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2019/06/12

「米国の対中関税は新冷戦の経済制裁?」への反論

「米国の対中関税は新冷戦の経済制裁?」への反論

 米中の貿易をめぐる対立が混迷を深めていますが、こんな見方もありますよとある方からご紹介された大変ユニークな記事があります。現代ビジネス 2019年5月24日付記事「米中貿易戦争は『本物の冷戦』なのだから、結局、世界経済を救う…?」(大原 浩 著)(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/64724 )です。米中の貿易摩擦を「冷戦」と捉えて斬新な持論を展開されており、非常に鋭い洞察で脅威深い視点で解説されています。一方、大原氏の記事の冷戦や核兵器に対する認識には違和感を感じました。
 以下、大原氏の記事の概要をご紹介するとともに、私の感じた違和感についてお話ししたいと思います。
米中貿易戦争
G20での米中首脳会談で「一時休戦」も…(写真/AFP=時事)

<大原氏の記事のポイント>
◯ 米国にとり、米中貿易戦争は貿易をめぐる交渉ではなく「冷戦」と認識すべし。関税の引き上げは、経済合理性ではなく冷戦の論理における経済制裁。ファーウェイ社の締め出しなどの直接的措置も講じ、中国の屈服を企図。

◯ 中国との冷戦は、核戦力、サイバー戦、経済力の3つ要素から成る。この内、中国の核戦力は米国と比較にならないほど貧弱であり、焦点にならず。今回の核心はサイバー。中国のルール無視のサイバー戦から米国の通信・軍事技術の絶対的優位=安全保障を守るため、米国は中国に関税という経済制裁を課し、経済で屈服させてサイバー戦を断念させる、そして中国をロシア(旧ソ連)のような核大国になる前に潰しておく、という考え。

◯ いずれにせよ、米国にとり、中国=「悪の帝国」を叩き潰すことが目的。米国は、中国との貿易断絶も厭わず。断交しても国際的な供給過剰の今日、供給先の担い手には困らない。むしろ供給過剰で疲弊した世界経済にとって救世主かも。

<所見>
 読み物として面白く読ませていただきました。
米国の米中貿易問題への関税引き上げ政策について、「冷戦」になぞらえて「これは経済制裁である!」と捉えた洞察の鋭さは、まさしく言い得て妙な分析であり、トランプ大統領ならさもありなんと合点のいく説明の仕方として高く評価させていただきます。しかしながら、国際経済や投資の展望には明るい方なのでしょうが、安全保障や軍事戦略の正面については歴史的事実を誤認しておられます。恐らくは、こうだと断定的かつ単純化して割り切る物の見方ゆえに、返って歴史的事実から乖離してしまっているのではないでしょうか。似顔絵マンガと一緒で、特徴ある部分を強調すると確かに本人らしく見えるものですが、単純化や強調し過ぎると笑えるかもしれませんが、肝心の本人とは程遠くなってしまう。そういう懸念があります。

 このような観点から、安全保障や危機管理を学ぶ者として、大原氏の記事について、①冷戦を誤解、②核戦力を誤解、③サイバーを潰す決定打が経済制裁という考えは的外れ、という3点で私見ながら反論を述べさせていただきます。

● まず、「冷戦」についての認識の問題から。
大原氏は、「冷戦」とは共産主義を叩き潰すことが目的であり、直接的に軍事衝突を避ける一方、経済制裁で中国が自滅・崩壊するまで徹底され、その結果は目に見えており、早晩共産中国は滅びる、と考えておられるようです。
しかし、冷戦とはそういうものではないと思います。
  米ソ(東西)冷戦は、米国を盟主とする「自由」と 「資本主義」の陣営とソ連を盟主とする「統制」と「社会主義」の陣営とのホットでない間接的な敵対状態でした。元々はイデオロギーや経済体制の対立でしたが、ソ連の核開発と核戦力の進展に伴い、相互の核が抑止力となる「恐怖の均衡」が冷戦の大黒柱となりました。この核という一兵器に過ぎないものが、大戦後の現代史の鬼っ子として君臨し、この恐怖の均衡が米ソ間の直接的軍事衝突を回避させました。

