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2023/09/06

反転攻勢の正念場で国防大臣を交代?:ゼレンスキーの深謀遠慮

国防相交代
左が更迭されたレズニコフ前国防相、右がウメロフ新国防相 (左:2023年9月5日付BBC記事「「Ukraine's defence minister Oleksii Reznikov dismissed」、右:同日付BBC記事「Rustem Umerov: Who is Ukraine's next defence minister?」より)

反転攻勢の大事な時期に国防大臣を交代
 2023年9月6日現在、ウクライナ戦争における戦況はウクライナの反転攻勢が一定の戦果を得て次につなげられるかどうかの正念場を迎えています。主たる正面は、南部戦線ザポリージャ州西ロボタインの正面で、堅固な第一線陣地を破ったウクライナ軍が第二線陣地を突破できるかどうかの瀬戸際にあります。相当に堅固なロシアの要塞への攻撃は、多くの戦死傷者を出しながらも着実に日々前進しています。第二線陣地が崩れれば、南部戦線のロシア軍は崩壊を引き起こすかも知れない状況ですが、損害も相当出しながら戦況進展が期待通りでないことについて、支援元の西側諸国からは厳しい声も聞こえてきます。そんな折も折、東部戦線北東部ではロシア軍が猛攻撃をかけてきており、こちらの正面ではウクライナ軍が防御に回っている状況です。

 そんな緊迫した第一線の戦況が進む中、9月4日、ウクライナのレズニコフ国防相は辞任することを明らかにしました。事実上、ゼレンスキー大統領はレズニコフ国防相を更迭し、後任には国家財産基金を任していたルステム・ウメロフ氏を指名しました。レズニコフ国防相が更迭されるに至った要因は、昨年来国防省内を揺るがした軍事調達をめぐる汚職スキャンダルと兵役忌避をめぐる国防省の各地域の出先機関「入隊センター」での贈収賄問題の引責です。既に今年の1月に国防相代理だったヴャチェスラフ・シャポバロフ氏の辞任があり、省内の綱紀粛正のためレズニコフ国防相の辞任も噂されていました。
 しかし、これまで2021年11月に着任以来、レズニコフ国防相が果たしてきた役割は非常に大きく、ウクライナ侵攻開始以来も終始一貫してロシアへの不屈の姿勢を崩さず、西側諸国の外相・国防相らと侵攻当初から太いパイプを築き、西側からの最新兵器に至るまでの手厚い支援を受ける体制を築けた原動力、という非常に頼りになる大臣でした。ゼレンスキー大統領を支えて軍指導部を監督指導し、これまでのロシアの侵攻への対処を主導してきたわけですから、今この状況下で交代するとなると、その影響が懸念されるところです。
(参照: 2023年9月5日付BBC記事「「Ukraine's defence minister Oleksii Reznikov dismissed」ほか)

反転攻勢の戦況に影響なし
 見出しで言い切ってしまいましたが、結論的には反転攻勢の戦況に直接的には影響はありません。
 まず第一に、政治と軍事の関係の観点から。国防相は大統領の政治的な指名者で議会承認を得て就いていますが、その役割はゼレンスキー大統領以下の政府の中での国防全般の行政府の長としての権限です。反転攻勢作戦の軍事作戦の監督指導は「管理的」に実施していますが、作戦そのものへのマイクロマネージメントは一切していませんでした。従って、軍事作戦としての反転攻勢にはレズニコフ氏からウメロフ氏に移行しても、影響はない模様です。この辺は、旧社会主義時代の一党独裁的な宮廷政治ではなく、民主国家としての政軍関係をキチっと順守していて素晴らしいです。

 むしろ、軍指導部のザルジニー参謀総長や部下参謀たちの関心は、「西側からの支援の継続・確保」です。国防相に望むことは、西側諸国のトップや外相・国防相らカウンターパートとの太いパイプの維持と、何より、反転攻勢の戦果が大きかろうが小さかろうが、下手したら支敗に終わって秋・冬に膠着してしまったとしても、引き続き西側諸国からの武器・弾薬をはじめ、ロシアの侵攻に対処し国土を奪回する戦いが継続できるよう、手厚い支援をつづけてもらうこと、これに尽きます。
 それがウメロフ新国防相でも期待できるのか?影響が懸念されるとすれば、この1点ですね。
(参照: 2023年9月4日付Newsweek記事「What Zelensky's Firing of Defense Chief Means for Ukraine Counteroffensive」ほか)

