみに、私も本ブログ上で予言していました。2023年6月29日付「プリゴージンの乱を治めたルカシェンコの腹」及び7月4日付「群衆に囲まれファンサするプーチン?! 反乱のダメージコントロールに躍起のプーチン」で、ほとぼりが冷めた頃にプーチンはプリゴージンをむごたらしく殺すだろう、と。まぁ、こんなの誰もが読んでいたことでしょうけど。そのくらいの、「やっぱり」感ですよね。
プリゴージン暗殺報道に隠れた快挙: ウクライナ軍が独立記念日にクリミア上陸成功の花火を挙げる!
いやー、痛快なことが起きていました。前述のプリゴージン暗殺のニュースが飛び交っている同時期に、ウクライナがロシアから独立した記念8月24日のウクライナのロシアからの独立記念日の直前に、これに花を添える作戦が計画・実施されていました。独立記念日に花を添える一連の作戦は数個の隠密の特殊作戦からなり、詳細はウクライナも伏せていますが、公表した作戦は2つでした。8月23日に公表したクリミア半島オレニフカ付近ターカンクート岬におけるロシアの最新鋭地対空ミサイルシステム「S⁻400」やバスティオン対艦ミサイルシステムの破壊、及び翌24日に発表したオレニフカ付近への特殊部隊の2か所(オフレニカと近傍のマヤクという集落)への上陸作戦の成功です。(※実際の作戦は公表日の前に既に終了していますので、公表より半日以前の話であることにご留意ください。)
この一連の作戦成功について、ロシア政府は一切コメントしていません。一方、西側報道はプリゴージン暗殺報道の余話的に、「ウクライナ “クリミア半島に一時上陸” 独立記念日に特別作戦」(2023年8月4日21時59分付NHKニュース)などのように手短かな単発報道でカバーしたのみです。

ウクライナ独立記念日に戦果として紹介されたクリミア上陸を果たした特殊部隊(2023年8月24日付BBC記事「Ukraine claims Crimea landing for 'special operation' on Independence Day」より)
私見ながら、それは見方が甘い。この「クリミアに上陸できた」ということの意義・重要性が理解されていませんね。これは、玄人的には非常にビックリな朗報です。「やっぱり」感のあるプリゴージン暗殺なんかより、余程インパクトの強いニュースです。
ウクライナが公表した23日と24日に公表された2つの作戦は、ほかにもウクライナはいろいろやっていますが敢えて語っていません。語られた2つの作戦は、いずれもクリミア半島の西端の岬部分オフレニカです。ここには、ウクライナの黒海への海軍作戦や航空作戦全体の防空の中枢があります。ロシア軍の最先端の防空装備S-400 「トリウームフ」が統合防空システム及びバスティオン対艦ミサイルシステムが睨みを利かしていたわけです。このS-400 とは、ロシアの接近阻止・領域拒否(A2/AD)能力の核心的存在であり、米国を含むNATOもなかなか侵せない比類なき防空能力を持っています。こいつの存在があるがために、黒海での海上作戦や、いわんやクリミア半島への着上陸作戦は困難と言われてきました。おそらく、軍事経験のないエセの軍事アナリストはともかく、現役自衛隊幹部、元自のウォッチャー含め、玄人は気づいているはずです。このS-400を、特殊部隊が隠密裏にクリミア半島に着上陸し、破壊してきたのですよ。考えても見てください。「いやぁー、ちょっくら、北朝鮮の弾道弾発射基地のあるピョンチャンリに潜入しまして、弾道弾サイトの発射台を破壊してきました…」と言っているような話です。今回の「破壊」のダメージがどれほどか、すぐに復旧できる程度の小破なのかもはや修復困難な大破なのか、全く不明なので何とも言えませんが、クリミアのロシア軍にとっては致命的な大失態のはずです。更に驚くべきは、23日に公表したS⁻400破壊作戦の翌日の24日に公表したのが、その破壊作戦の後に行われた近傍の街オフレニカへの特殊部隊の特殊艇による上陸成功です。この際のシーンと思われる、非常に見えずらい画像ながら、夜中にオフレニカの街に上陸した特殊部隊員たちがウクライナ国旗を掲示している場面がSNSに出回っています。
一部報道によれば、これらの特殊部隊の上陸は、高速特殊艇にて海岸に上陸し、次なる破壊目標(このオフレニカにはS-400やS-300などの防空システムのほか、様々なレーダーサイト、長距離~中距離ミサイル、対艦ミサイルなどのシステム装備が散在)の破壊を目指した作戦行動だった模様ですが、潜入に気付いたロシア軍との交戦に至り、ロシア兵数十名を殺傷したうえ、ウクライナ兵は死傷者なしで離脱しています。隠密を旨とする特殊作戦行動としては見本のような大成功ですね。