  冷戦とは、超大国間のホットでない間接的な敵対状態という状態や形態であって、決して「社会主義国という悪の帝国を叩き潰す」ということを目的とした戦略ではないのです。歴史的経緯で言えば、第二次大戦終了後に破竹の勢いで東欧を共産化し、同様にアジアでも中東でもラテンアメリカでも(後にはアフリカでも)、次々と旧帝国主義時代に西欧列強の植民地や強い影響下にいた国々が共産化していったことに恐怖し、されど再々度の世界大戦はどうしても避けたかったため、苦肉の策としてとったのがcontainment=封じ込め政策です。この対立の有り様を「冷たい戦争」と形容した人がいて、流行語としてこう呼ばれたのです。決して「冷戦」という戦略やドクトリンがあったわけではありません。「冷戦」は、短期的な完全勝利(「叩き潰す」など)を企図したものではなく、長い期間をかけて直接衝突を避けながらも向かうべきでない方向を封じてきた「封じ込め」を実施したのです。結果、硬直したソビエト共産党の一党支配による諸制度により自己改革できなかったソ連が失速し、一党支配を辞め改革・解放せざるを得なくなったのです。東西冷戦の間、米国は軍事技術に転用可能な製品の禁輸(COCOM)やアフガニスタン侵攻への制裁は実施したものの、ソ連や東欧を「叩き潰す」なんてあからさまな経済制裁などしていません。

  余談ながら、キューバミサイル危機についての大原氏の見方も、特徴を捉えたおつもりが事実と乖離してしまっています。
大原氏は、キューバミサイル危機を描いた映画「サーティーンデイズ」について、「どちらが先に核ミサイルのボタンを押すか」と表現されました。キューバ危機の経緯を知らずに初めて読まれた方は事実と誤認していまいそうですが、明らかに事実とは違います。

  米国は「キューバへのロシア製ミサイルの設置は断固容認しない」と明言し、キューバを海上封鎖する構えをとる。ソ連は硬軟相矛盾するメッセージを出してきた。水面下で交渉し妥協案を提示するも真意を測りかねる神経戦。そうした中キューバに供与するミサイルを載せたソ連船がキューバ近海まで前進中。このままだと米ソが軍事衝突、核戦争に至るかもしれない‥‥。という緊迫でした。核ボタンをどっちが先に押すか?ということではありません。敢えて「どちらか?」という短文で言うなら、「相互妥協案に応じるか?それとも核戦争も辞さずに突っ込むか、どっちか?」という
緊迫でした。

  また、「(冷戦では)核兵器の恐怖に恐れおののいたものの、実際に銃で殺し合う現実の戦争はむしろ抑制された。」とのコメントにも注文があります。米ソが直接対決するようなホットな戦争はありませんでしたが、相互がバックにいる冷戦構造下の「実際に銃で殺し合う現実の戦争」は、むしろ多くの場合、紛争の種のある場所で米ソの代理戦争の形で起きていました。朝鮮戦争、ベトナム戦争、中東戦争など、代理戦争・制限戦争とは言いながら、十分にホットでしたよ。大原氏の言わんとする所は「米ソ」の直接的なホットな軍事衝突がなかったという点だとは思いますが、米中を米ソ冷戦になぞらえるなら、冷戦間の影響下の国の代理戦争や制限戦争に何ら言及がないままでこのように言い切るのは片手落ちでしょう。

● 核戦力について
  大原氏は、中国の核戦力について、未だ貧弱で米国との冷戦において焦点になっていないが、米国は中国がソ連(ロシア)のような強大な核大国になる前に叩きのめしたいのだ、という見方をしています。
しかし、「貧弱」や「核大国」という言葉を通常兵器と同じ次元で使っておられること自体、核戦力というものを分かっておられないと思います。
  核兵器というものは、通常兵器と根本的に次元の異なる強大な威力を有するが故に、戦力として保持する有り様が通常戦力のそれとは次元が異なります。まず、第一段階として核兵器を保有しているかどうかの段階。核を開発し核実験に成功しただけで、このステータスを有します。次いで運搬手段の残存性、即ち敵国に先制第一撃を核攻撃されても生き残って報復核攻撃できる運搬手段を持っているかの第二段階。北朝鮮の発表が本当であれば、大陸間弾道弾や潜水艦発射弾道弾や移動式ミサイル発射装置を有し、残存性の高い報復能力を有していると言えましょう。そして更に、弾頭のMIRV化、多様な運搬手段、命中精度の高さなどの高次の第三段階があり、最後に米ロのような数量と質ともに相互にoverkill状態にある程の核大国の第四段階があると言えます。核保有国は全て核大国を目指しているかというと、さにあらず。自国の抱えている脅威の態様によって、核保有国になっただけで敵国に対する戦略的優位或いは武力攻撃を抑止しうるステータスで満足できる国もあります。更に残存性の高い報復能力を保有できれば、相手が米ロであっても十分な抑止力を有すことになります。ほとんどの核保有国はここまででOKです。米ロの場合は、冷戦間に相互に核開発競争や核戦力の拡充を競った歴史的結果として過剰な核戦力になりました。中国はおそらくは第三段階にあり、核戦力としては必要十分ではないでしょうか。米ロと競う核大国化する必要はない、と言えましょう。