ゼレンスキーの深謀遠慮: 西側支援の継続・確保、クリミア奪還の意思表示
 私見ながら、今回の国防相交代は、ゼレンスキー大統領の深謀遠慮であったと推察いたします。

レズニコフ国防相の更迭は汚職事案の引責: 西側諸国に綱紀粛正の姿勢を見せる 
 ウクライナ国防省内の一連の汚職事案は、実はウクライナ社会としては結構当たり前の話で、役人が賄賂を受けて何か便宜を図ったりすること自体、半ばよくある事象で特段国内的に引責させないと収まらないようなものでもない模様です。他方、ウクライナを含め、旧ソ連圏の旧ロシアの共和国や東欧諸国は、民主化当初に初めに突き当たる民主国家への階段で障壁となるのが、まさにこうした役人の賄賂問題であり、民主国家となって欧米民主先進国とお付き合いするに当たり、特にEUやNATOなどの多国籍の枠組みに入ろうという際の大きなハードルの一つになっています。(他にも障壁はあって、NATO加盟の場合は国内及び他国との間で紛争・係争がないこと、などがあります。)現在、ウクライナは政治経済的及び軍事的な友邦国として、ロシアから欧米(EU・NATO側)にシフトしている最中です。ウクライナはEU・NATOに加盟したくて仕方がなく、EUやNATOから各種条件の審査を受けているところです。そうした加盟問題もありますが、むしろゼレンスキー大統領にとって、直接的には現在ロシアとの戦争に当たり西側諸国から相当な支援を受けている国防省の武器・弾薬、その他装備品、等補給品の調達に関わる不正行為だったので、国内的というより対西側諸国に対して、「自国国防省の綱紀粛正」というウクライナとしての姿勢を示す必要があった、と推察します。レズニコフ前国防相自体に疑惑はありませんが、監督責任としてキッチリけじめをつけた姿勢を見せたかったのではないでしょうか。

ウメロフ氏を新国防相に指名: 西側諸国の支援の継続・確保、ロシアにクリミア奪還の意志表明
 次いで、ウメロフ氏の新国防相の指名ですが、実は同時並行的にレズニコフ氏をウクライナの駐英国大使として派遣することとの合わせ技です。元々、米英の外相・国防省とは太いパイプを築いていたレズニコフ氏を駐英国ウクライナ大使に指名して英国ロンドンに常駐させ、ロシアの侵攻に対する戦争の遂行のため、リエゾンとして密接に活用する策と推察します。 
 他方、ウメロフ氏の西側等との交渉能力の高さも折り紙つきです。クリミア出身のウメロフ氏は、元はウクライナ議会の議員で、ゼレンスキー大統領に請われて政府高官になって以降、これまでクリミア問題でロシアとの交渉にも有力メンバーとしてずっと関わり、手強いネゴシエーターとしてロシアも一目置いているところです。昨年6月に米国政府との交渉で米国にも行っています。(下の写真参照) このウメロフ国防相とレズニコフ駐英大使、加えてクレバ外相でガッチリとゼレンスキー大統領の脇を固め、今後も引き続いての西側諸国からの支援、特に焦眉の急はF-16戦闘機やATACMS陸軍戦術ミサイルシステムなどの導入・戦場デビューを勝ち取りたいところです。F-16が戦場に投入されると、これに敵うロシア軍機はないので、局地的な制空を獲得できます。ATACMSは、対戦車能力の高いブロック2型の場合、一見普通のミサイルの形状ながら、13発の子爆弾を持ち、切り離されると子爆弾は滑空しながら敵戦車を捜索し、敵戦車を見つけると、双子になっている弾頭の1段目の成形炸薬が爆発して戦車の装甲に穴を開け、次いで時間差で2段目の成形炸薬が穴を通して高圧噴流を戦車に吹き込んで乗員を確実に殺傷する恐ろしい兵器です。これが戦場で使用されるとロシアの戦車はもはや棺桶状態。ATACMSが使用され始め、その効果をロシア兵が見たら、ロシアの戦車兵は戦車を捨てて逃げるシーンが見られるでしょう。おっと、脱線しました。
 こうした西側からの手厚い支援を続けてもらうため、ゼレンスキー大統領にとって今回の国防相交代は盤石の態勢をとる一手であった、と推察します。
ウメロフ氏の訪米
2022年6月15日、ワシントンDCの米国議会議事堂にてリンゼイ・グラハム米上院議員(左)とウクライナ議員団の(右3人左から)デビッド・アラカミア、アレクサンドラ・ウスティノワ、ラステム・ウメロフ(2023年9月4日付Newsweek記事「What Zelensky's Firing of Defense Chief Means for Ukraine Counteroffensive」より)