(参照: 2023年8月24日付BBC記事「Ukraine claims Crimea landing for 'special operation' on Independence Day」、同日Newsweek記事「Ukraine General Reveals Plans for Crimea」、同Newsweek記事「Ukraine's Amphibious Assault on Crimea Sours Putin's Big Moment」、同Newsweek記事「How Ukraine Pulled off Audacious Amphibious Crimea Landing」、ほか)
クリミア半島への上陸作戦の意義・重要性
今回のクリミア半島上陸という特殊作戦の成果は、直接的には「ロシア軍のS-400 や対艦ミサイルの破壊」という、既に事実上の戦争状態のウクライナーロシア間においては日常茶飯事的な戦果ですが、この意義は重大です。クリミア半島は、黒海に突き出た半島というよりほぼ島ですが、ロシアが国際的な規範を無視したクリミア侵攻により、ウクライナから2014年に奪取し実効支配したほど、ロシアにとって戦略的な重要性を有する死活的国益の地域です。寒い国ロシアにとって、冬になっても凍らない黒海に浮かぶクリミア半島は、天然の良港・軍港であるセバストポリも擁し、まさに黒海上の不沈空母であり、ここを保持する者が黒海の自由航行を制する死活的な領土です。現在、ロシアは大穀倉国ウクライナの穀物輸出の主要ルートである黒海経由の航路の首根っこを押さえ、生殺与奪の権を握っています。その首根っこを押さえている根幹がオフレニカのS-400 だったわけです。そんな戦略的重要性のあるオフレニカのS-400の基地が潜入したネズミ部隊に破壊されてしまったわけですよ。しかも、翌日にもそのネズミに再び潜入されたわけですから。S⁻400による完膚なきまでの黒海の制空を前提に、ロシア軍の海上部隊も航空部隊も完全なる制海、制空を持っているもの、と思われていました。その厳重警戒しているはずのオフレニカが、なんとネズミに入られてしまったんですよ。連日にわたって。 しかも、ウクライナ軍事情報局長ブダノフ少将は、「今後もクリミア半島への水陸両用作戦による襲撃は計画している」と豪語しました。これは間違いなくロシア軍首脳部は上を下への大騒ぎ、プーチン大統領には大目玉を喰らっているはずです。

クリミア半島上陸作戦のインパクト(ブログ主が作成)
もう一つ、今回のクリミア半島への水陸両用作戦成功の間接的な成果として、これにより今後ロシア軍は相当な戦力配分をクリミア半島の対水陸両用作戦への厳重警戒態勢につぎ込まざるを得ない、というロシアに対するノルマを課したことでしょうね。私見ながら、それこそが、今ウクライナにとって何よりも最優先の課題である「2023年夏の反転攻勢の目標の達成」=「トクマクの奪取」に対する大きな助力になります。ロシア軍は、今ウクライナ軍の攻勢の主攻撃正面ザポリージャ州西部のロボタイン正面で突破されていることへの対応に大わらわです。南部戦線へルソン正面や東部戦線の各正面をはじめ、アチコチの正面からなけなしの部隊を抽出して、このロボタインの突破正面に後詰で当てがおうとしています。そんな折も折に、今回のクリミア半島への上陸をやられました。ロシア軍首脳部はプーチン大統領に「クリミアで2度と上陸されるんじゃないぞ!」「ハイ、了解しました。クリミア半島は厳重に警戒態勢を取ります!」とプーチンにどやされて大部隊を振り向けてクリミア警戒態勢を再編するでしょう。・・・ということは、ロボタイン突破正面に対する後詰部隊は薄くならざるを得ません。
ね、言ったでしょ?主攻撃目標を取らせることが最大の目標であり、他の正面で助攻撃をすることによって敵部隊を他正面に拘束し、主攻撃正面に対する最大限の寄与をするものなのです。要するに、今回のクリミア半島への上陸作戦は、単に独立記念日に花を添える大花火だったのではなく、これによりロシア軍の相当な兵力をクリミアに釘付けにする、もって、主攻撃の突破正面での突破の「戦果の拡張」に資しているのです。
あっぱれ!見事だ!ウクライナ
クリミアというロシアの鼻の穴に指を突っ込んで、ロシアの鼻面を引きずり回せ!
もって主攻撃正面ロボタインの突破の戦果を拡張し、9月中にトクマクを奪取せよ!
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