● 最後に、「サイバーを潰す決定打が経済制裁」という件について。
  中国のサイバー脅威は、大原氏のご指摘のように、確かに国家がバックについている国家的テロないし国家的スパイの様相を呈しています。中国は人民解放軍の中にサイバー戦部隊が存在し、更に軍や政府が賛助している中国の大学やファーウェイ等のIT企業やハッカー集団、更に大勢の愛国ハッカー達が裾野を形成し、巨大なサイバー帝国となっています。これまで、中国が仕掛けたと思われるサイバー攻撃や軍事科学技術やハイテク商品の新技術などのスパイ事案は枚挙に暇がありません。大原氏が特に注目しているのは、中国のルール無視のサイバー戦による米国の通信・軍事技術の絶対的優位を中国に奪われること。これはもはや安全保障の問題である、と大原氏は指摘します。ここまでは私も同意します。
  大原氏は、中国のサイバー戦から米国の通信・軍事技術の絶対的優位=安全保障を守るため、米国は中国に関税という経済制裁を課し、経済で屈服させてサイバー戦を断念させるつもりである、というユニークな説を説きます。これは、いささか理解困難。「はぁ?」というリアクションになってしまいます。ちょっと「風が吹くと桶屋が儲かる」の言葉を想起させます。大原氏も言っているように、経済制裁はボディーブローのような遅効性のため、効き目が出るまで、要するに中国が関税に耐えかねて経済的に疲弊するまで、数年の期間を要するものです。だって、イランに対する制裁だって、北鮮に対する制裁だって、過去何年も続けているのに(効いてはいると思いますが)、未だ音を上げてきませんよね。中国は対米の貿易で関税に苦しんだとして、世界各国から経済制裁を課されるわけでもなく、大原氏の言うように叩き潰せますか?しかも、制裁の真の狙いは中国経済を叩き潰して、共産主義中国を叩き潰して、もってサイバー攻撃を諦めさせる?というのですからなんと遠回しなこと。遠まわしであることに加えて、中国のサイバー戦をバックアップしているのは確かに国家ですが、ここで軽視してはいけないのが中国のハッカーの裾野が広大なことです。ティーンエージャーがハッカー予備軍として、高校・大学で本格的にトレーニングを受け、一市民の愛国ハッカーたちというのが相当数います。彼らは、時に国家の思惑を超えて倒すべき敵に牙をむきます。米国が関税という経済制裁で時間をかけて中国を窒息させようとしているとしたら、愛国ハッカーたちは米国の政府機関や企業などをターゲットに、死に物狂いで愛国サイバー攻撃をかけるのではないでしょうか?もし、大原氏の言うように、共産主義中国が制裁に耐えかねて倒れたとして、国家をバックとするサイバー攻撃は枯渇するかもしれませんが、愛国ハッカー達は大人しくサイバー攻撃を放棄すると思いますか?米国に対する恨みをゲリラ戦のように執拗に続けるのでは?このハッカーの裾野が広いのは米国もロシアも同様。国家が仕掛けるサイバー戦もありますが、軽視できないのが名もなき市民ハッカーたちなのです。特に米国なんか、ハッカーを国家・社会にとって仇なすブラックハッカーから善良なホワイトハッカーにしようと手縄づける施策・事業をやってるほどですから。従って、経済制裁で共産中国を倒すのは長期間かけて功を奏するかもしれませんが、その真の目的がサイバー攻撃を諦めさせるというのは、ちょっと理解に苦しむところです。

 (了)

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