 そして忘れてならないもう1点が、ウメロフ新国防相の出自です。ウメロフ氏はクリミア・タタール人というクリミア半島の先住民です。クリミアはトルコ系のクリミア・タタール人が元から生活をしていましたが、18世紀後半に露土戦争の結果としてロシア帝国に編入され、その支配を受けました。第2次世界大戦時、クリミア半島はナチスドイツとソ連の戦場になりましたが、この時ソ連の最高指導者スターリンは、クリミア・タタール人を赤軍として召集し戦わせましたが、その一方で民族としてナチスドイツに協力をしている、との嫌疑をかけ、1944年5月に20万人の民族もろとも中央アジアへ強制移住させました。それは全くの誤解で強制移住は不当だったのですが、1980年代後半になるまでクリミアに帰還することが許されませんでした。ウメロフ氏はウズベキスタンで生まれ、1980年代後半にクリミアに帰還を果たします。ソ連時代の過ちながら、ロシア人の意識として、クリミアタタール人の話になるとどうも負い目がある、そんな歴史的背景があります。ですから、2014年のクリミア侵攻後に、クリミアについてのロシア・ウクライナの間の協議においてウメロフ氏はウクライナ側の代表の一員として何度も参加していますが、ロシア側にしてみれば「あぁこいつを出して来たか」というロシア側の対応だったようです。そのウメロフ氏が国防相に指名されましたので、「うわぁ、これはクリミアをどうしても取り返す、というウクライナの意思表示だな」とロシア側に受け取られることは必定です。これがゼレンスキー大統領の明確な意思表示です。恐らく、西側諸国にしてみれば、クリミアは確かにロシアに侵攻され、不当にロシアに実効支配されている係争地ですが、今回の2022年2月のロシアのウクライナ侵攻以前に既にロシアに実効支配されていた場所です。今回の戦争の終わり方として、停戦交渉にいずれなるでしょうが、その際には停戦ラインを度の線にするかが焦点となります。クリミア奪還を前面に出すとロシアは一歩も退けなくなります。寒い国ロシアにとって、黒海に突き出たクリミア半島はリゾート地的にロシア人にとっても大事な土地になっています。ロシアにとってクリミアは、ヘルソンやザポリージャとは意義の違う場所であり、また、戦略的・地政学な位置としても、クリミアを制する者が黒海ン自由航行を制するほどの価値を有します。だから、クリミア半島にある天然の良港セバストポリにロシア海軍の黒海艦隊を擁しているのです。そのクリミアをウクライナが断固奪回の姿勢を見せるというのは、西側にとっては本音は渋い顔にならざるを得ない意志表示でしょう。しかし、ゼレンスキー大統領は敢えてそうする策を取りました。この不退転の決意はウクライナ国民の思いを背負い、かつロシアへの徹底抗戦の意思表示になります。ちなみに、クリミア・タタール人はトルコ系ですから、宗教的にもムスリムで、このことはウメロフ新国防相がトルコをはじめとする中東や中央アジアのトルコ系やイスラム教国との交渉において好意的に受け止められます。ロシアにはチェチェンやアゼルバイジャンをはじめ、ロシアに搾取され続け虐げられた少数民族の国家や地域が多くありますから、このことはこれらの国との関係において、これまでと違った風向きが出てきます。ウメロフ新国防相の使命は、クリミア奪還の明確な意思表示であるとともに、前述の西側はじめ国際的な支援の継続・確保には非常に効き目のある人選だったと言えましょう。
(参照: 2023年9月5日付BBC記事「Rustem Umerov: Who is Ukraine's next defence minister?」ほか)


 頑張れ!ウクライナ
 新体制でゼレンスキー大統領の脇を固め、西側支援を継続的に確保してロシアに勝て!
 夜明けはそこまで来ている!

(了)

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